【完結】進撃の美少年クラブ   作:器物転生

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【あらすじ】
囚われていたイキシアは
外来人の少女と出会って、
壁の外に放り出されました。


オペラント・コード(上)

 美少年クラブのメンバーは誰も居なくなった。そして再び、メンバーの召集が行われる。次のメンバーは白髪刈り上げのジャンと、顔にソバカスのあるマルコと、老け顔のダズと、平凡な顔のサムエルだった。前回のようにオレの正体が明かされ、みんなは驚いている……なんかジャンの反応だけ違和感があるな。

 

「まさかアイリスが女の子だったなんてね」

「そうだな」

 

「ガーベラはベッドはアイリスの隣だろう。気付かなかったのか?」

「興味ねぇよ」

 

 執事による美少年クラブの説明が終わった後だ。その言葉を聞いて不快に思う執事は、すでに居ない。オレの前を歩くマルコが、その隣を歩くジャンに話しかけていた。マルコもジャンも冷静に見える。オレが女である事に興味は無いのか。逆にダズとサムエルは目に見えるほど動揺……興奮していた。オレは、そっと距離を取る。

 すでに美少年クラブは、まともに機能していない。オレに子供を産む気がないのだから当然だ。その代わり、またメンバーが消えるかも知れない。ゆっくりしている暇はなかった。目標は拷問部屋で消失したコニーたちの結末を見届け、壁の外へ脱出する事だ。どうしてもオレは、何があったのかを知りたかった。

 窓から壁が見えて、オレは足を止める。木々の向こうに立つ壁、その側に工事用の足場が見えた。よく見えないけれど、執事たちが壁の修復を行っているはずだ。壁の修復は済んでおらず、壁に青いシートが掛けられている。その中で眠る巨人の姿は覆い隠されていた。

 

 超大型巨人に突破された壁は、修復に時間がかかるようだ。とは言っても超大型巨人は、壁に穴を開けたに過ぎない。壁の広範囲を割って壊したのはオレの仕業だった。あんな騒ぎがあったけれど、生徒の一人として、その事を憶えている者はいない。アルミンのように記憶を保っている奴は他にいなかった。アルミンの存在を消されて、オレは一人になった。

 だけどオレに宿っていた力は目覚めている。巨人化能力と、通常時の再生能力だ。この力があれば出来る事が増える。試しに指を切ってみると、すぐに傷口は塞がった。これなら無茶をしても死に難い。ただし巨人化能力は下手に使えない。まるで初期の頃のように暴走してしまったから、巨人化に不安があった。これじゃ壁外で巨人と戦う時に困る。

 その巨人化能力を試すために丁度いい場所があった。拷問部屋のある地下3階だ。あそこあらば人気はないから見られる心配はない。暴走しても狭いから行動を制限できる。拷問部屋の扉を破れるかも知れない。最悪の場合でも、地下3階を侵入不能に出来るかも知れない。

 

 オレは地下3階へ繋がっている、長い階段を降りる。地上の校舎にあるような広い階段ではなく、横幅の狭い階段だった。地上の校舎は木造だけれど、地下の壁は石造りだ。地下3階という事は当然、地下2階と1階もある。教室の類いは地上にあるため、小さな倉庫があるに過ぎなかった。狭くて、圧迫感を覚える。

 地下3階の拷問部屋、その扉の前にオレは立った。扉を開けようと試みたものの、やはり鍵が掛かっている。地下3階は拷問部屋の扉しか無かった。空気は湿気て、淀んでいる。息苦しく思う。長居したいと思う場所じゃなかった。オレは扉を壊す事を考え、親指の付け根を噛んだ。

 雷鳴と閃光が室内で暴発する。傷口から肉が盛り上がり、オレの体を飲み込んだ。そうして巨人の肉体は広がったものの壁に遮られる。床や天井に密着した肉は、四角刑に変形した。壁を破壊するほどの力はなく、逆に肉の塊は潰される。頭や腕や足が潰れ、巨人の肉体は箱状になった。しかし再生能力によって元に戻ろうとする力が働く。その圧力は高まり、やがて壁を形作っている石材を歪ませた。土の圧力が押し寄せ、天井が崩れる。

 

 

 オレは保健室で目を覚ました。明らかに時間が飛んでいる。清潔で肌触りがよく、温かい布団に寝かされていた。その心地よさを振り切り、オレは身を引き剥がす。体に異常はなく、外傷もないようだ。ベッドから降りると、壁に背を預けているリヴァイさんの姿が見えた。

 

「あまり無茶をするな、ガーデン・アイリス」

 

 おそらくオレを助けてくれたのだろう。そんなリヴァイさんに対して、お礼を言う気にはなれなかった。心配しているのはオレの心ではなく、子供を産める体なのではないか。だけどオレを拘束して、無理矢理する形にした方が効率はいいはずだ。巨人化の恐れがあるから出来なかったのか……分からない。

 

「これで拷問部屋は使えなくなったな」

 

 リヴァイさんを挑発するようにオレは言った。地下3階の天井は崩落したはずだ。それなりの被害はあったと予想して言う。お礼を言う事も、謝る事もしない。何と言えば良いのか分からなかった。少し前のオレならば、黙ってリヴァイさんの前を通り過ぎたかも知れないな。

 そんなオレにリヴァイさんも何も言わない。それが無視されているようで気に障った。オレはリヴァイさんを、にらみつける。だけどリヴァイさんは涼しい顔をしていた。リヴァイさんの考えている事が読めない。自分の目で確かめた方が早いと思って、オレは保健室の外に出た。

 地下3階は崩壊していた。立ち入り禁止のテープが張られている。そこに執事たちの姿は見当たらず、壁の修復を優先しているようだ。学園の運営も行う必要があるため、執事の数が足りていないのかも知れない。しばらく地下3階は放って置かれるだろう。問題はオレも拷問部屋へ侵入できないって事か。その間に扉を抜ける、別の方法を考えよう。

 

 

 今の「オレ」というか、エレンは運動する習慣がなかった。だけど、それじゃ巨人のいる壁外へ出た時に困る。戦える手段は一つでも多い方がいい。最近のオレは心情の変化によって、体を鍛え始めていた。その一つとしてランニングを始める事にする。朝早く起きたオレは、学園の周りを走っていた。考え事をする時間としても丁度いい。それに広範囲を走り回る事で発見できる事もあるだろう。

 そのランニングの途中で、白い刈り上げ頭に追い越された。ジャンだ。なんとなくムカッとしたオレは走る速度を上げて、その背中を追いかける。だけど追い付くどころか、さらに引き離された。全力で走っても追い付けない。もしやジャンも全力で走っているのかと疑った。

 予定していたコースを外れてジャンを追う。だけどオレは失速し、ジャンの姿は遠ざかりつつあった。思わず再生能力を使いたくなる。あれは使えば楽になり、走る速度も上がるんじゃないか。そう思ったけれど上手く発動しなかった。目に見える外傷なら兎も角、形の明確でない物は難しいのか。それに巨人の力を用いてジャンに勝っても自慢にならない。

 

 朝食を食べる前に走ったから、お腹が減っていた。しかし食堂へ向かう前に、寮のシャワー室へ向かう。シャワー室は寮の清掃が行われる昼間と、夜の就寝時間は閉まっていた。だけど朝は開いている。それは同級生から聞いた話だ。夜は兎も角、朝に来たのは初めてだった。

 誰も居ない脱衣所で服を脱ぐ。朝からシャワーを浴びる人は限られているためか、そこに執事の姿はなかった。オレはシャワーヘッドの並んでいる洗い場へ入る。シャワーとシャワーの間は、隣が見えないように板で区切られていた。とは言っても完全ではなく、胸から上は覗ける。

 オレは裸ではなく、水着を着た。集団沐浴の時にハンジさんから貰ったショートパンツだ。その事を思い出したオレは、この学園が執事の働きによって維持されている事を思い浮かべる。その執事たちは、オレが巨人になって壊した壁を修復していた。さらにオレは地下を壊し、執事の仕事を増やしている。

 

 何も知らない生徒たちから見れば、オレは学園の建物を破壊した悪人に過ぎない。どうしてオレが戦っているのか、あいつらは分かっていない。人の消える真実を、オレだけが知っている。だけどナックやミリウスやコニーのように記憶を奪われた人々にとって、オレの言葉を信じるのは難しいだろう。

 ……いいや、言い訳は止めだ。この学園の在り方は間違っている。そう思うのならば、ハンジさんから貰った水着を履くべきじゃなかった。シャワーも浴びるべきじゃなかった。食事も口に入れるべきじゃなかった。そうでなければオレは執事を批難しながら。おいしい所に限って撮み食いをしている卑怯者になる。

 リヴァイさんに「これで拷問部屋は使えなくなったな」なんて言った事を後悔した。よくもリヴァイさんは怒らなかったものだ。学園の支配は悪い面もあれば良い面もある。学園の生徒を消す行為は許せないけれど、オレたちの生活を執事は支えている。巨人の侵入を壁で防いでいる。その事を考えに入れず、心ない言葉を口に出すべきじゃなかった。グンタさんはオレを庇って死んだじゃないか。

 

 シャワーを浴び終わって、脱衣所へ向かおうとする。するとガラスの扉越しに、ジャンの裸が見えた。服を脱ぎ、背中を晒していた。オレを追い抜いて、先に寮へ戻ったんじゃなかったのか。寮へ戻らず、どこかで運動していたのだろう。ジャンに構わず着替えるか、それともジャンが通り過ぎるまで待つか。どうするべきかを考えている間、オレの体は固まっていた。

 アルミンも発情してしまったんだ。ジャンを刺激するべきじゃない。オレは体は目に毒なのだろう。そう思ったオレはシャワー室の個室に引っ込んだ。空間を遮る板に囲まれる中、タオルを抱えて身を低くする。するとガラスの扉を開ける、ガラガラという音が聞こえた。ジャンが来たんだ。

 オレは壁に隠れ、ジャンが通り過ぎるのを待つ。ジャンの気配を感じて、オレはドキドキしていた。奥にシャワーがあって、左右は板で区切られているけれど、後ろは何もない。曲がり角に隠れているような物だ。中央の通路から覗こうと思えば、簡単に覗ける。すると通路を歩くジャンと目が合った、

 

「そんな所でうずくまって、なにやってんだ?」

「おまえが通り過ぎるのを待ってたんだよ!」

 

 ジャンは下半身をタオルで隠す。オレの存在に気付いていなかったのだろう。脱衣所のジャンは、オレに背中を向けていたからな……いや、待て。本当に、そうなのか? 脱衣所の電気は点いていたし、オレが外を走っていた事もジャンは知っている。まさかジャンは偶然を装って……!

 

「いつも夜は、男の振りしてシャワーを浴びてるだろうか。今さら何を言ってやがる」

「みんなが居る時と、2人きりってのは違うんだよ!」

 

 その呆れた表情は何だ。オレは逃げ出そうと思って、ジャンの横を擦り抜ける。と思ったら足が滑った。パレットもとい"すのこ"が床に敷かれていたけれど、走ったせいか滑ってしまった。だけど倒れそうになった所を、ジャンに支えられる。ジャンの腕に胴体を抱き寄せられて、オレは息すら止まった。体を隠していたタオルが床に落ちる。

 

「ガーベラ、なにを騒いで……」

 

 なぜ、ここにいるマルコ。さっきオレが脱衣所を見た時は居なかっただろ。全裸で抱き合っているように見えるオレとジャンを見て、ガラスの扉を開けたままマルコは固まっていた。オレとジャンは素早く離れ、床に落ちていたタオルで体を隠す。美少年クラブのメンバーの証であるリングを探すと、ジャンの腕に見当たらなかった。外したのか。

 

「おい、クルミ。まさかオレが、こんなチビに欲情してるだなんて思ってないよな?」

「こんな皮も剥けてない童貞野郎なんて、こっちから願い下げだ……!」

 

 マルコの誤解を解かなければならない。オレとジャンは凶悪な笑みを浮かべて、お互いを見た。口では悪く言っているはずなのに、心は通じ合っている気がした。マルコの横を通りすぎて、オレは脱衣所に入る。後ろから水の落ちる音が聞こえ始めると、背後にあるガラスの扉も閉まった。そしてオレは肩の力を抜き、ふぅ……と息を吐く。いろいろと危なかった。まだ胸がドキドキしている。

 

 

——第六話「オペラント・コード(上)」

 

 

 エレンが大暴れした結果、壁の外装が剥がれ落ち、地下3階の天井は崩落した。地下3階の復旧は後回しにされ、壁の修復が優先されている。拷問部屋の機能は他で代替できるけれど、壁は石材で覆わなければ生徒に見られてしまうからだ。まさか、ずっとブルーシートで覆っておく訳にはいかない。

 エレンが巨人化できる事を当然、ガーデン・ローズは知っている。たとえエレンが巨人化しても、すぐに鎮圧できるため問題はない。しかし、まさか地下で巨人化するとは思っていなかった。下手すると死んでいただろう。ガーデン・ローズにとってエレンが死ぬ事だけは避けなければならない。

 屋敷に居た頃と比べれば見違えるほど、エレンは変化した。再生能力があるとはいえ、傷付く事を恐れず、死の危険を冒している。まるで人知れず眠っていた種が芽を出したかのように、性格が激変していた。父親から受け継いだ記憶の影響を受けているのかと、ガーデン・ローズは疑問に思う。巨人化能力よりも、エレンの意思の方が脅威だった。

 

 リィィィン、リィィィンと、電話のベルが鳴る。

 

『ごきげんよう、リヴァイ』

「ごきげんよう、旦那様」

 

『その後、経過はどうだ?』

「イレギュラーな事態は起きたが、順調に進行している」

 

——すべては"正統な血"の正統なる進化の名の下に


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