モンスターハンター ~恋姫狩人物語~   作:黒鉄大和

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初めましてからこんにちわまで。
アマチュア小説家の黒鉄大和です。元々は戦記系作品専門でしたが、現在ではこちらが主力となっています。ペンネームはその時の名残です。
こちらの投稿サイトでは初作品ですが、元々は小説家になろうの二次創作小説投稿サイト、にじファンにて連載していました。が、そのサイトは運営側の判断で閉鎖されてしまい、こちらに移転してきた訳です。
この作品はカプコン様の名作、モンスターハンターポータブル2nd及び2ndGの世界観を踏襲しつつ、オリジナルな設定が多数組み込まれた作品です。
ゲームの世界観を壊さないようにしながら、読者の皆様を楽しませられるよう日々精進しております。
今後共、どうかよろしくお願いいたします。

※世界観などにオリジナル設定が多数あり、モンハン小説ながら狩猟は少なめのストーリー重視の作品となっています。狩猟シーン自体には力を入れて書いているつもりですが、基本はキャラクター同士の会話や物語中心の作品で、後半は一話平均1万文字以上で、サクサクと読み進みたい方にはおすすめできません。あとハーレム作品なのでそれを嫌う方にもおすすめできません。ストーリー重視でじっくり読みたい、そしてハーレム設定好きでモンハン好きな方なら、ぜひ気軽に読んでみてください。ただし、現時点で200万文字を突破している為、無理をせずにゆっくりと読み進めてください。最近一気に読み進める方が多いですが、この量は無理をすれば体調を崩します。更新頻度はかなり遅いので、焦らずにゆっくりと読み進めてください。


モンスターハンター ~恋姫狩人物語~(第1期)
プロローグ


 

【挿絵表示】

 

 大陸中央部に位置する大都市ドンドルマから北東に遠く離れた辺境の地。大小様々な山が連なるフラヒヤ山脈を背後に、蒼海の海流と西竜洋の海流が接する事で豊かな漁業資源が集まる海に面した、切り立った崖の上にその小さな村はあった。

 ――イージス村。

 西竜洋諸国の神話に登場する神が娘に託した全ての厄災を防ぐ最強の盾、イージス。その名を借りたこの村は周辺地域では最も安全と言われ、鉄壁の守りを誇っていた。その理由は切り立った崖の上にあるからこそモンスターが襲って来ないという単純なもの。だが、単純故にその効果は絶大だ。

 安全というものがこの世では最も重視される。その中で鉄壁の守りを持つこの村は付近の地域の中継地点として利用されており、周辺地域との交流も盛んで村の規模の割に訪れる旅人は多い。

 イージス村は人口は一〇〇人程。主にセレス密林と呼ばれる密林地帯で採れる珍しい野草やキノコ、鉱石。その他村の中で生産される穀物や豊富な漁業資源で生計を立てており、資源にも恵まれた優れた村である。

 そんな辺境の小さな村の崖下に面した漁港には村の屈強な男達が自慢の漁船を連ねている。今まさに海から戻って来た男達は今日の収穫を喜ぶように網に掛かった魚を選別している。

「おい、何か船が来たぞ」

 選別をしていた男達の中の一人が何かに気づいたように言う。その声に合わせてピチピチと暴れる魚を見詰めていた男達が一斉に視線を先程まで自分達がいた海の方へと向ける。

 確かに、穏やかな海の上を一隻の船がこちらに向かって進んで来るのが見えた。誰かが「定期船か?」と首を傾げたが、それにうなずく者は誰一人いなかった。

 こんな辺境の小さな村に村以外の船が来る事は滅多にない。その中で数少ない例外が定期船。一ヶ月に一度程度で村長が発注した村の生活用品を運びに来る商船の事だ。さすがにこの世の中完全自立する事は難しい。特にイージス村は北国に位置しているので採れない作物だって当然ある。それを補う為のものだ。

 だが定期船は一週間程前に来たばかりだ。連続して来る事がない訳ではないが、それでも異常事態だ。しかも近づくにつれて船の外見を見た男達の中で定期船という選択肢も消えた。いつも気さくで肌が黒く日焼けした陽気な船長が操舵する定期船ではなく、それは全く違う民間船だったからだ。村で使われる船は手こぎの小型船ばかり。その船も決して大きい訳ではないが、それでも村の船と比べればやはり大きく見える。

 船はゆっくりと定期船用の村の漁港で一番大きな埠頭へと横付けすると、船主らしき男が降りて慣れた手つきで船と岸を縄で繋いで係留する。

 接岸作業が終わるのを見計らって村の男達が船主へと近づく。先頭を歩くのは小麦色に焼けた肌が健康的な屈強な男。見るからに海の男という感じの大男だ。

「一体こんな小さな村にどんな了見だい? 食糧でも尽きたか?」

「そうだなぁ。ちょっと真水を分けてもらいたい所だが、本当の理由はちゃんと別にあるさ」

 船主も気さくな冗談交じりで返す。その様子を見るに海の経験が長いのだろう。お互い海の男同士、ウソ偽りはなしと暗黙の了解が生まれる。

「なぁに、ちょいとお届け物をね」

「届け物?」

「そう。正確には届け人、になるのかな?」

「届け人だぁ?」

 船主の言っている意味がわからず男が追求しようとした時、一瞬強い海風が漁港を支配した。暴れ狂う風に男達が一斉に目を閉じる。そして、再び目を開けた時、船から一人の少年が降りて来た。

 まるで春の若々しい葉のような柔らかく温かな緑色の髪をさらさらと流し、同色の少年らしい希望に満ち溢れたキラキラと光る瞳をどこか懐かしげに細めながら少年は村を見詰めていると、ふと囲む男達に気づく。そしてその中にいる大男に気づくと、元気良く笑顔と共に声を掛けた。

「――バルドさん、お久しぶりです」

 少年の登場に呆けていた男――バルドはその声にビックリして意識を取り戻す。目の前にいるはまだ子供という感じが抜け切れていない若い少年。だがその誰にでも優しく微笑み、手を差し伸べる心優しい笑顔が特徴的な少年の顔を、バルドは知っていた。

「お前、もしかして――クリュウか?」

「当たり前でしょ? 僕の顔忘れちゃったんですか?」

 少年が困ったように微笑みながらそう答えると、それが確信に変わったのだろう。バルドを始め周りの男達も一斉に彼を歓迎した。

「おぉ、クリュウかッ」

「元気にしてたか? 懐かしいなぁ」

「おぉ、奥さんに似てベッピンさんになって」

「それ、褒め言葉にならないですってば」

 自覚はしている自分のちょっと少女じみた、母親似の顔立ちに思わず苦笑を浮かべていると、背後からバンッと大きな手の平に叩かれて少年は思わずたたらを踏む。振り返ると、バルドが豪快な笑い声と共に彼の背中を叩いていた。

「いやぁ、大きくなったんで一瞬誰だかわからなかったな。しばらく見ないうちに、ずいぶん大きくなったじゃねぇか」

「そ、そうですか? そう言ってもらえると嬉しいです――できれば、背中を叩かないでもらえればもっと嬉しいんですが」

「はははッ、そう遠慮するなッ」

「いや、遠慮とかそういう問題じゃなくてですね……」

 バルドに背中をバシバシと叩かれるたびに、彼の小柄な体がフラフラと揺れる。当然ある程度は痛いし、力があるので時々倒れそうになるので正直やめてもらいたいのが本音だが、久しぶりに会う彼の元気な姿や、彼が喜ぶ様を見ていると強く言えなくなってしまう。そんな人を思いやる心が、彼は人一倍大きい少年だ。

 再会を喜ぶ彼らの姿を微笑ましげに見詰めた後、船主は他の漁師から真水をもらうと早々に立ち去った。この後もまだまだ回らないといけない場所があるらしかった。

 遠くに消えて行く船に手を振って見送るクリュウの背中を、バルドは相変わらずの強さでバシバシと叩く。

「どうだクリュウ。ドンドルマでの生活は楽しかったか?」

「はい。やっぱり都会だけあって色々と便利だったし人もすごく多かったです――でも、僕はやっぱりこの村の方が落ち着きます」

 そう言って彼が見上げる先には、崖の上に建つイージス村の家々がある。懐かしい、自分の故郷だ。

「嬉しい事言ってくれるじゃねぇか」

 バルドは嬉しそうに笑った後、再び彼の背中をバシバシと叩き「ほら、さっさと村に行くぞ。みんなビックリするだろうからな。クリュウが帰って来たって」彼を村へを招き入れる。

「そ、そうですね――あの、バルドさん。そろそろ本気で背中叩くのやめてもらえます?」

 困ったように言う彼の言葉を見事に無視して背中を押すバルドに、少年はため息と共に諦めると、切り立った崖の上にある村へ向かう為の長い階段を登り始めた。

 

 クリュウ・ルナリーフ。

 それが少年の名前だった。

 このイージス村で生まれ育った、つい先日十六歳になったばかりの少年だ。屈託の無い笑顔と分け隔てない優しさから村人には老若男女問わずに好かれる人気者であり――本日付でこのイージス村専属となった駆け出しハンターだ。

 クリュウの父親はかつてこの村所属のハンターだった。

 この世界に存在する人間以外の人外の存在、モンスター。その中には人間と共存する温和なモンスターもいれば、時には人や村などを襲う凶暴なモンスターも存在する。この後者を相手に己が身一つで戦いを挑み、これを討伐・撃退するのがハンターと呼ばれる職業だ。この世界においては子供達の憧れの存在であり、人々の生活に欠かす事ができない存在。

 だが輝かしい功績と同時に常に死と隣り合わせの仕事の為、栄光を得る者よりも命を落とす者の方が圧倒的に多い。特に彼のような訓練生を終えたばかりの駆け出しのハンターが最も危険だ。

 それでも、ハンターを目指す若者は後を絶たない。

 富や名声を求めてハンターを目指す者もいるだろう。単純にモンスターとの戦いを好む為にハンターを目指す者もいる――そして人々を守りたいと願って志願する者も、また多いのだ。

 クリュウの父親はそんな誰もが憧れ頼るハンターであった。イージス村に拠点を置いてその周囲の村などの防衛にも尽力し、この辺一帯に住む全ての人間の守護神であった。拠点を辺境の村にして地域を限定にした為、一般的にはあまり有名ではない。だがその実力は英雄と呼ばれるに値するだけのものだったと言われている。

 クリュウの父親は故郷であるこの村を守り、村を大きくする事に多大な貢献をした。

 今でもまだまだ小さな村に変わりないが、それでも昔に比べればずいぶんと規模が拡張されている。何せ最初のうちはモンスターの皮と柱だけで組んだ天幕(テント)のような建物しかなく、村というよりは野営地。規模も集落くらいのものだった。誇れるものと言えば当時から安全だったこの村の立地くらいだ。

 クリュウの父親は周囲の安全を確保し、協力関係にあった村長は村を周囲の中継地点化する為に尽力し、二人の力でこの村は現在、本当にこの地域一帯の中継地点としての役目を果たしている。

 村の為に尽力したクリュウの父親は、いつの間にか周辺の村や街にも名が知れ渡るような、地域限定ながら歴戦のハンターとなった。

 しかし、そんな彼は今はもうこの世にはいない。

 数年前、クリュウの父親はハンターを統括する中央機関であるハンターズギルド本部直々の依頼で出撃し、その任務の最中に殉職した。

 任務の内容はハンターズギルドの機密事項として全容はわからない。だが後に《古龍》と呼ばれる、天災に匹敵する厄災に位置づけられる桁外れに強力なモンスターの撃退任務であった事がわかった。

 どんな奴だったのか、何というモンスターだったのかはわからなかったが、確かな事はその時まだ七歳だったクリュウは尊敬していた父親の背中を、そこで失ってしまった。

 父の仇を討ちたい。そんな気持ちがなかった訳ではない。でもそれ以上に、父の代わりにこの村を守りたい。父のようなハンターになりたい。そう願い、クリュウは十二歳の時にハンター修行の為にこの村を飛び出し、ハンターズギルド本部のお膝元にしてハンターの都と呼ばれる城塞都市ドンドルマに移り住み、ハンター養成訓練学校に入学してハンターとしての訓練を四年間積んだ。

 それから四年の月日が流れ、十六歳になったクリュウはようやく先日ドンドルマのハンター養成訓練学校を卒業し、こうして故郷のイージス村へと舞い戻ってきたのだ。

 

 切り立った崖の上に位置する為、村に入る為には崖の麓にある洞窟の中に作られた長い階段を登らないといけない。村人は慣れたものだが、外部から来る人間にはなかなか優しくない作りだが、その見返りとして安全なのだから文句も言えない。ちなみに竜車などの階段を使えないものは崖の外周を回るように作られた長い坂道を登る。単純距離ではこっちの方が圧倒的に長いが、階段に比べれば急ではないでどちらを使うかは利用者の意思次第だ。

 やっとの思いで長い階段を登り終えると、イージス村の入口が目の前に現れる。木製の扉のない門には治安のいいこの村にはあまり必要がないが、一応門番が常駐している。その駐在所である簡素な木の小屋は門の脇に隣接している。

 イージス村は真っ直ぐの広い坂道が伸び、その脇に家々が建ち並び、細い道が横へ伸びその脇にも家が並ぶ。簡単に言えば《‡》のような感じが真っ直ぐに並んでいるイメージだ。この中央道を真っ直ぐ行けばこの村の村長の家兼村人の集会所となっているこの村で一番大きな建物がある。それ程広くない村なので、ジッを前を見ていれば遠くにそれらしき建物が見える。

 まだ道は都会のように石で舗装はされておらず土が剥き出しだが、それでもちゃんと整備されており生活道路としては問題はない。それどころか道の左右には水路が設けられており、絶えず水が流れている。これは村長の家の裏手にある大きな湖から流れる水で、人々の生活用水となっている。

 中継地点となっている為に村の規模は周辺の村よりは大きい。さらに安全だから永住する人も多い為、しっかりとした木造家屋が並ぶ。

 村の規模としては比較的大きな方だし、水路などの整備が行われている点ではちょっとした街のように住み心地は良い。ただ長い階段には苦労するので、それだけは我慢してもらう他はないが。

 少し見ないうちにまた少し大きくなった村を懐かしそうに目を細めながらクリュウは見詰める。

「前より大きくなったなぁ」

 修行中の身だったので年に一、二度程しか里帰りができなかった。何せドンドルマとここは片道だけで五日間の道のりだ。そんなに長い休暇を学校で取れるのは長期休みだけ。それが大体年二回程しかないのだから仕方が無い。彼が前に村に戻って来たのも半年前。その頃よりも村は確実に大きく成長していた。

 少し見ないうちに子供というものは大人へと成長するが、村というのも生き物だ。少し見ない間に村も成長するのだ。

 クリュウが久しぶりに見る村の景色に感動していると、その背後に立っていたバルドが、それこそ小さな村一帯に響き渡るような大声で「おぉいッ! クリュウが帰って来たぞッ!」と叫ぶ。その声を至近距離で受けたクリュウは思わず顔をしかめたが、おかげでその声は村全体に十分と響き渡った。その証拠にすぐに歩いていた人が振り返り、家々のドアが開いて村人が次々に出て来る。そしてクリュウの姿を見て皆一様の笑顔を華咲かせた。

「おぉクリュウじゃねぇかッ!」

「あら、クリュウ君。久しぶり、また大きくなったわね」

「やだ、ちょっとかっこ良くなっちゃって」

「元気にしてたか?」

「おぉ、ルナリーフの倅(せがれ)かッ!」

 彼を囲むように集まった村人達はその懐かしい姿に笑顔を華咲かせて彼を出迎える。その人数はどんどんと増えていく。これだけで、彼がこの村の住人にどれだけ好かれているかがわかる。

 クリュウも久しぶりに懐かしい顔に会えて嬉しいのか、笑顔を華咲かせる。新しく住人になった人もいてあいさつを済ませたりと、まだ村に入って数メートルと歩いていないのに、時間はあっという間に過ぎていく。

 自分を歓迎してくれる村の皆を見回し、やっと村に帰って来たんだなぁと実感。嬉しそうに微笑んでしまう。と、その時、

「クリュウウウウウゥゥゥゥゥッ!」

 そのバルドの大声にも匹敵するような声で名を呼ばれたクリュウは反射的に声のした方へ振り向く。

 長い坂道を、猛烈な土埃(つちぼこり)を上げながら誰かが駆け下りて来る。その速度は常軌を逸していて、ほとんど突撃だ。だがクリュウはそんな突撃して来る人物の顔を見てパァッと笑顔を咲かせる。

「エレナッ! 久し――」

「こんのバカクリュウウウゥゥゥッ!」

「ぼふぅッ!?」

 長い坂道を助走に利用して猛烈な勢いで翔け降りて来たのは少女だった。風に流した茶色の長髪に意志の強そうな翡翠色の瞳が特徴の、一見すると可愛らしい顔立ちの美少女。だが、彼女は突如クリュウの前で跳躍すると、勢いを利用してそのまま突撃。構え、伸ばした足の先は見事にクリュウの顔面に炸裂。それはもう見事な必殺飛び蹴りであった。

 対モンスター戦の実戦経験を積んだはずの新人とはいえハンターであるクリュウの回避力をはるかに上回った一撃はそのまま彼を弾き飛ばす。防御も受身も取れずにクリュウは無様に吹き飛ばされて地面の上を何度も転がり、倒れた。

 一方華麗な飛び蹴りを見せた少女は逆にスタッときれいに着地をしてみせる。審査員がいたら満場一致で満点をつけるような見事な着地だ。思わず、何人かの村人が拍手を送る。

「い、いきなり何するんだよッ!」

 激痛に耐えながら勢い良く体を起こすと同時に怒鳴るクリュウ。回避し損ねたとはいえ、そこはハンターの端くれだ。狩場でいつまでも倒れている訳にもいかず、反射的にすぐに起き上がる。

 そんなクリュウの前に仁王立ちで立ち塞がる少女。決して高い身長という訳ではないが、なぜか迫力のある彼女の姿は自分よりもずっと大きな存在に見える。

 彼女の名は――エレナ・フェルノ。ふわりとした茶髪にクリッとした意志の強い翡翠色の瞳が特徴的な美少女。クリュウの幼なじみでもある。一見すると良家のご令嬢に見えなくもない可愛らしい容姿だが、中身は先程発揮された身体能力から十分予測できるだろう。

 理不尽な暴力に対して怒るクリュウに対して、エレナは不機嫌そうな表情を崩さずにクリュウを睨みつけるように見下ろす。その姿は、とてもじゃないが反省しているようには見えない。つまり、自身の行動に何の後悔もない証拠だ。何という自分中心主義、だがそれがエレナという少女だ。

「……帰って来るなら、手紙くらい出しなさいよ」

 だがそれは一瞬にして崩れた。先程までの不機嫌一色だった表情は、今は拗ねたように唇を尖らせている。その姿は実に愛くるしく、そして何よりそんな顔をされてしまえばクリュウも怒る事もできず、思わず「ご、ごめん……」と謝るしかない。

「いきなり帰って来るから、お店を飛び出して来ちゃったじゃない」

 そう言うエレナは緑色のロングスカーフに白いエプロンドレスを着て、頭には白いヘッドドレスを付けている。これがこの村の酒場の制服だ。小さな村だが、そうした所はちゃんとしているらしい。

 エレナはこの村唯一の酒場を経営している。正確には彼女の両親が経営していたのだが、母親が病気をこじらせてしまい、今は二人共静養の為にこの村を離れている。エレナはそんな両親に代わって酒場を一人で切り盛りしている。実は、結構な苦労人だったり。

 どうやらクリュウが帰って来たと知るやいなや、文字通り店を飛び出して来たらしい。まぁ、その後に常軌を逸した飛び蹴りをする所は明らかに普通ではないが。

 でも自分の為にわざわざ大事な店を放り出して迎えに来てくれたのが嬉しかったのだろう。クリュウは屈託の無い笑みを浮かべた。

「わざわざありがとうね。僕なんかの為に」

 すると、それを見たエレナはほんのりと頬を赤らめると唇を尖らせたままプイッと視線を逸らす。

「べ、別にあんたの為じゃないわよッ」

「え? じゃあ何で?」

「べ、別に私の勝手でしょッ。あんたには関係ないわよッ」

 久しぶりのエレナの理不尽な物言いに、幼なじみとはいえ腹が立たない訳ではないが、久しぶりの再会だ。嬉しさの方が上回ってしまい、ついつい微笑んでしまう。それが気に入らなかったのか、エレナは「な、何よそのムカつく笑顔は」と睨んで来るが、それも笑顔で受け流してしまう。

「いやさ、エレナが元気そうで安心したよ」

「ま、まぁ私は至って健康よ。あ、あんたの方こそどうなのよ」

「僕も全然問題ないよ」

 クリュウが笑顔で答えると、エレナは気にした様子もないという感じで「そう」と短くだけ答える。だが彼には見えない位置では小さな笑みを浮かべている事は内緒だ。

 二人が久しぶりの再会を喜んでいると、これまで微笑ましげに彼らを見詰めていた村人達が一斉に道を開けた。その様子に二人が振り返ると、割れた村人の間を通って一人の青年がやって来た。キラキラとした少年のような目をした若々しい青年だ。

 人間に似ているが、クリュウ達のような人間よりも明らかに大きな鷲鼻と耳が特徴的な種族。彼らは竜人族と言い、人間よりもはるかに長い時間を生き、高い技術力と知能を持った人間よりも優れた種族だ。

 人間と竜人族は互いのない所を補うように共存し、今では一つの村の村長、またはそれに次ぐ重役に竜人族を招いて優れた村の統治を行うのが通例となっている。

 そんな竜人族の青年はクリュウの前に経つとにっこりと人懐っこい笑顔を浮かべて彼を出迎える。

「お帰りクリュウ君。遠いドンドルマから来るのは大変だったろ?」

「まぁ、基本的には川を使って船で来たのでそれほどは。でもさすがに退屈過ぎて死んじゃいそうでしたよ」

「ははは、活発な君には辛かっただろうね」

 そう言って無邪気に笑う青年。このクリュウ以上に人懐っこい笑顔が似合う彼こそが、このイージス村の村長だ。と言っても彼は二代目で先代の村長の息子。先代村長が村の基礎を作り、この二代目の村長が拡張を行なっているのだ。ちなみに、クリュウの父とタッグを組んで村を拡張させたのが彼だ。人間で言えばたぶん中年くらいの年齢だろうが、寿命の長い竜人族なら若々しい青年の姿でも不思議ではないのだ。

「疲れたのなら一度家に戻るといい。君の家は定期的にエレナが掃除してくれていたから、すぐにでも暮らせるはずさ」

「ありがとうございます。エレナも、ありがとうね」

 クリュウが頭を下げて礼を言うと、村長は「気にしないで」と笑う。父親譲りのこの面倒見の良さが村人を集めたと言っても過言ではない。

「じゃ、じゃあさっさと家に行くわよ。中にあるものも少し変わってるから、私が直々に説明してあげる。感謝しなさい」

 クリュウのお礼を言われたのが恥ずかしいのか、頬を赤らめたまま話を変えるようにエレナがそう切り出す。でも実はもっと褒めてもらいたいのだろう。今からもう嬉しく仕方がないとばかりに頬が緩んでいる。

 だが、クリュウは少し考え込むと「じゃあ、また後で」と離れようとする村長を呼び止めた。

「あの村長。何か討伐依頼はないですか?」

 その言葉に周りを囲んでいた村人は一斉に驚く。それはもちろん村長も同じで、人懐っこい瞳を大きく見開いて驚いている。

「え? 今からかい?」

 村長の問いに、クリュウは「はい」とハッキリとうなずく。

「いや、でも今からなんて……」

「船の上でずっと退屈してたんです。ちょっと体を動かしたいかなって――それに、早く村の役に立ちたいですし」

 それは彼の心からの願い、本心だ。その為に、四年間の修行を積んでこうして戻って来たのだ。村の役に立ちたい、そんな強い願いが、彼の瞳を輝かせる。

 そんな彼の瞳に負けたのか、村長は少し考え一つの依頼内容を出す。

「そうだなぁ、キノコ狩りに密林に出かけた村人がランポスに襲われそうになったから……強いて言うならランポスの討伐かな」

 それを聞いたクリュウの瞳はより輝く。

「ランポス程度なら楽勝ですよ。その依頼、受けさせていただきますッ」

 元気良くそう答えると、クリュウは荷物の中からお金の入った巾着を取り出す。

「契約金は一〇〇z(ゼニー)くらいですか?」

「うん? いや、別にいいよ。この程度の依頼に契約金は必要ないでしょ」

 契約金とはその依頼の占有権を買う為に支払うお金の事だ。契約金を支払う事でこの依頼の権利を得る事ができ、その間他のハンターはこの依頼を受ける事はできないようにする為のもの。これは狩り場でハンター同士が遭遇しないようにする仕組みだ。なぜこんなややこしい事をするかというと運悪くハンター同士が出会ってしまったら獲物を狩る事を競い合ったり、獲物を奪い合ったり、最悪相打ちなど多くの事故が発生してしまう恐れがある為だ。契約金とはこういった事を未然に防ぐ役割を持つのだ。もっとも、契約金は依頼を終えて無事に帰ってくれば二倍になって返って来るので投資とも言えるが。もちろん失敗すれば返っては来ない。一種の保険の部分も入っているのだ。

「そうですか。じゃあまぁ、早速行って来ます」

「わかった。でも気をつけてね。僕はハンターじゃないから詳しくはわからないけど、単体ならともかくランポスは集団戦法を取るらしいから油断は禁物だよ――って、そういう専門学校に行ってた君に言うセリフじゃないか」

「いえ、忠告感謝します」

 そう礼を述べ、クリュウは早速船から降ろした荷物の中から必要な装備を取り出す。

 クリュウの装備は全身チェーンシリーズという初心者用の鉱石で作られた防具で統一されている。と言っても頭に何かを付けるのが嫌いなクリュウはそこだけ何も装備していないし、チェーンシリーズは脚甲がないのでそこはブルージャージーという同じような性能の防具で代用している。

 防具を着終え、次に荷物の中から布で包められた剣と盾を取り出す。クリュウの武器は片手剣という種類のもので、小型の剣と盾でセットの武器だ。攻守バランスが取れている武器で、まだ自分に合った武器がわからない時はこの片手剣からスタートする為、ハンター全員がまず最初に手にする武器と言っても過言ではないだろう。

 片手剣はそのバランスの良さから最も使い易い武器であるが、反面攻撃力が不足している。その為属性攻撃などが付加されて使用する場合が多いのだが、クリュウはまだ初心者という事で何の付加属性もないハンターナイフという鉄でできた初心者用の武器だ。

 他にも武器の種類はあったが、散々試した結果彼は片手剣が一番合っていたのでこうして片手剣使いになったのだ。機動力があり、尚且つ防御もできる。低い攻撃力は知恵(アイデア)と道具(アイテム)で乗り切るのが、片手剣使いの戦い方だ。

 準備万端と言いたげに装備の確認を終えると、今しがた来たばかりの門を出て行こうとする。すると、そんな彼の背中に「ちょっと待ちなさいよッ!」とエレナの呼び声が浴びせられ、それと同時に肩を掴まれた。振り返ると、不安そうな顔をしたエレナがこちらを見詰めていた。表情と同じく、翡翠色の瞳も不安そうに右往左往している。

「い、いきなり行く事はないでしょ……もう少し、ゆっくりしてからでもいいのに」

 どうやら帰って来たばかりで早速狩りに出掛けようとする彼に幾分か不満があるのだろう。それに、まだ初心者の彼の身を案じている。長い付き合いで、クリュウは彼女が想っている事がわかった。だからこそ彼女を安心させるように、クリュウは優しく微笑む。

「大丈夫だよ。ランポスなら何度も狩ってるし、日もまだ高い夕方には戻って来れるよ」

「でも……」

「――僕は村の為にハンターになったんだ。だから、すぐにでも村の為に何かをしたいんだ。例えまだランポスくらいしか狩れなくても、いずれはリオレウスだって狩ってみせる」

 希望に満ち溢れた、新人ならではの生き生きとした表情。それを見て不安に思って彼の腕を掴むのも、信じてそっと背中を押すのも、エレナ次第。だが、クリュウは知っている。自分の幼なじみは小言が多かったとしても――ちゃんと、自分の味方でいてくれる事を。

「……バァカ、リオレウスなんかに村が襲われないのが一番でしょうが」

「それはまぁ、そうだけど……」

 見事に切り返されて困る彼の表情を見て楽しそうにエレナは笑う。そして、一度深呼吸をして自分の中の割れている意見を一つに纏めた。

「――わかった、行って来なさい。私はその間にあんたの家の準備でもしてるわよ」

 笑顔と共に、エレナはそう彼の背中を押した。

「ありがと、エレナ」

「べ、別にあんたの為じゃないわよ。邪魔なランポスをさっさと片付けてほしいだけよ」

 そう言ってそっぽを向くエレナを見て、クリュウは優しく微笑んだ。これが彼女の照れ隠しの時の動作だと、小さい頃から一緒にいる彼にはわかっていた。

「それじゃ、行って来るよ」

 ただそれだけ言って、クリュウは村を出た。

 来た道を一段飛ばしで駆け降りていく。その表情は多大な期待と若干の不安が入り混じった、新人ならではの生き生きとした表情だ。

 小さくなるクリュウの背中を見詰め、エレナは一人胸の前で手を組んで静かに彼の安全を願うのだった。


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