【完結】進撃の美少年クラブ   作:器物転生

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【あらすじ】
リヴァイを知るために勇気を出したエレンは、
リヴァイが旦那様の命令を優先すると悟り、
睡眠薬入りの紅茶を飲ませました。


リヴァイと電話部屋(下)

 時間を計って、オレはリヴァイさんの部屋へ向かう。そろそろ紅茶に混ぜた睡眠薬が効く頃だ。この屋敷の広い廊下に敷かれた、長いカーペットの上をオレは歩いていた。いつもと違って、その歩みは遅い。そのせいで廊下を長く感じる。オレの体は緊張して、固くなっていた。

 窓の外を見ると暗い。この屋敷で一人ぼっちのような気がした。歩き慣れた廊下が、恐いものに思える。いつまで経っても、孤独に慣れる事はなかった。一人が怖い、捨てられるのが怖い。私だけを見てほしい。それが今のオレにとって、壁の外に出る事よりも、強い願いだ。

 それは独占欲だった。リヴァイさんをオレだけの物にしたい。オレの言葉だけを聞いてほしい。ドロドロとした思いが、オレの中にある。その黒い泥がオレを揺り動かしていた。オレはリヴァイさんの部屋に辿り着く。明かりが点いているのか、その扉から光が漏れていた。まずは扉をコンコンと叩く。

 

「……リヴァイさん、まだ起きてますか?」

 

 返事はない。オレは十分に待って、扉の隙間から中を覗く。リヴァイさんは部屋の明かりを点けたまま、ベッドで横になっている。眠気に耐えられなかったのか、パジャマに着替える事もなく、黒い執事服を着たまま眠っていた。オレは床に屈んで姿勢を低くすると、コソコソと床を這ってベッドに近付く。ベッドに両手を掛けて、リヴァイさんの顔を覗き込んだ。

 眉間にシワが寄ってそうな顔を、ジィーと見つめる。緊張で震える手を伸ばし、おでこの左右にフワッと広がっている黒髪に触れた。心地よい髪の毛の感触を味わう。その髪の毛をツンツンと引っ張り、寝ている事を確かめた。すると、眉毛がピクリと動く。オレは慌ててベッドの下へ体を引っ込めた。

 息を押し殺し、耳を澄ませる。リヴァイさんが起きる様子はない。オレはベッドの下から頭を出し、再びリヴァイさんの顔を覗き込んだ。眠りに落ちている無防備なリヴァイさんの顔を見ていると、心臓の音が大きくなり、息も荒くなる。オレは大きく息を吸って、呼吸を止めた。ベッドの端から身を乗り出して、リヴァイさんの顔に影を重ねる。

 

 緊張が抜けた代わりに、安心感で満たされる。心臓がドキドキして、息が苦しい。オレはリヴァイさんの腕を取って、オレの胸に押し当てた。だけどリヴァイさんは執事服のまま寝ていたため、布の長手袋を腕に付けている……邪魔だった。それを摘んで引っ張り、スルスルと脱がせる。

 リヴァイさんの手首が力なく、ダラリと垂れる。その付け根に白いリングがあった。それを見て、オレは不審に思う。アクセサリーにしては無骨で、飾り気がない。こんな物をオレがプレゼントした記憶はない。それにリヴァイさんは何時も、肘まで届く白い長手袋を付けていた。まるで、このリングを隠すように……。

 オレが贈った物ではなく、それをリヴァイさんは隠す必要があった。そんな贈り物の主は「旦那様」じゃないかとオレは思う。これはアクセサリーと言うよりも首輪に見えた。このリングはリヴァイさんが「旦那様」の所有物である事を示しているのかも知れない。そう考えると不快だった。

 

 オレは上半身を脱ぐ。執事服の前を開き、素肌を重ね合わせた。その間に布を挟まないだけで、リヴァイさんの温度を直接感じ取れる。リヴァイさんが目を覚まさない事を良い事に、オレは肌を擦り合わせた。だんだんと大胆になり、ハアハアと息を荒げて、リヴァイさんの顔に影を重ねる。

 オレは悪い事をしている。リヴァイさんの紅茶に睡眠薬を混ぜ、意識を失っているリヴァイさんの体を好き勝手にしていた。こんな事をしているなんて知られたら、リヴァイさんに何と言われるか。それでもオレは止められなかった。明日なんていらないから、今この瞬間だけが、オレは欲しい。

 エレン・イェーガーは失った肉体を求めている。リヴァイさんの肉体を感じて、その欲求を埋め合わせていた。エレンに引きずられて、エレン・イェーガーは止められない。男性を求める事はオレにとって、心を引き裂かない唯一の答えだ。リヴァイさんをオレは求める。憧れのリヴァイ兵長に、いけない事をしていた。尊敬しているリヴァイ兵長に、こんな事をしている。それにオレは悦びを感じていた。

 

「兵長……!」

 

 

 その行為に時間を忘れるほど没頭していた。だけど、睡眠薬の効果時間を思い出して、オレは正気を取り戻す。いつまでも、こうしてはいられない。今さらながら危機感を覚えたオレは、リヴァイさんの執事服を整える。今にもリヴァイさんが起きるのではないかと怯えつつ、素早く部屋から立ち去った。

 自分の部屋に戻ると、オレはベッドに飛び込む。その反動で体に衝撃が返ったものの、その程度の痛みは気にならなかった。感情に身を任せ、衝動に突き動かされて、とんでもない事をしてしまった。感情を吐き出したせいか、終わってしまってから罪悪感を覚える。

 胸がヒリヒリする。長い時間、リヴァイさんと擦り合わせていたから当然だ。リヴァイさんの胸板が磨り減っていないか心配だった。目覚めたリヴァイさんが不審に思わない事を祈る。というか気付かれるのではないか。明日にリヴァイさんと、どんな顔をして会えばいいのか分からない。

 

「ああああああぁぁぁぁぁぁ……」

 

 エレン・イェーガーにとってリヴァイさんは兵長だ。尊敬するリヴァイ兵長に、なんて事をしてしまったのか。自分の体が、自分の物ではないように感じていた。あんな事をオレがするなんて考えられない。感情のリバウンドが起きて、オレは自分の行動に苦しめられる。

 結局の所、エレン・イェーガーが肉体を取り戻せる事はない。いくら他人の体を求めても無駄だ。なぜならば巨人のいる世界のエレン・イェーガーは死んでしまったのだから。鼓動を止めた肉体は自然の理に帰ってしまった。そうして滅び去った肉体を取り戻せる訳がない。

 それでもオレは欠けた体を求める。求めずにはいられない。しかし、それとリヴァイ兵長は別の話だ。エレンに引きずられてリヴァイ兵長を求めてしまったエレン・イェーガーは、尊敬する兵長に……上官に手を出してしまった事に悩まされる。罪悪感を覚え、後悔の念に苦しめられていた。

 

 うめき声を上げながら、ベッドの上でゴロゴロと転がる。死にたい、苦しくて死ぬ。オレは布団に包まって丸くなった。明日が来るのを1秒でもいいから遅らせたい。明日なんて来なくてもいい。今にもリヴァイ兵長がオレの部屋に飛び込んでくる光景を想像して恐かった。

 そんな事を考えながらも、あっさりとオレは眠りに落ちる。そして目を開けると朝だった。早すぎる朝の到来に、オレは頭が真っ白になる。さっきまで夜だったのに、もう朝になっていた。なんて理不尽だ。二度寝したくなった。そう思っていると扉をノックする音と共に、リヴァイ兵長の声が聞こえた。

 オレは顔を引きつらせる。最悪の想像が頭をよぎった。超硬質スチールのブレードを両手に持ったリヴァイ兵長が、扉の前で待ち構えている。オレは削ぎ落とされて、今日ここで死ぬかも知れない。気付かれていない可能性に賭けるしかないオレは、いつもの調子を取り繕った。そうしてリヴァイ兵長に誘われるまま食卓に着く。とりあえずリヴァイ兵長は、ブレードを持ってはいなかった。

 

「おはようございます、エレン様。昨日は良く眠れたか?」

「はん……」

 

 舌がもつれた。落ち着こう。緊張して、冷や汗が流れる。リヴァイ兵長の様子は、いつもと変わらない。ゴキブリを見る目でオレを見ている事もなければ、オレから距離を取っている事もない。リヴァイ兵長の目付きが悪いのは、いつも通りだ。オレも人相が悪くて、他人の顔のことは言えない。巨人のいる世界では幼馴染のアルミンに「目付きが凶悪で悪人面」なんて言われた事もあった。

 

「これが新しい睡眠薬だ」

「あっ、ありがとうございます……」

 

 執事服を着たリヴァイさんから、睡眠薬の入ったビンを受け取る。睡眠薬を飲まされた事に気付いた上で、何も言わないままオレに睡眠薬を渡すなんて事はあるのか? おまけにリヴァイさんが寝ている間に、服を剥いて肌を擦り合わせた。それに気付いていたら、睡眠薬を渡そうなんて思わないはずだ。

 

「……どうした?」

「えっ、なんでもありません!」

 

 その後、いつもと変わらない生活が始まる。リヴァイさんの作った食べ物を口に入れて、とつぜん血を吐くという事も起こらなかった。まさかリヴァイさんは、昨夜の事に気付いていないのか。それとも気付いた上で見逃してくれているのか。その疑問をオレは口に出して、リヴァイさんに尋ねる事はしなかった。

 オレもリヴァイさんに合わせて、いつもと変わらないように振る舞う。だけどオレの感じる日常は、昨日までの日々と違った。オレはリヴァイさんを見て、昨夜の光景を思い浮かべる。胸がジンジンと痛み、息が苦しくなる。リヴァイさんにマーキングを施せたように感じて、オレは密かに悦んでいた。

 オレはリヴァイさんの姿を見つめる。屋敷を囲む壁の中に、オレは閉じ込められている。それはリヴァイさんも同じだ。リヴァイさんも「旦那様」に囚われている。リヴァイさんを見ていると、夜が待ち遠しかった。そしてオレは再び、リヴァイさんの紅茶に睡眠薬を入れて、部屋に忍び込む。

 

 リヴァイさんは「この身の限り、おまえの命令に従い尽くそう」と言ってくれた。リヴァイさんの体を願えば、オレに応えてくれるだろう。睡眠薬を飲ませずとも、部屋に忍び込まずとも、リヴァイさんはオレに奉仕してくれる。だけど、それではオレは満足できない。

 リヴァイさんに乱暴な事をしたかった。相手の事なんて考えずに、好き勝手にやりたかった。相手の気持ちなんて知らない。考えたくもない。オレの人形(ラブドール)でいてほしい。心なんて奪い取って、どこかに閉じ込めておきたい。そんなドロドロとした気持ちが涌き上がってくる。

 リヴァイさんは「旦那様」に従っている。オレだけの物にならないリヴァイさんが、きっと憎かった。オレの中から黒い泥が零れ落ちる。リヴァイさんの姿を見る度に、白い長手袋を見る度に、その下にあるリングを思い浮かべて、オレは思いを募らせる。オレもリヴァイさんに、目に見える形で刻印を残したかった。

 

「兵長っ! 兵長……!」

 

 体を擦り合うだけでは、影を重ねるだけでは足りなかった。オレはリヴァイさんの全てが欲しい。黒く淀んだ感情に流されて、オレはリヴァイさんの体に伸しかかる。リヴァイさんと一つになりたい。オレから欠落した男性を、物理的に埋め合わせたい。その方法をオレは知っていた。

 ここにリヴァイさんを縛り付けたい。細い縄で縛って動けないようにしたい。そう思ってリヴァイさんに体を絡ませる。しがみつくと、その大きさを感じ取れた。ぎゅーっと、その体を締め付ける。力いっぱい締め付けると、リヴァイさんが苦しそうな声を漏らした。

 熱くて溶けそうだ。オレとリヴァイさんは繋がって、温度を共有する。それが気持ちよくて、夢中で体を擦り合わせた。オレは体の中に、エレン・イェーガーという男性を内包している。その欠損を物理的に埋め合わせた事で、充足感を覚えていた。満ち足りた幸福と快楽で、意識が飛びそうになる。

 

 

 ……意識が飛んでいた。眠っていたらしく、時間の感覚はない。オレは慌ててリヴァイさんを見る。するとリヴァイさんは、まだ眠っていた。よかった……睡眠薬の効果が切れて、リヴァイさんが目を覚ますかも知れない。その前に撤退しなければならない。オレは柔らかい布でリヴァイさんの体を拭き、乱れた服を整えた。

 そして部屋に戻ると、またベッドに飛び込む。リヴァイさんを犯した事に、オレは罪悪感を覚えていた。リヴァイ兵長に申し訳ない気持ちで、心がいっぱいになる。耐え切れなくて、体を掻きむしった。さきほどの絶頂から、一気に奈落へ落ちる。まるで正反対の事を、オレは思っていた。

 リヴァイさんを求めていた体が、今は拒絶反応を起こしている。心がバラバラになりそうだ。罪悪感に蝕まれて、虚しくなる。満たされていたはずの感情が抜けて行く。心の底に穴が開いて零れ落ちた。自分自身を否定する感情に、オレは悩まされる。歯を食い縛るほど苦しくて、死にたくなった。

 

 

 屋敷には図書室がある。そこにある本は古い物ばかりで、新しい本はなかった。壁の外から本が運び込まれる事はないから当然だ。しかし、外見は綺麗だ。日光などで劣化する事はなく、白いページを保っている。それは全ての本がケースに収納され、大切に保存されているからだった。

 オレが外の世界に興味を持ったのは、外の世界について書かれた本を読んだからだ。ここではなく、巨人のいる世界での話になる。幼馴染のアルミンが「おじいちゃん」の隠し持っていた本を持ってきて、オレに外の世界を教えてくれた。そう、オレは……初めはただ、巨人とは関係なく、外の世界を知りたかった。

 図書室の蔵書の中に、手作りのアクセサリーに関する本がある。それを読んだオレは刺繍糸を集める。赤や白や黄の色鮮やかな刺繍糸を編んで、一本に纏めた。意外に力のいる作業で難しく、何度も編み直す。纏めた糸で輪を作り、しっかりと結んだ。それをリヴァイさんに贈る。

 

「エレン様、これは何だ?」

「プロミスリングって言うもので……願いを込めて、自然と千切れた時に願いが叶うんです」

 

「そうか……悪くない。エレン様の手作りだ。大事にしよう」

「じゃあ、手を出してください」

 

 少し背の高いリヴァイさんを見上げ、その手を取った。長手袋を外した手首には、何もない。オレはリングが着いているであろう、リヴァイさんの反対側の手首を意識する。無骨なリングと対抗するように、手作りの色鮮やかなプロミスリングを着けた。オレの物である証を、リヴァイさんに装着させる。

 オレの贈ったプロミスリングに、リヴァイさんは何を願うのか。きっとリヴァイさんは「御主人様の幸せ」と答えるのだろう。ただし「旦那様の命に背かない限り」と付け加えられる。それはオレにとって幸せとは言えない。その点に我慢すれば「壁に閉ざされた幸せな生活」を遅れるのだろう。だけどオレは……。

 リヴァイさんの体を求め、そしてオレは手に入れた。走り出した感情は、もう止まれない。穏やかだった過去には戻れない。オレはリヴァイさんの体が欲しい。リヴァイさんの心が欲しい。リヴァイさんと一緒でなければ、この屋敷から解放されても意味がない。だからオレは、この閉ざされた世界の支配者である「旦那様」から、リヴァイさんの全てを奪い取りたかった。

 

 

——プロローグ「リヴァイと電話部屋(下)」

 

 

 ギシギシとベッドが軋む。ベッドで横になっている執事の上に、エレンが乗っていた。執事に伸しかかり、体を絡ませる。それに対して執事の反応は薄く、エレンが一方的に攻め立てていた。まるで人形を相手にしているようだ。しかし、さすがに全力で締め付けられると、執事も呻き声を漏らした。

 逃げるようにエレンが立ち去った後、ムクリと執事は起き上がる。睡眠薬を飲む振りをしていた執事は、声を押し殺し、眠っている振りをしていたに過ぎなかった。いつもと変わらない調子で執事服を脱ぎ、パジャマに着替える。エレンの行動は予想の内にあり、犯された事も驚くべき出来事ではなかった。

 しかし、一つだけ気にかかっている事がある。エレンの発した言葉に、執事は困惑していた。その事が気になり、執事は自身の記憶を探る。しかし、まったく身に覚えがなかった。エレンは図書室の本から知識を得たのかも知れない。女から知らない男の名前を聞いたかのように、執事は苦悶の表情で呟いた。

 

「兵長ってーのは誰だ……」




お前様の事です。

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