剣道は、私の生き甲斐だった。
人を怖れ、怯えて逃げてばかりだった私は、面を被って剣を振っている時だけは平常心を保っていられた。
剣道が、私の全てだった。
――
中学三年生までの私は、他人と接することを避け、部屋に籠って狂ったように読書しているだけの人間だった。
本を読んでさえいれば、それでよかったのだ。
内容なんて構わず、興味を持った本をひたすらに読みふける。そうして、まだ見ぬ知識が蓄積されていく。それが楽しくて、楽しくて。
将来のことなんて気にもしていなかった。きっと、一生本を読んで過ごしていくんだろうって、思っていた。
そんな私を見かねていたのか、ずっと勝手に振る舞ってきた私に、母はぴかぴかの竹刀と胴着、そして防具を差し出した。
「剣道、やってみない?」
なんて提案してきたのだ。
それは、母にとっては賭けだったのかもしれない。私に外へと目を向けてもらうための。
侍がバッタバッタ斬る小説――剣客ものの作品を愛読していたから、私が剣道に興味があると考えての行動だったのだろう。
男の魂がぶつかり合う、熱い物語に心引かれていたのは確かだ。
けれど、自分が剣道をやるなんて考えてもいなかった。剣を交えて戦う競技が自分にできるとも思えなくて。母の気遣いが苛立たしくもあった。
だから、その時は突っぱねたのだけれど。
気づけば私は竹刀を手にとっていた。柄を軽く握り、適当に構えてみると、胸の内の激情が沸き上がるのを感じた。
生まれて初めての竹刀――。
手に馴染む竹刀の感触が心地よい。
沸き起こる衝動のままに振ってみると、かすかに空を斬る音が小気味良く耳に響いた。
周囲を気にしていなかったため、ガツンっと鈍い音を上げ、電灯に直撃してしまったが、そんなことは些末な問題でしかなかった。
――楽しい。
楽しい、楽しい、楽しい!
心はただその感情に満たされていたから。
悔しいけれど、母の思惑に嵌まってしまったわけだ。
それから私は、剣道にのめり込んでいった。
毎日が輝いていた。
高校へ進学し、ひたすら剣を振り研鑽を積む日々。
剣道をしているときだけは、人を恐れずに、平穏な心のままでいられた。
そうして無心に努力を重ねた結果であろうか。
三年生になる頃には、私は全国大会に出場するほどの実力をつけていたのだった。
――そして、事故は起こった。
大会会場へ向かうバスが何かに突っ込んだのだ。耳をつんざく轟音が上がり、あまりの衝撃で、私は座席から投げ出された。
何が起きたのか全く理解できないまま、バスの中は地獄絵図と化していく。
乗客らは私を含め混乱の最中にあった。皆が狂ったように叫んでいる。
助けて、助けて!
私も皆も血まみれになり、殆ど無意識に床を這い、懸命にバスから抜け出そうともがいている。
――苦しい。
息ができない……。
ああ、もっと、剣道がしたかった。
まだまだ、私は上達できたはずなのに。
剣道をしていたいよ。
生きたい――。
死にたくない――!
そして、私は意識を失った。