一年戦争異録   作:半次郎

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「要するにルナツー周辺で連邦に目立った動きはない、モビルスーツらしき物も確認は取れないと、そういうことだな?」

「はい、そのとおりであります、閣下」

 

 自らが指揮する特務艦隊の旗艦、ムサイ級巡洋艦ファルメルの艦橋(ブリッジ)で、仮面の男――シャア・アズナブル少佐は、少なくとも表面上は、恭しく畏まってみせた。

 

「ルナツーに寄港する連邦軍艦船に対しても何度か仕掛けてみましたが……手持ちの戦力ではルナツーに直接接触するのも心許なく。ご期待に応えられず申し訳ありません」

「いや、貴様に出来んのであれば仕方なかろう」

「恐縮です」

 

 赤い軍服に身を包んだ、均整のとれた長身の背筋を伸ばすが、その表情に、微かに不敵なものが混じる。

 

「キシリアの方は、どうやら尻尾を掴んだらしいがな。どうやら地上が()()()だったらしい」

 

 シャアの通信の相手、宇宙攻撃軍司令ドズル・ザビ中将が吐き捨てるように言う。

 

「ほう……キシリア少将の下にも優秀な者がいるようで」

 

 ドズルの競争相手と目されるキシリアを値踏みするかのように言う。系統を異とするとはいえ、一軍の長に対しては不敬とも取れる発言だが、少なくともドズルは問題視するつもりはないらしい。

 

「貴様も噂くらいは聞いたことがあるかも知れんな。最近キシリアが執心の〈鴉〉らしい」

「なるほど。噂以上に出来る部隊のようですな」

 

 突撃機動軍に所属する特殊部隊の名は、シャアも聞いたことがある。

 ルウム戦役の後で設立された部隊らしいが、ほとんどキリシア直轄のように活動し、地球降下作戦以降、アジア方面を中心に活躍しているらしい。

 キリシアがあえてその存在を喧伝していないため、公国内の市民階層の間での知名度はほぼ無いに等しい。同じ突撃機動軍の〈真紅の稲妻〉ジョニー・ライデンやルウム戦役の立役者でもある〈黒い三連星〉、宇宙攻撃軍の〈青い巨星〉ランバ・ラルに〈白狼〉シン・マツナガ、そして〈赤い彗星〉の名に比べれば、一般市民の間でその存在を知っているものなど稀であろう。

 反面、軍属であれば事情は異なる。

 所属する組織が異なるとは言っても、有能な人間であればなにがしかの機会に耳にすることはあるものだ。まして、キシリア自らの声かけによって新設された部隊とあれば、ジオン軍内部で噂になるのも無理はない。

 功績に対する素直な称賛の声もあればキシリア・ザビの覚えがめでたい――少なくとも、当事者以外の目線ではそのように見える――ことに対する嫉視や、「成り上がりもの」に対する、よりあからさまな侮蔑や反感の声を挙げるものもいる。

 シャア自身は、〈大鴉〉に対しては、当然耳にすることもあるが、直接の接点が有る訳でもなし、この時点でそれほど興味のある事柄でもない。

 意識を目の前のモニターに映る巨漢に戻す。

 

「ルナツーは外れか。このような大事なことでキシリアがデマを言ったとも思えんが……空振りであれば仕方ない」

「では、私の任務はこれで終了と言うことに?」

 

 ドズルの表情を探りながら、シャアが問い掛ける。視線を相手の目から隠してくれる仮面の存在が、このような場合には有難い。

 

「そうしようと思っていたが……何かあるのか?」

 

 不審がるドズルの視線を受けて、シャアは頷いた。

 

「ルナツーだけでなく付近の宙域を調査している中で、気になる点がありました。最近、サイド7に立ち寄る艦船が増えているのを、閣下はご存じでしょうか」

「サイド7? 建設中のコロニーだな」

「左様です」

 

 シャアの短い返答に、ドズルが訝しげな表情を見せる。

 最も遅く建設が始まったがために、未だ宇宙都市政体(サイド)の体裁を成していないばかりか、サイドの核となるべき1バンチコロニーすら建造中であったはずだ。

 地球圏と通称される、人類の足跡が到達している宙域。

 その中で地球を中心に据えて見た場合、ジオン公国の本拠地であるサイド3から最も遠くに位置し、軍事的には地球連邦の宇宙要塞ルナツーの勢力圏に辛うじて掛かっている。

 その地理的な条件が、というよりも、政治的にも軍事的にも敢えてジオンが狙う必要が無いほどに脆弱であったことが、開戦から此の方、戦火を免れてきた最大の要因とも言える。

 公国最大の宇宙戦力を誇る宇宙攻撃軍をして、敢えてその戦略的価値を問う気にもなれなかったコロニーである。

 そのサイド7がどうかしたのか。

 そう問いたげなドズルの視線を浴びて、シャアは口を開いた。

 

「開戦以後も、少数とは言えサイド7に立ち寄る艦船が無かったわけではありません。しかし、この一週間程で既に過去三ヶ月にサイド7宙域を周航した艦船の総数にほぼ等しい数の艦船が航行しているのは異常です」

「ふむ……。サイド7に行き来している艦船の所属は確認が取れているのか? コロニー公社の可能性もある。何しろ、開戦以降派手にやったからな」

 

 ドズルの声は憮然としているというより、むしろ忌々しげな響きが混じっている。戦場の雄たるを以て自認する猛将としては、戦略目的のためとは言え碌な自衛戦力もない民間のコロニーを破壊し、無益な犠牲者を出したことが決して愉快なことではないのだ。

 

「閣下の言われることもご尤もです」

 

 そもそもスペースコロニーとは、旧世紀末期からの人口の爆発的な増加、それに伴う資源不足と環境汚染による地球文明の衰退を免れるための宇宙移民計画の産物である。

 開戦直後の〈一週間戦争〉と称される一連の戦闘と、それによって引き起こされた虐殺によって二十八億を数える命が喪われたとは言っても、未だ地球圏には八十億以上の人類が生活している。

 戦火に巻き込まれたコロニーも多く、その復旧と新たなコロニーの建設の重要性は、戦時中とは言うもののむしろ増している。その為にコロニー公社がサイド7の建設を進めるというのは、何も不思議なことではない。

 そのドズルの疑問を尤もとしつつ、シャアはゆっくりと首を振った。

 

「無論、コロニー公社の保有する艦船がいなかったということではありません。ですが、サイド7宙域を航行している艦船のほとんどが民間の船籍を有するものでした。それも、大半が貨物船です」

「シャア、何が言いたいのだ?」

 

 眉間に皺を寄せたドズルが、唸るように尋ねる。

 

「サイド7は住民が居こそすれ、半ば都市開発の途中で放棄された形のコロニーです。住民支援の物資輸送と考えられなくもありませんが、それにしては過剰です」

 

「……何らかの目的を偽装していると言うことか?」

「そう考えるのが妥当かと」

 

 淡々と答えるシャア。

 ドズルの表情に理解の色が浮かぶのを見て、さらに続ける。

 

「艦船の所有者を調査した結果、その大半が地球の非戦闘地域とサイド6の民間企業に所属するものでした。可能であれば、そちらの方まで調査を延ばしたく思うのであります」

「ふむ。最近は連邦艦隊もほとんどがルナツーに引きこもったままで、小規模の哨戒部隊との小競り合い程度しかないからな……構わんが、それほどの期間は与えてやれんぞ?」

「二週間程も頂ければ」

「よし、判った。ここまでの報告は本国へ伝えておく。貴様の成果を期待しているぞ」

 

 シャアが敬礼で応えると、ドズルの側から通信が切れる。巨漢の姿がモニターから消えると、シャアはゆっくりと右手を下ろし、腰に当てた。

 同時に両足を広げて直立の姿勢を崩す。

 宇宙空間とはまた趣の異なる暗闇色となったモニターに向かい、シャアはその口許に微かな笑みを浮かべた。

 

 

           *

 

 

 赫々たる太陽は、その座を中天から移してなお、その存在を誇示し続けている。

 西陽に照らし出され、燃えるような深紅に染まる街並み。

 陽光を乱反射し、あたかも珠玉の如き黄金色の輝きを放つ河面。

 赤い光と、それによって作り出された陰影とのコントラストすら鮮やかに、美しい景色を織り成すように見える。

 人類を育んだ大地に立つ者にしか体感し得ない光景がそこにあった。

 太古の文明を育んだ聖なる河(ガンジス)の畔にある小さな町に、シャアはいた。

 共に行動していた部下たちは、先に三々五々宇宙に帰している。

 シャアが一人いるのは、露店が建ち並ぶ目抜通りから逸れた裏路地にある小さなバーだ。小さな窓から微かに射し込む夕日が、床を四角く照らしている他には、切れかけて小刻みな明滅を繰り返す蛍光灯だけが室内の照明であった。

 未だ夕方という時間帯の問題以上に、その店の暗い雰囲気が客足を遠退けているのであろう。その店の中に客と呼べる人間は、シャア以外には誰もいない。

 

 ジオンの地球侵攻を受けていち早く中立を宣言した町。同様の非戦闘地域は地球上に点在するものの、シャアのいるこの町の戦略的な価値は、決して高いとは言えない。

 

 トレードマークとも言える赤い軍服姿ではなく白いスーツの上下に身を包み、室内であってもサングラスを外さず、無言のままカウンター席に座るシャアの前に、これも無言のままウイスキーグラスを置いたマスターは、風貌は冴えない小男ながらも宇宙攻撃軍に属する諜報員である。

 現在、地球上の都市部にはジオン公国の諜報員が数多く溶け込んでいる。が、その大半はギレン・ザビ直轄の〈ペーネミュンデ機関〉かキシリア・ザビ直属の〈キシリア機関〉に属する者。

 ドズル・ザビが率いる宇宙攻撃軍にも無論諜報部は置かれているが、政治に然程の関心を示さず、水面下での暗闘を厭うドズルの性質を受けてか、その活動は(さき)の二機関に比べれば小規模なものである。

 地球侵攻に――或いは開戦に――先立ち、地球上の主要都市乃至政治的影響力の強いスペースコロニーに対する諜報を進めていたギレン、キシリアの両陣営に対して後塵を拝した形ではあるが、ドズルの参謀筆頭であるラコック大佐の指揮下、宇宙攻撃軍の諜報員も地球への潜伏を進めている。地球降下作戦をキシリアが掌握している手前、ラコックの部下はどうしても戦略的な優先度の低い地域から始めざるを得ないのだが。

 とは言え、このガンジス沿いにラコックの配下がいたことは、突撃機動軍に秘して地球に降り立ったシャアにとっては好都合と言えた。

 この数日、シャアが部下と共に進めていた諜報の結果は、完全とまではいかないものの、一定の成果のあるものであった。

 インド亜大陸周辺に乱立する非戦闘地域を経由して遥か宇宙のサイド7に送られる無数の貨物。その発送元を手繰ってゆくと、幾つかは連邦軍基地のあるマドラスや、中にはジャブロー直近に辿り着いた物もある。

 流石に非戦闘地域でジオン軍籍を名乗り、貨物の中を検閲することは出来なかったが、宇宙にあって抱いた疑念を裏付けるものであったと言える。

 サイド7への輸送の大半に連邦が関与している――。

 これが示唆するものは明白である。サイド7内での何らかの研究、或いは連邦軍によるサイド7それ自体の軍事拠点化か。

 仮に何かしらの研究が行われているとすれば新兵器、具体的にはモビルスーツであるという予測は、子どもにも可能なほどに明白である。また仮に、サイド7のコロニー自体が要塞化するようなことになれば、地球連邦はルナツーに加えて新たに強大な軍事拠点を手に入れることになる。それはそれでジオンにとっては軽視できない脅威となる。

 という、いずれにしろ公国にとって看過できないほどの情報を手に入れてなお、グラスを傾けるシャアの表情には余裕があった。

 

 それは、トップエースとして名を馳せながらも、ジオン公国を盲信することの決してない彼の複雑な思いの故。

 

 表面的にはジオンに忠誠を誓いドズル・ザビに臣従を装いながら、ザビ家の末子ガルマと友宜を結びながら、決してそれを良しとしない生き様。幼い頃に植え付けられ、自らも培ってきた一念の為。

 

 ジオンの為にこの戦いの行く末を憂う気持ちはない。

 

 連邦軍がモビルスーツを開発したとする。

 それがジオンにとって脅威足り得るものであったと仮定すると、ザビ家の主導による戦局は今後、なお混沌としたものになるであろう。それが公国、さらには公国という政体の枠を超えたスペースノイド社会全体に対してのザビ家の影響力を揺るがせることになるのなら、それに越したことはない。寧ろ歓迎すべき展開と言える。また仮に、連邦軍のモビルスーツが取るに足らないものであったとするならば……それはそれでシャアにとって何ほどのことでもない。今までと変わらず、戦場にあってシャアに武勲をもたらすだけの存在となるであろう。功績を立て、軍の中枢に自らの存在を誇示することによって為し得ることも少なくないはずだ。

 

 かつて建国の父が提唱した〈ニュータイプ〉という、新たなる人類の可能性。

 シャアこそがニュータイプではないかとする風聞が有ることは皮肉なことでもあるが、それに擬えられる程の技倆への自信があってこその余裕。

 

 何れにしろ、今回の件ではシャアは連邦を利用するだけである。それによって彼の損となることは何一つ無いのだった。

 

 バーの店主に擬態した諜報員に内心を微塵も気取らせることなく、これまでの協力への謝礼にささやかな酒代を含めた札束をカウンターに放り出したシャアは、店を後にした。

 

 町には、沈みゆく太陽の残照と地球の影が複雑に入り雑じっていた。

 空の紫色と日の当たらぬ地上の闇。逢魔が時とも形容される時間帯である。

 

 アルコールの影響を些かも感じさせない足取りで歩き始めたシャア。

 その足の向かう先に、喧騒が近付いてきていた。

 

 

           *

 

 

 目の前の賑わいを掻き消すような怒声が、暗くなりかけた空を貫く。

 人混みが不自然に揺れているのは、何者かがその中を強引に掻き分けているからであろう。

 騒動を避けようと踵を返しかけたその時。

 それはシャアの目の前に現れた。

 

 否、正確にはぶつかってきた。

 

 人混みを抜ける際に邪険に扱われたか、よろめきながらシャアの腕に触れてきたのは柔らかい女性の身体。

 

 転倒を避けるためシャアの腕に縋ろうとして叶わず、倒れ込みそうになるその身体を、シャアは反射的に抱き止めた。

 

 女を見下ろすシャアと、シャアを見上げる女。

 

 その視線が絡み合う。

 

 黄色いワンピースに包まれた紅茶色の肌、翡翠色の大きな瞳。両耳の後ろで二つ束ねた髪の房が揺れる。

 

 数秒にも思える一瞬の後、口を開きかけたシャアの耳に怒号が響く。

 人混みを強引に掻き分けながら、いずれも人相の悪い男が数人、こちらに手を伸ばしている。正確には、シャアに抱えられた女に向かって手を伸ばし、怒声を浴びせている。

 

「……追われているのだな?」

 

 シャアの問い掛けに、少女が無言で頷いた。

 

「こちらへ来たまえ」

 

 少女を追いかけてくる男たちに背を向けると、シャアは少女の手を取った。

 言わずもがなの質問を態々した自分の動揺を、どうしたことかと、些か気まずく思いながら走り出す。

 一瞬驚いた顔をした少女だが、手を取るシャアを拒むことなく、その後に続いた。

 

 

           *

 

 

 幾つかの角を曲がり、複雑に入り組んだ小路を十分近くも走ったであろうか。

 喧騒が遠ざかり人の気配がなくなったところで、シャアは走る速度を緩めた。手を取る少女を気遣うよう、徐に速度を落とし、さらに数分の間、呼吸を調えるようにゆっくりとした足取りで歩いてから立ち止まる。

 全力で走ったわけではないにしろ、軍人としての訓練を経てきたシャアのペースについていくのは、少女には大変だったのだろう。立ち止まったところで膝に手を当て、俯いたまま身体を使った荒い呼吸をする。

 やがて呼吸が調ったのか、顔を上げた少女がゆっくりとシャアに向き直った。

 

 シャアを見上げる瞳。

 

 その瞳の間に白い閃きが走ったように見えた次の瞬間、それまでに体験したことの無い感覚が、シャアの全身を襲った。

 

 不意に周囲の街並みが、否、自分と少女とを除いた全て――彼らがその足で踏み締める大地すら――蒼い闇の中に溶け込んだような、奇妙な浮揚感。

 

 彼らの周りを緩やかに通りすぎては何処かに流れ去る、七色の光。

 

 普段見慣れた虚無の空間ではない。

 

 蒼く淡く、仄かに温かみすら感じる不思議な宇宙(そら)に、ただ二人だけが取り残されたかのような、儚げでありながらもどこか心安らぐ感覚。

 

(何だ、これは!?)

 

 かつて体感したことの無い、余りにも非現実的な出来事に、シャアは心の中で呻いた。

 

 目を閉じて微かに微笑む少女を茫然と見つめるシャアの耳に、微かな音が響く。

 

 

 

 La……La……。

 

 

 

 ラ・ラ。

 

 儚い音をシャアが認識した瞬間、夢想は消え去り。

 

 無機質な石畳と、冷たさを感じさせる石造りの街並み。遠くに人のざわめきが聴こえてきた。

 

「ラ…ラ? ララ……。……ララァ。君はララァというのか」

 

 何故かは自分でも解らない。

 蒼い闇の中で何故か感じ取った言葉。少女が名乗ったわけでもないのに、さもそれを知るのが当然であるかのように、シャアの認識の中に自然に溶け込んできた単語。

 

 あらゆる理屈を蹴飛ばして、ただ真実として存在するその名詞を、幼児が覚えたての(ことば)の響きを確かめるようにシャアが呟く。

 

 シャアの口から紡がれるものを感じた少女が、心地よさげに微笑む。

 

「はい。私はララァ。ララァ・スンと申します。そしてあなたは、シャア・アズナブル」

 

 シャアよりも二、三歳ほど年下であろう少女は、あどけなく微笑みながら、さらりとシャアの名を口にする。

 

 何故、知っているのか。

 驚愕と共に口を開こうとしたシャアが、その問い掛けの馬鹿馬鹿しさに気付いて言葉を呑み込んだ。

 

 先ほど感じたものが何かは解らない。だが、かの感覚が目の前の少女――ララァ・スンによって導かれたものであるならば。

 シャアがララァのことを認識したように、いや、それ以上に少女がシャアのことを理解したとしても、些かもおかしくはないのではないか。

 

 そのことを頭で考える以上に、何故か自然と理解したと、シャアは感じていた。

 

「……幾つか確認したいのだが、構わないかな、ララァ?」

 

「何でしょう、シャア」

 

「先ほど、私は不思議な体験をした。ララァ、あれは何なのだろう?」

 

「詳しいことは私にも判りません。私は昔から不思議と人のことがわかることがありました。ですが、ああ、シャア。これほどまでに言葉ではなく感じ合えたのは、シャア。あなたが初めてです」

 

 言葉ではなく、ましてや行動でもなく。

 ただ自然に、それが摂理であるかのように。

 

 有るがままに他人を解し、認めあう。

 

(ニュータイプ……なるほど、この少女が)

 

 新たなる人類の可能性。

 

 何故かシャアは、目の前で微笑む少女が()()()()()と確信した。

 

「ララァは、何故追われているのだ?」

 

 その問い掛けに、ララァの表情が幽かに翳る。

 

「……()()()たちに売られて……だから……」

 

 地面に視線を落としながら、言い辛そうに言葉を紡ぐ。

 

 詳しい事情はともかく、ララァが背負うその哀しみが流れ込んでくるように、シャアは感じた。

 

 同時に、

 

(この少女を手放したくない。いや、手放してはならない)

 

その想いがシャアの胸を締め付ける。

 

「……私でよければ力になろう」

 

 自分でも理由の判らないまま、万事周到なシャアらしからず短絡的な、義憤にも似た行動。

 

 一瞬怪訝そうな表情を作った後、次第に表情を輝かせるララァ。

 

 シャアが差し出した手を、ララァは恭しく握り返した。

 

 

           *

 

 

(さて、どうしたものか)

 

 戦時下でありながら航行の自由を認められている、中立都市サイド6行きのシャトルを待ちながら、シャアは傍らに侍る少女のことを考えた。

 

 ララァを宇宙に連れて帰る。

 

 それはシャアにとっては既定のことであり、ララァもまた、シャアに付き従うのが自然であると……或いは自らの定めのように受け入れていた。

 

 かといって、このままララァをソロモンに連れ帰るのも憚られた。

 

 ドズルの気風に影響されたか、宇宙攻撃軍には武人然とした……悪く言えば融通の聞かない人物が多い。

 仮にララァを連れ帰ったら、任務に託つけて地球に女を買いに行った等と単純に解する者も現れるであろう。

 価値の無い誹謗など無視すればよいが、少女が下賎な視線に晒されるのは避けたいし、また、本来の目的のためには、現時点でドズルから無意味な不興を受けるのも御免蒙りたいところである。

 

(と、なればやむを得ん。あの方を恃むしかないか)

 

 一人の姿を脳裏に浮かべながら、シャアはララァに目を向けた。

 

「ララァ。一時辛いことが有るかもしれないが、耐えてほしい。必ず迎えにいくから」

 

 戦地に有る時の〈赤い彗星〉とは思えぬ、部下が聞けば仰天するような優しい声で語りかける。

 

「私は、あなたを信じます。私を救ってくれたあなたを……」

 

 

 シャトルを待つ人の群れが多くなる。

 馴染みの深い軍港に比べればさして広くもない宇宙港の中、青年と少女は、ゆっくりと人の波の中に溶け込んでいった。

 




いきなり赤い人がメインの話ですが、あくまでも番外編ということでご理解頂ければこれ幸い。

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