一年戦争異録   作:半次郎

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 初投稿です。上手くないですが、物好きな方、気が向いたらご覧ください。


序章 開戦

「新年明けましておめでとうございます。この放送をお聞きの皆さんにとって、そしてジオン公国にとってこの一年が、栄光に満ちた素晴らしい一年になりますように!」

 

 傍らに置いた携帯ラジオから流れる国営放送のラジオパーソナリティーが、ハイテンションで新たな年の幕開けを告げる。

 

 宇宙世紀0079年。

 新たなる年の幕開けは、ご機嫌なラジオパーソナリティーの声とは裏腹に煙硝の匂いに充ちていた。

 確かな砲火の予感が、少なくとも青年にはそう体感させた。

 ジオン公国軍キシリア・ザビ少将麾下突撃機動軍第7モビルスーツ師団第5特務艦隊所属ヤクモ・セト少尉は、作戦開始……開戦を二日後に控えたムサイ級巡洋艦〈アードラー〉のモビルスーツ格納庫で新たなる年を迎えた。

 

 アードラーはサイド3〈ズムシティ〉の7番宇宙港において発進準備を整え、待機中である。

 

 ヤクモ少尉の任務はーーちっぽけな一少尉にとっては作戦上課せられただけの任務であってもーー地球連邦政府に対するジオン公国の初撃であり、それは同時に地球圏を巻き込む戦乱の幕開けとなる筈である。

 その事実を自覚してかせずか、ヤクモの表情は硬い。出陣を間近に控えた緊張もある。

 

 ラジオパーソナリティーは相変わらずのテンションで新たな年を祝い、公国の国威発揚を目的としたプロパガンダじみた放送を繰り返していたが、その声はヤクモの耳には入っても、意識の中に足跡を残すことはなかった。

 青年の意識は上に向けた目線の先、緑色と濃灰色を基調とした人型兵器……これから命を預ける機体にあった。

 濃緑の左肩に黒く「01」とペイントされた超硬スチール合金の体躯を格納庫の淡い光に鈍く輝やかせる全長17.5メートルの巨人は沈黙を保っている。未だモノアイの輝きを湛えないその顔は、不気味なほど無機質に見える。

 

 MSー05Bザク。通称ザクⅠ。

 既に後継機のMSー06ザクⅡが配備され、旧式化しているが、人類初の制式採用されたモビルスーツであり、この兵器が戦略の大規模転換にもたらした影響は計り知れない。

 少なくともジオン公国軍にとっては。

 地球連邦軍内では、一部でジオン公国のモビルスーツ配置を危険視する声もあるが、それよりもモビルスーツを「無用の長物(オモチャ)」として軽視する意見が大勢を占めているとも漏れ聞く。

(いよいよ始まる……。頼むぜ、相棒)

 動力源である核融合炉に火を灯せば、いつでも戦闘開始出来るように整備された愛機に、ヤクモは心の中で語りかけた。

 

 これから48時間を待たずしてヤクモはこの機体に乗り、作戦を開始する手筈になっている。

 作戦は、何度もシミュレーションを繰り返し、頭に叩き込んである。後は自分の操縦技術と運を信じるしかない。

 しかし……。

 自分の置かれた立場に感じる微かな疑問が、未だに心を波立たせているのも事実である。

 戦争が始まる。人を殺める道だ。本当にこれで良いのか?この道は、本当に自分の進むべき道なのか、と。

 

 その時、ラジオの音量を圧する声音が格納庫に響いた。

「艦内各員、明けましておめでとう。本来ならば皆で祝杯でも上げたいところだが、残念ながらそうもいかん」

 声の主はアードラーを旗艦とする特務艦隊司令、バロム中佐。作戦開始を間近に控え、艦内待機を命ぜられた将兵に対する訓示であった。

「本艦は予定どおり8時間後に出港、作戦宙域まで進出する。我が艦隊の任務は周知のとおり、月面グラナダの制圧である。本作戦はジオン公国の作戦活動の先駆けとなるものであり、大戦の命運を分けるものと、各自自覚せよ。各員は、作戦開始まで待機とするが、常に不測の事態に備えて規律の保持に配意せよ。」

 司令官の張りのある声がスピーカーを通じて流れ続ける。

 中佐の声で埒もない思考から解放されたヤクモは、一つ軽い溜め息を吐くと、踵を返した。

 

 今さら何を考えても、現実は変えられない。ならば、自分の出来る最善を尽くすだけだ。さもなくば…生き残ることすら出来ないだろう。

 

 格納庫の入口付近にいた整備士と軽い挨拶を交わし、ヤクモはパイロットの待機室に向けて歩き始めた。

 人工の重力の効いた通路に、軽快な足音が響いた。

 

 

           *

 

 

 宇宙世紀0079年1月3日午前5時30分。

 僚艦と共に月軌道上に遊弋するアードラーの艦橋は、緊張に包まれていた。

 

 作戦計画では、午前7時過ぎにジオン公国総統府の名で、地球連邦政府に対する宣戦布告が行われる。その直後、月面グラナダ、サイド1、サイド2、サイド4の各サイドに対する先制攻撃が行われることになっている。

 

 〈アードラー〉以下〈ファルケ〉、〈シュワルベ〉の三隻からなる艦隊に与えられた任務は、グラナダを拠点とする連邦艦隊の撃破、そしてグラナダ市街に対する降下急襲である。

 

 ーー同時多方向に対する先制攻撃によって連邦艦隊に打撃を与えるとともに、ズムシティの位置するサイド3の安全を確保し、更にこの一撃すらも陽動とした未曾有の大作戦を展開する……。

 それがジオン公国軍最高司令官、ギレン・ザビの戦略であった。

 

 バロム中佐を司令とする先遣艦隊の後方には、キシリア少将自らが指揮する突撃機動軍主力が控えている。

 しかし、本作戦は戦線の迅速な展開が肝要である。バロム以下特務艦隊には、キシリアの本隊との合流を待ち、グラナダを悠長に攻めるつもりは更々ない。

 作戦に忠実で有ろうとすれば、攻略に本隊を待つ余裕はなく、また……無能な部下を嫌うキシリアは、特務艦隊の失敗など万が一にも赦さないであろう。

 艦隊司令であるバロムはそのことを十分理解していたし、彼の幕僚もまた、軍首脳部の意図は理解していた。

 

 艦橋の中には、私語をなすものは一人もいない。

 計器を食い入るように眺めるオペレーターが居り、針路の確認をする航()担当士がいる。

 艦橋ないは、時折計器の作動音が鳴る以外には(しわぶき)一つなく、静寂に包まれている。

 しかし、重苦しい雰囲気ではない。スタッフ一人一人の動きは機敏で、表情にも適度な緊張感がある。

 

 一方、艦橋直下のモビルスーツ格納庫内は、艦橋とは反対に活気がある。

 

 出撃を控えたモビルスーツの最終点検が行われ、そこかしこで整備士同士、整備士とパイロットの間でチェックが行われているのだ。

 アードラー所属のモビルスーツ小隊長ヤクモ・セト少尉は、ハッチを開けたままのコクピットに座り、計器類の最終確認をしていた。

 モニターに表示される機体状況には何の異常もない。 完全にメンテナンスされた機体は、命令一下直ぐにでも飛び出せる状態になっている。

 ヤクモは機体のチェックを一通り終えると、パイロット用ノーマルスーツの左手首に内蔵された時計を見た。

 時間は午前6時30分を回っている。

「機体の調子はどうだ、少尉?」

 機体の外から声がかかる。

 ヤクモはコクピットから上半身を乗り出すと、琥珀色の瞳を機体の下に向けた。

 モビルスーツの足元にいる作業服の中年男が、ヤクモを見上げている。

 アードラーのモビルスーツ整備班を束ねる、テオ技術大尉だ。

 背は低いが体格ががっちりしている。如何にも機械職人といった風体である。

 

「良いですね。直ぐにでも発進出来ますよ」

 ヤクモの返答を聞いた整備班長は、満足そうに「そうだろう」と破顔した。すると、厳つい顔が妙に人懐こく見える。

「俺たちは整備は出来るが、実際に戦うのはあんたらパイロットだ。しっかり頼むぜ。多少は壊れても直してやるが、間違っても落とされるんじゃねえぞ」

 整備班長はヤクモに向けて右腕を挙げた。

 ヤクモがサムスアップで応えると、整備士の一人がテオに何か話しかけた。

 テオは若い整備士と何か話をしながら歩き出した。

 ……今のは激励されたと思っていいものか。

 思わず苦笑したヤクモは、改めてコクピットに座り直した。

 コクピットの固いシートに背をもたれさせ、目を閉じて静かに深呼吸をする。

 今までに演習は何度もしている。モビルスーツ操縦にも慣れている。命を預ける機体にも、受領以来数ヶ月の付き合いになった。機体の癖も熟知していると言って良い。

 

 だが、初めての実戦への不安は……緊張はどうしても拭い去れない。これから先は、僅かな判断の遅れ、ふとした油断が生死の分かれ目となるのだ……。

 

(落ち着け……もう後戻りは出来ないんだ)

 

 いざとなると湧き出てくる不安と緊張に抗うように、心の中で何度も自分に言い聞かせる。

 

 

           *

 

 

 いつまでそうしていたか。

 コクピット内に鳴る電子音で我に返った。

 午前6時55分。

 作戦開始は間近だ。

 

 ヤクモは愛機ーーMSー05Bのコクピットハッチを閉じると、核融合炉を作動させた。

 コクピット内に計器の灯りが灯り、正面のモニターに格納庫内の内壁が映し出される。

 格納庫内には整備のクルーが何人か動いているが、すでに全員ノーマルスーツを着ている。

 コクピット内からは見えないが、外からは光を湛えたモノアイが、ザクの顔の中央のスリットを彩るの見てとれるだろう。

 

 ヤクモはコンソールを操作し、僚機との間に回線を開いた。

 

「タスク1からタスク2、タスク3……。準備はどうか」

「タスク2からタスク1。いつでも行けます」

「タスク3、同じく……行けます」

 

 ヤクモのザクの左右に控えるザクⅠがそれぞれ短く応える。

 タスク2と呼称された、ヤクモの右手に控えるザクⅠのパイロット、マーク・ビショップ曹長の声は淡々としているが、もう一機、タスク3に搭乗するウィリアム・ウォルフォード伍長の声は幾分強張っている。

 無理もない、とヤクモは思った。

 今年23歳になるヤクモも世間的に見れば充分若いが、ウィリアムはそれよりまだ若い。

 まだ16歳の少年兵である。

 自分にも少なからず緊張はあるが、モビルスーツ隊を率いる少年の気持ちを和らげるのも仕事のうちであろう。穏やかな声で少年に語りかけた。

「緊張するか、ウィル」

「は、はい。小隊長」

「緊張するなと言っても無理だろうが、あまり硬くなるなよ。今回は油断している敵に奇襲をかけるんだ。負ける訳がない」

 我ながら楽観的なことを言っているな。自覚しつつも、ヤクモは続ける。

「いいか、ウィル。……曹長も聞いてくれ。ブリーフィングどおり、我々は連邦のパトロール艦隊を奇襲、そのままグラナダ制圧に向かう。連邦の連中はまだ我が軍の狙いに気付いていないはずだ。対応が鈍すぎる」

 同じことを考えていたのだろう、マークの口から、フッ、という軽い笑いが漏れる。

「つまり、まだ寝惚けている連中をぶん殴りに行く訳だ。油断しなければやられる訳がない。気楽に行こう」

「わ、解りました」

 ウィルと愛称で呼ばれた少年の声が若干和らぐ。ヤクモの言うことを全て信じた訳ではないだろうが、幾分気が楽になったのだろう。だが、それ以上に。

 自分より緊張している部下に声をかけた。それだけで自分の緊張が解れた気がするのも不思議なことだ。

 

「小隊長、そろそろ時間です」

 マーク曹長の冷静な声が告げる。

 ヤクモは艦橋(ブリッジ)との間に回線を開いた。

 

「タスク1からブリッジ。当小隊はこれより所定の運用を開始する。敵の動きはどうか」

「了解しました。……連邦のパトロール艦隊は本艦隊の1時方向、約150キロの位置に確認されています。偵察隊の報告ではマゼラン級1、サラミス級1。戦闘機の数は不明です」

 オペレーターの声が応える。

「直俺もいないのか……暢気なものだ」

 冷笑混じりに呟いた直後、ヤクモの声が告げる。

「モビルスーツ隊、出る。ハッチを開けてくれ」

「了解。御武運を」

 オペレーターの声に続いて、ザクの目の前の床が左右に開いていく。

 発進口から、果てしない虚無の空間が広がっている。

 ヤクモはスロットルレバーを倒し、フットペダルを軽く踏み込んだ。

 ザクⅠがゆっくりと歩き出し、マーク機、ウィリアム機がやや遅れてそれに続く。

 

 格納庫の灯りの中から漆黒の空間に、ザクⅠが流出していく。

 

 ーー巨大な獣の胃袋に呑み込まれる様だ。

 ヤクモは、ザクⅠの無機質なコクピットの中で、ふと思った。

 

          *

 

 宇宙世紀0079年1月3日。

 スペースコロニー〈サイド3〉を牙城とするジオン公国は、地球連邦政府に対して宣戦を布告。

 

 人類が、増えすぎた人口を宇宙に移民させるようになって初めて。

 

 地球圏を二分する勢力間の武力衝突……戦争が始まる・・・・・・。




 乱筆失礼しました。
 遅筆なので次の話はいつできるかわかりません。
 そのうちタグが増えるかも?

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