無駄に長くなってしまいました。
ジオン公国軍に接収されたグラナダの連邦軍基地は、徐々に戦闘の痕跡が片付けられ、突撃機動軍本部基地としての体裁が調いつつある。
開戦から一日余りが過ぎている。
ジオン公国元首デギン・ソド・ザビ公王の長女にしてギレン・ザビ総統の妹、突撃機動軍司令官キシリア・ザビ少将は、前日まで地球連邦軍グラナダ基地司令の執務室であった部屋を、そのまま執務室としていた。
応急的にマホガニー製の高価な机と、簡素ながら上品な飾りのついた椅子は運び込ませたものの、全体として部屋が殺風景なことは、現時点では仕方あるまい。
寧ろ、基地内への突入を許した基地司令が早々に降伏した為に、室内が破壊と流血から免れた事実を喜ぶべきであった。
それはとりもなおさず、キシリア麾下の突撃機動軍将兵が極めて効率的な作戦行動を遂行した証でもあるのだから。
広大な部屋の中には、椅子に腰掛けたキシリアの他に二人の人物がいる。
一人は、特務艦隊司令としてグラナダ制圧に功のあったバロム中佐だ。
やや灰色がかった紺色の髪と、同じ色の口髭を蓄え、引き締まった体を突撃機動軍の徽章が付いた軍服に包み、キシリアに正対して直立している。
もう一人は、青色の癖のある髪をやや長めに伸ばした痩身の男が、正対する二人中間に、交錯する視線から一歩下がって立っている。
キシリアの筆頭参謀をもって自認するマ・クベ大佐である。
こちらはアイボリーホワイトの軍服を身に纏い、金糸で突撃機動軍の徽章を誂えた赤い襟から、深紅のスカーフを垂らしている。手首まで被う手袋と軍長靴、ベルトは緑色だ。
公国軍では、佐官以上の将校には軍服やノーマルスーツの意匠にある程度の自由が許されているにしても、制式の軍服を一分の隙もなく身に付けたバロムとは、余りにも対称的だ。
もっとも、そのマ・クベが心酔するキシリアにしても、軍務中は特注の紫紺の軍服に鳥の翼を思わせる肩章の付いた黒いマント、白い長手袋に長靴という装いに加え、さらに顔半分を紫紺のマスクで覆っているという出で立ちなのだが。
趣味の良い椅子に優雅に座った部屋の主は、バロム中佐の敬礼を悠然と受けると、口を開いた。
「迅速なグラナダ制圧への貢献、まずはご苦労。貴様には相応に報いるであろう」
キシリアの言葉を受けたバロムは、改めて敬礼した。
「過分なるお言葉、光栄に思います。されど此度の成功は部下の労あってこそ。彼等にこそ栄誉を賜りたく存じます」
(堅苦しい……面白味のない男だ)
バロムの言葉を聞いたマ・クベは、バロムを冷やかに見つめながら内心で思った。
「戦闘記録の映像は一部確認させてもらった。宜しい。善処しよう。」
キシリアは鷹揚に頷いた。
脳裡に、昨夜確認した戦闘状況の記録映像が浮かんでいる。
特務艦隊所属艦〈シュワルベ〉の艦橋から光学望遠カメラが撮影したものと、グラナダ基地内の監視カメラに記録されていたものだ。
――闇の中、バーニアの光を背負って連邦軍パトロール艦隊に猛進した三機のザクⅠが、マゼラン級一隻、サラミス級一隻を瞬く間に無力化し、グラナダに向けて疾駆する映像。
グラナダ宇宙港内に侵入したモビルスーツ隊が、紅蓮の炎に機体を輝かせながら、連邦軍の抵抗を歯牙にもかけずに港内施設を次々に制圧する映像。
無論戦闘経過の全てを映像によって確認した訳ではないが、経過報告と併せれば、開戦からグラナダ制圧までの流れは凡そ把握できる。
グラナダ攻撃は完全な奇襲であり、制圧は兼ねてからの予定どおりといえるが、かくも迅速に作戦行動を終了出来た最大の要因は、戦術兵器としてのモビルスーツの存在にある。
その点にもキシリアとしては、ひとまずの満足を得ている。
公国内に開戦の気運が高まっていた頃、強硬にモビルスーツ配備を主張し続けた甲斐があったというものだ。
モビルスーツの早期増産と実戦部隊への配備については、宇宙艦隊の増強整備を声高に主張する次兄ドズルと一悶着があった。
モビルスーツを宇宙世紀時代の戦争の主戦力と見るキシリアのモビルスーツ生産増強案と、モビルスーツの有用性を認めつつも、あくまでそれを艦隊決戦後の掃討用兵器と捉えるドズルの宇宙艦隊増強案は、互いの意見を譲らず、遂には双方ともに「自分の意見が容れられなければ軍属を抜ける」と主張するまでに至ったのだ。
結果としては、ジオン公国軍総帥である長兄ギレンの、実戦部隊の大半をドズル率いる宇宙攻撃軍とキシリア率いる突撃機動軍に二分し、軍編成への独自裁量権を付与するという措置によって事なきを得たのだが、仮にキシリア若しくはドズルの何れかが軍属を抜けるような事態になっていれば、一体どうなっていたことか。
ギレンはもとより、ドズル、キシリアともに公王の子であり、現在のジオン公国の権力の中枢にいる人間なのだ。
当然――様々な思惑があるにせよ――派閥がある。
追い落とされた方の派閥は、追い落とした側に素直に従うまい。最悪、国を割っての内乱に発展するであろう。地球連邦は、コロニー統治権を名目に内乱に介入し――ジオン公国は地球連邦との戦争以前に瓦解していたであろう。
無論キシリアにはその程度の判断力は充分に備えている。
国を割る危険を犯してまで敢えて「駄々をこねて」見せたのは、ギレンから独自の軍編成に対しての言質を取るためである。
そして、現に戦場では、キシリア思惑どおり、既存の兵器に対するモビルスーツの優位性が証明されつつある。
今後、モビルスーツ運用による戦果を積み重ねて行けば、キシリアの主張に頑強に反対していたドズルの発言力は、キシリアに対して多少なりとも弱まるであろう。
もっとも、ギレンのことだ。キシリアの思惑を読みきった上で敢えてキシリアを利用しようとしているのかも知れない。
(それならそれで構わんよ。使えるうちは互いに利用し合うだけだ)
全ては、いずれジオン公国を掌握する為の布石である。
地球連邦軍との間に戦端が開かれた今、強力な軍を掌中にしていることが、政治的にもどれ程優位に働くことか。
キシリアは内心でほくそ笑んでいた。
「さて、貴様らを呼び立てたのは他でもない。今後の戦略について、本題に入るとしよう」
キシリアは意識を現実に戻すと、鋭い視線を二人の幕僚に等しく送った。
部屋の中に緊張が走る。
「知ってのとおり、我が軍はこのグラナダに続いてサイド1、サイド2、サイド4を制圧しつつある。来るべき『ブリティッシュ作戦』の為の布石としてな」
ジオン公国軍極秘作戦計画――ブリティッシュ作戦。
スペースコロニーを巨大な弾頭に仕立てて地球連邦軍本部ジャブローに落とす。
地球連邦軍の中枢を文字どおり「叩き潰す」とともに、
「既にサイド2〈アイランド・イフィッシュ〉コロニーへの核パルスエンジンの取り付けは終わっている。間もなく地球に向けて動き出すであろう。」
キシリアが言葉を切ると、重い沈黙が部屋を包む。
「この作戦を実際に行うのは宇宙攻撃軍だが、総帥は我が軍に、本作戦を援護せよ、との仰せだ」
「それでしたら、是非私の艦隊にに出撃をご命令下さい。現在、グラナダ制圧により艦隊の士気はこの上なく高まっています」
意気込むバロムに対してのキシリアの返答は、至って冷静であった。
「急くな。貴様には別命がある。ブリティッシュ作戦には、マ・クベ。貴様が艦隊を率いて従事せよ。出立時間は追って通達する。艦隊を直ぐに発進出来るよう、万事速やかに整えよ」
冷徹なキシリアの視線を受けたマ・クベは、キシリアに敬礼し、「はっ」と短く返答すると、踵を返して部屋を出る。
部屋に残されたバロムに、キシリアは告げる。
「貴様はマ・クベとは別に機動艦隊の指揮をとってもらう。まずは艦隊の編成に専念しろ」
先程のマ・クベと同様、敬礼をしたバロムが踵を返そうとするのを、キシリアは声で制止した。
「持っていけ。一層励めよ」
キシリアが差し出した大佐の階級章を、バロムは恭しく受け取った。
*
月面都市グラナダの郊外に位置する宇宙港は、軍の将兵に埋め尽くされている。
珍しい光景というわけでもないが、僅か一日で決定的に変わったことは、港内を闊歩する全ての人間が、ジオン公国軍に属しているということである。
元々地球連邦軍の艦隊が拠点としていたために、艦隊の駐留に必要な設備は備えている。
港内で忙しく動いている人間の大半は軍属の技術者だ。
現在の急務は、進攻によって破損、若しくは破壊された施設の復旧とジオン公国軍に適応した各種システムの構築、そしてモビルスーツ整備設備の設置である。
モビルスーツに関しては、ザクシリーズの産みの親であるジオニック社の支社が、グラナダにはある。
連邦軍がグラナダにいた当時は事実上閉鎖状態となっていた工廠を立ち上げる予定がある。軍港部には応急整備が可能な程度のモビルスーツドックが有ればよいとされているが、現在まで連邦軍にモビルスーツ関連の整備がなかった為に、ゼロからのスタートである。
技術者たちは前夜からてんやわんやの大騒ぎであった。
目の回るような忙しさの技術者達に対して、実戦を終えた兵士たちは、マ・クベ大佐麾下の艦隊が出動に備えて準備をしている以外は、比較的時間に余裕がある者が多かった。
モビルスーツパイロットであるヤクモ・セト少尉もその一人だ。
連邦軍の武装解除が終了した直後には、ザクでの警戒が命ぜられていたが、夜半に交替している。
この日は終日待機の命令であったが、愛機ザクⅠが目下メンテナンス中である。
朝方までムサイ級巡洋艦〈アードラー〉で仮眠を取り、目が覚めてからシャワーを浴びた後には、さしてやることがない。
束の間とはいえ、穏やかな時間は貴重な筈であったが、今のヤクモにはさほど有り難みがない。
なまじ時間をもて余しているだけに、余計なことを考えてしまうのだ。
ヤクモは、一応士官のモビルスーツ小隊長であるとはいっても、未だ艦内に個室を与えられるほどの厚待遇は望むべくもない。
小隊の部下であるマーク・ビショップ曹長、二人から「ウィル」の愛称で呼ばれているウィリアム・ウォルフォード伍長と三人一緒に、大して広くもない部屋に放り込まれていた。
ヤクモはシャワーを浴びた後、ダークブラウンの髪を乾かすのもそこそこに、ベッドに転がって塞ぎ込んでいた。
軍服のズボンを穿いているが、上はシャツ一枚である。
軍服の上衣はベッドの下に放りつけたままだ。
同室のマークやウィルも、そんな様子のヤクモに気を遣ってか、たまに小声で会話をするものの、一言二言で会話に詰まってしまう。
緒戦の勝利に沸き立つグラナダのジオン軍の中で、この一室だけが奇妙な静けさの中にあった。
天井を睨みながら、ヤクモの頭にあるのは昨日の戦いのことである。
宣戦布告直後の完全な奇襲。
国際法上はなんの問題もない。
自分の行為で人が死ぬことも、戦争である以上当然のことだ。とうに腹を括っていた筈である。
にも関わらず、何かすっきりしないものが残るのである。
敵である筈の連邦軍から抵抗らしい抵抗を受けなかったことが原因かもしれない。
敵の抵抗を受けず、つまり何ら被害を受けることなく敵を撃破する。こと戦いにおいては、至上の結果と言える。
しかし、何となく無抵抗の人間を殺戮したような後味の悪さが残っていた。
自分が卑怯者になった気がしていた。
ふと、殺風景な部屋の天井から室内に琥珀色の瞳を向けると、こちらを心配そうに見るウィルと目が合った。
何となく気まずさを感じて、ヤクモはベッドから起き上がった。
床から上衣を拾い上げる。
少し出てくる、と二人の部下に言うとヤクモは振り向きもせずに、部屋を後にした。
*
マークとウィルの視線から逃げるように部屋から飛び出したものの、目的地があるわけでもない。ヤクモが取り敢えず向かったのは、アードラーのモビルスーツ格納庫である。
愛機のコクピットでもいじっていた方が、少しは気が紛れそうだと思ったに過ぎない。
格納庫に一歩足を踏み入れると、そこは凄まじい熱気に溢れていた。
戦勝の余韻がそうさせるのか、整備士の誰もが溌剌としている。
熱気に当てられたかのように一瞬立ち尽くしたヤクモに、一人の中年男が近付いてきた。
「よう、どうしたい、小隊長どの」
アードラーのモビルスーツ整備班長、テオ技術大尉がヤクモに笑顔を向けている。
長身のヤクモより頭一つ半ほど背が低いが、肩幅や腕の太さなどはヤクモの倍近くもある。
強面と合わせて、如何にも気難しい職人といった風体だが、意外なほど気さくな男だ。
「お疲れ様です」
ほとんど反射的に返答したヤクモの前で立ち止まる。
「何だ、随分元気がねえなあ。昨日は大活躍だったくせによ」
「・・・」
ヤクモは、何と答えるべきか迷った。
「何だ、本当に元気がねえな。まさかどこか怪我でもしたか?」
心配そうに顔を覗き込むテオに、ヤクモは苦笑いを返した。
「そういう訳ではないんですが……」
「だったらちっとは嬉しそうにしたらどうだ? 一番槍の武勲が台無しだぜ」
ヤクモが再び苦笑したとき、後ろからリズミカルな軍靴の音と、男の声が聞こえてきた。
「忙しいところ、失礼する。昨日、一番乗りをしたモビルスーツのパイロットはこちらにおられるかな」
以前に聞いたことのある声だ。ヤクモが振り返ると、テオより更に小柄な老人がいる。
カーキ色の軍服の胸に中佐の階級章が着いている。
ヤクモの旧知の人物であった。
「デュマ教官!? 何故このようなところに?」
ヤクモの士官学校時代の教官が立っていた。
「おお、ヤクモ・セトか。お前こそ何故ここにおる」
白い口髭を蓄えた中佐の目に、人懐っこい光が浮かぶ。
意外な再会に、ヤクモは目を瞠った。
*
テオ技術大尉と別れると、ヤクモは恩師と連れ立ってアードラーの食堂に場所を移した。
昼食の時間は過ぎているが、幾つかのテーブルには談笑する兵士や下士官がいる。
デュマを先客のいないテーブルに案内すると、椅子をすすめた。
デュマが椅子に腰をかけると、ヤクモは食堂のすみにあるドリンクコーナーでブラックコーヒーを二人分淹れた。
テーブルに戻り、デュマにコーヒーを差し出すと、自分も椅子に腰を下ろした。
食堂まで歩く間に、お互いの現状に関して話をしている。ヤクモはアードラー所属のモビルスーツ小隊長として、デュマは陸戦隊の連隊長として、互いにグラナダ攻略戦に参加していたのだった。
「しかし、あの問題児が小隊長とはな。成長した、と言ってやりたいところだが、部下も随分と苦労しているだろうて」
旨そうにコーヒーを啜りながら、老中佐は目で笑った。
「そんなことはありませんよ。ですが教官、何故こちらに?」
ヤクモが不器用に話題を変えようとする。
「先ほども言うたであろうが。儂はザクのパイロットを探しにきたのだよ。肩に01と書かれたザクの、な」
「教官がお探しのパイロットはおそらく私ですが、一体どのようなご用件で?」
そう言うと、老軍人の目が丸くなった。
「そうか、お主か。昨日は儂の部下が世話になったと聞いたものでな」
怪訝そうな顔をする青年に、老人は「鈍いやつだ」とぼやきながら事情を説明した。
*
グラナダ基地陥落直前の光景である。
艦橋から艦底部まで砲弾に撃ち抜かれた戦艦が、宇宙港に墜ち、轟音とともに爆発した。
爆発の余波が宇宙港の戦艦ドックを震わせる。
港口から吹き上がった炎が収まると、ヤクモとマークはザクⅠで港内に突入した。
爆炎の間隙を縫い、逆さになるような姿勢で月面地下に設けられた港内に滑り込んだザクⅠは、機体を半回転させ、港の床面を踏み締めた。
両膝が僅かに曲がり、総重量60トンの機体が着地した際の衝撃を吸収、分散する。
ザクⅠのモノアイがスリットの中を左右に動く。
モノアイが映した港内の映像は、そのままコクピット内のモニターに表示されている。
ヤクモは、コンピュータ内のデータにある、諜報部の成果となる宇宙港の俯瞰図と、モノアイが映し出す映像を確認し、自分の位置を把握した。
現在地の正面に、グラナダ基地内部に通じる連結路、左手に市街地へと通じる連結路がある。
ヤクモのザクは、自機の左側に立つマーク機の右肩に手を置いた。
「ここで突入口を確保してくれ。俺は基地への突入口確保に向かう」
サムズアップで応える僚機と別れ、ヤクモは愛機を前進させた。
重い地響きが響く。
機体の各所に軽い衝撃を感じると同時に、耳障りな音がコクピット内に響く。
前方に隊列を組んだ、ノーマルスーツを身に付けた連邦軍の兵士らが手に持ったアサルトライフルやマシンガンが火を吹いている。
歩兵用の重火器程度では、ザクⅠの超硬スチール合金のボディは、塗装が剥げる程度でびくともしない。
ヤクモは、無駄な抵抗を止めさせるべく、コクピット内のマイクを外部用に切り替えた。
「無駄だ! 投降しろ、命を粗末にするな!」
しかし、連邦兵達は退かない。勧告の返答は、一層激しくなる銃撃だった。
「チッ」
一つ舌打ちすると、ザクの腰に取り付けた120ミリマシンガンを左手で抜き取り、銃口を連邦兵の隊列に向ける。
「もう一度だけ言う……抵抗を止めて投降しろ!」
異形の巨人が持つマシンガンの、大砲ほどもある銃口を向けられた兵達は、それでも絶望的な抵抗を止めない。
(くそったれ!)
ヤクモは心の中で毒づきつつ、マシンガンをセミオートで発射した……隊列の前方の床面に向けて。
鈍い音と同時に、連邦兵達の目の前の床が穿たれる。
砕けた金属の礫が隊列に飛び込んだ。
高速で飛来した金属片が直撃した兵士が倒れ込み、苦悶の声が上がる。
ヤクモは、ザクⅠの足をその兵士達に向けた。
自分達に向かって鈍く響くモビルスーツの足音は、兵達の間に恐慌を起こさせるのに十分だった。
歩兵銃程度では歯が立たない事実は、まざまざと見せつけられたばかりである。
浮き足立つ連邦兵の後ろに、ミサイルコンテナを積んだトラックや、自走高射砲が数台走ってくる。
その銃口が自分の方に向いたとき、ヤクモは躊躇いなくマシンガンのトリガーを引いた。
横凪ぎの斉射で、連邦軍の車両が次々と蜂の巣になる。
マシンガンの弾丸がコンテナ内のミサイルに当たり、轟音と共に爆発を起こした。
数人の兵が爆発に巻き込まれ、吹き飛ばされた。
爆発から逃れた者達は、次いで迫る炎の前に抵抗の愚を悟ったのか、隊を乱して基地内に遁走していく。
しかし、息をつく間もなく、ヤクモのザクの背中に軽い衝撃が走る。
振り向くと、別の歩兵部隊が、先程と何ら変わらぬ無益な銃撃を敢行していた。
ヤクモは歯軋りした。何故この兵らは、モビルスーツに抵抗することが無駄だと気付かないのだろう。
ヤクモは兵達の銃撃を無視し、モノアイを動かした。
スリットの中を数度往復した赤い単眼が、一点で停止する。
20メートルほど離れた天井付近に、半円形の部屋がある。
宇宙港の管制室であろうか。
ヤクモがコンソールを操作すると、モニターに映るその部屋がズームアップする。
部屋の窓の近くに、将校らしき軍服の人物がいる。周囲に何か指示を出すような素振りをしていることから、おそらくこの場の指揮官だろう。
ヤクモ機は、左手のマシンガンを腰背部にマウントすると、右手に持ったバズーカの砲身を肩に担ぎ、両手で構えた。
管制室直上の天井部に向けて慎重に狙いを定める。
「無駄な抵抗をするからだ……!」
280ミリバズーカの砲口から勢いよく飛び出した榴弾が、管制室直近の天井で炸裂した。
巨大な瓦礫と爆風が、管制室の強化ガラスを突き破って室内に雪崩れ込んだ。
更に別の破片が港内に降り注ぐ。
連邦軍の兵士達は降り注ぐ鉄塊から身をかわしつつ、それでも辛うじて組織的な抵抗を続けようとする。
ヤクモが無駄な殺戮を繰り返しそうになったとき、不意に連邦兵達が潰走を始めた。
港口から、数機のザクが港内に入って来るのが見えた。
後続部隊が到着したのだ。
潰乱する連邦軍を尻目に、ヤクモのザクが、連邦軍基地への通路を歩き出す。
逃げる兵を踏み潰さないように慎重に進んでいたその歩みは、兵達を完全に追い越したところで早足となり、やがて思いきった跳躍に変わった。
空中でバックパックのメインスラスターを吹かし、急進する。
数百メートルも進んだであろうか。再び着地したザクのモノアイが、前方に岩壁を認めた。
岩壁に取り付けられたスライド式のゲートが、逃げる兵を収容するためか、半分ほど開いているが、接近するザクの姿に恐怖したのか、ゲートが閉じられようとしている。
再び大きく跳んだヤクモ機は、脚部を含め、全てのスラスターを後方に向けて吹かした。
機体が水平になる程に加速すると、さらに左を前にした半身になる。
そのまま勢いを殺さずに、ほとんど閉じたゲートに左肩のショルダーアーマーを叩き付けた。
強烈な衝撃に耐えかねたゲートが、異様な音を立てて基地内に吹き飛び、勢い余ったザクⅠもそのまま倒れ込んだ。
鋼鉄の床面との衝突と擦過の衝撃が、コクピット内を激しく揺らす。
奥歯を噛み締めて衝撃に抗う。
前方に数メートル進んだところで滑走が止まると同時に、コクピット内にアラーム音が鳴り響いた。
操縦補助用のコンピュータのディスプレイを見たヤクモの目に飛び込んできたのは、愛機のダメージについての情報である。
ディスプレイに表示されたザクⅠの全身図、その左肩部から腕、腰部、左足が黄色く点滅している。
意外にダメージを受けたが、動かない程ではない。
ヤクモがスロットルレバーとフットペダルを操作すると、ザクⅠがゆっくりと動き出す。
右膝を立て、片膝立ちとなったザクのモノアイが光る。その禍々しさに恐怖した連邦兵が、基地の更に内部に逃走した。
傷めた左半身になるべく負担をかけないよう、ゆっくりとザクを立ち上がらせた。
コンソールを操作して、再度基地内のデータを確認する。
地図によると、この先はモビルスーツで進むには天井が低くなっている。
通路のゲートを破壊したことで、基地への侵入口確保の目的は果たした筈だ。
自機の近くに敵が居ないことをセンサーで確認し、一息ついたのも束の間、機体後方から断続的な銃声が聞こえてくる。
いつの間にか、後続の友軍が軍港内に展開しつつある。
逃げ惑う連邦軍の兵士と、それを追撃するジオン軍陸戦隊が、一個中隊ばかり、ザクの横を通り過ぎて行った。
軍港内は掃討戦の段階に移行しつつあった。
目の前で、連邦とジオンの歩兵部隊が、港内に無数に積まれたコンテナを盾にしながら激しい銃撃戦を繰り広げている。
そちらへ進んでいくと、ザクの姿を見た連邦兵が、物陰を利用しながら巧みに交代していった。ジオン軍陸戦隊が慎重に前進する。と同時に、別の物陰から別の連邦部隊がジオン軍陸戦隊の背後に現れた。これまでどこに潜んでいたのか、歩兵戦闘車まである。
ザクⅠの視線からは俯瞰できるが、歩兵の視線では死角になる位置だ。
連邦部隊が呼吸を合わせ、突撃の姿勢をとる。歩兵戦闘車を先頭に、ジオン陸戦隊の後方に躍り出た。
(危ない……!)
瞬間。
ヤクモは、連邦部隊とジオン部隊の間にザクⅠを飛び込ませた。
それと同時に、歩兵戦闘車の機銃が火を吹いた。
無数の弾丸がヤクモのザクⅠの左脚に当たり、激しい金属音を轟かせる。
さらに、連邦の歩兵が携行した対戦車ミサイルが轟音を発し、飛び出したミサイルがザクⅠの左膝に命中する。
ゲートに体当りをしたときのダメージに加え、運悪く膝関節にミサイルの直撃を受けたザクが、操縦者の意に反して片膝を突く。
左膝への負荷が、限界を超えたのだ。
バランスを崩して倒れそうになったザクⅠが、左手を突いて機体を支える。
右手に持ったマシンガンが、セミオートで弾丸を吐き出すと、歩兵戦闘車が忽ち炎上する。
更に、ヤクモの援護に気付いたジオン陸戦部隊が、
機体を盾にして反撃に転じる。
たまらずに退却する連邦部隊を追撃する陸戦隊の、士官と思しき男が、ヤクモ機のコクピットを見上げ、極短く敬礼をしていった……。
*
「……とまあ、部下に聞いたところだとそんな経緯らしくてな。どうだ、心当りはあるかね」
「言われてみればそんなことも有りましたが……」
説明を受けてようやく腑に落ちた顔になる。
「警戒を怠り背後を取られるなどとは、未熟にも程がある。死んでも仕方のない下手打ちじゃが、未熟者でも部下の命を助けてもらったのは事実。ましてやそのせいで大事な機体を壊したとあってはな」
済まなかった、と頭を下げる中佐に、ヤクモの方が当惑した。
援護を頼まれたわけでもなく、乱戦の中で、たまたま気付いたから行動しただけのことだ。
偶然といえばそれまでだし、こんなことで上官から頭を下げられたのでは、逆に心苦しいと言うものだ。
ヤクモが「お止めください」、と再三頼み込むと、士官学校時代の陸戦戦術の師は、ようやく頭を上げた。
「しかし、話を聞くに、お主は意外と優しい男のようだなあ」
「どういう意味です?」
「戦場でなるべく殺さないようにするとはな。……兵士にしては優し過ぎるわ。変わった奴だ」
それを言うなら、わざわざ戦場の一局面で救われた部下の為に、下士官に頭を下げに来る部隊長の方が、余程変わっているというものだ。
そう言い返してやろうと思ったヤクモだが、デュマの目が笑っていないことに気付いて、開きかけた口をつぐむ。
「敵味方になるべく死者が出んようにするのは立派な考えだが、それは理想だよ。戦場で一兵士が考えることではない」
「……敵である以上、無抵抗であっても躊躇するな、と?」
老中佐がゆっくりと頭を振る。
「そうではない。騎士道もよい。ただ……敵に対する情けが味方を殺すこともあり得る。その見極めだけは誤らんようにな」
「……」
心中の悩みを読まれた思いがして沈黙したヤクモに、中佐は一転して明るく声をかけた。
「まあ、いずれにしても、お主の行動に命を救われた人間がいるのも事実だ。自信を持て。昔から何度も言うておろうが、戦場で一番味方を殺すのは指揮官の悩みじゃぞ」
デュマ中佐はそういうと、コーヒーを旨そうに飲み干して席を立った。
ヤクモは立ち上がり、歩き去る恩師の姿を見送った。
その別れ際の言葉を反芻する。
(迷いは厳禁、ということか)
戦争は始まってしまったのだ。そして、自分が人を殺した事実は今さら変えられない。
そして、昨日のことにしても、個人的な後味の悪さは残っているにしても、決して行為自体に恥じ入る必要はないことである筈だ。
老中佐に言われたように、余計な迷いは自分だけでなく部下も、そしてより多くの仲間を殺すことになるのであろう。
いずれにしろ、軍属である以上人を殺めるという螺旋から抜けることはできないのだ。
我意で周囲に迷惑をかけることは慎むべきであった。
食堂を後にするヤクモの足取りは、その場に入ってきた時より迷いなく、心なしか力強く感じられるものになっていた。
だらだらと長くなっただけで、特に後半は蛇足な気がしますが、取り敢えず……。
ご意見、ご感想、悪意のないツッコミなど書いて頂けるとありがたいです。