モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第117話 茫然自失 次元が違い過ぎる猛者達

 ライブを見事にやり終え、四人は自分達の天幕(テント)へと戻った。天幕(テント)に入ると同時にすぐに椅子に腰掛ける。四人とも、相当の疲労を感じている。だが、不思議と嫌な疲労感じではない。むしろ清々しいくらいだ。

「ふぅ、何とか終わったな……成功、でいいんだよな?」

 まず最初に口火を開いたのはやれやれとばかりに椅子に腰掛けたシルフィード。疲れてはいるが、その表情は明るい。

「もちろんです。大成功でしたよ」

 シルフィードの問いかけに対し笑顔で言うのはフィーリア。彼女も顔に疲れが見えるが、表情は明るい。

「サラちゃんのお母様も絶賛してくださいましたし、観客の反応も上々でしたから」

「そうだな。恥ずかしかったが、まぁこれも珍しい経験をしたと思えば良いか」

 そう言ってシルフィードは凝った肩を軽く揉み、ポニーテールに結っている紐を解き、縛っていた髪を解放する。さらりと流れる髪を掻きあげ、今度は反対側の肩を揉む。慣れない事をして相当疲れているらしい。

 一方、椅子に座って腕を組みながら目を瞑って沈黙を続けるのはサクラ。ライブではチーム一の身軽さからの一番動き回っていただけあって疲れたのだろう。よく見るとスゥスゥと小さな寝息を立てている。そんな珍しいサクラのかわいらしい姿に、フィーリアはそっと微笑む。

「疲れたのだろうな。おいサクラ、寝るんだったら布団を用意してやるからもう少し待ってろ」

「……眠い」

 シルフィードが肩を揺らすと、サクラはそうつぶやくと共に眠そうにしょぼしょぼの目を手の甲で擦る。しかしすぐに目がゆっくりと閉じられ、また小さな寝息を立て始める。

「あ、サクラ様まだ寝ないでくださいッ! クリュウ様、サクラ様の布団の準備を手伝ってください」

「あ、うん」

 水を一杯飲んで一息入れていたクリュウはフィーリアの言葉にコップを置いて畳んである布団を敷く。

「準備できたよ」

「ありがとうございます。ほらサクラ様、布団の準備ができましたよ。寝るんでしたらそこで寝てください」

「……クリュウの腕枕」

「却下ですッ」

 油断も隙もないサクラに牽制しつつ、フィーリアは眠気でフラフラのサクラを布団に寝かせる。本当に眠かったのだろう、横になった途端サクラは眠ってしまった。

 小さな寝息を立てて眠るサクラに、フィーリアは微笑む。

「本当にお疲れでしたんですね」

 かわいらしい寝顔で眠るサクラの姿を見詰めながら嬉しそうに言うフィーリアの言葉に、シルフィードも「そうだな」と微笑みながら同意し、そっと眠っているサクラに毛布を掛ける。

「あぁ、すまないがフィーリア。コーヒーを頼めるか?」

「あ、はい。ブラックですよね」

「すまんな」

「いいえ。あ、クリュウ様はハチミツ入りのホットミルクでよろしいですか?」

「あ、うん。ありがと」

 早速フィーリアは簡易キッチンで飲み物の用意を始める。そんな彼女の背を見送ってから、クリュウとシルフィードはそれぞれ席に着いた。

「それにしても、君の人気はすさまじかったな。すごいぞ」

「……それ、誉められても嬉しくないや」

「そ、そうだな。すまん……」

 あはははと乾いた笑い声を上げるクリュウ。若干、今回の女装がトラウマになっているようだ。予想はできたのに見事に地雷を踏んだ形のシルフィード。

「だが、皆楽しんでくれたようだし、やって良かったな」

「そうだね。恥ずかしい想いをしただけの事はあったよ」

「確かに。私もあんな赤面ものの衣装は二度とごめんだな」

「そっかな? すごく似合ってたと思うけど」

 クリュウの何気ない感想に対し、シルフィードがピタリと動きを止める。その頬はハッキリと赤く染まっている。

「な、何をバカな事を。私はあんな格好は恥を晒すだけだぞ」

「そんな事ないよ。すごくかわいかったよ?」

「なッ!? ば、バカッ! 変な事を言うなッ!」

「え、えぇッ!? 何で怒ってるの?」

 突然怒り出したシルフィードに困惑して首を傾げるクリュウ。彼は気づいていないが、怒鳴って背を向けたシルフィードの顔は真っ赤になっていた。唇の端も意識とは関係なく勝手に緩んでしまっている──要するに滅茶苦茶嬉しいのだ。

「か、かわいいだと……ッ!? こ、この私が、か、かわ……かわわ……ッ!?」

 ──ものすごい動揺するほど嬉しいのだ。

 背を向けたまま意味不明な言葉を連射するシルフィードの背を見詰めながら、クリュウは首を傾げ続ける。そんな彼の前にコトンと湯気の立ち上るホットミルクの入ったマグカップが置かれる。

「クリュウ様、あの、私の姿はど、どうでしたか?」

 指を胸の前でツンツンさせながら顔を真っ赤にして小声でクリュウに問うフィーリア。その瞳は真剣にクリュウを見詰めている。そんな彼女の問いに対し、クリュウは満面の笑みを浮かべながら答える。

「もちろん、フィーリアもすっごくかわいかったよ」

「ふえッ!? え、えへへ……そうですかぁ?」

 クリュウからの嬉し過ぎる誉め言葉に、フィーリアは頬を赤らめながら喜ぶ。頬がすっかり緩んでしまってだらしない笑顔を浮かべる。そんなフィーリアの反応を見て、シルフィードは小さく苦笑を浮かべた。

「フィーリア、余韻に浸っている所すまないが、私のコーヒーは?」

「あ、そうでしたッ! す、すみませんすぐ用意しますッ!」

 我に返って慌ててシルフィードのコーヒーを用意を始めるフィーリア。彼女やクリュウは気づいていないが、もちろんこれはシルフィードの見事なフォローであった。これ以上想い人の前でだらしない笑顔を浮かべるのはマズイという彼女の的確な判断だ。

 あわあわとコーヒーを準備するフィーリアの背中に苦笑を浮かべた後、シルフィードは早速ハチミツ入りのホットミルクを飲んでいるクリュウの方へ向き直る。その表情はまるで狩りの前の作戦会議の時のように真剣だ。

「クリュウ、これ以上のヴィルマ滞在は私としては避けたいのだが、どうだ?」

 突然のシルフィードのヴィルマからの離脱提案に対し、クリュウはさして驚かずに静かにホットミルクを飲む。まるでその問いは予想通りというような余裕だ。

「奇遇だね。僕もそろそろ、と思ってたんだ。これ以上ここに滞在してても別れが辛くなるだけだし、僕らのできる事はもうない。それに、エレナやリリアをこれ以上待たせておくのは危険だしね」

 最後の部分は冗談混じりだが、それも確かな理由の一つであった。自分達は村所属のハンターだ。その村をこれ以上放置している訳にはいかない。以前とは違い、村にはツバメと彼のオトモアイルーのオリガミが常駐しているので多少は長居もできるが、それもそろそろ限界だ。ここから村に戻るのだって今日明日のレベルではない。ドンドルマでライザに報告する事もある。街の郊外に停泊しているアルトリアの飛行艦ならそれこそ一日とかでも着くかもしれないが、こちらは竜車と船だ。そんな簡単に着くほど、辺境の田舎村であるイージス村までの道のりは短くはない。

「そうですね。この街にはフォルクス様やシャネル様を始めとしてギルドナイトも複数駐在していると聞きます。そのどれもが私達よりも高位の方々ですので、有事の際に私達の出番なんてないでしょうし」

 そう言って会話に入ってきたのはフィーリア。シルフィードの前にコーヒーを置き、クリュウの隣の席に腰掛けて会議に加わる。

「そ、そんなに強い人達なの?」

 フィーリアの発言にクリュウは純粋に戸惑った。彼としては自分のチームの女子陣は全員自分よりもハンターとしては優秀だし実力もある。目の前でフィーリアの正確さと驚異の連射力、サクラの俊足と鋭さ、シルフィードの類稀なる指揮力と豪快だが繊細な一撃を目にしているクリュウからしてみれば、彼女達の実力は十分過ぎるように見える。それを上回るようなハンターがこの街には複数人いるとは、すぐには信じられないのだ。そんな彼の疑問に対し、シルフィードは一つ首肯する。

「詳しくは知らないが、彼らの武具を見る限りまず間違いないな。君はあまりG級や上位ハンターとの面識がないから私程度が最強クラスと思っているかもしれないが、私よりも実力のあるハンターなんて巨万(ごまん)といるぞ」

「ご、五万人もッ!?」

「いや、実際に五万人いるという訳ではなくてな。そもそも全ハンターの人口を足しても五万人もいないぞ」

 天然なボケを炸裂させるクリュウに冷静にツッコミを入れつつ、シルフィードは彼の隣にいるフィーリアに視線を向ける。

「フィーリアの姉もその一人だな」

「は、はい。姉は上位ハンターとして今も各地で活躍されています。風の噂では、近くG級へと昇格されるとの事です」

「クリュウの両親も、君からの情報によると十分な実力者、それこそキングクラスやエンペラークラスといったG級ハンターの中でも高位の位にいたのだろう? あの忌々しいソードラントの面々もまたその一人だ。それに比べれば私達はまだまだ未熟過ぎる」

 それは決して謙遜ではなく、彼女自身が心から思っている事だ。彼女は今まで自分よりも実力のあるハンターと何人も接して来た。どんなにがんばっても、どんなに修行を積んでも、埋められない差を彼女は痛いほど経験してきた──性格破綻者の集まりとはいえ、実力こそは最強クラスと称されるソードラントの面々と接してきたからこそわかる、彼女の葛藤。

「……あのさ、こんな時に訊く事じゃないとは思うけど……どうして、シルフィはソードラントなんかにいたの?」

 シルフィードが発した《忌々しい》という単語にクリュウは前々から気になっていたその質問を投げかけてみた。剣聖ソードラントと言えば実力こそ最強クラスだが、性格破綻者で結成されたチーム。狩りを楽しむ為にわざと市街戦を行ったり、民間人を囮にしたりと悪い噂が絶えない連中だ。

 そんなチームに、なぜシルフィードが属していたのか。前に一度訊いた事があったが、その時は彼女は何も話さなかった。一体どうして、彼女はソードラントに加わっていたのか。

 クリュウの問いに対し、シルフィードは無言になった。不気味な沈黙が数秒続いた後、シルフィードは小さくため息を零す。

「……昔、力が全てだと信じて突っ走っていた頃にな。彼らの力に憧れていたのさ」

 それだけを言うと、シルフィードはそれ以上語る事はなかった。今はそれだけしか言う気がないのだ。彼女にとってソードラント時代の自分は、今の自分とはまるで違う。家族を殺したモンスターという存在全てを憎み、虐殺する為だけに剣を振るっていた殺戮者。そんな頃の自分を、今の彼らに話すのは躊躇いはあるし、できれば一生知ってほしくはない。そんな想いから、彼女は昔の事はあまり多くは語らないのだ。

 シルフィードの短い説明に対し、クリュウはもちろん納得した訳ではないが、「そっか……」とつぶやいて話題を終える。人には誰にも知られたくはない過去がある。それを無理に引き出すのは関係の破綻にも繋がってしまうからこそ、彼は深くは問わない。そんな彼の配慮に感謝しつつ、シルフィードは一言だけ彼に言う。

「君は優しい心を持っている。その心を決して憎しみに染めず、そのままの君でいてほしい。私のように、力に溺れるな」

「うん。わかった、約束する」

 そもそもクリュウはそんな気は毛頭ない。シルフィードと違い、クリュウは父と母、それぞれの殺したモンスターがどんな奴なのかを知らないから、例え復讐心があってもそれをどこにぶつければいいのかもわからない。

 だが、もしも両親を殺したモンスターの正体がわかったら、彼はきっと復讐に走るだろう──純粋過ぎる心は、道を誤ればいとも簡単に黒に染まる。クリュウは期待と共にそういう危険性も持ち合わせている子だ。

 だからこそ、シルフィードはそれを阻止し、止めるのが自分の役目だと思っている。実の弟は守れなかったが、せめて弟のように想っているクリュウだけは守ってみせる。そんな強い想いが彼女の中には存在した──弟のように。その部分に引っかかりを感じながら。

 そんな二人のやり取りを見守るフィーリアの心境は複雑だ。クリュウとサクラはモンスターによって両親を殺されている。シルフィードはそれに加えてかわいがっていた弟も殺された。皆、ハンターになるのはある意味当然とも言うべき道を歩いてきている。それに対し、自分はどうだろうか?

 両親は健在で、それもとても裕福な家庭だ。体の弱い心優しい本好きな長女は博学で様々な分野でその知識を遺憾なく発揮し、現在では古龍観測所の研究員の一人として働いている。昔から腕っ節が強く豪快で男勝りな次女はG級ハンターとして今もどこかで自分では届かないような武勇伝を刻んでいるだろう。

 ──三人と違い、自分は何も失ってはいない。むしろとても恵まれているのだ。その差が、フィーリアが三人に対して強く物事を言い出せない最大の理由であり障害となっている。だから、フィーリアはあまり自分の家族の事を話そうとはしないのだ。

 そんなフィーリアの心境とは関係なく、クリュウとシルフィードの会話にひと段落がついた。シルフィードはブラックコーヒーを飲み干すと、「ちょっと夜風に当たって来る」と言って天幕(テント)を出て行った。

 天幕(テント)の中には眠っているサクラとクリュウ、そしてフィーリアだけが残される。

「あ、クリュウ様。ホットミルク、おかわりされますか?」

「え? あ、うん。ありがと」

 クリュウと二人っきり(眠っているサクラはカウントしない)という状況をようやく理解したフィーリアは若干頬を赤らめながら、クリュウに接する。同じ状況でもクリュウは全く意識してないが。この辺が三人の女子陣及び村の女子陣、そしてクリュウの以前の学友の女子陣の共通意見、《最強の鈍感》に通ずる。

 クリュウの新しいホットミルクを淹れたフィーリアは何事かを考え込むクリュウの凛々しい姿にしばし見とれていたが、ふとその姿に思い出す。

「そういえばクリュウ様、以前アルトリアの総軍師様と話されていた事ですが。あの、失われた王紋とか何とか……結局、あれは一体何だったんですか?」

 フィーリアが問うたのは以前彼がアルトリアの総軍師、ジェイドと話していた話の事だ。あの時は訊けるような雰囲気ではなかったが、今だったら何か教えてもらえるかもと期待したのだ。だが、クリュウは静かに首を横に振る。

「何でもないよ。ちょっと引っかかりを感じただけだから」

「ですから、その引っかかりというのは一体……」

「──ごめんフィーリア。僕もまだその引っかかりに自信が持てないんだ。だから、何も答えられない」

 クリュウの返答は、心優しい彼なりの遠回しでの拒否であった。クリュウが話したくないというのならそれを無理に問いただす訳にもいかず、フィーリアは納得はしてはいなかったが「わかりました」と引く。

「でも、いつか話してくださいね。私、クリュウ様のお力になりたんです」

 真剣にそう言うと、クリュウは「ありがと、フィーリア」と小さくはにかんだ。

 

 翌朝、ヴィルマを出発すると決めた四人は、天幕(テント)を提供してくれたエミルや色々と(主にサクラが)迷惑を掛けたジンに別れを言っておこうとこの街に最初に訪れた野営陣地へと向かった。その途中、クリュウはジンに会わなければいけないという事で若干不機嫌になっているサクラに彼に対して謝るよう説得するも、こればっかりはサクラは決して首を縦には振らなかった。この面子の中で意外かもしれないが一番プライド高いサクラにとって、自分に屈辱を与えた相手に頭を下げるのは自分に対する最大の侮辱となるのでこればっかりはクリュウの頼みとはいえ絶対に従わなかった。

 説得に失敗し、どうしたもんかと頬を掻くクリュウに隣を歩くフィーリアが「大丈夫ですよ。フォルクス様はそのような事でいちいち気にされるような方ではないとお姉様も言っていましたし。ただ、シャネル様には黙っておいた方が良さそうですね」と声を掛ける。クリュウはとりあえず(主に最後の部分に対して)うなずいた。

 そんな状態で四人は野営陣地へと到着した。クリュウは別に何の警戒心もないが、他の面子は違う。この中には自分達とは根本が違う存在、ギルドナイトがいる。別にギルドナイトから直接何かされたという経験はないが、ハンターである以上警戒するのは当然だし、不快感を持つのも仕方がない。ただ、クリュウはそういう部分が欠落しているのだが。

 意を決してギルドの旗がはためいている天幕(テント)、野営本部へと入る――寸前で、向こうから入口の布が開けられた。現れたのはギルドナイトの少女であった。きれいな黒髪を流した、青色のギルドナイトの制服を着た少女。驚く一行に対し、少女はきれいな笑顔を浮かべる。

「何かご用ですか?」

「あッ……」

 開けようと思っていた所で向こうから開けられた事で掴むべき布を失った手を宙に浮かべたまま呆然とするクリュウ。そんな彼に対し、少女は笑顔を浮かべ続ける。

「貴女方が二次部隊の護衛をして下さったハンターさんですよね? 何かご用でしたら私が伺いますが?」

 少女の問い掛けに対し、クリュウは「あ、あの……ッ」と声を絞り出す。刹那、彼の背後でフィーリアとシルフィードが身構える。現れた見知らぬギルドナイトに対し、完全に警戒心を露にしていた。クリュウの隣に立つサクラは無言で相手を睨み殺すかのような眼光で睨みつけている。そんな三人の反応に対し、少女は小さく苦笑を浮かべる。

 すでに臨戦態勢の三人に対し、クリュウは一瞥をくれてそれを制するとわざわざ出迎えてくれた少女に対し笑みを浮かべながら声を掛ける。

「えぇっとですね、中にエミルさんいらっしゃいますか?」

 クリュウの問い掛けに対し、少女は「え、えぇっとですねぇ……」とつぶやきながら何とも言えない複雑な表情を浮かべながら一度だけ背後を振り返る。

「……いますけど、今はちょっと――」

 

『あぁもぉえぇやんシュリン! どーせろくな書類なんてあらへんわ! 止めよぉや! うちジンとシィとこ行ってくる!』

『そう言ってお前は何日この書類の山から逃げて来た!?』

『お、お二人共落ち着いて下さいませぇぇ!』

 

「――……こんな状態ですけど大丈夫ですか?」

 天幕(テント)の中から響く喧騒。どうやら中にエミルはいるようだが、取り込み中のようだ。それも特大の。どうやら真面目な上司だか同僚だかの男に対し、エミルが駄々を捏ねているようだ。

 普通のハンター達からは畏怖の対象とされているギルドナイトが駄々を捏ねて騒いでいるという喧騒に、クリュウ達は状況を理解できずに戸惑う。そんな彼らの反応を見て少女は小さくため息を零すと、何とも言えない複雑な笑みを浮かべてこちらに向き直る。

「……すみません、中は今混沌と――」

『ヨ~ナァ~ッ! お客さんやろ~! 案内して来ぃ!』

「――……どうぞ中へ」

 今度は大きなため息を零してから幕を開けて少女はクリュウ達を中に案内する。とりあえず、あれだけ騒いでおきながら外の会話をしっかり聞いているエミルのイャンクック並みの聴力に驚きつつ、クリュウ達は少女に案内されて天幕(テント)の中に入る。

 中に入ると、ギルドの腕章を着けた人間が書類の束を持ったり木箱を持ったりしながら縦横無尽に動き回っていた。辺りには書類の山が築かれ、各所に置いてあるテーブルもテーブル本来の台の部分が見えないほどに書類が山積みされている。そして、そんな書類の山々の中央に、不敵な笑みを浮かべたエミルがどっかりと椅子に腰掛けていた。まるでここは自分の城と言いたげな、ある意味王者の貫禄だ。

 ちなみに、きっとテーブルの隅っこで血走った目で書類を睨みながら筆を動かして仕事に徹している男がさっきエミルと言い争っていた上司なのだろう。女子(エミル)の理不尽さに振り回される男の疲労が見える背中に、ちょっとだけ親近感が湧いたクリュウであった。

 自らの城に入って来た客人(クリュウ)達を見詰め、エミルはニッと笑を見せる。

「久しぃなぁ。あんたら意外に何も面倒事起こさんかってくれたさかい、うちらが出しゃばらんで楽やったで。まぁ、ジンに喧嘩売りよったけどな、あんたは」

 そう言ってエミルは苦笑しながらサクラの方を見る。それに対しサクラは瞳をスッと鋭くしてギロリとエミルを睨み返す。それまでの警戒という構えから、一気に敵意へと変貌する。

「……貴様、なぜ知っている?」

 明確な敵意とふざけた事をぬかしたら斬り殺すと言いたげな鋭い殺意を纏いながら、サクラはエミルに問う。サクラのいつにない本気の危なさにクリュウ達は下手に手を出せずに呆然とするばかり。周りで動き回っていた人達もサクラの絶対零度の殺意にまるで凍りついてしまったかのように足を止めている。

 エミルが言ったのは先日のサクラが八つ当たりでジンに襲い掛かった事だ。しかし、あそこに彼女の姿はなかったはず、だとしたらジンが話したのかもしれないが、彼の性格を見る限りそういう事を簡単に人に言いふらすような人には見えない。

 だが、エミルは誰もが恐れるサクラの本気の威圧に対してもあっけらかんと笑い飛ばす。まるで効いていないというか、眼中にもないと言いたげな余裕だ。

「うちには夜間パトロール言うかったるい業務があるさかいな。おもろかったから止めへんかったわ」

 笑いながらエミルはそう言った。つまり、こっそり隠れて見ていたという事だ。そんなエミルの衝撃発言に対しその場にいたクリュウは驚きを隠せない。何しろ、そんな気配はまるで感じ無かったからだ。それにいくら頭に血が登っていたとはいえあのサクラの驚異的な気配探知能力の探知網にも引っかからないなど、それこそ人間業ではない。

 噂ではギルドナイトの仕事には要人の暗殺も含まれると言う。つまり、本当に気配を完全に消す事も序の口と言う事なのだろう。だが、実際に体験してみてその完成度の高さには驚かされると同時に恐怖すら覚える。

 一方、あっけらかんと自分の探知能力にも引っかからずにただ見ていただけというエミルの発言に対し、サクラは明らかに敵意、殺意、不快感、嫌悪感のゲージが一気に上昇する。それに合わせて隻眼もまた冷徹な鋭さに不気味に輝く。

 横に立つクリュウはそんなサクラの纏うブリザードのような殺気に対し、本気で恐怖していた。ある意味、サクラの本気の怒りにあまり触れた事のない彼にとって、今のサクラは前例にないほどに怒り狂っているように見える。

 彼女を良く知るからわかるが、エミルのような余裕たっぷりな腹の底がわからない人間が、サクラがこの世で一番嫌う存在なのだ。特に、負けず嫌いなサクラにとっては自分よりも実力や技術が上な者というだけでも嫌悪の対象になる。エミルはまさに、サクラににとっては嫌悪の対象でしかない。

 サクラの本気の怒りの眼光に対し、エミルは相変わらず笑顔を花咲かせていおる。まさにどこ吹く風と言いたげな余裕っぷりだ。

「……安心しい、見逃したるで。どうせあいつに勝てる《人間》なんておらへん、何回でも売りに行きぃ。ついでに《今のまま》あんたじゃ後千年鍛練し続けてもあいつに一太刀も当てれへんし?」

 まるでわざと言っているのかもと思わせるほど――いや、確実にわざと言っているのだろう。サクラのプライドをズタボロに引き裂くような発言を笑いながらぶっ放すエミル。この発言にはさすがのクリュウも少しカチンと来る。確かに彼女の実力はサクラよりも上だ。それは確実だし納得もできる。だが、だからと言ってそんな言い方はないだろう。クリュウから見れば、まるで自分の実力を誇示して下の人間を嘲笑っているようにしか見えない。

 仲間を侮辱される事、それはクリュウにとっては最も嫌う発言だ。すぐさま言い返そうと半歩足を前に出した直後、目の前のエミルが忽然と姿を消した。驚いた瞬間、

「こんなんでもうち、ギルドナイトやねんで? 流石にジン以外の相手やったら取り締まらなな~」

「……ッ!?」

 振り返ると、いつの間にかエミルはサクラの目の前に立って彼女が抜こうとしていた鬼神斬破刀の柄を上から押さえつけていた。まるで一瞬で移動したみたいな彼女の行動に対し、クリュウ達は驚愕で固まる。

「……ほれ、《うち程度》の歩法に騙されるんやろ? っていうかうちギルドナイト、そのリアクションおかしない?」

「貴様……!」

 サクラはエミルの手を振り払うように彼女から距離を置くと、それこそ化物(モンスター)を相手にするかのように臨戦態勢になる。瞳はもはや刃物と形容にするのが幼稚な程に鋭く細まり、怒りで頭に血が上っているのだろう。先程までの絶対零度の怒りはまるで火山の溶岩のような燃え盛る怒りへと変貌している。

 サクラの機嫌が猛烈な勢いで悪くなっているのを感じ恐怖するクリュウ達とは違い、エミルは相変わらずあっけらかんとしている。

「はぁ……師匠譲りでうちら《ギルドナイト》を怖がらんねんな、アンタ。しかも師匠よりも噛み付いてきよる。危なー」

「……エミル、遊びは終われ。《速さ》に関してはお前、ギルドナイト最速だろ? 史上唯一ジンとシィの動きの『一部』を体得したのは灰狼だが、二人の《歩法》を体得したのは灰狼以外にお前がいるんだからな」

「体得なんてしてへん。ゾルフさんのは《飛跳(ひちょう)》、うちのは《虚影(きょえい)》。あいつらの歩法の『一部』を使っとるだけや。しかも初歩やで初歩」

 書類仕事をしていた上司の男の発言に対しやれやれと頭を振ってため息するエミル。何というか、常にのらりくらりしていて掴み所がない人だ。

「言(ゆ)うとくけど、外部から来たハンターん中やったらあんたらが《最弱》や。シルフィードさんかてヨナと同程度やろな。《剣聖》はそらまぁ強いけど、うち苦手やし、えぇイメージ無いわ。真の《強さ》は《力》と《心》。あの剣聖共(へんたいども)がその条件満たしとるとうちは思えんし? せやからアンタ、抜けたんやろ?」

 ニヤリと笑いながら自身を見詰めてくるエミルに対し、シルフィードは眉をしかめる。あまり過去の事を言われたくはないシルフィードにとって、彼女の発言はお節介以外の何ものでもない。しかも事実とはいえ《最弱》扱い。自分はともかく仲間を侮辱される事は不快感でしかない。正直、あまり率先して近づきたくはない相手だ――まぁ、剣聖を変態扱いする点については同意はするが。

「世界は広いで? 自分に自信を持つんはえぇ事やけど、満足はしたアカン。もっと上の領域に行きたいんならレベル上げてかなアカンなぁ。も・ち・ろ・ん、うちもザコいから自分にも言えるけど」

 刹那、エミルの姿が輪郭を失いまるで霞のように霧散した。そして、ガタンッという何かが揺れる音が響き、振り向くと先程座っていた椅子にエミルがどっかりと腰を下ろして座っていた。その光景に四人は改めて彼女の異常さに息を呑む。

 呆然とする四人に向かって、エミルはニヤリと笑いながら人差し指で天井を指差した。まるで、早く上に来いと言いたげな無言のジェスチャーだ。

 挑発的な彼女のジェスチャーに対し、ムッとするのはクリュウ。何というか、今まで色々な人と接して来たがエミルはその中でもズバ抜けて《嫌な人》というジャンルに入る。あまり人を嫌う事のないクリュウの人物評価の中で、それはある意味稀有な存在だ。

 明らかに不機嫌そうな表情になるクリュウの横ではフィーリアもまた同じような感情を抱いていた。ただでさえギルドナイトというだけで評価は低いのに、この挑発的な態度。十分嫌うに値する存在だ。

 サクラは当然もはや彼女に対しては嫌悪感や敵意しか持っていないし、シルフィードも必要最低限の関わり以外は御免という状態。正直、もうここを退散したい気分でいっぱいだった。

 そんな四人の内心を知ってか知らずか、エミルは手をヒラヒラと返す。

「アンタらには期待しとぉよ。うちもライザさんも。せやから焦らず、じっくり己磨きぃ。……んで、うちに何用や?」

 今更彼女に期待されても嬉しくもなんともないと思いつつも、ここに来た目的がある以上まだ彼女に問いたい事はある。皆を代表するようにして一歩前に出たのはクリュウ。先程《嫌な人》と評価した相手と話すのはあまり気は進まないが、ここは腹を括るしかない。

「あの……僕達ジンさんに会いたくて、ここに来たんです」

「ふぅん……謝罪の言葉なんてあいつら受け取らへんで?」

 エミルは笑いながらそう返す。おそらくはサクラの件についての謝罪と誤解したらしい。まぁ、一応はそれもあるが、クリュウ達の目的は別にある。

 一方、クリュウのセリフに対しギルドナイトの少女が首を傾げた。

「……《僕》?」

「なんや、どないしたヨナ?」

「え? あ、いえ……何でもありません」

 ……とりあえず、いや絶対ものすごく失礼な勘違いをされたような気がするが、もう慣れたのでここはスルーしておく。

「いえ……僕達もうヴィルマから出るので、最後に挨拶しとこうと」

「……ふぅん。まぁえぇや、連れてったる」

 見事な安請け合い。これにはさすがの彼女の上司の男も悲鳴のような声を上げる。

「!? 雑務(しごと)は!? せめてこの場にはいろ!」

「気にすんなや、老けてまうで?」

 そんな上司の言葉もどこ吹く風。エミルは気にした様子もなく再び霞のように消える。上司が慌てて振り返った時にはすでにエミルはクリュウの背後に移動していた。

「ほな案内したる。早(は)よぉ行くで。うち、アンタら連れて上司(シュリン)から逃げ切れる自信無いさかい」

「うわッ!?」

 クリュウは突然エミルに首根っこを掴まれると、グイッと引っ張られる。その途端、ボンッと何かが破裂する音がして一瞬で天幕(テント)の中は白煙に包まれた――狩場で使用する目眩まし道具(アイテム)の一つ、煙玉だ。

「にゃあああぁぁぁッ!?」

「く、クリュウ様ッ!? ちょ、ちょっと待ってくださいッ!」

「……逃げるなクソ尼ッ!」

「あぁ、すまんが貴殿の部下ちょっと借りるぞ」

 クリュウの首根っこを掴みながら走るエミルをフィーリア、サクラ、シルフィードの三人が慌てて追い掛ける。振り返ると、天幕(テント)の隙間からもくもくと白煙が立ち上っている。さながら火事に見えなくもない。煙から逃げるように中にいた人々が咳き込みながら逃げ出すように天幕(テント)から出て来る光景を見ながら、シルフィードは改めて「すまん」と謝っておく。そして、猛烈な勢いで翔けるエミルと彼女に首根っこを掴まれて悲鳴を上げるクリュウを追い掛ける。


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