モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第109話 三騎当百 襲い来る赤き悪魔の猛攻撃

 暗闇の平野。一見すると何もないように見えるその光景の中に、突如として目映い閃光がが迸った。突然の強烈な光が照らした一瞬に見えたのは赤い絨毯(じゅうたん)。それが無数の赤いモンスターでできた地獄の光景だと理解するのにそれほど時間は必要としなかった。

 暗闇から一転して一瞬迸った目を焼くような閃光に、その場に犇(ひし)めき合っていたイーオスの群れの一部が実際に目を焼かれて視界を失う――そこへ、彼らは飛び込んだ。

 先陣を切ったのは俊足のサクラ。音もなく平野を駆け抜け、視界を封じられたイーオスに背負った鬼神斬破刀を振り抜く。煌めく刃先が吸い込まれるようにイーオスの鮮やかな赤い体を斬り裂き、その身をさらなる赤で染め上げる。

 横薙ぎ一閃。振るわれた太刀は猛烈な風を纏いながら密集するイーオスを一瞬で三匹吹き飛ばす。さらに二匹を斬り飛ばし、邪魔な一匹も蹴り飛ばす。視界を奪われているイーオス達は反撃する術もなくその猛烈な剣撃の嵐に蹴散らされていく。その働きはまさに国士無双、一騎当千、獅子奮迅。さながら戦場に現れた戦女神だ。

 サクラがまず先陣を切ってイーオスの隊列を乱すと、遅れてクリュウが突撃を掛ける。サクラのような俊足さも攻撃力も鋭さもないが、その一撃一撃は慎重に、そして確実にサクラが漏らしたイーオスを蹴散らす。振るわれるオデッセイの刃先はそのたびに確実にイーオスを吹き飛ばす。

「このぉッ!」

 クリュウは視界を封じられてもがくイーオスに何度も斬り掛かってようやく撃破する。ランポスやゲネポスに比べてイーオスはランポス系最強のモンスターだ。体力も桁違いの為にランポスを相手にする時とは比べ物にならないほどの時間と労力を要してしまう。特に攻撃力が全武器の中でも低い部類に入る片手剣ではその差は大きい。その為どうしても全武器の中でトップクラスの攻撃力を持つ太刀を扱うサクラに比べて出遅れてしまうが、それでも確実な一撃を積み重ねて次々にイーオスを撃破していく。

 あらかた奇襲攻撃で隊列を乱す事に成功した二人は互いの背後を守り合うように背中を合わせて一息つく。この間に二人は八匹のイーオスを撃破していた。内訳はクリュウが三匹でサクラが五匹だ。その他にも数撃を入れて幾分か弱らせたイーオスが数匹。それが奇襲攻撃での戦果であった。

「……閃光玉の数は?」

「限界数の五個全部持ってるよ」

「……そう。私は今使ったからあと四個」

「二人で九個。結構キツイね……」

 相手の総数は約百匹。それに対してこちらはたった二人。その絶対的な戦力差を埋めるにはあまりにも非力な数だ。

「……やっぱり無茶だったのかな?」

 あまりにも劣勢過ぎる状況に自ら突っ込んだ事にクリュウは早くも自分の軽率な行動を恥じた。やっぱり自分は甘過ぎる。冷静なシルフィードに比べてあまりにも単純だ。

「ごめんねサクラ。こんな無茶な戦いに巻き込んじゃって」

 そして何よりこんな無茶な戦いに彼女を巻き込んでしまった事が悔やまれた。彼女は自分をとても信頼してくれている。なのに、自分はそんな彼女の期待に応えられるような行動をしているだろうか? 危険な戦いにわざわざ巻き込んでいる自分が、彼女の信頼を得る権利などあるのだろうか? そんな自問自答が繰り返される。

「……クリュウ」

 閃光玉の効き目はあとわずか。考えに耽(ふけ)るクリュウを現実に呼び戻したのは巻き込んでしまった彼女の声だった。振り返ると、そこには月光に照らされて凛とした彼女の顔があった。

「……巻き込んだなんて言わないで。これは私の決めた事だから」

「でも……」

「……危険とわかっていても、誰かの為に飛び込んで行く。そんなクリュウだから、私はついて行くの」

「サクラ……」

「……そんなクリュウが、私は好き。最高の伴侶(パートナー)」

 その時初めてサクラは振り返り、小さく微笑んだ。月光に神々しく照らされるその笑顔はとてもきれいで、かわいらしい。クリュウは一瞬惚けたようにその笑顔に見入ったが、すぐに自身も笑顔を浮かべる。

「ありがとうサクラ。やっぱりサクラは僕にとってすっごく頼れる相棒(パートナー)だよ」

「……えぇ。私とクリュウは唯一無二の伴侶(パートナー)」

「うん。最高の相棒(パートナー)だよ」

 ……二人の間でちょっとした感覚のズレがある事は、この際無視しよう。これを指摘するのは野暮と言えるだろう。

 刹那、閃光玉の効き目が切れて視界を封じられていたイーオス達が一斉にクリュウとサクラの姿を捉える。乱れていた彼らの隊列も徐々に整っていく。二人はすっかりイーオスの大群に囲まれる形となってしまった。

「……四面楚歌ね」

「状況はさらに最悪になっちゃったね」

 二人の顔からいよいよ余裕が消える。周りは逃れられぬようイーオス達が何重にも陣を展開し、すでに二人が突っ込んで来た背後も封じられた。

 クリュウはジリジリと包囲網を狭めるイーオス達に警戒しつつ、道具袋(ポーチ)から閃光玉を取り出し、それを真上に投擲。その瞬間、二人は一斉にそれぞれの方向へ突進する。

 刹那、閃光玉が炸裂。背を向けていた二人に対し包囲網の前衛にいたイーオス達はその光に目を焼かれ視界を封じられる。

 一匹のイーオスが悲鳴を上げて失った視界に右往左往する。そこへクリュウの跳び蹴りが炸裂した。顔面を蹴られて転倒するイーオスの喉にオデッセイを叩き込むと、それでイーオスは動かなくなる。

 クリュウは視界を奪われて混乱するイーオスの前衛に次々に襲いかかる。縦横無尽に動き回って次々にイーオスに斬り掛かり、それらを撃破していく。閃光玉で視界を奪われたイーオス達は反撃する術もなく次々に倒れていく。クリュウは幾分か返り血を浴びつつも無視して剣を振るう。その姿はいつもの優しい彼とは比べ物にならない、夜叉のような猛攻だ。

 いつの間にかクリュウの周りには多くのイーオスの死骸が転がっていた。少し離れた場所にいるサクラの周りも同じような状態だ。どちらも周りに群がるイーオスに剣や太刀を振るい、次々にイーオス達を撃破していく。

 閃光玉の効き目が切れ、イーオス達は目の前の光景に絶句する。そこには多くの仲間の亡骸が転がっており、その中心には同胞の血に塗れた憎き敵が立っている。

「ギャアッ! ギャギャッ!」

 一匹のイーオスの声に呼応するように次々にイーオスが声を上げていく。それを合図に他の大多数のイーオスが次々に再び陣形を組み直す。その寸前、サクラが閃光玉を放ち再び二人の攻撃が開始される。

 だが、イーオスはモンスターの中でも知能型のモンスターだ。この単調な攻撃の連続にすでに布石を打っており、視界を奪われてもがく前衛の背後から閃光玉の範囲外に待機していたイーオスが次々に二人に襲い掛かる。イーオス達の反撃だ。

 視界を奪われたイーオスの一匹を片づけたクリュウに背後から別のイーオスが襲い掛かる。寸前で気配に気づいたクリュウは横に転がるようにして回避し、すぐに立ち上がって状況確認。前方に明らかに自分を見詰めているイーオスが五匹。クリュウはその光景に歯軋りする。ちらりとサクラの方を見ると、同じように閃光玉の影響を受けていない数匹のイーオスの波状攻撃に苦戦をしている所だった。

 クリュウが余所見をしている間にイーオス達は先制攻撃を仕掛けた。一瞬の隙を突かれたクリュウはこの攻撃に防戦となってしまう。

 次々に連携して襲い掛かるイーオスに対し、クリュウは盾でそれらの攻撃を防ぐので精一杯だった。反撃したくてもそれを阻止するように別のイーオスが攻撃して来る。敵ながら見事で厄介な連携力だ。

「くぅ……ッ」

 自分よりも重く、全体重を掛けて襲い掛かって来るイーオスの猛攻を盾一つで耐え抜くクリュウだったが、その衝撃は確実に彼の左腕に蓄積されていく。

 防ぐたびに腕が痺れ、力を入れてないとあっという間に盾としての機能を失ってしまう状態。閃光玉を使いたくてもイーオス達の波状攻撃の前では片手を道具袋(ポーチ)に突っ込めるような余裕はない。

 周りを囲まれている為後退もできず、反撃する事も、閃光玉を使用する事もできない。絶体絶命の危機だ。その間に閃光玉も効き目も切れ、他のイーオス達が次々にクリュウの周りを包囲する。当然、サクラとの間にはより強固な壁が築かれてしまい、合流は不可能となった。

「さ、サクラぁッ! うぐわッ!?」

 イーオスの毒液を盾で防いでできた一瞬の隙を突いて、別のイーオスがクリュウに突進を成功させた。人間の大人以上の体格と質量を持つイーオスの一撃に、比較的小柄な体格のクリュウは耐え切れずに吹き飛ばされる。

 地面に転がるクリュウ。鳩尾にヒットした為に激しくせき込むが、もちろんイーオス達はそんな隙を逃さない。さらに追撃を仕掛けて行く。

「……くそッ」

 クリュウは痛みに苦しみながら襲い掛かって来るイーオスの攻撃を地面を転がるようにして回避。距離を取って何とか立ち上がる。しかしそこへさらに別のイーオスが突進し、クリュウの背後から襲い掛かった。

「がはッ!?」

 背中に飛び掛かられたクリュウは受け身も取れずに無様に地面に転がった。

 全身に痛みが走り、すぐには起き上がれない。そこへイーオスが怒号を放ちながら跳び掛かってくる。その光景にクリュウは思わず目を瞑ってしまった。

 ──刹那、一発の銃声が轟いた。

 ハッとなって目を開くと、自分の上に跳び掛かろうとしていたイーオスが空中で頭を撃ち抜かれて悲鳴も上げる事もできずに吹き飛ばされる光景が飛び込んで来た。

 続けて猛烈な連射が開始された。一発の銃弾が着弾の寸前で無数の小型弾丸をバラ撒き、犇めき合うイーオスに次々に襲い掛かる。猛烈な散弾の雨であった。

 痛む体を何とか起こした所へ散弾を連射しながら駆け寄って来る少女の姿があった。月の光に神秘的に照らされる金髪の美少女。手にした銃で猛烈な弾幕を張ってイーオス達を牽制及び撃破して戦場を翔けるその姿は彼女もまた戦女神だ。

「クリュウ様ぁッ! ご無事ですかッ!?」

「ふぃ、フィーリア……」

 駆け寄って来たフィーリアは構えていた閃光玉を上空に放り、二人を囲むイーオスの視界を封じる。もちろん二人は目を閉じてその光をやり過ごしており問題はない。

 クリュウに背を向けるようにして手にしたヴァルキリーブレイズ構えるフィーリア。ここまで全速力で走って来たのだろうその頬は赤らみ、額は汗で濡れ、肩を上下させながら呼吸を繰り返している。そんな彼女の姿にじわりと感動を感じつつ、クリュウは小さく笑った。

「ありがとうフィーリア、助かったよ」

「もう、無茶はしないでくださいよッ」

「シルフィは?」

「支援隊を安全な場所に誘導してから合流するそうです。それまで耐えてほしいと。でも無理はするなと」

「そっか……、結局みんな巻き込んじゃったんだ。ごめん……」

「謝らないでくださいよ。きっかけはそうでも、最終的にこの道を選んだのは私達です。クリュウ様が謝る事じゃありません」

「で、でも……」

「──そうですね、でしたらこの戦いが終わったらクリュウ様の手料理が食べたいです。それでチャラという事で」

 そう言って、フィーリアは無邪気に微笑んだ。クリュウはその優しげで無邪気な笑顔に気持ちが楽になるのを感じ、小さく微笑んでうなずく。

「わかった。それじゃ、腕によりをかけて作らせてもらうよ」

「約束ですよ。えへへ、それじゃ私張り切っちゃいますよぉ」

 フィーリアは嬉しそうにはにかむ。しかしそれはすぐに消え、周りを囲むイーオス達の包囲網を真剣な瞳で見回し、構えていたヴァルキリーブレイズに新しい弾を装填する。瞳には真剣な光が宿り、構えた銃身が勇ましげに煌く。

「……クリュウ様、背中は任せましたよ」

「わかった。こっちこそ任せるからね」

「了解ですッ」

 それを合図に二人は再びイーオスの群れに突っ込んだ。

 クリュウは先程と同じく襲い掛かって来るイーオスの攻撃を回避しながら攻撃に失敗した事で見せる一瞬の隙を突いて剣を振るい、着実に仕留めていく。先程までと違い、背後はフィーリアが守ってくれて三方のみに集中できるおかげでかなり立ち回りやすくなっている。

 一方、同じく背後をクリュウに任せているフィーリアも同様に三方に対し猛烈な散弾LV1の嵐を浴びせている。散弾は一発の銃弾から無数の弾丸を放ち辺り一帯を一掃できる弾なので、こういった無数の小型モンスターを相手にする場合は最も適した弾丸だ。

 フィーリアの猛烈な弾幕にイーオス達は近づく事もできずに次々にその凶弾に倒れていく。彼女の参戦により戦いは再びクリュウ達が有利に展開していった。

 さらに、猛烈な風と共に数匹のイーオスが吹き飛び二人を囲む包囲網の一角が破壊された。驚いて振り返ると、そこには稲妻を纏う太刀、鬼神斬破刀を構えた夜叉姫サクラが立っていた。

「さ、サクラ大丈夫ッ?」

「……問題ない。イーオス程度、私の敵じゃない」

 強がってはいるが、激しい戦闘を物語るように彼女の防具は泥や返り血で汚れ、余裕を持って行動する彼女にしては異常なほど汗を掻いている。息も荒く、とても余裕とは言えない状態だ。

 疲労が蓄積して動きが鈍り始めている剣士二人を援護するようにフィーリアの散弾LV1の嵐がさらに激しさを増す。空薬莢を排出し、すぐさま新しい弾丸を装填する。その繰り返しが目にも留まらぬ速度で行うのがフィーリアというガンナーだ。

「クリュウ様とサクラ様は私の後方をお願いしますッ! お二人の背後はお任せくださいッ!」

 体力的に余裕があるものの、無数のイーオスを相手にしなければならないという状況に焦るフィーリア。そんな彼女の切羽詰った指示に二人はすぐに従う。

「わかった。頼むよフィーリア」

「……失敗は許さない。死ぬ気で遂行しなさい」

 二人の言葉にフィーリアは小さくうなずき、ものすごい早さで空薬莢を排出し、すぐさま新しい弾丸を装填し、ほとんど狙いなど定めず弾幕をバラ撒く。その猛烈な弾幕にイーオス達は近づく事もできずに次々に薙ぎ倒されていく。

 背後をフィーリアに任せたクリュウとサクラの剣士二人は再びイーオス達に襲い掛かる。クリュウがまず閃光玉を使ってイーオス達の視界を封じ、そこへサクラが突貫。猛烈な剣撃で一斉に数匹のイーオスを吹き飛ばす。遅れてクリュウも突撃し、二人は次々にイーオスを粉砕していく。

 目を潰されてもがくイーオスにクリュウはオデッセイを二撃、三撃と叩き込み、回転斬りで吹き飛ばす。しかしそこへ閃光玉の効力外から突撃してきたイーオスが襲い掛かって来た。

「グワァッ!」

 怒号を上げながら突撃して来るイーオスの一撃を盾で防ぎつつ、さらにもう一匹の毒液攻撃を回避。突撃して来た方のイーオスに一撃を入れ、再び距離を取り体勢を立て直す。

 しかしすぐに別のイーオスが間髪入れずに飛び込んで来る。クリュウはそれを再び盾で防ぎつつオデッセイを叩き込み吹き飛ばす。そして再び間合いを開けて体勢を整え、反撃して来るイーオス達を迎え撃つ。

 すぐ傍ではサクラが嵐のような猛烈な剣撃で次々イーオスを撃破している。背後でも同様にフィーリアが雨のように銃弾を降らせて辺り一帯のイーオスを叩き潰す。そんな二人の少女に負けず劣らずの勢いで、クリュウもまた次々にイーオス達に強襲突貫を繰り返して粉砕していく。

 三人の猛攻撃の嵐に次々にイーオスが倒されていく。仲間が次々に倒されていく光景にイーオス達の連携が次第に崩れていく。その時にはすでにイーオスの群れは総数の半分以上を駆逐されており、辺りには無数のイーオスの死骸が転がっている。飛び散る血の色と合わさり、周辺一帯はまるで真っ赤な絨毯を敷いたような地獄絵図が広がっていた。

 しかしそれでもイーオス達は攻撃の手を緩めず、果敢に攻め込んで来る。しかもクリュウ達は着実に疲労が蓄積しており、さらに頼みの綱の閃光玉もついに底を着いてしまった。状況は再びクリュウ達の劣勢に傾き始めていた。

 さらにイーオス達が個々では攻撃せずに必ず二匹ないし三匹での集団攻撃に戦法を変更した事がそれに拍車を掛けていた。これにより反撃の隙はさらに減り、特に剣士の二人は防戦の一方となってしまっていた。

 再び次第に包囲網が縮まり、自然とクリュウ達は背を合わせる形となってしまう。

「……まずいよ、もう刃がボロボロだ」

「……私もよ」

「……こっちも散弾LV1、全部撃ち尽くしてしまいました」

 状況は最悪中の最悪だった。敵の総数こそ半数に減らす事には成功したが、怒濤の総攻撃をし続けた為に敵の中枢に入り過ぎて退路は完全に遮断されている。頼みの綱の閃光玉や散弾LV1はすでに使い切ってしまっており、この状況を好転させるだけの手は全て失われていた。

 すでに半刻近く戦い続けている三人の疲労はもはや隠し切れるレベルではなく、三人とも苦しげに荒い呼吸を繰り返している。

 このままでは全滅。そんな最悪の想像を必死に頭を振って思考の外に追い出そうとするが、その展開はいよいよ現実味を帯びて来た。

 クリュウがグッと刃零れしたオデッセイを構えた時、隣にいたサクラが一歩前にでた。驚く二人に背を向け、サクラは同じく刃零れした鬼神斬破刀を構える。その背中に、並々ならぬ決意を感じたのは気のせいではない。

「……ここは私が死守する。二人は逃げて」

 そう言ってサクラは必殺の突貫の構えを見せる。だがそんなサクラの肩を強く掴む手があった。驚いて振り返ると、そこにはクリュウの真剣な顔があった。

「……クリュウ」

「誰かが犠牲になる方法は除外だよ。そんな方法、誰も喜ばない。もちろん、僕もだ」

「そうですよ。今はこの状況を三人で切り抜ける方法を考えるのが先決です」

 二人の言葉に一瞬瞳を大きく見開くサクラだったが、すぐ瞳は鋭く細まる。まるで刃物のように鋭い視線で、対峙するクリュウを睨み付ける。常の彼女なら絶対にしないこの行動に、彼女の焦りを感じる事ができた。

「……甘い考えは捨てるべき。この状況で全員が助かる道があると考えるのは無意味な希望に等しい」

「だとしても、僕は最後まで諦めない。僕は無駄に諦めが悪いからね」

 小さく笑いながら言うクリュウの言葉にサクラは小さく苦笑した。どうやら自分一人が犠牲になるという方法は無理のようだ。そもそも、自分が犠牲になった所でこの状況から二人が脱する事もまた難しい。結局、三人の力を結集して挑まなければわずかな好転も期待できないらしい。そう判断すると、サクラは一か八かの突撃を諦めて徹底抗戦の決意を固めた。

 ジリジリと迫るイーオスの包囲網。クリュウ、フィーリア、サクラの三人は残る力を振り絞って最後の反撃に構えを取る。その時、遠くからイーオスの鳴き声が響いた。

「……え?」

 驚くクリュウ達の前で、近くで数匹のイーオスが鳴き、次々に周りを包囲していたイーオスが逃げ始めた。先程までの見事な連携は総崩れとなり、イーオス達は四方八方に散って行く。

 あまりにも拍子抜けな展開に驚きつつも、助かったという事実に三人はへなへなとその場に座り込んでしまった。もはや気力だけで立っていたに等しい状態だったのだ。足はガクガクで震え、うまく力が入らない程だ。

「た、助かったぁ……」

「ふえぇ……」

 緊張の糸が切れたクリュウとフィーリアはその場にぐったりと座り込んで脱力する。一方のサクラは疲れて満足に動かない体に何とか最低限の力だけを留めながらこの突然の状況変化に考え込んでいる。

 クリュウは大きなため息を吐き、ふと顔を上げた。すると散り散りに逃げていくイーオス達とは逆にこちらに近づいてくる人影が見えた。雲が月に掛かっているのでよくは見えない。

 次の瞬間、雲に覆われていた月が顔を出し月光が大地を淡く照らし上げた。その神秘的な光を全身に浴びながら歩み寄って来たのはまるで月の女神──シルフィードであった。

「どうやら無事のようだな」

 その声にフィーリアとサクラもシルフィードの存在に気づいてそちらを向く。

「遅いですよシルフィード様。もう戦いは終わってしまいましたよ」

 到着の遅れたシルフィードに珍しくフィーリアが噛みつく。それほどまでに厳しい戦いだったのだ。サクラも同じように「……今更何の用?」と冷たい視線を向ける。そんな二人の厳しい視線に対しシルフィードは苦笑を浮かべた。

「ひどい言われようだな。これでもがんばった方なんだが」

「がんばった? シルフィ、一体何をしてたの?」

 疑問を感じたクリュウが問うと、シルフィードは苦笑しながら自らがやって来た方を指指す。

「ここからそう遠くない場所にいたドスイーオスを始末するのに手こずってな。やはり大剣には荷が重いぞ」

 苦笑しながら言うシルフィードの発言に三人は一斉に驚き、そして納得した。

 なぜイーオス達が突然散り散りに敗走したのか。それはシルフィードがその総指揮官であるドスイーオスを倒したからだったのだ。優秀な軍隊も指揮官を失えば烏合の衆と成り果てる。だから親玉のドスイーオスを倒されてイーオス達はついに自分達の敗北を認め、死ぬのを恐れて我先にと敗走した。

 ──結局、今回も一番冷静なシルフィードの行動が最終的に全員の危機を救ったのだ。

「あははは、やっぱりシルフィには敵わないなぁ」

「全くです。おいしい所全部取られちゃいました」

 シルフィードの凄過ぎる働きぶりにクリュウとフィーリアは苦笑する。サクラは不機嫌そうに「……泥棒猫」とつぶやく。そんな三人の反応にシルフィードもまた苦笑を浮かべる。

「おいおい、なぜ私が責められるのだ?」

「別に責めてる訳じゃないよ。むしろやっぱりシルフィはすごいなぁって思っただけだよ。さすがだね、その冷静な判断力に憧れるよぉ~」

 クリュウのベタ誉めにシルフィードは頬を赤らめて「そ、そんな事ない……」とつぶやき、彼の顔を見ていられず背を向けてしまう。そんな彼女の反応にクリュウは首を傾げた。

「あれ? 僕、何か変な事言った?」

「いえ、むしろ羨ましい限りです……」

 問われたフィーリアは苦笑しながら羨ましげにシルフィードの背中を見詰める。もちろんサクラは嫉妬の視線だ。そんな二人の視線に対し、シルフィードがちょっとだけ優越感に浸っていた事は内緒だ。

「でもやっぱり全部は倒せなかったね」

「君はどれだけ高望みをしているんだ。総数の半分を駆逐した上に、その親玉のドスイーオスを倒したのだぞ? これ以上ない大戦果ではないか」

「でもさ、少なくなったとはいえ、ヴィルマの方角にもイーオスが逃げて行った。完全には防ぎ切れなかった」

 顔を伏せながら悔しげに握った拳で地面を叩くクリュウ。そんな彼の姿にシルフィードは小さく微笑むと震える彼の肩を優しく叩いた。

「そう自分を責めるな。君は良くやった、私で良ければそれを保証する」

「シルフィ……」

「落ち込んでいる暇があるのなら一分一秒でも早くヴィルマに到着してその残党を排除する事を考えたらどうだ? それに、私達の役目は竜車に満載された物資を無事にヴィルマに送り届ける事だ。違うか?」

「……そう、だよね。僕達の任務はまだ続いてるんだよね」

 ゆっくりと顔を上げて言うクリュウの言葉にシルフィードだけではなく、フィーリアとサクラも小さくうなずいた。それを見て、クリュウの瞳に再び力強さが戻る。

 クリュウは「良しッ」と力強く声を上げて一気に立ち上がった。だが蓄積していた疲労はかなりのものだったらしく、立ち切る寸前でグラリとバランスを崩してしまう。

「危ないッ」

 倒れる寸前でシルフィードが崩れ掛けたクリュウの体を支えた。

「あ、ありがとう」

「大丈夫か? 辛いのなら負ぶってやろうか?」

「い、いいよそんな恥ずかしい事。一人で大丈夫だからさ」

 クリュウは頬を赤らめながらシルフィードの提案を却下し、今度こそ自分の足でしっかりと立つ。そんな彼の姿を見て一人シルフィードが残念がっていたのも秘密だ。

「みんなこそ大丈夫? 怪我とかはない?」

 すぐに自分達の心配をする彼の優しさに胸を暖かくしながら、三人はそれぞれ大丈夫と返す。実際、四人全員は疲労の上軽い擦り傷や打撲はしているものの奇跡的に大きな怪我はしていなかった。

「全員歩けるな? 支援隊はあの森の中に停めてある。少し歩くが、行くぞ」

 そう言って先頭をシルフィードがゆっくりと歩み始め、その後ろを三人が続く。その背後には四人が討伐した無数のイーオスの亡骸が溶解液で溶けて消えてなくなっていた。まるで何事もなかったかのように平野は静けさを取り戻す。

 そんな不気味な平野を後にし、四人は森の中に停めてあった支援隊と合流し、再びヴィルマに向かって進み始めるのであった。


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