モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第116話 シェレシーアの巫女 最強のヒロイン降臨

 風呂上がり、三人は脱衣所で体にバスタオル一枚を巻いた姿できれいに横一列に並び、サクラが持参した牛乳を一気に飲み干していた。

「ふぅ、うまいな」

「……風呂上がりの牛乳は美味」

「そうですね。牛乳をたくさん飲めばきっと胸も──」

 ──せっかくいい心地で風呂を出たというのに、見事に自分で地雷を踏み抜いて自滅するフィーリア。ついでにサクラも巻き沿いで誘爆していたり。

「……アホか私は。これではまた大きくなってしまうではないか」

 シルフィードもまた別の意味で自滅していた。

 三人がそれぞれの理由で落ち込んでいると、キャッキャッと笑いながら女の子が風呂場から出てきた。

「あれ、お姉さん達だぁ」

「サラちゃん?」

 風呂上がりで濡れている髪をフルフルと振って水気を飛ばし、えへへと無邪気に微笑む少女はサラであった。

「お姉さん達もお風呂?」

「えぇ。サラちゃんも?」

「うん。まだお母さんが入ってるけど。私はあんまり長湯は好きじゃないから」

「そっか。でも久しぶりのお風呂は気持ち良かったでしょ?」

「うんッ。すっごく気持ち良かったぁッ」

 えへへと無邪気にかわいらしく微笑むサラ。その純真無垢な笑顔に三人は不覚にも一瞬ドキッとしてしまった。

 無邪気に微笑むサラに同時に背を向け、三人はそれぞれ頭を抱える。

「ふ、不覚にも一瞬かわいいと思ってしまいました……」

「な、なるほど。クリュウの気持ちもわからなくはないが……」

「……私、色々な自信を喪失しそう」

 落ち込む三人の背中を首を傾げながら見詰めるサラ。だがその視線はゆっくりとシルフィードの胸に注がれる。

「だがクリュウが彼女に抱いているのは恋愛感情ではなく、言うなれば兄妹愛と言うべきものに──ひゃあッ!?」

 考え込んでいたシルフィードの背後に近づいたサラは突如その大きな胸を両手で掴んだ。自分の小さな手じゃ納まり切らないようなシルフィードの大きな胸にサラは興味津々だ。

「うわぁ、大きいお胸ぇ。ママよりも大きい」

「や、やめんかッ!」

 再び顔を真っ赤にしてサラの手から逃れると、揉まれた胸を両腕で庇う。いつも冷静沈着でクールなシルフィードだが、先程からその冷静さはすっかり失われていた。

「ねぇ、何を食べたらそんなに大きくなるの? やっぱり牛乳?」

 キラキラとした純粋な瞳で問うサラに、シルフィードは頬を赤らめたまま「し、知らんッ」と怒鳴る。すると、

「確かに、一体何を食べればそのような状態になるのでしょう」

「……牛乳ではない。それなら今頃私はボインボインよ」

 先程散々シルフィードを弄(もてあそ)んだ二人も再び興味を持ち始め、シルフィードの胸を凝視する。そんな三人の視線に対し、シルフィードは「き、君達なぁ……ッ」と声を震わせながら拳を握り締める。

「いい加減にせんかあああぁぁぁッ!」

 珍しく、シルフィードの怒号が響き渡った。

 

「何? シェレシーアの巫女?」

 大衆浴場から出た三人とサラ、サラの母の五人。帰路の途中でサラの母が口にした聞き慣れない単語。

「えぇ。このヴィルマでは月光花(シェレシーア)が咲く頃、今がちょうどその時期なんだけど、月光祭というお祭りが開かれるの。今回はこの災害で中止になったんだけど、せめて祭りの花形である巫女の歌だけはって声が強まってるのよ」

「巫女の歌、とは?」

「毎年街の選りすぐりの女の子が祭りの最終日にコンサートを開くのよ。歌って踊って、数日間に渡る祭りの取りを務めるの」

「ほぉ、なかなか面白そうなイベントですね」

「えぇ。祭りの花形、お客の中にはこれを見る為に遠路遙々来る人もいるくらいの人気なのよ。それに歴代の巫女の中にはその後歌手や女優の道に進んだ人もいてね、参加する巫女側も本気。コンサートって言葉じゃ片づけられない程盛大なイベントなのよ」

「なるほど。だからせめてそれだけでも決行したいと言うのですね。被災した市民の激励も兼ねられますし」

 納得したようにうなずくシルフィード。しかし、サラの母は「でもね」と困ったような表情を浮かべながら続ける。

「何か問題が?」

「えぇ。それが、今回選ばれた巫女が全員程度は違うけど怪我しちゃって、とてもじゃないけど参加できないのよね。求める声は高まっても、肝心の巫女が参加できないんじゃどうしようもないのよ」

「……確かに、どうしようもないが。やけに貴殿は詳しいですね」

「うふふ、だって私がその運営委員会の委員の一人だもの」

 いたずらっぽく笑う母親。その無邪気な笑顔は娘のサラに良く似ている。そんな彼女の言葉にシルフィードは「なるほど」とうなずく。

「しかし残念ですね。そういう状況では巫女の歌は聴けそうもないです」

 話を聞いていたフィーリアも残念そうにつぶやく。街の人達が望んでいるのに、肝心の巫女が参加不能ではどうしようもない。関係ない身でも、心痛い。

「そうだな。残念だが仕方があるまい」

「──いえ、策はあるわ」

 サラの母は立ち止まると、力強くそう宣言した。突然立ち止まった彼女に先行していた四人が振り返る。母の手を握っていたサラも不思議そうに首を傾げながら母を見上げる。

 サラの母は自信満々と言いたげなオーラを全身から放ちながら、首を傾げているシルフィード、フィーリア、サクラ──クリュウの四人を見回す。

 そして、高らかに宣言した。

「──あなた達に、ヴィルマの巫女を頼みたいの」

 刹那、少女達の驚愕の声──及びクリュウの悲鳴に近い叫び声が天高く轟いた。

 

 サラとサラの母を避難所に無事に送り届けた後、四人は自分達の天幕(テント)へと戻った。

「……面倒な事になったぞ」

 椅子に座り、開口一番にシルフィードが言った言葉がそれであった。

 先程、サラの母に頭を下げられて頼まれた巫女の代役。シルフィードは拒否をしたのだが、サラの母の必死なお願いにとりあえず「考えさせてください」と時間の猶予だけもらった。だが、とても断れそうな雰囲気ではない。

「フィーリアやサクラはともかく、私はそういうのは似合わない。自殺行為に等しいと思うが」

「そ、そんな事ありませんよ。もしもこのメンバーで行う場合、シルフィード様の存在は絶対に必要です」

 ……自分とサクラでは胸が物足りなさ過ぎる。ここは豊満な胸を持つシルフィードを足してようやく全体的なトータルとなるだろう──そんな事を考える自分が情けなくて仕方がない。

「……無関係な人民の為に羞恥を晒す必要はない」

 サクラは無表情のままそう断言した。ぶっちゃけ、その気持ちは他の二人も強い。そこまで過激な思いではないが、恥ずかしいから嫌だという気持ちは強い。

 しかし、だからと言って頭まで下げられたからには断るのは忍びない。そんな心の葛藤がフィーリアとシルフィードにはあった。

「そもそも私は踊りなんてできないぞ」

「……普通の民間人は踊りとは一生無縁が当然」

 民間出身の二人の意見が珍しく一致した。二人の言う通り、普通は踊りなんて無縁で一生を過ごすものだ。

「わ、私は一応家の作法で簡単な踊りは何とか」

 詳しくは知らないが、普通の民間出身ではないフィーリアのみが種類は違うものの踊りの経験がある。だからと言って人前で踊れる訳ではないが。

「私は踊りの経験がない素人だ。そもそも、人前に出るのはあまり好かん」

「そうですね。恥ずかしいだけですし、私もできれば拒否したいです」

「……私は断固拒否する」

 三人とも辞退の決意を固めていた。サクラはともかくフィーリアとシルフィード、特にフィーリアは人の役に立ちたいという気持ちは一番強いが、でも今回は羞恥心の方が高いらしい。

 そんな三人を見てクリュウは残念そうに苦笑する。

「そっか。みんなの歌って踊る姿、見てみたかったのになぁ」

 残念そうなクリュウのさりげない言葉に、三人の恋姫の決意が若干揺らぐ。

「ご、ご冗談をクリュウ様。わ、私の拙い踊りなど見るに耐えませんよ」

「そんな事ないよ。フィーリアならきっとすごくきれいな踊り子になれると思うなぁ」

「はふぅ……ッ」

 クリュウの無意識の集中砲火にフィーリアは顔を真っ赤にしてフラフラと後ずさる。威力抜群のクリュウの誉め言葉にすでに陥落寸前だ。

「き、気を確かにフィーリアッ! まだ意識を持って行かれる段階じゃないぞッ!」

 崩れかけるフィーリアの体を支えながら、シルフィードは今にも意識を失いそうなフィーリアに声を掛ける。

「わ、私もう思い残す事はありましぇん……ッ」

「死ぬなバカあああぁぁぁッ!」

「……阿呆」

 一人クールなツッコミを炸裂させるサクラの隣で状況を把握できずに首を傾げるクリュウ。そんな彼の服の袖を、サクラがくいくいと引っ張る。

「……クリュウ、私も?」

 サクラの祈るような問い掛けに対し、クリュウは一瞬何の事かわからず疑問符を頭に浮かべたが、すぐに彼女の言いたい事を理解して笑顔でうなずく。

「うん。サクラの踊る姿もすっごくきれいだと思うよ」

「……そう」

 そうつぶやき、サクラはクリュウに背を向ける。そのまま無表情の仮面が外れ、にへらとだらしない笑顔が浮かぶ。クリュウからは見えないがシルフィードの方からは丸見えだ。サクラのだらしない笑顔に苦笑するシルフィード。

「……君達二人は幸せ者だな」

 クリュウにきれいと言ってもらえて大喜びする二人を、少し羨ましそうに見詰めるシルフィード。その時、ふと何かを思い出したような表情を浮かべ、一人困惑しているクリュウに尋ねる。

「ちょっと待て。先程の話、確か君も代役の対象ではなかったか?」

 シルフィードの問いかけに、クリュウはぽかんとした表情を浮かべる。その後、おかしそうに笑い飛ばした。

「そんな事ないよ。僕は男だよ? そんな訳ないじゃん」

「いやしかし、確かにそう言っていたぞ? それに、巫女は四人ではなかったか?」

「そ、それはそうだけど。まさかそんな……」

 クリュウは若干表情を強ばらせながら視線を外す。どうやら、内心は薄々でも気づいていたのかもしれない。あの時、サラの母が自分も見ていた事も──

「クリュウ様の──」

「……女装姿──」

 ──刹那、二人の恋姫の瞳がキラリと不穏な輝きを見せた。

 突然不気味な沈黙をした二人を無視し、シルフィードはあごに手を当てて思考する。

「クリュウの女装姿か。興味はあるな」

「いや、持たれても困るんだけど」

 苦笑しながら言うクリュウに対し、シルフィードは自信満々に宣言した。

「大丈夫だ。君ならそこら辺の女子よりもかわいらしい女の子になれるぞ」

「……あのさ、僕は男だからそんな風に背中を押されても何も嬉しくないんだけど」

 シルフィードの天然発言に相変わらず痛む頭を押さえながら弱々しいツッコミを入れるクリュウ。女装には嫌な経験しかない為、いつもの力強いツッコミが失われてしまっている。

 深いため息を漏らし、シルフィードの根本が間違っている思考をどう訂正しようかとクリュウは困ったように頬を掻く。その時、

「恥ずかしいですが、困っている市民の為ですッ。ここはぜひにも参加しましょうッ」

「……絢爛舞踏祭」

 突如として先程まで巫女になる事に拒否の意を示していたフィーリアとサクラが一転して参加の意を示した。これにはクリュウとシルフィードが驚く。

「ほ、本気か君達。さっきまでとは意見がまるで正反対だが」

「私達にできる事をするまでです。ハンターとしてテオ・テスカトル及びその後に現れたイーオスの群は全てフォルクス様とシャネル様が討伐及び撃退をされました。今の私達はハンターとしてできる事がない。だからこそ、別の形でも困っている皆様の為に、決起したまでです」

「……言っている事は非常にすばらしいのだが。なぜ頬を赤らめて興奮したような眼差しでクリュウを見詰めているのだ?」

 頬を赤らめてクリュウを見ては怪しげな笑顔を浮かべるフィーリア。

 首を傾げるシルフィードに音もなく忍び寄ったサクラはその耳元でつぶやく。

「……クリュウの女装姿を見る為なら、羞恥心など捨てる。フィーリアと私の統一意見」

「なるほど……」

 事情を理解したシルフィードは苦笑を浮かべるが、ふとクリュウの女装姿を想像してみる。すでに常の状態でかわいらしい女の子っぽい顔立ちをしているクリュウ。もしも本気で女装させればものすごい美少女になるのではないか。そして、それは自分も非常に興味がある──それこそ、二人と同じく羞恥心やプライドを放棄できるほどに。

「ふむ。そういう事なら私も協力しよう」

 シルフィードの言葉に二人が歓声を上げる。

「ご協力、感謝します」

「なぁに、私自身興味はある。利害は一致するからな」

「……共闘作戦」

 三人の恋姫達は大義の下に一つとなった。武器があればそれぞれの武器を天高く掲げて合わせたいくらいだ。

 一方、一人完全に取り残されているクリュウはそんな三人の同盟を見てなぜか背中が寒くなった。本能的に、三人の同盟に恐怖を感じているのだ。

「えっと、三人は巫女代役を引き受けるという事でいいんだよね?」

「あぁ、我々四人はその巫女の代役を引き受ける事にしよう」

「そっか。がんばって──え?」

 シルフィードの言葉にクリュウの笑顔が凍り付いた。状況が理解できずに困惑し、若干フリーズ状態。そんな彼を置いて三人の話は進む。

「それじゃ早速サラの母上に報告しないとな。詳しい取り決めはそれから相談しよう」

「そうですね。できれば私はあまり目立たない方がいいんですが」

「……右に同じ」

「ふむ。だがこの面子ではフィーリアとクリュウが目立つ形の方が絵になると思うが」

「クリュウ様と私がコンビですか? そ、それだったら……」

「──あのさ、いくら僕でも拾い切れないような特大のボケを放っておいてそのまま放置するのはやめてくれないかな」

 勝手にどんどん話を進める三人を止めたのは、両手で頭を抱えるクリュウ。うつむいている彼の表情は三人からは見えないが、引きつった笑顔を浮かべてこめかみの辺りがピクピクと震えている──限りなく、キレる寸前だ。

「どうしたクリュウ。頭などを抱えて。頭痛でもするのか?」

「そ、そうなんですかクリュウ様ッ!?」

「……頭痛薬、呑む?」

「もうどっからツッコミを入れればいいのか……」

 天然三人娘の強烈なボケによる頭痛に耐えながら、クリュウは引きつったままの笑顔で「えっと……」と言葉を探す。

「とりあえず、君達が巫女代役を引き受ける事はわかった。でもさ、何でそこに僕の名前があるの?」

「そ、それはサラちゃんのお母様がお決めになった事ですから。私達はそれに順守しているだけですが」

 とりあえず女子同盟の締結には成功したフィーリアだったが、ここから女装を嫌がるクリュウをどう引き入れば良いかが問題だ。フィーリアは助けを求めるようにサクラの方を見詰める。すると、サクラは無言でコクリとうなずいた。

「とりあえずさ、一番基本的で重要な事を言うけどさ、僕は男だから」

「……問題ない」

「あるよねッ!? 性別っていう基礎で大問題があるよねッ!?」

「……女装すればいい」

「そういう問題じゃないでしょッ!?」

「……安心して。クリュウはすごい美少女になれる。私が保証する」

「だぁかぁらぁッ! そんな事保証されたって何も嬉しくないしッ! 男としての何か大切なものが崩壊しかねないのッ!」

 自信満々に宣言するサクラにはどんな理屈や一般論を提示しても無駄である。そんな事重々わかっているはずのクリュウがそんな基本的な所を忘れてサクラに翻弄されている。それほど《女装》というのは彼にすさまじい精神負担を掛けるらしい。

 珍しくサクラをコントロールできずに頭を猛烈な勢いで掻きまくるクリュウ。さすがのシルフィードも心配になって「お、落ち着けクリュウ」と声を掛けた。すると、クリュウは若干涙目になった瞳でキッとシルフィードを見る。

「これが落ち着いてられるッ!? 僕の質素な男としての尊厳が失われようとしてるんだよッ!?」

「……質素だという事は自覚してるんだな」

 いつもの調子を完全に崩して慌てふためくクリュウを見ているのはなかなか面白いのだが、さすがにこれ以上は本当に彼の精神に甚大な損傷を与えかねない。

「クリュウは女装は嫌なのか?」

「当たり前でしょッ!? 女装が好きな訳ないじゃんッ!」

「いや、しかしクリュウなら大丈夫だと思うが」

「中途半端に女の子っぽい顔立ちしてるから余計に嫌なのッ! ボケにならないから嫌なのッ! シャレにならないから嫌なのッ!」

 必死になって叫ぶクリュウの顔立ちは中途半端というよりはどちらかと言えば女子のそれに近い。普段はできるだけ男の子っぽい格好を彼自身が意識しているので何とか男子に見えてはいるが、本気で女装させればそこら辺の女子よりもハイレベルな美少女に化けるのは間違いない事は彼のその顔立ちが証明している。だからこそ、フィーリア達は彼の女装を強く支持しているのだが。

 事実、彼は昔ふざけたエレナに女装させられて恥を掻いた経験というかトラウマがあるのだ。その時の女装した彼の破壊力は幼き頃のエレナが女子としての自信を一時的とはいえ喪失してしまう程だった。そういう経緯から、クリュウの女装はクリュウ及びエレナの間では共通の禁忌となっているのだ。

「とにかく、僕は絶対女装なんかしないからねッ!」

 そう叫ぶように宣言すると、クリュウはこれ以上言う事はないとばかりに三人に背を向ける。

 クリュウの強い拒否に対し、フィーリアとシルフィードの間ではすでに諦めムードが漂い始めていた。彼を想う二人はそんな彼が嫌がる事を強制する気はない。これ以上の説得は不可能だった。

「……問答無用」

 刹那、音もなくクリュウの背後から忍び寄ったサクラは彼の首元に向かって手刀打ち。素人相手に無駄がなく全く容赦のない玄人の一撃に、クリュウは簡単に気絶した。

 倒れそうになる彼の体を支え、サクラは無表情で振り返り、口をあんぐりと開けて固まっている二人に向かってビシッと親指を立てる。

「……任務完了」

「な、何してるですかあああぁぁぁッ!」

 静かな夜に、発狂したフィーリアの悲鳴が轟いた。

 

 クリュウを気絶させた三人はすぐにサラの母の所へ行って四人での巫女代役を引き受ける旨を知らせ、早速練習の為に今回の災害で被災しなかった市民館に入った。

 気絶しているクリュウはサラの母が預かる事になり、とりあえず三人は曲の練習。

「知らない曲だったら困りましたけど、知っている曲で助かりましたね」

「そういう情報に疎い私でも何度か聞いた事がある曲だからな」

「……この程度の歌は簡単ね」

 三人はそれぞれ決められたパートの練習に入る。フィーリアとサクラは歌においても優秀であった。すぐにそれぞれのパートを克服する。一方のシルフィードは苦戦しながらも何とか歌えるようにはなった。

「それでは三人で合唱してみましょうか」

 個別練習を終えて早速合唱に入ろうとする三人。その時、

「にゃあああああぁぁぁぁぁッ!?」

 すさまじい悲鳴が三人の耳を貫いた。その音量に若干頭がくらくらするのを堪え、声のした方に振り返る。

「な、何事ですか?」

「今のは、クリュウの声ではなかったか?」

「……アイルーのものまね?」

 困惑する三人。その時、隣の部屋に繋がるドアが吹き飛んだ。同時にそこから何かが転がって来た──それは少女であった。

 柔らかな長い茶髪を靡かせた翡翠色の瞳の少女。クリッとしたかわいらしい瞳に小さな鼻、小さくて柔らかそうな潤った唇、赤く蒸気した頬、何とも愛らしい顔立ちをした美少女だ。

 身長はサクラと同じくらいで、女子としては平均より少し高いくらい。纏っているのはかわいらしいデザインの少し布地の少ない黄緑を基調とした衣装。胸は控えめというか、完全なペッタンコ――ある意味、クリュウの好みの理想形(?)だ。

 突然乱入して来たものすごい美少女に三人は困惑のあまり固まっている。そんな三人に気づいた美少女はクリッとした瞳にぶわぁッと涙を溢れさせる。

「み、みんなッ! この格好は一体何なのさッ!」

 初見のはずの超絶美少女から発せられた声。しかしそれは忘れるはずもない大好きな聞き慣れた声であった。

「き、君はまさか……クリュウか?」

「そうだよッ! っていうか、何なのこの格好はッ!?」

 超絶美少女──女装したクリュウは何が何だかわからないと頭を抱えて悶絶している。一応スカートを履いているのでそんなに足をバタバタさせたら大変な事になるのだが、本人は全くそれに気づいていない。それどころではないのだ。

「お、落ち着けクリュウ」

「これが落ち着いてられるかぁッ!」

 クリュウらしい鋭いツッコミを受け、シルフィードは一人ほっとしていた。この容赦のない攻撃力抜群のツッコミはまさにクリュウのものだ。そして、自分では対処し切れないサクラの常軌を逸したボケをカバーできる唯一のもの。

「あぁ、やっぱりクリュウのツッコミが一番だな」

 シルフィードは心からそう思った。そんな彼女の言葉にクリュウは「えっと、それはボケなの? ツッコミを入れておいた方がいいの?」と冷静に困る。

 一方、そんなクリュウの女装姿を真剣な瞳で見詰める者が二名──フィーリアとサクラだ。

「く、クリュウ様の女装されたお姿……」

「……想像以上の完成度」

 二人の目の前で自信の格好にため息を零すクリュウ。その姿はどこから見ても美しい美少女にしか見えない。愛らしいその姿は、本来の女子である自分達から見てもかわいいと断言できる。それこそ、自分達と同等、もしくはそれ以上だ。

 そんn呆然としている二人に気づいたクリュウは不思議そうに小首を傾げる。

「どうしたの、二人とも?」

 いつもと何ら変わらない彼の仕草。でも女装したその姿で行われると、とても愛らしいものに変わる。それこそ二人の胸を貫通弾LV3で貫くような見事な貫通力で。

 小首を傾げるクリュウ(女装版)にバッと背を向けて胸を押さえるのはフィーリア。

「な、何ですかこの胸の動悸はッ!? ドキドキが止まりません……ッ!」

 顔を真っ赤にして女装姿のクリュウを直視できないフィーリア。その隣ではサクラが無言でクリュウを見詰めている。

「……」

 ……ブバババババッ。

 静寂を打ち破る奇怪な噴射音。サクラはものすごい勢いでドボドボと鼻血を噴出していた。その尋常じゃない量に全員が驚く。

「い、一体何事だッ!?」

 鼻血を大量に噴射しながら倒れたサクラにシルフィードが慌てて駆け寄る。シルフィードに抱き起こされたサクラはなぜかまるで思い残す事は何もないと言いたげな満足し切った表情を浮かべて横たわっている。

「お、おいッ! しっかりしろサクラッ!」

「……我が人生に一点の悔いなし」

「あるだろッ!? むしろ悔いしか残していないだろうがッ!」

「……霧の向こうに美しい川が見える」

「か、川?」

「……川の向こうに、この世のものとは思えない美しい花畑が」

「……お、おい。まさかそれって」

「……向こうにお父様とお母様が笑顔で私を呼んでいる」

「行くなぁッ! それは絶対に渡ってはならんあの川だぞッ! この世のものとは思えないじゃなくて、この世じゃないんだッ!」

 なぜか生と死の狭間を彷迷うサクラの肩を掴み、シルフィードは慌てながら彼女の肩をガクガクと揺らす。

 様々な形で三人の恋姫を見事に翻弄する美少女クリュウ。本人は全くそんな自覚はなく、翻弄される三人の姿に相変わらず可憐に小首を傾げている。

「みんなどうしたのさ。何か変だよ?」

 クリッとした瞳で見詰められ、シルフィードはカァッと顔を真っ赤にして「こっちを見るなッ!」と怒鳴る。

「うえッ!? ど、どうしてッ!?」

「どうしてもだッ!」

 意味も分からずシルフィードに怒鳴られ、クリュウは困惑が止まらない。サクラは相変わらず鼻血が止まらないし、フィーリアもシルフィードもドキドキが止まらない。

「ずいぶん盛り上がってるじゃない」

 そこへ満面の笑顔を浮かべたサラの母がやって来た。部屋の様子を見て一目で状況を理解したらしく、そして女装姿のクリュウを見て一言、

「やっぱり私の目に狂いはなかったわね」

「いえ、僕は男なのでその段階ですでに狂っているのではないかと……」

 クリュウの冷静なツッコミに対し、サラの母は小さく首を横に振ると大胆不敵な笑みを浮かべ、力強く宣言した。

「《かわいい》という大義名分の前に、男か女なんてものは些細な事よッ」

「全然些細なんかじゃありませんよッ! 大問題ですッ!」

「かわいいものが正義なのよ」

「結局かわいければ何でもいいんですかッ!?」

「Yesッ!」

「……ダメ人間がここにいる」

 一般論が全く通用しないサラの母相手にがっくりと肩を落とすクリュウ。彼の中で少なからず自身の常識が崩壊したのは言うまでもない。

 サラの母の理解不能な言葉に頭を抱えながらがっくり肩を落とすクリュウの横で、フィーリアがサラの母に向かって親指を立てる。それに気づいたサラの母も満面の笑みと共に同じく親指を立てる。その姿はまさに職人だ。

「という訳でクリュウ君はそれを着て巫女を務めてね」

「何がという訳ですかッ!? だから僕は女装は絶対に嫌だって言ってるじゃないですかッ!」

「何を仰る。そんな女装をする為に授かったような見事な女顔をしておきながら」

「しばき倒しますよッ!?」

 温厚なクリュウの口から《しばき倒す》なんて言葉が出る事にシルフィードは驚く。それほど、彼が追いつめられているという事だが、だからといってここまで来て彼の女装を諦めるのも忍びない。どうしたもんかと頭を捻っていると、ゆっくりとサクラが起き上がり、クリュウに近寄る。

「……クリュウ。これは人助けよ」

 自分の理解の範疇を越えたサラの母の言動に頭痛すら感じるようになっていたクリュウ。ただ、サクラの放った《人助け》という単語にはピクリと反応した。

「人助け?」

「……そう。これは人助け。ヴィルマの人達は祭りを楽しみにしていた。巫女の歌を楽しみにしていた。でも、今回の事件で祭りは中止になった。巫女の歌も」

 常の無表情が消え、寂しげな表情で訴えるような瞳でクリュウを見詰めながら言葉を続ける。その瞳は、涙で薄っすらと濡れてランプの光でキラキラと輝いている。

「……今のヴィルマは、住民が一丸となって復興の最中。でも連日の作業で人々が疲れている。そんな彼らを、彼らが楽しみにしていた巫女の歌で癒す。これは冗談やおふざけじゃない、本気の人助けよ」

「人助け……」

「……瓦礫の街と化した自分の故郷を見詰め続ける日々。それは想像を絶する精神的な負担。その負担を、ほんのわずかでも、一瞬でも忘れさせる。それって、とても大きな人助けでしょ?」

「そ、それはそうだけど……」

「……クリュウは子供の頃こう言ってた。「誰かの為に一生懸命になれる人になりたい」って。その気持ちは、嘘だったの?」

 サクラは真剣な瞳で彼を見詰める。まだ自分が左目を失う以前、何もかもが幸せに満ちていたあの頃の彼の言葉。今も、その気持ちは変わってはいないのか。彼女の瞳は、真剣にそれを問うていた。

 そんなサクラの問いかけに対し、クリュウは静かに答える。

「……嘘なんかじゃないよ。僕の気持ちは、昔から変わってなんかいない」

「……そう」

 信じていたクリュウの言葉に、サクラは安心したように微笑む。心の底からの安堵であった。

「あのさ、サクラ」

「……何?」

 首を傾げるサクラに対し、クリュウは困ったように頬を掻きながら言いづらそうに口を開く。

「……言ってる事はすごく立派なんだけど──とりあえず、鼻血を何とかしようか」

 ──依然、サクラの鼻血は止まっていなかった。

 止まらない鼻血を噴き続けながら、サクラは涼しい表情を浮かべながら一言。

「……大した事じゃない」

「いや、絶対大した事だからねッ!? 絶対止めた方がいいし、説得力半減だからねッ!?」

「……それを言うなら、女装姿のクリュウも説得力が不足してる」

「う、うるさいなッ」

「……でも、すごく似合ってる」

「うるさぁいッ!」

 ぽっと頬を赤らめるサクラの嬉しくない誉め言葉に対し、クリュウもまた頬を赤らめながら怒る。だが怒った顔も今のクリュウではまた違った一面を表してしまう。それを見てサクラはほぉとため息を零す──ついでに鼻血も零す。

「とりあえずサクラ。君はそろそろ本気で鼻血を何とかしないと危険だぞ」

 痛む頭を押さえながら冷静にツッコミを入れるシルフィードであった。

「人助け、かぁ……」

 鼻血噴射が止まらないサクラに苦笑を浮かべていたフィーリアはそんなクリュウの言葉に驚いて振り返る。そこには彼の背中があり、彼の正面にはサラの母が腕を組んで立っている。

「クリュウ様……?」

 美しく艶やかな茶髪を靡かせ、クリュウはその翡翠色の瞳でサラの母を真剣に見詰める。そして、半ば諦めたようにため息を零し、苦笑を浮かべる。

「……わかりました。人助けって事なら、僕も協力しましょう」

「え? ほんと?」

「はい。女装するのは不本意ですが、それで街の皆さんが少しでも元気になってくれるなら」

 心から嫌がっていた女装を、人助けの為ならと仕方なく了承するクリュウ。その彼の覚悟と底なしの優しさに、三人の恋姫の心は見事に撃ち抜かれた。ぶっちゃけ、もうメロメロだ。

 クリュウはそのまま振り返り、今度はフィーリア達を見る。彼に見詰められ、三人は自然と姿勢を正す。そんな彼女達に向かって、クリュウは優しく微笑んだ──純情可憐純真無垢天真爛漫超絶美少女の格好で。

「そういう事だから、これからよろしくね」

 ──刹那、三人の恋姫が一斉に鼻血を噴出したのは言うまでもない。

 

 一週間後の夜、ヴィルマの中央広場には大勢の人が集まっていた。連日の復興作業で薄汚れた服や汗に塗れた疲労が浮かぶ顔が、彼らの苦労を表している。だが、今日の彼らの顔はいつもとは違っていた。皆、何かを心待ちにするかのように表情が明るい。そして、そんな彼らの視線は広場の中央に設置されたステージに注がれている。

 そんな次々に集まってくる人々を、ステージ正面に掛けられたカーテンの隙間から覗くクリュウ達。その表情は予想外の盛況ぶりに困惑が隠せない。

「ま、まさかこんなに集まるなんて……」

「嬉しいような、恥ずかしいような……」

「……やめる?」

「この状況でそれはマズイだろ。暴動が起きるぞ?」

 カーテンを閉め、改めて事の重大性を認識してがっくりと肩を落とす四人。そんな彼らはすでに巫女用の衣装に着替えている。

 この地域独特の民族衣装をモデルにした衣装で、テーマは女騎士。胸や膝などを鉄の鎧が守り、でも鎧にしては腕やお腹、太股など露出が多い。そこは完全にステージ衣装という事だ。

 先日クリュウが着ていたかなり大胆な衣装は四人の強い反対で却下され、代替案としてこれが衣装となったのだ。さすがの四人も、あんな衣装を着て大衆の面々に出るのは恥ずかしいのだ。特に、フィーリアとサクラは一緒に踊るシルフィードの動けば揺れるその大きな胸と比較されるのを死ぬほど嫌なので必死だったのだ。

 とはいえ、この衣装だって露出は結構ある。腰は下着のような穿き物の上から一枚の薄い布を巻いただけ。お腹と太股は露出し、四人はその白い肌を晒す事になる。ちなみにクリュウだけは背中に腰程までの長さのマントを羽織っている。これは彼の背中の古傷を隠す意味を持っているのだ。

 クリュウ(一応女装時の名前はクリムと命名)は黄緑を基調とした衣装だ。今回はショートカット型の茶髪のカツラを被っている。

 フィーリアは桜色の衣装、サクラは赤色、シルフィードは青色とそれぞれイメージカラーが決まっている。ちなみに今回フィーリアはいつものロングヘアではなくツインテールにしてかわいさを倍増させている。

 今回の歌ではメインボーカルは比較的かわいい声を持つクリュウとフィーリアが担当。逆に美しい声のサクラとシルフィードはサブボーカルとして二人を引き立てる役目を負っている。

 曲は四人も知っている現在大陸で最も有名なアイドルユニット、《ザザミーズ》の有名曲。ザザミーズとはザザミシリーズを纏った美少女三姉妹で結成されたアイドルユニットで、その知名度及び影響力は史上最強のアイドルユニットとも賞される程だ。この三人も最初のデビューはこのヴィルマでの巫女だったのだから、月光祭の巫女というのは大陸でも注目度の高いイベントだ。

 今回は災害の影響もあって非公式でのイベントなので街の人々のみが観衆となっているが、それでもかなりの人数が集まっている。

 予想外の観衆の人数にすっかり四人は緊張してしまっている。特に自分はこういう格好は似合わないと終始つぶやいていたシルフィードは落ち着かないのか先程からずっと肩をさすっている。そんなシルフィードの肩を優しく叩くのはクリュウ。

「クリュウ……」

「まぁ、緊張する気持ちはわかるよ。僕もそうだし。でも、一人じゃないんだから。みんなで一緒。がんばろ」

 クリュウの優しい言葉に、シルフィードは「あぁ」とうなずく。自然と、胸を締め付けていたものが少し消えたような気がした。その様子に若干のやきもちを焼きつつも、そんな彼の言葉に自分達もちょっとだけ気が楽になったのも事実。

「練習通りやればいいんだからさ。がんばろ」

 そう笑顔で言って、クリュウは手を伸ばす。そんな彼の意図に気づいた三人は互いの顔を見合った後、同じように手を伸ばす。

 四人の手が重なり、心が一つになる。

「絶対成功させるよッ!」

「了解ですッ」

「……御意」

「当然だ」

 そして、四人の手は一斉に天に舞い上がる。

 

「それでは登場していただきましょうッ! ラブプリンセスの皆さんですッ!」

 司会がユニット名(サラの母が命名)を叫ぶと同時に一気にカーテンが開く。その瞬間、会場が一瞬にして静まった。例年ならここでものすごい歓声が轟くのだが、今年は違った。街が被災後だから、このイベントが非公式だから。そんな理由ではない。純粋に、表れた四人の巫女のあまりの美しさに言葉を失っているのだ。

 スポットライトを浴びながら四人は登場。それまでのはち切れんばかりの歓声が止んでしまった事に驚きつつも、練習通りに進める。

「皆さんこんにちわッ。今回の巫女を務めさせていただくラブプリンセスです。私達の本業はハンターなので、見た目で甘く見ると痛い目に遭いますよッ。私はメインボーカルを担当します、《天真爛漫》のフィーリアですッ」

 一番責任の大きいトップバッターを務めたのはフィーリアだ。いつもとは違うツインテールの金髪を揺らしながら、羞恥心とも戦いつつ皆の役に立とうとあえて先陣を切ったのだ。そんな彼女の健気さが観衆にも届いたのか、一瞬遅れて大歓声が響き渡る。その大き過ぎる歓声に驚きつつも、場の空気を何とかこちらに向けさせる事に成功した事でほっとしつつ、フィーリアは振り返って三人に微笑む。

「続きまして、サブボーカルを担当します眼帯がトレードマークの東方大陸出身の天上天下唯我独尊自分絶対主義の申し子、《最終兵器》のサクラ様ですッ」

 フィーリアの見事(?)なアドリブでの紹介に観衆の視線は一斉にサクラに注がれる。そんな皆の視線に対し、サクラは無表情のままその場で一礼する。

「……どうも皆様初めまして。サブボーカルのサクラです。今回は《ラブプリンセスの最初で最後の一日限りの大ライブ、フィーリアのぽろりもあるよ》に来ていただき、真にありがとうございます」

「ないですよッ! 何で私がぽろりをする必要があるんですかッ!?」

「……そうね。申し訳ありません、タイトルに虚偽がありました」

「当然です」

「……零れるほどフィーリアはありません」

「あなたには一番言われたくないですッ!」

 いきなり見事な漫才(結局はいつもの会話の延長線)で会場は一気に笑いに包まれる。会場の空気がさらにこっちに引き寄せられる。策士サクラの見事な策略だ。

「……えっと、続きましてもう一人のサブボーカルをご紹介します。戦場に咲く一輪の花、騎士姫とはまさに彼女の事を言うクールドジなラブプリンセスのリーダーッ! 《天然巨乳》のシルフィード様ッ!」

「……フィーリア、一つ気づいたのだが、君の紹介文には悪意を感じるのは気のせいだろうか?」

「き、気のせいですよ。日頃の鬱憤をこの場を借りて全世界に流出しようなんてこれっぽっちも思っていませんよ?」

「……君とは一度ゆっくりと話をした方がいいな」

 すっかりフィーリアのテンポで進む事に前途多難だとため息を零しつつも、そこで深呼吸して自分を見詰めている観衆に向かって恭しく一礼する。

「ラブプリンセスのリーダーを務めるシルフィードだ。皆の者、今宵は我らの歌で日頃の疲れをどうか癒してほしい」

 フィーリアの見事な勇ましき言葉に会場の歓声がはち切れんばかりに轟く。それこそこれまでで一番なんじゃないかというくらいの歓声量だ。その人気に軽く嫉妬する二人。

「ちなみに今回のメンバーで一番ぽろりの可能性があるのはシルフィード様ですよね」

「……ラブプリンセスの乳担当」

「君達はいい加減そのネタから離れないかッ!」

 今度はトリオでの漫才(結局これもいつもの会話の延長線)に会場は大爆笑。歌って踊れるだけではなく漫才もできるある意味万能なユニットかもしれない。

 すっかり最初から暴走している三人にため息し、今までずっと沈黙を続けていたクリュウがようやく口を開く。

「ど、どうも。フィーリアと一緒にメインボーカルを担当します、えっと……《四面楚歌》のクリムです」

「……クリム様、四面楚歌ってどういう意味ですか?」

 フィーリアの問いは愚問だろう。実際会場の観衆はクリュウの四文字チョイスに共感しているのかうんうんとうなずいている。会場の皆も、この中で一番まともそうなのがクリュウだというのは見事に見抜いているようだ。

「えっと、歌も踊りも素人なので、皆さんを楽しませられるかわかりませんが、全力でがんばらせていただきます。どうか、最後までよろしくお願いしまちゅッ」

 ――最後の最後でお約束とも言うべき見事な噛みっぷり。クリュウは顔を真っ赤にしてあわあわと狼狽を始める。その純真無垢で初々しい反応に会場の歓声が一気に高まる。観衆の声で空気が震えているかのような、ものすごい歓声だ。間違いなく、今までで一番の大きさだ。

 偶然とはいえ、見事に観衆の心を掴んだクリュウ。その絶妙な天然さとかわいさを近距離から見ていた三人の心が見事に撃ち抜かれていたのは内緒だ。

 何とか観衆の心を掴んだラブプラスの四人。前置きはこれくらいにして、いよいよ歌う時が来た。

「それでは皆さん、最後まで楽しんでくださいねッ!」

 フィーリアの掛け声を合図に四人それぞれの配置に移動。そしてステージ裏の音楽隊の演奏が始まると、会場のボルテージが一気に急上昇する。巫女の歌というだけでも盛り上がるのに、今年の巫女は例年一人いるかいないかというレベルの美少女が四人も(クリュウは美少女ではないが)揃っているのだからその興奮も例年以上の盛り上がりを見せる。

 そしてステージ中央、観客から見て右手にフィーリア、左手にクリュウというメインボーカル二人が立ち、その斜め後方に右をサクラ、左をシルフィードというサブボーカルが並ぶ。そして、歌が始まる。

 クリュウとフィーリアの可憐な声に、会場はさらに盛り上がる。歌う二人に代わり、後方の二人が踊って支援。入れ替わり、今度はサクラとシルフィードが前に出てそれぞれのソロパートを歌い、その間クリュウとフィーリアが可憐なダンスを披露。そしてサビの部分ではソプラノを担当するクリュウとフィーリアの声、アルトを担当するサクラとシルフィードの声が重なり、見事なハーモニーとなる。その完成度の高さと踊りながら歌う彼女達(一人男だが)の姿に会場のボルテージはマックス。

 クリュウ達はそんな観衆の声に応えるよう、そしてその観衆の声に負けないようさらに張り切って歌い、踊る。スカートが翻り、白い肌が煌めき、笑顔が飛び散り、髪が揺れ、マントがはためく。

 瓦礫の街と化したヴィルマの中心で、今年も人々の熱狂の声と巫女の歌声が響きわたる。

 

 ──後に、この四人の美少女による歴代最高峰とも言われるユニット、ラブプリンセスは伝説の巫女として語り継がれる事となる。ちなみに、四人の中で最も人気を獲得したのは純真無垢で天真爛漫な笑顔を振りまき、前置きのあいさつで噛み、さらには歌の途中で転ぶというアクシデントをしつつもめげずに最後まで可憐に歌って踊り続けたクリムという少女だったという。


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