モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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第9話 深緑の少女

 ドスランポス達のいたエリアから結構離れた所まで逃げると、少女はやっとクリュウの手が離した。すっかり疲れ切ったクリュウは立っていられずにそのままぐったりと地面に腰を下ろした。

「し、死ぬかと思った……」

 肩を激しく上下させて荒い息をしていると、先程自分を助けてくれた金髪の少女が心配そうに顔を覗き込んで来た。

「大丈夫ですか?」

「あ、う、うん。大丈夫」

 少女は「そうですか」とつぶやき、安堵したように小さく微笑んだ。そんな彼女をクリュウは改めて見詰める。

 きれいな顔立ちをしていた。そよそよと風に揺れる金色の長い髪は柔らかそう。エメラルドのようなきれいな緑色の瞳が自分をしっかりと見詰めていた。

「あの、私の顔に何か付いてますか?」

 クリュウの視線に気づいた少女は困ったように顔を手で触れる。何気ないそんな仕草もまた、少女をかわいく見せる。

「あ、いや、何でもない」

 クリュウは一瞬ドキッとし慌てて視線を逸らす。その頬はいつになくほんのりと赤く染まっている。そんな彼を少女は不思議そうに見詰め首を傾げる。

 とりあえず息だけは何とか整えたクリュウはゆっくりと立ち上がると少女にまだ言っていないお礼を言う。

「ありがとう。君のおかげで助かったよ」

「いえ、当然の事をしたまでです。それよりもお怪我がなくて何よりでした」

 そう言って少女はにっこりと優しげに微笑む。

「君もハンター?」

「はい。まだまだ未熟なライトボウガン使いです」

 少女は少し照れならが謙遜しているが、先程の彼女の射撃の技術はすばらしいものだった。誰が見ても相当な実力者であるとわかる。

「あなたは、ハンターになってどれぐらいですか?」

 少女はクリュウの装備と彼の顔を交互に見ながら問う。

「えっと、正式なハンターになってまだ一ヶ月も経ってないけど」

「そうですか、でしたらその装備が妥当ですね」

 どうやらクリュウの装備を見てすでに彼が初心者であると気づいていたようだ。そもそも初心者用の装備をしているのだから仕方がない。世の中にはわざと弱い防具を身に纏う者がいるらしいが、クリュウは完全に前者だ。

「まあ、まだ僕ぐらいのハンターじゃこれが限界だよ」

 そう言ってクリュウは笑った。自分はまだまだかけだしだと理解しているし、実際もそうだから技術も装備もまだ未熟だ。

 笑いながら何気なく彼女の装備を見て……絶句した。

「どうかしましたか?」

 微笑む彼女は天使のように美しい。しかし、そんな彼女が身に纏っている装備は驚くには十分過ぎるものだった。

 

 ――少女の装備は、レイアシリーズで統一されていた――

 

 頭は何も被っていないが、耳にキラキラと輝くのはレッドピアスだろうか。それ以外は深緑の鎧――レイアシリーズを付けている。

 レイアシリーズとはリオレイアと呼ばれる飛竜から剥ぎ取れる素材から作れる防具。リオレイアとは雌火竜と呼ばれており雄火竜リオレウスと対になっている上級飛竜だ。

 この二頭は典型的な飛竜種であるが、何よりすさまじく強い。体力も攻撃力も防御力も全てが上級飛竜で、熟練のハンターであっても油断できない相手だ。

 空中戦を主体とするので厄介な《空の王》リオレウスに対し、リオレイアは《陸の女王》と呼ばれ、徹底した陸上戦を行う事で知られている。例え自分の身が危険になっても瀕死寸前ぐらいに傷つかない限りは敵を排除するまで戦い続けると言われている凶暴なモンスターだ。

 もちろんクリュウは戦った事などなく、見た事すらもまだない。

 そんな凶暴にして強力な飛竜であるリオレイアから剥ぎ取れる素材は貴重である。それを使ったレイアシリーズを作るには何頭ものリオレイアを倒さなければいけないという事を意味している。そして、そんな強力の飛竜の素材を満遍(まんべん)なく使っている装備を身に纏っているという事は、彼女は何頭ものリオレイアと戦って勝って来た歴戦の戦士(ハンター)という事を意味している。

「君、リオレイアを倒した事があるの?」

 恐る恐る訊いてみると、少女はクリュウの問いに笑顔で大きくうなずいた。

「はい。色々な人と協力してもう三〇頭近くは討伐しています」

 その自信満々な返答にクリュウは再び言葉を失って絶句する。

 リオレイアを三〇頭もなんて……

「仲間と一緒にそれだけの数を?」

「はい。ですが私は流浪(るろう)ハンターなんです。どこの村にも腰を据えず、ひたすら各地を回り続けています。ですので特定のチームとは組まずに臨機応変に依頼に応じてチームを組んでるんです。リオレイアを倒したのはそういった方々のおかげなんですよ」

 そう言ってにっこりと微笑む少女に、クリュウは彼女との圧倒的な経験の差を見せ付けられた気がした。

 臨機応変にどんな即席のチームでも組めるというのは、彼女が卓越した柔軟性を持っているという事を意味し、それだけ彼女が実力者であるという事だ。

 少女は背中に背負ったライトボウガン――ヴァルキリーファイアを持った。これもまたリオレイアの素材を使った貴重かつ高性能な武器だ。

「リオレイアはいいですよね。私は全てのモンスターの中で一番《彼女》が好きです」

 そう言って少女は愛しそうにヴァルキリーファイアの雌火竜の鱗で作られた装甲を撫でる。その時の彼女の表情は天使のように幸せそうな笑みだ。

 師匠に聞いた事がある。世の中には特定のモンスターをこよなく愛しているハンターがいると。きっと彼女もその部類に入るハンターなのだろう。リオレイアを《彼女》とか言ってるし。

 だが、その実力は折り紙付きだ。何せあのリオレイアと何十回も戦って勝っているのだから。そもそも先程の実力はどんな素人が見ても圧倒的なものだった。

 自分はまだハンターが一番最初に倒す飛竜であるイャンクックすら倒していない。正確には学術的にイャンクックは飛竜種ではなくランポスと同じ鳥竜種に分類されるが、その生態は限りなく飛竜に類似しているので世間一般的には飛竜として判断されている。そもそもドスランポスに勝てないようじゃそれもまた遠き夢だ。

 世の中には上がいるという事を、ものすごく見せ付けられた気がしてクリュウはため息しながらうなだれた。

 少女はなぜかずーんと落ち込んでいるクリュウを見て心配そうに声を掛ける。

「ど、どうしたんですか? やはりどこかお怪我をされているのでは?」

「……心が痛い」

「はい?」

 つぶやかれた言葉の意味がわからず、少女は不思議そうに首を傾げる。

 とりあえず少しだけ復活したクリュウは目の前で自分を心配そうに見詰めている少女にうやうやしく頭を下げる。

「助けてくれて、本当にありがとう」

「あ、いえ、そのように頭を下げられるような事はしてませんし。むしろあなたの狩りを邪魔してしまったようで、こちらこそすみません」

 礼儀正しく頭を下げる少女に、クリュウは小さく微笑む。彼女が謝る必要なんて全くない。むしろこちらの方が迷惑を掛けた事に謝らなければならないのに。

「そんな事ないよ。もしあそこで君が助けてくれなかったら僕は今頃ドスランポスの胃袋の中にいたもの」

 確かにそうだ。あの時自分は万策尽きて覚悟を決めていたぐらいだ。改めてドスランポスの真っ赤で巨大な口を思い出すと背筋がぞっとする。本当に助かって良かった……

「お役に立てたようで何よりです」

 嬉しそうに少女はにっこりと微笑んだ。

 少女の笑顔を一瞥し、クリュウは道具袋(ポーチ)の中から応急薬という緑色の液体の入ったビンを取り出す。かなりの体力を消耗していたので今のうちにできるところまで回復しておきたかった。どうせ支給品である応急薬は依頼が完了すれば余った場合は返却しなければいけない。使わないと損だ。

 応急薬のビンのコルクを抜いてクリュウは口につけてグッと飲む。無味である為に慣れてしまえば問題なく飲めるのだ。一気に飲み干した、その時、

 ドサッ……

 突如起きたその不気味な音に驚いて振り返ると、そこに先程まで自分を心配そうに見詰めていた少女の姿はなかった。キョロキョロと辺りを見回すが、影も形もない――なぜか嫌な予感がしてそっと足下を見ると……そこにはぐったりと倒れている少女が。

「ど、どうしたのッ!?」

 クリュウは空になったビンを投げ捨て、慌てて少女を抱き起こす。だが彼女の体は力なくぐったりと衰弱していてどことなく顔色も悪かった。

「どうしたの!? どこか具合でも悪いのッ!?」

 もしかしたらさっき自分を助けた時に何か怪我でもしたのだろうか。そうなると責任は自分にある。クリュウは慌てて余っている応急薬を取り出そうと道具袋(ポーチ)に手を伸ばす。

「……お……お腹、……空いた、……グキュルルゥって……」

「……はい?」

 その直後、少女のお腹からキュルルルゥゥゥとかわいい音が鳴り響いた。


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