モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第10話 密林の出会い

「ほんひょうひ(本当に)ッ! ほんひょうひはひはほうほはいはふ(本当にありがとうございます)ッ!」

「う、うん。わかったから、しゃべりながら食べるのはやめようね?」

「ひゃいッ!」

 そう満面の笑顔で言って少女はおいしそうにこんがり肉をガツガツと食べる。

 用意周到に肉焼きセットと生肉を持って来て正解であった。支給品の携帯食料と持参したこんがり肉はクリュウが全部食べてしまっていた。おかげで今こうして彼女にこんがり肉を食べさせてあげられている。

 最初は急いで彼女にこんがり肉を食べさせようとしたが、彼女があまりにお腹が空き過ぎて「な、生焼け肉でも……構いません……、何なら……生肉でも……」なんて言い出すのでかなり焦った。

 本当に生肉を食べようとする彼女を押さえ、なんとか今はこうして彼女にこんがり肉を食べさせられているという訳だ。ちなみに今彼女が食べているのは四つ目である。

 少女は泣きながら嬉しそうに、おいしそうにこんがり肉を頬張る。そんなに感動するような食べ物ではないのだが、今の彼女にとってはリオレイアと遭遇する事よりも嬉しい事なのだろう。それだけお腹が減っているという事だ。

 一心不乱にこんがり肉に食らい付く少女に、クリュウは先程まで彼女に向けていた尊敬の眼差しを止めていた。新たに向けたのは親しみだった。すさまじい実力を持っている彼女も、同じ人間なんだなぁと思ったからだ。

 残念ながら生肉は四つしか用意していなかったので、これ以上要求されてもクリュウには何もできない。最悪アプトノスを狩って生肉を入手するという手段もあるが、どうやら少女はこれで満足してくれたようだ。だとしても女の子が四個もこんがり肉を食べるとは驚異的な事であるが。

 口の周りにベットリと付いた肉汁を手の甲で拭うと、少女は苦笑いしているクリュウに気づき顔を真っ赤にして慌てて頭を下げる。

「ほ、本当にありがとうございましたッ!」

「あ、いや、別にそんなに礼を言われるような事はしてないし、ただ肉を焼いただけだし、だから早く頭を上げてよ」

 クリュウの言葉に少女は笑顔で顔を上げる。その翡翠色の瞳は夜の空に輝く星のようにキラキラと煌いている。

 少女は照れながら「実は……」と話を始めた。

「この三日間私は少量の木の実しか食べてなかったんです」

「どうして? 肉焼きセットを持たずに事前に調理した肉だけで来たの? だとしてもそれも全部食べちゃったの?」

「私はあなたと違って依頼でこの森に来たのではなく旅の途中に立ち寄っただけです。ですのでこの森に来るまでに食料は全部食べてしまったんです」

「だとしても旅なら肉焼きセットくらいはあるでしょ?」

「そ、それが……」

 言いにくそうに少女は口ごもる。クリュウが首を傾げると少女は恥ずかしそうに頬を赤らめながら小さな声で理由を話す。

「それが、肉を焼いている最中に先程のドスランポスの群れに奇襲されてしまい……肉焼きセットが大破してしまったんです……」

「うわぁ、災難だねそりゃ」

 なるほど。いくら優秀なハンターでも調理に集中している時にいきなり襲われれば対応が遅れてしまうだろう。ましてや彼女はガンナー。遠距離戦を主体とするので奇襲で包囲されてしまえば戦いが不利になってしまう。

「それで食料の調達が難しくなってしまったんです。木の実で飢えない程度にやり過ごしたのはいいものの、空腹の状態ではモンスターが徘徊(はいかい)する森を抜けるのは自殺行為。なんとかランポス達がいない時を狙って少しずつ移動していた所に……あなたの悲鳴が聞こえたので急行したんです」

 そして、空腹な状態でドスランポスに食われそうになっていた自分を助けてくれた、という訳らしい。

「そっか、ごめんね。そんなフラフラな状態だったのに無理させちゃって」

「いえ、結果的にこうして食事をさせてもらいましたので、私にとっても良かったです」

「そう言ってもらえると助かるよ。本当にありがとう」

「お礼を言われるような事じゃありませんよ。誰かが助けを求めれば手を差し伸べる。人として当然の事をしたまでです」

「でも僕は命を救ってもらったし」

「それはこちらも同じです。ある意味私もあなたに救われなかったら餓死という屈辱的な死を受け入れるしかなかったのですから」

 そう言って恥ずかしそうに頬を赤く染めて苦笑いする少女に、クリュウも「確かにそうかもね」とおかしそうに笑った。

「ですので、これでお互い様です」

「まあ、君がそう言うなら僕は一向に構わないけど」

「なら、これでおしまいです」

 そう言うと少女は優しく微笑んだ。その笑顔は本当にかわいらしく、まるで天使のような慈愛を含んだ優しげな笑顔だ。

「これも何かの縁です――私はフィーリア・レヴェリと言います。見ての通りライトボウガン使いのハンターです」

 そう言って少女――フィーリアは礼儀正しくペコリと頭を下げた。そんなフィーリアの自己紹介にクリュウも名乗る。

「僕はクリュウ・ルナリーフ。見ての通り片手剣を使う初心者ハンターだよ」

「クリュウ様と言うのですか。いい名前ですね」

「あ、ありがとう」

 今まで名前をほめられるという経験がなかったので、クリュウは少し照れながらも嬉しそうに微笑んだ。

「クリュウ様はどこかの村か街に属されているのですか?」

「うん。イージス村っていう小さな村なんだけど」

「イージス村、ですか?」

 フィーリアの何か気になったような口調にクリュウは首を傾げる。

「フィーリア、知ってるの?」

「はい、一応は。この地域の中継点になっている村だそうですが」

「うん。小さな村だけど、周辺の村に比べれば大きな村だからね。と言ってもドンドルマ周辺の村なんかよりはずっと小さいけど」

 それは謙遜ではない。本当にイージス村は小さいのだ。辺境にあるのが最も大きな理由で、村民の数はこの前やっと一〇〇人を超えたとかで村長が泣きながら大喜びをしていたほどだ。

「そうですか……イージス村……」

「どうしたの?」

 彼女の言葉に首を傾げながら問うと、フィーリアは伏せていた顔を上げてクリュウをじっと見詰める。

「……実は、私はそのイージス村に行こうと思っていたんです」

「え、そうなの?」

「はい。この周辺で狩りを行う為に一度この辺一帯の拠点であるイージス村に行こうと思っていた所でした」

 フィーリアのようにこの地域に来た者は一度イージス村に立ち寄る事が多い。それはハンターはもちろん商人や一般人も同じだ。

 イージス村はその立地条件の良さからモンスターに襲われる事がないのでこの地域一帯では商人の出入りが最も多い上に地域の中心地にあるので重要な中継点になっている。なのでこの辺一帯で商売や狩りする場合はイージス村に一時的に拠点を置くか用意を整えてから周辺に散るかする為に一度はイージス村に訪れるのだ。

 フィーリアの言葉を聞いたクリュウはいい事を思いつき、屈託のない笑みを浮かべると彼女にそっと手を伸ばした。

「だったらさ、一緒に行こうよ。イージス村まで」

「え?」

 クリュウの発言にフィーリアは目を丸くして驚く。そんな彼女にクリュウは優しげに笑みを浮かべながら話し掛ける。

「だってさ、一応この辺の地理は僕の方が詳しいし、僕も依頼を一応完遂はさせたから村に戻るし。だったら一緒に行動した方がいいじゃん」

「確かに、一理ありますね」

 フィーリアは納得したように小さくうなずく。だが、そんな彼女のあまり乗り気ではないような反応にクリュウは慌てて言葉を付け足す。

「あ、でも無理にとは言わないよ! もし嫌だって言うなら僕はこれ以上言わないから。そ、それにこんな素性も知れないような僕と一緒ってのは警戒するよね。ごめん」

 どんどんマイナスの方向に考えていくクリュウにフィーリアは慌てて否定する。

「あ、いえ、そんな嫌だという事はありません。ただ、ご迷惑なのではないかと」

「そんな事ないよ。むしろまだ訊いてみたい事もあるし」

「そ、そうですか? じゃあ、ご一緒させてもらってもよろしいでしょうか?」

「え? じゃ、じゃあ……」

 目を大きく見開いてぱぁっと笑顔を花咲かせるクリュウ。そんな彼にフィーリアは優しく天使のような笑みを浮かべる。

「はい。イージス村までのご案内、どうかよろしくお願いします」

「う、うん。任せてよッ!」

 クリュウは笑顔でうなずくとすぐに肉焼きセットを片付け、一度|拠点(ベースキャンプ)に寄って荷物を整えるとフィーリアと一緒に村に向かって歩き出した。

 村から受けた依頼はランポスの討伐だったが、乱戦になったので予定よりも多く狩る事ができた。だが乱戦だったが故に剥ぎ取っている暇がなかったので素材はゼロだ。

 師匠から狩ったモンスターは敬意を払って無駄なく剥ぎ取れと言われてきたので、それだけが心を痛めたが、命が助かったという安堵がそれを和らげていた。

 深い深い密林はそんな二人を気にした様子もなく、今日もまたいつもと変わらぬ大自然の一日を過ごすのだった。


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