一年戦争異録   作:半次郎

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 気付けば投稿開始から一年なんですね。
 だから『ドーダコーダ』言う訳ではないんですが。


第18話 インパール後編:雨と巨人

 コクピットの中でメインモニターに映し出される六一式戦車。

 その後方に同じく六一式戦車とAFV、歩兵が列をなしているのがはっきりと見てとれる。

 そして、モットバング堡塁から撤退してきた部隊が、幾層にも連なった隊列の隙間を縫うように溶け込んでゆくのも。

(130秒……悪くないな)

 スラスター出力を全開にしつつ、地面を蹴って前方に大きく跳躍するザクⅡ。そのコクピットの中で、加速によるGでコクピットシートに身体を強く押し付けられつつ、ヤクモは思った。

 連邦部隊に横撃を加えるべく、配置していた場所から飛び出した大鴉(レイヴン)隊。連邦部隊の迎撃が始まるまでの猶予を概ね150秒と読んでいたが、それより僅かながら早い。期待どおりの機動をする愛機と、それを可能にする整備がなされていることへの満足、そして、それを為した整備士たちへの感謝の念が沸き起こる。

 さらには、完全に敵の機先を制したことによる、作戦行動に対する高揚感。

 サブモニターに表示されたセンサーには、レジーナ、アンディ、リカルドのそれぞれが操るザクⅡの反応が、ヤクモの機体に追従する様子が、点滅しつつ移動する赤い光点で示されている。

 昂る精神を抑えつつ、最も手前にいる六一式戦車にザクⅡの主兵装である120ミリマシンガンを向けた。

 単眼(モノアイ)と称されるザクⅡのメインカメラが捉え、コクピット内のメインモニターにコンピュータ・グラフィックスとして構築された映像の中で、レティクルが踊る。

 

 ヤクモが操縦桿のトリガースイッチを押す寸前、メインモニター内の連邦部隊の隊列から爆炎と土砂が噴き上がった。

 マークとウィリアム、開戦以来ともに死線を潜った部下の駆るザクⅡが放った牽制の砲撃であることは、ヤクモには明白だった。

 連邦部隊の位置を目視できない状態での、観測結果のみを基にした砲撃である。

 もとより一撃必中の精度は期待できない。が、立て続けに降り注ぐ砲撃の中、至近弾に巻き込まれて履帯に被弾した戦車が擱坐し、被弾した装甲車両が閃光とともに火球となり、爆風の煽りを受けた歩兵の体が横凪ぎに弾き飛ばされる。

 

 俄に隊列を乱し始めた敵部隊に肉薄しながら、ヤクモは幾分頬を緩めた。

(良いタイミングだ、二人とも)

 連邦軍に明らかな動揺が走り、その隊列が乱れる。

 ゆっくりと此方に向きを変えようとする六一式戦車に照準を合わせ、トリガースイッチを押した。

 

 ザクⅡが右手に構えたマシンガンからマズルフラッシュとともに飛び出した成型炸薬(HEAT)弾が戦車の機体に吸い込まれるように命中すると、身悶えするように震えた戦車が、次の瞬間、火球と化した。

 ヤクモはそれを見届けることもなく、フットペダルを踏み込んだ。

 パイロットの意を汲んだかのように、ザクⅡが再び跳躍する。

 

 スラスターから炎を迸らせつつ空中に躍り出たザクⅡが、地表に向けてマシンガンを放つ。

 推進力に機体を任せつつ、碌に照準も合わせない無造作な射撃だが、隊列を乱して密集する戦車や装甲車には充分過ぎる程の脅威であった。

 最も装甲の薄い上方からの射撃を受けた数台の戦車が火を吹いて、その動きを永遠に止める。

 灼熱の塊と化した戦車を飛び越えたザクⅡは、脚部スラスターを小刻みに噴かして姿勢を制御しながら、慣性に身を委ねて連邦部隊の中央に着地した。

 やや開いた両足でぬかるんだ地面を踏み締め、上体を捻って後方にモノアイを向けると、そこにはヤクモに続いて戦端を開いた僚機の姿がある。三機の中央に立つレジーナ機の左で、リカルドの機体が足下に群がる歩兵に対してSマイン――打ち出された弾頭から無数の金属弾を広範囲に射出する、歩兵掃討用弾頭――を放ったのを認めたヤクモが、追従する僚機に向けてレーザー通信を打ち出す。

「三人とも、足を止めるなよ。突っ切れ!」

 鋭く叫ぶが早いか、返事を待たずに操縦桿を倒しつつフットペダルを踏み締めた。

 

 左後方に捻っていた上体を戻しながらの跳躍。

 

 ヤクモ機の足が地面を蹴って飛び上がるのとほぼ時を同じくして、その足元で、六一式戦車から放たれた榴弾が爆ぜる。

 ザクの頭部を、胴を掠めるように飛び来る砲弾、銃弾の中、戦車と歩兵からなる連邦部隊の一団を一跳びに飛び越えつつ、その先にいる戦車に向けてマシンガンを放った。

 地面を穿ちながら迫る弾丸を、心ならずもその鋼鉄の体に呑み込んだ戦車が、無念を示すように僅かの間身を震わせた後、爆散した。

 その爆炎の傍らの地面に、全長17.5メートルの巨体を支える右脚が落とされ、地響きを上げた。着地の衝撃を膝を曲げることで分散しつつ、慣性で前に出ようとする機体を支えるため、左脚を前に出す。

 ぬかるんだ地面をしっかりと踏み締めて曲げた膝を伸ばす勢いで三度跳躍したザクⅡが、中空にスラスターの残滓を残しつつ、連邦部隊の頭上を飛び越えていった。

 

 連邦部隊の隊列を完全に突き抜けたヤクモは、着地と同時に機体を反転させた。

 完全に制し切れない慣性に引き摺られた機体が、踏み締めた両足で地表を削りながら滑る。

 上下、前後左右、あらゆる方向に連続してかかったGがパイロットシートに座る身体を揺さぶり、両肩と下腹部にシートベルトが食い込む。

 

「くっ……!」

 

 シートベルトで固定された体幹は兎も角、重力下での連続する高速機動によって振り回された頭部が、目眩によって危険を伝える。

 如何に既存兵器より機動性と汎用性に勝るとは言え、モビルスーツも人間が操るものである以上、コクピットに乗る人間がその負荷に耐えられない無茶な動きは出来ない。

 

「ちょっときついか!」

 

 コクピットの中で一人ごちたそのとき、コクピットの中に、短くも甲高い、金属が擦れるような異音が響いた。

 一瞬、攻撃を受けたかとも思ったが、機体に何の衝撃もないからにはその可能性はゼロに等しい。モニタリングされた計器類に異常もなければ、サブモニターに機体のダメージ情報を表示しても何の問題も見受けられない。

 高速機動中に意識を逸らした報いか、操縦の軛から解き放たれたザクⅡの左脚が泥濘にはまり、バランスを崩した。

 転倒を避けようとしたザクⅡが、オートバランスの作用で右膝と左手を地に着く。

 その振動と同時にコクピット内に響く警報で我に返り、咄嗟にフットペダルを踏み込んだのは上出来であったろう。

 ザクⅡが大きく後方に跳ぶと、その足下に六一式戦車から放たれた榴弾が炸裂し、大きく地面を抉った。

 至近で起こった爆風に煽られ、バランスを崩した状態で着地すると同時に右膝を地に着いた。

 

『ヤクモ、どうしたの!?』

『隊長、まさかやられたんですか!?』

 

 レジーナとリカルドから同時に入った通信が耳を打った。

 

「足が滑っただけだ、問題ない!」

 

『まったく、自分で気を付けろとか言ってた癖に』

『はしゃぎすぎなのよ』

 

 呆れたようなアンディの声と、溜め息混じりのレジーナの声に苦笑を浮かべながら、メインモニター脇のコンソールに並ぶスイッチの一つを押す。

 

 ザクⅡのバックパック左上部に装着されたスモーク・ディスチャージャーから円筒形の煙幕弾が打ち出され、ヤクモの機体と連邦部隊の間に落ちた。

 灰色の煙がメインモニターを埋め尽くすかのように立ち上る様を見ながら立ち上がり、ゆっくりとした、その分着実な歩みで二歩、三歩と後退した。

 

 その間に、メインモニターとその周囲のセンサー、計器類、そしてサブモニターに映し出される自機の情報に忙しなく目をやった。

 

(おかしいな……何の異常もないのに。何だこの……違和感?)

 

 先だっての異音の原因はわからない。機体の動きにも、特にそれまでと変わった様子はない。

 にも関わらずヤクモは、これまで連れ添ってきた愛機の動きに微かな違和感を感じ始めていた。

 とは言え、現在は未だに作戦行動中である。

 操縦する機体が、そして、自分の身体が五体満足で戦闘を継続できるのにそれを怠る、士官学校でも、過去に配属された部隊でも、ヤクモはそのような指導を――幸か不幸か――受けた記憶がなかった。

 操縦桿を倒しつつフットペダルを踏むと、パイロットの意を汲んだ機体が煙幕を迂回するように右後方に跳ぶ。

 高速で煙幕を貫いてくる弾丸と砲弾を左方向に見ながら、更にスモーク・ディスチャージャーの射出スイッチを押す。

 先程より更に濃く、広範囲に立ち込める煙幕の壁を迂回するように右へ。

 煙幕の切れ目から姿を覗かせた戦車の車列に牽制の一斉射。着弾を確認することもなく後退する。

 殆ど風の無い半湿地の平野に揺蕩う煙幕を突き抜けて姿を見せた三機のザクⅡ。それぞれ機体に鴉の部隊章を描いた僚機と合流すると、そのまま更に後退して連邦部隊との距離を取った。

 その直後、煙幕の向こうに轟音が響き、大地が震えた。

 

「よし、第一次の目標を達成。各機、残敵の掃討を援護しつつ、次に備える」

 

 大きく息を吐いた後で、ヤクモは僚友たちに告げた。

 

 ノリス・パッカード大佐率いる部隊が戦場に到着したのだった。

 

 

           *

 

 

 ヤクモらが突き破り、隊伍を乱した連邦部隊に、アジア方面軍の整然たる砲撃が襲いかかった。

 インパール基地を守護する前進拠点たるモットバング堡塁から撤退する部隊を援護するために布陣していた連邦部隊であったが、その撤退部隊との交錯によって隊形が乱れたところにモビルスーツの機動力を活かした奇襲を受け、浮き足だったところへの圧倒的火力による重厚な攻撃を受けては、たまったものでは無かった。

 完全に算を乱した部隊の後退は、戦術的な転進というより、最早潰走と呼んだ方が近い様相を呈していた。

 

「ふん……脆いな。ここまで嵌まるとはな」

 

 部隊の先頭に立つYMS-07B〈グフ〉のコクピット内で、ノリス・パッカードは口角を吊り上げた。

 ここまでの戦況は、彼の立てた作戦案のとおりに推移していると言って良かった。強いて予想外な点を挙げるとするならば、最も頑強な抵抗を受けると予想していたモットバング堡塁守備部隊の抵抗が彼の予想よりも弱かったこと。インパールからの増援を引き出すため、敢えて堡塁守備隊を圧倒するほどの戦力を揃えなかったにも関わらず、連邦部隊は然して強固な抵抗を示すことなく堡塁を放棄したのだ。

 眼前で敵が撤退を始めた場合、勝勢に乗った兵がそれを追撃するのは心理として当然である。勢いのままに追撃しようとする麾下部隊の猛々しい本能を抑え、隊列を整えて、敵に肉薄することの無い整然たる追撃を行ったのは、ノリスの部隊指揮の非凡さを示していた。

 果たして、連邦部隊をじわりじわりと圧しながら追う彼の眼前で増援と合流し数を増した筈の敵部隊が、側方から躍り出たザクⅡの急襲を受けたからである。

 突撃機動軍所属の、大鴉の紋章を掲げる部隊。

 その構成員の、若さに似ぬ戦闘技術の高さは先般承知済みであったが、組み込まれた作戦の中でのその動きもまた、歴戦を誇るノリスの眼に充分敵うものであった。

 彼ら付与した任務は敵部隊に対する奇襲による撹乱。

 その戦端を開くタイミング、現在地上の戦線で主力になりつつある陸戦()型でなく、F型を駆るにも関わらず安定した重力下での機動。既存兵器に対するモビルスーツの優位性を存分に活かした強襲の成果は、現に眼前で無様に狼狽し、潰走する連邦軍の姿を見れば明らかである。

 

 事前に立てたノリスの作戦計画では、今後の展開としては、現在戦場となっている半湿地を南から迂回している別動隊と大鴉隊によるインパール基地への挟撃に、モットバング堡塁を攻略したノリス隊が合流して止めを刺すか、若しくは連邦部隊の動き次第では基地自体を全軍で包囲するかの二者択一であった。

 だが。

 作戦とは、元来戦闘行動の指針ではあるが、事前に立てた作戦どおりに戦況が推移することなど稀である。長い軍歴を有し、対連邦の開戦以来戦線に立ち続けて来たノリスにとってそれは自明であったし、少しでも敵に対して有利になるのなら、事前の策に敢えて固執する必要もない。

 

「全軍進め! 逃げる敵の後尾に取り付き、一気にインパールに攻め入る!」

 

 ノリスは、ここまで抑えてきた麾下部隊の勢いを解き放ち、追撃からの流れでインパール基地の攻略に移行することを決断した。

 

 

           * 

 

 

 インパール基地に向かって敗走する味方部隊の惨状は、基地でも当然把握していた。

 味方の不甲斐なさと、その敗勢に乗じて嵩にかかって追撃してくるジオン地上部隊の悪辣さ――戦術として常套では有るのだが――に、試作モビルスーツ〈ザニー〉のコクピット内で歯噛みした連邦軍テストパイロット、アルバート・モーニング中尉が居るのは、正確には基地内ではない。

 

「ちっ、情けない」

 

 敵に対する憎悪と、脆くも戦線を崩壊させた味方への苛立ちを微妙な割合でブレンドさせた感情が、舌打ちとなって表に現れる。

 

 アルバートとその同僚であるクリスチーナ・マッケンジーとオリヴィエ・ルヴィエが、それぞれ試験を担当する機体とともに待機するのは、インパールから僅か数キロ戦場に近い茂みの中である。片膝をついて蹲る、アイボリーとオレンジに彩られた巨人の胎内にいるのでなければ、暑熱と茂みの中を飛び交う羽虫の煩わしさには到底耐えられなかったであろう。

 追撃してくるジオン軍に一撃を加え、味方の撤退を支援するのが彼らの任務である。とは言え、実戦形式のテストを行い、新型機の稼働データを収集することが本来の任務であったため、「決して無理をしない」という条件付きであることが、対ジオンの戦意を滾らせるアルバートには歯痒い。本当であれば、今すぐにでも飛び出して行きたいのだ。

 コクピットの中で苛立ちを隠しきれない態のアルバートの眼前で、モニターに僚友の顔が映し出された。

 

『頼むから落ち着いてくれよ、アルバート。焦って一人で飛び出さないようにな』

「余計なお世話だよ。今飛び出すほど馬鹿じゃない」

 

 憮然として応えると、モニターの向こうでオリヴィエが僅かに身動ぎした。顔をアップで映し出しているカメラの死角が多く、はっきりわからないが、どうやら肩を竦めたらしい。

 

『そいつはどうだか。最近のお前さんはジオンと聞くと見境がなくなる傾向にあるからねえ』

 

 揶揄するような、それでいて心配するようなオリヴィエの口調が、アルバートの眉間に皺を寄せさせた。

 口では勝ち目がないと感じたのか、オリヴィエの黒い瞳からわざとらしく目を逸らし、サブモニターに映し出される光点の動きを追った。

 ザニーのコクピット内、そのモニターやコンソール、操縦桿の配列は、ザニー誕生の経緯からすれば当然と言えるが、ザクⅡと酷似している。

 宇宙(そら)に浮かぶ巨大な人工都市が母なる地球(ほし)に非道な暴虐の牙を剥いて以来、アルバートにとって仇敵と言えるジオン軍による地球侵攻の象徴、モビルスーツ〈ザク〉。その忌まわしき存在を駆逐するためと信じ、外観こそ違えどその機体を模した試作機に身を委ねる。

 

(構わない……奴らを倒すために、手段は選ばない)

 

 その青玉の瞳に、憎念が昏い炎となって揺れた。

 彼の眼前にあるモニターの中で、敵味方のそれぞれを表す光点が入り乱れ、時に消滅しつつ近付いて来る。

 大地を穿つ砲撃は、最早至近に迫ろうとしている。

 ザクと似て非なる「連邦の」モビルスーツ。その差異の最たる部位である頭部の中央。ザクであればスリットの奥にモノアイの光るその位置に、緑色のゴーグルに覆われたメインカメラがインパールに迫るザクの姿を捉えたとき、アルバートはザニーのフットペダルを踏み込んだ。

 ザクⅡに比肩するアイボリーの巨体が立ち上がり、120ミリ低反動キャノンを両手で構えた。

 

 結局、オリヴィエの忠告を聞いていなかったに等しかった。

 

 

           *

 

 

 大鴉隊のモビルスーツ部隊は、ノリスの統べるアジア方面軍の左翼、本隊よりやや遅れてインパールに向かっていた。

 インパール基地に向けて直進するのではなく、アジア方面軍の侵攻ルート上にいる連邦部隊を迂回して、基地の北側を窺うコースになる。

 連邦部隊に奇襲をかけて攪乱した後、ノリスの本隊に合流してインパール基地に向けて進攻するというのは、この際、モビルスーツ部隊を率いるヤクモの選択肢に無かった。基地攻略を第一義にするならば、大戦力を有する友軍と行動を共にするのが最も無難な選択肢とも言える。

 しかし、今回の大鴉隊の任務は、あくまでも連邦軍のモビルスーツと思料される新兵器の調査である。

 新兵器の試験運用には、データ収集や不測の事態に対処するためのを機器を用意する必要があるし、それにはある程度設備の整った基地を利用する方が都合が良い。データ収集から必要に応じた機体の補修・改修、場合によっては戦闘支援まで一部隊で完結させるためには、例えば大型陸戦艇のような相応の装備が必要になる。しかし、いずれにしても人と兵器が活動するためにはそれなりのエネルギーと機材が必要であり、補給なくして成り立つ活動などあり得ない。

 では補給の為にはどうするか。

 基地施設外で補給部隊とランデブーして必要な物資の授受のみを行う可能性も無論あるが、余程秘匿性が高く、且つ継続しての作戦行動を取らないのであれば、施設の整った設備に立ち寄って補給を行う方が合理的であるし、安全でもある。仮に連邦軍が独自にモビルスーツを開発したとすれば、ジオンに比べて運用のノウハウに乏しい側とすれば、試験運用にしてもより慎重な手段を選ぶであろう。或いは、そもそも既存の基地施設を拠点として運用するという考え方の方が自然かもしれない。

 大鴉隊を率いるカイ・ハイメンダールとすれば、そのように考えに至るのは自然な帰結であったと言えるし、その為に連邦基地攻略を目論むアジア方面軍と共闘の路線を選択したのも――指揮系統の異なる部隊間の連携という問題を内包するとは言え――決して間違いではない。

 ただし、突撃機動軍に属しキシリア・ザビからの指令で動く大鴉隊と、ギニアス・サハリン少将麾下のアジア方面軍とは、そもそもの目的が異なっている。

 今のところは利害関係が一致している上、今後も、余程の事態が発生しない限りは殊更に関係を拗らせるつもりはないが、いざとなれば互いに自部隊の利益を最優先させることになるであろう。

 ヤクモにも、それは重々わかっている。

 仲間からは、時として直情径行であるとか、想定外のアドリブに走り勝ちだと揶揄されることもあるが、決して思慮が足りないわけでもなければ、手段のために目的を見失うようなこともない。

 ともあれ、現在彼らの取っているコースは、インパールに向かって進んでいる以上、アジア方面軍から難癖をつけられる謂れの無いものであるし、このまま基地攻略戦に突入した場合に、一歩引いた立場で戦況を掴むことが出来、また、彼らと離れて遊軍となった格好のマーク・ビショップ、ウィリアム・ウォルフォード両名との連携も容易な、都合の良いルートであった。

『ここまでは、まあ問題なし、と』

『問題があるとすれば、ここからかね?』

 超短波レーザー回線を使用した部隊用の秘匿通信で軽口を叩きあうアンディとリカルドの口調は、決して暗いものではない。

 そうであろう、とヤクモも思う。

 自部隊に眼に見えるほどの損害も受けず、第一次的に割り振られた任務を無難にこなした高揚感は、彼ら二人だけのものではない。

 それが即、油断と呼べる気の弛みに直結しないとヤクモが思うのは、彼自身にも「ここからが本番」という思いがあるから。そして、彼の仲間たちにも、口に出さずともそれが伝わっていると信じているから。

『ねえ、ヤクモ?』

 新たに自分に呼び掛ける声はレジーナの物。ジオン有数の名家出身で、それなりの格好をして社交界にいれば引く手数多という外見だが、今はパイロットスーツに包んだ肢体をザクに委ね、ヤクモの傍らで同じ方を向いている。彼女自身が、開戦以来の戦いを潜り抜けた腕利きでもある。

「うん?」

『此処にいると思う?』

「どうかな」

 短く応えながら、首を傾げる。

「それは相手次第だからなあ」

 レジーナの疑念も尤もなものである。現在攻略中のインパール基地は、この戦域で最も大規模の連邦軍基地であるのは事実。だが、そこに調査目標がいると思い込むのは短絡的に過ぎるのではないか。

「まあ、行って確かめてみるしかないよな。そもそも……」

 元々漠然とした情報だけしかないのである。それであっても命令が下されている以上、彼らとしては結局のところ、連邦軍のモビルスーツが出現しそうなところをしらみ潰しに突っついてみるしか術がない。

「そもそもこの話の出所はオデッサ(マ・クベ)なんだろう? あの根暗、どうやって情報(ネタ)を掴んだんだか」

 上官不敬とも云える言い方である。本来であれば、ヤクモの言動を冷静に制止するのはマークの役割だが、その彼が別行動を取っているため、周りの隊員ではどうしても反応が僅かに遅れる。

「まあ、グラナダのお気に入りではあるんだろうけどな。第一あの連ちゅ……」

『ちょっとヤクモ。それ以上は……』

 止めどなく続きそうな不穏な言動を、流石に止めようとしたレジーナ。

 その声が早かったか、期せずしてセンサーに引っ掛かった、前方の反応が早かったか。

 ヤクモから無駄口が消える。

 急いでモニターを追うヤクモの眼に、一瞬にして緊張が走った。

 前方の反応から読み取った質量、熱量はザクⅡに酷似している。

「……俺たちの前に友軍はいたか?」

『先行した部隊じゃないですかね?』

 アンディの声にも、それまでの気軽な雰囲気がない。

『友軍の進撃コースからは外れているわ。それに、基地に近すぎる……何?』

「確認が最優先だな。行くぞ」

 言うが早いか、ヤクモはフットペダルを踏み締めた。

 

 

           *

 

 

 低反動キャノンから吐き出された弾頭に胴を貫かれたザクⅡがその場に崩れ落ちた。爆発、四散こそしなかったものの、着弾位置にあった装甲が無惨に捲れ上がっている。

「一つ! 次!」

 パイロットの短い叫びとともに、キャノンが再度咆哮する。

 その砲弾は狙いを僅かに逸れ、僚機を一撃で屠った突然の攻撃に狼狽えるザクⅡの頭部を消し飛ばした。

「照準が逸れた……砲身が熱で歪んだのか?」

 舌打ちをしつつ次の獲物を探すが、ザクⅡの編隊もむざむざとやられるのを待つことはなかった。

 先頭に立つ中隊規模のザクⅡが散開しつつ、マシンガンによる疎らな反撃を加えてくる。

『アルバート! まだ早いって!』

 反撃の射撃に応戦するように一歩踏み出そうとしたアルバート機の左肩を、傍らのザニーが押さえる。

「離せ、オリヴィエ」

『いいや、駄目だね』

 オリヴィエ機の腕を振り払おうとしたアルバートだが、逆に機体の肩を強く引かれ、二歩、三歩と後ろに下がりつつ踏鞴を踏む。

 その眼前、正にアルバートが踏み込もうとした位置にザクⅡからの射撃が集中し、土砂を巻き上げた。

『落ち着けって! 蜂の巣にされたいのか!?』

 その日だけで何度目のことか、制止するオリヴィエの声にも、いい加減鋭いものが混じる。

『冷静になれ! ただ突っ込んでも死にに行くようなものだろうが!』

「……わかった」

 普段、そうそう語気を荒げるということのない友人の気迫に押されたか、不承不承という態ながら、アルバートが機体を後退させようとした時、通信にもう一人が割り込んできた。

『ちょっと待って。四時方向に反応……早い! 来るわ!』

 クリスチーナの警告に反応したアルバートとオリヴィエが向きを変えた。

 その視界に映ったのは、灌木の生えた丘陵を飛び越えるように姿を見せた、四機の、それぞれ機体の一部を漆黒に染め上げたザクⅡであった。

 反射的に向き直り、三機のザニーのうち、最も近い位置でザクⅡと正対する形となったアルバート機。

 咄嗟に手にした砲の照準を、先頭のザクⅡに向けようとする。

 その濃緑のゴーグルに跳ねた雨滴越しに、特徴的な一つ目(モノアイ)が鈍く光った。

 

 

           *

 

 

 グフに搭乗し部隊の前衛に位置するノリスは、無論、インパール基地付近に突如として現れた「人型」を認知した。そして、その連邦のモビルスーツに、部下のザクⅡが撃破されるのも目の当たりにしていた。

『大佐ぁッ! 連邦にモビルスーツが!!』

「見ればわかる! 予想できたことだ、慌てるな!」

 動揺する部下を叱咤する。

 それによってか、僅かな間で乱れた隊列を整えつつあるのはアジア方面軍の練度の高さと、麾下部隊を鍛え上げたノリスの指揮能力の高さを表すもの。

 数分に満たない間で混乱から立ち直り、散発的な反撃に移行する部下に、再度ノリスからの檄が飛んだ。

「あれに構う必要はない、我々は予定通りインパール基地を攻略する!」

『はっ。いや、しかし……』

「あれの相手をするのは他に居る。我らの目標はあくまでも敵基地だ」

 基地攻略における障害となり得るモビルスーツの排除、それ以上に不意打ちにより撃破された味方の仇討ち。ともすればその意思に駆られそうになる部下を戒める。その理由は、ノリスと彼に極めて近しい士官を除けば、この戦場にいるごく僅かの人間しか知らぬこと。

 アジア方面軍ギニアス・サハリンとの密約により、共同戦線を張っている突撃機動軍の特殊部隊。体よく今作戦に組み込んだ彼らへの義理を果たす以上に、彼らの力量に期待する自分に気付き、ノリスは僅かに口角を上げた。連邦のモビルスーツがどの程度のものであろうとも、おそらく後れを取ることはないであろうし、少なくとも自軍が基地に取り付くまでの間、かのモビルスーツを引き付けておくのは期待して良いであろう。

 ノリスの眼前で、降りだした雨を切り裂いて、鴉の紋章を身に纏うザクⅡが躍り出た。

 

 

           *

 

 

 彼らから見て上り勾配となる、灌木の茂る丘陵を躍り越えた先にいたのは、見馴れぬ容姿の巨人。

 

 幾つもの試行錯誤を経て生み出された、人類初の有視界戦闘用人型兵器、MS-05ザク、その後継機であるMS-06。そして、その基本設計を基盤に誕生したRRf-06。

 

 片や全人類に広く存在を知られ、片や敵対する陣営の前、戦場に初めて姿を見せたもの。

 

 互いの生存を賭け敵対する者を駆逐するためだけに存在する、忌まわしき運命にとらわれた鋼鉄の巨人。

 

 その、時と場所を異としてもいずれ起きたであろう遭遇は、ごく短時間の交錯で終わった。

 

 

 互いの姿を認めた、互いに名も顔も知らぬ、二人のパイロット。

 敵であることは双方に瞭然であった。

 雌雄を決した瞬時の行動。その明暗を分けたのは、現時点で覆し得ぬ経験の差。

 

 最早至近に達した双方の距離で、咄嗟に砲口を向けようとしたアルバートのザニーに対し、ヤクモのザクは加速して肉薄した。

 眼前に突き出されようとする長大な砲身に対し、ザクが一歩踏み出しながら左腕で受け流すように押さえる。

 一瞬で間合いを殺したザクが、突進の勢いのままに、右足を突き出した。

 

 胴体に強かな蹴りを受けたザニーが横転すると、蹴りを見舞った右足を振り降ろすと、傍らのザニーの顔を左手で薙いだ。

 打撃を受けたザニーが、転倒を避けようとして、足踏みをしながら距離を開ける。

 

「最初の奴をやる! 後の二機は任せた!」

 

 言うが早いか、ヤクモは立ち上がろうとするアルバートのザニーの胴体、ザクであればコクピットにあたる位置をその足で押さえ付けた。

 

 度重なる訓練と、何よりも実戦でモビルスーツを駈って戦い抜いた経験。刹那の間に選択した一連の流れるような行動と、その操縦者の意図に応え、まるでそれ自身が意思を持つかのように滑らかに動くザク。

 

 それは、ザニーを駈るアルバートらに、殆ど何の行動の選択の余地も与えず、戦いの流れを引き寄せるものだった。

 

 

「さて、このまま無傷で押さえるか、それとも……」

 

 機体同士が触れ合っているためか、ザクから聴こえてきた声が、踏みつけられた際の衝撃を堪えたアルバートの頭に血を昇らせた。

 

「舐めるなッ!!」

 

 必死に操縦桿を動かして抗いつつ、アルバートの左手がトリガースイッチを押す。

 

 ザニーの頭部前面に装備された2門の60ミリバルカンが火を吹く。

 

 未知の敵との遭遇戦。

 

 敵の動きを制したと判断したヤクモの油断と断ずるのは些か酷であろう。

 

 バルカンは命中こそしなかったが、その攻撃に警戒したヤクモが、敵モビルスーツを踏みつけた右足を引き、距離を取る。

 

 その間に、アルバートは何とか機体を起き上がらせた。

 

 アルバート機が顔を向けると、ヤクモのザクは横に動いてバルカンの射線から巧みに機体を逸らす。

 が、長大な低反動キャノンを自由に操るだけの距離は決して開けない。

 

 

 僅か数メートルの間合いを保ちつつ、弧を描くように動きながら互いの動きが一瞬膠着する。

 

 

 その間に、レジーナ、アンディ、リカルドは、巧みな連携で二機のザニーを牽制していた。

 

 数で勝る敵機に牽制され、ザニーを操るクリスチーナ、オリヴィエは、ともにアルバートの援護に向かうことが出来ない状態であった。

 

 

(さて、と)

 無形の牽制に飽いたか、ヤクモが唇を舐めた。

 

 ザクが動いた。

 

 右手に持ったマシンガンを、ザニーに向けて投げつける。

 

 自ら得物を手離す、予想外の行動に驚いたアルバートが、咄嗟に低反動キャノンを振って、マシンガンを空中で打ち落とした。

 

 一瞬ザクから目を切ったアルバートが、再びザクの姿を見たとき、その緑色の巨人は、右手にヒートホークを掴み、間合いを詰めていた。

 

「接近戦は出来ないようだな!」

 

 ヤクモの叫びと同時に繰り出された、大気に赤い灼熱の線を曳くようなヒートホークの抜き打ちが、ザニーの右腕を引き裂いた。

 

 

           *

 

 

「アルバート!」

 

 クリスチーナが、悲鳴に似た叫びを上げた。

 三機のザクの巧みな連携攻撃を辛うじて捌き、致命傷を避けてきた彼女の眼前に、雨とともに降ってきたのは、肘から切断された僚機の腕であった。

 

 一瞬の動揺を突いて、目の前のザクが右から左へ、鋭く動きつつマシンガンを放っていく。

 

 胴体の前で左腕を曲げ、辛うじてコクピットへの直撃を避けたものの、肘の動力部に弾丸を受けた左腕が、ダラリと垂れ下がり、動かなくなる。

 と同時に、コクピットの計器に表示される異変。

 

「出力低下!? この程度で?」

 

 調整すら不充分の試作機であることが祟ったか、本来あり得べからざるほどのダメージが機体に反映される。

 

 ――駄目、やられる……!

 

 クリスチーナの思考を絶望が包みかけたその時、状況が一変した。

 

 

           *

 

 

 大鴉隊が圧倒的優位に連邦軍モビルスーツとの戦いを進めていたその時であった。

 頭上高く、轟音とともに三条の光線が雨を引き裂いて行った。

 

 その飛び来た方を確認した大鴉隊の面々が驚愕と緊張に包まれる。

 

「ビッグトレー級!?」

 

 アンディの口から、それまでの緊張感に合わぬ頓狂な声が上がった。

 

 まるで小規模な要塞がそのまま動き出したかのような威容。

 

 サンドイエローとオリーブグリーンの迷彩を施された陸戦艇(ランドバトルシップ)が、じわりじわりと迫ってきていた。

 

 その巨体の左右に取り付けられた三連装砲がゆっくりと動き、火を吹く。

 

 恐らく味方を巻き込まないようにしているのだろうが、ヤクモ機を飛び越えて後方に着弾した砲弾が、土砂を巻き上げた。雨よりも激しく降り注ぐ土砂の中、互いを庇うようにしながら、モビルスーツがビッグトレーに向かって撤退していった。

 

『ヤクモ?』

『隊長、どうします!?』

 

 重ねて問い掛ける仲間の声に、ヤクモは決断を強いられた。

 

 このまま交戦するか、撤退か――。

 

 敵モビルスーツを今一歩まで追い詰めながら、画竜点睛を欠いた結果になることは、悔しくもある。

 が、正直に言って現在の部隊の武装では、ビッグトレー相手ではやや荷が勝ちすぎる。

 

「ここまでだな、一旦引く。敵モビルスーツに関しては、戦闘記録から少しはデータを取れるだろう」

 

 無闇に犠牲を出すような無理をする必要はない。

 ヤクモの判断に、それぞれのパイロットは行動で答えていく。

 ビッグトレーに近い位置にいる者から。アンディ、リカルド、そしてレジーナがビッグトレーに背を向けることなく、後方に跳躍して離脱していく。

 最後にヤクモが後方に離脱しようとしたとき、その機体に異変が起きた。

 

 甲高い異音を発して、右膝が落ちる。

 

 不意に片膝をつき、跳べなくなった機体に舌打ちしたとき、ヤクモは背筋に冷たいものを感じた。

 ビッグトレーの砲が自分に狙いをつけようと動いていた。

 

 陸戦艇の主砲の前では、ザクⅡの装甲などひとたまりもない。

 

「クソッ」

 

 芸のない悪態を吐いたヤクモの眼前で、陸戦艇の主砲がゆっくりと動く。

 

 と、その時。

 

 ビッグトレーの周囲に土煙が巻き起こった。

 

『隊長! 大丈夫ですか?』

『今のうちに撤退を!』

 

 それまで別行動を取っていたマークとウィリアムが、ヤクモたちに追い付いてきたのであった。

 

 その携行する〈マゼラ・トップ砲〉からの射撃が、ヤクモとビッグトレーの間に落ちて牽制となる。

 

「良いタイミングだ、二人とも!!」

 

 急いで戻ってきたレジーナ機に支えられて後退しながら、ヤクモは肩で大きく息を吐いた。

 

 

           *

 

 

 

 インパール基地からやや離れた熱帯の林の中、カイ・ハイメンダールは無事帰還してきた部隊員を出迎えた。

 

「ご苦労だったな。皆、無事で良かった」

 

 右足を引き摺る愛機のコクピットから、ヤクモが顔を出した。

 

「まあ、何とか生きてるよ」

 

 らしい言い方に、カイの表情が弛む。

 

「取り敢えず、インパール基地を拝ませてもらいに行こうか。報告はその途中で聞かせてもらおう」

 

 

 ――ビッグトレーは、モビルスーツを収容するとマレー方面に撤退。それと前後して、インパール守備隊も順次撤退した。ノリス・パッカード大佐率いるジオン公国アジア方面軍は、インパール基地攻略の目標を達した。

 




 皆さま、こんばんは。

 因みに、連邦サイドのオリキャラは、元々別に考えていた連邦視点の話の主人公だったんですね。だから『ドーダコーダ』言う訳ではないんですが。

 今年はこれで最後の投稿になります。
 色々と起きた一年でした。
 少し早いかも知れませんが、皆さま、良いお年を

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