――― 重航空護衛艦『しもつけ』 ―――
モゲラを用いての海上訓練を行っていた鬼神隊が、桜の号令をもって訓練が終わった時には、既に日が水平線の彼方に沈んで1等星が見える程に暗くなり始めていた。
その日の最後の訓練として、速度を落としている空母『しもつけ』への着艦が開始され……通常ISを纏っていた美希達が着艦用飛行甲板に順に降りては、ISを解除して脇へ退避し、続けてグリフォンが『しもつけ』の艦尾に垂直式に降り、若干前進して艦尾の大型エレベーターで艦内格納庫に収納された。
グリフォンが格納庫の奥に移動して大型エレベーターが上がってきた後に、ワイバーンも同じ様に着艦からの移動が行われての格納庫収納が終わって、最後にガルーダが飛行甲板中央へ、笛や灯りを使っての甲板スタッフ達の誘導もあっての慎重且つゆっくりと垂直に着艦した。
甲板スタッフ達はガルーダがエンジンを落としたのを確認した後、一斉に溜め息を吐いてから大きすぎて格納庫に入らないガルーダに取り付いて固定作業が開始された。
固定作業が終わって、そのまま機体整備に入ったらガルーダから箒達3人が出てきて、神那だけは甲板スタッフと合流していた。
更に格納庫から、医務室に直行した花怜を除いた一夏達5人が上がってきた。
「本日の訓練は此処までとする。
此れよりは各々明日の訓練に備えて休息するように」
全員が揃ったのを確認した桜の指示に「はい!!」と一斉に返され、後は「解散」の一言を待つだけと思われたが…
「…ただし一夏、お前は駄目だ」
「…え?」
「アンタ、最初の時に外してたんじゃん!!」
…訓練の初頭で不手際を起こした一夏のみはお仕置きが通達され、当の一夏はヒメルダに突っ込まれた事もあって顔を青くした。
「……そうだな…此の『しもつけ』の飛行甲板を10周走って貰おうかと思ったが、まぁ訓練で頑張っていたのを認めるから、恩赦で3周に減らしてやろう」
お仕置きが半分以下に減らされて、一夏が安堵の息を吐いて、両隣りの箒と鈴音が目線を彼に向けていた。
「と言う訳でエリカ、監督は頼んだぞ」
「えぇ~…何でぇ~…」
「エリカさんは止めてぇぇー!!!」
桜の人選にエリカが露骨に嫌がっていたが、一夏はそれ以上に嫌がって絶叫した。
間違いなく軍隊特有の理不尽カウントで10周以上走らされる、全員がそう察して一夏に“お気の毒”との目線を向けていた。
「はい、それじゃ、解散!!」
そんな2人に桜は“拒否権無し”の意味を込めて、手を叩いて解散を命じ、一様全員が敬礼して返した。
「はい、ほんじゃ一夏、さっさと走るよ!」
「え、もうやるの!!?」
全員が散り散りになった後、一夏が特大の溜め息を吐いて、そんな一夏に箒と鈴音が背中を軽く叩いていたが、いつの間にかに作業用小型車に乗っていたエリカに一夏がせっつかれた。
更に言うと、エリカは見るからに機嫌が悪かった。
「はい、直ぐ!!!」
嫌がっていた一夏だが、六花に怒鳴りてビクッとした後、無意識の内に走り出した。
「はい、走る!!!」
だが、直ぐに立ち止まって後ろに振り向いた為、今度は美希に怒鳴られ、また走り出した。
今度からは追従するエリカに加えて『しもつけ』の手空き乗組員達にも小突かれ弄られていたので、悲鳴を上げながら走り続けていた。
「ほらほら、もっと速く走れ!」
「なにバテてんのよ!」
「精が出てますね、姉さん」
「ああ、新次郎か」
心配する事なく一夏を誰よりも弄っている箒と鈴音の2人から離れた場所で見詰めていた桜に、一佐に昇進して此の艦の艦長を務めている新次郎が艦橋から降りて桜の所にやってきた。
「で、モゲラはどうでした?」
「幾つか手直しが必要だが、最高の機体だ。
尤もパイロットはまだまだだがな」
そう返した桜は一夏を示したら、エリカに棒みたいな物で小突かれながら早くも1周目を終えようとしたが、エリカが「先ずは
そんな弟分の一夏に新次郎は苦笑していた。
「…で『あいづ』の方はどうなんだ?」
「コイツはまだ駄目ですよ。
艦内構造が理解出来ずに迷子になる乗組員がまだまだいますからね」
「分かってはいたが、手間の掛かるお嬢様だな…」
姉弟揃って艦橋を見詰めながら溜め息を吐いていたが、此の『しもつけ』は旧名『リシュリュー』……ルイ十三世を支えた摂政の名から分かる通りに元々はフランスの艦艇だったのだ。
クイーン・エリザベス級空母二番艦『リシュリュー』…此の艦級はインヴィンシブル級空母三番艦『アークロイヤル』が退役してからの長年空母未所有だったイギリスと、クレマンソー級空母と原子力空母『シャルル・ド・ゴール』の代艦を欲していたフランスが利害の一致で生み出された英仏共同設計空母の1隻であり、フランスでの建造を担当したのは3代前の本社社長(シャルロットの祖父)の代であったデュノア社であった。
元々船好きだった彼は『リシュリュー』建造で造船界への進出を計り、更にラファールが世界的ベストセラーとなった事での我が世の春を謳歌していた事もあって、フランス政府への事後承諾に近い形で建造を始めてしまったが、此れが後日とんでもない負債になってしまった。
設計当初から通常機関を求めるイギリスと、原子力機関を求めるフランスとで対立傾向があった為に前途に不安を感じさせていたクイーン・エリザベス級は、『リシュリュー』が船体の8割近くを完成させて進水式の段取りに入ろうとした時に、なんの前触れもなくフランス政府は四番艦(噂された予定艦名は『マゼラン』か『ジャンパール』)共々建造を無期限凍結にすると発表したのだ。
理由は原子力機関化が出来ない事からの『シャルル・ド・ゴール』代艦として能力不足だと発表されたが、実際は日本のそうりゅう級潜水艦とドイツの214級潜水艦と競い合っていたオーストラリアのコリンズ級潜水艦の後継艦として売り込んでいたヌコルペヌ級潜水艦の通常機関型に暗雲が立ち込めた上、
更にオーストラリアが採用したのはヌコルペヌ級だったのだから余計に怪しかったが、まぁ噂の真偽はどうであれ、フランスは『リシュリュー』(+α)を代償に勝利を得る事が出来た。
だが更に問題となったのは、設計や予算獲得のゴタゴタで起工が大幅に遅れていた四番艦は、嘗てのアメリカの空母『ユナイティッド・ステイツ』を思わせる起工してからの10日後の建造中止・解体であったので、莫大な違約金の出費以外は問題無かったが、『リシュリュー』はデュノア社が勝手に建造した物だとしてフランス政府は違約金を一切払わなかったのだ。
当然、怒り心頭のデュノア社は違約金を支払うか、完成させてのフランス海軍への編入を求めてフランス政府を訴えたが、結果は事後承諾が致命傷となってデュノア社の敗訴となった。
そこでデュノア社は『リシュリュー』を外国への売却を検討して実際に中国への売却が決まりかけ、フランス内外での反対運動が多発するも半ば無視して引き渡しを強行していたが、本社社長が急死(売却に断固反対したフランス政府の暗殺との噂あり)した為に雲散霧消、更にフランス政府直々に勝手な売却を禁止されて跡を継いだアルベール・デュノア(シャルロットの父)にそれをはね除ける度胸が無かった為、莫大な維持費用の掛かる『リシュリュー』は長年に渡ってデュノア社を苦しめる貧乏神となり、此れがデュノア社が第三世代IS(実際にはコスモスを作ったが諸事情で破綻)を生み出せなかった最大の理由であった。
当然、クーデター紛いで本社社長になったグリシーヌのデュノア社再建の1つが此の『リシュリュー』の排出であった。
グリシーヌが『リシュリュー』の売却先として目を付けたのは、アメリカ最後の通常機関型空母であるキティ・ホーク級空母一番艦『キティ・ホーク』と同四番艦『ジョン・F・ケネディ』の購入か借与がゴジラ復活で破綻(理由は太平洋艦隊編入の為、姉妹揃ってジェラルド・R・フォード級空母との機関以外の規格統一を含めた現役復帰改装が実施中、此の余波でジェラルド・R・フォード級二番艦『ジョン・F・ケネディ』は『サラトガ』に改名)した日本であった。
但しフランスでもまた反対が相次ぐだけでなく、当の日本側もロシアのアドミラル・グネツォフ級重航空巡洋艦の設計図購入をロシアと協議していた途中なので“寝耳に水”だったが、此れ等はグリシーヌが財政界の反対派を説き伏せるだけでなく、メカゴジラの競り負けやキティ・ホーク級の売却拒否が
斯くして“艦橋等を初めとした規格を極力いずも級と同じにする”“進水後の艤装工事はアメリカが行う”等の条件を取り入れた『リシュリュー』は海自悲願の初空母(国外事情通や憲法問題で書類上は“重航空護衛艦”、艦種はロシアの“重航空巡洋艦”からのパクリ)として日本に迎えられる事となったが、購入決定直後から艦名で一大騒動を起こす事となった。
当初は日露戦争の日本海海戦でも活躍した仏製装甲巡洋艦『吾妻』の武勲に
因みに『あづま』はオオタチに沈められた『こんごう』の代艦としてあたご級やまや級の予備部品を使用して建造を急いだ為、姉妹艦3隻と比べて総合的に性能が劣るので訓練中の二番艦『いわて』や建造中の三番艦『やくも』と四番艦『あさま』が艦隊に編入され次第、規格統一改装が実施予定である。
更に此のあづま級4隻に加えて補給艦『ときわ』といずも級護衛艦『いずも』の6隻、日本海海戦で活躍した装甲巡洋艦6隻全ての後継艦が踏み揃いした事で艦艇ファンの多数が歓喜したが、一部から『
話を戻して、『リシュリュー』の改名予定の有力候補に上がったのは、旧海軍の空母群から『
だが『リシュリュー』改め『しもつけ』は竣工しての引き渡し後も“国産護衛艦と使用部品や構造が全く違う”“元々26ノットと遅かった速度が船体強度強化の反動で23ノットに低下した鈍足艦”“姉妹艦がいない為に維持運営費が高値”等の問題が色々と有って、海自屈指の扱い難い護衛艦と認知されていた。
特に後者のはもっともで、此の解決策としてイギリスのクイーン・エリザベス級空母三番艦『プリンス・オブ・ウェールズ』の購入が検討され、イギリスも財政難からの格安売却をする気が満々だったのだが、モゲラの時と同様に『あいづ』への対抗処置として、慰安婦だけでなく近年から問題視してきた徴用工の像をイギリス中に大量設置(此のお陰で日英間の友好都市関係が幾つか解除)等の歴史問題を多用した韓国に『プリンス・オブ・ウェールズ』を強奪に近い形で買い取られてしまった。
但し『プリンス・オブ・ウェールズ』の購入失敗で悔しい思いをしたが、嫌がらせとして韓国人の気性を利用して競り額を必要以上に釣り上げる事に成功し……なんと韓国は『プリンス・オブ・ウェールズ』の当初の建造費より遥かな高値で購入するハメになり、日本に勝ったとお祭り騒ぎになっていた韓国は直ぐに計られた事に気付いて、結果的に批難合戦からの首相更迭(したが、候補が内定直後に
だが韓国に『プリンス・オブ・ウェールズ』を買い取られた事に変わりなく、英仏共に主張した『しもつけ』と『プリンス・オブ・ウェールズ』の部品共用を韓国が断固拒否した事もあって、姉妹艦を揃えてのコストダウンは御破算となった。
此の為、自衛隊は『しもつけ』やヘリ空母から攻撃型空母と化したいずも級護衛艦『いずも』と『かが』の運用実績を元に純国産の
海自は『しもつけ』を少しでもスムーズに運用出来るように、新次郎(本人曰く貧乏くじ)以下の比較的若手等の従来艦に乗りなれていない者達を敢えて乗せていたが、やはり不都合が色々と発生しているのでフランスやデュノア社へ指導員の派遣を要請していた。
只、艦その物は不安や不満が多数あったが、『しもつけ』艦載機群はと言うと、モゲラの関係で現在は
話を戻して、桜と新次郎が『しもつけ』の将来性に不安を感じつつ、罰マラソン中の一夏に目線を向けると、案の定エリカは忘れたり減らしたりしての理不尽カウントをして、まもなく6周目を終えようとしていた時に、2人の背後に伝令が駆け寄ってきた。
「大神陸将補、神埼総理から“状況報告をしに東京に戻るように”との事です!」
桜は当初は“通信でいいだろ”と思ったが、普段の昴ならそうする筈なのにそうしなかった事から何かあったと判断して、大人しく了解した。
「ヘリ1機借りるぞ」
「勿論」
「……エリカ、その辺で終わらせろ!!!」
新次郎が桜に頷いて直ぐにヘリの用意を命じて準備が始まると、桜は9周目の半分を過ぎていたエリカに大声で止めるように命じた。
結局予定通りに10周を走らされた一夏は走り終えると同時に膝から崩れ落ち、なんか老化とミイラ化をしていた気がするが、そのまま仰向けの大の字に寝そべった。
そんな一夏に箒と鈴音が相手を撥ね飛ばそうとしながら走り寄っていった。
「一夏、寝てる暇は無いぞ!!!
今すぐ東京に戻るから、さっさと起きろ!!!」
箒と鈴音は兎も角として、桜は自分の付き兵である一夏に怒鳴って命令したが、その一夏が起きない処か無反応だった為に近くの兵卒に用意させた水が満杯のバケツを持って彼の所に行き………着くと同時に一夏の顔目掛けて水をぶっかけた。
「…美希、後は任せたぞ!!!
うらぁ、一夏!!!
上官に手間を描けさせるな!」
まぁ一夏はへばったままだったが、ヘリの準備が出来た事もあって、桜は一夏の右足首を掴み上げると、そのまま引き摺ってヘリに向かい、箒と鈴音がそんな一夏を哀れみながら桜の後を追った。
最後に桜は一夏を背負い投げの要領でヘリに投げ入れてから順にヘリに乗り込んで、ヘリが『しもつけ』から発艦したが、ガルーダに工具と共に取り付いている整備兵の1人・葉山葵が一夏に終始冷たい目線を向けていた事に誰も気付いていなかった。
お久し振りの投稿ですが、感想か御意見、または両方をお願いします。
凍結期間中に自衛隊の情勢に合わせて、活動欄で公開している設定との変更点を幾つか上げます。
先ずは、『あづま』以下のあづま級護衛艦は当初はあたご級護衛艦の改良型としていましたが、実際に改あたご級として『まや』が竣工予定なので、改まや級に変更しました。
2つ目に、『しもつけ』の艦載機はF/A-18のオリジナル改良型としていましたが、実際に自衛隊が『いずも』(&『かが』?)の空母化に合わせてF-35の艦載型の採用予定なのに合わせて、F-35のオリジナル改良型に変更しました。
3つ目は、2つ目に合わせて『しもつけ』は空母化したいずも機の運用実績がある程度生かされているとしました。