モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第118話 新たなる目標を胸に 少年少女達の新たな物語

「あんたら、ライザさんのお気に入りやんな? ジンとシィはライザさんの紹介で知ったんか?」

「いえ、偶々ギルドのターミナルで話しただけです」

「……そんな浅い付き合いやのに、わざわざ別れの挨拶かいな。律儀やなぁ、尊敬するわ」

 ニカッと笑いながら言うエミルの言葉に若干痛む首を押さえながらクリュウは苦笑する。

 何というか、ものすごい荒っぽい方法で脱出した五人は追手が来ない事を確認してからこうしてまだ瓦礫が産卵している街道を歩いている。その途中でエミルは思い出したように尋ねたのだ。

 まぁ、さすがの彼女も知らないだろうがそのターミナルでもサクラはジンに斬り掛かっているという経緯があったりする。これ以上ないってくらいに迷惑を掛けている以上あいさつくらいはしておかないと。そんな彼の心境を知って知らずかサクラは相変わらずエミルの背中を睨みつけている。何かあれば懲りずにまた斬り掛かる気満々だ。

「ところで、どうやってジンさん達のいる場所へ?」

「ギルドナイトは仕事上、詮索能力鍛えなアカンねん。あの二人は独特の気配を纏ってるさかい、居場所なんて一瞬な」

 すれ違う住民から掛けられる挨拶に、片手を上げて答えながらエミルが言う。ずいぶんと親しいというか人気があるなぁと変に感心するクリュウ達。ハンターからは毛嫌いにされているギルドナイトも、こういう災害派遣などをされるので一般市民からは比較的好印象を受けているらしい。というか、さりげなくサクラ以上の索敵能力を披露しているエミルに驚くと共に、後ろでサクラがさらに機嫌を悪くするのを感じクリュウはやれやれと苦笑を浮かべる。すると、そんな彼の反応を見てエミルは思い出したようにクリュウに尋ねる。

「あんたらやけに自然体であの二人の事言うけど、もしかして二人の二つ名も称号も知らん?」

 エミルの問いに対し、クリュウは首を傾げる。

「あ、やっぱり有名なハンターなんですか? 凄い高レベルな防具を着ていたので、有名人だとは思ってましたけど。皆は知ってる?」

「……こらアカンわ」

 クリュウの反応に対しエミルは額に手を当ててため息混じりにつぶやき首を振る。そして彼に尋ねられた女子三人をすがるように見詰める。しかし、

「……あんな奴、私は知らない」

「私もだ。会った事があると彼は言っていたが、思い出せなくてな」

 自分とクリュウ以外の事はとことんどうでもいいサクラと、天然ボケの天才シルフィードはそれぞれ首を横に降る。そんな二人の反応にエミルはがっくりと肩を落とした。その時、皆の反応に呆然としていたフィーリアが慌てた様子で口を開いた。

「《千手》のフォルクス様に《月光》のシャネル様ですよ! 姉の知り合いで、特にシャネル様は一ガンナーとしては死ぬ前に一度は会ってみたい存在です!」

「……ッ!?」

「なッ!?」

「せ、千手ッ!?」

 両の拳を控えめな胸の前で握り締め、いつになく興奮したような感じで言うフィーリアの発言に対し、クリュウ達はそれぞれ目を見開いて驚く。その二つ名は、ある意味ハンターの間では有名なものであった。

 一方、自分から言っておいて何だがクリュウの反応を見てちょっとだけ驚くフィーリア。

「珍しくクリュウ様もご存知なんですね」

「たまには僕だって知ってるよ! 養成所の教科書にも載ってたよ!?」

 そこで《たまに》とつく所が、田舎者の悲しき性(さが)か……

「へぇ……あいつら遂に教科書に載ったんか! そらおもろい!」

 エミルはエミルで違う所で驚くと共に大笑いする。

「……あいつらが」

「そんな大物を忘れるとは、不覚だ……」

 サクラとシルフィードもまた驚きを隠せない。特に面識のないサクラはともかく、実際にどこかで会った事がある(ジン談)シルフィードは驚くと共にそんな有名人を忘れてしまった自分のアホさに軽く嫌気が差した。

「千手って、史上最速最年少でG級ハンターになった伝説のハンターだよね!? なんでフィーリアそんな事知ってて普通に接してたの!?」

「え? あ、いえ、お二人があまり目立つのが嫌いと仰っていたので」

「ついでに、ゾルフさんに独特の剣術を教えたのもジン、《千手》やで」

 何気なく言ったエミルの言葉にピクリとサクラが反応した。そんなサクラの反応を見てエミルは小さく苦笑する。

「や~っぱ知らんかったなアンタ。アンタの師匠たる『灰狼』のゾルフさんの剣術はなぁ、当時若干九歳の少年から教わった剣術を独自に改良、と言うより簡略化して発展させたもんなんや。謂わば派生型やな。アンタもその『派生型』の流れは組んどるやろ? 大元はアイツな訳やね」

「……」

 エミルの言葉にサクラは黙ったように無言になる。自分が師と仰いでいた人物のバトルスタイルが子供の動きを真似たものだった事、何よりその子供があの男だという事に少なからずショックを受けているのかもしれない。彼女の内心を探れない為、想像するしかできないが。

 黙ったサクラの反応を見てエミルはいじわるっぽく笑う。そんな笑顔を見て、クリュウは改めてこの人とは気が合わないと少し不機嫌になる。人の苦しむ姿を見て笑えるなんて、どういう神経をしているのか。

 だが、サクラはそんなエミルの挑発的な態度に対していつもと変わらない自分主義を掲げる。

「……そんな事関係無い。私がいつか越えればいいのだから」

「へぇ……んなら楽しみに待っとこか。ゾルフさんの《友》として」

 サクラの言葉に対して、エミルはニヤリと唇をつり上げて笑う。そんな挑発的な笑みに対してもサクラは自分を見失う事はなく、真っ向から向かい合う。そんな凛々しい彼女の姿を見て、クリュウは改めてサクラのすごさを見た気がした。

 自分が決めた事は決して曲げない。ただそれだけに突き進む。そんな彼女の真っ直ぐさにはいつも救われ、尊敬し、頼りになる――彼女は決して口先だけではないのだ。

「覚悟は結構、するんはタダや……さ、そろそろやな」

 そう彼女が言った直後、風に乗って何かが聞こえて来た。

「……歌声と、笛の音、ですか?」

「綺麗な音色と歌声ですね」

「奏でとんがジン、歌っとんがシィや。良かったなぁ、あいつら珍しく機嫌えぇで」

「……巫女のあれ、彼女達の方が私達より向いてたんじゃないのか?」

「シルフィード様、それは言わないで下さいよ……」

「あぁ……あの祭か? うちも押してみたんやけど、断られたわ。ほれ、テントにおったギルドナイトのヨナにシィ、ヴィルマのハンターのリリス言う子と、《朱郭》のティリア言うやり手のハンターをな。ゾルフさんや散った仲間達の為にもどうや、って訊いたらジンが「もう四人の枠埋まってる」って言いよって……皆ルックスは抜群やさかい、イケる思たんやけどなぁ……あんたらがアカンかった訳やないで?」

 察するに、知人の女子陣をあのステージに立たせたかったらしい。そういう事なら邪魔をしてしまったようで多少の罪悪感を感じつつも、クリュウとしては《だったらもっと早く立候補してほしかった》という想いの方が強くなってしまっているので若干恨んでみたり。

 その間に、風に乗って聴こえていた音色と歌声がピタリと止んだ。

「……あ、止まりましたね」

「気まぐれやさかいな」

 未だに若干の余韻に浸っているクリュウ達だったが、そんな彼らに向かって向こうから響いてきた大声がそんなムードをブッ潰す。

「あんなの聞きながら出来るかッ!? 聞き入るだろ!?」

「……誉めてるのか? 貶してるのか? ややこしい発言は止めろ、面倒くさい」

「困ってんだよ!」

 待ちの中央広場に堂々と鎮座している慰霊碑。以前までとは違い仮の慰霊台ではなくちゃんとした慰霊碑が置かれている。献花台には今もなお多くの花束が置かれている。それに隣接するように設置されている天幕(テント)の奥から誰かの怒気に混じった声と、果てしなく冷静なジンの声が飛んで来た。

 キョトンとする四人に対し、エミルはやれやれとばかりに首を横に振りながらそんな四人を引き連れてその天幕(テント)の裏側へと回る。そこには横笛を持ったジンと、その隣でシィが瓦礫に座っていた。更にはその手前、ちょうどエミル達に背中を向ける形で両の腕が無く、風に袖をユラユラと遊ばしている男性が一人、セミロングの茶髪をシュシュにより高い位置で纏めた女性が一人。その奥では片方の腕に包帯をグルグルに巻かれながらも、一応形だけ片手腕立ての格好をしている青年と、双剣を構えた少女が一人。

 いきなり見知らぬ人物が大勢現れた事に軽く驚くクリュウ達。彼らは知らないが、今回の災害で炎王龍テオ・テスカトルと死闘を繰り広げて辛うじて生き残ったヴィルマのハンター達だ。

「一々文句を言うなマイルズ、リリスちゃんはちゃんと素振りしてたぞ? 太刀筋は乱れまくってたが……それにこの程度で集中力切らすな馬鹿。女湯のど真ん中でも集中して剣振れるぐらいにならないとな」

「例えが変だろ!? バカかお前は!?」

 なぜこんな所で腕立てをしているのか不思議だが、その姿勢のままジンに怒鳴る青年。一方そんな彼の怒号に対しジンはまるで気にした様子もなくさらりと受け流し、それがさらに青年のイライラを増幅させる。そんな彼に向かってやれやれとばかりに軽くため息しつつエミルが口を挟む。

「何言うてもムダやでマイルズ。それにアンタ、回復に努めろ言うとるやろ? 鍛える前に早よ骨くっ付けぇ」

「うぇ……エミルさん……」

「おーおー、生意気な反応しよるなぁ。うちに隠れて筋トレか? 千年早いわ、回復に努めろ言うとるやろこの戯け」

 エミルに怒られ、マイルズと呼ばれた青年はバツの悪そうな顔を浮かべる。そんなマイルズのあからさまな態度にエミルは今にもブチギレそうなのを寸前で堪えているかのように青筋を立てている。

「リリスもや。アンタもまだ安静にしときぃ。初めてで、しかもあんなちゃっちい武器で炎王龍の甲殻に何べんも挑んだんや、腕に負担めっちゃ掛かっとる。腕痛めたくなかったら休みぃよ」

 リリスと呼ばれた若い女性は手厳しいとばかりに苦笑を浮かべる。

「ちゃっちい……ですか。結構苦労して作ったんですけど……」

「古龍相手やったらあんなんちゃっちいわ。相手が悪いねん。弾かれまくったやろ?」

 何というか、この人は本当に裏表がないんだなぁと感心してしまう。誰であろうと容赦なくスパッと切れ味抜群の言葉で切りかかってくる。口じゃ絶対に勝てない。そんな事をクリュウが思っていると、エミルはふと振り返って自分達を手招きした。何事かと、クリュウ達は前に出る。すると、

「……客か、なら俺は引くべきかな。そろそろ三人もクエストこなして帰ってくるだろう。採点してやるか」

「では私も。ボウガンの整備してきます」

 ヒラヒラとした袖を着た青年とその隣にいた女性が立ち上がった。そんな二人に対し、エミルが引き止める。

「邪魔と違(ちゃ)うで? ゾルフさんの弟子もおるし、残ったらどうや?」

「……その《弟子》が会いたいのは俺じゃないでしょう? 話なら生前ゾルフから聞いています。気遣いなく」

「…………では」

 青年は静かに答え、両の袖を揺らしながら、女性は顔を伏せて表情は分からないが、取り敢えず別れ言葉を残して踵を返す。エミルの後ろにいたクリュウ達とすれ違うのだが、一切目を合わせようとはしなかった。当然、サクラが不機嫌そうに睨みつける。

 エミルは去っていく二人の背中を見詰め、静かにため息を零す。

「……まだ早かったか。全っ然癒えとらんなぁ」

「貴女でも無理でしょうが。自分達の知らない《忘れ形見》ですよ? それがいきなり目の前に出てきたら混乱しますし、《心》がどうなるか分からないでしょう? 人はそんな強くありません。……それに、今回のお目当ては俺達ですよね?」

 やれやれと首を振ったエミルに、奥からジンがサラリと言う。二人の会話や状況から察するに、今の二人はサクラの師匠――ゾルフという亡きハンターの知り合いらしい。再び振り返って二人の背中を探すが、すでにその時には彼らの姿はどこにもなかった。

 エミルははぁと大きなため息を零すと、クールに佇むジンの方を見る。瓦礫に座っている彼の横ではシィが腕に抱きついてまるでじゃれつくアイルーのように甘えている。その光景に目のやり場に困るとばかりに頬を赤らめながらクリュウ、フィーリア、シルフィードの三人はそれぞれ適当な方向を見ている。サクラは相変わらずジンを睨みつけたままだが。まるでそれに対抗しているのか、ジンはその何気に微笑ましい光景とは相反するような鋭い瞳で不敵な笑みを浮かべている。

「……正解、アンタらに客や。相手は分かるやろ? 適当に話したり。後、マイルズとリリスもここ残りぃ」

「……流石エミルさん、聡明で有難い」

「大体慣れたわ、アンタらの扱い方」

 エミルは先程の二人、マイルズとリリスの方を一瞥してジンに言う。残るように言われた二人は一体何事かと首を傾げながらクリュウ達とエミルとジンの方を何度も見比べている。

 それからエミルはクリュウの方を振り返って顎をジンの方へと動かした。どうやら何か言えと伝えたいのだろう。そう判断しクリュウは小さくうなずくと、少し前に出てジンと向き合う。

「お久しぶりです」

「……そんな日が経ったっけな? まぁいい、久しぶりで合わせよう」

 彼の言う通り、別にそんなに時間が立っている訳ではないがクリュウはとりあえずそうあいさつした。ジンの言葉に合わせるように隣にいるシィも小さく会釈する。そんな二人の様子を見ていたエミルは小さく微笑んだ。

「友達が増えたんやなぁ~二人。お姉ちゃん嬉しぅて泣きそうやで~」

 演技だというのは丸分かりだが、泣いているフリをしながらエミルはジンに感激の声を上げる。一方のジンは至って冷静というか、平静のままエミルのボケをスルーする。

「……いつから姉になったんです?」

「……なんや冷たいわ~。《あん時》はライザさんにしがみついて泣いたりうちに励まされたり、ゾルフさんに叱れたり可愛かったのに。反抗期?」

「また古い話を……」

「そんな昔やったか? 守ったらななーってライザさんと話したん、つい最近な気ぃするで?」

 カラカラと笑いながらからかうエミルに対し、ジンは呆れたようにため息を零す。どうやらこれが二人のいつものノリらしい。だとしたら、ジンに軽く同情してしまう。

 まぁ、確かに二人のその姿を見れば姉弟に見えなくもないが、だとすればずいぶんと疲れる姉を持つ事になる。

 そんな事を考えながら、とりあえず自分達が入っていく隙もないので一応クリュウは黙っていた。すると、エミルは突然こちらに振り返った。自然と、反射的に姿勢を正す。

「ほなうち帰るしな、今日は雑務やらな後々面倒やし。せっかく出来た《友達》や、大事にせなお姉ちゃん怒るさかいな?」

「だから……!」

「あーあーそういやぁ、結局ちょっとサボったさかいお姉ちゃんも上司(シュリン)に大目玉食らいそうやわ。そんときゃぁお姉ちゃんしっかり慰めてな?」

 ジンが何か言い返す隙を与えず、エミルは楽しげに軽い笑い声を上げながら去って行く。その後姿はその美しい容姿と同じく美人なのだが、その性格は残念としか言いようがない。

 エミルは最初から最後まで人をおちょくり倒しまくる、まるで愉快な嵐のような人だった。この場合の愉快は本人限定で周りは果てしなく迷惑極まりないのだが。何となくクリュウは、昔の悪友の姿とエミルが重なって見えた。

 一方、散々エミルに一方的におちょくり倒されまくったジンはガックリと膝に両手を乗せていた。どうやらずいぶんと親しい間柄でもあのテンションはなかなか慣れないようだ――まぁ、あれを慣れてしまったら人間として終わりのような気もするが。

「……気を取り直そう、何か用か?」

 ため息を一つ零した後、それまでの振り回されっぷりとは打って変わって真剣な表情で尋ねながらジンはクリュウ達に対峙する。どうやら彼の中で今までの流れはなかった事にしたらしい。それは正解ではあるが、人はそうも簡単に気持ちの切り替えができるものだろうか。一体どれだけの苦労を重ねればそのような技術を会得できるのか――まぁ、会得したいとは思わないが。

 ジンの問い掛けに対し先頭に立つクリュウは一瞬その気迫に押されるが、別にイタズラをして怒られる子供という訳ではないのだから、堂々と対峙する。それに、自分には彼に尋ねておきたい疑問があった。

「あ、いえ。僕達はもう少しでこの街を出るので挨拶と――ちょっと話を訊きたくて」

「……ほぉ、話なぁ」

 クリュウの態度を見て何かを感じ取ったのか、ジンは短くそう答えた。彼の性格を見るにあまり自分の事を話したがらないのは何となく予想できる。エミルが勝手に口走ったからこそ、今自分が知っている知識はきっと彼は自分からは言わないような内容だ。相手の望まぬ疑問を問い掛けるのだから、こちらとしても気構えてしまう。だが、

「――ゾルフさんの事か?」

 ジンは特に隠す事なくそう言った。そしてそれはクリュウが尋ねようとしていた事そのものだった。彼のあっさりとした返しに驚きながらも、納得はできた。自分が彼に尋ねる事と言えば、むしろそれくらいしかないだろう。

 一瞬サクラの方を一瞥し、クリュウは改めてジンの方へ向き直る。

「《灰狼》ゾルフ・ヴァルフレア。大剣使いの常識を余裕で覆す程の機動力と速さ、変幻自在の変則的な剣さばきが特徴のハンターだった」

「いえ、それは一応知っています……」

 一体どんな話をしてもらえるのかと思って期待していたが、彼から語られたのは至極一般的な知識だ。それこそ自分がサクラなどから教えてもらったレベルの、至って普通の情報。もちろん、彼が尋ねたい事はこんな事ではない。

 なぜそんな話をしたのか。見ると、ジンは困ったような表情で天を仰いでいる。それを見るに、どうやら今の話でこっちが諦めてくれる事を願っていたらしい。もちろんそんな話ではこちらは引き下がらない事もわかっていたのだろう。短い付き合いだが、何となく彼はあまり他人と話をしたがらない性格のようだから、面倒事を回避しようとしたのだろう。

 だったら、ここはむしろこっちから切り込むべきだ。クリュウは覚悟して一歩前へ出る。その隣ではサクラがジンを辻斬りのような目で睨みつけていたりする。

「僕が知りたいのはもっとこう……どんな方だったのかなぁ、とかです。その、珍しくサクラが凄い敬意を払ってますし、関係が深かったジンさんなら何か知ってるかなって」

「……クリュウ、私はいつもクリュウに敬意を払ってる。珍しくなんかない」

「うん、関係ないね……」

 サクラのボケをスルーしながら、クリュウはジンを見詰め続ける。どんな回答が返って来るのか、ある種期待しながら待っていたが、彼から返って来たのは残念な内容だった。

「一般的に広がってる話以外で俺達が話す事? そんな物は無いな。俺達の不用意な発言で偉大なる《灰狼》、ゾルフさんに泥を塗りたくない」

 ジンはクリュウの問いに答える事なく、若干遠まわしながら答える事を拒否した。それを見て隣に立つサクラはムッとした様子だったが、クリュウは黙って彼の自分に向けられる視線を見詰め返す。その真っ直ぐな視線は、彼の本音というか、信念のようなものを感じた。

 彼は答えたくない理由をちゃんと語っていた――ゾルフの顔に泥を塗りたくない。それが答えない理由だ。

 死んでしまった人間の事を、残された人が語る事は簡単だ。だがそれはすべて客観のものであり、第三者から見た姿でしかない。そしてその姿は必ずしもその人の真の姿とは限らないのだ。語り方次第、捉え方次第で印象は大きく代わってしまう、そんな意味のないものだ。

 自分の言葉ひとつで、人の印象を変えてしまう。ならば、語らない方がその人の為でもある。ジンはきっと、そんな想いを抱いているのだろう。ならば、クリュウは――

「……わかりました。じゃあその事は何も訊きませんね」

 彼の想いを尊重する事に決めた。ジンは決して無責任などではない。むしろ自分勝手な責任を被って、故人を愚弄したくはないのだ。その心意義、クリュウは決して嫌いではない。

「悪いな。これが《俺達》なんだ」

 そう言って、ジンは少し困ったように笑った。彼自身、自分が言った発言の真意がクリュウにしっかりと届いているか自信がないのだろう。ある意味で口下手とも言えるが、それも含めて彼なのだ。

 クリュウはそんなジンの姿を見てもうこの件については何も尋ねないと決めた。だがもう一つ、彼には尋ねておかなければならない事があった。

「じゃあもう一つ。ハンターとして訊きたい事があるんです」

「……それなら答えられそうだな。うん」

 先程とは違い、今度の問いは単純に先輩ハンターに対する後輩からの質問だ。これなら別に遠慮する必要もない為にジンも少し考えながらも了承してくれた。そんなジンの言葉に一つうなずき、クリュウはジッと彼を見詰めながら、その疑問を口にした。

「――古龍を相手にするのは、どんな感じですか?」

 ――周りの空気が変わった事に、クリュウは気づいていた。見なくてもわかる。皆、今の自分の発言に驚愕しながら見ているに違いない。

 クリュウにとって、古龍はある意味宿命の相手だ。父を殺し、おそらく母の命を奪ったのも種類や個体は違うだろうが、それでも分類学的には古龍種によるもの。ハンターとして高みを目指す以上、いずれどこかで戦う事になる相手。それが古龍だ。

 今回もその古龍が街で暴れ、壊滅的な被害を与えた。多くの住人や街を守ろうとしたハンターが死んだ。天災と同等に扱われるような存在。ハンターは、時にはその天災に挑みかかる。

 そしてそれは、決してクリュウも人事ではない。何年先か、そもそも天災が自分の周りに現れるかもわからない。だがそれでも、決して出会わないという事はない。何より、クリュウにとって古龍は、因縁の相手だ。

 ジンはクリュウの疑問に対して一瞬彼の背後の女子達を見た。全員、クリュウ口から《古龍》という単語が出た瞬間、明らかに表情が変わったのを彼は見逃さなかった。その様子を見て、彼と古龍の少なからずの因縁を察したのだろう。少し考え、ジンは静かに口を開いた。

「……少し散歩でもするか、クリュウ君。その問いの答えはその時言おう。君達三人は、大人しくそこで待ってて欲しい。心配は要らないから、まぁ俺信用無さそうだが安心してくれ。君達三人にはもっと面白い話を聞いといてもらう……シィ」

「は~い」

 これまでずっとジンにベタベタと寄りかかっていたシィは元気よく返事を返してピョコンと動いた。そんな彼女の耳元でジンは何かを呟いた後、肩をそっと叩く。その瞬間、シィは天真爛漫な笑みを浮かべた――だが、心なしかそれは面白いイタズラを思いついた子供を思わせた。

「……さて、散歩しようかクリュウ君。シィ、そっちは任せたぞ?」

「はぁ~いッ! バッチリだよぉ~」

 のん気極まりない猫撫で声で返事をしながら、シィは胸を張る。そんな彼女の反応を見てジンは静かに微笑を浮かべると、クリュウの肩を叩いて歩き出す。クリュウは一瞬背後の三人に振り返ったが、すぐに彼の背を追って歩き出した。その背後では彼を追おうと動いたサクラの前に、一瞬にしてシィが割り込んで針路を塞いでいた。

 睨み合いながら、静かに互いを威嚇し合う二人。心配ではあったが、ジンは振り返る事なく進むので、クリュウはそれに従った。

 

 クリュウとジンは、一体何を語り合ったのか。

 そして残された三人とシィ達が一体どのような会話をしたのか。

 それはまた、別のお話……

 

 数時間後、クリュウ達は空になった竜車を率いる二次支援隊を率いてヴィルマを後にした。ドンドルマに戻ったら、この竜車は再び支援隊として使われるらしい。だからこそ、無事に届ける必要がある。ドンドルマに戻るまでが、ライザから受けた依頼なのだから。

 見送りらしい見送りは特になかった。クリュウはジンから得た教訓を胸に刻みながら、彼と堅い握手を交わし、何やらわずか数十分の出来事の間にシィの事を《師匠》と呼ぶフィーリアなど、疑問はいくつか残ってはいたが、彼らにはまだやる事が残っているので引き止める訳にもいかず、素っ気ないお別れとなった。でもまぁ、その方が彼ららしいとも思った。

 彼らはまだヴィルマに残っているらしい。ヴィルマの残存ハンター達も、今後はヴィルマ再建に全力を尽くすそうだ。ドンドルマも表面上は支援を約束しているらしい。まぁ、ライザがいる限り大丈夫だろう。

 それと、謎の飛行船を寄越してきたアルトリア王政軍国。世界は広いというが、あんな物を生み出して運用している国もあるのだと、ヴィルマとはまた違った意味で経験になった――同時に、一つ気がかりも生じていた。

 竜車に揺られながら、クリュウはボーッと空を見上げていた。ヴィルマを出てからずっとその調子であり、フィーリアとサクラの心配も頂点に達しつつあった。

「クリュウ様、喉乾きませんか?」

「……クリュウ、大丈夫?」

 二人の心配に満ちた声にクリュウはゆっくり振り返り、彼女達の姿を見詰める。

 今回のヴィルマ戦では、多くのハンターが死んだ。生き残った者達も、多くの仲間を失っていた。

 もしも、自分の周りでそのような事が起きたら。今こうして自分を心配してくれている彼女達も、失ってしまうかもしれない。

 口の中に、鉄の味が広がる。

「く、クリュウ様ッ!? ち、血が出てますよッ!?」

 慌てふためくフィーリアが見たのは、クリュウの唇から垂れる血。彼は突然自分の唇をギュッと噛んだかと思ったら、そのまま唇を切って血を出した。慌ててハンカチを取り出す彼女を見て、クリュウは自分の異常行動にようやく気づいた。

「あ、ごめん……」

「何考えてるんですかッ!? ご自分の大切なお体を、自ら傷つけてどういうおつもりですかッ!?」

 本気で怒るフィーリアを見るのは珍しい。それほど、彼女は本気で怒っている。それも、自分の身を案じてだ。本当に、心優しい子だ。

「……クリュウ」

 サクラもいつになく不安そうにこちらを見詰めている。二人の心配に満ちた瞳が、今はすごく苦しい。

 彼女達を失いたくない。そんな気持ちが、胸に満ちていた。

 これから先も、ずっと彼女達と一緒にいたい。それを叶える為に、どんな厄災をも跳ね除ける力がほしかった。自分がもっと強くなって、彼女達を守れるくらいに強くなったら。そうすれば、誰も失わない。自分がもっと強く、圧倒的な力を手に入れれば――

「……昔の私のような顔になっているぞ、クリュウ」

 これまでずっと事の成り行きを黙って見詰めていたシルフィードが、静かにつぶやいた。その言葉にクリュウはハッとなる。気づけば、フィーリアとサクラが先程とは別の意味で不安そうな表情を浮かべていた。まるで、怖いものでも見たかのように、震えている。

「クリュウ様……怖い顔してました」

「……クリュウ」

「あ、ごめん……」

 自分で気づかないうちに、とても怖い顔をしていたのだろう。慌てて笑顔を取り繕うが、すでに小細工が効くような状況ではなかった。二人とも、自分にどう言葉を掛ければいいか迷っているようだ。

「君が考えている事を、当ててやろうか?」

 ゆっくりと立ち上がったシルフィードはそんな事を言いながら彼に近寄ると、彼の横に静かに腰掛けた。凜とした表情は、いつも自分達を頼もしく導いてくれる。頼れる我らのリーダーだ。

「今回の事件で犠牲になったハンター達のように、いつか私達の誰かが倒れるのではないか。そんな不安を覚えたのだろう? そして、私達を守れる程強くなりたいと願った。それこそ、どんな力でも構わないとな。違うか?」

 シルフィードの言葉はまるで自分の心の中を読んだかのように、全て正解だった。首の動きも、自ずと縦に動いた。それを見てシルフィードは「そうか……」と小さくつぶやくと、突然彼の頭の上に手を乗せ、そのままワシャワシャと髪を掻き乱した。

「ちょッ!? な、何するのさッ!?」

「確かに、以前君は私の事も守ると言ったな。だがな、それはあくまで覚悟でいいんだ。それくらい強くなるっていう覚悟でな」

 それは以前、シルフィードを仲間に誘った際にクリュウが言った言葉。シルフィードの事も守れるようなハンターになりたい。そう、彼は言った。それが、今まで一人で戦って来た戦乙女に希望の光を与えた事を、彼は知らない。

 困惑する彼を前に、シルフィードはゆっくりと優しげな笑みを浮かべた。

「――私達は仲間だろうが。誰が守るとか守られるとか、そういう事はどうでもいい。チームだからできる事は、互いの欠点を補う事だ。皆で助け合って、皆で強くなればいい。誰かが犠牲になる必要など、ないんだからな」

 それは、不器用な彼女なりの、不器用な励ましの言葉だった。

 クリュウはその言葉に少し驚いたように沈黙したが、やがてゆっくりとその口元に笑みを浮かべた。

「そうだね。僕達は、仲間なんだから」

 そんな彼の言葉に、フィーリアもすかさず「はいですッ! 私達はまだまだ未熟者ですから、みんなで助け合いましょうッ!」と笑顔で言う。その横ではサクラも無言ではあったが、優しげな笑みを浮かべて静かにうなずいた。

 そしてシルフィードの方を見ると、彼女は明後日の方向を見ながら「ま、まぁそういう事だ。どういう事か、自分でもしっかり伝えられたかわからないが、まぁそういう事だ」と照れているのか、意味不明な発言をしている――でも、今のクリュウにはしっかりとその《そういう事》が伝わっていた。

「じゃあ、みんなでもっと強くなる為にも、もっともっと狩りをしないとね」

「の、望む所ですッ!」

「……我が覇道の前に立ち塞がる者は、何人(なんぴと)たりとも斬り倒すわ」

「覚悟は立派だが、通行人に襲いかかるのだけはやめてくれよ」

 シルフィードが言ったのは、全部事実だ。

 誰も、このメンバーの中に完璧な者などいない。皆、長所があって短所がある。強みがあって弱点がある。得意があって不得意がある。個人個人ではどうしようもない事でも、皆で連携して、お互いにその穴を埋め合えば、一人の時よりもずっと強くなれる。

 誰か一人ががんばるのではない。皆でがんばって、皆で笑って、皆で泣いて。そうして、強くなっていけばいい。

 クリュウの中で少しだけ、不安の雲が消え去った。まだ完全に消えたとは言えないが、それでも今はこれで十分だ。

 竜車に揺られながら、クリュウ達は早速次の狩猟についての会議(ミーティング)を開始した。もっともっと強くなる。あの化け物染みた二人を超えられるくらいに――この四人で。

 

 ヴィルマでの短い出来事は、少年少女達をまた一つ大人へと成長させていた……


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