「キリト君、サポーター君から聞いたよ。随分と無茶したそうじゃないか。」
「いやー…あはは…」
あのあとシノンやユウキ、それにアイズにお礼を言おうとしたが既に遠征にいってしまったらしく言いそびれてしまった。
今日はもうこれ以上の探索は無理だと判断し、地上に戻ることにした。
帰る間、リリにひたすら説教もとい文句をたらたら言われ続けながら移動した。
ホームに着いてからも、ヘスティアが待ち構えなにやら不機嫌だと思いきや既にリリから報告済みでこれまたきつく絞られた。
どうやら、ギルドでシャワーを浴びたり魔石の換金などをしている間にリリが伝えていたらしい。
とにかく、その日はなんとも厄日であった。
ー次の日
ヘスティアに頼んでステータスの更新をしてもらうことにした。
その変化に自身の予想通りの結果だった。
「ラ、ランクアップしてるぅぅぅぅぅぅぅ!」
「あぁ、やっぱりですか?」
「君はもうちょっと驚きなよ!なんだいそのリアクションの薄さは!」
「いやぁうれしいのはうれしいんですけど、もうすでにミノタウロスを倒したときに喜んだのでランクアップ分の嬉しさを使い切っちゃたというかなんというか。」
「と・に・か・く・だ!」
ここでヘスティアが、わざとらしくコホンと咳払いをする。
そして、腕を腰にあてて仁王立ちにするとその豊かな胸をこれでもかと張って宣言する。
「これで我がヘスティア・ファミリアも新たな一歩を踏み出したといううことだ!そこは大いに喜ぼうじゃないか!」
「そうですね。今日はぱーっとおいしいものでも食べましょうか!」
「それはいいね!早速出かける準備をしようじゃないか!」
☆★☆★☆★
おいしいものを食べに行こうと出かけたものの、キリトはそんなにお店のレパートリーがなく結局《豊穣の女主人》に来ることになった。
いつもは一人なので、例によってシルが最初に勧めた一番奥のカウンター席に座っているのだが、今日はヘスティアもいるので向かい合えるテーブル席に座ることにした。
そして食事しながら昨日の戦闘のことを事をヘスティアに細かに聞かれてキリトも少し喋りつかれてきた頃、ふと先ほど更新をしてもらったステイタスの紙を見てみた。
キリト・クラネル
Lv.1
力:SS1032→SSS1147
耐久:S927→SS1031
器用:A897→SS1001
敏捷:SS1003→SSS1125
魔力:C687→B797
片手剣:SS1068→SSS1189
体術:B723→A801
二刀流:i0→G279
《魔法》
【剣魔
・武器に魔力を纏わせる
《スキル》
【剣芸
・武器に応じた剣技を発動できる
・各々の技の熟練度によって威力が増す
・使用武器のアビリティが追加され、熟練度によって使用可能な技が増える
【心意
・事象の上書き
・自らの存在そのものを保ち、守ろうとする意思
これがレベル1での最終ステイタスか。
それにしても二刀流に心意って…
「この二つのスキルって今回の戦闘で得たものなんですよね?」
「いや、その二刀流ってのは前からあったよ?」
「えっ?」
「正確に言うと、昨日の朝ダンジョンに行く前にステイタス更新したときにはすでに発現していたよ。」
「な、なんで教えてくれなかったんですか?」
「僕は一応呼び止めたんだけど?」
そういえば、声を掛けられたような気がする。
けど、リリとの待ち合わせに遅れそうになってたから気に留めなかったんだ。
どうやらそのことを思い出したのかヘスティアはどんどん機嫌が悪くなっていく。
「そ、そういえば《心意》ってどんなスキルなんでしょうかね?」
ここで、なんとかヘスティアの話題への興味を変えようとキリトは誤魔化しに入る。
それが意外にもヘスティアも心意については気がかりらしく、すぐに意識はその新しいスキルの話に変わった。
「うーん…それが、僕にもよくわからない。事象の上書き、なんてそんなことが出来るとしたらそれはもう一種の反則みたいなものだ。だが、もう一つの説明にもあるように発動には何か特殊な条件があるのだろう。君はモンスターとの戦いの際になにか今までとは何か異なる考えで戦わなかったかい?」
「うーん…」
ヘスティアにそうは言われても、キリト自身あの時はまさに死に物狂いで挑んでいてあんまり覚えていない。
せいぜい確か死を意識して生き残ることを考えてからはなんだか身体の痛みが消えたりしたような気がする程度だ。
それでも十分おかしいということにキリトは気づいていない。
「わからないなら、実際に試してみた方が早いな。発動条件がなんにせよ、それは君のスキルだ。君にとって不利益になるものではないだろうしね。というか、ステイタスの話を外であんまりするもんじゃないよ!まったく、もう!君はいつも少し緊張感が足りないよ!今だって、こうして僕と一緒に食事しているというのに…って、聞いてるのかい、キリト君?」
心意…
一体どんな能力なのか、一刻も早く知りたい。
そうと決まれば、早速明日からダンジョンに行かないと!
ヘスティアの心の叫びもキリトには届かず、それに気づいたヘスティアはまたしても文句を言いはじめる。
そこで、ようやく気づいたキリトはそのあとひたすら謝る羽目になったのだった。
シルに助けを求めて目線を向けたが、笑顔をもらえるだけで何もしてくれなかったのはここだけの話だ。
☆★☆★☆
早朝のダンジョン。
まだ、オラリオの都市は静かな空気を纏っている。
連日の早朝訓練のおかげか身体はかなりキレがいい。
さっそく目の前にいるゴブリンでその《心意》というスキルを試してみることにした…のだが、
「ダメか…」
やはり発動条件がわからない。
こんな緊張感のない戦闘ではやはりこのスキルの正体は掴めないのかもしれない。
諦めて帰ろうとすると、いつの間にか背後に人がいた。
その者は青いコートとフードを被っている。
顔が見えないので体格で性別を判断しようにもそのものはキリトと同様線が細く、また背丈的には女性なら少し大きいと感じさせられるためにその者が男か女かわからない。
ただ、キリトは気配を感じさせずに自分の背後にいたこの人物になんとも言えない不気味さを感じさせていた。
「やぁ、あんたも早朝からダンジョン探索か?」
警戒を怠らず軽口を言いながら様子をみようとする。
しかし、その者は腰に携えている剣を抜き取る。
その者の剣はとても美しかった。
青白く光るその剣の柄にはバラの装飾があり、神秘的な雰囲気が一層際立たせている。
キリトもそれに一瞬目を奪われたが、目の前の闘志に一気に現実に引き寄せられて剣を抜く。
「お前…一体?ーっ!!!」
一瞬の出来事だった。
まるで、瞬間移動したような…
いや、キリトにとってはその通りだった。
見えなかったのだ。
その者の左拳がキリトの鳩尾に決まりキリトは後方に一気に吹っ飛ばされる。
ランクアップしたキリトは自身の肉体の性能の差をはっきりと感じている。
レベル1の時とは比べものにならないステイタスの違いを。
だが、奴の強さはそんなこと些細なものとも云わんばかりの強さだ。
一瞬の土煙に包まれるが、そこからキリトは飛びだす。
そして、片手剣剣技重突進技《ヴォーパル・ストライク》を発動させて奴に反撃を企てる。
視界が遮られてるこの条件なら、当たらずとも隙くらいを作れるはず。
そんな淡い期待はこの者には無意味であることを薄々気づいていたのにだ。
その者は剣を持たない左手で剣を受け止めたのだ。
「どうした?この程度か?」
「え?」
突然の問いかけに驚くキリト。
そして剣ごと持ち上げられて投げ飛ばされる。
地面を転げながら距離を取って体勢を整える。
先ほど声から、なんとなくだが男である可能性があると推測したキリトは会話をしてきたことから話す余地はあると感じて口を開く。
「あんた一体何者だ?なぜいきなり俺を襲う。」
「なに、簡単な理由さ。ランクアップした君の力を試してみたくなったのさ。」
「なんでそれを?!」
ランクアップしたことはまだギルドに報告していないため、キリト自身とそれを更新したヘスティアしかしらないことだ。
それをなぜあいつが知っているのか。
「もっと見せてくれよ。レベル2になった君の力をさ。」
そういうと、今度はゆっくりとこちらに近づいてくる。
ゆっくりと言っても彼にとってのことだ。
キリトにとってはあのアイズとの特訓時でさえこんあ速さを見たことはない。
それでもランクアップしたおかげか身体はなんとか反応できる速さだ。
彼の振り下ろされる剣を辛うじて剣で受けるが、その重さに身体が持ってかれる。
まるで大岩をそのまま受けているようだ。
剣で受ける度に身体が小石のように吹っ飛ぶ。
この状況を打破することはできないのか?
そもそもここになにしに来たのか?
ー事象の上書き
ー自らの存在そのものを保ち、守ろうとする意思
そうか…そういうことか。
そうだ、まだ死ねない。
イメージしろ。強く。より強く。
相手の剣が大岩のようなものなら、それを割るほどの力で叩けばいい。
選ぶ剣技は単発でいい。
それが一撃で仕留める必殺にすればいいのだ。
「なんだ…それは?」
彼は驚くそれは当然だ。
なぜなら、彼の剣が大きく形状を変化させていたのだ。
そして、キリトは剣技を発動させる。
片手剣剣技垂直技《バーチカル》
「いっけええええええええええええええええええ!」
それを青コートの男に向かって振り下ろす。
それを受け止めようとする彼は咄嗟に回避行動に行動を移す。
そして、一気に後方に退避しその光景にさらに驚かさせられた。
ダンジョンの地面に穴が空いているのだ。
しかも、かなり巨大な。
力を使い果たしたのかキリトはその場で膝をついていた。
(今日はここまでかな?面白いものもみれたしね。)
青いコートの男はその場を後にした。
青コートの男が立ち去るのを見たキリトは大きく息を吸って吐き出す。
嵐のような出来事にもうこんなこと二度と起きて欲しくないと願うキリトだった。
それにしても、彼は一体何者なのだろうか?
いつか、強くなったらまた戦ってみたいなどと先ほど殺されそうになったとは思えない感想を抱くキリトだった。
☆★☆★☆★
「随分と暴れたわね。ここまで響いていたわよ。」
バベルの最上階。
ここに美の神フレイヤが青コートの男に向かって少し意地悪そうに話しかける。
「予想以上に面白いものを見れたからそれでチャラでいいだろ?」
「あら、それはなにかしら?聞いてもよくて?」
「すぐにまた見れるさ。お楽しみは後に取っておけよ。」
今日の彼は機嫌がいいとフレイヤは感じた。
よほど、いいものをみれたらしい。
そう思うと、余計気になるものだ。
「それは、早く見たいものだわ。」
すぐに見れる。
神にとって時間はさほど問題ではない。
けれど、やはり楽しみを待っている時はやはり長く感じるものだ。
(次はなにを仕掛けようかしら?)
バベルの最上階で疲労しているのか足取り重くダンジョンから帰路に着くキリトの姿を見ながら美しく、そして悪魔的な笑みをこぼすのだった。