モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第113話 理想と現実 蒼銀の騎士姫の想い

 日付が変わる頃、二人は天幕(テント)へと戻った。とっくに寝ていると思って慎重に天幕(テント)に入ったクリュウだったが、テーブルを挟むようにして二人はコーヒーを片手に起きていた。

「お帰りなさい、ずいぶん遅かったですね」

「寒かっただろう? コーヒーでも飲むか?」

 二人は帰って来た二人を暖かく迎えた。クリュウは意表を突かれて困惑したような表情を浮かべていたが、すぐに「僕はいつものをお願い」と答える。その返答に対しフィーリアは「はい。ハチミツ入りホットミルクですね」と笑顔で答えて用意を始める。

 サクラの横を通り抜ける時、フィーリアは足を止めた。「……ずいぶんと遅いお帰りですが、どこへ行っていたんですか?」

 怒ったように睨みながら言うフィーリアに対し、サクラはクールに返す。

「……赤線地帯よ」

「なぁッ!?」

「……冗談よ。私にはお茶をお願い」

 そう言い残し、サクラはちゃっかりクリュウの隣の席に腰掛けた。フィーリアはからかわれた事に顔を真っ赤にさせて怒ると、不機嫌な表情のまま天幕(テント)の奥にある肉焼きセットの台にセットしてあったお湯でお茶を淹れる。そんな彼女を見てシルフィードはため息。

「サクラ。あまりフィーリアをからかうな」

「……騙される方が悪いのよ」

「ほんと、我が道を突っ走ってるな君は」

「……誉めても何も出ない」

「安心しろ。期待してもいないし、そもそも誉めてなどもない」

 シルフィードの言葉を気にした様子もなくサクラは無言でテーブルに置いてあるコップと水の入ったビンを手に取る。コップに水を注ぎ、それを一気に飲み干す。

 そこへフィーリアがお茶を運んで来る。無言でお茶を置いて立ち去り、サクラもそれを無言で受け取り無言で飲む。

「ケンカでもしたの?」

 二人の微妙な空気に気づいたクリュウがサクラに問うが、サクラは「……別に」と答えるだけ。フィーリアは彼のホットミルクを作る為に奥に行ってしまったし、クリュウは疑問は残りながらも沈黙する。

「……まぁ、君が原因なんだがな」

 クリュウの天然っぷりにシルフィードは静かに苦笑した。

 しばらくしてホットミルクを完成させたフィーリアが戻り、ようやく四人揃って椅子に腰掛ける。

「一応向こうに四人分の布団は用意したが、寝る場所を決めないといかんな」

 そろそろ寝ないとならない時間となり、シルフィードはあまり自分からは振りたくはなかったが、避けて通れないその話題を口にした。

 予想通り、フィーリアとサクラの表情が一変。まるで火竜リオレウスと対峙している時のような緊張感が天幕(テント)の中に広がる。

 無言で互いを牽制し合うようにして睨み合うフィーリアとサクラ。苦笑するシルフィード、ホットミルクを飲んでふにゃっとした笑顔を浮かべているクリュウ。

「クリュウはどこで寝るんだ?」

 膠着状態となった二人に代わってシルフィードが問うと、ホットミルクの味にとろけていたクリュウは「ふえ?」と困惑する。そしてなぜか真剣な瞳、若干血走っている女子陣の視線を見て納得したようにうなずく。

「大丈夫だよ。みんなはそっちで寝て。僕はこっちで寝るからそれなら安心して──」

「却下ですッ!」

「……断る」

「何でッ!? そういう事じゃないのッ!? っていうか何で二人はまた意見が一致してるのッ!?」

 見事な共闘を見せる二人に苦笑しながら、シルフィードは冷静に助け船を出す。

「すでに布団を敷いてしまったしな。こっちは入口に近いから風が入って風邪を引いてしまうかもしれんぞ。まぁ、向こうのどれかを選んでくれ」

 シルフィードの言葉に「いや、でもさ……」と困ったような表情を浮かべるクリュウ。言わんとしている事は理解しているのだが、どうにも素直に納得できないらしい。ここでもう一押し。

「君が決めてくれないと私達の寝床も決まらんのだ。早急に頼むぞ」

「わ、わかった」

 シルフィードの一押しにクリュウはついに折れた。その瞬間沈黙を続ける二人がこっそりガッツポーズをしたのは内緒だ。

 クリュウは少し考えた後、「じゃ、じゃあ……」と選ぶ。

「左端の布団にする」

 彼が選んだのは左詰めで敷かれた四つの布団の最奥。布団に出入りする場合は三人の足下を歩かなければならないが、ある意味最も安全(?)な場所だ。

「……そう睨み合うな。これでも引き留めてやったんだからありがたく思え。彼の隣はまぁ、公平にじゃんけんとかでも決めてくれ」

 激しく睨み合う二人にため息しながらシルフィードはそう言うと、好物のハチミツ入りホットミルクを飲んで幸せそうに微笑んでいるクリュウを見て小さく笑みを浮かべつつ、二人の為に残しておいた遅い夕食を用意するのであった。

 

「……なぜこうなった?」

 布団に入りながら、シルフィードは先頃から何度目かわからぬ同じ文句を繰り返した。

 自分の右隣にはクリュウが寝ていて、左隣にはフィーリアが寝ている。

 あの後フィーリアとサクラは互いにクリュウの隣を譲らず、最終的には互いに武器を構える一触即発状態にまで悪化。結局クリュウが身の安全及び二人の妥協案として自分の隣にシルフィードを配置した訳だ。ここで妥協案として真ん中に自分が入って両隣を二人にするというおいしい状態にならないのが彼らしい。

 ともあれ、思わぬ展開に一番驚いているのは完全に傍観者に徹していたシルフィードであった。

 すでに早寝早起なフィーリアと何だかんだで色々と疲れたサクラは先程から寝息を立てている。右隣ではクリュウがこちらに背を向けて横になっている。

 そんな自分の置かれた状態を見てシルフィードはもう何度目かわからぬため息を漏らす。

 いつもは二人の猛攻の前に一歩引いた位置に徹している自分が、まさかこんな最前線に出るとは。世の中わからないものだ。

「何を冷静に状況把握をしているのだ私は……」

 正確には予想外の展開にらしくもなく完全にテンパっているのだが。

 右を見ると、いつもは二人の向こうにあるクリュウの姿がすぐそこにある。手を伸ばせば届いてしまう、そんな至近距離だ──なぜか、胸の鼓動が高まる。まるで全力疾走した後のように、心臓が無茶をする。顔が火照り、無性に彼に触れたいという想いが胸いっぱいに広がる。

「な、何を考えているのだ私は……ッ」

 今すぐにでも布団から飛び出て洗面所で顔を洗いたい。そんな衝動に刈られる程に顔は赤く、熱くなっていた。

 すぐ近くにクリュウがいる。その現実に頭がおかしくなったみたいに意味不明で無茶苦茶な思考が飛び回る。

 まるで磁石に引き寄される鉄鉱石のように、手が勝手に彼の背中へと伸びていく。

「な、何をしているのだ……ッ」

 慌てて暴走する右手を左手で制する。だがしかし、今度は左手までもが自分の意志と関係なく勝手に彼の方へと伸びる。まるで太陽の方向に向かって伸びていくツタのよう──本当に自分の意志とは関係ないのだろうか。本当は、心の奥底で抱いている想いがそうさせているのではないか。そんな事を想い浮かぶ。

「一体私は何を考えているんだぁ……ッ! しっかりしろシルフィード・エアッ!」

 小声で己を奮い立たせるシルフィード。だがしかし彼の方へと手が伸びていく。それどころか少しずつ体まで動く始末。結局、

「ちょ、ちょっとだけなら……」

 ついにプライドが折れたシルフィード。まるで以前読んだ恋愛小説のヒロインのように胸をときめかせながら手を伸ばす。あと少しで指先が届く。妙な興奮が胸の高鳴りを最高潮にまで引き上げる。そして、

「シルフィ、起きてる?」

「ぬおッ!?」

 突然予想もしていなかった人物からの声にシルフィードは慌てて手を引っ込めて姿勢を正す。その直後、あと少しで届きそうだった彼の背中が起き上がった。

「どうしたのシルフィ。さっきからブツブツと」

 心配そうに首を傾げながら自分を見詰めるクリュウにシルフィードは毛布を頭からすっぽり被って激しく首を横に振る。

「な、何でもないッ! 決して一時の感情に屈した訳ではないぞッ!」

「……何だかよくわからないけど、とりあえず静かにしよう。二人は寝てるみたいだし」

 この組み合わせでは珍しくクリュウの方がツッコミを入れると、シルフィードは慌てて口を手で塞ぐ。途端、顔がさらに別の理由でカァッと赤く染まり熱を帯びる。

「ほ、ほんと……何をしているんだ私は……」

 あまりの恥ずかしさに顔を上げられないシルフィード。彼女の心の葛藤を知らないクリュウは不思議そうに首を傾げた後、おもむろに立ち上がった。

「どこかに行くのか?」

「ちょっと眠れなくてさ。軽く散歩でもしてくるよ」

 そう言ってクリュウは三人の足下を慎重に歩いて抜けると、天幕(テント)から出て行った。しばし呆然とその光景を見詰めていたシルフィードだったが、慌ててその後を追った。

 天幕(テント)を出ると少し先をゆっくりとクリュウが歩いているのが見えた。それを追い、早足で向かう。

「シルフィ……」

「私も同じだ。ちょっと眠れなくてな、散歩でもしたい気分だ。同行しても構わないか?」

「うん。でも別にどこへ向かうとかは決めてないけど、いいの?」

「構わんさ。散歩なんだからな。気の向くままに歩けばいい」

 シルフィードの言葉にクリュウは「そっか」とだけつぶやくと無言で歩みを進める。その後シルフィードが同じように無言で続く。

 しばらくそうして無言で廃墟となった街並みをゆっくりと歩く。

「あのさ、シルフィ」

 沈黙を破ったのはクリュウの方からだった。振り返り、背後からゆっくりと続くシルフィードを見る。シルフィードは「何だ?」と歩みを止めて彼と向き合う。

「この景色を見て、シルフィはどう思う?」

 そう言う彼の背後には、廃墟が広がっていた。崩れた家や店がただの瓦礫と化して転がっている。これが数日前まで活気に溢れた街の景色だったと、誰が信じられるか。

 真剣な瞳で問うて来るクリュウに対し、シルフィードは思った事を正直に述べた。

「ひどい有様だと思うな。完全に復興できるには下手したら数年の時間を要するかもしれんな」

「……冷静だね、シルフィードは」

「自慢にはならんが、私はこういう光景を何度も経験してる。故郷の村もこれに近い状態になって廃村したしな」

 シルフィードはこんな状態となった街や村を何度か見ているし、実際自分の故郷がリオレウスによって滅ぼされた時にはこれに近い状態だった。炎は消えたはずなのに、焦げ臭さがいつまで経っても抜けない。むしろ自分の村は木造家屋ばかりだったので瓦礫すらも残らず、一面に焼け焦げた柱が散乱しているというさらにひどい有様だったが。

「僕も、こういう光景を何度か見れば、そんな風になれるのかな」

「わからん。だが、君はそうならないでほしいと私は願っている」

 廃墟と化した街並みを見詰めながら、シルフィードは本心からそう思った。彼には、こんな景色は何度も見てほしくはない。心からそう思う。

「自分でも良くわかってる。三人に比べて経験も踏んで来た場数の数も全然違うし、自分が考えている事は全部甘くて非現実的だって。でも、やっぱりこんなの間違ってるよ」

 クリュウは廃墟を見詰めながら、ギュッと拳を強く握り締めた。その肩は空しさや悔しさ、理不尽な現実に対する怒りなど、様々な感情で震えている。シルフィードはそんな彼の肩を、そっと叩いた。

「若いな君は」

「シルフィだって僕と年はそんなに変わらないでしょ?」

「年齢の問題ではない。何というか、君は昔の私に良く似ている」

「昔の、シルフィに?」

 クリュウは思い当たる事があった。それは彼女が村をリオレウスに襲われ、両親や弟を失う以前。小さな村の為に毎日一生懸命になって狩りをしては、村の人達に喜ばれて、それで充実していた頃。彼女曰く、その頃の彼女は自分と良く似ていたそうだ。彼女が言う昔の自分とは、きっとその頃の事。

「私もその頃は世の中の不条理さに憤りを感じ、抵い続けた。きっと何とかできると奔走し、無茶をしたもんさ。だが、成長というのは必ずしも良い事ばかりではない。結局私はその不条理さを運命と諦め、受け流す術を覚えてしまった。まぁ、悪い例だと思ってくれ」

「シルフィ……」

「昔は本当に子供だったんだ。全てを救いたいなんて理想を掲げていてな。本当に救えるのなんて、目に映るだけ。いや、すぐ手が伸ばせる者だけ。時にはそれすらも救えない。そんな現実を知らなかった子供だったんだ。今の私は、そんな理想を捨てた現実主義の塊だ。だから、君の甘い理想主義を否定し、切り捨てる──だが、それはとても懐かしい。君は、私の過去にそっくりだ」

 小さく口元に苦笑を浮かべながらシルフィードはそう言うと、表情を引き締め、真剣な面もちでクリュウを見詰める。

「だからこそ、私が成し遂げられなかった事を君に託しているのかもしれない」

「シルフィにできなかった事……」

「私は途中で諦めた。だが君には、それを貫いてほしいを思う。だから、この光景に慣れてほしくはない。でも、忘れてほしくもない。ただ、これがこの世界の一つの姿だという事は覚えておいてほしい」

「シルフィ……」

「私にはできなかった事、君はきっとできる。私はそう信じているからこそ、君の傍にいるのかもしれないな。だからこそ、私はその為なら君に力を貸そう。例えこの身が滅びようとも、それが私の決意だ」

 月光を全身に受け、白銀の長い髪を優雅に揺らすシルフィード。いつもは結ってある髪も、寝る時は解放する。

 いつもとは違うロングヘア姿のシルフィード。月光を反射し、まるで髪自体が輝いて見えるその姿は、月下に舞い降りた妖精──否、騎士姫。

 その凛々しく美しいシルフィードの姿に、クリュウはつい見入ってしまう。目が離せなくて、その姿を目に焼き付けたくて、瞳が大きく開かれる。

「どうした?」

 怪訝そうに小首を傾げるシルフィード。クリュウはその声に「な、何でもないよッ」と慌てて視線を外す。その頬が赤らんでいるのは、シルフィードからは見えない。

「……全てを守りたい。母さんが良く言っていた言葉だよ」

「君の母君が?」

「ほんと、子供っぽい人だったから。でも、僕はそんな母さんの言葉を胸に、今日までがんばって来たんだ。これくらいの事で折れたりなんかしない」

 そう言うと、クリュウはギュッと拳を握り締めた。それは先程までの想いからの震えではない、決意の震え。その拳に、シルフィードはフッと口元に笑みを浮かべる。

「明日──もう今日かだっけ? 復興活動に参加してみる。ハンターで鍛えた体力が少しは役立つかもしれないからね」

「そうか。ならば、私も同行するぞ」

「え? で、でも……」

「気にするな。これは私の意志だからね。それに、腕力と体力なら君よりあると自負しているしな」

 自慢げに豊満な胸に拳を当てて断言するシルフィード。そのセリフがさりげなくクリュウを傷つけ、自分の乙女ゲージも減少させている事に気づいていない所は、どこか天然な実に彼女らしい。

「そうと決めたからには明日に備えてさっさと寝なければな。天幕(テント)に戻るか」

「そうだね。ちょうど心地いい眠気も来た所だし」

 欠伸(あくび)混じりに言うクリュウの言葉にシルフィードも「そうだな。私も今ならすぐに眠れそうだ」と小さく欠伸する。

「じゃあ、戻ろうかシルフィ」

「あぁ」

 天幕(テント)に向かって歩き出シルフィード。そんな彼女の手をクリュウは徐(おもむろ)に掴んだ。

「く、クリュウ?」

 突然手を繋がれて慌てるシルフィードに微笑むと、クリュウはその手を引っ張る。

「早く帰ろシルフィ」

「あ、あぁ」

 予期しないクリュウとの手を繋いでの帰還。シルフィードは狼狽しながらも手から伝わって来る彼の温もりに安心感を覚え、一歩一歩進むたびに胸が温かさに満たされる。

 自然と頬が緩み、微笑を浮かぶ。

「……たまには、こういうのもいいな」

「え? 何か言った?」

「いや、何でもないさ」

 首を傾げるクリュウに小さく微笑みながら、シルフィードは彼に手を引かれて歩みを進める。

 月光に淡く照らされる夜道を、少年と少女は星空を見上げながらゆっくりと闇の向こうへと消えて行った。

 

 翌朝、有言実行の如くクリュウは早速復興作業に加わっていた。もちろんシルフィードも一緒だ。体力に自信がないフィーリアは炊き出し班に加わり、馴れ合いを好まないサクラは単身でどこかに消えてしまった。

 屈強な男達に囲まれながら、瓦礫が満載されたリヤカーを必死に引っ張るクリュウ。ハンターとして持久力に優れた体力は持ち合わせていても瞬間的な体力は持ち合わせていないクリュウ。その上小柄な体格が災いし、思っていた以上に活躍はできていない。それでも諦めない根性で必死になってさっきからずっとリヤカーで瓦礫を片づけている。

「くぬぅ……ッ! お、重い……ッ!」

「大丈夫かクリュウ。手伝うか?」

 そう訪ねて来たのは大の大人顔負けに腕力で重い木材を軽々と持ち上げているシルフィード。二人とも防具ではなく作業着姿だが、彼女は作業着が良く似合う。

「いや、一人で大丈夫だから。シルフィは自分のペースでがんばって」

「そうか? じゃあ、何かあったら呼んでくれ」

 そう言い残しシルフィは木材を抱えたまま立ち去る。いつもは防具に隠れている豊満な胸も作業着では隠す事ができない。屈強な男達がその胸に鼻の下を伸ばしている事にも気づいていないのは実に彼女らしい。

「……ほんと、漢(おとこ)って感じだよね、シルフィは」

 それは決して女の子を誉めるような誉め言葉ではないのだが、その誉め言葉は彼の心からの感想であった。だからこそより厄介なのだが。

「僕もがんばらないと」

 気合いを入れ直し、重いリヤカーを必死になって引っ張るクリュウ。そのがんばる姿に周りの大人達が励まされている事に気づいていない所もまた実に彼らしい。

 余所者、それも政治的には好ましい関係ではないドンドルマから派遣されてきたハンター達の地道な活躍が、後の両都市の関係改善の礎になるのはそれから数年後の話だ。

 クリュウとシルフィードはそうして朝から昼過ぎまで復興作業に従事。太陽が天辺から少し外れた頃、慰霊碑建設予定地となっている広場にクリュウとシルフィードを始めとして復興作業に参加していた人々が続々と集まっていた。

 土や埃に塗れる屈強な男達の中、首に掛けたタオルで汗を拭うクリュウとシルフィードはある意味異色だった。

「あははは、疲れたねぇ……」

「一日でバテたか? ヴィルマは完全復興するまでこの毎日の繰り返しだぞ」

「うへぇ……」

 先が思いやられるとばかりにがっくりと肩を落として落ち込むクリュウに苦笑すると、シルフィードは汗をタオルで拭う。

 しばらくして、女性や子供達が広場に到着した。昼食などの食事担当の炊き出し班だ。もちろんその中にはエプロン姿のフィーリアの姿もある。

「お疲れ様ですクリュウ様、シルフィード様。これ、お二人の昼食です」

 二人の姿を見つけて駆け寄って来たフィーリアは笑顔でそう言うと手に持っていた水とサンドイッチを二人に手渡す。それに対しクリュウは渋い表情を浮かべた。

「え? クリュウ様サンドイッチお嫌いでしたか?」

「ううん。そうじゃなくて、この食糧はヴィルマの人達の物でしょ? 僕達が貰っていいのかなって」

 今自分が持っているサンドイッチは、昨日自分達が運び込んで来た食糧の一部だ。それは被災したヴィルマ市民に対する配給食糧であり、当然ヴィルマ市民の為のものだ。

 自分達はヴィルマ市民ではない部外者だ。そんな自分達が、彼らの食糧の一部を食べる事は許されるのだろうか。

「男が細かい事を気にするな。せっかくフィーリアが一生懸命作ってくれたんだ。ありがたく受け取っておけ」

 そう言って特に気にした様子もなくサンドイッチを頬張るシルフィード。フィーリアも「そ、そうですよ。それに腹が減っては戦はできぬという言葉もあります」とせっかく彼の為にがんばって作った手料理を何とか彼に食べて貰おうと説得する。だが、クリュウは小さく首を横に振った。

「僕はいいや。十分休憩できたし、作業に戻るよ」

 そう言ってクリュウはフィーリアに昼食を返す。フィーリア「で、でも……」と尚も食い下がろうとするが、クリュウは背を向けてそれを拒否する。彼の背中を見て、フィーリアは諦めたように沈黙した。

「お兄さん、食べないの?」

 突然の声に振り返ると、そこにはフィーリアと同じようにエプロン姿のサラが首を傾げながら立っていた。

「サンドイッチ嫌いなの? だったら普通のパンもあるよ?」

「いや、そうじゃなくて……」

「どういう事なの?」

 食事を断るクリュウを純粋に心配するサラに、クリュウは困ったような表情を浮かべる。子供相手に先程のような難しい考えを言っても無意味だろうし、だからと言って適当な理由を付けるとしても簡単にこの状況を切り抜けられるような的確な理由が見つかる訳でもない。その間も「お兄さん大丈夫?」と心配するサラに激しい罪悪感。

「えっと、そのぉ……うん、食べる。食べるから」

 ついに、クリュウの方が陥落した。その瞬間サラは安心したようにはにかみ、フィーリアが膝を折った。そんな彼女の肩をシルフィードがそっと叩く。

「そう肩を落とすな。子供相手じゃ意外と頑固なクリュウとはいえ折れるのは仕方がない。君はがんばったさ」

「……うぅ、サクラ様やエレナ様、シルフィード様に負けるのは悔しいですが納得はできます。でも、あんな子供相手に敗北するなんて……ッ」

「……最近、本気でクリュウはロリコンなのではないかと心配になるな」

「何だか、すごい誤解を受けているような気が……」

 クリュウはフィーリアから改めてサンドイッチを受け取ると、それを口にする。当然、フィーリアお手製ならまずい訳がなかった。

「あの、どうでしょうか?」

 過程は違ったが、結果的にはクリュウに手料理を食べてもらった。当然フィーリアは彼の口にあったかどうか気になる。

 だが、そんな心配は杞憂である。彼女の料理の腕は今まで食べて来た料理が証明している

「うん、おいしいよ」

 クリュウからの嬉し過ぎる誉め言葉にフィーリアは頬を赤らめてふにゃっと照れたような満面の笑顔を浮かべる。

「良かったです。いつも使っている調味料の大半がない状態だったので心配してましたが、何とかお口に合う品になったようですね」

「口に合うどころかすごくおいしいよ。やっぱりフィーリアの料理の腕は一級だね」

「そ、そんなぁ……」

 嬉し過ぎる彼からの誉め言葉の波状攻撃に、フィーリアはすっかり陥落状態。真っ赤になった顔を隠すように彼に背を向けるが、その顔はもうにやけが止まらない。

 そんなフィーリアに苦笑しつつ、シルフィードは最後の一口を頬張って食事を終える。

「いやぁ、嬢ちゃんいい腕してるね」

 水を飲んで水分補給するシルフィードはその声に振り返った。そこには自分達が働いていた区域を仕切っていた初老の男性が立っていた。周りの人達の話を聞く限り、どうやらこの街の大工の頭領らしい。

「最近の若者はなっとらんが、嬢ちゃんはいい腕をしてる。筋肉が見事に鍛え上げられているのぉ。どうじゃ? ハンターをやめてワシの下で大工の修行を積まんか? 嬢ちゃんならいい大工になるぞ」

 シルフィードはそんな頭領の言葉に苦笑しながら答える。

「申し訳ないが、私はハンター一本と決めているんでな。その誘いは引き受けられない」

「そうかぁ。いい筋肉してるのにのぉ──それにいい胸もしておるしのぉ」

 頭領の言葉に周りの男達が一斉に何度もうなずいた。

 突然のセクハラ発言にシルフィードは顔を真っ赤にして胸を両腕で守る。そんな初々しい反応をするシルフィードを見て頭領は「ほっほっほ」と笑い声を上げる。

「頭領はほんと胸好きですよね。俺はあの子の方が好みっすよ」

 そう頭領に声を掛けた男はクリュウと別れて給仕係として右へ左へと走り回って給仕を行うフィーリアを見る。良く見ると一生懸命がんばる彼女を多く多くの男達が微笑ましく見詰めていた。

「ほっほっほ。主は相変わらずのロリコンなのじゃな」

「ご冗談を。かわいいものを愛でたいという気持ちは古今東西の共通意識です。あの一生懸命で可憐な姿を見て心震える者がいるとしたらそれは人間ではありません。頭領こそ巨乳好きでいらっしゃる」

「胸の大きい娘は世界を救うのじゃ」

 恥ずかしがる事なくセクハラ発言を連発する男達にシルフィードは若干引いていた。フィーリアはそんな男達の発言に構っていられない程忙しいらしくスルーしている。クリュウはとりあえず男代表としてため息混じりにシルフィードに「何かごめん」と謝ってみたり。

「頭領も先輩もダメダメっすね。確かに二人ともいい娘ですけど、俺達は彼女を一押ししやす」

 木材調達の為に森の方へ向かっていた別動隊所属の青年は自信満々に言いながは背後を指さした。そこにはクリュウ達と共にヴィルマにやって来たアプトノスが大量の木材を積載した荷車を引いて待機していた。その山積みにされた木材の天辺に、彼女はいた。

「あの娘もすごいっすよ。あんな細い剣で太い大木も斬り倒す豪快さ、木材を一定の大きさに斬り抜く繊細さ。相反する力を見事に使い分ける、ウチの建設に欲しい人材っすよ。何より、あの何を考えているかわからないミステリアスな雰囲気、そしてあの眼帯ッ! 最高じゃないっすかッ!」

「……お主はミステリアス系が好きじゃったの」

 さらにセクハラ発言を行う者が増えてある意味混沌として来た。シルフィードは呆れて首を横に振ると、「行くぞクリュウ。バカが移る」とバッサリ切り捨てて気まずそうに苦笑しているクリュウと共にその場を離れた。ちなみにその後も巨乳好きとロリコン好きとミステリアス好きの男達の壮絶な戦いは繰り広げられるのだが、ここでは割愛する。

「サクラ。どこに行ってると思ったら木材調達の班に加わってたんだ」

 サクラと合流したクリュウは驚いたようにそう言った。まさか人と馴れ合うのを嫌うサクラが復興作業に協力するとは思っていなかったのだ。そんなクリュウの発言に対しサクラは無表情で答える。

「……森で昼寝してたら半ば強引に手伝わされた」

「自ら率先して、じゃない所はサクラらしいね」

 実に彼女らしい。協力するつもりなどなく森で昼寝している所も、でも最終的には協力してしまう所も。

「お疲れ様ですサクラ様。昼食のサンドイッチはいかがですか?」

 サクラの姿を見て駆け寄って来たフィーリアはそう言ってサンドイッチを差し出す。サクラはそれを一瞥し、

「……私は和食がいい」

「わがままを言わないでください。この状況を見て良くそんな事が言えますね」

「……私はKYだから」

「自分で言いますか……」

「……《空気なんて読まない》の略」

「本当に我が道を突っ走ってますねッ!」

 サクラの天上天下唯我独尊自分絶対至上主義的発言の連発に頭がくらくらするフィーリア。改めてサクラは自分では扱い切れないとわかり、そしてそんな彼女の手綱を引いているクリュウの大変さとすごさを実感した。

「……今失礼な事、考えなかった?」

「か、考えてませんよッ!? だ、断じてッ!」

 まるで心を読んだとしか思えないタイミングでの問いに対しフィーリアは狼狽しつつも何とか誤魔化す。

(ほ、本当に同じ人間なんですかこの人……ッ)

「……今失礼な」

「考えてませんッ! 神に誓いますッ!」

「……神様ってのはずいぶんと安っぽいものね」

 サクラの言葉にフィーリアは恥ずかしさのあまり顔を真っ赤に染める。そんなフィーリアを見てサクラはフッと小馬鹿にしたような笑い方をすると、サラと話しているクリュウへと近づく。

「……ぴと」

「うひゃッ!? さ、サクラぁッ!?」

「何してるんですかサクラ様ぁッ!」

 突然クリュウの腕を取ってしがみ付くサクラ。当然クリュウは顔を真っ赤にして驚くし、フィーリアもまた顔を真っ赤にして怒鳴る。そしてシルフィードは静かに苦笑を浮かべている。今回はそれに困惑したような表情を浮かべているサラも加わる。

「サクラ様抜け駆けは禁止だと何度言えばわかるんですかッ!? 即刻クリュウ様から離れてくださいッ!」

「……だが断る」

「断るなあああぁぁぁッ!」

「……フィーリアの敬語が壊れたぞ」

 ブチギレるフィーリアに対しサクラとシルフィードは冷静だった。正確に言うとシルフィードは驚くのを忘れるほど驚いているのだが。クリュウとサラは困惑のあまり言葉を失っている状態だ。

「と、とりあえず落ち着け。少しは公共の目というものをだな」

「……公共の目は既成事実に最適ね」

「もう、何からツッコミを入れていいのやら私には判断できんぞ」

 呆れるシルフィードの発言はもちろん無視してサクラは困惑状態のまま硬直しているクリュウの腕にここぞとばかりに抱きつく。

「サクラ様ばっかりずるいですぅッ! わ、私だってッ! えいッ」

 フィーリアはフィーリアでこの状況を逆手に取ってちゃっかりサクラに奪われた右腕ではなく反対の左腕をキープする。それがさらにクリュウの混乱に拍車を掛け、さらには二人の恋する乙女の激しい睨み合いに気づいた様子もなくサラが「サラもぉッ」と何を勘違いしたのかクリュウの腰にしがみつく始末。

 周りの男達はその光景に笑ったり口笛を吹いたり、ガチで悔しそうに泣いている人もいたりと多種多様。

 プライドとクールな自分という鎖に縛られたシルフィードはそんな三人の少女達をうらやましげに見詰めるばかり。

 一人、当事者であるクリュウだけは今すぐこの場を逃げ出したい衝動に駆られるが、両腕及び腰をブロックされている状況では逃げ出す事もできず、顔を真っ赤にして言葉にならない声をあらふたと漏らすばかり。

 遠い異国の地においてもいつもと変わらぬクリュウ達一行。周りが村だろうか狩場だろうが廃墟だろうが、彼らのいつも通りなノリは変わる事はないのだろう。

 今日も今日とて、そんないつもと変わらない一日がこのまま続く。誰もがそう思っていた。

 ──だが、それはけたたましく鳴り響く警報によって消し飛ばされた。

 街の中央部に建てられた急造の櫓(やぐら)から鳴り響く警報に、人々は表情を険しくして見やる。

「ど、どうしたの?」

「わからない。まさか敵襲?」

 困惑するクリュウに対しシルフィードは冷静だ。こういう時こそリーダーとして指示を飛ばさないといけない。一体何が起きているのか。確認の為に情報を集めようとしたその時、それは姿を表した。

「な、何だあれは……ッ」

 シルフィードだけではなく、人々もその存在に気づいて空の向こうを見詰める。クリュウもまた同じようにその方向を見やり、そして見た。

「……何、あれ」

 青空に浮かぶ雲の島。それを突き抜けて現れたのは無数の黒い点。数はおよそ五〇。そしてそれは徐々にこちらへと近づき、その姿を大きくさせ、ハッキリとした形を見せる。

 それは巨大な気嚢(きのう)を背負った巨大な飛行船であった。それも一隻や二隻ではなく、五〇近い点全てだ。しかも良く見ると、その側舷からは無数の大砲らしき物が突き出ている──軍艦だ。

 空を飛ぶ巨大な軍艦。それはこの大陸においてある一国の象徴を表し、無敵艦隊とも称される唯一の軍隊。

「……王軍艦隊」

 誰かがそうつぶやいた。

 

 ヴィルマに突如現れた謎の飛行艦隊。

 刹那、クリュウ達の新たな物語の始まりを告げる汽笛が空に鳴り響いた。


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