拷問部屋を封じ、
ジャンと事故って、
マルコに目撃されました。
それは突然の事だった。オレは廊下で、2人の生徒と擦れ違う。2人とも見上げるほど身長が高かった。片方は短髪黒髪で、幼い顔立ちの男だ。もう片方は短髪金髪で、がっしりとした顔の男だった。どちらも見覚えのある顔だ。だけど、この学園では初めて見る顔だった。
2人は訓練兵団の同期生で、調査兵団の同僚でもあった。金髪の方はライナーで、黒髪の方はベルトルトという。門を破壊した「超大型巨人」と「鎧の巨人」の正体が明らかになった時は、「ライナーの手に捕まったり、大怪我を負って背負われたり、戦ったりした」こともあった。
オレにとって忘れられない仲間だった。だけど、この学園に来た時は居なかった。ベルトルトとライナーだけ居ないから不思議に思ってはいた。その2人が目の前にいる。オレが意識していると、2人と目が合った。目と目が合った瞬間、オレの頭は熱くなる。オレは足を止め、振り返った。もはや2人はオレを見ていない。
「待て……」
オレは感動して、思わず声を出した。だけど聞こえていないのか、2人は歩みを止めない。オレの顔を知っているのならば、なにか反応があるはずだ。反応がないという事は、オレを知らないのか。ベルトルトとライナーも他の奴らと同じように、巨人のいる世界の……いいや、昔の記憶はないのだろう。
「待って……」
それでも、この気持ちは止まらない。オレは2人を追って走り出した。すると金髪の男、ライナーが振り返る。オレの声が聞こえたのか、オレの気持ちが届いたのか。その顔を見ると嬉しくて、オレは床を強く蹴った。今の2人がオレの事を知らない事も忘れて、その懐に飛び込む。そんなオレにライナーは驚いていた。
「あ?」
そしてライナーのアゴを片手で掴み、顔を上に逸らし、その足に蹴りを叩き込んだ。ライナーの巨体は回転する。重力に従って床に叩き付けられた。それは一瞬の出来事だ。我ながら上手く出来たものだと思う。ベルトルトやライナーと同じ同期生だったアニの蹴り技だ。オレも格闘術の訓練中に蹴っ飛ばされた事がある。ライナーは呻き声を上げて、オレを見上げる。
「おい、おまえ……今、なんで蹴った」
「悪い、なんとなく」
「おまえは"なんとなく"で人を蹴るのか……?」
「いいや、こんな事をしたのは、おまえが初めてだ」
オレは首元を掴まれ、怒ったライナーに持ち上げられた。身長が高い上に、強面のライナーは迫力がある。ライナーに掴み上げられて、オレの制服は破れちゃいそうだ。その怒りは当然のものだろう。理由もなく暴力を振るわれれば誰だって怒る。この2人と「オレの知っている2人」は違う。だけどオレは我慢できなかった。
「超大型巨人」はベルトルトで、「鎧の巨人」はライナーだった。超大型巨人によって、オレの住んでいたシガンシナ区の門は破壊された。その門の破片は飛んで、オレの家を直撃した。潰れた家の下敷きになった母さんは、巨人に圧し折られて死んだ。オレの母さんが死んだのは、ベルトルトのせいだ。
巨人としての正体を現した時は、巨人化したライナーの「手に捕まったり」、巨人化したライナーに両腕を食い千切られて「大怪我を負ったり」、その状態でライナーに「背負われて運ばれたり」、巨人化したライナーと「戦ったり」した事もあった。オレが暴力を振るいたくなった気持ちが分かるだろう。それは兎も角、すっきりした所で2人に聞きたい事があった。
「おまえら外の——」
——人間だろ。と言おうとしたら、目の前のライナーに口を塞がれた。その反応はベルトルトとライナーが、壁の外から来た事を示す。20センチほど身長の差があるライナーがオレの口を塞ぐ光景は、成人男性が10歳の子供にイタズラしているように見えた。オレは口を塞がれつつも、ジト目でライナーをにらむ。
「ああ、分かった。じゃあ外へ行こうか、ガーデン・アイリス」
中断されたオレの言葉と繋げるように、ベルトルトは言った。オレと2人は校舎の外へ出る。運動場を見ると、生徒が走り回っていた。その光景を見て「幸せだな」と思う。昔に聞いたライナーとベルトルトの目的は「人類に消えてもらうこと」だった。今は、どうなんだ。この学園の在り方が間違っているからと言って、打ち壊そうとしているのか。それとも、そうじゃないのか。
「オレが聞いても、知らない振りをされると思ってたけどな」
「どこに目があるか分からないからね。でも君が大暴れしてくれたおかげで動きやすくなったよ」
執事の監視が緩くなったという事か。こうやって一緒に歩く事すら危険なのかも知れない。「執事に見張られている」と2人が危険で、「執事に見張られていない」とオレが危険だ。それとオレが巨人化できる事も知られているらしい。オレを巨人と特定するためのブラフかも知れないけれど、そんな難しい事はオレじゃ分からない。
「おまえらの目的は、学園を打っ壊すことか?」
「それは君の役目だよ。ボクらの目的は精液を得る事だ」
「……ん?」
「外の世界では生殖能力の衰えによって、極めて子供が生まれ難い。これは切実な問題なんだ」
「ちょっと待て、オレの他にも女性は存在するのか?」
「外の女性は数が少なくて、生殖能力も十分でない。だから力強い精液が必要なんだ」
冗談じゃないかと思う事を、真面目な顔でベルトルトは言う。ここで手に入れた精液を外の女性に使うのか。ベルトルトやライナーの精液ではダメだったのだろう。ベルトルトやライナーが男の精液を搾り取るわけだ。その光景を想像すると、なんだか頭が痛くなってきた。これから被害にあう奴らには、強く生きろと言う他ない。とは言っても、本当に2人の目的が精液だけって事はないだろう。
「君がボクらと一緒に来てくれれば、そんな事をする必要はないんだけどね」
「やだよ」
オレは断った。なんでオレが男の精液を抜いてやる必要があるのか。そうして断った後で後悔する。2人の協力があれば、拷問部屋へ行けるかも知れないな。それにしても女性は絶滅種じゃなかったのか? ベルトルトの話によると「数は少ないけれど女性は存在する」。壁の外と遮断されていたから、学園の情報が遅れているのかもな。
「しかし、まさか正体を見抜かれるとは思わなかったよ。どうして分かったんだい?」
普通は消えたアルミンの代わりに、転入生が補充されたと考えるだろう。それなのにオレは、初対面の2人と擦れ違って、ライナーを蹴り倒し、「外の人間か?」と聞いた。超大型巨人の正体をベルトルトと知らない限り、2人が外から来たなんて事は分からない。それにオレが気付いたのは、昔のベルトルトとライナーを知っていたからだ……なんて事は言えなかった。
「——簡単な推理だ」
オレはドヤ顔で、そう言った。それにしても「学園を打っ壊す」ことがオレの役目とは如何いうことなのか。オヤジの記憶を継承した事が関係しているのか。昔と同じように人の記憶を操る力が、オレに宿っているのだろうか。かつてオレを誘拐したベルトルトとライナーに、その事を話す気は起きなかった。だけど2人は、もう分かっているのだろう。
この学園にトイレは一種類しかない。それは男性用のトイレだ。立ってする方が手前にあって、腰かけてする方が奥にあった。オレが使うのは奥の方に限られている。当然、男という事になっているオレも利用するしかない。とは言ってもオレは校舎の端にある、人気のない場所にあるトイレまで移動していた。
オレは自然な様子を装って、トイレへ向かう。しかし人気の少ない場所へ来ると、服の上から股間を押さえた。他の生徒はいるけれど我慢して、近くのトイレで済ませれば良かったのかも知れない。だけど、いつもの習性でオレは、人気のないトイレへ向かっていた。壁に寄りかかり、制服を擦りながら、まるで傷を負った戦士のように歩く。
その時、衝動の波が治まった。この間にオレは歩く速度を早める。波が治まっている間に、トイレへ辿り着かなければならない。仕方なくオレは目的地ではなく、目の前にあったトイレへ入る。トイレの扉を開けつつ、ズボンを下ろし始めた。誰も見ていないし、恥に拘っている場合ではない。オレはトイレの扉を開けて、フタを素早く上げようとして、柔らかい物を弾いた……ん? なんだこれ?
「なっ!?」
「はぁ!?」
そこには先客がいた。白い髪色で刈り上げ頭のジャンだ。だけど混乱したオレの体は回避行動へ移る前に、事前に予定した通りの行動を実行する。それは一瞬の事だった。頭で気付いても、体は動かなかった。空中で身を捻ると、そこに腰を下ろす。オレの下腹部に痛みが走った。
「てめぇ、なにしやがる!?」
「おまえこそ、こんな所で何やってやがる!」
腰かけているジャンの上に、さらにオレが腰かけている形だ。オレとジャンの一部は密着していた。オレの中にジャンが突き刺さっている。だけど、単にトイレを使っているだけならばジャンの一部は立ち上がらないはずだ。こいつトイレの中で、なにしてやがった!?
「変態か! くっそ、最悪だ!」
「ケツ丸出しで飛び込んできたアホが言う事かよ!」
オレは立ち上がろうとする。だけどジャンの腰の上なので、床から足が浮いていた。ジャンの太ももに手を突き、おしりを引き離そうと試みる。それなのに、どういう訳か、オレの中からジャンが抜けなかった。まるで吸い付いているかのようだ。内蔵を圧迫されて、オレはもだえる。
「抜けよ!?」
「抜けねぇんだよ!」
ジャンの焦った声が、後ろから聞こえた。そんなバカな。抜けないなんて事。あるはずがない。ジャンの生暖かい吐息が首にかかって、オレは肩をビクリと震わせた。体を締め付けられるように感じて、ゾゾゾと鳥肌が立つ。このままじゃ、まずい。早く抜け出さないと、頭が変になる。
「とにかく、立ち上がるぞ!」
「おい、待て、バカ! 下手に動くな!」
急にジャンが立ち上がった。おしりを前に突き出され、オレは悲鳴を上げる。それでもオレの中からジャンは抜けなかった。ヨロヨロとした足で、オレは立つ、止めろと言っているのにジャンは、オレと繋がったまま歩き始めた。オレは壁に手をかけ、内蔵を圧迫される感覚に耐える。
「ジャン、なにをやってるんだい……?」
その声に気付いて見ると、トイレの入口にソバカスの男がいた。ジャンと同じ美少年クラブのメンバーであるマルコだ。そのマルコは、オレとジャンを見て呆然としていた。ジャンとオレも呆然としている。こんな所を他人に見られてしまった。オレは壁に手をかけ、寄りかかっている。そんなオレを後ろから犯すように、ジャンは腰を押し付けていた。どう見てもアウトな光景だ。
「マルコ、執事を呼んできてくれ! 拷問部屋送りになるから他の奴は呼ぶなよ!」
「あっ、ああ……分かったよ」
ジャンが叫び、マルコが応える。マルコはトイレから出て、執事を呼びに行った。ここは人気の少ないトイレだから、人が来る恐れは少ない。だからジャンも特殊な用途のために使っていたのだろう。いつものオレは念を入れて、さらに先にあるトイレを使っていた。オレの油断が、この事態を招いたのか……!
マルコに呼ばれた双子のハンジさんが、人気の少ないトイレを訪れた。オレとジャンはシーツを被せられ、その姿を覆い隠される。オレの正体を隠すためだろう。そうでなくても、とても人に見せられるような状態ではない。そうして繋がった状態のまま、オレとジャンは保健室へ運ばれた。
オレは股間に注射を打たれる。するとオレの中からジャンが抜けて、ようやく解放された。だけどオレとジャンは暗い顔で、保健室のベッドに座り、うつむく。ひどい事件だった。いいや、事故か。事故って挿入したのか。壁の修復やら学園の維持やら忙しい中、こんなバカ騒ぎを解決するために駆け付けてくれたハンジさんに、オレは頭を下げる。するとキュートな笑みを返してくれた。
翌日の放課後オレは、マルコにランニングへ誘われる。走り終わってマルコと別れると、汗を流すためにシャワー室を訪れた。服を脱いで水着を履こうとしていると、脱衣所に人が入ってくる。美少年クラブのメンバーである、老け顔のダズと平凡な顔のサムエルだ。とつぜん現れたダズとサムエルは、オレの腕を取り押さえた。
「ドラセナ! カラー! これは何のつもりだ!」
「それはね、アイリス。ボクに協力してもらっているんだ」
「ガーデン・クルミ?」
「そう、ボクだよ」
ダズとサムエルに続いて、マルコが姿を見せる。そしてマルコは背後の扉を閉めた。ダズとサムエルに腕を取り押さえられたまま、オレは脱衣所から洗い場へ引き込まれる。嫌な雰囲気だ。どうして温厚なマルコが、こんな事をするのか。まったく理由が思い付かない。
「どうして、こんな事をするのか。アイリスは不思議に思っているだろうね」
「まったくだ。こんな事を、おまえがするなんて思わなかった」
「それはね、アイリス、君がガーベラに、いけない事をしたからだ」
子供に言い聞かせるように、ゆっくりとマルコは語る。いつもの穏やかな空気を纏いつつも、言葉がピリピリとしていた。マルコの言うガーベラは、ジャンの事だ。いけない事と言うと、トイレで事故った事だろう。思えば、なぜタイミングよくマルコが現れたのか、オレは疑うべきだった。
「その体でガーベラを誘惑したんだろう?」
「してねーよ! あれは事故だ!」
「知ってるかい? 君に触れてからガーベラは、トイレに行く回数が増えたんだ」
「知らねーよ。むしろ、おまえは何で知ってる!」
「ボクとガーベラは親友だからね。一緒にいれば気付くさ」
「それで親友として、おまえはオレに怒ってるのか?」
「君の存在はガーベラを苦しめる。だからガーベラに近付かないで欲しいんだ」
「好き好んで近付く訳ないだろ。わざわざ近付こうなんて、オレは思ってねぇよ!」
「そんな事を言って……美少年クラブにボクらが集められた後で、ランニングを初めてジャンに近付いただろう?」
「偶然に決まってるだろ。オレも体を鍛えようと思っただけだ!」
「トイレでジャンとしていたのが偶然だと?」
「ジャンが居るなんて知らなかったんだよ!」
オレは体を隠すラップタオルを剥ぎ取られ、全裸にされた。するとマルコはシャワーヘッドを掴む。そして水を出すと、オレの顔にかけた。冷たい水が体から体温を奪う。顔に水をかけられて、呼吸が難しくなった。水を吸い込んで、オレはゲホゲホと咳をする。シャワーから飛び出した水が、針のようにオレの顔を叩いていた。
「君にも分かるように言おうか。"ごめんなさい"と謝れば許してあげるよ」
「……やだね」
「じゃあ、君を捕らえているドラセナとカラーに、君を犯してもらおうか」
「くっそ、おまえ正気かよ!?」
オレは床に押し倒される。そんなオレの上に、ダズとサムエルが乗った。2人はズボンを脱いで、オレの頭と下半身に腰を押し付ける。「オレの意思に反してSEXしたら罰を受ける」なんて事は頭にないらしい。オレは抵抗を試み、手足を動かして暴れた。オレの口の中で動くダズを、オレはにらむ。こいつ……食い千切ってやろうか。
「おい……これは如何いう事だ、クルミ」
ダズでも、サムエルでも、マルコでもない、ジャンの声がした。脱衣所からジャンが歩いてくる。まるでヒーローのようにやってきた。ダズとサムエルの動きが止まる。その隙に2人を蹴っ飛ばして、オレは立ち上がった。床に落ちていたラップタオルを拾って、体を隠す。
「どういう事だって聞いてんだよ」
「ガーベラ、どうして、ここに?」
「おまえを探してたんだよ。そしたら、おまえが珍しくアイリスと一緒に走ってたって聞いてな……アイリスは走った後、シャワーを浴びに行くだろ」
「そうだね……」
「なんで、こんな事をした。おまえは、こんな事をする奴じゃないだろ」
「ガーベラ……ボクは……」
「言えよ。黙ってるだけじゃ何も分からねぇ」
「ボクはガーベラが好きなんだ」
「……」
「……」
「おい、クルミ。今、何て言った」
「ボクは、おまえが好きなんだ。愛している」
冗談を言っている訳じゃないらしい、マルコの顔は本気だった。ジャンは信じられない事を聞いたような顔をしている。そりゃあ親友がホモで、自分を好きだと知ったらショックだろう。ジャンはノーマルだったらしい。まさかマルコがジャンを好きだなんて、オレも気付かなかった。
「……悪いな、クルミ。おまえ、気持ち悪ぃよ」
ジャンの顔に暗い陰が差している。ジャンはマルコを受け入れず、逆に突き放した。ジャンに拒絶されて、マルコは絶望する。ジャンから目を逸らすと、救いを求めるように辺りを見回す。しかしダズとサムエルを見ると、やはり目を逸らされた。そして、なぜかオレに目を向ける。
「ああ、気持ち悪いな」
オレは思った事を、そのまま素直に言った。あんな事をしたマルコを、気遣える気分じゃなかった。それにエレン・イェーガーとしては、オレと同じ男性同士が愛し合う事に抵抗がある……エレンとしては、どうだろうか。もしもオレが男性であるオレを切り離したら、過去を切り捨てたら、どうなるのか。
「この泥棒猫め!」
マルコが激しく怒る。ポケットから刃物を取り出し、オレに迫ってくる。あれはアイスピックか。オレは持っていたラップタオルを投げ付け、その場を飛び退いた。だけどオレは体に衝撃を受ける。マルコの持っていたアイスピックが、オレの腹部に突き刺さっていた。それでショックを受けたらしいマルコが手を放し、アイスピックが抜ける。お腹から血が噴き出した。
「アイリス!」
「大丈夫だ……!」
ジャンの心配する声に応える。痛みは感じなかった。高い再生能力があるから、この程度の傷は問題ない。オレは手で、お腹の傷を押さえる。傷口からシュウシュウと蒸気が上がり、血は止まって傷も塞がった。オレが刺されて驚いたのか、ダズとサムエルは逃げ出す。すると脱衣所の出口から双子のハンジさんが現れ、2人を取り押さえた。
「ガーデン・ドラセナ、ガーデン・カラー、それと主犯のガーデン・クルミ!」
「君たちの犯行は明らかだ。私たちと一緒に来てもらうよ」
片方のハンジさんが、ダズとサムエルを両手に持つ。もう片方のハンジさんは、マルコを片手に持って、血の付いたアイスピックを拾い上げた。駆け付けた執事は双子のハンジさんだけらしい。ハンジさんたちは「どうしようか」とオレを見ていた。ハンジさんは傷が塞がっていると知っているだろう。だけど他の奴らは知らない。まさか傷が塞がっているなんて思わない。
「オレが運びます」
そう言ってジャンがオレを抱き上げた。ジャンはラップタオルをかけて、オレの体を隠す。突然の事にオレの思考は停止した。体が宙に浮いて、不安になる。ジャンの体が、すぐ側にあった。ジャンの顔を、オレは見上げていた。胸がドキドキしてギューとなる。恥ずかしかった。
「バッカ、下ろせよ。このくらい何でもねーよ!」
「怪我人が大口叩いてんじゃねぇよ。ちょっと黙ってろ」
聞く耳を持たないジャンに、オレは持ち運ばれる。体に掛けられているラップタオルが、激しく暴れると落ちそうになった。落ち着かないオレは、手をワキワキさせる。まるで拷問のような時間だ。熱くて苦しくて、頭が溶けそうになる……違う、違う違う違う違う!
オレは——エレン・イェーガーはホモじゃない。だから、"これ"は違うんだ。
——第六話「オペラント・コード(中)」
「お兄様、アイリスが刺されました」
「……なんだと?」
「当事者は全員がクラブのメンバーです。アイリスと肉体関係のあったガーベラに思いを寄せていたクルミが、ドラセナとカラーと共犯してアイリスに対して強引に性行為を行い、そこへ駆け付けたガーベラに追い詰められたクルミが、アイスピックでアイリスの腹部を刺しました」
弱点を狙われない限り、簡単にエレンは死なない。両腕を切り落とされても、時間が経てば再び生える。だからと言ってエレンを傷付けても良いのかと言うと、それは違った。執事の報告を聞いてガーデン・ローズは不快に思う。地下で巨人化し、死にかけたエレンの姿は、ガーデン・ローズに強い不安を覚えさせていた。
「アイリスに……アレを教える」
——対ガーデンドールズ専用「オペラント・コード」