モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第104話 逆境撃破 策士クリュウの秘策

 篠突(しのつ)く雨が降り注ぐセレス密林。夜の空はその雨雲によって月明かりすらも遮られて暗い。激しく地面に叩きつけられる雨はまるで全ての音や生命の息吹すらも洗い流すかのよう。

 そんな暗闇に支配された密林を舞台に、一つの戦いが新たな展開を迎えようとしていた。

 ゲリョス相手に態勢を立て直そうとした途端に現れたゲリョス亜種。まだこちらには気づいていないが、すぐに気づかれるだろう。一方のゲリョスもまた仲間の到着に気づいていないのか、こちらを睨みつけたままだ。

 まだ亜種には気づかれてはいないとはいえ、状況は限りなく絶望状態だ。

 二頭のゲリョスは偶然にも連携するかのように左右に分かれており、どちらも別エリアへの道を塞ぐように立っている。

 追い込まれた二人だったが、さらに二人の背後にはゲリョスの全力反撃を受けたクリュウが膝を折っていた。意識はあるようで何とか身を起こす事はできたが、ガードした際の衝撃で左腕を痛めたらしく、右腕で痛む場所を押さえながら苦悶の表情を浮かべていた。

 そんなクリュウの姿を一瞥し、フィーリアもまたこの状況に表情が険しくなる。

 相手は下級クラスの飛竜(正確には鳥竜種だが)。だからといって彼らの攻撃をまともに喰らえばこのリオハート装備であろうと砕け、大怪我を負う事になる。狩りとは、どれだけ武具が優れていても常に死と隣り合わせなのには変わりない。

 そんな者を相手にしているというのに、現在の状況は極めてマズイ。相手はゲリョスとゲリョス亜種の二頭。通常体の方はかなりのダメージを与えたが、それでもまだ脅威に違いない。ゲリョス亜種に至ってはまだペイント弾一発すらも与えていないのだ。

 一方のこちらはハンターが三人。うち剣士が二人でガンナーが一人という三人編成では最もポピュラーな編成だ。しかし片手剣使いのクリュウは詳しくはわからないが怪我を負っている。双剣使いのツバメは怪我こそないものの、連続した鬼人化の影響か幾分か疲労が見える。ガンナーであり幾多の場数を踏んで来たフィーリアはほぼノーダメージだし剣士のように激しく動き回っている訳ではないので体力的には余裕であったが、如何せんこの状況ではその程度何のアドバンテージにもならない。

 絶体絶命の危機。

 フィーリアはパーティーの中で最もハンターランクが上であり、唯一の上位ハンターとしてせめて二人だけでも助けようと単身で突っ込む覚悟を決めた。

 火炎弾は亜種用にまだ残っているし、鉄甲榴弾はLV2がある。仲間がいないなら、散弾LV1を使うのも手だ。

 一瞬にして頭の中で様々な考えを駆け巡らせる。だが、そのどれもが危険だし失敗する確率の方が大きい。幾多の戦局を潜り抜けて来たからこそのフィーリアの弱点の一つ、頭で考え過ぎて結論を出してしまう癖。それが今は限りなく自分の足を引っ張っていた。

 だが、もう考えている暇はない。

 ツバメの前に出でて、フィーリアは玉砕覚悟の突撃を仕掛ける――その時、突然背後で物音がした。驚いて振り返ると、そこにはさっきまで苦痛で膝を負っていたクリュウの姿はなかった。

 辺りを見回すと、何とクリュウは単身でゲリョス亜種に突っ込んで行くではないか!

「く、クリュウ様ッ!?」

「何を考えておるんじゃッ! 危険じゃ戻って来いッ!」

 焦る二人だが、動けなかった。すぐ目の前にはゲリョスがいる。こちらが少しでも背を向ければ途端に襲い掛かって来るだろう。

 フィーリアは今すぐに駆け出してクリュウを止めたかった。でも、今ここで自分が動けば自分だけではなくツバメにも危険が及んでしまう。それはあってはならない事だ。

「クリュウ様ッ! 戻って来てくださいッ!」

 自分にできる事は、こうして必死に彼を呼び止める事だけ。だが、彼は自分の声など全く聞かずにゲリョス亜種に突っ込んで行く。

 背後から二人の声を聞きながらも、クリュウは止まる事なく突撃を続ける。ゲリョス亜種との距離は貫通弾なら届く距離にまで近づいている。まだ相手は自分とは反対側を向いているので気づかれてはいない。これは、時間との戦いだ。

 さらに距離を縮めた時、ゲリョス亜種がこちらに振り向こうとした。その寸前で、クリュウは素早く道具袋(ポーチ)から何かを取り出し、ゲリョス亜種の方へ投擲。そのまま伏せるように地面に転がった。

 放物線を描いて飛んだそれはゲリョス亜種の足元で弾け、辺りに茶色い煙を噴き出し始める。しかも、その煙は異常に臭い。まるでババコンガの屁攻撃のような臭さが、エリアの一角を支配する。

 茶色の臭い煙に囲まれたゲリョス亜種は驚いたように声を上げると、逃げるように翼を羽ばたかせて空へと飛んだ。そしてそのまま水平飛行に移り、別のエリアへと逃げていく。

 まだ異臭の中に倒れているクリュウはそれを見上げると、ほっとしたように笑顔を浮かべた。

 遠くからこの光景を見詰めていたフィーリアはクリュウの行動に驚いていた。

 あれはこやし玉と呼ばれる素材玉にモンスターのフンを練り込んだ道具で、投擲すると素材玉の中で発酵してさらに臭さを増した異臭が茶色の煙となって噴き出すもの。飛竜に気づかれていない場合で使用すれば、その飛竜をエリア外へ強制退去させる特殊道具だ。

 気づかれれば逆に自らの視界を塞ぐ諸刃の剣。クリュウはそれを見事に成功させ、ゲリョス亜種をこのエリアから遠ざけた。彼の仰天行動に驚くと共に、彼に感謝する。

 状況は決して良くなった訳ではないが最悪の事態は免れた。クリュウは今までのような攻撃はできないだろうが、ダメージを与えたゲリョスが残った。これならば、何とかなる。

 このやり取りの間にゲリョスは怒り状態が解けたようだ。そして今まで睨み合いが続いていたが、突然ゲリョスの方が動いた。

「グワァッ!」

 首をもたげ、投擲するように毒液を吐いて来る。フィーリアとツバメは左右にこれを回避。しかしゲリョスはしつこく、最も厄介な相手と判断したツバメに向かって連続で毒液を吐き続ける。

「くぬぅ……ッ!」

 ツバメは何度も地面を転がってこれを回避するが、ついにツバメのすぐ横で毒液が破裂。気化した毒を吸ってしまった。途端に体全体に倦怠感と鈍痛が走る。頭もズキズキと痛み、顔色は一瞬で真っ青になった。吐き気がし、普通に呼吸するのも辛い。ツバメはあまりの苦しさに膝を折った。

 フィーリアは急いで解毒薬を飲もうとするが、ゲリョスはそれを待たずしてツバメに襲い掛かろうとする。が、その寸前で戻って来たクリュウがゲリョスの尻尾に向かってバーンエッジを叩き込んだ。筋肉の塊であるが故に様々な神経が集中している尻尾に突然の炎撃。ゲリョスは驚いて一瞬動きを止めた。その一瞬が、ツバメを救った。

 フィーリアが飲んだ解毒薬が広域化によってツバメを解毒。体が元に戻ったツバメは急いで再び転がってゲリョスの正面から外れた。そのすぐ後、ゲリョスがジャンプして襲い掛かる。だがすでにその着地地点にはツバメはいない。

「助かったッ! 礼を言うぞッ!」

 ツバメは二人に感謝し、お礼とばかりにゲリョスの懐に潜り込んで鬼人化。再び乱舞を始める。

 一方のフィーリアは回復弾LV2を装填し、クリュウに装填可能全弾を撃ち込んだ。これでクリュウの体力はほぼ回復しただろう。

 クリュウはフィーリアに礼を言うと、ツバメを追うように再びゲリョスの尻尾にバーンエッジを叩き込んだ。ゲリョスの切断での弱点部位は尻尾。さらに武器は同じくゲリョスが苦手な火属性。知識をフルに使って、厄介なトサカを壊した今クリュウは尻尾を集中的に狙う。

 尻尾を執拗に狙うクリュウを追い払おうとゲリョスは再びムチのように尻尾を振り回すが、クリュウはこれらの攻撃を地面に転がって回避する。頭のスレスレを尻尾が通過する恐怖はかなりのものだが気にしてなどいられない。ゲリョスの尻尾攻撃はしつこいのだ。

 執拗に襲う尻尾攻撃をクリュウは何とか回避するが、最後の一撃だけは回避できずにガード。だがさっきのガードで痛めていた左腕は簡単に弾かれ、完全にはガードできず後ろに吹き飛ばされた。

 だがそれでもクリュウはすぐに立ち上がると再びゲリョスの尻尾を狙ってバーンエッジを振るう。

 一方のツバメもまたゲリョスの脚に向かって連続して剣を振るっていた。幾多の連撃で切れ味は若干落ちているが鬼人化している時にはそんな事関係ない。弾かれる力よりも筋肉の出す力の方が上回っているからだ。

 さらに少し距離を置いた所からはフィーリアが通常弾LV2の速射で支援攻撃を行い、ゲリョスを完全に翻弄していた。

 三人の圧倒的な攻撃の連打に、再びゲリョスは怒り状態に入った。それを確認すると三人は一度ゲリョスから距離を置く。ゲリョスはそんなクリュウ達に向かって連続して毒液を吐き続け、辺りには異臭が漂う。

 クリュウとツバメはゲリョスの攻撃を避けながらだが着実に攻撃をヒットさせ、フィーリアもまた連続して通常弾LV2でゲリョスを狙う。それらの攻撃に対しゲリョスはまたしても狂ったように毒液を吐きながらエリア全体を使って逃げ回る。だが、すでにクリュウはその動きを読んでいた。ゲリョスのパニック状態での狂走は一定の法則がある。つまり、決まったルートを走るのだ。

 クリュウは走り回るゲリョスの動きを見て素早く荷車から落とし穴を取り出すと、ルートの中央に設置。そのクリュウの行動を見て二人もすぐさま落とし穴近辺に集まる。

 そして周りが見えていないのか、ゲリョスは真っ直ぐに落とし穴に直進。見事にそのまま落下した。

「ギャオオォッ!?」

 突然動きを封じられ、ゲリョスはさらに怒り狂う。必死になって脱出しようとするが、もちろん一定時間は決して抜け出す事はできない。

 クリュウとツバメは詰めとばかりに一斉に襲い掛かる。スタミナの限界に達しつつあるツバメだったが、気合と根性で必死に乱舞。クリュウもバーンエッジを必死に振るってゲリョスの腹を斬りまくる。フィーリアもまた通常弾LV2の速射でゲリョスを撃ち続ける。

 落とし穴の拘束時間いっぱいまで攻撃を続けるクリュウ達。しかしついに落とし穴が壊れてゲリョスが羽ばたいて浮かび上がった。怒り状態が解けたのか、目の周りの赤みは消えた。だがその直後、乱舞中だったツバメが最後の一撃をとゲリョスの顔面に向かって二本のサイクロンを叩き込んだ。この一撃にゲリョスは悲鳴を上げて落下して転倒。そのまま動かなくなった。

 辺りには再び静けさが戻る。だが、先程の失敗もあってかクリュウ達は警戒を怠らない。クリュウはフィーリアの方を向く。その視線に対しフィーリアはこくりとうなずくと、散弾LV1を装填。連続して倒れたゲリョスに向かって撃ち放った。

 一撃、二撃入れてもゲリョスは動かない。だが三撃目を入れた途端再びゲリョスは激しく体を動かして起き上がった。その瞬間を狙って、クリュウは突撃。ゲリョスの顔面に向かってバーンエッジを叩き込んだ。

「グギョォッ!?」

 この一撃でゲリョスは再び怒り出した。一撃を入れて怒り出す、これは奴が弱っている証拠だ。

 クリュウの考えは見事に当たっていた。怒り状態になったゲリョスだが、今度はそのまま翼を羽ばたかせて逃げ出す。フィーリアが撃ち落とそうと必死に散弾LV1を乱射するが、ゲリョスはついに射程外まで脱出して別のエリアへ逃げていった。

 ペイント弾の匂いは、どうやら洞窟の方から漂って来る。おそらく体力回復の為に巣で眠るつもりなのだろう。だが、それこそクリュウ達の思う壺だ。

 とりあえず戦闘終了だ。ツバメは鬼人化を解くと座り込んでしまった。雨に打たれる肩は大きく上下に動いている。クリュウもまた疲れたように地面に腰掛けると、ずっと被っていたレウスヘルムを脱いだ。雨と汗に濡れた若葉色のサラサラとした髪がようやく解放される。バイザーに隠れていたクリッとした翡翠色の瞳には少なからず疲労の色が見える。

 そんなクリュウに、フィーリアがそっと近づく。

「クリュウ様、お怪我はありませんか?」

「……ちょっと左腕を痛めたかな。でも薬草を塗っておけば大丈夫だよ」

「でしたら、雨曝しのままではいけません。洞窟の中へ行きましょう」

 フィーリアの提案で、クリュウ達は一度近くの入口から洞窟の中に入った。ここをさらに奥へ行けばゲリョスが眠る巣に行く事ができる。

 狩場に来てからずっと雨を浴び続けていた三人はようやく雨から解放され、それぞれ髪についた水を振り払う。防具の下のインナーはもうビショビショで正直かなり気持悪いが、どうせまたゲリョス亜種討伐の為に雨の中に行かなくてはならないのだから乾かす必要もない。

 洞窟の中で少し休憩する事にした三人はそれぞれ携帯食料で簡単に腹を満たし、今はフィーリアがクリュウの左腕にすり潰した薬草を塗っている所だ。

「しかし、先程のお主の行動には驚いたぞ」

「え? 何が?」

「こやし玉じゃよ。よくあんなものを持っておったな」

「そうですね。いつもはあんな物持ち込んでいませんが」

「二頭同時討伐となると、一度に二頭現れる事もあるって事でしょ? でも同時に相手なんてできないからさ、気づかれないうちにもう一体には別のエリアに行ってほしくてね。道具箱の中にもしもの時に備えて用意していたこやし玉を持って来てたんだよ。いやぁ、成功して良かったぁ。気づかれたらこやし玉はアウトだからね」

 クリュウは笑っているが、二人はそんなクリュウの考えに正直かなり驚いていた。こやし玉は確かにエリア外にモンスターを退去させる手段に使われるが、メジャーな道具ではない。何せ原料にモンスターのフンを使うので使用には抵抗があるし、しかもこの道具はけむり玉同様に相手に気づかれていない場合のみでしか効力を持たない。それだけの距離に近づく間に気づかれる事が多いので、普通のハンターはあまり使わない道具だ。フィーリア自身、フンという事もあって抵抗があるから使った事はないし、正直その存在すら忘れていた。

 だがクリュウはそのマイナーな道具を使って見事にゲリョス亜種を追い払う事に成功した。彼の柔軟な発想と閃きにはいつも驚かされる。自分のように、柔軟さが次第に失われつつある熟練ハンターにはできないかけだしだからこその荒業だ。

「すごいのぉ。ワシはこやし玉なんて使った事ないから思いつきもせんかった」

「僕だって使うのはこれが初めてだよ。でもほら、一応学校で習ってたからさ。あの頃に必死に試験勉強で覚えた内容って、意外と覚えてるもんだね」

「……意外とって、忘れたらいかんじゃろ」

「あはは、それもそっか」

 拠点(ベースキャンプ)を出て以来、三人の顔に笑顔が浮かんだ。だがいつまでも休憩していられない。こうしている間にもゲリョスは体力を回復しているのだから。

「フィーリア、爆弾は使える?」

「はい。大タル爆弾G二発と小タル爆弾一発、いつでも行けます」

 今回の狩りにはいつもの半分程度しか爆弾を持ち込めなかった。クリュウの戦い方は爆弾重視であるが爆弾はコストが高い。買うとなると下手すれば赤字になる事もあり、クリュウはリーフ農場で栽培した火薬草とニトロダケで爆薬を調合し、さらに大タルだけリリアの店で買い、これと調合して大タル爆弾を調合。さらに同じくリーフ農場近くの川でカクサンデメキンを釣り上げて大タル爆弾と調合し、ようやく大タル爆弾Gを製造。なるべく自給自足で製造していたのだが、現在イージス村は冬という事もあって素材が底を尽き始め、すぐに用意できたのはこの二発が限界だったのだ。

 だが、何はともあれようやく爆弾を使う事ができるのだ。クリュウの顔にも自然と笑みが浮かぶ。

「やっと爆弾が使えるよ。やっぱり飛竜戦の醍醐味はこの破壊力抜群の一撃にあるよね」

「……お主、以前にも増して爆弾至上主義に磨きが掛かっておらんか?」

 ツバメのさりげないツッコミをスルーするクリュウ。だがフィーリアは「今ここで使うのも手ですが、まだ亜種の方が無傷で残っています。そちらに残されてはいかがでしょう?」とより強敵になるであろう亜種に対して切り札を残しておいた方がいいと提案。しかし、クリュウは首を横に振る。

「ゲリョス亜種が確実に洞窟に入るか確証がない今、確実に当てるのならば今をおいて他にはないでしょ」

「……そうですね。手早く通常体を倒してから亜種の方へ向かいましょう」

 クリュウの意見に、フィーリアも納得したように賛同する。ツバメは普段爆弾など危なっかしくて使わないので、この辺の判断は二人に任せていた。

 三人は再び用意を整えると、一路巣を目指して洞窟を進み始めた。途中には大雷光虫が飛んでいたが、三人は無視して目的地を目指す。狭い道を行った先にある天井に大きな穴の開いた巨大な洞窟の広間。ここが飛竜の巣であり、以前イャンクックもここで討伐した最終決戦場とも言うべき場所だ。そして、その広間の中心にゲリョスが眠っていた。

 三人は小声でそれぞれの役目を確認すると、すぐさま行動に移る。

 クリュウとツバメが大タル爆弾Gをそれぞれ一発ずつ持ってゲリョスにそっと近づき、その懐に設置。そしてすぐさま離脱を図る。そして、爆発圏外でハートヴァルキリー改を構えたフィーリアが通常弾LV3を爆弾に向かって撃ち放った。

 吸い込まれるようにして弾丸は爆弾に命中。そして、大爆発した。辺りに吹き荒れる爆風と爆音、洞窟が倒壊するのではないかと思うような衝撃にクリュウ達は耳を押さえて地面に伏せている。

 爆音の中、ゲリョスの悲鳴が聞こえたような気がするがそれどころではない。

 やがて辺りに漂っている土煙や煙が消えると、そこにはゲリョスが横倒しになって倒れていた。三人は武器を構えたまま警戒し続けるが、ゲリョスは起き上がる気配はない。だが念の為フィーリアが通常弾LV2の速射でゲリョスを狙い撃つが、それでもゲリョスは起き上がらない。それを見て、フィーリアはほっと胸を撫で下ろした。

「どうやら、今度こそ死んだようですね」

「……ほんと?」

「大丈夫ですよ。さすがにあれだけの攻撃の末に大タル爆弾G二発。ゲリョスには致命傷ですから」

 まだ疑っているクリュウにフィーリアは苦笑しながら自ら前に進んでゲリョスに近づこうとする。だがクリュウはそれを制すると自ら先頭に立ってゲリョスに近づく。死にマネ後の反撃を受けた身なので正直かなり怯えているが、ゲリョスの瞳を覗き込み、顔を何度かパシパシ叩いた後、ようやく死んだと確信したのかほっと胸を撫で下ろした。

「心臓に悪いねゲリョスって……」

「まぁ、お気持はわかりますが」

 そんな二人から少し離れた場所ではまだ爆弾の衝撃から立ち直れていないツバメがフラフラしていた。

「ツバメ、大丈夫なの?」

「……お主ら、この衝撃を受けてなぜ平気な顔をしておる?」

「え? 別に普通の事だけど」

「どんだけ爆弾を多用しておるのじゃッ!? あれか、「狩りは爆発だぁッ!」とでも言うのかッ!?」

 まぁ、これは当然の反応だろう。下手すればあの爆発で洞窟が崩れ生き埋めになっていたかもしれないのだ。飛竜に殺される覚悟は想定していても、仲間の攻撃で殺されるという展開は全く想定していないのだから。

「ツバメ様、郷に入れば郷に従えですよ」

「……ワシ、いつか仲間の攻撃で爆死するかもしれんぞ」

「大丈夫だって。それにほら、爆弾を使うとなんかスッキリしない?」

「するかぁッ!」

 そんなやり取りをしつつ、とりあえずクリュウ達はゲリョスの剥ぎ取りに掛かった。もちろん、その前にはしっかりとゲリョスの冥福を祈る。

 ゴム質の皮という奇妙な素材の剥ぎ取りは結構苦労した。何せあれだけの攻撃に耐えただけあってなかなか切れないのだ。しかし、何とか時間は掛かったが剥ぎ取りを終え、それぞれの素材を荷車に載せる。

 剥ぎ取りを終えた三人は荷車に集まると、まだ一撃すらも与えていないゲリョス亜種の対策を話し合う事となった。

「残るはゲリョス亜種。弱点属性は同じですし肉質にも変化はありません。ただ若干動きが素早く、怒り状態の場合は攻撃力と俊敏性の割合も上がります。まぁ、簡単に言えばゲリョスの強化型とも言うべきものです。その点さえ注意すればゲリョスの時の立ち回りと何ら変更はありません」

 フィーリアの説明に、ツバメは腕を組んで唸る。

「うむぅ、ゲリョス相手にあれだけの苦戦を強いられたのじゃ。亜種相手、それも連続戦闘となるとちとキツイのぉ」

「ですが、討伐しなければ村の安全は保障できません。一刻も早く討伐しなければ」

「それはわかっておるが、奴には閃光玉もシビレ罠も効かん。そのおかげで先程は苦戦したしのぉ」

「麻痺弾を撃てればいいのですが、残念ながらこのハートヴァルキリー改は麻痺弾を撃てません。睡眠弾は撃てますが、爆弾がないのではあまり意味はないでしょう」

「え? フィーリアって睡眠弾なんて持って来てたっけ?」

「あ、いえ。正確には睡眠弾LV1の調合用にネムリ草を持って来ているんです。リリアちゃんの店、ちょうど睡眠弾LV1の在庫がなかったらしく、仕方なくネムリ草だけ調達し、カラの実はこの狩場ならどこでも採れるので現地調合して使おうかと」

 フィーリアの返答に対し、クリュウは何かを考え始めた。今、彼の頭の中では様々な事が考えられている。この逆境を打ち破る秘策、そんなものがあるだろうか。いや、きっとある。それを信じて、クリュウはひたすら考える。

 突然黙って考え込み始めたクリュウに、フィーリアとツバメは何事かと思いながらも邪魔しないように黙る。

 しばらくして、クリュウはフゥとため息を吐いた。そして顔を上げると、そこには笑顔があった。

「フィーリア、そのネムリ草ちょっと使いたいんだけど、いいかな?」

「え? 別に構いませんが……」

「何じゃ? 何か名案でも思い付いたのか?」

「そ、そうなんですかクリュウ様?」

 二人のどこか期待するような眼差しに対し、クリュウは「まぁね」と笑みを浮かべながら答えた。そんなクリュウの言葉に、二人にも笑みが浮かぶ。それを見て、クリュウは自信満々に言った。

「これでもドンドルマのハンター養成学校では上位成績優秀者に入った事もあるんだ。基礎知識だけなら自信がある。まぁ、任せておいてよ」

 

 クリュウに連れられて、一行がまず向かったのは海岸であった。

 雨で幾分か増水しているが、海の大量の水の前では例え豪雨であってもたかが雨。膨大な水量に比べれば微々たるものでしかない。

 クリュウは砂浜に向かうと、そこで何かを採取し始めた。きれいな貝殻や黒真珠が取れる場所である。だが、クリュウが欲しがっているものはそのどちらでもない。彼が手にしたのは、数個の石ころであった。

「クリュウ様? そんな石ころどうするつもりですか?」

「投げて使うとでも言うのか?」

「まあまあ、お楽しみは後にね。じゃあ次に行くよ!」

 なぜか意気揚々としているクリュウに続き、一行は再び移動を始めた。

 

 次にやって来たのは細い木々が密集する広場。ここは崖に面しており、大きな岩が多くその陰にはキノコが数多く自生している場所だ。同時に、アプトノスやモスのエサ場でもある。だが、今回はアプトノスもモスもゲリョスを恐れてかいないが。

 クリュウはここでキノコが群生している場所で採取を始める。特産キノコやアオキノコを無視し、彼が手に入れたのは黄色いキノコ、マヒダケだ。

「マヒダケ、ですか?」

「さっきから一体何を採取しておるんじゃお主は?」

「いいからいいから、次行ってみよう!」

 再びクリュウ達は別のエリアへと移動した。

 

 続いてのエリアは今度は日当たりがいい場所であり、野草が多く生える場所。クリュウはエリア中を駆け回って目的の素材、ネンチャク草とツタの葉を手に入れた。

「良し。これで全部かな」

「この素材を使って一体何をするつもりですか?」

「というか、どこに何があるか完全に覚えておるのじゃな」

「まぁ、この狩場はいつも来てるからね。じゃあ一度|拠点(ベースキャンプ)に戻るよ」

 クリュウはそう言うと自ら荷車を引いて拠点(ベースキャンプ)へと向かう。そんな彼の背中を、首を傾げながら二人は追いかける。

 一体、彼の頭の中ではどんな秘策があるのだろうか。

 

 拠点(ベースキャンプ)に戻った一行はそこで夕食を食べる事とした。これからまた戦いになるのだ、今のうちに腹ごしらえしておいた方がいい。

 料理の担当はフィーリアとなり、ツバメはこんがり肉の準備に掛かる。

 一方、クリュウはというと一人黙々と作業をしていた。すり鉢を用意し、様々な素材を粉状にしたりドロドロにさせたりして調合を行っている。その横には彼が採取したものやフィーリアから貰ったネムリ草、そしてツバメからもらった生肉が置かれている。

 黙々と作業をしているクリュウを見て、ツバメは首を傾げる。

「じゃが、クリュウは一体何をしようとしておるのかのぉ」

「さぁ、私にはわかりません。でも、クリュウ様の秘策なら必ず私達が優位になれるものなのでしょう」

「そうじゃのぉ」

 一人だけ背を向けて記憶を頼りに次々に調合していくクリュウ。時々ミスって燃えないゴミが生まれてしまってはいるが、余分に素材を採取していたので構わずにどんどん調合していく。

 しばらくして、フィーリア達の準備は終わった。床には動物の皮でできたシートを置き、その上には様々な料理が並んでいる。雨で濡れて冷えた体を温める為、ピリ辛料理が多い。

 ツバメはトウガラシの粉を少し振り掛けたモス汁を飲んでパァっと笑顔を華やかた。

「おぉ、これは美味じゃ」

「お口に合ったようで良かったです」

「お主、いい嫁になれるぞ」

「えへへ」

 ツバメに誉められフィーリアは嬉しそうに微笑むと、まだ作業をしているクリュウの方へ向く。

「クリュウ様、一度中断して夕食を食べてください」

「そうじゃぞ。せっかくの飯が冷めてしまうではないか」

 そんな二人の言葉に対し、クリュウは無言。集中している証拠ではあるが、ここは一度切り上げてもらわないと困る。

「仕方ないのぉ」

 そう言ってツバメは立ち上がると、クリュウへと近づく。その気配にも気づいていないのか、クリュウは黙々と調合を続けている。

「ほれクリュウ。調合はそこまでにして飯を――」

「できたぁッ!」

「ぬおぉッ!?」

 今まで黙っていたのに突然大声を上げたクリュウに驚くツバメ。そんな事気にせず、クリュウは満面の笑みを浮かべながら振り返ると、黙々と調合していた品々を二人に見せる。

「やっとできたぁ。結構ゴミになったのもあるけど、必要最低限の分は確保できたよ」

 そう言ってクリュウは調合した品々を愛おしげに見詰める。完成した道具は全部で三種類、捕獲用麻酔玉二発、けむり玉一発、シビレ生肉一個だ。

 石ころとネンチャク草で素材玉。ネムリ草とマヒダケで捕獲用麻酔薬。素材玉と捕獲用麻酔薬で捕獲用麻酔玉。素材玉とツタの葉でけむり玉。マヒダケと生肉でシビレ生肉。生肉とネムリ草以外は現地調達した素材、そして現地調合でこれらの道具を見事に作り上げたのだ。

「クリュウ様、これ全部お一人で作られたのですか?」

「うん。基礎的な調合方法は覚えてるからね。まぁ、でもちょっと失敗してゴミも結構できたけど」

 そう言ってクリュウは苦笑を浮かべた。だが、調合というのは熟練のハンターであっても失敗するほど難しいのだ。比率を少しでも間違えればゴミになる。だからこそ調合を重視するハンターは例えG級ハンターであっても調合書を狩場に持ち込むのだ。

「捕獲用麻酔玉という事は、奴を捕獲するのか?」

「そう。討伐するには時間も労力も掛かるからね、連続狩猟や同時狩猟なら一体くらい捕獲した方が効率もいい」

「なるほどのぉ。しかし、このけむり玉とシビレ生肉は何じゃ?」

「これは最初の奇襲に使うんだ。まずけむり玉でゲリョスの視界を封じ、その上で奴の近くにシビレ生肉を設置。気づかれなければこれを食べる可能性は十分にある。そして、シビレ生肉を食べて麻痺した所で最初の先制攻撃を仕掛ける。ただ遭遇するよりこっちの方が最初に大ダメージを与えられるでしょ?」

「なるほど。一回のみですが、閃光玉の代わりという事ですね」

「そういう事。本当はこういう時にこそ爆弾を使いたいんだけど、爆弾はもうないしあってもこの天気じゃ使えないしね」

「……とりあえず爆弾が最優先事項なのじゃな、お主は」

「すでにゲリョス通常種は討伐済み。通常種の時は亜種を警戒しての戦いだったけど、今回はその心配もない。今度こそ自分達のペースで慎重に、そして確実にやろう」

「はいッ!」

「そうじゃな」

「……まぁ、とりあえず腹ごしらえが先だね」

 そう言ってクリュウは苦笑しながら食卓に加わる。狩場にいる間は常に神経を尖らせておかないといけない。例え拠点(ベースキャンプ)であっても絶対に安全とは言い切れない。拠点(ベースキャンプ)をリオレウスに焼き尽くされた事例だってない訳ではないのだから。

 だが、今こうしてみんなで食事を囲む間はどうしても気が緩んでしまう。気心触れ合える仲間との楽しい会話を交えながらの食事は、疲弊した精神力を満たしてくれる貴重な時間だ。

「しかし、本当にうまいのぉ。クリュウはいつもこんな美味なるものを食べておるのか?」

「別にいつもって訳じゃないけど」

「じゃが比較的こうなのであろう? うらやましいのぉ」

「ほんと、フィーリアにはいつも感謝してるよ」

「そ、そんなぁ」

 クリュウにお礼を言われ、フィーリアは頬を赤らめて嬉しそうに微笑む。そんなフィーリアを見てツバメは小さく苦笑するとモス汁を静かにすすった。

 この時間だけは、クリュウ達もハンターという職業を忘れて歳相応の少年少女でいられる貴重な時間であった。

 

 食事を終えた三人は、ゲリョス亜種との戦闘に備えて準備を整え始めた。爆弾は使ってしまったので荷車の必要はない。クリュウとツバメは砥石を使ってそれぞれの武器の切れ味を正し、フィーリアも残弾を確認。まだ火炎弾は半分ほど残っているし、その他の弾丸もまだ十分に残っている。

 クリュウは先程自分で調合した道具を道具袋(ポーチ)に入れて準備完了。ツバメもしっかりと切れ味を戻し、フィーリアも準備を整え終わった。

 雨はまだ降り続き、時刻は深夜。真っ黒な雲で見えないが、その空の向こうにはきっと無数の星々が煌いている事だろう。そして、その雨降り注ぐ密林にはまだ一撃も与えていない無傷のゲリョス亜種が潜んでいる。

 クリュウは手に持っていたレウスヘルムをしっかりと被り、バイザーを下げる。その奥にある瞳はすでに真剣。

「それじゃ、行こうか」

 その声を合図に、三人は拠点(ベースキャンプ)から出発した。

 今、クリュウ達の最後の戦いが始まろうとしていた。


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