【完結】進撃の美少年クラブ   作:器物転生

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【あらすじ】
屋敷から出ると、
過去を幻視して、
父親の死を悟りました。


美少年クラブ(上)

 リヴァイさんの運転する車で、地下へ潜ったトンネルを抜ける。鉄格子のゲートが開くと、木々に囲まれた横長い建物が見えた。その向こうにも壁が見える。建物の周りに人の姿が見えて、オレは驚いた。リヴァイさん以外に初めて見る人間だ。それも一人や二人ではなく、たくさんいる。

 遠くから見る、その服装に見覚えがあった。茶色の短いジャケットと、焦げ茶色のロングブーツだ。それは巨人のいる世界の、兵団の制服に似ている。それを見て懐かしい、とオレは思った。だけど背中の部分に紋章が入っていない。似ているけれど、同じではなかった。

 リヴァイさんの運転する車は建物へ近付いて行く。あそこが目的地なんだ。その途中、近くの木陰に人影があった。車は人影に近付き、その横を通り過ぎて行く。オレは車の窓から、その姿を目で追った。その人影と目が合った気がする。金髪碧眼の、柔らかそうな顔だった。

 

 アルミン……?

 

 アルミン・アルレルト。ミカサよりも古くからの、オレの幼馴染だ。外の世界の事を、オレに教えてくれた。シガンシナ区の扉が破られ、一番外側の壁であるウォール・マリアの扉が破壊された後は、一緒に開拓地へ送られて、そして訓練兵団に入団した。戦闘の適正は低かったけれど、壁外調査を行う調査兵団までオレに付いて来てくれた。

 見間違いかも知れない。だけどリヴァイ兵長に似た人が居るんだ。アルミンに似た奴が居ても不思議じゃない。それでも、あくまでも似ているに過ぎなかった。アルミンもリヴァイさんのように、巨人のいる世界の記憶はないのだろう。そもそも別人なのだから当然だ。

 オレを知っているはずの人間がオレを知らないと、オレを否定されたように思う。だから別人だと思って、関係を作り直すべきなのだろう。執事であるリヴァイさんとの関係も、上官であるリヴァイ兵長との関係と比べれば、まったくの別物になってしまった。それでもオレは今でも、リヴァイさんを完全に別物として見る事ができていない。

 

 

 この木造の建物が見えた時点で、どこへ連れて行かれるのか分からない不安はなくなった。あとは、ここで何をするのか。車から見えた様子から考えると、死ぬほど悪い事にはならないように思う。誰かに監視される事もなく、人々は自由に外を出歩いていた……そもそも壁に囲まれてるけど。

 車から降りると、建物の一室へ案内される。低いテーブルが部屋の中心に置かれ、2つのソファーが向かい合っていた。ここは来客者用の応接室のようだ。目隠しとなる曇りガラスの向こうでリヴァイさんが着替えている。オレの前にも、兵団に似た制服が置かれていた。

 ここで着替えろと言うのか。その前に事情を説明してほしい。危険が迫る事はないと分かったためか、オレの心に余裕が生じていた。何の説明もないため不安を覚えていたのに、リヴァイさんは「悪いようにはしない」と言う。それが誤魔化しているように思えた。さらに同じ部屋で着替え始めたリヴァイさんに対して、ちょっと怒りを覚えていた。ドキドキするじゃないか……!

 

「リヴァイさん、ここは何なんですか?」

「これから御主人様には、この学園で生活してもらう」

 

「学園? ここって何の学校なんですか?」

「生きるための知識や、様々な事を学ぶ学校だ」

 

「そうじゃなくて……たとえば兵士を育てる学校とか……?」

「御主人様を、そんな危険な目に合わせる訳がないだろう」

 

 巨人のいる世界の話だ。各兵団へ入るためには訓練兵団で3年間、過酷な訓練を受ける必要があった。どのくらい過酷なのかと言うと、演習で死亡者が出る事もある。その厳しさから訓練兵団にいるよりは開拓地へ行った方が良いと考える連中もいる。そういう脱落者は開拓地へ送られ、延々と石拾いや草むしりをやらされていた。

 「そうじゃない」とリヴァイさんは言う。兵団の制服を着ていたから、そういう施設なのかと心配していた。屋敷から出発する前にリヴァイさんは「旦那様の命令で外出する」と言っていた。「旦那様」はオレを学校へ通わせるつもりなのか。それは有りがたい事だと思う。

 「旦那様」はオレが思っているよりも、悪い人じゃないのだろうか。屋敷に閉じ込められていたという事は、大切にされていたという事なのかも知れない……いいや、オレは「旦那様」に会った事すらない。顔も見せない奴を信用できるか。ちょっと良い人に思えて油断してしまった。

 

「ここでは皆、"ガーデンネーム"という名で呼び合う。御主人様はガーデン・アイリス。オレの事はガーデン・ローズと呼べ」

 

 リヴァイさんは白手袋を着け、緑色のマントを揺らめかせる。執事服から着替えたリヴァイさんは、兵団の制服を着ていた。本来ならばマントに、各兵団の紋章が刻まれている。そのマントは無地だった。同じようで、違う。だけど、その姿を見ているとオレは、懐かしさを覚える。リヴァイ兵長はこうでなければ、とも思った。

 それにしても「ガーデンネーム」か。オレはアイリスで、リヴァイさんはローズ……なんで花の名前なんだ? わざわざ本名を隠す理由があるのか。まさかオレの名前が有名という事はないだろう……たぶん。オレとリヴァイさんだけじゃなくて、生徒全員がガーデンネームなのか。

 そこでオレは兵団の制服を手に取る。オレの制服に、マントが付いていない事に気付いた。オレの分のマントを置き忘れている訳じゃないだろう。だとすれば、リヴァイさんの着けているマントは特別な意味を持っているのかも知れない。リヴァイさんも、ここの生徒になるのか?

 

「そして、これが最も、何よりも重要な事だが……おまえが女であるという事を、周りの少年達には絶対に悟られるな。もしも知られれば取り返しのつかない事になる。分かったか?」

「……了解です、リヴァイさん!」

 

 リヴァイさんは鋭い目付きで、オレをにらむ。屋敷では見た事のなかったリヴァイさんの表情だ。その目にオレはゾクゾクして、身を震わせる。崩れそうになる顔をキリッと整えて、リヴァイさんに応えた。リヴァイ兵長が帰って来たように感じて、オレは嬉しく思う。それと同時に少しだけ、寂しいと感じるオレもいた。

 胸が熱くなったオレは、さっそく兵団の制服へ着替える。恥ずかしいと思う気持ちは、どこかへ飛んで行った。ロングブーツを履いて、短いジャケットを着る。体を縛るベルトはないらしく、巨人のいる世界よりも服装は緩かった。正確に言うと、これは"兵団風"の制服か。

 そういえばジャケットが短いのは、立体機動装置の邪魔にならないためだ。腰のベルトにワイヤーを射出する部分があるから、ジャケットが長いと引っかかる。だけど、こっちに立体機動装置はあるのか? もしも存在するのならば、こっちの壁を越える事も難しくない。

 

 

 リヴァイさんに場所を聞いて、先生の指示を受けに行く。兵団の制服で、木造の校舎を歩いた。その途中で振り返り、離れて行くリヴァイさんの背中を目で追う。リヴァイさんは、この校舎を初めて訪れたように見えない。だけどリヴァイさんは。これまでオレと一緒に屋敷にいたはずだ……いったい、どうなっているのか。

 リヴァイさんの言っていた先生は、見覚えのある人だった。ツルツルの頭に凹んだ目の、キース教官だ。元から長身の人だったけれど今は、とんでもなく大きく見える。オレの背が低いせいか……いや、"元から"と言うのは巨人のいる世界の話で、こっちじゃ初対面だけど。

 キース教官は厳しい人だ。鬼教官だった。食い意地の張っていたサシャは飯を抜かれ走らされ、間抜けなコニーは頭を両手で掴まれて吊るされていた。とても人の良い顔とは言えず、初めて顔を合わせる人間としては難易度が高い。だけどオレにとっては、懐かしさの方が強かった。

 

「私が運悪く貴様を監督することになったキルシウムだ!」

「え?」

 

 教官の名前はキースじゃないのか。もしかしてキルシウムも花の名前で、教官もガーデンネームを名乗っているのか。そう考えると、本当の名前を尋ねてみたいと思った。オレとリヴァイさんが昔と同じ名前だったように、教官も昔と同じ名前なんじゃないか。形だけで中身は違うのだから、きっと自己満足に過ぎないけれど。

 

「貴様は何者だ!」

「はい! エ……」

 

「エ……?」

「アイリスです。よろしくおねがいします!」

 

「そうか、バカみてぇに似合ってねぇな!」

「オレも、そう思います!」

 

 教官と話していると、なんだか気分が上向いてくる。訓練兵団の洗礼となっていた懐かしいセリフを、オレはなぞった。それにしても、うっかり本名を言いそうになる。気を付けないと口を滑らせるな。特にオレが女である事は知られてはならないと、リヴァイさんは言っていたけれど……。

 その理由は教室で分かった。オレが黒板の前に立つと、懐かしい顔の奴らが席に座っている。幼馴染のアルミン。同じ班だったトーマス、ナック、ミリウス。104期の同期生だったマルコ、フランツ、トム。トロスト区奪還作戦を生き抜いたコニー、ジャン、ダズ、サムエル。他にも、戦死者リストに載っていたはずの奴らも含めて、そこにいた。

 見る限り、男しかいない。こいつら全員じつは女で、男装しているという可能性もあるが……オレは全員の胸元を意識する。さすがに全員ペッタンコという事はないな。それにリヴァイさんは"少年達"と言って、オレの性別を隠すように言った。あれは"男性"という意味で間違いないだろう。

 

「む……ガーデン・アイリス、目にゴミが入ったようだな。これで拭くといい」

「え?」

 

 教官がハンカチを差し出す。それが花柄のハンカチで、ちょっと笑ってしまった。だけど、そのハンカチに水滴が落ちる。なにかと思ったら、オレの涙だった。胸がジンジンと痛むけれど、なんで泣いているのか分からない。そんなにオレは、ショックを受けているのだろうか。

 ずっとリヴァイさんと2人きりで生きてきた。壁に阻まれて変わらない日々が、何年も続いた。だけど今日、オレの世界は広がった。こいつらと会えて、それを実感できた。止まっていた時が動き出して、失った過去が戻ってきたように感じる。だからオレは、嬉しいのかも知れない。

 この中には死んだ奴らもいる。二度と会えなくなった奴らもいる。オレの目の前で死んだ奴らもいた。そんな奴らの生きている姿を見て、オレは嬉しかった。みんなが生き返った訳じゃない。あいつらは死んでいるんだ。似ているだけの別人だ。それでもオレは、ここを天上の楽園のように感じていた。

 

「あいつ、なんで泣いてんだ?」

「おまえの顔が恐いからだろ」

 

 キース教官のフォローをジャンが台無しにして、トーマスがジャンに突っ込む。

 

「目にゴミが入ったって、キーちゃん先生が言ってるだろ!」

「ほぅ、ガーデン・サイネリア。キーちゃん先生とは私の事か……?」

 

 コニーが余計な事を言って、教官に頭を掴み上げられていた。

 

「よく見ると、あいつガーベラなみに目付きが悪いな」

「アイリスは損な顔をしているよね」

 

 ナックとマルコがオレの顔について品評し、

 

「この時期に転入生……?」

 

 アルミンは怪しむような目でオレを見ていた……おまえは如何したんだ。

 

 くそっ、いつまでも泣いてられるか。そう思ったオレは涙を拭いて、教官に指定された席に着く。こんな自己紹介じゃ、どんな汚名を後で付けられるか分かったもんじゃない。泣き虫エレンなんて……ああ、ガーデンネームだったな。すると泣き虫アイリスになるのか……なんか可憐そうだ。

 オレの席は教室の後ろだった。基本的に教室の席は、2つの机が引っ付いて並んでいるらしい。オレの隣の席は、金髪で髪の短いトーマスだ。オレが班長となった訓練兵団34班の班員で、巨人の奇行種に丸呑みにされたトーマスだった。その手と握手を交わして、生きている事を実感する。オレの手に温もりが伝わった。

 周りを見回せば黒髪オールバックで迫力のあるナックや、金髪ナチュラルで優男風のミリウスもいる。ナックとミリウスも訓練兵団34班の班員だ。トーマスの死に単独専行したオレのせいで陣形を乱し、巨人に食い殺された。そんな奴らの顔を見て、もう二度と失いたくないと、オレは思ったんだ。

 

 

——第一話「美少年クラブ(上)」

 

 

 キーンコーンカーンコーンと鐘が鳴る。休み時間になると転入生のエレンは。ラフなデザインの制服を着た同級生に取り囲まれていた。それを止める力のある教師は、すでに教室から立ち去っている。まずエレンが聞かれたのは泣いた理由だったものの、その時の気持ちをエレンが言葉にする事は難しかった。

 

「アイリスは何号館からきたんだい?」

「オレがガーデンを案内してやるぜ!」

 

「オレがクラスの風紀を守る委員長、ガーデン・プリシラだ。分からない事があれば何時でも何でもオレに聞いてくれ。この学園は品行方正、純情清廉、おしとやかとは言いがたいが……」

「あ〜、やっぱり背中はプリシラに限るぜ〜」

 

 金髪で短い髪のトーマスが委員長風を吹かせ、ふざけたコニーが後ろから抱きつき、床へ投げ飛ばされた。そのまま坊主頭のコニーは床で伸びている。やたらフレンドリーな同級生にエレンは戸惑っていた。ワイワイガヤガヤと騒いでいると、そこへ教室の外から声がかかる。

 

「……うるせぇな。ギャーギャー騒ぎやがって……大人しくできねぇのか」

「お兄様!」

 

 聞き覚えのある声に、エレンは振り向く。すると教室の廊下に、緑色のマントを着けた"お兄様"——ガーデン・ローズがいた。エレンは彼が"お兄様"と呼ばれている事に驚く。その"お兄様"は教室から発せられる騒音で、眉間にシワを寄せていた。見るからに不機嫌そうだ。

 そんな無愛想な"お兄様"を恐れる事なく、同級生で老け顔のダズや、平凡な顔のサムエルが声をかけに向かう。エレンの同級生に対して、"お兄様"は面倒臭そうな表情で対応していた。その様子から"お兄様"が慕われている事を見て取れる。そこにエレンの執事はいなかった。

 その後、"お兄様"がエレンに話しかける事はなかった。まさか無視されると思っていなかったエレンは、大きなショックを受ける。あの屋敷から出た事で、エレンと彼の関係が変わってしまった事を思い知った。それはエレンの知らない"お兄様"の姿で、彼の事を少しも知らないと思い知らされる。

 

 

—————良い事も

 

そうでない事も——


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