島津由乃に転生   作:琉命

17 / 18
9

 

最近リリアン女学園高等部のうら若き乙女たちを賑わすホットな話題といえば、そう、何を隠そう黄薔薇のつぼみ――支倉令とその妹島津由乃についてだ。

二人がベスト・スール賞を受賞してからというもの、その注目度は鰻登りである。

今回のリリアンかわら版の一面を飾るのはもちろん、この姉妹の特集記事だ。ベスト・スール賞受賞に際し、取材が行われたのだ。そのアンケートが掲載されている。

噂好きの生徒たちがこれに食いつかないわけがない。

朝、新聞部員がかわら版を配っているのを我先にと入手した彼女らは、教室にミルクホールに校庭にと場所を問わず集まって、何やらきゃいきゃいやっている。

 

「令さまと由乃さんの特集記事、ご覧になりました?」

 

「ええ! 素晴らしい記事だわ」

 

「由乃さんのご趣味は剣道の観戦、ですって。きっといつも令さまの試合をご覧になっているのでしょうね」

 

「あら。そんなことは、普段の由乃さんと令さまを見ていれば当然のことでしょう。それよりも、お二人の思い出が素敵だと思わない?」

 

そう言って彼女は、かわら版のアンケート記事を指差した。その中に支倉令さんと島津由乃さんの、姉妹としての思い出は? という設問がある。ご両人ともに、同様の回答が記入されていた。

 

「そうね……由乃さんのために膝掛けを編む令さま。そして、令さまのためにマフラーを編む由乃さん。お誕生日に贈りあったんですってね。素敵な姉妹愛だわ」

 

確かに素敵だ。由乃さんが編み物をするというのはイメージ通りだが、令さんもそれを嗜むというのは意外だった。だがそれもギャップがあっていい。

 

「ああ、私も由乃さんみたいな妹をつくりたいわ」

 

「令さまのようなお姉さまがほしいわね。私のお姉さま、そそっかしいんだもの」

 

何処もかしこも、かわら版、かわら版、かわら版。

そんな好評っぷりを物陰から眺めて不敵に微笑む、怪しい人影がある。

 

「ふふふ、凄まじい反響だわ。私の目は節穴ではなかったということね」

 

新聞部部長、築山美奈子その人だ。

自信をもって発行へと漕ぎ着いた今回のリリアンかわら版であるが、こうして実際に評判を目にすると更に自信がつく。

美奈子は自分でももう一度かわら版に目を通した。

うーん、つくづく惚れ惚れする紙面だこと。記事内容も文章も、完璧だ。

 

「お姉さま、ごきげんよう」

 

そんな美奈子の自己陶酔をぶち壊したのは、背後から声をかけてきた、妹の山口真美であった。

 

「あら、真美。ごきげんよう。かわら版の評判は上々よ」

 

「ええ、そうですね」

 

興奮ぎみに語る美奈子をよそに、真美は冷静に答える。「ええ、そうですね」なんてすましちゃって、全くこの妹は。

 

「取材できなくてアンケートだけに終わってしまったのは残念だけれどね」

 

「仕方ないですね。由乃さんは休みがちですし……今日は登校していましたけど」

 

「あら、そうなの? 七日ぶり……だったかしら?」

 

「はい。令さまとご一緒に、仲睦まじくお祈りしていました」

 

「ふうん」

 

島津由乃さんは病弱で、学校を休みがちなのだ。令さんに取材を断られたのも、由乃さんの体調を慮ってのことだろう。

しかし、そのくせ成績は常にトップを維持しており、秀才っぷりを遺憾なく発揮している。

そういえば紅薔薇のつぼみ――小笠原祥子さんも、普段から予習などをしっかり行っているから、試験前の勉強などはしないらしい。天才とはそういうものなのだろうか。

由乃さんは儚げでありながらどこかミステリアスな雰囲気があって、美奈子の好奇心は掻き立てられる。

 

「次の号の見出し、『由乃さんの私生活に迫る!』なんて、どうかしら」

 

妹にしたいナンバーワンの座に輝く島津由乃の溢れる魅力を記事にするのは、ジャーナリストの義務であろう。

 

「よろしいんじゃないでしょうか」

 

真美の反応もなかなか悪くない。

次の号も生徒の皆様を満足させられる素晴らしい記事を載せられそうだと美奈子は誇らしさを覚える。

一度やると決めたら、絶対素晴らしい記事にしてみせる。

それが三奈子の、ジャーナリストとしての矜持だった。

 

 

――

 

 

「あら?」

 

その日の放課後、校舎を歩いていたら由乃さんを見かけた。華奢な体つきだし、トレードマークのお下げ髪はその美しい容貌と相まってとても目立っている。

はて、しかしどういうわけだろう。

今日由乃さんは、定期検診のため病院へ向かうのではな かったか。なぜここで油を売っているのだろう。三奈子は首を傾げた。

確かな筋からの情報だから間違いはないはずだが……いや、まあいい。寧ろ自分にとってはチャンスだと、三奈子はほくそ笑む。

対象が自らその姿を現したのならば行幸だ。三奈子はささっと物陰に身を隠し、見つからないようにこっそり後を追った。

由乃さんはしばらく重い足取りで歩いていたが、途中で令さんに出くわした途端に雰囲気が変わり、ぱあっとその表情は輝きだした。

 

「令ちゃんっ」

 

名前を呼びながら、令さんの腕に抱きつく由乃さん。令さんのことを心から慕っているのが見てとれるその行動には、三奈子ですら好感を持つ。

病弱でありながら彼女は、剣道部のマネージャーを務めている。少しでも令さんの手助けをしたいと、頑張っているわけだ。

それもすべて、大好きなお姉さまを支えるためなのだ。

うーん、なんたる妹心。流石は妹にしたいナンバーワンなだけある。ああ、真美も由乃さんくらいとまでは行かなくとももう少し可愛らしく振る舞えないものか。

 

「――っと」

 

いかんいかん。

張り込んでいるのに、対象に見とれてどうする。

気を取り直して三奈子は二人の逢瀬の垣間見を再開するも――どこか様子がおかしいことに気がついた。普段のこっちが恥ずかしくなってしまうような仲の良さはなりを潜め、少々不穏な空気が漂っている。

 

「由乃、前から思っていたんだけど、私たち、少し距離を置いた方がいいのかもしれない」

 

令さんの言葉は三奈子を驚愕させた。瞳には輝きが宿り、決して見逃すまいと二人の様子を凝視する。

三奈子の第六感が告げていた。

これは大スクープであると!

 

「何で……何で何で何で!」

 

いよいよ言い争いは白熱し、由乃さんは声を荒げはじめた。

 

「もう、こんなものいらない!」

 

三奈子は目を疑った。

なんということだろう、あの由乃さんが首にかかるロザリオを引きちぎらん勢いで外し、そのまま令さんに投げつけたのだ。

そして、令さんの声も無視して駆け出してしまった。

 

「おおっ?」

 

思わず大声を出しそうになって、慌てて口を抑える。

リリアンきってのベストスール――支倉令と島津由乃の破局。まさに超大スクープである。

その瞬間を目の当たりにし、三奈子は興奮状態にあった。

 

「題して、黄薔薇革命ね」

 

学園きってのおしどり姉妹の破局ともなれば、その注目度は今回の記事の比ではない。一面に大きく飾れば、学園中の注目を浴びること間違いなしである。

素晴らしい。早速原稿を執筆せねばと、三奈子は嬉々として部室へと足を向けた。

 

――それにしても、由乃さん、病弱な体であんなに走って大丈夫なのかしら。

 

「由乃っ!」

 

なんとなくそんなことを考えたときだ、令さんの絶叫が轟いたのは。この世の終わりかというような絶望を感じさせる声音だった。

言わんこっちゃない。由乃さんが発作を起こしたのだ。しかしこう言っては悪いがいつものことなのだし、令さんも心配しすぎではないだろうか。

 

そう思ったが、どうもそうではないらしい。他にも沢山いた野次馬たちが、次々とけたたましい悲鳴をあげたのだ。自分の想像以上にまずい状況なのだろうか。

 

「えっ……」

 

気になって見に行ってみると、由乃さんが階段から転落し、血を流しているではないか。

さあっと血の気が引いた。

しかも由乃さんは意識もないようなのだ。このままでは危ないということだけは、医療に明るくない三奈子にもわかった。

 

「由乃、由乃っ!」

 

痛ましいほどに、令さんは由乃さんにすがりついている。普段の凛々しさはどこへやら、令さんは完全に正気を失っていた。

けれどそのおかげで、三奈子の心は逆に落ち着いていった。

 

「令さん!」

 

由乃さんが怪我をして、錯乱しているのはわかる。しかし肝心の令さんがこれでは、助かるものも助からない。

幸いにも今日は体育の授業があったので、三奈子は汗を拭くためのタオルを持参していた。迷わずそれを鞄から取り出し、由乃さんのそばへ駆け寄って頭部に当ててやる。

すると見るみるうちに、タオルが血で赤く染まっていった。

 

「令さん、早く救急車呼ばなきゃ! 職員室か保健室!」

 

「由乃ぉ……」

 

「令さん!」

 

「……え、ええ……」

 

呆然としている令さんに声を荒げ、頬を張ってやると、ようやく我に帰ったのかふらふらと立ち上がり、なんとか走り出した。リリアンの生徒にあるまじき行為ではあるが、緊急事態だから誰にも咎められないはずだ。

 

さて、由乃さんの容態であるが。

とりあえずタオルを巻いてやったはいいが、タオルは血で染まり、雫となって零れ落ちていく。どうにも出血が止まらなかった。脈はあるようだけれど、声をかけても一向に意識が戻る気配がない。

由乃さんは本当に大丈夫なのだろうか。そんな不安に苛まれながら、令さんに連れられて養護教諭含め数人の教師が慌ただしくやってくるまで、三奈子は介抱を続けた。

周囲の野次馬たちは、決して少なくない血を流す由乃さんを見て恐怖し、騒ぎ立てるだけで手伝おうともしなかった。

いや、手伝えなかったんだろう。由乃さんを心配してはいるようだったが、どうしていいのか分からない様子だったから。

 

それから十分ほど経って、サイレンを鳴らしながら救急車がリリアンの校舎にやってきた。

リリアンの乙女たちにとってそれは非現実的なものであり、由乃さんを乗せた救急車が走り去っていくまで、いやその後も。リリアン高等部の校舎はひどく騒然としていた。

 

三奈子はそんな騒ぎをどこか遠いもののように感じながら眺めていた。

 

「ああ、もう最悪ね」

 

大スクープが台無しだ。リリアン高等部を揺るがす大事件ではあったが、仕方がない。

生徒一人がいさかいの果てに大怪我まで負ってしまった。ましてや自分は、その現場を目の当たりにしたのだ。もはや面白おかしく騒ぎ立てられる域を越えている。

もう三奈子の中では、この一件を興味本意で記事にしてはいけないという考えが固まっていた。

記事にするとしたら、由乃さんの無事を祈るくらいのものだろう。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。