モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第98話 卒業試験 第77小隊最後の戦い

 学園生活なんて、長いようであっという間に過ぎて行ってしまう。

 期待に胸を膨らませて毎日が輝いていた低学年。次第に学校に慣れて来てちょっと調子に乗って教官に怒られる中学年。自らの進むべき道を決め、その夢に向かって努力を重ねる高学年。

 一流のハンターになる。彼らが目指すのは目的は違えど目標はそこにある。

 名誉の為、金の為、自らの本来の夢の土台として。それもまたハンターを目指す理由であり別に間違ってはいない。だが、多くのハンター訓練生は皆純粋に何かを守る為にハンターになろうとしている。特に自らの村や街を守りたいと思う者はその中でも多い。

 夢に向かって生徒達は一生懸命スタートラインを目指す――そう、まだスタートはしていない。卒業してからやっとスタートなのだ。しかも、まずは新米ハンターの登竜門であるイャンクックを討伐するまではジョギング程度の道のりでしかない。本当の意味で過酷で、しかしやりがいを感じられるのはそこからさらに先。それを目指し、日々の訓練や学業を学んで来た。

 そして今期もまたドンドルマハンター訓練養成学校にもこの季節がやって来た。

 ――卒業シーズンが。

 

 肌寒い冬を越え、花々が咲き誇る春。この季節はドンドルマの訓練学校も忙しくなる。

 学期末テストが終了してしばらくした今日この頃、教官達は長く苦しかった採点作業を終えて机に突っ伏している。疲れ果ててはいるが互いの奮闘を称え合う教官達。一人の教官が「今日は飲みに行くぞッ!」と声を掛けると皆疲れなど吹っ飛んだように歓声が上がる。

 一方の生徒達も長く苦しい学期末テストを終えて羽を思う存分伸ばしていた。テストが終了した直後はほとんどの生徒が現在の教官達のような状態になっていたが、時と共に回復したようだ。

 だが、まだ試験は全て終わってはいない。最後の科目、実技試験が残っているのだ。

 これはチームでランダムに指定されるギルドが公認した本物のクエストを行うもので、そこで今までの訓練や知識をフルに発揮してクリアをするというもの。もちろん、訓練生相手にいきなり火竜リオレウスを狩れなんて無謀な事はなく、本当にかけだしハンターが実際に行う程度のものでしかないので、実際はそれほど大変ではない。一部難しいクエストがあり、それに当たらない限りは問題なく、基本的に教科書通りの事をしていれば十分点数を得られる。

 しかしこの試験は通常学年の生徒にとっても進級に大きく影響する上に、卒業を控えた6年生にとっては卒業が懸かった大事なもの。羽は伸ばしているが皆それなりに緊張感を残していた。

 通常学年の生徒からは《最終試験》。6年生からは《卒業試験》と呼ばれる生徒達最後の戦いは、一週間後にまで迫っていた。

 

 試験休みなのに遊ぶ事もせず、クリュウは真面目に勉強していた。机に座って教科書や参考書を広げ、ノートにとにかく書いて覚えまくる。朝には毎朝の日課としている剣の鍛錬も忘れない。全ては一週間後の卒業試験の為だ。

 難問にぶつかり、散々考えた末に頭を抱えてしまったクリュウ。そんな彼の背中を見てものん気なのはシャルルだ。

「兄者ぁ。少しがんばり過ぎじゃないっすか? もっと肩の力を抜いた方がいいっすよ」

「……勉強する気すらも抜けているシャルルには言われたくないよ」

「むぅ……」

 クリュウの言葉にシャルルは頬を膨らませて不機嫌そうに彼を見る。だがクリュウはそんな彼女の視線を無視して再び教科書と睨めっこ。最近、勉強を焦っている為にクリュウは何事においても素っ気無くなっていた。それがシャルルにとっての最大の不満だった。

「シャルと一緒に遊ぼうっすよッ!」

 ついにはそんな事を言い出すシャルルに、さすがのクリュウも呆れたような顔で振り返った。

「あのなぁ、シャルルだって試験に合格しないと進級できなくて留年するんだよ?」

「大丈夫っすよ。今回の学科試験は結構いい点が取れたっすから、あとはシャルの得意な実技のみ。全然問題ないっす!」

 自信満々に言うシャルルに、クリュウは大きなため息を吐いた。

 確かに今期の学期末テストでシャルルはいつも以上にいい点を取った。しかしこれはクリュウやルフィールが自分の勉強時間を削って彼女に勉強を教えた結果だ。もちろん、彼女の努力自体が最大の力ではあるが。

 一方のクリュウは前回よりも順位を上げて今期は8位となった。猛勉強の末の勝利。試験終了後倒れるようにベッドで爆睡したのは必然だった。

 アホなシャルルに構っている時間はないと教科書に再び目を向けるクリュウ。だが目の前にある問題はやはり解けない。何度考えても意味がわからないのだ。問題文の意味がわからなければ、答えなんて出るはずがない。

 そんな感じでクリュウが必死に唸りながら考えていると、机の端にコトッと小さな音を立ててマグカップが置かれた。中には子供の頃からの大好物であるハチミツ入りのミルクが入っていた。

 視線を上げると、そこには小さなトレイを胸に抱いたルフィールが立っていた。

「ルフィール……」

「根を詰め過ぎても何も生まれません。むしろ無駄に体力を消耗するだけです。そんな素人の付け焼刃のような勉強方法ではいくら勉強をしても無意味ですよ」

 容赦なくクリュウの努力をバッサリと叩き斬ったルフィール。その腕には金色の腕章が付けられていた。それは式典などで使われる校内首席を意味する腕章。彼女は何と2期連続で学年首席という偉業を成し遂げたのだ。努力の天才とは彼女の事を示すのだろう。

 ちなみにまたしても惜しくも2位となったクリスティナの腕には校内次席を意味する銀色の腕章が付けられている。

「さ、さすがに本物の校内首席に言われると堪えるね……」

 苦笑するクリュウを無表情で見詰め、ふと教科書に目を向ける。クリュウにとっては難題だった問題も、彼女にとっては十分答えられる問題となる。

「この問題の答えはAです。解き方は――」

 いつもはクリュウの方が彼女を引っ張っていくのだが、勉強となると立場は逆転してしまう。知的に輝く細メガネは決して伊達ではないのだ。

「そっか。そういう意味だったんだ。ありがとうルフィール」

「当然の事をしたまでです」

 そう言ってルフィールは「失礼します」とキッチンへ戻って行った。二人っきりの時ならきっと大喜びして抱きついてくるくらいの行動をしただろうが、一応シャルルがいるのでクールモードで対応したルフィール。きっと今頃はキッチンでデレデレしているに違いない。

「しかし、いよいよ卒業ですか。長かったようで短かったように感じます」

「まだ卒業できるって決まった訳じゃないでしょ」

「それもそうでしたね」

 クリュウのツッコミにいつものようにニコニコと笑っているクード。彼は前期と順位は変わっていない。その笑顔の奥に一体何が潜んでいるかは、校内首席であるルフィールでさえ回答不能だ。というか、永遠の謎だろう――まぁ、この場合の謎は謎のままの方がいいが。

「さすがに校内3位のクードは余裕だね」

「いえいえ、そんな事ありませんよ。残念ながら学科は問題なくても実技となると心配な場所は多々ありますからね」

「そっか、僕は知識がちょっと不安だな。調合系の試験だとちょっとマズイかも」

「調合は覚えるのが多くて困りますね」

「まぁ、調合書の持ち込みは可能だから大丈夫だとは思うけど。不安は尽きないよね」

 卒業試験は実技ではあるが、クエストによっては調合を行わなければならない場合もある。その為、生徒達は皆必須アイテムでもないのに調合書は欠かせない。何せ膨大な量の知識を頭の中に全て入れられる者など現役ハンターでもごくわずか。大多数は今でも調合書を狩場に持ち込むほど、調合というの難しく奥が深い。もちろん、まだ訓練生であるクリュウ達などは持ち込むタイプだ。

「調合書なんてかさ張るだけだと思いますけど」

 そう言ったのはいつに間にか戻って来たルフィール。そんな彼女の発言にクリュウは苦笑した。

「確かにそうだけど、持って行って損はないでしょ。調合書の内容全部を記憶している人なんてそういないし」

「ボクは全部覚えていますけど」

「……ごめん。君が本当に努力に努力を重ねて校内首席になったって事実を忘れてたよ」

 そう、世の中には彼女のように調合書の内容全てを把握した者も少ないながらいるのだ。本当に少ないのだが。

「とにかく」

 そうクリュウは話を区切ると、パタンと開いていた教科書を閉じた。

「この試験にさえ合格すれば、僕はこの学校を卒業してハンターになれる。そしたら、父さんが必死に戦って残してくれた村を、一人になった僕をここまで育ててくれた村にも恩返しができる。やっと、ここまで来たんだ」

 クリュウはそう言うと本当に嬉しそうな笑みを浮かべた。この三年間、彼は人の何倍も努力してきた。一年ごとに一学年を上げる通常進級ではなく、ずっと前期と後期で学年を一つずつ上げて来た。学業では校内8位に。実技でもかなりの好成績を残してきた。全ては辺境にあるのに父が死んで以来専属のハンターがいない故郷の村を守る為。自分をここまで育て、応援してくれた皆を守る為。そして、大好きだったのに突然失われた父の背中に少しでも追いつく為……

 卒業を、本当に楽しみにしているクリュウ。そんな彼を見詰めるルフィールの表情はなぜか暗かった。大好きな彼が自分の夢に向かって一生懸命突き進んでいる。本来なら応援してあげるべきなのだろうとは彼女の卓越した頭脳では十分に理解している――だが、彼が卒業するという事はイコール彼との離別。別れを意味しているのだ。

 もちろん、自分だって卒業すればどこかでまた彼を会えるかもしれない。例えばドンドルマに拠点を置いたなら、きっと彼も出稼ぎかなんかでやって来るだろうからその可能性は高くなる。だが確実に一年間、半年に一回学年を上げたとしても、一年は会えない。

 大好きなのだ、クリュウの事が。

 その大好きな彼と別れなくてはいけない。その忘れようとしていた現実がついに目の前にまでやって来た。今回の校内首席を勝ち取った本当の原因は、そんな認めたくない現実を忘れるように勉強に没頭したからに他ならず、本当なら自分はこんな首席の座を受ける資格などない。本当に努力を重ねたクリスティナなどに申し訳がない――まぁ、クリスティナ自身もフリードに喜んでもらう為に猛勉強していたのは内緒だが。

 いつもは勇気や元気をくれる彼の笑顔が、今は辛い。

 すぐ近くにいるのに、とても遠くにいるように感じる。

 別れたくない。ずっと一緒にいたい。その想いが、自分の中でどんどん大きくなる。そして、こう願ってしまう。

 

 ――卒業なんて、してほしくない。

 

「最低……ッ」

「え? 何か言った?」

 彼の声を無視し、ルフィールはリビングを出て行った。そんな彼女の行動に首を傾げるクリュウと、珍しく真剣な眼差しで見詰めるシャルル――そしていつものように腹の底がわからぬ社交辞令てきな笑みを浮かべているクード。

 ルフィールはそのまま部屋を飛び出すと一気に走り出した。冷静な部分がこれではいつもバカにしていたシャルルと同じではないかとツッコミを入れる。そしてそんな自分の冷静さに吐き気を感じた。

 途中、クラスメイトの女子が声を掛けてくれたが無視して突っ走った。今は、立ち止まりたくなかった。

 彼女がやって来たのは昔はよくクリュウと自分とシャルルの三人で、今ではそこにシグマ達やなぜか別クラスのはずのアリア達が混じって一緒に昼食を食べる中庭。芝生一面の中、一本だけ堂々と中庭の真ん中に生えている大きな木。ルフィールはその木に駆け寄ると、思いっきりその幹に拳を叩き入れた。何度も何度も拳を叩き込み、皮が剥がれて血が滲み出ても拳の連打は止まらない。

 最後の一撃とばかりに腕を振りかぶって叩き入れた一撃を最後に拳を止めた時には、白い拳は少し赤く染まっていた。今更になって痛みが走り、顔をゆがめ、その場に崩れる。

 芝生の上に仰向けになり、ゆっくりと流れて行く雲を見詰めながら、ようやく冷静になったルフィールは吐き捨てるように言った。

「ボクは……最低だ……」

 

 ハンターズギルド本部は所属する全てのハンターを統括すると共にその強大な影響力から各国の支配者でさえ恐れを抱く巨大組織でもある。その建物はドンドルマのほぼ中央にあり、高く大きな建物に置かれている。隣接するようにドンドルマの酒場もあるが、そこはハンターならば本物でなくては入れない。まさに訓練生から見れば聖地のような場所だ。

 そんなハンターズギルド本部の中庭に、生徒達が集められていた。いよいよ、最後の試験が行われようとしていた。

「っていうか、何でまたテメェらと一緒なんだよッ!」

「それはこっちのセリフですわ」

 通常クエスト数などから二クラス合同で行われるこの学期末試験。6年生から見れば卒業試験だが――もはや仕組まれているのではないかと疑ってしまう。今回もくじ引きでB・Fクラスが合同で行われる事になったのだ。

 学期末試験や卒業試験という大切な試験のはずなのに、相変わらず睨み合う両クラス。二ヶ月前に行われた狩猟祭以来、二クラスの対立はさらに激化。もはや担任であるフリードやヴィレールさえも手が付けられないというか、半ば諦めているほどだ。

 両クラスの委員長同士が強烈な睨み合いをしている頃、Fクラスのほぼ中央に位置するクリュウはその光景を見て苦笑を浮かべていた。

「最後の最後まで二人は変わらないなぁ」

 そう何気なく言うクリュウの《最後》というセリフに、ルフィールの表情が曇る。そんな彼女の表情など見えていないクリュウは改めて装備の確認をする。どんなクエストが来ても万全の用意をしてきたつもりだが、不安は残る。狩場に持って行ける道具の数はギルドの決まりで決まっているのだから。

「一体どんなクエストになるかな。できれば簡単な方がいいけど」

「シャルは難しい方が燃えるっすッ!」

 クリュウとシャルルの会話を聞きながら、ルフィールはシャルルと同じく難しいクエストを心の底で望んでいた。もちろん難しい方がやりがいがあるというのも若干あるにはあるが、大多数はクエスト失敗という可能性を期待していた。もしも失敗すれば、クリュウの卒業も危うくなるかもしれない――そんな最低な事を考える自分が、本当に嫌で仕方がなかった。

「ルフィール?」

 突然声を掛けられ驚いてうつむかせていた顔を上げると、すぐ近くにクリュウが立っていた。予想外の近さに慌てて一歩距離を取る。そんな彼女の反応にクリュウは首を傾げた。

「どうしたの? さっきからぼーっとしてさ」

「な、何でもありません」

 平静さを装うルフィールだったが、何度も何度もメガネの位置を直すという行為は明らかに落ち着けていない証拠。クリュウもそんなルフィールを心配そうに見る。

「体調でも悪いなら無理はしない方がいいよ」

「大丈夫です。全くもって問題ありません」

「そ、そう? ならいいんだけど……」

 こんな自分を心配してくれる彼の優しさに感謝しながらも、そんな彼の想いを踏みにじっている事に対して申し訳がなかった。自分は、心配してもらう価値なんてない……

 黙ってしまったルフィールに違和感を感じ、声を掛けようとした時、生徒達の前に用意された台の上にフリードが上った。自然と皆の視線は彼に向かい、クリュウも仕方なくフリードの方を向く。

 そして、フリードの開会の言葉と共に、最終試験が始まった……

 

「ちょ、ちょっと待ってぇッ!」

 自分でも忘れていたが一応第77小隊の隊長であるクリュウはくじ引きで引いた番号とクエスト番号を見比べて悲鳴を上げた。番号が書かれた紙を握る手はブルブルと震えている。間違っても武者震いではない。

「おぉ、お前は運がいいな。今日用意したクエストで一番いいものを引いたんだな」

「間違いなく僕の今日の運勢は最悪ですよッ!?」

 ついには頭まで抱えてその場に蹲ってしまったクリュウを心配してルフィールとシャルルが近寄る。そして、ふと見えた彼の手に握られた紙の番号とクエスト番号が書かれた資料とを見比べた。

 

 ――クエスト番号28番 スティリア草原に出没するドスランポスを討伐せよ――

 

 スティリア草原はドンドルマから南に竜車で半日行った先にあるギルド公認の狩場の一つ。この地域は温帯地方に属しており、今の季節は花々が美しく咲いている風光明媚(ふうこうめいび)な場所だ。ひざより高い草はなく、木も少ない為に視界は良好。ただし草原を囲むようにして広がるスレーリアの森は木々が密集していて逆に視界は悪くなるが、逆にこちらも身を隠すにはうってつけだ。

 ここは狩場で必要な技術をかなり経験できる。ドンドルマの新米ハンターなどにとってアルコリス地方とこのスティリア地方は経験を積むにはうってつけ、登竜門のような場所だ。

 クリュウ達は学校指定の竜車に乗ってスティリア草原に降り立った。平野とは違い木々が生い茂る山の上にスティリア草原の狩場の拠点(ベースキャンプ)はある。そこはスティリア草原を一望できる絶景が広がる場所で、木々の枝や葉が屋根のように隠してくれるなかなかの立地だ。遠くにはドンドルマを囲む険しい山々が見える。

 ここまで運んでくれたアプトノスに近くの小川で汲んだ水と新鮮な草をたっぷりと与え、いよいよクリュウ達は天幕(テント)に入って早速作戦会議を行う事とした。

「はぁ……」

「兄者、ドンドルマからずっとため息ばっかりっすよ」

「そりゃため息をつきたくもなるよ。何でまたドスランポスなんてレベルの高いクエストなんだよぉ……」

「それは先輩の神が与えてくれた奇跡の引きの良さのおかげです」

「そいつは絶対に死神だよ死神」

「まぁ神様には変わりませんからね。怒らせないようにしっかりとがんばりましょう」

 やる気満々のシャルルに冷静なルフィール、そしていつものように笑みを絶やさないクードというおなじみの面々に囲まれながらも、クリュウはため息を吐く。

「そんなにため息をしてはダメですよ。どちらにしても依頼を受けたからには達成しなくては一人前のハンターにはなれません。覚悟を決めてください」

 そう言ったのはクリュウ達に同行する事になったクロード。さすがにドスランポス相手では訓練生であるクリュウ達だけではもしもの場合に本当に死者が出かねない為、こうして教官(クロードは助教官だが)が一人配置されたのだ。他にもブルファンゴ二〇匹討伐やランゴスタ五〇匹討伐など生徒だけでは心配なクエストにはそれぞれ教官が同行している。その他のハンターには採取クエストや調合クエストなどを除いては学校所属のオトモアイルーが護衛に付く事になっている。アイルーだからとナメて掛かると痛い目に遭う。彼らは生徒達よりもずっと場数を踏んだ猛者達なのだ。

 そして、そんなオトモアイルーでもどうにもならないほどに難しく危険なクエスト。それがクリュウ達が受注したドスランポスの討伐であった。何でもこの地域に突然ドスランポスが出現し、周囲のランポスの群れが次々合流して戦力を拡大しているらしく、近隣の村々に危険が及ぶ為に討伐依頼がギルドに出されたらしい。しかしランポス達の戦力はまだまだ少ない為、危険度は低いとしてこうして訓練クエストに回されたのだ。だが、危険度自体は低くても相手はあのドスランポスだ。油断はできない。

「とにかく、まずは地図を見せて」

 もはや逃げられないと諦めたのか、クリュウはいつもの第77小隊隊長としての顔になる。それを見てシャルルは嬉しそうにうなずくと四人の前に地図を広げた。

「この狩場は何というか、特筆すべき事は何にもないっすね。新米ハンターの訓練狩場だけあって、見晴らしはいいし資源は豊富。戦闘には絶好の場所っすね」

「向こうから奇襲されない分、こっちも奇襲戦法は使えないか」

 シャルルはこの小細工なしの狩場に満足しているようだが、クリュウはじっと地図を見詰めながら考える。こういう何の特徴もない狩場が一番厄介だったりするのだ。例えば、飛竜相手では相手はこちらと同じく自由に動けるので楽なようで実は難易度は高くなる。それを証明するかのようにアルコリス地方とスティリア地方は新米ハンターの練習場であると同時に今まで多くの飛竜が住み着いた経歴がある危険な狩場でもある。

 今回は飛竜相手ではないのであまり心配しなくても大丈夫だが、平地では数で押して来るであろうドスランポスと配下のランポス達の方が優位になる。しっかりとした場所で戦わないとこちらが劣勢になってしまう。これが草原や森丘と呼ばれる狩場の恐ろしい所だ。

「考えてても仕方がないっすよッ! 現れた敵は全部叩き潰せがいいんすよッ!」

 見敵必戦を掲げるシャルルの言葉に対し、クードは「考えるのは私達に任せてください。戦いでは期待していますからもう少し待っててくださいね。お互い適材適所でがんばりましょう」といい事を言っているようで実はシャルルをバカ扱いする発言をする。だが単純バカのシャルルはその言葉の真意を知らずに「がんばるっすッ!」と気合を入れる。そんな彼女につい笑ってしまったクリュウ。

 笑うクリュウに「兄者ッ! 何で笑ってるっすかッ!」と怒るシャルルに「ごめんごめん」と謝る。ふと、先程からずっと黙っているルフィールに声を掛けた。

「ルフィールは何か意見はある?」

 突然話し掛けられ、ルフィールはハッとなってクリュウの方を見る。

「ぼ、ボクにですか?」

「そうだよ。いつもなら何か意見を言って来るのに今回は何も言わないからさ」

「今回の狩りの作戦を考えていただけですよ」

 そう誤魔化したが、本当は彼の事を考えていたのは秘密だ。これが彼との最後の狩りになるかもしれないと思うと、どうしても落ち着いてなんかいられなかった。

「それで、何か意見はある?」

 再度問うクリュウに、ルフィールは地図の一角を指し示した。彼の事を考えていてもしっかり作戦まで練っているのは実に彼女らしい。

「平地で包囲殲滅されるよりは、この川を背後に背水の陣で決戦を挑むのも手かと。もしもの場合、我々は川を渡って逃げられますが、ランポスなどは川にまでは追って来ませんでしょうから。危険に見えて一番安全な策かと」

 ルフィールが考え出したのは実に奇抜な作戦だった。普通なら退路を封じられる川辺での戦いは何としても避けたいものだが、彼女はあえてそれを逆手にとって自分達の優位な戦いに変える。勉強はできるが、彼女は決して教科書(マニュアル)通りな考えしかできない訳ではない。こんな具合に時々斬新なアイデアを思いつくのだ。ある意味、彼女はハンターよりも軍師として各国の騎士団などの参謀本部にいた方が伸びるタイプかもしれない。

「なるほど、確かにそれはいいアイデアだね」

「ただし、実際に川の幅や勢い、水深などがわからない限りは使えません。もしもの場合はこの後ろがシレーリアの密林地帯になっている平野で反対方向から突進してくる敵軍を迎撃撃破する戦法も使えますが、離脱の際に密林では逆にランポスに捕まる可能性があります。かと言って崖での背水の陣は確実に全滅しますし、平野では包囲殲滅もありえて危険です。……すみません。敵軍の規模がわからないと、作戦も決まりませんね」

 作戦には情報が不可欠だ。刻一刻と変化する情勢の中で的確な作戦を立案・実行するには変化するたびに情報が必要となる。初めてこの狩場に来た四人は圧倒的にその情報が不足していた。

 だが、情報がなくても地図を見ただけで地形を大方理解し、それだけで大まかな作戦方針まで決めてしまうとは、ルフィールは本当にすごい。その頭脳に、クリュウ達は今まで何度も助けられて来たのだ。

「いや、大まかな作戦が決まっただけでも十分過ぎる収穫だよ。ありがとうルフィール」

 笑顔で礼を言うクリュウに、ルフィールは「別に大した事ではありません」とそっぽを向いてクールに返す。だが彼らからは見えない位置でルフィールの頬はほんのりと赤らんでいた。

「それじゃ、とりあえず偵察に行こう。もしもそこでドスランポスに遭遇したらペイントボールを付けるだけで極力戦わずに離脱。とにかく決戦場の視察が第一条件だからね。それでいい?」

 クリュウの問いにシャルルは「オッケーっすよッ!」と快諾しクードもにっこりと笑いながらうなずいた。

「ルフィールもそれでいい?」

 クリュウに問われたルフィールはクールな表情のままクイッと知的そうに見える細メガネを上げ、右は紺碧の空のような美しい蒼、左は空に煌く太陽のように美しい金という左右で瞳の色が違う邪眼(イビルアイ)で彼を射抜く。

「構いません」

 ルフィールの返事を聞きクリュウは大きくうなずくと立ち上がった。それに合わせて三人も一斉に立ち上がる。

「それじゃ、みんなで力を合わせてドスランポスを討伐するぞッ!」

「おおおぉぉぉっすッ!」

「えぇ」

 決意を新たにする三人を見詰め、一人ルフィールだけはどうしても心からクエストの成功を望めなかった。皆に対する裏切りだとはわかっていても、やっぱりダメだった。

 ――どうしても、クリュウには卒業してもらいたくなかった……

 

 万全に準備を整えた一行は拠点(ベースキャンプ)から出陣。山を下って平原に降り立った。いきなり広大な平原がそこに広がっていた。遠くまで見通せる代わりに、こちらもまた隠れられるような障害物はない。奇襲を受ける心配がない分、全員武器は構えてはいない。

 クリュウは支給された双眼鏡で遠くを確認する。すると、気づかなければ肉眼ではハッキリとは確認できないが、双眼鏡で見ると自分達の向かう方向にランポスの姿が見えた。数は三匹。機動力と攻撃力のバランスが取れた彼らの最も基本的な陣容だ。

「偵察、もしくは見張り役らしきランポスがここから二〇〇メートルほど先にいる」

 クリュウの言葉に三人は目を凝らす。すると、クードとルフィールは何とか緑の景色の中で薄っすらと青いものが動いているのが見えた。ランポスの体色は目立つ青だが、こうして遠くから見ると意外と保護色になっている。

 一方、田舎が生み出した最強の野生児であるシャルルは――

「見えたっすッ! 数は三匹で、どうやらうちに二匹がケルビを食ってて、残る一匹が見張りって感じっすかね」

 ――彼女の視力はもはや常人とは逸脱している。これまでずっと一緒に狩りをしていたから慣れっことはいえ、改めて彼女の基礎スキルの高さには驚かされる。

「強行突破するっすッ!」

「シャルル先輩は突撃しかできないなら黙っててください」

「な、何ぃッ!?」

「いや、シャルルの言うとおり強行突破しよう」

 クリュウの発言に大喜びするシャルルに対し、ルフィールは不満そうな表情を浮かべる。当然だ。ランポスが敵襲の鳴き声を上げたらドスランポスが向かってくるかもしれない。さっき極力避けようと言っていたのに、これでは逆効果だ。

 そんなルフィールの言いたい事を察知したクリュウは「何も無謀な事は言ってないよ」と苦笑を浮かべた。

「でも密林地帯に迂回してもいずれはランポスに見つかるでしょ? それなら草原地帯の方が敵襲の早期警戒には便利だし、何よりランポスを倒してから全力でその場を離脱すれば一時的にランポス達の目をそっちに向けられる。警戒はされるけど、一番早く安全に敵の懐に潜り込むにはこっちの方がいいと思うんだけど」

 クリュウの意見にも一理ある。ドスランポスは自らの縄張りを常に巡回しつつも、配下のランポスを見張り役として点在させる知能派のモンスター。遅かれ早かれ敵の警戒網には引っ掛かってしまう。ならば、一時的でもいいからそれを逆手に取る。クリュウもまたルフィールと同じで奇抜なアイデアを思い浮かぶタイプなのだ。というか彼女のがうつったというのが正しいか。

「わかりました。そういう考えの下の行動なのでしたら問題はありません」

 ルフィールも承諾し、いよいよ強行突破を実行する事となった。

「いい? この距離から走っても到達する頃には僕達の方が息が上がって満足には動けなくなる。できる限り徒歩で近づき、相手に気づかれたらそこから全力疾走で接近する。僕とシャルルは構わず直進し、ルフィールとクードは途中で武器を構えて遠距離からの援護をお願い」

 クリュウの指示に三人がうなずく。それを確認し、クリュウもまたうなずき返して一行はゆっくりと歩みを進める。

 まだランポスはこちらには気づいていない。だが、隠れられるような場所はないのですぐに気づかれるだろう。

 ランポスは慣れたハンターから見れば大した相手ではない。飛竜戦の際は邪魔になるが、それ以外では特に問題ではない。だが、それは慣れたハンターにとっての場合であり、クリュウ達訓練生から見ればランポスだって十分厄介な敵である。油断はできない。

 慎重に歩みを進めるクリュウ達。ルフィールはいつでも矢を放てるように矢筒に右手を伸ばして矢を数本掴み、左手一本で折り畳んでいた弓を広げた。重量ある為に機動力が低いクードのヘビィボウガンと違い、弓は見た目通り軽いので機動力に特化している。こういう小型モンスター相手でも、弓はボウガンと違いある程度の接近戦も可能。そして飛竜戦の際にも十分な援護能力を持っている。まさに多目的武器とも言うべき武器。それが弓であった。

 教会にいた頃、自分の唯一の特技は弓であった。元々は遊びで作ったおもちゃの弓矢から始まり、どんどん腕を上達させ、少し大きいくらいの点にしか見えないほどの距離からリンゴを射抜けるまでに成長した。精密射撃だけでなく連射や一斉発射なども覚えていった。

 両親が捨てた世界から自分という一人の人間を認めてほしい。そんな気持ちを胸に実力社会のハンターを目指したきっかけの一つが、ハンターの武器に弓があった事だ。

 弓は大剣やハンマーのような破壊力も、双剣や太刀のような鋭さも、ボウガンのような優れた援護能力はない。でも、その矢一つで戦局を操り、仲間を守り、強大な敵をも打ち砕く。

 ――この一本の矢で、戦局を大きく変えるのだ。

「バレたッ! 走ってッ!」

 クリュウの叫び声にハッとなり、ルフィールは条件反射的に駆け出した。前方を見ると、三匹のランポスが鳴き声を上げている。ついに気づかれてしまった。

 全力で草原を駆けながら、ルフィールは三本の矢を矢筒から引き抜くと一斉に弦に番えた。弦を限界まで引くと弓全体軋む音がする。これは決して相棒(ゆみ)の悲鳴ではなく、合図だ。

 刹那、指から離された三本の矢は弦の加速力を受けて射出。風を切り裂き空を駆け抜ける。それらの矢は吸い込まれるようにして突撃しようとしていたランポスの一対に襲い掛かった。

「ギャアッ!?」

 三本の矢はそのままランポスの体を突き抜けるともう一匹のランポスの体に深々と突き刺さった。

 先制攻撃を受けてランポス達は混乱に陥った。そこへ途中で集団から離れて展開したヘビィボウガンで狙いを定めていたクードからの援護射撃が届く。動こうとするランポスの眼前に銃弾を撃ち込み、動きを封じる。それを手助けするかのようにルフィールの矢もまた彼らの周りに次々と突き刺さる。

 完全に動きを封じられたランポス達。そのうちの焦る先頭の一匹に向かってシャルルはハンマーを構えて気合を溜めながら突撃する。腰を落として両手でしっかりと柄を握り、ランポスの眼前に到達。

「うおぉりゃあッ!」

 溜めた力を一気に解放し、体全体を使って自らを軸とした回転攻撃を放つ。強烈無比の一撃は容赦なくランポスの側面に叩き込まれた。よろけるものの何とかその一撃を防いだランポスだったが二撃、三撃と次々に強烈な一撃が襲い掛かり、ついに吹き飛ばされる。

 地面に転がったランポスの目の前にはルーキーナイフを構えたクリュウが待ち構えていた。慌てて立ち上がろうとするランポスの首に向かって、クリュウは剣を振るった。頚動脈(けいどうみゃく)を断たれ、血がバシャァッと噴き出しクリュウの頬に数滴真っ赤な飛沫が付いた。クリュウはそれを拳で拭い取ると、動かなくなったランポスを一瞥し迫り来るランポスの方へ向き直った。

 仲間を殺されて怒っているのか、大きく口を開いて鋭利な無数の牙を見せ付けながら突進してくるランポス。だがそこへルフィールが放った二本の矢が飛来し口の中に炸裂。上あごを貫き、鏃(やじり)がランポスの眼前に現れる。

「ギャアァッ!?」

 突然口を貫通されてもがくランポス。そこへクリュウの自らの体を軸にして最大の一撃を叩き込む回転斬りが炸裂。皮膚が裂け、血が迸る。慌てて後退するも、クリュウはそれを追いかけてさらにもう一撃を加えた。その一撃に吹き飛ぶランポスだったが、致命傷にはならなかったらしくすぐに立ち上がった。だがそこへクードの放った貫通弾LV1が飛来し、頭部を打ち抜いた。ランポスは再び吹き飛ばされ、今度こそ動かなくなった。

 残る一匹のランポスは慌てて逃げ出そうとするがルフィールの放つ矢が針路を塞ぎ逃げられない。もたもたしているうちにシャルルが現れ、ランポスの眼前で振り上げたサイクロプスハンマーを思いっ切り叩き落した。その一撃でランポスは潰れ、即死した。

 見事に三匹のランポスを葬ったクリュウ達は一時的に緊張を解いてほっとため息を漏らす。

「みんなお疲れ。怪我はない?」

「全然大丈夫っすよッ!」

 元気良く答えるシャルル。どうやら本当に大丈夫そうだ。クードも「いやはや、クリュウの動きには見惚れてしまいますね」といつものように疲れるような発言をしているので問題はない。

「ルフィールは平気?」

「問題ありません」

 ハンターボウ1を背中に戻し、ズレたメガネをクイッと元の位置に正すルフィール。こちらも大丈夫そうだ。

 クリュウは皆の安全を確認すると、倒れたランポスの前にしゃがみ込むとその前でそっと手を合わせた。他の三人もそれぞれ座ったり立ったりとバラバラだが手を合わせる。仕方がないとはいえ、三つの命を奪った事に変わりはない。せめて、あの世では幸せになってほしいと願う。

 冥福を祈った後、クリュウはランポスの解体に取り掛かる。他の者もそれぞれ剥ぎ取りや武器の手入れなどを行った。そこへ今まで後方で戦いを見守っていたクロードがやって来た。

「君達は珍しい子達だね。僕なんかのやり方を真似るなんてさ」

「先生の考えに賛同しているからこそですよ。僕達は別に単なる殺戮者(さつりくしゃ)って訳じゃないんですから」

「そうだね」

 クロードの倒したモンスターの冥福を祈る行為は結局クラスにはあまり浸透しなかった。一部、クリュウ達や数人の生徒がこれを実施している。元々はクリュウがクロードの考えに賛同して始めたのがきっかけで、今では彼を真似て他の三人もするようになった。各個人ではしてる生徒は少ないながらもいるが、チーム全体で行っているのはクリュウ達第77小隊だけである。

「兄者ッ! 敵襲っすッ!」

 慌てたように叫ぶシャルルの指差す方向を見ると、遠くの密林の中からランポスが五匹ほど現れた。すでにクードは長距離射撃で攻撃を開始しているが、距離がある為に決定打にはなっていない。

「これ以上こんな隠れる場所も何もない所で戦っても不利になるだけだよ。みんな向こうの密林に逃げ込んでッ!」

 クリュウの指示にシャルルとルフィールが駆け出す。続いてクードが武器を畳んで走り出す。クロードは一応仲間という形ではないのですでに単独で戦いの邪魔にならないように去っていた。三人を追い掛けるようにして走るクリュウは追って来るランポス達に向かって道具袋(ポーチ)から支給専用閃光玉を一つ取り出し、ピンを抜いて後ろに投擲した。すぐに前に向き直ると背後から猛烈な光量が炸裂し、ランポス達の悲鳴が響いた。

 走りながら振り返ると、ランポス達は目を回してその場で立ち止まってフラフラとしていた。見事に閃光玉大成功だ。

 クリュウはほっと胸を撫で下ろすとルフィール達に続いて鬱蒼と木々が生い茂る密林の中に飛び込んだ。

 

 途中二度ほどランポスと交戦したが、一行は何とか当初の目的地である川辺に到着した。幸い川幅はそれほど広くはなく流れも穏やか。ただ雪解け水が加わって水温自体は冷たかったが、命を落とすよりはマシだ。

 川の前は草原と同じように背の低い草が生い茂っている。対岸は細かい石が堆積しており、川の向き一つでこんなにも自然は変わってしまうらしい。

 大昔にここから見える大きな山、アウエル山は活発な火山であった。今でこそ死火山となったが、その時の噴火の名残でこの草原には所々に噴火の際に吹き飛ばされた溶岩の塊が冷えて岩となって点在している。この川辺にもそれはあり、防御陣地として使えそうだ。

「ルフィール。ここで決戦は大丈夫そう?」

「そうですね。水は冷たいですけど問題ないでしょう。まぁ、川を渡って逃げるというのは最後の手段ですので、そういう状態にならない事が重要です」

「いやはや、水に濡れるクリュウはまさに水も滴るいい男という訳ですね」

「クード。君はもう黙ってて」

 いつもの調子で自分をおちょくって来るクードにさすがのクリュウも呆れ気味。だがクードはいつもと同じように腹の底が知れぬ笑みを崩さない。

 一方、クードの発言に対しては実は内心ルフィールとシャルルは同感を示していた。女顔ではあるが一応男なので、濡れる姿というのもかっこいいだろう。ちょっとだけ最悪の状態を期待してみたり。

「でも女子二人の濡れ姿もぜひ見てみたいですね」

「ランカスター先輩はもう黙っててっす」

「……それ以上ふざけた事を言うのであれば射抜きますよ?」

 身を守るように両腕で体を包みながら赤らんだ顔でクードを睨む二人。そんな視線に対してもクードは「冗談ですよ」と笑って誤魔化す。誤魔化しているはずなのに、なぜ汗ひとつなく余裕を保っているのだろうか。

「しかし、クリュウはどう思います? 二人の濡れ姿には興味ありませんか?」

 突然話を振られ地図と睨めっこしていたクリュウは「ぼ、僕?」と戸惑ったような表情を浮かべた。そしてなぜかそんなクリュウをどこか真剣な瞳で見詰める二人。

「いや、そういう状態にならない事が最善でしょ? 風邪引くし」

「そういう意味ではなく、女子の水に濡れた姿というのは目の保養にはなりませんか?」

「いや、特には……」

 クリュウの返答になぜかルフィールとシャルルはがっくりと肩を落とした。一方クリュウはというと平静を装って返したが、地図の方に視線を戻した彼の頬は若干赤らんでいた。彼だって一応思春期の男の子。そういう話題とかに興味がない訳ではないが、女子の視線があるのでクールを装ったのだ――まぁ、その結果二名の女子が落胆する事になったが。

「なるほど、クリュウは女よりも男に興味があるのですね」

「何でそうなるんだよッ!」

 クードのからかうような発言に対しクリュウは軽くキレた。自分には全くそういう趣味はないというのに、この男のせいで一時期周りから誤解を受けて男子からは引かれたような目や哀れむような目、女子からは感動した視線や嫉妬に狂う視線などを受けてひどい目に遭った事だってある。

「では女が好きなのですね?」

「当たり前でしょ」

 顔を真っ赤にしながらもハッキリと言い切った彼の返答にクードは満足したように数度うなずくと、後ろの二人に振り返った。二人はもう顔を赤らめてうつむいていたが、クードの視線に顔を上げた。

「良かったですね」

「「ッ!?」」

 クードの発言に驚く二人だったが、すぐに怒りに染まった鋭い眼光で彼を射抜いた。しかしそれでもクードは楽しそうに笑みを崩さない。そんな三人の姿を見てクリュウは不思議そうに首を傾げた。

 その時、森の中からランポスが現れた。数は六匹ですぐに見つかる。

 すぐにクードは岩の陰に隠れて武器を構えた。動きの遅いヘビィボウガンはこうして砲台にするのが一番利口な策だ。

 クリュウとシャルルが並ぶようにして武器を構えながら川辺の前線に立ち、そのすぐ後ろに矢を番えたハンターボウ1を構えるルフィールが続く。そしてそのさらに後ろの岩にボーンシューターを構えたクードが陣を取る。近距離、中距離、遠距離の三段階で構えた陣はクリュウ達のお得意の戦法であった。

 鳴き声を上げて突撃して来るランポスに対し、クリュウは盾を前にいつでもガードできるような構えで右手に持った剣に力を込める。そして、眼前に現れたランポスの爪攻撃を盾で防ぎ、溜めた力を一気に解放するように剣を刺突。鋭い剣先は吸い込まれるようにしてランポスの肉に突き刺さる。

「ギャアァッ!? ギャワッ!」

 激痛に悶えるランポスに蹴りを加えると同時に剣を引っこ抜き、ランポスを吹き飛ばして距離を取る。しかしすぐさまクリュウは突撃し、起き上がろうとするランポスに回転斬りを叩き込む。二撃、三撃と剣を振るうとランポスは吹き飛んで動かなくなった。それを確認してから他のメンバーの様子を見ると、シャルルが二匹のランポスに囲まれて悪戦苦闘していた。

「シャルルッ!」

 慌てて駆け寄ろうとするが、別の一匹がクリュウに飛び掛って来た。とっさに地面に転がるようにして回避するが、シャルルとの距離は開いてしまう。そこへルフィールの放った矢が飛来し、ランポスの体を射抜く。だがどれも致命傷にはならずランポスはもう一匹のランポスと合流してクリュウとシャルルの間に入って針路を塞ぐ。

 ルフィールに援護を頼もうとしたクリュウだったが、彼女は残る一匹に接近されて苦闘するクードの援護に回っており今すぐには援護は頼めそうもない。

 二匹のランポスに挟撃されてフラフラのシャルルの姿にクリュウはとにかくランポスに突進する。だがそんな直線的な攻撃はランポスに読まれて回避される。さらに反撃とばかりにランポスの鋭利な爪が襲い掛かる。ギリギリ盾で回避するも一旦距離を取ってしまい結局は距離は縮まらずクリュウは悔しそうに唇を噛んだ。

 一方のシャルルも必死にハンマーを振るうが、ランポス達はそれをバックステップで回避すると一撃一撃の後の隙を狙って彼女に飛び掛った。

「くぅッ!」

 慌ててハンマーを盾のようにして構えたが、元々ハンマーはガードには向かない形状をしている為直撃こそ避けられたが吹き飛ばされて地面に転がった。その際、サイクロプスハンマーだけがランポス達の所に取り残されてしまった。

 体に走る痛みを堪えながら何とか立ち上がるシャルル。武器を失ってしまったのではどうする事もできないが、彼女だって訓練生とはいえハンターである。すぐに道具袋(ポーチ)から閃光玉を一つ取り出す。

「みんな目を瞑るっすッ!」

 そしてシャルルはピンを抜いた閃光玉を投擲。炸裂する寸前でクリュウ達やシャルル自身も目を瞑る。膨大な光量がランポス達の目に直撃。シャルルの前方の二匹だけでなくクリュウの前に立つ無傷のランポス、計三匹のランポスの視界を潰した。

「ありがとうシャルルッ!」

 クリュウは視界を潰されて一時的な行動不能に陥ったランポスにルーキーナイフを振るう。右へ左へと流れるような剣捌きで次々に鋭い剣撃を叩き込み、ランポスは吹き飛んだ。だが致命傷にはならず立ち上がる。しかしすぐに刺突を繰り出してとどめを刺し、ランポスは今度こそ倒れて動かなくなった。しかしそこへ背後からもう一匹のランポスが迫る。その気配に慌てて振り返ると、目の前にランポスの口が広がっていた。赤黒い口の中の肉と腐敗臭が鼻を襲う。

「ッ!?」

 やられるッ!

 そう思った直後、ランポスの真横から数本の矢が飛来してその腹や足などに次々と突き刺さり、ランポスは仰け反る。その隙を突いてクリュウは何とか距離を取った。

 さらに第二派の数本の矢群がランポスの体を貫き、そのうちの一本は首を貫いてランポスの息の根を止めた。

 目の前で倒れたランポスを見てほっと胸を撫で下ろすクリュウ。そんな彼に背後から近づく者がいた。

「油断大敵です先輩」

 振り返るとそこには左手に弓を持ち、右手でクイッとズレたメガネを正すルフィールが立っていた。腰に下げられた矢筒にはまだ十分な矢があるが、最初に比べてそれなりに減っていた。それらのほとんどがクリュウの援護に使われたのだ。

「ありがとうルフィール。助かったよ」

「残るはシャルル先輩に群がる二匹のみです」

 見ると、クードは倒れたランポスを剥ぎ取っている最中であった。どうやら接近されていたランポスを討伐したらしい。

「まだシャルルが戦ってるのに何悠長に剥ぎ取ってんの?」

「問題ありません。シャルル先輩は単純バカで猪突猛進でいつも前しか見ていない救いようがないアホですが」

「……ルフィール、僕もさすがにそれはひどいと思う」

「――ハンターとしての腕は全校生徒の中でもトップクラスの猛者です。心配など必要もありません」

 自信満々にそう言い放ったルフィールを見て、クリュウは小さく微笑んだ。いつもケンカばかりしていても何だかんだ言ってちゃんとシャルルの事を信頼しているらしい。ちょぴり感激。

「――と、そうこう言っているうちに終わりそうですね」

 ルフィールの言葉に再びシャルルの方を向くと、ちょうどシャルルが振り上げたサイクロプスハンマーが一斉に二匹のランポスを叩き潰した瞬間であった。一匹は完全に潰れ、もう一匹は下半身を潰されてしばしもがいていたが、すぐに力尽きた。それを確認し、シャルルは額や頬を流れる汗を道具袋(ポーチ)から取り出したタオルで拭って一息ついた。

「あ、危なかったっす……」

「ほんとだよ。あんまり無茶しないでよね」

 クリュウの言葉にシャルルは「う、うっす」とちょっとだけ反省。でもすぐに復活していつものような能天気さを取り戻した。良くも悪く彼女は単純であった。

 すぐにクードも合流し、互いに大きな怪我がないかなどを確認する。どうやら全員無事らしい。そしてすぐにランポスの死体が腐敗液で溶けないうちに祈りを捧げてから剥ぎ取ると、今後の対策などを練り始めた。

「ドスランポス相手なら今と同等かそれ以上のランポスも同時に相手にする事になるね。ちゃんと作戦を立てておかないとまずいね。特にガンナーの二人は接近戦になったら危険だし」

「ボクは一応接近戦も可能なので問題ではありませんが、ランカスター先輩は危険ですね。しかしランカスター先輩が安全に狙撃できるポイントは見た所ありませんし、スコップも時間もないですので塹壕を掘る事もできません。先程のように溶岩岩の陰に隠れて狙撃してもらうしかありませんね」

 ルフィールの発言にクリュウはしばし頭の中で作戦を練る。いつもの陣形はまだ戦った事はないが対飛竜戦に使う戦法だ。実際にハンターになった際に飛竜と戦っても困らない練習の為の陣形だが、今回はこれを変える。相手は飛竜よりもずっと小柄で機動力もあるドスランポスとその配下のランポスが複数。幸い、このチームは剣士とガンナーが二人ずつになっている。それらの情報を組み合わせ、クリュウは作戦変更を行う。

「ここからは二人一組(ツーマンセル)で行こう。シャルルとクードで一隊。僕とルフィールで一隊とし、剣士は常にガンナーを死守し、ガンナーは剣士の援護を全力で行う事。下手な陣形よりもこっちの方が効率がいい。ただし、大本の作戦である背水の陣は保つように。深追いはせず、近づくランポスをまずは駆逐。敵の陣形が崩れたら一気に切り込んで打撃を与える。これでどう?」

 クリュウの瞬時に編み出した作戦に、三人は了承したようにうなずく。さすがに戦場となればシャルルも自分のわがままで文句は言わない。それくらいのマナーはわかっているのだ。ただし、振り向いた際の顔はものすごく不服そうだったが……

「先輩」

 散開して各々の準備に取り掛かるシャルルとクードに習ってクリュウも道具袋(ポーチ)から携帯砥石を取り出してルーキーナイフの切れ味を回復していた時、近づいてきたルフィールがそっと声を掛けて来た。

「どうしたの?」

「ボク、先輩を必ず守ってみせますから」

 そう言い残し、ルフィールは去って行った。そんな彼女の背中を見詰めながら、クリュウは小さく笑みを浮かべる。

「それは僕だって同じだよ」

 切れ味を取り戻したルーキーナイフを掲げる。太陽の光を浴びてキラキラと輝く剣を見詰め、クリュウはスッと顔を引き締めると腰に剣を戻して準備を整える。

 周りを見渡し、全員の準備が完了している事を確認するとドスランポスが現れるであろう密林を見詰める。

 こちらの準備は完了だ。あとは、ドスランポスが現れるのを待つだけ。皆も自分と同じように密林をじっと見詰め、その時を待ち続ける。

 ――そして、その時は突然に訪れた。

 密林の中から突然青い竜が姿を現した。ランポスよりも一回りも大きな体に真っ赤なトサカはリーダーの証。ランポスの頂点に君臨する密林の王――ドスランポス。ギョロリと辺りを威嚇する鋭い眼光は見るもの全てを恐怖させる。

 ドスランポスに続いてランポスが六匹現れる。そして、彼らの瞳とクリュウ達の瞳が合った。

 一瞬の空白の後、空気が張り詰めた。互いに戦闘モードとなり、戦闘態勢に入る。ドスランポスを中心にランポス達が展開し、あっという間に鶴翼陣形を形成する。クリュウ達もまたそれぞれの武器を構えて対峙する。そして、

「ギャオワッ! ギャオワァッ!」

 ドスランポスの威嚇。それがドスランポス・ランポス連合対クリュウ達第77小隊の戦いの合図となった……


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