一年戦争異録   作:半次郎

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 読んでくださる方に、感謝。


第7話 レクイエムは誰が為に

 全身に大小の傷を刻んだ緑色の巨人が、両脇から力なく支えられて、格納庫(ハンガー)の壁にゆっくりと固定された。

 

 予備電源で辛うじて内部から開くコクピットハッチを開け、パイロットが姿を見せる。

 コクピットの前で停止したタラップに乗ると、その周囲を取り囲んだ三機の〈ザクⅡ〉の中から一斉に発せられた声が、格納庫中に響き渡った。

 

『隊長! 無事ですか!?』

『ヤクモ! 無事なら無事で返事くらいしなさいよ!!』

『隊長! 隊長!』

 

 その余りの音量に、パイロットが驚いたように身じろぎする。

 

「ご覧のとおり、足もちゃんとある。心配かけて悪かったな」

 

 愛機を背にしたヤクモが、ヘルメットのバイザーを上げて、それぞれの声に答えた。

 健在をアピールするように、また、少し肩を竦めるようにしながら、両腕を横に広げた。

 林立するザクⅡのコクピットから、安堵の吐息が漏れる。

 

「まあ落ち着けよ。こんな状態で話すのもなんだし、皆、まずはザクから降りようぜ」

 

 ヤクモが暢気に言う。

 

 誰のせいでこんなに周章てた(あわてた)と思っている。

 

 言い返したい気持ちと、必要以上に取り乱したようなばつの悪さの混じった、複雑な心境を共有しつつ、未だザクⅡに乗ったままの三人は、無言のまま機体を動かした。

 

 アードラー所属のモビルスーツは、それぞれの定位置へ。

 もう一機の、部隊の出撃前にはなかった機体が、格納庫の一番端、邪魔にならないスペースに行儀よく納まる。

 機関停止した三機のザクⅡから、それぞれのパイロットが降りた。

 

 床に降りたヤクモの周りに、ヘルメットを脱いだマーク・ビショップ曹長とウィリアム・ウォルフォード伍長が駆け寄った。

 

「まったく……余り人騒がせなことをしないで頂きたいですね」

 

 部隊長の無事を改めて確認した金髪碧眼の青年が、言葉に若干の棘を込めて言う。

 

「いや、すまんすまん。まさかあのタイミングで主電源が落ちるなんてな。流石に予想外だった」

 

 ダークブラウンの髪をかきながら、きまりが悪そうにヤクモが答える。

 

 その青年に向かって、軽やかな足音と音楽的な声が近付いた。

 

「予備電源が生きているのなら、せめて通信に答えるくらいできるのではなくて、ヤクモ・セト少尉?」

 

 話しかけられた本人だけでなく、その場の全員が声の主を見る。

 

 ヘルメットを小脇に抱えて近付いてくる、しなやかな姿態の女性兵士(ウェーブ)

 パイロットスーツの階級章は、ヤクモと同じ少尉のものだ。

 

 ごく僅かに波打つ、明るいオレンジ色の、光沢のあるミディアムの髪が、リズミカルな歩調に合わせて揺れる。

 擦れ違った男の七、八割までが振り返るであろう、整った白皙の顔の中で、アクアマリンに似た色調の大きな瞳が、強い光を湛えている。

 

「よう、ジニー。久しぶりだな」

 

 目の前で立ち止まった女に、ヤクモが声をかける。

 ジニーと呼ばれた女の、化粧気が少ない割に艶やかな桜色の唇が開く。

 

「久しぶりに再会した人間に散々心配させておいて、言うことはそれだけ?」

 

 棘のある言い方だが、柔らかい表情が嫌味っぽさを中和している。

 

「どうも、通信機がいかれたみたいでね。そっちの声は聞こえたんだけど、こっちからは通じなかったんだ」

 

 肩を竦めながら言い訳がましく言った後で続ける。

 

「まあ、お互い無事だったんだ、良しとしようじゃないか」

 

「無事……か。そうね。さっきはありがとう。おかげで助かったわ」

 

 一瞬曇った表情を隠すように、明るい声で言った。

 

 美しい、年上の女性を間近にして頬を微かに紅潮させて硬直しているウィルはさておき、マークがジニーに話しかける。

 

「失礼ですが、少尉。あなたの部隊は?」

「……落とされたわ。私以外、全員ね。乗っていた(ふね)もどうなったか……」

 

 言いながら伏し目になる。憂いを帯びた長い睫毛が微かに揺れた。

 

「それは…失礼しました。お許しを」

 

 発問したマークが、ジニーの内心を察したのか、頭を下げた。

 

「今のところ原隊復帰できるかわからない、と。暫くはこの艦にいるしかないな。取りあえず艦長のところに行くか。ジニーが乗っていた艦の安否も確認してもらおう」

 

 沈みかけた空気を打破するように、ヤクモが提案する。

 

「そうね。お願いするわ」

 

 四人は連れ立って格納庫から出て行った。

 歩き始める直前、ヤクモが悪戯っぽい表情になったのを、不覚にもジニーは見落とした。

 

 

           *

 

 

 平素大抵のことには動じない、とクルーから思われているカイ・ハイメンダール大尉の唖然とした顔は、正に見物であった。

 艦橋に入りながら「無事戻った」と帰還を告げたヤクモの声に立ち上がり、振り返って出迎えた若い艦長。

 

 帰還したパイロット達の先頭を歩く友の顔を見て顔が綻び、その後に続く二人のパイロットの姿を見て安堵の表情を浮かべ、艦橋に入ってきた人間が一人多いことを訝しみ。

 予定外のパイロットの顔を見た瞬間的、口を大きく開ける。

 

 驚いたのはジニーも同様である。

 

 何しろ、士官学校を出て以来、ろくすっぽ連絡も取り合っていない、「何処かで生きているだろう。死んだという話は聞かないから」程度にしか思っていなかった兄妹ーー双子の片割れの姿をそこに見出だしたのである。

 

「……偶然というのは、あるものなのだな」

 

 二人同時に「あぁっ!?」というような驚愕の声を挙げた後で、カイが漸く絞り出すような声を出したのは、ゆっくり100を数える程の時間が経過した後である。

 

 余りにも普段と違う艦長の姿を、艦橋内のクルーが興味深く見守るなか、ヤクモがわざとらしく咳払いした。

 

「報告。ヤクモ・セト少尉以下、モビルスーツ隊帰艦。各機体に損傷あるも、人員に異常なし。なお、当部隊は戦闘宙域において敵戦闘機と交戦中のレジーナ・ハイメンダール少尉機を発見、これを援護して敵を撃破するも、同少尉の原隊と合流ならず、少尉を帯同し、当艦に帰還した次第。以上」

 

 

           *

 

 

 サイド5〈ルウム〉から退却した地球連邦軍宇宙艦隊は、宇宙要塞ルナツーへと、悲哀と屈辱に満ちた航路を進んでいる。

 

 ルナツーからルウムへ、宇宙艦隊のほぼ全軍を揃え鋭気と必勝の気概に充ちた威風堂々たる行軍が、今や葬送の列より陰鬱な敗軍と化している。

 

 暫定的に連邦艦隊の旗艦となったマゼラン級戦艦〈アトラス〉の艦橋で、マクファティ・ティアンム中将は、押し潰されそうな程の絶望に、懸命に耐えていた。

 

 苦戦は覚悟の上であった。だが、この帰結を戦前の誰に予想できたであろう。

 

 戦闘艦の数で実にジオンの三倍を数える圧倒的戦力を擁し、その指揮を執るのが名将レビル。

 南米ジャブローで戦局を見守る連邦軍首脳も、ジオン公国艦隊と実際に干戈を交える将兵の大半も、連邦軍の勝利を疑いすらしなかった筈だ。

 

 しかし、果たして勝つための戦略を充分に立てたと言えるか。

 軍首脳部に限ったことではない。レビル、ティアンム等前線の指揮官もまた、数の上でジオンを圧倒する大兵力に、どこか安穏と腰かけてはいなかったか……。

 

 その結果がこの敗戦である。

 

 惨敗と言ってよい。

 

 ジオン軍の企図した、第二の〈コロニー落とし〉を阻止することには、確かに成功した。

 だが、その後の決戦において、ジオン軍の戦術とモビルスーツに翻弄された挙げ句、この体たらくである。

 敗残の部隊を応急的に取り纏め、退却行の指揮を執るティアンムの元には、相次いで戦闘経過が報告されてくる。

 

 その全てが悲報であった。

 

 ティアンムの手元に上がってきた報告では、マゼラン級戦艦、サラミス級巡洋艦の被害は計百隻を数えようとしている。

 各艦に配属された戦闘機の戦隊、その未帰還率は半数を上回り、更に増え続けている。

 

 現状では゛MISSING IN ACTION゛(作戦行動中行方不明)扱いだが、未だ帰還しないパイロット達の生還はほぼ絶望的であろうと、ティアンムは見ていた。

 

 未だ暫定数ながら、この有り様である。

 最終的な連邦軍の被害は総軍の八割に上ろうかという惨状であった。

 

 とりわけ、戦闘中に届けられた連邦軍総旗艦〈アナンケ〉轟沈の報は衝撃であった。

 

 ジオン公国が配備した、人型の機動兵器〈モビルスーツ〉の前に為す術なく撃沈された旗艦と、以降途絶えたレビル将軍の消息。それが連邦軍の崩壊に拍車を掛けたことは疑いようもない。

 

 そして、崩壊寸前の戦線を支えるため自ら殿軍に名乗りを上げ、最後まで戦場に残り、現在ルナツーに向かっている艦艇の大半を救い、自らは乗艦であるマゼラン級戦艦〈ネレイド〉とともに業火に散った、ロドニー・カニンガン准将。

 

 この両将が喪われたことは、今後の連邦軍にとっては、余りにも大きい損失と言わざるを得ない。

 そして、戦場の各所で勇敢に闘い、そして儚く消えていった有名無名の、無数の将兵たち……。

 

 運よく生き残った艦も、無傷の艦は数えるほどもない。

 ティアンムの座乗するアトラスもまた、左舷外壁は半分近く穿たれ或いは剥落し、まともに動く主砲、副砲は皆無である。

 現在艦橋には、辛うじて機能不全を起こさないだけの要員を揃えているが、艦内の惨状は目を覆うべきものがある。

 艦内の医務室は既に飽和状態を超えている。

 艦内至る所の通路に、身体に包帯を巻かれた負傷兵が力なく横たわっている。

 五体満足であれば「まだ良いほう」であった。

 

 手足を失った者、光を失った者……。死に瀕した兵の呻きと怨嗟の声が充満する艦内は、地獄もかくやという惨憺たる有り様となっている。

 

 時おり、負傷者の悲歎の叫びが艦橋まで聞こえてくる。

 

 その場に崩れ落ち、慟哭したい程の絶望と心中の深いところに沸々に湧き起こる怒りの存在を、ティアンムは感じていた。

 

 開戦以来、地球連邦軍将兵の数多の命を無慈悲に喰らい、あまつさえ〈コロニー落とし〉によって無辜の民衆すらその手にかけた、ジオン公国を名乗る殺戮者ども。そして、レビルをはじめ、前線から頻りにジオンの不穏な動きを警告し続けたにも関わらず、有効な対策を何一つ採らずジオン軍の跳梁を許し続けたジャブローの連邦軍首脳(モグラ)ども……。

 

 自分を含めた連邦軍上層への灼けつくような怒り。

 連邦軍の将官として、開戦からこれまでに喪われた無数の生命に対して、何一つとして散華を回避する手段を講じることの出来なかったことへの、忸怩たる思い。

 

(このままでは終わらせん……。この敗戦を連邦の敗戦にしてはならんのだ)

 

 連邦艦隊は必ず再建する。いや、再建せねばならない。

 

 そして……。

 

 艦隊の再編がなったその時こそ、今日この日の挽歌を、凱歌に変えるときなのだ。

 

 その日までは耐えるしかない。

 

 脳髄を激しく灼かれるような煩悶の中、ティアンムは静かに、そして深く復讐の念を燃やし始めた。

 

 

           *

 

 

 古今例のない会戦の被害は、連邦軍だけのものではない。

 

 勝者の側に立ったジオン軍も、死者、負傷者合わせて戦闘に参加した将兵の三割近い損害を受けている。

 

 〈アードラー〉とは、何かと同一編成にされることの多かった巡洋艦、〈ファルケ〉と〈シュワルベ〉はともに撃沈。

 開戦以来、同じ戦線をくぐり抜けてきた僚艦の末路には、アードラーの乗員全員が粛然と襟を正し、哀悼の意を表した。

 

 モビルスーツ隊とともに連邦軍主力艦隊への突撃を敢行したアードラーもまた、無傷では有り得なかった。辛うじて自力航行可能であるものの、艦の至る所が傷付き、左右二基の熱核ロケットエンジンのうち、左側のそれは出力が半分も出ない程度に傷んでいる。

 

 艦内の医務室だけではとても負傷者の手当をまかないきれず、当面手の空いたクルーも、軍医の手伝いに駆り出されていた。

 それでも艦内の空気が、全体としてさほど重いものではないのは、重軽傷者を被った数にくらべ、死者の数が比較的少なかったからであろうか。

 

 臨時の安置所となった資材倉庫に死者を並べ終え、簡素な手向けを終えると、生き残ったクルーたちは、粛然と自分たちの職務に没頭した。

 

 ズム・シティに進路を取りつつ、アードラーは戦場の外縁で要救助者を可能な限り収容していた。

 母艦を失って漂流するランチ、航行不可能となった戦闘艇のパイロット等々。アードラーが収容した要救助者の数は三桁に近い。

 

 アードラーの非正規の乗員(イレギュラー)となったのは、ジニーことレジーナ・ハイメンダール少尉だけではなかった。

 

 サイド3に着くまでの当面、艦橋で通信オペレーターを務めるウェーブと「同居」することになったジニーは、部屋に案内されていた。

 

「ええと、散らかっててすみません。部屋の中の物はご自由に使って頂いて大丈夫です。それから……」

 

 ジニーを部屋に案内した「家主」が、少し言葉に詰まる。

 

「あ、そうだ。部屋の奥にシャワールームもありますし、ベッドも使って下さい、少尉。お疲れでしょうから」

 

「そんなに気を遣わないで頂戴。ええと……、ソラノ兵長」

 

「あ、そんな、兵長なんて……チカって呼んで下さい」

 胸の前で両手を小さく振りながらそう言って、少しはにかむ。

 

「ありがとう……チカ。本当に、そんなに気を遣わないで」

 

 自分よりも若いーーおそらく未だ10代であろうーー少女に気を遣わせているようで、逆に当惑する。

 赤い髪の、活動的なショートカットがよく似合っている少女に向けて、軽く微笑んだ。

 

「それじゃあ、私はブリッジに戻ります。しばらくは詰めてなきゃいけないんで、ゆっくりおやすみください」

 

 形よりも勢いが印象的な敬礼をしたチカが部屋を去ると、ジニーは自分のものではない部屋に独り残された。

 

 軽く溜め息を吐きながら椅子に座った。机の上の、小さな置時計に目をやる。

 

 午前9時。

 

 ルウムでの戦いが終わってから、3時間程度しか経っていない。

 

 彼女の目の前で僚機が撃墜されてから、まだ3時間程度……。

 

 

           *

 

 

 アードラーがルウムでの直接戦闘に参戦してから、約24時間後。

 

 サイド3宙域まであと僅かの距離に、アードラーはいた。

 

 この期に及んでの敵襲はまず考えられない。アードラー艦内では、艦の運用に必要な最小限度の人員を除いて、ほぼ全員が休んでいる。

 

 固い床に敷いた毛布の上で夜半に目を覚ましたジニーは、見慣れない部屋の風景に一瞬困惑したが、同じ室内に他人の寝息を聞いて、自分の境遇に思い至った。

 壁際に置かれたベッドの上で、部屋の主であるチカ・ソラノ兵長ーー頑なに階級が上のジニーに一つしかないベッドを供出しようとするのを、強引に説き伏せたーーが寝息を立てている。

 

 女どうしの相部屋だからまだ良いものの、毛布がはだけて、下着以外身に付けないあられもない寝姿が薄暗い灯りの下に露になっている。

 

 その肩に毛布をかけ直したとき、初めてその頬にある涙の痕跡に気付いた。

 

 床に脱ぎ捨ててあった、目下ジニーの唯一の所持品であるパイロットスーツを着込むと、部屋を出た。

 

 アードラーはムサイ級である。

 ところどころに細かい違いこそあれ、彼女が乗っていた艦と内部構造に違いはない。迷いのない足取りで、食堂に向かった。

 

 ほぼ全ての照明が落ちて薄暗い、人気の無い食堂で、窓際の椅子に腰を下ろす。

 

 窓に映る、明るい橙色の髪と白皙の顔。

 

 その先に見えるのは、遥か遠くに星の光が揺蕩う無音の闇。

 

 その彼方、既に遠く離れた戦場の光景がフラッシュバックする。

 

 目の前で散っていった二人の部下。正直に言って、彼らと心が通じていたとは思えない。

 アードラーに収容されてから確認できた、乗艦の撃沈。そこに心から信頼できる人間は、多分いなかった。

 それなのに、その死を見聞して、胸が締め付けられるように痛むのは何故だろう。

 

 まがりなりにも自分の知っている人間、形の上であっても自分の所属していた部隊の仲間だったからだろうか。

 

 眼から熱いものが溢れそうになったとき、彼女の耳は、足音を聞いた。

 

 反射的に目を擦って振り向くと、戦場で再会した、旧知のパイロットが立っていた。

 

「眠れないのか?」

 

 ヤクモの問い掛けに、無言で頷く。

 

「俺もだ。疲れているんだけど、気が落ち着かなくてな」

 

 言いながら食堂の片隅にあるドリンクコーナーに向かう。

 

 両手に紙コップを持って近付いてきたヤクモが、その一つをそっとジニーの前に置いた。

 湯気とともに立ち上る甘酸っぱい匂いがジニーの鼻腔をくすぐる。

 ホットレモネード入りの紙コップを渡したヤクモは、少し離れた長机に、ジニーに背を向けて座った。

 

 しばらくの間、お互いに口を利かない。

 それぞれの飲み物を嚥下する音、紙コップをテーブルに置くときの音だけがたまに聞こえる。

 

 ややあって、ジニーが口を開いた。独り言に似ていた。

 

「さっきカイに聞いたんだけど、私の乗っていた巡洋艦……やっぱり沈んでた。小隊の部下も落とされた。嫌なヤツらだったんだけどね」

 

 宇宙攻撃軍所属、ムサイ級軽巡洋艦〈シュルメル〉。

 艦長は、そこそこの名家の出自でそれを嵩にきていたくせに、ジニーが自分の家より家格が上の名家出身だと知るや、あからさまに態度を変え、媚を売ろうとする嫌味な男。

 モビルスーツ小隊の二人の部下は、いずれも叩き上げだが、「年下」の、「士官学校出」の、「女」上司に対する偏見と不快感を隠そうともしない、狭量な中年男。

 ジニーにとっては何一つ好ましいところの無い連中だった。

 

「あの艦の中には、私の居場所なんてないと思ってた。でも、何でかな。『知ってる人』っていう程度なのに、戦死したって聞くと……」

 

 独白じみた声に、ヤクモは何も応えない。応えようがなかった。

 彼にとって、ジニーが話したことは、すべて自分と紙一重の結末なのだ。

 

 部下を、仲間を、守るべきものを失ったパイロット。

 

 彼自身、いつ部下を失い、自分の命が散るかわからなかったのだ。

 

 自分が偶々生き延びた。自分の部下が偶々生還した。自分の所属している艦が、偶々沈まなかった。

 

 ただそれだけのことで、いつ自分たちが宇宙の塵となってもおかしくなかった。

 現に、戦闘直後に自機に起きたシステムダウン。あれが戦闘中だったら?

 部下に向かってミサイルを撃たんとする敵戦闘機を、運良く撃破できた。もし、あと一瞬遅かったら?

 

 たまたま、偶然。その一瞬が生死を分けたことを知っているからこそ、戦友を失ったジニーの気持ちがわかるつもりだった。

 

 再びの沈黙。

 

 次にそれを破ったのは、男の声。

 

「生き残った。今はそれでいいんじゃないか? 生きているから悩むことも出来るし、これからできることもある。そうだろう?」

 

 上半身だけ振り返り、軽く笑う。

 

 その言い方に、ジニーの気持ちが少し和らぐ。

 

「それって、けっこう自分勝手な考え方じゃない?」

 

「多かれ少なかれ、自分勝手な(そういう)ものだろ? 戦争って」

 

 あながち冗談とも取れない言いぐさだが、ヤクモらしいと、ジニーは思った。

 

「せっかく拾った命だ。お互いに大事に使わなきゃな」

 

「……そうだね」

 

 どちらからともなく立ち上がり、人気の無い食堂を後にする。

 

 音を立てないように部屋に入ったジニーは、安らかな寝息を立てているチカにそっと近付いた。

 涙の跡は、乾いてもうわからない。

 ……自分だけではないのだ。

 知っている者、馴染んだもの。親しい者との余りに突然の訣別。それは、軍属であれば、戦場であれば避け得ぬもの。そして、生き残った者が堪えねばならぬもの。

 自分だけが背負う十字架ではない。

 自分より年下の、まだ少女とも言える年齢の通信士の涙に教えられた気がする。

 彼女もまた、その目で見ていたのだ。一瞬の輝きの中に、敵と味方が、その命を散らしていくのを。

 

(靭くならなきゃな。もっと)

 

 年下のオペレーターに毛布をかけ直してやりながら、ジニーは思った。

 

 

           *

 

 

 同時刻。

 アードラー艦長の私室に、二つの人影があった。

 艦の運営を担う二人である。

 応接用のテーブルには、半分ほど中身の入ったウイスキーグラスが置かれている。

 若い艦長がその一つを手に取ると、氷がグラスに触れ、カラン、という音を立てた。

 

「やはり、味方に全く被害無しというわけにはいかないか。わかっていたことだが……」

 

 カイがグラスに口をつける。冷えているくせに熱い感触が、喉の奥を流れ落ちる。

 

「……ファルケとシュワルベは、残念でしたな。もっとも、私の立場とすれば、この艦の被害が思ったより些少であったことを重畳に思いますが」

 

 実直な副長が率直な思いを口にする。

 

「そうだな。危ない場面もあったが、何とか艦を守ることはできた」

「ご令妹の隊は、お気の毒でしたな」

「あれも軍属だ。自分のことは自分で何とかするさ。外野が心配することではないよ。……無論、私もね」

「はっ……」

 

 艦長と副長はしばし黙然とグラスを口に運んだ。グラスと氷がふれあう音だけが室内に響く。

 

 

 ……副長が退室した後、カイは独り、グラスを目の高さに掲げた。

 

 この戦場で散った、すべての戦士に。

 

 心の中で呟き、琥珀色の液体をあおる。

 

「さて、これで素直に終戦となればいいが……。連邦がどう動くか……」

 

 つい言葉となって現れた思念は、何の反響もなく静まり返った室内で壁に染み込んでいった。

 

 アードラーがサイド3に着くまで、あと数時間を残すところであった。

 

 




 うぅん、心理描写苦手だなぁ。元も子もないけど。

 サブタイトルに内容が伴っていない気がするけど、とりあえず書いてみました。反省はするけど後悔はしていない。

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