【完結】進撃の美少年クラブ   作:器物転生

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【あらすじ】
ライナーの膝枕を受けて、
エレン・イェーガーは
男を愛する事を受け入れました。


ガーデン・ローズ

 エレン様。

 おまえが生まれた時から、オレはおまえを見つめていた。

 常におまえの事を考え、世話をし——、

 いつか来る"その日"の事を夢見て、想いをよせてきた。

 オレが御主人様の子を、最初に宿す。

 

ガーデン・ドールズ第一号「ガーデン・ローズ」——それがオレの全てだった。

 

 あの日から性に目覚めた御主人様に、オレは夜な夜な、何度も何度も犯された。

 何度も——、何度も——、

 待ち望んだ"その日々"がオレは嬉しくて仕方なかった。

 その為だけにオレは作られたし、何より御主人様の事を心から愛していたからだ。

 だが、オレの望む結末は得られなかった。

 オレは"妊娠"しなかった。

 

——オレは失敗作だったのだ

 

 そして、その時からオレは、

 ガーデンを運営するための冷淡なシステムに徹すると決めた

 オレの名は——、

 

 

——最終話「ガーデン・ローズ」

 

 

 ライナーとベルトルトが去った後、双子のハンジさんがオレを捕まえに来た。その動きをオペラント・コードで封じ、オレと一緒に来てもらう。この学園の執事にもオペラント・コードは有効だ。それは執事たちもガーデン・ドールズであるという事を示していた。

 

「ルビナス、ロベリア!? なにを!?」

 

「ごめんね、イロナ」

「逆らえないんだ!」

 

 双子のハンジさんに頼んで、エルドさんと共に退室してもらう。執務室に居るのは、オレとリヴァイさんの2人だ。兵団風の制服を着ているリヴァイさんは、執務室の椅子から立ち上がっていた。その背後にある壁一面の窓ガラスから、黒い闇と星の輝きが見える。また夜は開けていなかった。

 

「リヴァイさん、外から来た人たちに全部聞きました」

「……ここではガーデン・ローズと呼べと、そう言った事を忘れたのか」

 

 心の中では、いつもリヴァイさんと呼んでいた。オレがエレンとエレン・イェーガーの2つの名で揺れていたように、リヴァイさんもガーデン・ローズの名で揺れているのではないか。学園に連れて来られた日に見た「オレの知らない"お兄様"」の姿だ。だからオレは"お兄様"ではないリヴァイさんの名を呼んだ。

 

「リヴァイさんは如何して、こんな事をするんですか? オレたちにとって、これは何の意味があるんですか?」

 

 

 ベルトルトとライナーが教えてくれた。今から数百年も昔の事だ。繁栄を極めた人類は、すべての子作りを"セフィロトの塔"と呼ばれる人工生殖施設に頼っていた。この学園へ来る時に見た"折れた塔"だ。あの時に見たオヤジ……じゃなかったな。オレに食われた"誰か"の記憶から数十年前と思っていたけれど、実際は数百年も昔の事だった。

 

『男性の遺伝子変異体である女性の男性化が起こり、出産される女性の数が減り、出産年齢の遅延と共に老化が遅れ、長寿化が起こり、妊娠しにくくなる。それらの段階を経て人類は中性化していったんだ。やがて人類は退化し、生殖どころか性欲すら失い、人は塔なくしては子孫を残せない生き物になってしまった』

 

『もちろん、それに危機を抱く人々はいたよ。でも塔に関わる利権や力は強大で、誰一人逆らえる者はいなかったんだ』

 

『そこに現れたのが"正統な血"だった。彼らは超大規模のテロにより、世界中のセフィロトの塔を破壊し、退化した人類を死滅させるウイルスを拡散させ、このガーデンによって自然に子供を作れる人類を取り戻そうとした。それが君たちだ』

 

 塔を維持した人々と、塔を破壊した人々。どっちが悪かったのか、なんて当事者ではないオレには言えない。だけどオレが継承したオヤジの記憶じゃ、どっちも悪かったな。オヤジは世界を変えたかったし、だけど、世界を変えたせいで母さんを失った。それでオヤジは、世界を変えた事を"後悔"してしまった。

 

『皮肉な話でね。ある意味、彼らの思惑以上だった。外の世界では塔の再建が不可能なほどの争いと破壊があった代わりに、人類の生殖機能は復活しつつある。でも、それでも足りない……"産まれた子供に生殖能力が備わっていなかった"なんて事もある。そこでボクたちは、より生命力の強い君の遺伝子を貰いにきたって訳だ』

 

『ガーデンの少年たちに近付かせないために、拷問部屋(トーチャールーム)なんて物騒な名を付けられた、唯一の出口からね。そこから外に出された"妊娠した少年たち"もボクたちが保護したよ』

 

『……さて、もうボクたちはガーデンから出て行くけど、君はどうする?』

 

 コニーたちは保護されているらしい。それを聞いて安心した。もはや拷問部屋へ潜入する必要はない。ベルトルトとライナーに頼めば、このまま壁の外へ連れて行ってくれるだろう。だけど、このまま行けばオレは"後悔"するに違いない。オレはリヴァイさんを置いては行けなかった。

 

『あのオペラント・コードだけど……不思議な事に、この学園の全ての権限は君に最優先で与えられているんだ。つまり、君の権限はガーデン・ローズよりも上なんだよ。後は君が決めれば良い。外に出たいか、ここに留まるか』

 

 それは、きっと、オレが記憶を継承したからだろう。オペラント・コードは強い意志があれば逆らえるほど不完全な物だった。より強力な物をオレは知っている。この学園を支配する最上位の権限は、血肉によって受け継がれた。本当の意味で血族を操れるのは、この壁の内側で巨人化能力を持つオレに限られる。血族の再構成、血による統制、そういう意味もあったのだろう。

 

『……ああ、そうそう。ガーデン・イキシアの事だけど、たった一人で、この学園を脱出したよ』

 

 それは良かった。保健室で別れたままだったアルミンは、脱出に成功したらしい。ベルトルトの話を聞いて、オレは学園を打っ壊す事にした。ベルトルトも前に話した時、「学園を打っ壊すのはオレの役目」と言ってたしな。リヴァイさんを解放するには、それしかない。だけど、その前に確認しておくべき事がある。壁の外に巨人は居るのか?

 

『壁外は、君が考えているほど悪い世界じゃないよ。あいつらは、わりと良い奴らなんだ』

 

 じつはコニーやアルミンが、巨人にモグモグされているという事はないよな。壁の外でも人は生きて行ける。だからと言って「生徒たちの意思に反しても解放していい」という理由にはならない。だから解放ではなく、これは打っ壊すんだ。オレが勝手にリヴァイさんを「旦那様」から奪い取る。

 

 

「この学園が作られた理由も、オレがさせられていた事も分かった。じゃあリヴァイさんは……? リヴァイさんは「旦那様」の手先なのか? それとも「旦那様」に命令されているだけなのか?」

「旦那様……遺伝子上のエレン様の父親は、じつは、もう、この世に存在していない」

 

「だったら、誰が……?」

「電話での指示は全て、旦那様の疑似AI(人工知能)によって為されていた」

 

「だったら……!」

「オレたちガーデン・ドールズは皆、たった1つの目的のために作られた。エレン様と交わり、エレン様の子を宿す、ただそのためだけに……」

 

 まるで人間の牧場だ。壁に囲まれ、管理されて飼育され、妊娠すると出荷される、健康な子供を作るために、清潔な環境で育てられていた。血を保つために一片のケガレも許されない。ガーデン・ドールズは使い捨ての歯車とでも言うのか。死ぬよりもマシなのか。餓えるよりもマシなのか。だけど、それは、まるで家畜じゃないか。

 

「だが、オレにはっ、それすら出来なかった……! オレはっ、失敗作のガーデン・ドールズだったんだ……!」

 

 リヴァイさんが感情を荒げる。悲痛な叫びだった。こんなにリヴァイさんが苦しんでいるなんてオレは知らなかった。オレが考えているよりも、このガーデンのシステムは冷酷だ。ガーデン・ドールズの価値が、子供を産む能力で左右される。ならば子供を産めない男は、何の価値もないと言うのか。

 

「だから、せめてもの、つぐないとしてガーデンの運営を……!」

 

 声を震わせるリヴァイさんの体を、オレは抱きしめた。いつも冷静だったリヴァイさんが、今は弱々しい。硬いリヴァイさんの背中に、オレの腕を回した。壊れそうなリヴァイさんの心を、オレは抱き留める、リヴァイさんは無意味じゃない、無価値じゃないと分かって欲しかった。

 

「あの屋敷にいた時、オレの命令なら何でも聞くって言ったの、憶えてますか?」

「ああ……」

 

「あの時は勇気が足りなくて出来なかった事を、今しようと思います」

 

 リヴァイさんの唇に影を重ねる。ずいぶんと遠い、回り道をしてしまった。想いを伝えるのは、こんなにも簡単な事だった。オレの想いにリヴァイさんが応える。熱い吐息で唇を濡らした。全身が沸き立つように感じる。互いの体を掻き抱いて、互いの体を求め合った。

 服越しに触るなんて、もどかしい。オレはリヴァイさんの服を脱がし、リヴァイさんはオレの服を脱がした。リヴァイさんの体を直接に感じて、オレは甘い吐息を漏らす。光沢のある執務机にリヴァイさんが寄りかかり、その体にオレはしがみついた。リヴァイさんがオレの体を支えて、空中に浮かべる。

 そして一つになった。全身を使ってリヴァイさんと擦り合う。オレの体はリヴァイさんをホールドして放さない。子供なんて出来なくてもいいんだ。オレはリヴァイさんを、この世で一番大切に思っている。リヴァイさんが脈打って、オレの熱い液体を吸い上げた。嬉しくて、オレは悦びの声を上げる。何度でも、何度でも——、

 

 

 「ちゅんちゅん」と鳥の鳴く声が、オレの耳に届く。いつの間にか窓の外は明るくなっていた。オレは高級そうな瀬高椅子に座らされて、その側にリヴァイさんは立っていた。リヴァイさんは壁一面の窓から、外の景色を眺めている。そんなリヴァイさんにオレは声をかけた。

 

「リヴァイさん、もう一つ教えてもらった事があるんです。壁の外に出て、みんなが自由になる、最後のオペラント・コード……」

「オレは多くの罪を犯した。ここから自由になる資格はねぇんだ」

 

「それは、オレも同じです」

「……いつの間にか背を伸ばしやがって」

 

 リヴァイさんの口調が崩れていた。あの頃のようだ。リヴァイさんはポンポンと、オレの頭を優しく叩く。まるで悟ったようなリヴァイさんの様子に、オレは不安を覚えた。穏やかな表情が、今は恐ろしい物に思える。いったい如何してしまったのか。どうして、そんな今にも死にそうな顔をしているのか、オレは分からなかった。

 

「エレン、それは出来ねぇ」

「どうして……」

 

「オレにも仲間がいる。オレを支えてくれた執事たちだ。この学園を共に守ってきた彼らの想いを、裏切るようなマネはできねぇんだよ」

「そんな……」

 

「だからエレン——オレの屍を越えて行け」

 

 リヴァイさんの拳が、目前のガラスを叩き割った。とても人間とは思えない力によって、轟音とともにガラスが粉砕される。だけどリヴァイさんの体も傷付いていた。片手が傷付き、血塗れになっている。骨が剥き出し、ガラスの破片が刺さっていた。いったいリヴァイさんは何をやっているのか。

 オレが唖然としている間に、リヴァイさんはガラスに体当たりを仕掛ける。そのままガラスを突き抜けた。オレは椅子から慌てて立ち上がり、手を伸ばすけれど届かない。リヴァイさんの体は破砕された窓の向こうに消えて、3階の窓からリヴァイさんは落ちて行った。

 意味が分からない。リヴァイさんは自殺したのか。そんな風に考えて、窓に近寄る。だけど窓の外を見る事ができなかった。リヴァイさんが死んでいるのかと思うと、そこから先を覗けない。気分が悪くなって、吐きそうになる。涙が出そうになって目を閉じた。飛び散ったガラスが素足に刺さる。

 

 

 雷鳴と閃光が空を割った。

 

 

 雷光が天へ昇る。天から神が降臨したように、大地へ白い柱が突き立った。ビリビリと空間が振動する。美しくもあり、恐ろしくもあった。その輝きをオレは知っている。だけどリヴァイさんが巨人化能力者だなんて、オレは考えもしなかった。突き破られた窓ガラスの外に、やたら目付きの悪い巨人が姿を現す。

 リヴァイさんと戦えと言うのか。リヴァイさんは執事たちのために、オレと戦うつもりだ。後頭部で髪を結んだエルドさん、リヴァイさんと同じ刈り上げ頭のオレオさん、眼鏡とポニーテールで双子のハンジさん、そしてオレを守って死んだグンタ、他にもいる学園の執事たち。そんな執事たちの想いを、リヴァイさんは背負っているんだ。

 だからと言って、オレにリヴァイさんを殺せと言うのか。そんな事はできない。納得できない。ここでリヴァイさんを失ったら、オレは一生後悔する。だから取り戻すんだ。リヴァイさんを死なせはしない。うなじから引きずり出してやる。足から血を流しながらオレは、リヴァイさんの後を追って飛び出した。

 

 

 薄明るくなった空の下、壁に囲まれた学園で、最後の戦いが始まった。巨人となったリヴァイさんは、オレと同じくらいの大きさだった。その両手が水晶に覆われ、長く伸びて刃を形成する。その場から飛び退いたものの、オレの手首を水晶の刃が切り落とした。巨人が歩く度に、ドシンドシンと大地が大きく揺れる。

 オレの手首から蒸気が上がって、見る間に再生した。素手のオレはリヴァイさんから距離を取る。そんなオレを容赦なくリヴァイさんは追い、水晶の刃を振るった。刃の先端で胸を抉られ、オレは地面に倒れる。そのまま横へゴロゴロと転がると、オレの居た場所に刃を突き刺しているリヴァイさんが見えた。

 まずい。どうやって勝てばいいんだ。リヴァイさんは死ぬような事を言っていたけれど、どう見てもオレを殺しに掛かっている。あの巨人にリヴァイさんの意識はあるのか。まったく油断してくれない。校舎の3階分もある巨人の力で振るわれる、水晶で形作られた重くて硬いブレードは、分厚い巨人の肉を力押しで叩き切る。

 

 オレは地面に生えていた木を千切って投げた。根に付着した土を撒き散らしながら、木々が飛ぶ。しかし。ブレードで切り払われた。次にオレは校舎の屋根を千切って投げた。木材の破片を撒き散らしながら、鉄板が飛ぶ。しかし、ブレードで叩き飛ばされた。ブレードが折れる気配はない。

 鉄板は使えるかと思って盾にする。するとガンッと音がなって突き破られた。校舎の屋根じゃ薄すぎる。他に使える物はないのかと思って、オレは辺りを見回す。だけど巨人となっても見上げるほどに高い壁と、その側にある林と、横長い校舎と、生徒たちのいる寮しかなかった。

 その寮から人が顔を出している。寮の窓辺に並ぶ人々が見えた。巨人の戦いに男の子たちが騒いでいる。ジャンやマルコも、あの中にいるのだろう。オレと同じようにリヴァイさんも寮を見つめていた。そこには黒服の執事たちがいて、寮の外に出た生徒たちを引き留めていた。

 

 あいつらはオレを巨人と知らない。オレを応援している訳じゃない。いったい何が起こっているのか、訳が分からない事だろう。あいつらは巨人の戦いに注目しているに過ぎなかった。あいつらにとって、オレは味方じゃない。オレは一人で戦っている。そう考えると背中を寒く感じた。

 だけどリヴァイさんは違う。黒服の執事たちに応援されていた。リヴァイさんを応援する声が聞こえる訳でも、リヴァイさんを応援する旗が揚がっている訳でもない。執事たちは混乱する生徒たちを寮に留め、学園の執事としての役割を果たしていた。そうする事でリヴァイさんは、後ろを心配する事なく戦える。

 あいつらを人質にするという考えが浮かんだものの、すぐに捨て去った。勝てば良いという物ではない。そんな事をしたらリヴァイさんは、オレを許さないだろう。リヴァイさんに勝って、納得してもらう必要があった。それに生き残ってもらう必要もある。あの巨人のうなじから、リヴァイさんを引きずり出すんだ。

 

 勝敗を決しよう。遠距離攻撃の手段を持たないオレは、危険を冒さなければリヴァイさんに届かない。校舎の屋根を剥いで、両手に持つ。そうして両手からブレードを生やしたリヴァイさんに向かって行った。両手から水晶を生やしているという事は、両手を封じている事と同じだ。

 リヴァイさんがブレードを振る気配を感じた瞬間、オレは両手の鉄板を投げ付ける。両手が空いて軽くなった巨体を、地面を強く蹴って打ち出した。鉄片を叩きと飛ばすか、避けるのか。そこでリヴァイさんは驚きの行動に出る。オレの投げた鉄片を、空中で前転して飛び越えた。

 そして、かかとをオレに叩き付ける。オレは首を捻り、頭への直撃を避けた。凶悪な蹴撃が風を切って、顔の横を通りすぎる。だけどリヴァイさんの足は、そのまま振り下ろされてオレの肩を破壊した。オレの体は地面に倒れ、リヴァイさんが上に乗る。リヴァイさんのブレードが、オレの頭を貫いた。

 

「くそっ! まだだ! まだ終われるかよ!」

 

 勝敗を決すると言っておきながら、オレは諦めが悪かった。うなじから自力で這い出し、巨人の手を逃れる。放棄された巨人の肉体は、瞬く間に肉が溶けて、白い骨が露わになった。この勝負は巨人の打倒で決まる訳じゃない、うなじの中身を殺すか、気絶させるか、捕まえるかで決まるんだ。

 だけど人間の足じゃ、すぐに捕まる。巨人の体が、すぐ側にあった。もう一度、巨人化するか。それで勝てるのか疑問だ。他に方法はないのか。水晶のブレードが振り下ろされて、地面を削った。弾け飛ぶ土砂に巻き込まれて、オレは地面を転がる。まったく勝てる気がしない。

 それでも勝つんだ。勝たなくちゃならない。オレは最後まで抗う事を決めた。オレだって一人じゃない。エレン・イェーガーと共に戦っている。その灼熱の想いを胸に秘めて、太陽と共に戦っている。最後まで戦う事を諦めない。振り下ろされるブレートに向かって、オレは駆けた。

 

「うおおおおおお!!」

 

 オレは叫んだ。心から叫んだ。全身から声を発するように震わせた。泥まみれになった体を走らせる。地面と擦れた肌に、血が滲んでいた。だけど手が取れた訳でも、足が取れた訳でもない。体力は十分に残っている。まだ巨人化できる。オレは戦えるんだ。だから戦う!

 オレの叫びを聞いたのか、巨人の動きが止まる。ブレードが少し遅れて、オレの背後に落ちた。オレはブレードの下を走り抜けた。巨人の足下にオレは飛び込む。巨大な巨人の顔が、オレを上から見下ろしていた。そんな巨人の足を、オレは掴む。その肉を掴んで登った。

 巨人が足を振る。オレは振り落とされないよう、死ぬ気で肉に捕まった。それで離れなかったオレに、巨人はブレードを向ける。足に取り付いているオレなんて、動かない的だ。巨大なブレードの先端が、オレに迫る。ダメだ、ここで巨人化……するしかない……!?

 

 ブオンと風を切る音が聞こえた。

 

 巨人の足に取り付いていたオレを、黒い生き物がさらう。何かと思ってみると、それは黒い翼を生やした蛇だった。オレを口にくわえたまま蛇は、一気に巨人の上まで飛び上がる。すると巨人に襲いかかる、翼の生えた蛇たちが見えた。巨人は両手を振り回し、それらを振り払っている。

 これは継承した記憶で見た事があった。壁を防衛する兵器だ。壁を形作ったのは巨人でも、塔の破壊に用いられたのは空飛ぶ蛇だった。それが如何してオレを助けてくれたのか。元々、この蛇は人間だ。巨人と同じ、人間が変化した物だった。だけど知性のない巨人と同じように理性は残っていない。

 その時、巨人のいる世界の光景を思い浮かべた。混戦の中、母さんを殺した巨人にハンネスが食われ、近くにいたジャンとアルミンも巨人に食われそうで、ミカサが諦めた時、オレは巨人の手を殴ったんだ。そしたら他の巨人が襲いかかって、オレが殴った巨人は食い千切られた。つまり——、

 

「オペラント・コード000、コードキー"ガーデン・アイリス"!」

 

 叫びの力は、この空飛ぶ蛇にも有効だ。

 

「巨人のうなじまでオレを連れて行きやがれ!」

 

 ギエエエエと黒い蛇が応える。蛇は急降下して、巨人の首筋に着地した。巨人のうなじにオレは飛びつく。この肉の中からリヴァイさんを取り出さなければならなかった。女型の巨人のように、肌を硬質化されると不味いな……ああっ、くそっ! なにか刃物はないのか! その間に巨人はブレードを切り離し、その手を首筋に伸ばす。

 すると蛇の翼が尖って広がった。それはオレに迫る巨人の手を貫く……あるじゃん、刃物!? そもそも蛇に命じて、リヴァイさんを取り出せば良かったんじゃないか。慌てているせいか、上手く頭が回っていない。オレが命じると蛇は大きく口を開けた。その口で、巨人のうなじを食い千切る。おい、リヴァイさんを殺すなよ!?

 蛇が食い千切った場所を覗くと、そこに有ったのはリヴァイさんの下半身だけだった。頭が、ない? オレは体が冷たくなる。思わず蛇を見ると「ペッ」とリヴァイさんの上半身を吐き出した……ふざけんなよ、ばかやろう。目を閉じたリヴァイさんの体は、真っ二つになっていた。その姿にオレは衝撃を受ける。

 

 その体をオレは抱きしめた。巨人の体が崩れ始める。オレはリヴァイさんの上半身と共に、巨人の体から滑り落ちた。だけど、そんな事は気にならない。リヴァイさんは死んでしまったのか。そう思うと胸が苦しくなって、泣き叫びたくなった。リヴァイさんが生きていなければ、オレが生きている意味なんてないじゃないか。

 このまま死んでも良かった。リヴァイさんと一緒なら死んでも良かった。リヴァイさんの体に残っている温かさをオレは感じ取る。この温度が失われて、冷たくなって、体が腐り落ちる前に、オレは死にたい。リヴァイさんを手放したくなかった。その願いは、あと少し待てば叶う。オレの体は地面に向かって落ちていた。

 だけど心臓の鼓動が聞こえた。リヴァイさんの心臓が動いている。まだリヴァイさんは死んでいなかった。蒸気が上がって、傷口を塞ぎつつある。リヴァイさんは生きているんだ。それが嬉しくて、感情が爆発する。落下中である事も忘れて、喉が千切れるほど泣き叫んだ。オレは喜びの声を上げる。そうして地面と激突する寸前、黒い翼にオレたちは包まれた。

 

「リヴァイさん……オレの勝ちです」

 

 

——最終話「ガーデン・ローズ」

 

 

 3階建ての校舎は、その屋根裏を晒していた。そこを覆い隠していたはずの屋根は、強大な力で剥ぎ取られている。屋根の残骸は歪み、地面に引っ繰り返っていた。大地から引き抜かれた木々が、土に塗れた根を晒している。あちこちに残骸が転がっていた。片付けられる事はなく、放って置かれていた。

 巨人の戦いから時間が経っている。白かった空は、青みを増していた。壁の上から太陽が昇る。巨人の肉体は蒸発し、跡形も残っていない。しかし、踏み荒らした大地の跡や、破壊された土地の跡は残っていた。この学園の行く末を決める戦いは終わり、結果が言い渡される時を待っている。

 いつもならば授業が始まっている時間だ。その校舎に人影はなかった。生徒たちは寮で、不安な時を過ごしている。生徒たちの頭に、巨人の姿は焼き付いていた。オペラント・コードによって戦場の記憶が消される事はない。いつもの日常は破られ、そして崩壊した。

 

『ヴーッヴーッ、オペラントコード000、コードキー"ガーデン・アイリス"!

 ガーデン内の少年たちは全員屋内へ。繰り返す、ガーデン内の少年たちは全員屋内へ!』

 

 スピーカーからエレンの声が流れ出す。屋根を壊されて誰もいない校舎へ、崩れ落ちた地下へ、不安に怯える生徒たちのいる寮へ、残骸の転がる運動場へ、木々に阻まれて暗い林へ、青いシートの掛かっている壁へ。各所に設置されたスピーカーによって、ガーデンの全てに声は届けられた。

 

『全ベーシックセキュリティ解除、全グレート・ウォールセキュリティ解除!』

 

 学園のマシンが稼働状態から休止状態へ切り替わる。あちこちに設置されていた小さな監視カメラが、壁の状態を観測していた警報装置が、空を警戒していた探知機が、拷問部屋の奥にあった機械群が、セキュリティを制御していた演算機や記憶装置が、その機能を停止した。

 

『777プロテクト解除、全FB-1000起動!』

 

 壁の中で何かが動く。壁が内側から破壊され、その一部が剥がれ落ちた。その隙間から巨大な腕が突き出される。数百年もの間、眠っていた巨人が目を覚ました。そこへ空を飛んでいた黒い蛇が、壁に突っ込んで食らい付く。その目がガシャリと切り替わり、「点火」の文字を表した。

 

『オペラント・コード、フリーダム!』

 

 エレンの言葉を受け、黒い蛇が爆発する。学園を囲む長い壁から、次々に爆発が起こった。ドドドドと連続する爆発音が、壁を辿って行く。壁の地平線を壊し、学園を揺るがした。巨人と共に壁が吹き飛び、爆煙が立ち昇る。崩れ落ちる壁の向こうから、明るい光が差し込んだ。

 学園の少年たちは、その光景に驚きの声を上げる。壁が破壊された不安と同時に、壁の外に対する興味があった。窓から身を乗り出し、壁の向こうに広がる世界を見つめる。閉ざされていた世界は、その姿を大きく変えた。怯えながらも少年たちは、その足を前へ進める。

 学園の執事たちは、その光景を静かに受け入れていた。もはや少年たちを守り、そして留める壁はない。この過酷な世界に投げ出され、少年たちは生きて行かなければならなかった。それが幸せな事なのか、大人たちには分からない。少年たちに、大人たちに、エレンは楽園の終わりを告げた。

 

 

『——オールエンド!』


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