【完結】進撃の美少年クラブ   作:器物転生

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【あらすじ】
エレンは大怪我を負って、
保健室でアルミンと別れ、
アルミンは壁を登りました。


ガーデン・イキシア(上)

 アルミンと別れた翌朝、熱は下がっていた。頭や腕に巻かれていた包帯は外れたけれど、首のコルセットは付けたままだ。首回りが固まって動き難い。運動は禁止と言い渡されて、オレは保健室から解放された。パジャマから制服に着替えると、グンタさんの監視付きで寮へ向かう。

 アルミンは無事に脱出できたのか。それとも捕まって拷問部屋へ送られたのか。おそらくイキシアの存在は、すでに少年たちから消されているだろう。美少年クラブのメンバーが全員いなくなって、これで1人になってしまった。オレの他に唯一、記憶を留めていたアルミンの存在は大きかった。

 窓から外を見る。木々の向こうに建っている壁から、巨大な影が地面に伸びていた。空が明るくなって2時間以上も過ぎている。だけど、ようやく壁から太陽が、その姿を見せた所だった。壁という名の地平線から太陽が昇る。外界から遮断された壁の内側は、一つの世界だった。

 

 雷鳴と閃光が空を割る。

 

 それは一瞬の事だった。晴れた空が白く染まる。壁の向こうから光が溢れた。見間違いと言うには鮮烈すぎて、オレの記憶は揺り起こされる。あの雷鳴と閃光をオレは知っている。あれは巨人化の光ではなかったか。そう思ったけれど突然の事で、今一つ信じられなかった。

 壁の天辺を巨大な手が掴む。血色の赤い手だ。その手から白い蒸気が立ち昇っていた。そして壁を掴んだ手の横から、巨大な頭部が迫り上がる。その顔に皮膚は無く、筋肉が剥き出しになっていた。血色の頭部に白い筋が張り付いて見える。超大型巨人の凹んだ目が学園を覗き込んだ。

 あれは超大型巨人だ。あの壁から食み出るサイズが普通なのではなく、通常の巨人よりも遥かに大きい。外側の壁ウォール・マリアから突出したシンガンシナ区の門を壊し。その5年後に真ん中の壁ウォール・ローゼの門も壊した巨人だ。その正体をオレは知っている。あの2人が学園に居ない事は、怪しく思っていたけれど……、

 

 ドォン!

 

 壁の内側が爆発した。その衝撃で、この校舎も揺れた。大地も揺れている。あれほど突破を困難に思えた壁が、たやすく破壊された。内側まで衝撃が抜けたという事は、壁を貫通しているという事だ。壁の破片らしき物が高速で飛び、その周囲に生えていた木々を圧し折る。

 

 

『ヴーッヴーッ、ピンポンパンポーン! エマージェンシー!

 オートシークエンス、スタート!』

 

 あの放送が聞こえた。立っていたはずなのに気が付くと、オレは壁に寄りかかっていた。壁に背を預けて、床に尻をついている。その脚の上にグンタさんの体があった。さっきまで隣にいたグンタさんだ。一瞬だけ驚いて、その様子に不自然さを覚える。グンタさんの首の後ろに、ガラスの破片が突き刺さっていた。

 

「グンタさん……?」

 

 死んでいた。オレを庇ってくれたのか。美少年クラブで無理矢理に犯されたり、学園側の執事として敵対していた。だけど死んでしまうと悲しく思う。オレは気が重くなった。オレはグンタさんを、殺したいほど憎んでいる訳ではなかったらしい。その力を失った体が、オレには重い。涙が溢れて視界が滲み、目を擦った。

 

「……あれ?」

 

 手に付いた物は透明な涙ではなく、赤い血だった。オレは怪我をしているのか。痛みは感じない。どこを怪我しているのかも分からない。だけど手にベッタリと付いた血は、傷の深さを教えてくれた。オレの呼吸音が、とても大きく聞こえる。あまりにも理不尽な死が、オレの身に近付いていた。

 大きな穴が窓に開いている。周囲の壁ごと打ち壊されていた。壁の内側にあった暗い隙間が、その断面から覗ける。校舎を構成していた木材やガラスの破片が、辺りに散らばっていた。壁から飛来したらしい破片は、どこにあるのか。見ると床に穴が開いていた。あの下に破片は落ちたのか。よく直撃しなかったな。

 体が冷たくなる。立ち上がろうとしても体が言う事を聞かなかった。よく見ると血の付いた手が、ブルブルと震えている。助けを求めるように口を大きく開けて、オレはあえいだ。床に体を倒して楽になりたい。だけど、そうすると二度と目覚めないような気がしていた。だからオレは前を見る。超大型巨人の姿は、そこになかった。消えたのか。突破された壁の部分は、木々に隠れて見えない。壁に開いた穴の大きさは、どのくらいなのか。そこから何が来るのか。

 

 それは有り得ない光景だ。いくら超大型巨人でも壁に設置された扉なら兎も角、分厚い壁を打ち抜くなんて事が出来るとは思えない。巨人のいる世界と、壁の中身が違うという可能性もある。だけど超大型巨人を見たショックで、その可能性をオレは捨て去っていた。

 爆発した際、周囲の木々が大きく揺れていた。あの様子から超大型巨人の直接攻撃だけではなく、爆発物も用いたのかも知れない。巨人のいる世界と違って、こっちの壁に門は付いていなかった。そんな鉄壁の壁を破ろうと思えば、超大型巨人であっても威力が足りないだろう。

 いや、それよりも何故わざわざ壁を破壊したのか。超大型巨人ならば……あの大きさならば壁を登れる。壁の中に入るだけなら、派手に壁を壊す必要はない。巨人のいる世界では扉を破壊された結果、巨人の侵入を受けた。こっちでも壁の中に、なにかを入れるつもりなのか。まさか、こっちの世界にも巨人が存在するのか?

 

 学園に巨人が侵入したら、どうなる。ここには大砲も立体機動装置もない。人にとって脅威となる身体能力を持つ巨人に、学園の生徒は無力だ。3メートルの巨人でも弱点のうなじは、人の頭より1メートルほど高い場所にある。空を飛べない限り、直立している巨人のうなじを狙うのは困難だ。一体の巨人を倒すために、いったい何人が死ぬのか。

 シガンシナ区の惨劇が繰り返される。巨人に食われて人が死ぬ。そんな事は認められない。許せなかった。また奪われるのか。また失うのか。オレから家族を仲間を、また奪うのか……そんな事が許せるものかよ。体に力は入らないけれど、胸に宿った思いは強くなって行く。

 オレは、まだ死ねない。死ねるものか。その思いが死を遠ざける。オレの体に熱が戻ってくる。流れ出る血が止まりつつある事に、オレは気付いていなかった。戦うんだ。一匹でも多くの巨人を殺すんだ。誓いは、この手にある。思いは、この胸にある。そのためのトリガーをオレは引いた。

 

——駆逐してやる、この世から一匹残らず……!

 

 そうだ。この世界は、巨人のいない世界じゃなかった。"巨人のいる世界"だった。世界の認識が一つに溶け合う。巨人の存在に、オレの心は燃え上がった。冷たかった体が温かくなる。紅蓮の炎がオレの体に満ちていた。全身の血が沸騰しているように感じる。頭に血が上って熱くなった。巨人を倒せと反響し、叫んでいた。

 初めは、ただ外の世界を見たかった。だけど故郷を奪われた日、オレは巨人を駆逐すると誓った。巨人と再び会えた事で、空になっていた器が満たされる。オレの心は満たされていた。何をすれば良いのか分かり切っている。巨人を殺すんだ。そのためにオレは存在している。

 十数年もの長い時間、オレは眠っていた。身に余る思いを宿して、この日をオレは待っていた。たとえ肉体が滅びても、この思いが消える事はない。戦え、戦うんだ。この命が尽きるまで、オレは戦う事を諦めない。ようやくオレは、この世界に産まれた。オレは喜びの声を上げる。

 

 

 雷鳴と閃光が空を割った。

 

 

『審判の時は来た!

 我々の訴えを無視し続けてきた権力者共に神の鉄槌が下るのだ!

 セフィロトの塔崩壊後、散布されたウイルスにより、

 地球上から女は消え失せ、男も大多数が死滅し、劣化した遺伝子は一掃される!

 そして我々が守ってきた"始祖"により、人類は再び正しい道筋を取り戻す事だろう!』

 

『よく聞け! 権力者共! そして民衆よ!

 我々は正統な人類の進化を希求する!』

 

『我々は世界を救うのだ!』

 

 男の声が聞こえる。すると、地上に無数の光が生まれた。人々が次々に巨人と化し、巨大な壁を形成する。世界は壁によって分断され、閉ざされた楽園は形作られた。50メートルの壁は地上からの侵入を拒む。空から侵入を試みた者も、高速で移動する蛇に撃ち落とされた。

 その壁の外側に無数の屍が転がっていた。道を歩いていた人々が血反吐を吐き、硬い道路の上で足掻き苦しむ。車を運転していた人々が血反吐を吐き、他の車に打つかって爆発炎上する。建物の中に逃げ込んでも遅く、床に屍が積み重なる。そうして瞬く間に文明は崩壊した。

 圧し折られたセフィロトの塔が機能を停止し、子供は産まれなくなる。さらに戦争が起こり、人類は積み上げてきた歴史の記録を失った。人類の総数は激減し、絶滅の危機に陥る。しかし、"正統な血"を育てるためのガーデンで、王家の血を引く娘が眠っていた。世界に産声を上げる日を、ずっと待っていた。

 

 

——第五話「ガーデン・イキシア(上)」

 

 

 学園の校舎と高い壁の間に、木が植えてある。それは林と呼べる規模の物だった。林の中は光を遮られているために暗い。高い壁に光を遮られている時間も多く、冷たくて湿った空気が流れていた。背の高い雑草は少なく、踏み入るのは難しくない。しかし暗くて冷たくて湿っていて不気味で、わざわざ林へ入ろうとする者は少なかった。

 そんな林に隣接する壁の向こうから、一回目の光が溢れる。そして壁の上から頭を覗かせるほどの、大きな巨人が現れた。水晶のような物質によって覆われた足先を、その巨人は振るう。そして爆音と共に壁を貫いた。壁の一部は木々の上を通り、長い距離を飛んで校舎に激突する。役目を終えた巨人は蒸気に包まれて、その姿を消した。

 二回目の光は壁の内側で放たれた。校舎の中から2体目の巨人が立ち上がる。さきほどの巨人と比べれば、その身長は低かった。それでも3階建ての校舎と、同じくらい高さはある。生まれたばかりの巨人は前を見つめ、壁に向かって走った。その衝撃で大地が振動し、世界が揺れる。

 

 AAAAAAAAAAAA!!

 

 巨人が獣のように吠える、その巨大な腕で大気を掻き乱し、暴風を起こしながら壁を殴った。その一撃で、壁に大きなヒビが入る。反動で拳が砕けたものの、巨人の再生能力によって、すぐに元通りになった。さらに両手を振り回して、次々と打撃を壁に加える。凄まじい衝撃を壁に与え、遠く離れた校舎の窓ガラスも振るわせていた。

 巨人は暴走している。壁の外にいた巨人を倒すために、その壁を破壊しようとしていた。壁を壊せば中に巨人が入ってくる……なんて事は頭にない。まともな思考能力は残っていなかった。自身の3倍以上の高さがあるため、巨人は壁を越える事もできない。ひたすらに壁を殴り続ける事しか出来なかった。

 やがて割れた外壁の一部が剥がれ落ちる。その中に巨大な頭部が見える。それは"巨人"だった。"巨人"が壁の中で眠っていた。それを見た巨人は殴る勢いを増す。壁の中の"巨人"を叩き起こすように、獣のような声を上げて、壁を打ち鳴らした。その"巨人"の目が薄く開かれる。

 

 そんな巨人を止める者が現れる。翼の生えた蛇のような生き物が、空を飛んでいた。その背に"お兄様"が乗っている。蛇は背後から巨人に接近し、"お兄様"は白く輝く刃を掲げた。そして蛇から飛び下り、巨人のうなじに刃を埋める。グルリと回るように刃を回転させ、肉を削いだ。それは容易く切れたように見えるけれど、腕が消えて見えるほどの速さだ。

 しかし致命傷には至っていない。壁を殴っていた巨人は、うなじに手を伸ばした。蛇は鋭く尖った翼を広げ、巨人の手に突き刺す。その間に"お兄様"は刃を投げ捨て、開いた傷口に両手を突っ込んだ。巨人の高温に肌を焼かれながら、巨人と一体化していたエレンの体を引き出す。

 それによって人型の巨人が力を失った。巨人の肉が蒸気を上げて溶けて行く。崩れ落ちつつある巨人の体を蹴り、エレンを抱えた"お兄様"は蛇に飛び乗った。その蛇が"お兄様"を地上へ降ろすと、黒服の男たちが集まってくる。身軽になった蛇は風を巻き起こし、生物として有り得ない速度で、瞬く間に空へ飛び去った。

 

「ただの侵入者ではないと思われます。おそらく別種のアーキタイプでは」

「ルビナスとロベリアは壁の修復を行え、ネリネはアイリスを保健室へ、イロナとオレで侵入者を追う」

 

「ガーデン・ローズ、イキシアに逃げられました。侵入者と接触した可能性があります」

「……なんだと?」

 

「どうやら侵入者は、女かと」


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