一年戦争異録   作:半次郎

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第6話 死線

「ほう……ドズルもなかなかやるではないか」

 

 戦場の後方、ア・バオ・ア・クー要塞にほど近い宙域に停留する座乗艦〈パープル・ウィドウ〉の艦橋で、キシリア・ザビは低く呟いた。

 

 現在の戦況を一見すると、ドズル率いる宇宙艦隊が、ティアンム中将率いる連邦軍艦隊の猛攻を堪えきれず、じりじりと押し込まれているように見える。

 

 パープル・ウィドウの艦橋でも、不安げに戦況を見ている士官が多い。ドズル艦隊が突破されれば、彼らのみならず、彼らの本拠地であるサイド3すら危ういのだ。

 

 が、キシリアは落ち着いている。

 ドズルの劣勢を擬態と見破っているからである。

 

 ジオン公国軍随一の猛将として名を轟かせるドズルが圧されている。だからこそこの作戦は効果があるとキシリアは見ている。

 猛攻をもって旨とするドズルが、満足に反撃も出来ず、体勢を建て直す暇も無いほどに圧倒されつつある。緒戦以来負け続きだった連邦軍にとって、これ程快い光景もないであろう。

 

 現に連邦の前衛であるティアンム艦隊は、ドズルが退いた分だけ押し出し、その後ろに控えるレビル本隊も、既にサイド5〈ルウム〉宙域に進入している。

 

 自身に割り振られた役割に不満もあろうが、それを押し隠して劣勢の「演技」を続けるドズルの采配に、つい称賛が声となったのである。

 

 ーーそろそろ動くな。

 

 キシリアは、ここまでの戦況の推移を冷徹に見つめている。

 間もなく、戦局は新たに展開する筈であった。

 

 

           *

 

 

 連邦軍総旗艦〈アナンケ〉の艦橋で、ヨハン・イブラヒム・レビル将軍もまた、戦況を見守っている。

 

 連邦軍首脳は、今回のジオンの動きを、第二の〈コロニー落とし〉にあると読んだ。そして、その阻止とジオン軍撃破のために、実にジオン艦隊に三倍する戦力を揃えたのである。

 

 そこまでは良い。敵よりも多数の兵を揃えるのが用兵上の常道である。

 

「大軍に兵法なし」

 

 古来言われるように、彼我の戦力差をもって敵を圧倒するのが正道なのだ。

 

 しかし、レビルには幾つか不安がある。

 一つは、レビル率いる艦隊であっても、士気の高さに反比例して部隊の練度が低いこと。かねてこの戦争を想定してきたジオン軍に対して、首脳部が完全に油断していた連邦軍では、開戦まで通り一遍の形式的な訓練しか行われていなかったのだ。

 今さら栓なき事だが、レビルを始めとして前線からはしきりにジオンの不穏な動向を警告し続けたと言うのに……。

 もう一つの不安。それはジオンのモビルスーツ「ザク」の存在に他ならない。

 これについてもレビルは、連邦でも早急にモビルスーツを開発、前線に配備すべく首脳部に具申したが、大艦巨砲主義に固執する上層部に却下された過去がある。

 もっとも、何ら相対的な実績を伴わない新兵器に対しては、レビルもさほど自説にこだわりはしなかったが。

 ただ、開戦からこれまでの流れを見ると、モビルスーツの威力は、想定外と言わざるを得ない。

 無理にでも自説を押し通すべきではなかったか……。

 

 僅かに浮かぶ苦い悔恨を打ち消すように、レビルの眼前で、連邦軍優位のまま戦闘が推移していく。

 ティアンム艦隊は、激しい抵抗を受けながらも少しずつ前線を押し上げているのだ。

 

「サイド5事務局から緊急連絡! サイド5内のコロニーがモビルスーツに襲撃を受けているようです!」

 

 突如、オペレーターの張り詰めた叫びが艦橋に響く。

 

「攻撃されているコロニーは特定できているのかね?」

「複数とのことです。奴ら、手当たり次第に襲っているようです。……畜生!」

 努めて冷静に聞き返したレビルの声に、興奮したオペレーターの声が重なる。

 

「将軍……如何なさいますか?」

 問い掛ける副官に、レビルは理性的な目を向けた。

 

「ジオンがコロニーを襲うなら、我々はそれを護らねばなるまい。それが我らの大義となろう」

 数秒考えてから、更に指示を出す。

 

「ワッケインが良かろう。分艦隊を率いて急行させろ」

 

 オペレーターに指示を下す副官を見ながら、レビルは胸中に穏やかならぬものの存在を感じた。不安とまでも呼べない、焦燥にも似た、言い知れぬ感情が黒雲のように湧きたっている。

 

「ティアンム艦隊との間が開きすぎているな。艦隊を前進させよう」

 

 得体の知れぬ感情を押し殺し、レビルは命じた。

 

 

           *

 

 

 ドズル・ザビ麾下にあって、本隊と別行動を取るモビルスーツ部隊がある。

 

 先頭を進むのは、赤色に塗られたMSー06C。

 モノアイスリットの上に、指揮官機の証たるブレードアンテナ。

 

 コクピットに座る男は、戦闘中だというのにパイロットスーツすら身に付けていない。

 角飾りが前面に付いた白いヘルメット、視線を隠すアイマスク。

 機体よりやや濃い赤色の軍服を身に付けている。

 

 男の率いる部隊は現在、サイド5内に点在するコロニーを攻撃している。

 

 が、しかし、それは彼の本意ではない。

 確固たる目的の為の手段に過ぎない。

 

 全ては連邦軍部隊を誘き出すための陽動である。

 そのため、コロニーへの攻撃も極力最小限に、ドッキング・ベイに対するものに留めている。

 

 コクピットに通信が入った。

 

「シャア中尉、連邦が動きました! 敵艦隊、こちらに来ます!」

 

 待ちに待った報せだ。

 

 彼ーーシャア・アズナブルは、口許に不敵な笑みを浮かべた。

 

「ようやく来たか……コロニー潰しはここまでだ。全機、敵艦隊に向かう。遅れるなよ」

 

 率いる部隊に告げるが早いか、フットペダルを踏みしめる。

 

 メインスラスターから膨大なエネルギーを噴出させ、その凄まじいほどの推力が、彼の機体を連邦艦隊に向けて真っ直ぐに押しやる。

 

 その後を、シャアの指揮下にある緑の巨人たちが、さながら狩りの獲物を見つけた群狼のように追従していった。

 

 

           *

 

 

 モビルスーツを主力とした特別急襲大隊。

 レビル率いる連邦軍本隊に対する決戦戦力である。

 

 ジオン軍の誇るエース部隊〈黒い三連星〉率いる大隊の中に、、軽巡洋艦〈アードラー〉所属小隊の姿もある。

 

 モビルスーツ部隊はそれぞれにスラスターを点火させ、レビル艦隊の側面を突くべく宇宙を疾駆する。

 

 その僅か後方に、ムサイ級軽巡洋艦〈アードラー〉以下、数艦の艦艇が観測と補給、モビルスーツ隊支援のために付き従う。

 

 特別急襲大隊の前途には、複数の観測機が先行している。ミノフスキー粒子散布下で敵部隊との正確な距離を計測するためだ。

 観測結果は、通信距離が短いがミノフスキー粒子の影響を受け難いレーザー通信で、最前線から逓伝される。

 その結果を艦からモビルスーツへ伝達するのだ。

 

 その観測部隊からアードラーへ、レビル艦隊発見の報が届く。

 未だセンサーにも捉えられない距離であるが、連邦艦隊の配置は大まかに把握できた。両軍がこのままの速度で進んだ場合、急襲部隊はレビル艦隊の左側面を突くことになる。

 

 アードラー艦長の若い艦長は、彼の考案したアイデアに対して、現在、最後の「仕上げ」を行っている工作部隊と連絡を取った。

 

「作業の進捗状況はどうか」

『もう少しです。あと10分程度下さい』

 

 カイは、作業の終了をもって案を実行に移すことを決断した。

 

 

           *

 

 

 レビル本隊から離れ、ジオン軍別動部隊の捕捉、撃破に向かったワッケイン分艦隊は、ジオン軍モビルスーツ部隊の猛攻に晒されることとなった。

 

 分艦隊の司令を命ぜられたワッケイン少将もその参謀も、油断していた訳ではない。

 しかし、敵部隊の迅さと獰猛さは、彼らの予想を遥かに超えていた。

 

 まずはじめに、先頭部隊を取り囲むように飛んでいた直俺の戦闘機〈セイバーフィッシュ〉が数機、突如火球と化した。

 直撃を避けた戦闘機が、前方に踊り出していく。

 立て続けに闇を切り裂いて飛来した弾頭が、艦隊の先頭を進む艦に突き刺さり、巨大な爆炎と閃光を生み出す。

 

 弾頭の直撃を受け、大きく弾かれた艦が、隣にいる艦に衝突する。それを避けようとした後続の艦が、慌てて艦首の向きを変えようとすると、さらにその周囲の艦と衝突しそうになる。

 暗黒の中から放たれた不意の一撃で艦隊の陣形は崩れ、混乱に陥った。

 

「何をしているのだ! 各艦、ひとまず減速、隊形を整えよ! 対空戦用意!」

 

 舌打ちしたワッケインが指揮下にある艦隊に檄を飛ばす。

 

 必死に艦を制御し、隊形の立て直しを図る各艦の乗員(クルー)が目にしたもの。

 

 それは、漆黒の虚空から次々と湧き起こり、襲い来るモビルスーツの群れ。そして、その先頭を駆け、尋常ならざる速度で迫り来る、赤い「角付き」のザクⅡ。

 

 減速の気配すら見せず迫る、赤いザクⅡの正面に位置するサラミス級巡洋艦の艦橋で、恐怖に堪えかねたクルーが悲鳴を挙げる。

 

 その眼前で、赤色の角付きはバズーカを艦橋に向けた。

 

 僅かな光と煙を確認した刹那、砲口から放たれた弾頭が、とても避け得ぬ早さで迫り、艦橋を炎と瓦礫、そして数秒前まで「人だった」物の残骸で満たした。

 

 シャアの獲物となったサラミスの周囲にいた艦のクルーたちは、さらに信じられない光景を見た。

 

 バズーカの一撃でサラミスの艦橋を破壊した赤いザクⅡが、さらに艦体に向けて二発撃つ。

 一切減速することなく直進したザクⅡは、艦体に二発の弾頭を呑み込んだサラミスが爆発する寸前、やや突進の角度を変え、サラミスの艦体上部に両足をかけた。

 と見えたのも一瞬、スラスターを噴かせると同時に艦を蹴る。

 サラミスを蹴った勢いを加え、それまで以上に加速したザクⅡが飛翔する。その直後、サラミスの巨体が爆炎を撒き散らしながら四散した。

 後方で生まれた爆発光の照り返しを受け、ザクⅡの赤い装甲がさらに赤く、美しく輝く。

 

 周囲の艦艇がシャアに向けて対空機銃を乱射するが、全て虚しく空間に吸い込まれるばかりである。

 

 正面から突進してきたセイバーフィッシュの放った機関銃を、錐揉み回転しながら躱し、すれ違い様に機体を蹴り砕く。

 

「ふん……脆いな」

 

 冷笑混じりに呟きながら、シャアは連邦軍艦隊の中心に向け、さらに加速していく。

 

 

 シャアの脳裡をよぎる、一つの光景。

 かつて士官学校時代に見学した、モビルスーツ同士の実戦演習。

 指導担当士官は教導機動大隊所属のパイロット、指導を受けたのは、シャアの親友。

 ザビ家の御曹子、ガルマ。

 シャアの目から見ても、ガルマは下手なパイロットではない。操縦技術はなかなかのものだ。

 まして、ガルマの技倆以上に「ザビ」の名は大きな意味を持っている。ジオン公国を事実上支配する一族なのだ。

 軍の中にも、気骨のない、阿諛追従を得意とする者は多かったし、そうでなくても、なるべくなら関わりたくないと思う者もいた。

 

 その中で、ガルマの相手となった男ーーたしか、士官学校を出て直ぐに教導機動大隊に配置された下士官らしかった。名前は何といったかーーは見事であった。

 

 あのパイロットは、ほんの数分で、ガルマの乗ったザクとプライドを粉微塵にしたのだ。

 

 彼の男は、「ザビ」の家名に何ら臆することも遠慮することも、まして容赦すらしなかった。

 その気骨(或いは反骨)はもとより、その操縦技術もまた見事であった。

 

 機動力を最大に活かした強襲。

 汎用性以上に、それこそがモビルスーツの戦術兵器としての真髄ではないかと錯覚させるほどに、ガルマを圧倒した機動。

 シャアの得意とする高速機動に相通じるものがあり、当時のシャアとしては、そのときの動きを参考としたこともあったものだ。

 

 彼の男、当時名前を聞いた気もするが、思い出せない。

 ガルマを蹂躙した直後に後方部隊に左遷させられたと聞いたが……。

 

 飛び交う砲火を高速で掻い潜り、目の前に現れる戦闘機を次々に撃墜しながら、シャアには尚、過去を追想する余裕すらあった。

 

 流星の尾の如くバーニア光を曳きながら、その前方に、新たな敵艦の姿を捉える。

 

 獲物を見据え、赤い機体より尚紅く、モノアイが禍々しく光った。

 

 

 シャアに率いられた部隊もまた、めざましく躍動する。

 対空放火に晒され、少なからず被害を出しつつも、連邦軍の戦艦を業火の中に沈めていく。

 

 分艦隊司令ワッケインは、指揮下にある戦艦が次々と沈められていくのを、歯噛みしながら見せつけられていた。

 

 ジオンのモビルスーツにも、確実に被害を与えている。だが、味方の被害は、ジオンの数倍の早さで拡大していく。

 

 怒りと屈辱に心を灼かれながら、彼はついに撤退を決意した。

 

 

           *

 

 

 ワッケイン分艦隊が、ジオン公国宇宙攻撃軍シャア・アズナブル中尉率いるモビルスーツ部隊の襲撃を受けたのと前後して、レビル将軍率いる連邦軍本隊もまた、非常事態に陥っていた。

 

 

 前衛からの通信が微かな異変を告げる。

 

「左舷から味方艦だと?」

 旗艦アナンケの艦長が通信手に聞き返す。

「はい。相当の被害を受け、最早航行がやっとの状態とのことです」

 

 艦長と副官がレビルに向き直る。

 

「敵の攻撃で大破したものと思われますが……」

 

 やっとのことで味方の元に避難してきた味方を保護しないわけにもいかない。

 副官はそう進言したが、レビルは白い髭に覆われた顎を撫でながら思案している。

 

「戦場は我々の真正面にある。なぜ味方が左舷から逃れてくるのだ? 奇妙だとは思わんかね」

「戦場を迂回して避難してきたのでは?」

「航行がやっとの艦が、退避行動に迂回路を選ぶ余裕があるか? ……何か引っ掛かる。艦隊に近寄らせず、まずは停止させよ」

 

 艦長や副官は死に体の味方に対する憐憫で頭が一杯のようだが、レビルは違う。

 なにか、嫌な予感がしていた。

 

 傷付いた仲間を疑うような態度に軽い不満を抱きつつ、副官がレビルの指示を前衛部隊に告げる。

 

 受令した前衛部隊から、所属部隊不明の損傷艦に向け、停止信号が送られる。

 

 しかし、傷付いたサラミス級は、信号を無視してゆっくりと艦隊に接近してくる。

 

 停止を求める発光信号が、レーザー通信による音声での警告に代わっても、サラミス級は依然停止しない。

 舵機に異常を来しているのか、ふらふらと進み、遂には艦列に横から割り込む形になった。

 

 その直後である。

 

 周囲の僚艦に見守られながら、傷付いたサラミス級巡洋艦が光に包まれて消失した。

 

 突如発生した閃光と爆風が、膨大な熱量と破壊力で、その付近の艦と戦闘機を薙ぎ払う。その外縁で連鎖的に 発生した爆発が、連邦軍の艦列の中に不自然な空白を生み出した。

 

 運良く爆発に巻き込まれずに住んだ連邦艦もまた、異常に見舞われた。

 

『何が起きた!?』

 

『判りませ……! 急……爆発が……』

 

『ア……ンケ、応答願……!……こち……被害が…………』

 

『爆……付近の……、害…………し……』

 

『……令……聞こ……』

 

『……ダー……異常…………見えな……』

 

 傷付いたサラミス級が数隻の僚艦を道連れに塵芥と化したのを契機に、レビル艦隊に所属する総ての艦、全ての戦闘機の通信が侵食された。

 

 ごく短期間にレビル艦隊全てを包み込んだ高密度のミノフスキー粒子の影響だ。

 

 電子機器を冒され、目と耳の機能の大半を奪われたに等しいレビル艦隊。

 

 混乱から立ち直る時間的余裕は既になく。

 

 彼らに鋼鉄の巨人たちが襲いかかった。

 

 

           *

 

 

 連邦艦隊の中に突如現れた爆発を確認すると、既に臨戦態勢になっていたザクが、一斉に吶喊した。

 

 アードラーの艦橋から、カイがその様子を見守る。

 

 連邦艦隊の中で突如発生した爆発は、彼の考案によるものであった。

 

 先日滷獲した連邦軍のサラミス級巡洋艦に、起爆装置をセットしたタンクコンテナを二つ搭載し、連邦艦隊に向けて自動操縦で発進させたのである。

 タンクコンテナには、それぞれ酸水素ガスとミノフスキー粒子が充填されていた。

 

 連邦艦隊までの距離を計測、艦の速度を計算し、連邦艦隊に到達後、起爆するようにタイマーをセットしてから、連邦艦隊に向けて発進させた。

 結果、当該艦は連邦艦隊の隊列に闖入した上で爆発。

 

 奇策とか作戦というより、小細工の範疇に類するものだか、酸水素ガスの爆発によって連邦の艦列に孔を開け、高濃度のミノフスキー粒子は連邦艦隊の通信を阻害した。

 それ自体は、もとより連邦軍に致命的な打撃を与えるものではなかったが、連邦艦隊を混乱状態に陥れた効果は軽視できないものとなった。

 

 「小細工」がある程度の成果を修めたことに軽い安堵と満足を覚えつつ、カイは自席から立ち上がる。

 

「本艦はこれよりモビルスーツ隊の援護にあたる。敵艦隊に向け、最大戦速!」

 

 カイが左腕を前に伸ばす。

 それが合図となったかのように、ムサイ級の特徴である、左右二基の熱核ロケットエンジンが出力を上げる。。

 

 先に加速を始めている僚艦とともに、前へ。

 爆発光が目まぐるしく点滅する戦域へ。

 最前線へと、アードラーは進んで行った。

 

 

 アードラーに先行するモビルスーツ部隊の中に、ヤクモの姿もあった。

 目の前に広がる広大な空間の中、無数の光点が見える。

 地球連邦軍主力艦隊である。

 

 光点のうちの幾つかが、ヤクモ達の方に向かってくる。

 

 不意討ちの混乱からいち早く立ち直ったセイバーフィッシュだ。

 それぞれ、三機から五機の編隊となって迎撃の構えだ。

 

「マーク、ウィル、行くぞ! 落とされるなよ」

 

 言うが早いか、見る間に敵が迫る。

 戦闘機のエンジンから迸るジェット燃料の残渣が小さな光の粒子に見えていたのも束の間、セイバーフィッシュの姿を視認できる大きさとなり、次の瞬間には、戦闘機とモビルスーツの戦隊が交錯する。

 

 忽ちのうちに混戦となり、視界の大半が爆炎と閃光に埋め尽くされ、コクピット内に不快な警報(アラーム)音が鳴り響く。

 

 正面から急接近する一機を認めた刹那、レバーを倒す。ザクの機体が下方に沈み込むと同時に、敵機から放たれた機関銃の弾丸が、頭上すれすれの空間を切り裂いていく。

 急旋回しながらの擦れ違い様、頭上を通過するセイバーフィッシュの腹に向けて120ミリマシンガンを斉射する。

 敵戦闘機が炎に包まれるのを確認する間もなく、機体を反転させると、そこにも敵機がいる。両脚のスラスターを噴かして急上昇して射撃を避け、敵機が足の下を通過する瞬間を狙い撃った。

 

 次の瞬間には、モニターを見つめる視界が揺れ、金属の擦れる不快な音がコクピット内に伝わる。

 右肩のショルダーシールドが、敵の機銃で徐々に削り取られる。

 数秒で衝撃が止み、ザクの頭上を右から左へ、セイバーフィッシュが飛び去っていく。

 その機体に狙いを定め、敵が旋回する瞬間、トリガーを引いた。

 マズルフラッシュ飛びともに飛び出した弾丸が、敵機のコクピット付近に吸い込まれ、戦闘機を炎の塊に変える。

 

 視線を転じると、その先にもセイバーフィッシュ。

 

「くそっ、切りがない!」

 

 さらに三機ほどのセイバーフィッシュを撃墜しつつ、混戦の中、機体が上下左右、あらゆる方角に向きを変える。

 

 ロックオンされたことを告げるアラームは一向に鳴り止まない。

 モニターが映し出す映像が目まぐるしく変化する。

 

 回転するモニターの映像が静止したとき、視界に捉えたのは、お互いの背を守り合うように戦う、二人の部下の姿。

 

 やや離れた場所から俯瞰した形が幸いしたか、セイバーフィッシュが、ウィル機の左からセイバーフィッシュが接近するのが見えた。

 

 その敵に照準を定め、躊躇なく射撃する。

 

 セイバーフィッシュがウィル機に向けてミサイルを射出した直後、ヤクモの放った弾丸が、偶然そのミサイルに突き刺さった。

 離脱しようとしていたセイバーフィッシュが、ミサイルの爆発に捲き込まれてコントロールを失い、回転しながら混戦の中に消えていった。

 

「油断するな、ウィル!」

「すみません、隊長!」

 

 部下の無事に安堵する間もなく、ヤクモ機の近くをメガ粒子の閃光が通り過ぎていく。

 

 ミノフスキー粒子によって、レーダー照準に狂いが生じていたことに救われたか。当たらなかったのは僥幸と言うべきであろう。連邦の艦列が間近に迫っている。

 躊躇する余裕はない。

 

 ヤクモはスラスターの出力を上げ、敵艦隊から放たれる対空機銃の間隙を縫って戦艦に向け、突進した。

 二人の部下がその後ろに続く。

 

 一番手前にいたマゼラン級に狙いを定める。

 マゼランの右舷を、艦首から艦尾へとマシンガンを浴びせながら逆行する。

 急制動をかけ、マゼランのエンジン部に向けて弾着を集中させる。

 エンジン部が膨れ上がり、亀裂の入った装甲の内側から光が漏れ出す。

 

 ヤクモのザクがマゼランから離脱した瞬間、マゼランの熱核エンジンの負荷が限界に達し、膨大な熱が炎となって炸裂した。

 

 

 次々に目の前に現れる戦闘機と戦艦。

 果てしの無い闘争、破壊と殺戮の坩堝。

 

 気付いた時には、連邦軍の抵抗が弱くなっている。

 近くにいるセイバーフィッシュが、ヤクモ達を無視して通り過ぎていく。

 敵艦が少しずつ距離を取り始める。

 

(後退……退却しているのか?)

 

 ヤクモがそう考えたとき、レーザー通信に割り込んできた声がある。

 記憶に無い声だが、強い「ジオン訛り」が、友軍であることを示している。

 

『アナンケが沈んだ! 〈三連星〉がレビルを捕えたらしいぞ!』

 

 

           *

 

 

 名将レビル率いる連邦軍主力艦隊が大打撃を受けたという報せは、ドズル艦隊をサイド5宙域から押し出しつつあるティアンム艦隊のもとにも届いた。

 

「ジオンの別動隊だと!? 謀られたかというのか」

 

 一報を受けたティアンムは、一瞬動揺したが、少なくとも表面上は、直ぐに平静を取り戻した。

 

「将軍は? レビル将軍はご無事なのか?」

「申し訳ありません。レビル将軍の安否については未だ何も……」

 

 ティアンムは腕を組んだ。

 

 敢えてこのまま優勢の戦局を押し込み、ドズル・ザビの死命を制するか。それとも、直ちにレビル艦隊の救出に向かうか。

 

 ドズル艦隊を撃破すれば、余勢を駆ってサイド3まで攻め入ることも可能かも知れない。しかし、ジオン軍の必死の抵抗に遭えば、ティアンム艦隊だけで早期にサイド3を陥落せしめる余裕はないだろう。

 それ以上に、レビルの安全を確保することが最優先か。連邦軍のため、万が一にもここでレビルを喪う訳にはいかない。

 退却戦の困難を熟知しながらも、ここは連邦軍随一の名将の窮状を救うべきだろう。仮にレビル艦隊が全滅した場合、結局ティアンム艦隊は敵地で孤軍となる運命からは免れない。遅からず全滅の憂き目に遭う。

 ならば、多少の犠牲を払ってでも撤退し、少しでも戦力を温存しつつ捲土重来を期すべきだ。

 

 一分に満たない短時間で決断を下すと、ティアンムは全艦隊に転進を命じた。

 

 現状を理解し、それまでの優勢を敢えて放棄する決断は、ティアンムの非凡さを示すものであった。

 

 だが、そのティアンムと対峙している敵将ドズル・ザビもまた、戦局を見るに敏であった。

 

 ティアンム艦隊の攻勢が弱まった一瞬で、連邦軍主力に友軍が食らい付いたこと、そして、ティアンムが艦隊を転進させることを本能的に理解した。

 ドズルは、即座に全艦隊に檄を飛ばす。

 

「敵が退くぞ! 逃げる振りはここまでだ、モビルスーツ、全機発進させろ!」

 

 旗艦〈ファルメル〉の艦橋で、文字通り吼えた。

 

「全軍、全速前進!!」

 

 それまで我慢を重ね、擬態とはいえ撤退してきた宇宙攻撃軍の将兵にとって、それは待ちに待った号令であった。

 

 それまでの鬱憤を晴らすかのように、ドズル麾下の全部隊が、有り得ないほどの猛々しさでティアンム艦隊に襲いかかる。

 

 本領である攻勢に転じた宇宙攻撃軍の破壊力は、ティアンムの予想を超えていた。

 戦術的撤退の筈が、やがて敗軍の退却となり、いつしか秩序が失われた潰走となった。

 

 

           *

 

 

 最高指揮官を失い、指揮系統が損なわれた連邦軍は、各戦艦ごと、あるいは戦隊ごとに死に物狂いの抵抗を見せながら退却していく。

 

 もはや大勢は決した。

 ヤクモは、敵の減った戦場でザクⅡの動きを止めた。

 

 改めて機体の様子をチェックする。

 右肩のシールドはとうに失われている。左肩のショルダーアーマーは激戦の中で吹き飛ばされ、右足は脛から下の装甲が割れ、駆動部品(アクチュエーター)が剥き出しになっている。

 大小の亀裂や弾痕は数えきれず、おそらく全身に刻まれているだろう。

 ディスプレイに表示したザクⅡの全身画像は、赤と黄色の警戒色でほぼ塗り潰されている。

 ジェネレータ出力が低下し、機体が時折大きく震える。

 

 マークとウィル、二人の部下がヤクモの近くで待機しているが、どちらの機体も似たような有り様だ。

 ウィルの機体に至っては、左腕の肘から下が無くなっている。

 

「二人とも無事で何よりだ」

 

 レーザー通信で話し掛けるヤクモの声は静かである。

 戦勝の高揚、生き残ったことへの慶びは無論あるが、それ以上の疲労感が、感情を押さえつけていた。

 

『うん? 隊長、あれは……』

 

 マークが乗ったザクⅡの左腕が、虚空の一点を指差す。

 

 闇の中から何か近付いてくる。時折短く、激しく光るのはマズルフラッシュであろう。

 

 そう、まだ戦いは続いているのだった。

 

 近付いてくる物の姿が次第に鮮明になる。

 

 一機のMSー06Cと、7、8機のセイバーフィッシュが、闇の中を踊るように、絡み合うように戦っている。

 

 ザクのマシンガンが、一機のセイバーフィッシュを撃墜する。周囲からの銃撃を辛うじて躱すが、何処かの駆動系が損傷しているのか、動きがぎこちない。

 右腰から脚にかけて掠めた弾丸が、無音の火花を散らす。

 

 ザクⅡは、近接してきたセイバーフィッシュの一機を、おそらく咄嗟のことだろう、マシンガンで殴り付ける。セイバーフィッシュの爆発とともにマシンガンの銃身が折れて火を吹き、ザクⅡの右マニピュレーターが四散した。

 

『よくやっているが……流石にあれ以上は厳しそうですね』

 

 マークの品評するような声が耳を打つ。

 

「見殺しにも出来ない。援護しよう」

 

 ヤクモは、ガタガタと悲鳴を上げる機体を無視して、フットペダルを踏み込んだ。落ちかけたジェネレータ出力が再度、不安定に上昇する。

 

 ヤクモのザクⅡが、セイバーフィッシュの一機を照準に捉えた。引き金を引くが、乾いた振動が伝わるだけで弾玉が出ない。

 

「ちっ、こんなときにタマ切れか」

 

 ヤクモは無用となったマシンガンを投げ捨て、右腕を左腰に伸ばした。損傷した機体とは思えない速度でセイバーフィッシュに迫り、ラックしてあるヒートホークで引き抜きざまの抜き打ち。赤く輝く刃がセイバーフィッシュの主翼を切り裂く。

 

 マークとウィルは、それぞれMSー06Cを庇うようにセイバーフィッシュを牽制するようにマシンガンを放ち、それぞれ一機ずつ撃墜した。

 

 形勢が不利に生ったのを悟ったか、残りのセイバーフィッシュは、敗走する艦隊の後を追うように闇の中へ姿を消した。

 

 当面、付近に敵がいないことを確認してから、助けられた形のザクⅡが、助けた側の三機のザクⅡに近付く。

 指揮官機とおぼしきザクⅡにレーザー通信で話し掛ける。

 

『ありがとう。おかげで助かりました』

 

 謝辞を述べるその声は、通信に混じるノイズを差し引いても、なお耳に心地好い、音楽的な女の声。

 

 ヤクモは、耳を疑った。

 

 女性兵士(ウェーブ)が珍しい訳ではない。

 

 驚いた理由は、その声に聞き覚えがあったからだ。

 

 まさか……。

 

 謝辞に答える代わりに、躊躇いがちに質問する。

 

「間違っていたら失礼だが……もしかして……ジニーか?」

 

 数秒の沈黙の後。

 ウェーブが驚愕の声を挙げる。

 

『ウソ……まさか、ヤクモ? ヤクモ・セトなの!?』

 

「ああ…」

 

 ヤクモが答えようとした途端、コクピット内が闇に包まれる。

 無理な動きが機体の限界を超えたのだろう。

 

 システムダウン。

 

 モノアイの光が失われたヤクモのザクⅡを、残りの三機が慌てて抱える。

 

 

 その周囲に既に連邦艦隊の姿はない。

 

 コクピットを薄暗く灯す頼りない予備電源の照明に照らされる中、ヤクモは、部下と旧知の人物が自分を呼ぶ声を聞いた。

 

『ヤクモ!? 返事しなさい、コラ!』

 

 通信が混線しているのか。

 

 旧知の女性ーージニーの声の向こう。

 

 顔の見えない味方の誰かの、興奮した叫び声が聞こえる。

 

 ーー ジーク・ジオン。

 




 とりあえずルウムまで。
 可能であれば終戦まで行ければいいな、と思っています。
 
 読んで頂いた方、お気に入りして下さった方に感謝。

 誤字脱字、指摘、ツッコミ、感想、評価などなど、声を聞かせていただけると幸いです。

 妄想多めなのは平に御容赦を。

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