【完結】進撃の美少年クラブ   作:器物転生

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【あらすじ】
リヴァイさんに見捨てられ、
仲間に裏切られて、
エレンは吹っ切れました。


沐浴(下)

 月に一度、集団沐浴の日があるという。風呂に入れば女と気付かれる。それはリヴァイさんも望んでいる事ではないだろう。リヴァイさんだって「男である事を悟られるな」と警告していた。だからオレは手の傷を理由に、集団沐浴を休む事にする。保健室で貰った包帯を巻いた後、割り当てられた寮の部屋で待つ事にした。

 だけど、そこへ坊主頭のコニーが訪れる。どうやらオレが集団沐浴を休むと聞いて、駆けつけたらしい。手の傷をアピールしたものの、むしろ「体を洗ってやるよ!」と押し切られた。冷淡に振り払う事もできず、オレは大浴場へ連れて行かれる。無邪気なコニーの笑顔が眩しい……!

 だけど、そんなコニーも故郷を失ってから、陰りが見え始めた。獣のような体毛を生やした獣の巨人……今思えば、あれは猿か。その猿の巨人によって、コニーの家族は知性のない巨人の姿へ変えられた。そうして壁内に発生した巨人は殺され、もしくは調査兵団に捕獲されている。だけど今のコニーは、訓練兵団の頃のままだ。生産施設で生まれたコニーは、きっと親を知らない。

 

 オレはコニーによって、男性用の脱衣所へ引っ張り込まれた。とは言っても、トイレの時点で気付いていたけれど、この学園に女子トイレは存在しない。当然、女子更衣室や女性用の脱衣所も存在しなかった。「男性用」の脱衣所と言っても、脱衣所は一つしかない訳だ。

 「湯ノ花」というプレートの掛かった扉を抜けると、教室よりも大きな脱衣所が見えた。入口の側にあるカウンターで待機しているのは、双子のハンジさんだ。そのハンジさんからコニーに習って、ロッカーの鍵を受け取った。ここから出る時はロッカーの鍵を、執事に返してから帰るらしい。

 ロッカーの前に着くと、コニーは素早く服を脱いで裸になった。恥ずかしげもなく、コニーの体が晒される。それは「少年」という感じだった。未発達で完成していない、力強さは足りず、子供の柔らかさを残している。しなやかな肉体だった。そして脱いだ制服をグシャグシャに潰して、ロッカーに突っ込む……おい、たためよ。こんなの見られたらリヴァイ兵長に怒られるぞ。

 

「なにジロジロ見てんだよ」

「見てない!」

 

「そっか、服が脱げないんだろ!」

「一人で脱げるってーの!」

 

 全裸のコニーが、オレの制服に手を掛ける。その手を抑えて、押し止めた……コニー、全裸で近寄るんじゃない! グンタさんが迫ってきた時を思い浮かべる、だけどコニーに邪(よこしま)な意思はないし、抵抗しようと思えば抵抗できる。あの時と違って余裕があった。

 

「入りたくない奴なんざ、放っておきゃ良いんだよ。気持ち悪ぃ」

「ガーベラ、おまえなぁ……」

 

 今のオレにとって都合のいい言葉だけど、最後だけ余計だった。そんなオレに代わってコニーが批難の声を上げる。その声が聞こえたのは、四角い箱を積み上げたようなロッカーの向こうからだった。見るとロッカーの上から食み出た上半身と、頭髪の下部を刈り上げた白髪がある。

 あれはジャンだ。コニーの言葉から察するに、ガーデンネームはガーベラというらしい。ガーベラか……なんか悪そうな名前だな。オレは男という事になっている。だから同性に対して恥ずかしがっているように見えたのだろう……たぶんロッカーの上からじゃ、オレの手に巻かれた包帯が見えなかったのか。おまけにコニーも「そっか、(手を怪我してるから)服が脱げないんだろ!」と言葉が足りなかったし……不幸な擦れ違いだった。

 それに気付かず、服を脱いだジャンは風呂場へ歩いて行く。まぁ、いいか。わざわざジャンに説明するのは面倒臭い……オレは、どうしようか。すでに裸になってしまったコニーが目の前に居るから、それを無視して帰るのは気まずい。そんな風にオレが困っていると、カウンターから双子ハンジさんの片方がやってきた。

 

「ガーデン・アイリス、こちらをお使いください」

 

 手渡されたのはショートパンツの水着と、着替え中に体を隠せるラップタオルだった。ハンジさんは昼間の軽薄そうな感じではなく、ちゃんと執事をやっている。これで老紳士で、モノクル(片眼鏡)をかけて、角のごときアゴヒゲを生やしていたらパーフェクトだった。一言でいえばリヴァイさんも含めて、この学園の執事は若過ぎるな。

 でも、よかった。ちゃんと執事はオレをサポートしてくれるようだ。このショートパンツを着ていれば、早々に女と気付かれる事はないだろう。ラップタオルまで渡してくれるなんて準備がいい。つまりオレは「人前で裸になるのは恥ずかしい男の子」という設定になる訳だ。

 ここまでされては引き下がれないし、水着ならば大丈夫だろう。そう思ったオレは着替える事にした。その途中で重大な問題に気付く。水着の上がない。胸を隠す部分がない。最初に気付かなかったオレもだけど、ハンジさんも忘れてたのか? 慌ててハンジさんの方を見ると、なぜか両手の拳を胸の前で握っている。そうして「ふぁいと!」と言いたげな顔をしていた。なんだと……!?

 

 

 大浴場は想像以上に凄かった。校舎と同じ3階建てくらいの高さの天井に、一辺に教室が5個くらい入るほどの広さだ。縦と横を掛ければ、教室25個分という事になる。「やっほー」と声を上げれば、山びこのように音が返ってくるだろう。恥ずかしいから、やらないけど。

 大浴場の奥に大きな岩山があって、頂上から熱い湯が噴き出していた。そこから蒸気がモクモクと上がっている。岩肌を流れ落ちたお湯は、下の岩風呂に溜まっていた。改めて言うけれど、ここは屋内だ。岩風呂の側に、椅子に座ってシャワーで体を洗える場所がある。男の子たちは風呂に浸かったり、シャワーで体を洗ったりしていた。

 いったい何所の王宮の浴場なのか。そう思うくらい豪華だ。集団沐浴は月に一度だから、この大浴場を使うのも月に一度なのだろう。もしも今日コニーが連れて来てくれなかったら大浴場へ入る事もなかった。正体に気付かれないために毎回、集団沐浴を欠席していたに違いない。

 

「へへーん、すげーだろ!」

「ああ、すごいな……本当に」

 

 そのコニーの言葉を聞いて気付いた。この大浴場をコニーは、オレに見せたかったのか。それは男湯である事を忘れるくらいの衝撃だった。自然と笑みが零れる。胸が熱くなった。心を揺り動かす光景だ。目の前で大股を広げて立つコニーの股間が気にならないほどだった。

 

「リリィ、アイリスを連れてきたのか?」

「プリシラたちが、アイリスは怪我したって言ってなかったか?」

 

 コニーに話しかけて来たのは2人だった。片方は肉体が大柄なフランツだ。ハンナと仲が良くて「夫婦」なんて言われていた。だけどアルミンに聞いた話じゃ、フランツは巨人に下半身を食い千切られた。残った上半身にハンナが、必死に心肺蘇生法を行っていたらしい。その時はアルミンも余裕がなくて、ハンナを置いて行った。

 フランツと一緒にいる、もう片方はトムだ。ガスの補給塔へ向かう途中、ガス切れになって巨人に捕まった。その時、トムを助けに行った奴等も犠牲になっている。その隙に同期の連中は、補給塔へ飛びんで命を繋いだ。その頃のオレは巨人になって暴れ回っていたし、アルミンもガス切れになったミカサの所にいたから、他の奴から聞いた話だ。

 コニーは無害そうで安心していたけれど、フランツとトムに対しては恥ずかしさを覚える。脱衣所に置いてあったタオルで胸は隠しているけれど、体に巻いている訳じゃない。タオルを胸に押し当てているに過ぎないから、空いている背中や脇の下が気になった。落ち着け……油断しなければ気付かれない。

 

「アイリス、風呂に飛び込もうぜ!」

「待てよ、リリィ。またガーベラあたりに怒られるぞ」

 

「んー、じゃあ泳ぐか」

「待て待て……その前に体でも洗ってこい、なっ?」

 

「じゃあ。アイリスの体を洗ってやるぜ!」

「そのくらい自分で洗える……!」

 

「遠慮すんなよ!」

 

 シャワー台へ連れて行かれたオレは、椅子に座らされた。濡れるからと言ってタオルを剥ぎ取られる。傷のない方の腕で、晒された胸を隠した。シャワー台の鏡に映ったのはオレの上半身と、背後にいるコニーだ。ここから2つ隣のシャワー台にも人はいる。見られたのか気になった。

 

「じゃあ頭から洗うぞ」

「……ん?」

 

「目ぇ閉じてろよ」

「おう……」

 

 コニーはオレの胸を見てもノーリアクションだった。意外に気付かれない物なのか。それともコニーがバカだからなのか。むしろ下手に騒ぐと疑われるのかも知れない。女性は絶滅したという事になっているんだ。オレが女性なんて、下半身を見られなければ分からない事なのだろう。

 

「流すぞ……じゃあ次は体な」

「下は自分で洗う!」

 

「じゃあ上だけな」

 

 そういう意味じゃない。「首から下は自分で洗う」って言いたかったんだ。シャワー台に置かれていた容器を手に取り、コニーは手で液体を擦り合わせる。そしてオレの背後から、その手でオレの体を撫でまわし始めた。オレは思わず悲鳴を上げて、身を屈める。

 

「なんで素手でやってんだよ!?」

「仕方ねーだろ。スポンジ忘れたんだから」

 

「バカじゃねーの!?」

「バカじゃねーよ。素手でやった方が肌に傷が付かないって、クルミも言ってたしな!」

 

「本当かよ……」

 

 クルミって誰だろう。コニーのリリィもだけど、かわいらしい名前だな。ガーデンネームを考えた奴は、名前を付ける相手が男性である事を忘れてたんじゃないか? そう考えている間も、体の表面をコニーの手が滑り、くすぐられる。ヌルヌルとした液体が。泡の跡を残した。胸の奥から聞こえる鼓動の数が増えて、顔の一部が異常に熱く感じる。

 

「アイリスって胸が腫れてんだな? これって大丈夫なのか?」

「問題ねーよ」

 

 コニーはバカだから気付かない。オレが女なんて。意外に気付かれないように思えた……そんな訳はないので、体を洗い終わったらタオルで胸を隠す。傷を負っていない方でコニーと手を繋ぎ、一緒に岩風呂へ向かった。その途中、無意味に岩山を登ろうとするコニーを止める。

 

「アイリス!?」

「なんでここに!?」

「リリィが連れてきたのか!?」

 

 運悪く岩風呂で出会ったのはトーマスたちだった。トーマスたちのグループでも何でもないアルミンは、近くに居ないようだ、無理矢理に犯された事は記憶に新しい。オレは昔の仲間と思っているけれど、犯されたオレは好きな方じゃない。むしろ怒りを覚えていた。

 

「アイリスは怪我をしているんだ。無理をさせるな」

「なんだよ。あのくらいの怪我、どーってことねーよ」

 

「それを判断するのはアイリスだろう」

「部屋に閉じこもってれば良かったってのか?」

 

「アイリスも風呂に入るのは抵抗があるようだし……」

「水着を着てれば大丈夫だよなー、アイリス」

 

 そいつらがコニーに視線を向けている、それは良い物と言えなかった。まるで敵を見るような目だ。その目が気に入らない。トーマスたちは3人掛かりで、コニーを威圧している。オレが女性と気付かれる事を心配していると言うよりも、コニーを排除しようとしているように思えた。

 そいつらがオレに視線を向けている。それは異性に向ける物だった。その目が気持ち悪い。仲間と思っている相手に、そんな目で見られたくなかった。トーマスたちがオレに向ける感情は独占欲だろう。無理矢理に犯して、変な独占欲でも湧いたのか。トーマスたちの視線が体に絡み付く。

 そうして気付く。オレはコニーと一緒にいる方が好きだ。オレと女性ではなく、男性として接して欲しい。オレを男性と思っているコニーと一緒にいる方が、オレは楽だった。向かい合っているトーマスたちと、コニーの間で火花が散っている。その間にオレは割り込んだ。

 

「コニー」

「コニー?」

 

「間違えた、リリィ。オレたちは、あっちに入ろうぜ」

「アイリス……オレたちと一緒に入った方が良いんじゃないか?」

 

「やだよ」

 

 トーマスたちは女性と気付かれる事を心配しているのだろう。オレを女性と知っているトーマスたちと居れば、いろいろとサポートを受けられるかも知れない。トーマスたちが壁になってオレを囲むとか。それは確かに重要な事だけれど、オレの隣に居るのが誰でもいい訳じゃない。

 それからオレとコニーは大浴場を出るまで一緒だった。ずいぶんと仲良くなったように思う。ショートパンツが滑り落ちるという事もなかった。だけどトーマスたちの反応が心配だな。オレを取られたと思って、コニーに悪意が及び恐れがある。もうちょっと事を荒立てない言い方はなかったものかとオレは後悔していた。

 厄介な事にトーマスたちは、自由にオレを犯す権利を与えられている。独占欲が爆発する前に、ガス抜きをする必要があるだろう。コニーの側にいるよりは、トーマスたちの側にいた方がいいか。あいつらも性欲に流されているだけで、根は悪い奴らじゃないんだけどな。やっぱり女性が絶滅しているせいか。オレが知ってるあいつらは、いくら男であっても、あんなに女に飢えてる奴等じゃなかったんだけど……。

 

 

——第二話「沐浴(下)」

 

 

 基本的に座学を受ける場所は学級別の教室だ。しかし、実習を行う場合は専用の教室へ移動する事になる。とは言っても、教室を中心に生徒は活動するため、専用教室の周辺は人通りが少ない。校舎が箱を置いたように横長い形のために、端の方にある部屋は静かだった。

 その人気のない空間に、短い金髪の男がいる。手洗い場に立ち、胃の中の物を吐き出していた。「なにか悪い物を食べたのか」と男は思う。そういえば最近は、食べ物の味が変化した事を思い出した。正確に言うと、味覚が変化した事を思い出した。これまでは好き嫌いなんて無かったのに、男は"動物の肉"を食べられなくなっていた。

 手にはまっていた白いリングが、赤く変化している。不吉なレッドサインだ。その変化に気付いて、男は不審に思う。白いリングは"美少年クラブ"のメンバーである事を示す物であり、赤く色が変わるなんて事は聞いていなかった……なぜならば、それがレッドサインになってしまえば、もはや元に戻る事は叶わないからだ。

 

「残念!」

「ガーデン・プリシラ」

 

「「ご卒業です」」

 

 背後から聞こえた声に驚き、男は振り返る。すると何時の間にか気配もなく、そこに双子の執事が立っていた。その目は男を捉えて離さない。獲物を見るような2対の目が、そこにあった。そんな時期でもないのに"卒業"とは如何いう事なのか。とてつもない不安が心を占める。

 双子の執事が歩み寄り、反射的に男は逃げた。少し走って後ろを探ると、その場から双子は動いていない。どう見ても逃げ切れるように思えた。しかし、その足を何者かに掴まれる。男は転んで体を打ち、何事が起こったのかと後ろを見た。すると双子の執事が男の体に覆い被さっている。

 さきほど双子は、その場から動いていなかった。なぜ一瞬で追いつかれたのか、男は理解できない。理解の及ばない化け物が、すぐ側にいる。その事実に恐怖を覚えた男は悲鳴を上げた。しかし執事の手によって、その口は塞がれる。手の隙間から、くぐもった声が漏れた。全身から汗が噴き出し、歯はカチカチと震え、顔は恐怖で歪んでいる。眼鏡を輝かせて、喜々とした双子の表情が間近に迫り、哀れな小羊にささやいた。

 

 

「——ようこそ、"拷問部屋(トーチャールーム)"へ」

 

 

 それは「うれしそう」と例えるには"邪悪"に過ぎた。そのまま男は双子によって、地下三階へ引きずられて行く。そして木造校舎の中では異質な、金属製の分厚い扉の向こうへ消えた。他の誰にも気付かれる事なく連れ去られた。その日からガーデン・プリシラ……あるいはエレンが班長を務めた訓練兵団34班の班員トーマスは学園から永遠に姿を消す。その行方を知る者は誰もいなかった。


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