【完結】進撃の美少年クラブ   作:器物転生

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【あらすじ】
エレンは独占欲に目覚め、
罪悪感に苦しめられ、
プロミスリングを贈りました。


リヴァイと電話部屋(終)

 オレも女に生まれたのだから、出産について気になる。しかし図書室の辞書を見ると「出産とは、生産施設で生まれる事」なんて斜め上な答えが載っていた。この世界で人間は"生産施設"から生まれる物らしい。そういう仕組みだとしても、人間の体から産まれる機能はあるはずだ。そう思って調べてみたものの、「女性は出産する」という言葉すら見当たらない。

 「性器は快楽を感じ、愛を確かめ合うためにある」という。だけど巨人のいる世界で「男と女が愛し合うことで子が産まれる」という事をオレは知っていた。生産施設で子供が産まれる世界としても、その生産施設が作られる前は人間の体で産んでいたはずだ。それについて全く書かれていない。

 まさか教育に悪いから削られているのか。性器がある事は自分の体で確認できる。少なくとも下の口ではなく、上の口から産まれるという訳ではないだろう。「そんなバカな」とは思うものの、書かれていないから不安になる。オレの知識が間違っているのか……なんて思う事もあった。リヴァイさんに聞いてみると「その通りだ」と答えられて、ますます分からなくなる。

 

 同じように巨人の事も載っていなかった。辞書を見ると「巨人とは、非常に巨大な人類」と書いてある。それについてリヴァイさんに聞いてみると「巨人はいない」と答えられた。さっきの出産と似たような話だけれど、巨人の存在を隠されているのではないかとオレは疑っている。

 オレは駆逐するべき巨人に存在して欲しいのか……いいや、違う。そうじゃないだろう、エレン・イェーガー。初めはただ、外の世界を見たかった。あの壁の向こうに行って、巨人がいない事を確認したい。そうして初めて、オレは安心できる。壁に囚われる事なく、自由で居る事ができる。

 それでもエレン・イェーガーの時間は、巨人を憎んだまま止まっている。振り上げた握り拳を、下ろす先を見失っていた。もしも本当に巨人が存在しないと分かったら、オレの中身は空っぽになるだろう。エレン・イェーガーは死んだのだ。その肉体は、この世界に存在しない。

 

 

「エレン様、明日は壁外へ外出する」

「え!?」

 

「……どうした」

「壁外って、壁の外の? ここから出られるんですか?」

 

「そうだ。身の回りの物は、オレが纏めておく」

「今まで出られなかったのに、なんで急に……? 明日ですか?」

 

「旦那様の命だ。明日の朝、出発する」

 

 身を包む雰囲気に、オレは違和感を覚えた。リヴァイさんの口調が、いつもと違って少し冷たい。なにか大きな変化が、オレの身に起ころうとしている。壁の外へ出られると聞いて、それを素直に喜ぶことは出来なかった。いったい何処へ連れて行かれるのか。まさかオレが不要になったから捨てられるとか。

 身に覚えはある。最近は毎日リヴァイさんに睡眠薬を飲ませ、部屋に忍び込んでいた。さすがに気付かれたんじゃないかと思う。寝ている間に汚されれば誰だって怒る、リヴァイさんだって怒るだろう。だけどリヴァイさんは「旦那様の命」と言った。オレが思っているよりも事は深刻で、その命令は覆らない物なのかも知れない。

 しかし、わざわざオレに通告するか? オレを殺す事なんて何時でも出来るだろう。もしかするとサプライズで、壁の外へピクニックに連れて行ってくれるのかも……うん、無いな。この屋敷に生まれた時から閉じ込めているオレを、壁の外に出すなんて大事だ。それなりの重大な理由があるに違いない。

 

 「旦那様」の所有物らしいリヴァイさんに、オレが手を出した罰なのか。異性を2人きりで閉じ込めている時点で、そんな事を言われても困る。「旦那様」も、こうなる事は分かっていたはずだ。明日の朝、外に出されて何をされるのか。危機感を覚えたオレは、武器となる物を隠し持つことを考えた。

 真っ先に思いつく物はナイフだ。巨人のいる世界で、オレは人さらいを刺し殺した事がある。だけど今のオレに、それが出来るのか。自分を傷付ける事すらできない今のオレに、人を殺せるのか。自身も傷付く事を覚悟の上で、誰かを傷付ける事ができるのか。きっとオレには出来ない。

 それに、きっと相手はリヴァイさんになる。10年以上も一緒にいた相手を殺せるのか。エレン・イェーガーであっても、きっとリヴァイ兵長は殺せないだろう。友達の少なかったせいか、オレは仲間の裏切りに弱かった。リヴァイさんに嫌われていても、殺されようとしても、思いを寄せる相手をエレンは殺せない。

 

 死を大人しく受け入れよう、と思うオレもいる。生きる事を諦めて、死を受け入れるんだ。そもそもリヴァイさんに手を出したオレが悪い。壁の中に閉じ込められていても平穏だった生活を、最初に壊したのは私だ。身勝手な欲望を自制できず、リヴァイさんを傷付けた。

 罰を受けるのは当然だ。それよりも何よりも、リヴァイさんに嫌われてしまった事が辛い。部屋に忍び込んでいた事を知られたのが怖かった。こんな日が来る事は分かっていたはずだ。だけど、あの瞬間が欲しいとオレは願った。"明日"なんて来なくても良いから、あの幸せが欲しかった。

 その"明日"が、明日のオレに追いつく。降り積もった負債を、清算する時がきた。それは仕方のないものと受け止めよう。昨日までのオレは確かに、幸せだったのだから……それでも抗う力が残っている内に、オレが戦うことを諦める事はない。エレン・イェーガーは戦うことを諦めない。明日はオレにとって、運命の日になるだろう。

 

 

 翌日の朝、オレはリヴァイさんに身だしなみを整えてもらっていた。今日はスカートではなくズボンを履いている。ドレッサーの鏡に映るオレは、黒髪のショートヘアだ。巨人のいる世界のオレと、大して変わらない。スカートからズボンへ履き替えると、女らしさは見えなかった。

 リヴァイさんがオレの髪を整える。鏡に映るオレの背後に、リヴァイさんの姿があった。慣れた様子で整えるリヴァイさんの姿を、オレは見つめている。今日のリヴァイさんは、いつもより気合いが入っているように感じた。まるでオレを誰かに披露するような……。

 そこでオレは「旦那様に披露される」という可能性に思い至った。まさか「旦那様」に差し出されて、あんな事やこんな事をされるんじゃないだろうな。その思い付きをオレは、まるで名推理のように思う。リヴァイさんではなく「旦那様」が相手なら、拳の一発くらい叩き込めるかも知れない。

 

「エレン様、顔色が悪いようだが……気分が悪いのか?」

「いえ、大丈夫です。問題ありません……」

 

 イメージの中で、オレが打ん殴った相手は親父だった。そうだ……オレの親父が黒幕という可能性を、すっかり忘れていた。巨人のいる世界でも親父は、いろいろとやらかしている。母さんが死んでから姿を見ないと思ったら、調査兵団の仲間の親類を殺したり、巨人化させたりしていた。

 旦那様は親父なのか。そういう可能性もある……いいや、巨人のいる世界と比べるのは危険だ。リヴァイさんがオレの執事をやっている時点で、どこに誰が居るのか分からない。おまけにオレも男から女になっている。幼馴染のミカサが男になって、婚約者として現れたとしても不思議じゃない。

 ……婚約者? ははは、まさかな……殺されるよりも、その可能性は高いように思える。世界が滅びたのならば、子孫を残すのは重要な問題に違いない……いいや、待てよ。図書室の本には"人間は生産施設で産まれる"と書いてあった。わざわざ"女性が子供を産む必要はない"はずだ。

 

「——よし、上出来だ」

 

 リヴァイさんがオレを見て言う。よく見ると満足そうな顔をしていた。「かわいい」とか言ってくれないのだろうか……いいや、オレは髪が短いし、そんな容姿じゃないか。それにリヴァイさんの口から「かわいい」なんて言葉が出たら耳を疑う。リヴァイさんにとってオレは、汚れた部屋を綺麗に掃除したような物なのだろう。

 外出の準備を終えると、屋敷の地下へ案内される。どこへ向かうのかと思っていたら、屋敷の地下にある鍵のかかった扉だった。その鍵をリヴァイさんは外す。地上の壁に出入口が付いてないと思ったら、壁の外に通じる道は地下にあったのか。扉の先にあった螺旋階段を、オレとリヴァイさんは下りて行く。

 暗闇の底へ落ちて行く感覚は、オレの気分を落ち込ませる。螺旋階段をグルグルと回っていると、心が不安定になる。景色が変わらなくて、同じ場所を歩いている気がする。このまま永遠に底に辿り着けない気がした。だけど、どこへ行くのか分からないのならば、その方が良いのかも知れない。

 

 螺旋階段の次は、横に伸びた通路だ。馬に乗って走れるほど広い。木や土で形作られていた屋敷と違って、通路は硬い物体で覆われていた。コツコツと鳴る床から、冷たい印象を受ける。実際に空気も冷たい。通路の奥へ風が流れている事から、少なくとも窒息する恐れはないらしい。

 屋敷と違って地下は無機質だ。空気が重苦しい。光がなくて、緑もなくて、息が詰まりそうになる。そのせいでリヴァイさんに話しかける事もなかった。さきほどの螺旋階段のように同じ光景が続き、前に進んでいる気がしない。少しの距離であっても、地上を歩く時よりも疲れていた。

 通路の先にあったのは、大きな扉だ。その扉には取っ手も鍵穴もない、ただし、扉の中央に大きな多角形の穴が開いていた。そして天井に巨大なドライバーが取り付けられている。近くにハンドルのような物は見当たらない。どうやって開けるのかと思っていると、リヴァイさんが手袋を脱いで扉に触れた。

 

『ピピッ、指紋確認、許可します』

 

 ゴォンと重い音が響く。頭上からモーターの動作音が聞こえ始めた。天井に取り付けられていたドライバーが、扉に向かって下りてくる。そして多角形の穴と繋がり、回転を始めた。ドライバーは扉ごと回転し、ネジのように扉を引き抜く……というか扉は巨大なネジった。扉が抜けた壁の内側に溝が彫ってある。

 そこでオレは気付いた。この地下の壁は、地上の壁と同じ物だ。こんなに深い場所まで、壁によって遮断されている。巨人のいる世界の壁だって、こんなに深くはないだろう……いや、実際に掘った事がある訳じゃないから分からないけれど。とにかく、ここが外と内の境界なんだ。

 リヴァイさんの後を追って、その境界を踏み越える。何の障害もなく、そこを通り抜けた。すると喜びが涌き上がり、オレの不安が塗り潰される。エレン・イェーガーが胸を高鳴らせていた。これから何が起こるのか分からないのに元気なものだ。だけど今は、その喜びを共有しよう。今、この瞬間、オレは壁の外に出たんだ。

 

 

 ……なんて喜びは長続きしなかった。1つ目の壁を抜けて地上に出たオレが見た物は、高く並び立つ2つ目の壁だ。どうやらオレの住んでいた場所は、多重の壁で守られていたらしい。広大な敷地が壁で区切られている。壁の外に出たと思ったら、まだ壁の中だった。びっくりだぜ。

 よく考えれば事前に予想のできる事ではあった。巨人のいる世界でも、3つの壁によって巨人の侵攻を防いでいたからだ。内側のウォール・シーナと、真ん中のウォール・ローゼと、外側のウォール・マリア。この内ウォール・シーナは原則として、王室の関係者の移住区となっている。

 そういえばオレの生活を考えると、お姫様の生活と言えなくもない。巨人のいる世界の王室は飾りで、真の王家は別にあった……オレは何のために生かされていたのか。そして、これから何処へ連れて行かれるのか。いくつもの壁で守られるほど、オレは意味のある存在なのか。

 

 車をリヴァイさんが運転していた。オレは後部座席に乗っている。車なんて巨人のいる世界には存在しなかった物だ……正確に言うと、世界ではなく時代と言うべきだろう。この世界の科学技術は、巨人のいる世界と比べ物にならないほど高い。それほど技術が発展した世界も、失われてしまったと云う。

 まさか巨人のいる世界と、同じ世界なんて事はないだろう。この世界は出来すぎている。リヴァイさんやオレのように顔や名前が同じままなんて、どんな確率で引き当てられるのか。限られた空間で日々を過ごす、まるで夢や幻のような世界だ。だけど夢幻と言うには、長過ぎる時間をオレは生きた。

 オレは、ここにいる。私は、ここにいる。ここで生きている。ある日突然、夢から覚めるなんて事はありえない。巨人のいる世界のエレン・イェーガーは死んで、この世界にエレンが生まれた。それは確かな事だ……確かな事なのだろうか。私は何か忘れているのではないか。

 

 その時、窓の外に塔が見えた。とても高い塔が、壁の向こうにある。だけど、その塔は途中で折れていた。雨風に曝されて朽ち、内部の構造が剥き出しになっている。その表面に、大きな図形が刻まれていた。丸い円を繋ぐ、いくつもの線が見える。あの図形は図書室の本で見た事がある。たしか、あれは"セフィロトの樹"だ。

 それを見ていると突然、視界が揺れた。折れた塔と重なるように、空へ向かって伸びる塔が見える。とても高い塔で、先端は見えなかった。なぜならば、"あの塔は宇宙空間まで通じている"からだ。オレの視界を遮っていた壁が消え、塔の周りに無数の建物が現れる。車のエンジン音が聞こえて下を見ると、数多くの車が道路を走っていた。

 その塔を眺める若い女がいる。あそこが濡れる事に、若い女は疑問を覚えていた。その事を周りに知られれば"原始人"とバカにされる。だから誰にも言えなかった。そんな時、一人の男と出会う。自分と同じ"性欲"のある男と出会った。その顔をオレは、知っている。

 

『いつ見ても、すごい眺めだろう』

『イェーガーさん……!』

 

『グリシャでいいよ。私もカルラと呼んでいいかな?』

『うっ、うん……!』

 

『知っているか? あの塔の先は宇宙空間まで通じている軌道エレベーターでね。無重力空間でしか発現しない遺伝子を利用して、人間を生み出しているんだ』

『へぇ……!』

 

 注射器をケースに入れて、背を向けた男がいた。

 

『己の信じた道を突き進め。何者にも惑わされるな』

 

 囚われた男の下に女が駆けつけた。

 

『グリシャは私のっ……男だ!』

 

 涙を流す男が謝っていた。

 

『すまないっ……! カルラっ……! 愛しているっ!』

 

 雷鳴と閃光が空を割る。

 

『番組の途中ですが緊急速報です! 日本時間で本日明け方、全世界同時多発的に超大規模のテロが発生! ターゲットとされたのは、世界各地の"セフィロトの塔"! 多数の巨大な爆発と共に、主に"女性"を死滅させる強力なウイルスが散布されたという情報があり……』

 

 

 塔の姿が掻き消える。リヴァイさんの運転する車がトンネルに入った。ゴーという音が車内に響く。心臓がドキドキと鳴っていた。オレは首をギギギと回し、リヴァイさんの様子を探る。だけど、オレの異変にリヴァイさんが気付いた様子はなかった。

 

 今のは親父の記憶……か?

 

 親父の記憶をオレが引き継いでいる。その現象にオレは心当たりがあった。巨人のいる世界での話だ。親父からオレは、その記憶を継承した。だけど、こっちで記憶を継承した記憶なんて……いや、巨人のいる世界でも記憶の混乱はあった。その時の記憶は忘れている、と考えても不思議じゃない。

 この世界に巨人はいるのか? 親父の記憶を思い出そうと思っても上手く行かない。巨人のいる世界で親父から記憶を継承した時の記憶だって、自力で思い出した訳じゃないからな。さっき親父の記憶の一部を思い出したのは、あの塔を見たからだ。あの折れてしまった"セフィロトの塔"を。

 ……ちょっと待てよ。親父の記憶を見たことで、一つ気付いた事がある。もしも巨人のいる世界と"記憶の継承方法"が同じとするならば、すでに親父は……そうだとすれば「旦那様」は親父じゃない。じゃあ、リヴァイさんの言う「旦那様」って誰だ? リヴァイさんは、いったい誰に従っている?

 

 

——プロローグ「リヴァイと電話部屋(終)」

 

 

『それで……その後、なにか変化はあったか?』

「いいや、特には何も……」

 

『そうか……それは"問題"だな』

「ああ……悪いな、旦那様」

 

 屋敷の一室にある古風な電話機の前に、執事が立っている。執事は手を握りしめていた。執事の期待していた変化は起こらなかった。もうすぐエレンは、"ガーデン"へ送り出される。これまでに与えられていた役目を解かれ、新たな役割を課せられるだろう。その結末を執事は受け入れた。




親父に関する表現が曖昧なのは、"座標"関連のネタバレ防止です。
そして親父がやらかした事の順番を入れ替えて、アニメ組を無駄にミスリードしてみる。
とりあえず「エレンの親父が死んでいる」ことは確定しています。

親父の記憶の「雷鳴と閃光」はアニメの演出です。
巨人化する時にドーンとなります。

地下のネジ扉は捏造設定です。
扉の構造の元ネタは、ゲーム『Fallout3』の核シェルター。
詳しく内容を語ると『美少女クラブ』のネタバレになってしまう。

『進撃の巨人』原作者の、「女版エレン」は採用しませんでした。
『美少女クラブ』の主人公が男の娘なので、その逆になります。

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