モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

125 / 251
第120話 炎を斬り裂く鎌獄将軍

 ラティオ活火山。活発な火山が絶えず噴煙を噴き続け、本来は星々が煌くであろう夜空は黒く塗り潰され、地表には不気味に赤く輝く溶岩の川が流れる。ここはまさに死の大地とも言うべき過酷な場所だ。

 そんな狩場の拠点(ベースキャンプ)に一隻の船が接舷した。降り立ったのは四人のハンター。クリュウ達であった。

「う、うーん……疲れたぁ。遠いねここは」

 そう言いながらクリュウはすっかり固まってしまった体を伸ばす。イージス村からドンドルマまでも時間は掛かるが、ドンドルマからラティオ活火山まではさらに時間が掛かる。本当に長旅になるのだ。その結果狩場に到着したのはこうして日没後となってしまったのだ。

「……眠い」

 さっきまで寝ていたサクラは何度も目を擦って目を覚まそうとしているが、いつもは凛とした隻眼もさすがに寝起きとあってはしょぼしょぼとしている。こういうサクラもまた珍しくてかわいらしい。

「うむぅ、すでにこの場所でも強い熱を感じるのぉ」

 火山の方から噴いて来る熱風にツバメは感心する。自然のすごさというのは本当に人間の手には負えないほどすごい。これだけの距離でも熱風を感じるなんて、世界中どこの踏鞴(たたら)を探したって存在しないだろう。

「感心してないで準備を整えてくれ。支度ができ次第すぐに出発するぞ」

 そう言ってシルフィードは船の中に詰め込まれていた道具箱を地面に置くと、その中から支給されている道具類を取り出すと四人分に分ける。支給品は地図や応急薬、携帯砥石、ペイントボール、そして火山の必需品であるクーラードリンクなどだ。他にはいくつかの弾丸が支給されているが、今回は村唯一のガンナーであるフィーリアが不参加なので関係ない。

 今回の依頼はクリュウ、ツバメ、サクラ、シルフィードの剣士四人で受注している。フィーリアは単独で別任務で留守にしており、今回はこの四人でチームを組む事になった。

 シルフィードは支給品を四人に均等に分ける。ただし切れ味が最も消耗しやすい双剣使いのツバメには携帯砥石を全て渡すなど状況調節はちゃんとしている。この辺はさすがはリーダーと言った所か。

 支給品を道具袋(ポーチ)の中に入れ、持参した道具も最終確認。クリュウは脱いでいたレウスヘルムを被り、準備完了。全員の支度が終わるとシルフィードは一度うなずく。そして、

「出陣じゃッ!」

「……それ、私の役目なんだが」

 かくしてクリュウ、ツバメ、サクラ、シルフィードの剣士四人チームは拠点(ベースキャンプ)を後にした。

 

 時間は少し戻って五日前、フィーリアが単独依頼で村を離れると同時にクリュウ、ツバメ、サクラ、シルフィードの四人も村を出発してドンドルマに到着した日。用事があるというツバメと別れた三人は酒場に向かうとライザが早速とばかりにクリュウ達を捕獲してある依頼を頼んで来た。それは、

「ショウグンギザミの討伐ですか?」

「そうなのよ。ラティオ活火山で新しい燃石炭が豊富に採れる鉱脈が発見されたんだけど、ちょうど今そこはショウグンギザミの縄張りになってるのよ。今まで何度か発掘隊や調査隊がそのショウグンギザミに襲われて被害が出てるの。それを何とかあなた達に討伐してほしいのよ」

 ライザはそう言うと「お願い! お姉さんからの頼みを聞いて~!」をパンと手を合わせて頭を下げる。どうやら余裕っぽく振舞っているが、その実は結構切羽詰っているらしい。

「大事な任務のようだが、ならば私達ではなくてもいいだろう」

「そういう訳にもいかないのよ。ちょうど実力あるハンターがみんな出払っちゃってるのよ。本当ならこのまま帰って来るまで待つしかなかったんだけど、ちょうどいいタイミングであなた達が来てくれて助かっちゃった」

「……最悪のタイミング」

「んもう、そんな事言ってるとお姉さん怒っちゃうぞ~」

 そう言ってライザはサクラにギュッと抱きつくと頬ずりする。サクラはすごく嫌がって「……放して」と何度も言うが、ライザは構わず「あぁ~ん、サクラってほんとかわい~い」とさらに強く抱きつく始末。その光景に周りにいた野郎どもが悶え苦しんでいるのはとりあえず無視しよう。

「それで? 私達に討伐任務を受けてほしいという訳か?」

「その通り! ダメかしら? このままじゃ私左遷されちゃうよ~」

 ライザ程のギルド嬢がこれくらいの事で左遷する事は絶対にないだろうと確信しているサクラとシルフィードはこの程度では流されない。だが、人を疑う事を知らない単純お人好しのクリュウは――

「そ、そんなぁッ! ライザさんが左遷されちゃったら困ります!」

 ライザの言葉を本気で信じている様子。シルフィードは疲れたようにため息した。

 ハンターとしてはそれなりに優秀だし、人望もかなり厚いクリュウ。だがこの単純というか人を疑う事を知らないかのような純粋さは何とかしてほしい彼の数少ない欠点と言えよう。まぁ、同時に長所でもあるのだが。

「シルフィ! ライザさんの為にもこの依頼を受けようよッ!」

「……君の事だからどうせそう言うとは思っていたよ。仕方がない、引き受けるか」

 諦めたように言うシルフィードの言葉に、サクラもまた仕方ないとばかりに了承した。何だかんだ言っても、実は二人も結構なお人好しなのだ。

 三人が受注してくれる事になり、ライザは満面の笑みを浮かべた。

「ありがとうみんな~ッ! やっぱり持つべきものは友達よね~!」

「……まったく、君には勝てんな。全部計算のうちなのだろう?」

「……今度クリュウを誑(たぶら)かしたら許さない」

「うふふ。何の事かしら~? お姉さん難しい事わかんな~い」

 満面の営業スマイルを炸裂させるライザを見て、サクラとシルフィードは改めてライザ・フリーシアという人間は侮れないとしっかり頭に刻み込むのであった。

 かくして、三人がラティオ活火山でのショウグンギザミ討伐依頼を受注する事になった。そこへ後から用を終えて合流したツバメが加わり、四人は一路ラティオ活火山を目指したのであった。

 

 拠点(ベースキャンプ)を出発した一行がまず向かったのはエリア4。ここは拠点(ベースキャンプ)に隣接する溶岩の池が点在する洞窟内の空間であり、クーラードリンクなしでは普通に行動する事すらもままならない程の熱がこもった過酷な場所だ。

 シルフィードを先頭に荷車を引くクリュウ、右をサクラ、左をツバメが護衛する陣形(フォーメーション)でエリアに入った四人。彼らを迎えたのは数千度の溶岩から吹き荒れる熱風。息をするだけで焼かれるような熱さが肺に襲い掛かる。クーラードリンクを飲んで熱さが和らいでいるとはいえ、そのあまりの暑さに全身から汗が噴き出す。

 驚いた事に、以前バサルモス討伐の際にこのエリアには訪れた事があったがその時とはまるで地形が変わっていた。あの時は広い空間でありとても戦いやすい場所だったが、今はエリアの中央部まで溶岩の河が続いており、大きく迂回しなければならない面倒な地形になっていた。

 火山は昼と夜で溶岩の噴き出す量が違う為、こうして昼夜で地形が変わってしまうそうだ。昼では絶好の決戦場であるここも、夜では比較的戦いづらい場所になってしまう。火山の恐ろしい点の一つだ。

 そんな変わりやすい地形が続く火山。額に浮き出た玉のような汗を拭いながら、シルフィードは地図を確認する。

「ショウグンギザミが現れるのは比較的このような洞窟の場合が多い。それと、奴はその爪と軽量化された体で天井にへばり着く事もできる。天井を注意しながら進むぞ」

 そう言うシルフィードの背にはショウグンギザミの素材を使った大剣キリサキが担がれている。そのフォルムはとても鋭いもの。これはショウグンギザミの鎌をイメージしたものらしいが、ショウグンギザミはこんな物騒なものを振り回す化け蟹らしい。

 クリュウは荷車を引きながらここに来るまでにシルフィードから教わった事と学校で習った知識を合わせて考えていた。

 鎌蟹とも称されるショウグンギザミはダイミョウザザミと同じく甲殻類に分類されるモンスターで、ダイミョウザザミがヤオザミのボスのように、ショウグンギザミはガミザミのボスであり、ショウグンギザミが生息するとその付近一帯にガミザミが異常発生する事が多い。ガミザミはヤオザミと同じく時折信じられないような速度でハンターを襲う事があり、特にガンナーからは狩場の天敵とも言われる厄介な相手。ショウグンギザミ戦での厄介な点の一つは、異常発生するガミザミに対する対処にもある。

 ショウグンギザミもまた厄介な相手だ。盾蟹と称されるダイミョウザザミは大きな盾のような爪で叩きつけるような大振りの一撃をするのに対し、ショウグンギザミは鎌蟹という名の通り鎌状のハサミを鋭く、そして速く放って来る。しかも通常時はそうでもないが、怒り状態になると普段は折り畳んでいる本物の刃を展開させる特徴を持つのだが、この展開された時と畳まれた時とでは倍近くリーチが長くなる。それは全モンスター最長のリーチを持つとも言われ、両腕を広げると自身の倍近い範囲に一度に攻撃できる。

 さらにショウグンギザミは基本的に動作は遅いのだが、ガミザミ同様突然ハンターの全力疾走よりも速い速度で襲い掛かって来る事もあり、気の抜けない相手だ。

 今までの飛竜や普通のモンスターは回避重視の戦い方になるが、ショウグンギザミ相手ではどうしてもガード重視の戦いになる。今回のチームでガードができるのは大剣のシルフィードと片手剣のクリュウ。太刀のサクラと双剣のツバメはガードができない為回避主体になるが、ショウグンギザミ相手ではいつもよりも深追いはできそうにない。

 シルフィードは事前の作戦会議でいつもと同じように自身がショウグンギザミに最大接近して常に肉薄して主力攻撃手兼囮役を担う事を決めている。いつもと同じくチームで最も危険と隣り合わせなのはリーダーであり最年長、経験豊富なシルフィードだ。危険ではあるが、これが最も効率が良くて安全な策なのだ。特に、クリュウの実力ではシルフィードがある程度負担を負わないと危ない。自分がチームの足を引っ張っている自覚はあるクリュウとしては、いつもいつもシルフィードにばかり負担を掛けてしまい申し訳ないと思っている。

 だからこそ、毎回毎回なるべくシルフィードに負担を掛けないようがんばるよう心がけているのだ。

 今回、シルフィードはいつもと同じくリオソウルシリーズにレッドピアスで武器はキリサキ、サクラは凛シリーズに鬼神斬破刀、ツバメはフルフルDシリーズにサイクロン、そしてクリュウはレウスシリーズにデスパライズをそれぞれ装備している。

 ショウグンギザミの弱点属性は雷。この中で雷属性の武器を持っているのはサクラだけだ。クリュウもゲリョスを倒した事でフルフルの電気袋と組み合わせたサンダーベインという雷属性の片手剣を先日作成したが、攻撃力も属性攻撃力も大した事ないという事で今回はデスパライズで代用する事になった。

 荷車には大タル爆弾G四発と小タル爆弾G五発、打ち上げタル爆弾G十発を搭載。シビレ罠は各自一個ずつで四つ、回復薬やこんがり肉などは各自で持っている。比較的道具類は多めだ。これは落とし穴が効かないショウグンギザミを警戒してクリュウが多めに道具を発注したからである。

 地図を片手に先導するシルフィードに続くように、クリュウ達が続く。そんな中ツバメは荷車に満載された爆弾類を見て呆れ半分感心半分という感じでため息した。

「クリュウ、お主は本当に爆弾を多用しておるのじゃな」

「そっかな? 普通だと思うけど」

「この量を見て普通と言い切れるとはのぉ……」

 ツバメは今までの自分の手法とは大きく違うクリュウ達の狩りの手法に戸惑いながらも、郷に入れば郷に従えという言葉通り早く慣れようと努力していた。だが爆弾を使うにしても爆弾メインの戦いにはなかなか慣れないものだ。

 最初の頃は自分も同じ気持ちで戸惑っていた。今のツバメの姿と昔の自分を重ね合わせ、シルフィードは小さく微笑んだ。もっとも、比較的まだ爆弾をサブとして使っていた頃からの付き合いであるサクラは気にした様子はなかったが。

 一行は溶岩の河を迂回するような形でエリア内を進む。だが、それを遮るようにエリアには五匹のガミザミが点在していた。うち二匹がこちらに気づいたらしく、鎌を振り上げて威嚇している。それを見てツバメがサイクロンを構えた。

「このまま突っ切るのは難しいのぉ。ここはワシに任せてお主達は先に行っててくれ」

「……待って」

 そう言って離脱しようとするツバメのフルフルDメイルをサクラが無造作に引っ張った。フード状のフルフルDメイルを引っ張られた結果、ツバメは首を締められた。

「ゲホゴホッ! な、何をするんじゃッ!?」

「……わざわざ突っ込む必要はない。このまま無視して進めばいい」

「じゃが、この距離なら奴らが本気で走ればあっと言う間に……」

「……その時に迎撃すればいいだけ。それに、これがあれば足止めは十分できる」

 そう言ってサクラが手にしたのは音爆弾であった。炸裂すると閃光玉が眩い光を放つのに対して人間には無害でも音に敏感なモンスターならめまいを起こす程の高周波を発する道具だ。

「……ガミザミは硬い殻に覆われている分、音爆弾の肉質無視の衝撃には弱い。これをぶつければめまいを起こして足止めできる」

「そういう事だ。殿はサクラに任して先を急ぐぞ」

 そう言ってシルフィードは地図を片手にしながら足早にエリアを突っ切る。それを追うようにクリュウ、ツバメ、サクラの順で続く。一行を追うように二匹のガミザミが追いかけて来るが、その速度は遅い。一匹が通常時とは比べものにならないような速度で追撃して来たが、殿を務めるサクラに呆気なく斬り殺された。

 一行は無事にエリア4を抜け、隣のエリア3へと移った。ここもまた昼間とは違って溶岩の池が少し中央部まで侵食している。エリアに入った一行を出迎えたのは、またしてもガミザミの群れであった。これにはさすがのシルフィードも足を止める。

「ここは突っ切るのは難しそうだな。仕方がない、各自散開してガミザミを各個撃破するぞ」

 シルフィードの指示に従い、全員でガミザミ掃討に向かう。クリュウもまた荷車を岩陰に置いてからデスパライズの柄を握りながらガミザミの群れに突っ込んだ。

 まずクリュウは目の前にいるガミザミに狙いを定め、デスパライズを引き抜くと同時に斬り掛かった。その一撃はガミザミの殻に命中したが、そこは思った以上に硬く、弾かれる事はなかったが十分な一撃とはならなかった。

 クリュウの先制攻撃に対し、ガミザミは両方の鎌を正面に構えて押し出すように斬り掛かって来た。クリュウはそれをバックステップで回避すると、攻撃モーションの後にできる一瞬の隙を突いて今度はガミザミの脚、それも関節部分に向かってデスパライズを叩き込んだ。全身を硬い岩のような甲殻で守っているバサルモスであっても関節部分は数少ない弱点となる。同じように、ガミザミもまた関節部分には薄い殻しかなかった為容易く一撃が入った。しかもそのまま脚を切断。ガミザミは仰け反った。

 すかさず今度はガミザミの顔面に向かってデスパライズを叩き込む。ガミザミは反撃とばかりに片方の鎌を横薙ぎに振るうが、クリュウはそれを盾を使って受け流すとがら空きの顔面に再びデスパライズを叩き込んだ。この一撃にガミザミの頭部は砕け、紫色の血が噴き出してぐったりとその場に倒れた。

「後ろじゃクリュウッ!」

 ガミザミを一匹倒したと同時に掛けられたツバメの声にクリュウはとっさに横へ転がった。先程まで自分がいた場所を見ると、そこにはもう一匹のガミザミが鎌を振るい終えた体勢でいた。どうやら全速力で背後から襲い掛かって来たらしい。

 再びデスパライズを構えた時、現れたガミザミの背後からツバメが駆け寄り、ガミザミに二本の剣を連続して叩き込んだ。容赦のない連撃にガミザミは鎌を投げ出すようにして倒れた。

 ガミザミが死んだ事を確認すると、ツバメはサイクロンを背に戻す。そこへ自身もデスパライズを腰に戻したクリュウが近寄る。

「さっきはありがとツバメ」

「礼には及ばん、元々このガミザミはワシが攻撃していたのじゃからな。むしろ阻止できなかったワシには責任がある。すまんかったのぉ」

「ううん。後ろを警戒してなかった僕も悪いんだし。声を掛けてもらったのでチャラって事で」

「クリュウ……」

 早速手を合わせてガミザミから鎌蟹の小殻やとがった爪、ザザミソなどを丁寧に剥ぎ取るクリュウ。そんな彼の後姿を見詰め、ツバメは小さく微笑んだ。

 そこへ他のガミザミを片付けたシルフィードとサクラが戻って来た。二人とも無傷で余裕の勝利だったという事を物語るかのように表情は涼しげなものだ。

「そういえば、ワシらは今どこを目指しておるんじゃ?」

「エリア6及び7だ。ここは比較的ショウグンギザミが姿を現しやすい」

「なるほどのぉ」

 ガミザミの群れを掃討したクリュウ達は再び陣形(フォーメーション)を組むと安全になったエリアをゆっくりと進み始める。だが、油断ならない。ショウグンギザミは火山の岩盤をも突き破って土の中を移動するモンスター。突然足元から襲われる事だってないとは言い切れないし、ショウグンギザミまでいかなくてもガミザミもまた地中に潜んでいる場合が多い。知らずに上を通り、突然下から襲われるなんて火山ではよくある事だ。

 先頭を歩くシルフィードには背後に続くクリュウ達の為にもガミザミが潜んでいない事を確認しながら進む。ガミザミといえど肺呼吸には変わりないので、地面に潜んでいても呼吸するたびに土が吹き上がるのが特徴だ。それを注意深く見ながら歩きつつ先導する。

 先頭を歩くというのはもしも見つけられなかった場合はシルフィード一人が襲われる形になる。そういう意味でも、先頭と言うのは大変な役目なのだ。だからこそ、リーダーである彼女が自ら前に出ているのだ。

 クリュウはそんな危険な役目を務めるシルフィードの背中を、やはり頼もしげに見詰める。

 改めて思うが、本当に彼女が仲間になってくれて良かった。信頼という面ではフィーリアやサクラだって同じくらいに信頼している。時間が長いというのもあってか若干フィーリアに対する信頼の方が大きいが、それでも同じくらいだ。

 だが、頼れるという面ではシルフィードは秀でている。自分より年上でいつもみんなを的確に指揮して戦闘を行い、尚且つ常に死線に身を置いて皆を庇いながらチーム随一の強烈無比な一撃を叩き込む。最も危険な役回りではあるが、彼女にしか出来ない芸当。その上自分が危機に陥った時は身を挺して助けてくれたり、本当に頼りになる。

 彼女が仲間になってくれて、本当に良かった。彼女がリーダーを引き受けてからは、狩りもずいぶん安定している。正直フィーリアは助言や支援は得意だが指揮は苦手だし、サクラは指揮なんて全く出来ない。作戦方針全てが《強襲撃破》の四文字で片付くほどだ。自分は指揮なんて論外。その為三人パーティーの時はいつも不安定な戦いだった。それが彼女が指揮してくれるようになってからは驚くくらいチームは安定した。

 本当に、彼女には頼ってばかりで申し訳なく思いつつも、頼れるその背中に少しでも追いつきたいという目標でもあり、最高の司令塔(リーダー)だと思う。

 クリュウのキラキラとした瞳に見詰められている事に気づいているのか、シルフィードの頬が赤く染まっていた。ただしそれは溶岩に照らされているからかの判別は出来ないが。

 じっとシルフィードの方ばかり見ているクリュウに、右側を護衛しているサクラは若干不機嫌だ。せっかくクリュウとの狩りだというのに、今回クリュウが話しているのはシルフィードやツバメばかり。そりゃシルフィードは自分と違って頼れるし助言だってうまいし――胸も大きいし。ツバメとは仲がいいのは良く知っている――美少女だし。

 ――なぜだろう、考えれば考える程追い詰められているような気がする。

 ただ、クリュウは大きな胸には興味がないとこの前言っていた――ただし、平原のようにペッタンコが好みだそうだ。自分は、同年代の子に比べて若干だが小ぶりだ。正直な話、年下のフィーリアにも劣る。ただ、それをもってしてもペッタンコには程遠い。シルフィードが大山、フィーリアが山なら自分は丘だ。平原ではない。

 思わぬクリュウの好みの暴露、正直まだ引きずっている……

「どうしたのじゃサクラ? 気分でも悪いのか?」

 自分を心配しているのか、反対側を守るツバメが声を掛けてきた。振り向くと、愛らしい瞳でこちらを心配そうに見詰めている。本当にツバメは心優しいし、いい友人だとは思う――だが、今のサクラにとっては最大の恋敵。その憎しみは全てツバメの真っ平らな胸一点に注がれる。

「な、何じゃ? なぜワシの胸をそんな親の仇を見るような目で見詰めるのじゃ?」

「……死ねばいいのに」

「なぜじゃッ!? なぜいきなり友達からそのような発言をされなければならんのじゃッ!?」

 クリュウが隻眼萌えなら苦労しないのにと、本気で思うサクラであった……

 背後で何事か騒いでいる二人を注意しようとクリュウが振り返ろうとした時、コツンと頭に何かが降ってきた。足を止めて見ると、コロコロと小石というか岩の欠片が転がっている。

「どうしたクリュウ?」

 突然足を止めたクリュウを不審に思って振り返ったシルフィードの問いを無視し、クリュウは小石を見詰める。そして、それが降って来た天井を見上げ、絶句した。

 ――そこには黒い岩に覆われた天井では異色の純白の竜の顔が張り付いていた。そこまで頭が理解した時、クリュウは走り出すと同時に叫んだ。

「ショウグンギザミ直上ッ! 散開してッ!」

 クリュウの叫びに三人は直上を確認。そしてすぐに状況を理解して散開した。そこへ一瞬遅れて天井から奴が降って来た。

 細く鋭い六本の足でしっかりとその身を支える、全体的に鋭い印象を受ける青い巨大蟹。ギシギシと軋むような音を立てながら槍のように鋭いハサミを構え、無機質な黒玉状の瞳で辺りを見回す。背には自らの何倍の大きさを持つ鎧竜グラビモスの頭殻を背負い、ダイミョウザザミと同じく弱点を隠している。

 溶岩から発せられる赤い光に照らされる長い爪に身軽な体、そして鎧竜の頭殻。まさに死角などないとも言いたげな風貌を持つ奴の名前は――鎌蟹ショウグンギザミ。

 クリュウは急いで荷車を壁際まで運んでから戦線に向かう。その時にはすでにサクラがチーム随一の俊足でショウグンギザミに向かって突貫していた。

 サクラは姿勢をできる限り低くして風の抵抗を最小限にし、恐るべき速度で突進。そんな彼女を迎撃するようにショウグンギザミはハサミを横薙ぎに振るうが、サクラはさらに加速してハサミが振るわれる直前に突破。ハサミは虚空を切り裂く。一気にショウグンギザミの懐に入り込んだサクラは背に納刀していた鬼神斬破刀を引き抜き、目の前の細い脚に向かって叩き込む。狙いは関節部分。クリュウの持つ片手剣よりは重量はあるが、かといってシルフィードの大剣のように力任せの破壊力はない。大剣が叩き潰す武器なら、太刀は斬る武器。大剣と太刀は似て非なる武器なのだ。

 関節部分に向かって刀を振るうと同時に刀身から電流が迸る。

「キシャアッ!」

 サクラの攻撃に対し、すぐさまショウグンギザミは標的をサクラに絞って反撃を開始する。鎌を振るってサクラを吹き飛ばそうとするが、すでにサクラはそのリーチから脱出している。深追いはせず、一撃一撃を確実に入れるのがショウグンギザミとの正しい戦い方だと熟知しているのだ。

 一方、サクラの突撃に対しシルフィードも遅れて突撃する。その時にはサクラがうまく立ち回り、ショウグンギザミの背後をシルフィードに向けさせていた。個人プレーが多いサクラだが、ちゃんちチーム戦での戦い方もわかっている。シルフィードは万能なサクラの実力に感謝しながら接近。完全に自分に気づいていないショウグンギザミの背後――グラビモスの頭殻に突撃。背負ったキリサキを引き抜き、収納されていた刃をスライドさせて展開し、突撃の勢いと自慢の腕力を融合させて豪快に大剣を頭殻に向かって叩き落す。

「うおおおぉぉぉッ!」

 今まで幾多のモンスターの大打撃を与えてきたシルフィードの強烈な一撃。クリュウとサクラはその威力を信頼し、ショウグンギザミが怯む瞬間を待つ――だが、その期待は鉄同士をぶつけるような鋭い音と共に弾かれた。

「くぅッ!」

 シルフィード必殺の叩き斬り。しかし振り下ろされたキリサキはグラビモスの頭殻に弾かれてしまった。全力で振るった分その衝撃もまた大きい。手が痺れ、シルフィードは思わずキリサキを離してしまった。

「しまったッ」

 キリサキは地面に突き刺さる。さらに間が悪い事に弾かれたとはいえその衝撃は大きかったのだろう。ショウグンギザミはヒラヒラと逃げ回るサクラではなく一瞬動きの鈍ったシルフィードを標的に変えた。シルフィードはすぐに反応し、キリサキの回収を諦めてバックステップで距離を置く。直後、一瞬前までシルフィードがいた場所にショウグンギザミのハサミが振るわれる。

 攻撃を回避したシルフィードを追うようにショウグンギザミはハサミを高々と掲げながら蟹特有の横歩きでシルフィードを追う。シルフィードは急いで逃げ、サクラがそれを阻止するようにショウグンギザミの背後から猛攻撃を浴びせるが、ショウグンギザミは止まらない。その時、クリュウが動いた。

 シルフィードを追いかけるショウグンギザミの正面に突っ込むと、鎌を掲げたことで無防備になっている顔面に向かって引き抜いたデスパライズをアッパーの如く打ち上げ、叩き込んだ。思わぬ顔面への一撃を喰らい、ショウグンギザミは怯み脚を止めた。そこへツバメも合流し、動きの止まったショウグンギザミに向かって二本の剣を突き刺すように前に放ち、腕を広げる要領で斬り裂く。

「せいやぁッ!」

 続けて左剣を斬り上げ、右剣を斬り落とし、振り抜いた右剣を今度は体を使って回転するように逆向きに斬り上げ、続けて回転の勢いを載せた左剣も斬り上げ、最後に大剣を相手に向かって叩き込むような動きで重ねた両方の剣を身を捻りながら一気に叩き込む。その流れるような動きでわずかな間に複数の攻撃を炸裂させる。

 容赦のないツバメの連続攻撃に再び動き出したショウグンギザミは彼に向かって体を向き直す。だがそこへサクラが脚に向かって横薙ぎの一閃を振るう。電流が迸り、火花が爆ぜる。この攻撃でショウグンギザミは再びサクラの方へ振り返る。サクラに向かってその長いハサミを叩き付けるが、サクラはそれを後方に退避して回避。鈍い音と共に地面が砕け、ハサミは軽く減り込んでいた。

 地面からハサミを引き抜くと、ショウグンギザミはまるで周りから群がってくる敵に嫌気が差したかのように、ハサミを左右に大きく広げてその場で回転する。突然の全包囲攻撃にすでに範囲外に移動していたサクラとツバメに対し、接近していたシルフィードとクリュウはそれぞれ盾を構えてガードする。だが少し押されながらも耐え抜いたシルフィードに対し、クリュウはその小さな盾と体格では堪え切れず後ろに吹き飛ばされた。

「クリュウッ!」

 すぐにツバメはクリュウとショウグンギザミの間に割り込んでショウグンギザミの追撃を阻止する構えを取る。だがそれよいも一瞬早くサクラが再びショウグンギザミに接近。がら空きの脚に向かってこれまで溜めて来た練気を一気に解放し、気刃斬りを炸裂させる。双剣の乱舞に続く手数、大剣の一撃にも引けを取らない太刀の気刃斬り攻撃。猛烈な連続斬りの嵐はショウグンギザミの細い脚に向かって容赦なく叩き込まれる。その絶大な威力の前に、ショウグンギザミは耐え切れずに脚を折って横倒しに倒れた。

「見事だサクラッ!」

 そう叫ぶと同時に走り出し、シルフィードは悶えながら必死に起き上がろうとするショウグンギザミのがら空きとなった顔面の前に立つと、キリサキを背負うように構える。グッと足を固定し、体中の力を全てこの一撃に込めるように力を溜めていく。そして、ショウグンギザミがようやく起き上がった瞬間、

「うおおおおおぉぉぉぉぉッ!」

 全身に蓄えられた力を全て一気に解放。キリサキを振り上げ、そしてそこから全身の力と重力を重ねて一気に叩き落す。その破壊力抜群の一撃は寸分狂わずショウグンギザミの顔面に激突。ショウグンギザミは悲鳴を上げ、口から大量の灰色の血を吐き出した。

「ギシャアアアァァァッ!」

 刹那、ショウグンギザミが口から大量の泡を吹きながら怒号を上げて今まで折り畳んでいた本当の鎌を展開させた――怒り状態になったのだ。

 クリュウは怒り状態になった事で広げられたショウグンギザミが鎌蟹と呼ばれる由縁となった真の姿を見て息を呑む。

「何だよあのバカげたリーチは……」

 広げられた鎌はそれこそ最初に振るっていたハサミと同じくらいの長さがある。要するに、ショウグンギザミは今までの二倍近いリーチを持つ事になった。それはつまり、よりクリュウ達が危険に晒されるという事だ。

 想像以上のリーチの長さに絶句するクリュウに対し、サクラはまるでそんな事関係ないとばかりに再び姿勢を低くして突貫する。だがそう何度もショウグンギザミだって同じ手は喰わない。

 目の前のショウグンギザミだけを視界に捉え、猛烈な勢いで突貫するサクラ――だが、突如ショウグンギザミはその視界から消えた。

「……え?」

「サクラ後ろッ!」

 クリュウの悲鳴に驚いて振り返ると、そこにはさっきまで前方にいたはずのショウグンギザミが今まさに振り上げた鎌を振り下ろそうと立っていた。

「……ッ!?」

 そして、ショウグンギザミは容赦なくその鎌をサクラに向かって叩き込む。サクラの真骨頂である突貫は防御を捨てた一点突破の突撃攻撃。想定外の出来事にサクラは逃げる事もできず、その一撃を腹部に受けて吹き飛ばされた。

「サクラぁッ!」

 吹き飛ばされたサクラはクリュウの横と突き抜け、地面に叩き落されゴロゴロと転がって止まる。すぐにクリュウがサクラの所に走り、シルフィードとツバメは急いでショウグンギザミの足止めに走る。

 地面に倒れたサクラはハサミを受けた腹部を押さえながら激しく咳き込んでいる。幸い、凛シリーズの強固な防御力のおかげで斬れる事なく出血はしていなかったが、それでも激痛が彼女の腹部を襲う。

「サクラッ! 大丈夫ッ!?」

 駆け寄ったクリュウはすぐにサクラを抱き起こす。サクラの腕を自分の肩に回し、ぐったりとしている彼女の体を支える。いるもは凛と鋭い彼女の隻眼が、今は痛みを堪えるかのように苦しげに細まっていた。

「サクラ、平気?」

「……だい……じょうぶよ……」

 とりあえず、すぐに戦闘を再開できるような状態ではなかった。クリュウは一時撤退を考え、シルフィードにその旨を知らせようと振り返り――絶句した。

「くぬぅッ!?」

「がはッ!?」

 ショウグンギザミの回転攻撃に、シルフィードはガードするも吹き飛ばされ、ガードのできないツバメはその一撃をもろに受けて吹き飛ばされる。地面に叩き付けられて悶えるツバメと、ガードしたとはいえ全身に猛烈な負担を受けて膝をつくシルフィード。

 クリュウの目の前で、仲間達が危険な状態となっていた。

 そして、まるで無力な敵をあざ笑うかのように、その中心でショウグンギザミはその長い鎌を振り上げて余裕を見せている。

 ――鎌蟹ショウグンギザミ。それはクリュウが今まで経験した大型モンスターの中で最も厄介な相手であった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。