【完結】進撃の美少年クラブ   作:器物転生

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【あらすじ】
トーマスたちに女性と知られ、
リヴァイさんにホモ疑惑が浮上し、
人間の女は絶滅種であると知りました。


沐浴(上)

 トーマスたちを殺そうとして、巨人化しようとして、オレは失敗した。巨人のいる世界では、リヴァイ兵長に歯を折られても、その日の内に新しい歯が生えていた。だけど今は、噛み付いた手の傷が治らない。心配するトーマスたちを追い払ったオレは、手洗い場で傷口を洗っている。

 訓練兵団の時代も、人の姿のままで再生能力は発現しなかった。いいや、「忘れていた」というべきか。おそらく訓練兵団時代も意識すれば再生能力は使えたはずだ。だけど意識している今のオレでも再生能力は使えない。これは今のオレに巨人化能力がないという事なのか?

 オレは蛇口を閉めて、血が止まるまで待つ……そういえば、巨人のいる世界で女性だった人は見ないな。アルミンと同じオレの幼馴染だったミカサや、トーマスたちと同じ訓練兵団34班だったミーナや、リヴァイ班だったペトラさんの事だ。双子になってたハンジさんは……あの人の性別ってなんだっけ。

 

「ガーデン・アイリス、これを使いなよ」

 

 そう言ってアルミンが、花柄のタオルを投げて寄越した。さっきまで近くに誰も居なかったはずだ。わざわざタオルを取りに行ってくれたのか。教官のハンカチも花柄だったけど、もしかして購買部で買った物なのかも知れない。血で汚す事になるけど、そのつもりで持ってきてくれたのだろう。

 

「ありがとな……イキシア?」

「ボクの名前ならイキシアで合ってるよ。それは保健室から貰ってきた物だから気にしないで」

 

「保健室か……このまま寮に行くって訳にはいかないよな」

「あちこちに血を付けて回りたいのなら、そのままでも良いんじゃないかな?」

 

 アルミンが捻くれている。巨人の世界で小さい頃のアルミンは、いじめられっ子だった。だけど、その側にはオレがいた。こっちのアルミンは一人ぼっちで、そのまま捻くれてしまったのかも知れない……なんて考えすぎか。こっちのアルミンとオレは今日初めて会ったんだ。仲を深めるには時間が必要だろう。

 

「ところでアイリス。君は本当に、トーマスたちを受け入れるつもりなのかい?」

「えっ、やだよ」

 

 オレは即答した。「生まれた子供を大切にするか」とトーマスたちに聞いたものの、「受け入れる」なんてオレは言ってない。あれは判断材料の一つに過ぎない。人類最後の女性という話が本当ならば、オレが女の子を産まなければ自然繁殖は不可能になるだろう。だからと言ってオレが犠牲になるなんて嫌だ。

 それにオレが女の子を産んだとしたら、その女の子もオレと同じ運命を辿るだろう。たとえ一生で50人生んだとしても、人数が不足しているのは明らかだ。その生まれた女の子も、人類の絶滅を防ぐために飼育されるに違いない。壁の外に出る事もなく一生を終えるんだ。そんなのは嫌だね。そうなるくらいなら、オレの代で絶滅させた方がマシだ。

 リヴァイさんがオレに何をさせたいのか分かった。どうして壁の中で育てられたのか分かった。だけど、それはオレにとって嫌な物だった。これまで安全な環境で育てられた事を感謝するべきなのだろう、その分の負債を支払う義務があるのだろう。だけどオレは、子供を産む道具として使われるのは嫌だった。

 

「とりあえず、ここから脱出する方法を考えないとな」

「へぇ、そうなんだ……ボクも、いつかあの壁を越えて外に出ようと思ってるんだ。美少年クラブに入ったのは、ガーデン・ローズを探るため……ボクはガーデン・ローズを信用していない」

 

「ホモか……」

「今、真面目な話してるんだけど?」

 

 オレにとっては重要な問題だ。まさかリヴァイさんにホモの疑惑が浮上するとはな。これまで考えた事もなかった。それならばリヴァイさんが、オレに手を出さなかったのも不思議な話ではない。リヴァイさんが手を出さないから、我慢できなくなったオレが、先に手を出してしまった。

 閉鎖された空間でオレを育てる者としても、女性に興味がないのならば適任だろう。おまけにリヴァイさんが始めた"美少年クラブ"も、本番が始まる前に途中で退席していた。異性の交わりを見る事すら嫌だったのか……考えれば考えるほど怪しく思える。だけど屋敷にいた頃のリヴァイさんは、女性であるオレに優しかったんだ。あれは仕事だったからなのか?

 オレに女の子を産ませる計画。その表に出る部分をリヴァイさんが担当しているのかも知れない。その裏で隠れて指示しているのは「旦那様」か。親父の記憶を見た事から、親父が生きている可能性は低い。学園にいる執事であるリヴァイ班の人々も「旦那様」の配下に在るのだろう。

 

「そういえば"お兄様"……ガーデン・ローズはマントを着けてたけど、なにか意味があるのか?」

「あのマントは学園長の代行を示し、ガーデン・ローズは生徒を纏める立場にあるんだ」

 

「学園長の代行?」

「昔は学園長が居たけれど亡くなって、それからガーデン・ローズが代行を務めているらしいよ」

 

「いや、それは、おかしいだろ。ガーデン・ローズはオレが生まれた時から今日の朝まで、ずっとオレと一緒に屋敷で暮らしていたはずだ」

「アイリスが気付いていない間に、その屋敷から抜け出してたんじゃないかな?」

 

 オレは考える。アルミンの言い方から察するに、リヴァイさんは昔から学園に通っていたんだ。屋敷と学園の二重生活を送る暇が、リヴァイさんにあったのだろうか。出入口が屋敷の地下にあったから無理ではないか……それに学園へ毎日通っていたとは限らない。屋敷の電話部屋から指示を出すことも出来ただろう。

 しかし違和感が残るな。リヴァイさんは本当に学園へ通っていたのか。もしくは、そこまでして学園に通う必要があったのか。学園長の代行を務めるのならば、学園に住める人の方が良いだろう。仕事が溜まって役に立たないはずだ。学園の執事たちからも不満が上がるだろう。

 もしかして学園長って「旦那様」の事か? だけどアルミンによると学園長は亡くなっている。亡くなった学園長は親父か。オレに記憶を継承させて死んだのか。リヴァイさんが特別扱いされているのは「旦那様」と深い繋がりがあるからだろう。その「旦那様」は、いったい何者なんだ……。

 

「立体機動装置があれば、あの高い壁も越えられるんだけどな……」

「立体。機動装置?」

 

 立体機動装置は巨人と戦うために開発された。ガスの噴出によって射出したワイヤーを巻き取り、地面を歩く事しかできない人類が立体的な移動を行う。そして立体機動装置による加速を用いて、巨人のうなじを削ぎ取るんだ。十分なガスの量があれば、50メートルの壁を登る事も出来るだろう。ただしガスが尽きると、ワイヤーの射出も巻き取りも出来なくなる。

 この立体機動装置の操作は、長い訓練期間を求められる。空中にいる間は、体に巻いたベルトで姿勢を制御しなければならない。応接室で"兵団風"の制服へ着替えた時、無いと言っていたベルトの事だ。姿勢制御訓練に合格しなければ、調査兵団の前段階である訓練兵団に入る事すらできない。

 そもそも、この体で立体機動装置を操作できるか分からない。けれど壁を登るだけなら、ワイヤーと射出機構は利用できるだろう。それをアルミンに話してみる事にした。立体機動装置の仕組みなら、訓練兵団で学んでいる。そうしてアルミンに話していると、話している間にオレも気付いた。

 

「無理だよ」

「だよな」

 

 アルミンの言葉にオレも応える。特異な形をした壁に突き刺さるアンカーや、その射出機構には高度な技術が用いられていた。立体機動装置には幾つかのブラックボックスがある。2番目の壁ウォール・ローゼに存在するという、秘密の工場都市でしか製造できない部品もあった。個人で材料を加工して作り出そうと思っても、利用できそうな部品を再現する事は不可能だ。

 

「壁は地下深くまで埋まってるから、穴を掘っても無駄だろうな」

「……それは、もうやったよ」

 

 アルミンは暗い表情で言う……掘ったのか。いったい何のくらい掘ったのか。深く穴を掘ろうと思えば、中で動き回れるほどの横幅を取らねばならない。そして掘った土を地上へ運ばなければならないんだ。硬い地層に当たったら削るようにしか掘れない。時間のかかる大変な作業だろう。その努力が無駄になった事は察せた。

 アルミンの手を見る。その手は綺麗だ。少なくとも調査兵団だった頃よりも傷は少ない……当たり前か。巨人のいる世界のアルミンはシガンシナ区が陥落した後、オレと共に開拓地へ送られ、訓練兵団を卒業し、調査兵団に入った。血反吐を吐いた、あの時間を経験していない。

 それでも、こっちのアルミンも外の世界を目指す思いは変わらなかった。アルミンが外の世界を教えてくれたから、オレは壁の外を見たいと思ったんだ。そういう共通点を知って、オレは嬉しく思う。巨人のいる世界のアルミンと、こっちのアルミンを混同しようとしていた。それは危うく思う。

 

「イキシア、おまえは女じゃないよな?」

「当たり前じゃないか。女性は絶滅したと思われていたから、アイリスの存在は奇跡みたいなものだよ」

 

 でもアルミンは怪しいんだよな。金髪のボブカットに、幼くて柔らかそうな顔だ。女の子のような容姿から、じつは女性なんじゃないかと疑ってしまう。オレのように男装しているんじゃないか? クラブの時はオレ以上に警戒し、ベッドに腰を下ろす事もなかった。オレが女の子と分かった時だって「興味がありません」だ……考えれば考えるほど怪しく思える。

 もしくはホモか。男の子にしか興味がないのか。もしも幼馴染がホモだったらオレは、どんな反応をすれば良い。いいや、アルミンがホモと決まった訳じゃない。アルミンが女の子だったらホモじゃない。オレは視界の隅に映る、アルミンの下半身を見て取った……分からないな。

 まあ、待てよ。もしもアルミンが女の子ならば、学園側に把握されていないはずがない……なんて考えるだけ時間の無駄だな。ズボンを引きずり下ろせば確認できるものの、そんな事をすればアルミンを傷付けてしまう。たとえ悪戯でもアルミンに、そんな事をしたくなかった。だからオレは……、

 

「おっと悪い。手が滑った」

「わざとだよね!?」

 

 偶然を装って、アルミンの股間に手を滑らせる。だけどアルミンは、すぐにオレのウソを見破った。アルミンは警戒して、オレから距離を取る。上手く行けば偶然で済んだものの、アルミンに気付かれてしまったか。気付かれてしまったのならば仕方ない。正直に言おう。

 

「おまえ本当に男だったんだな」

「いい迷惑だよ!」

 

 幼馴染が男で良かった。だけど同性じゃなかったのは残念だ。どちらの思いもオレで、矛盾なく成立する。そこへピンポンパンポーンという音が流れる。校舎に取り付けられているスピーカーからだった。その音に続いて、若い男性の声で放送が行われる。執事か教師の一人だろう。

 

『皆さん、ごきげんよう。今日は月に一度の集団沐浴の日です。全員時間通り、大浴場での入浴を行うように』

 

「集団沐浴?」

「……みんなでお風呂に入りましょうってことだよ」

 

「脱いだら絶対、女だってバレるだろ!?」

「知らないよ!」

 

 怒ったアルミンは、オレを置いて去って行く。なんて事だ、アルミンに見捨てられた。アルミンが女性であれば問題は無かったのに……どう考えてもオレが悪いのは明らかだった。オレは慌ててアルミンの後を追う。その背中に謝罪の声をかけた。だけどアルミンは振り向かず、返事もしてくれない。

 そういえば、あんな目に会った後だけど、男性に対するトラウマを負わなかったらしい。アルミンの股間を触っても、オレに異常は見当たらなかった。男性に対する苦手意識は感じない。その代わりとして、少し変わったように感じていた。たぶんオレは吹っ切れたのだろう。

 少し前は自分の手を噛むなんて事はできなかった。痛みを恐れて、自分を傷付ける事すら出来なかった。オレに、そんな勇気はなかった。だけどリヴァイさんに見捨てられて、仲間に裏切られて、ようやく自分の力で歩き始めたのかも知れない。この手の傷は、その境界を踏み越えた証なんだ。オレが汚れてしまった事を認めよう。もう、綺麗なだけじゃいられない。

 

 

——第二話「沐浴(上)」

 

 

 横長い木造の校舎が、いくつか並んでいる。校舎は直線的で、複雑な構造をしていなかった。そのぶん校舎が長いので、移動に時間がかかる。校舎の近くに寮があり、人間の生産施設もあった。校舎は3階建てで、地下も3階まである。周囲を木々と、高い壁に囲まれていた。それら全てを含めて"ガーデン"と云う。

 この学園の3階に"お兄様"の部屋「薔薇ノ園」がある。カーテンで遮られたベッドのある、エレンたちが集められた場所だ。しかし、"お兄様"は通常その部屋にいない。"お兄様"が執務を行う部屋は別にあった。それは「薔薇ノ花」というプレートの掛かっている部屋だ。

 高級そうな背高椅子に、"お兄様"は座っている、その前に頑丈な執務机と、扉の下まで敷かれたレッドカーペットがあった。その後ろはガラス張りで、壁一面から光が差し込んでいる。しかし羽ペンを用いて執務を行っている"お兄様"は執事服ではなく。この学園の制服を着ていた。その代わりのように執事服を着た男が、"お兄様"の側に控えている。

 

「ガーデン・アイリスは大丈夫でしょうか?」

「問題ない。御主人様は、そのように出来ている」

 

「美少年クラブの運営や、本日の沐浴もリスクが大きいのでは……」

「定期的に呼び出せば、それこそ目に付く。それに……」

 

「それに?」

「御主人様には、なるべく奴等と一緒の時間を過ごさせてやりたい」

 

 その言葉を聞いた執事は思い悩む。金髪を後頭部で結び、ヒゲを生やした執事だ。その言葉から「いつでもSEXできる権利を与える美少年クラブ」や「エレンの沐浴」が。"お兄様"の意思で行われる事を察せられる。本来ならばエレンを生徒にする必要はなく、男子生徒を「薔薇ノ園」に呼び出して"実習"を行う予定だったのかも知れない。

 

「……もしも学園の運営に差し支える事態となれば」

「安心しろイロナ、なにかあれば最終手段を使う」

 

「叫びの力……」

「ああ……」

 

——対ガーデンドールズ専用「オペラント・コード」


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