「ヴェルデくんっ!!」
アリナの悲痛な叫びが【平原】に響く。
リオレイアのサマーソルトによって吹き飛ばされ、毒を浴びながらもなお呼吸しているヴェルデの生命力はおかしいとは思うが、確実に意識は失っている。
力なく倒れているヴェルデを一瞥してから、アリナは弾丸を装填してリオレイアへと向き直る。
(ヴェルデくん抜きでリオレイアに勝てるとは思えない...だけど、逃げるにしても、どうやって逃げれば...っ!)
ヴェルデとアリナ、その二人でやっと対抗できていたリオレイアに、アリナ一人で対抗できる訳がない。
だが、リオレイアがそう簡単に逃がしてくれるはずもないだろう。
まして、アリナは逃げる際、意識を失ったヴェルデを連れて逃げなければならないのだ。
そんな状況で逃げる――?不可能だ。
ならば、ヴェルデを置いて逃げる――?論外だ。
それならば――
「ゴアァァァァァァッッッ!!」
だが、アリナが思考するよりも先に、それをリオレイアの咆哮が遮った。
「―――っ!」
アリナは、改めて自分の置かれた状況を確認する。
ヴェルデは、リオレイアのサマーソルトによって気絶。
さらに、ヴェルデはリオレイアの毒によって刻一刻と、死に向かって進んでいる。
一方アリナも、怒り状態は解除されているものの、リオレイアと一対一で対峙している。
リオレイアから逃げ切れる可能性は、無に等しい。
かといって、勝てる可能性は、それ以下。
だが、ヴェルデの命を救う為には、一刻も早くこの場を離れ、解毒薬を調合し、ヴェルデに飲ませなければならない。
だから、その為にも、アリナはリオレイアを何とかするしかない。
だが、その可能性は―――
「グオォォォッッ!!!」
「っ!?」
リオレイアの唸り声に我を取り戻したアリナは、咄嗟に横へと跳ぶ。
そこを、リオレイアの放った火球が焼いた。
「っ!!」
火球の着弾時に発生した風圧によって怯んだアリナの隙を、リオレイアは見逃さなかった。
「グオォォォォォァァァッッ!!!」
すかさず突進を仕掛けてきたリオレイアに対して、反応が遅れたアリナは慌てて走り出すが、間に合わず、そのまま突進してきたリオレイアの脚に吹き飛ばされてしまう。
「...っ!」
なんとか受け身を取って体勢を立て直したアリナだったが、直後だった。
リオレイアがこちらに向き直り、その大きな翼を広げたかと思うと、おもむろに翼を前へと押し出すようにして、後方へと飛翔する。
アリナはその余波で、風圧を受けて怯んでしまう。
(サマーソルトっ!?)
直感でそう判断し、怯みの硬直が解けざまに後方へと跳ぶが、アリナはすぐさま己の失策を恥じた。
そも、サマーソルトをするはずだったら、真上に飛翔すればいいだけだったのだ。
それが、なぜ後方へと飛翔したのか――
その答えは、すぐにリオレイアが示した。
それは――
――その巨体で、空中で、体を捩じるようにしながら突撃してきた。
体を捩じることで、己の攻撃範囲を広くしようとしたこの攻撃。
だがそもそも、後方へと回避したアリナには、この攻撃を避ける術は無かった。
アリナの体が冗談のように吹き飛ばされ、クックアンガーがその手から離れる。
カラン、という金属音が辺りに響き、直後にリオレイアが着地し、地面と足が擦れる音がした。
――クック装備に双刃を操った、緑髪の少年。
――ハンター装備で軽弩を操った、桃髪の少女。
二人は力なく、ただ地面に突っ伏すだけだった。
――女王の前に立ち塞がる者は、誰もいない。
その事実をただ確認したリオレイアが、勝利の咆哮を響かせようとした、その時。
「まだ、終わりじゃねえ...ッ!!」
紅き瞳に、その闘志を宿した、血塗れの少年、
――ヴェルデ・ヘルトデイズが、立っていた。
全身は己、もしくはリオレイアの鮮血で染まり、言うまでも無く、満身創痍だった。
そこまでして、その少年を突き動かすモノは、ただ一つ。
――故郷を守る。
それだけで、彼は命を捨てることが出来る。
それだけで、無謀な戦いに身を委ねることが出来る。
この戦い、最初から勝負は見えていた。
だが、それでも、見捨てることが出来ない。
だから、少年は何度でも立ち上がることが出来る。
そんな彼に、目障りだと言わんばかりの視線を向けたリオレイアを、ヴェルデは真っ直ぐ睨み返す。
「上等だ...」
そして、少年は一歩踏み出す。
「決着をつけようぜ、リオレイア...」
その背に背負った双剣を抜き、挑むように叫ぶ。
「お前はここで倒す!俺がッ!!どうなろうとッッ!!!」
悲痛な決意と共に、その言葉を口にして、走り出す。
そして――
「ゴアァァァァァァッッッ!!!」
「おぉぉぉぉぉぉぉッッッ!!!」
――二つの叫びが、【平原】で衝突する。
「おぉ―――ッッ!!!」
叫び、リオレイアへと一直線に進むヴェルデの頬を、リオレイアの放った火球が掠めていく。
思わず足を止めそうになるヴェルデだが、リオレイアを睨みつけ、構わず走る。
(懐が無防備、さらに脚の鱗が剥がれ落ちたリオレイアが、今最も嫌がるのは、接近される事ッ!)
そう思考するヴェルデの足元に、リオレイアが再度放った火球が着弾する。
「うおっ!?」
とっさに横っ飛びで回避するヴェルデ、しかし構わずリオレイアは2度、3度と火球を放つ。
「ちっ!!」
それも回避するヴェルデ。さらに、ヴェルデはそのままの勢いでリオレイアへと駆けていく。
だが、それを拒むように、リオレイアは翼を大きく広げ、翼を前へと押し出すようにして、後方へと飛翔する。
(サマーソルト?...いや違うッ!!)
アリナを一瞥したヴェルデは、咄嗟に横へと駆けだす。
(基本的に遠距離で戦うアリナが、そう簡単にやられるとは思えないッ!ならッ!!)
心なしか、悔しげに顔を歪めたように見えたリオレイアを睨みつけ、ヴェルデはさらに横へと走る。
(なら突進系の攻撃、それもまだ見極められない、初見の攻撃ッ!)
既に突進する体勢に入ったリオレイアを、勝ち誇らしげに睨み、ヴェルデは叫ぶ。
「そうだろッ!?リオレイアッッ!!」
体を捩じりつつ、空中を突進、滑空するリオレイア。アリナを一撃で気絶へと追い込んだその攻撃を、ただ走っただけで避けたヴェルデは、勢いそのまま着地したリオレイアに向かい、着地際の硬直を狙い、走り込む。
「ッッ!!!」
走った勢いで抜刀し、リオレイアの脚を斬りつける。
ランポスクロウズのその鋭い刃は、既に幾枚もの鱗が剥がれ落ち、剥き出しになったリオレイアの脚の筋肉を容易に斬り裂いていく。
「グオォォォォッッ!?」
思わず悲鳴をあげ、仰け反るリオレイア。その隙をヴェルデが見過ごす筈も無く、双剣を交差し掲げ、鬼人化。再びリオレイアの脚を斬りつける。
一見優勢に見えているヴェルデだったが、実の所、彼は物凄く疲弊していた。
その理由は――
(ッ――!まだか!?――まだ、終わらないのか――ッ!?)
――初の大型モンスターとの戦闘、その大半を一人で切り抜けてきた事だった。
大型モンスターは、もちろん普通のモンスターに比べ、体力がある。
さらに、多彩な攻撃のバリエーションを持つリオレイアとなっては、その都度見極めなければならない。
そういった理由で、以前死闘を繰り広げたイャンクックと比較しても、明らかに疲弊していた。
また、今は無理をして動いているが、先程直撃を被ったサマーソルトのダメージも尋常ではない。
優位に立っているときは、案外そのダメージに気付かなかったりするものだが、不利になった途端、そのダメージが噴出してくる可能性は高いだろう。
何せ、リオレイアの攻撃を代表するサマーソルトだ。骨の5,6本は折れていてもおかしくはない。
だが、そういった事を全て把握した上で、彼はリオレイアと対峙していたのだ。
しかし、唐突に流れは変わる。
「ゴアァァァァァァァァァッッッ!!!!」
【平原】、そのエリア1に響く、リオレイアの咆哮。
「―――ッ!?」
それに対して、その場で耳を塞ぎ、身を屈めるヴェルデ。
そして、咆哮が終わったリオレイアは、そのまま飛翔しようとする。
(マズイ...ッ!)
瞬時にリオレイアの行動を読み、一刻も早くその場を離れようとするヴェルデ。
だが、溜まりに溜まった疲労、そしてダメージが、遂にヴェルデの足を止める。
咆哮によって、これまで攻め続けてきたヴェルデの勢いが止まった。
「な――ッ!?」
一度止まった足は、そう簡単に動き出さない。
空中へと飛翔したリオレイアは、そのまま滞空したまま、ヴェルデへと狙いを定めていく。
その、殺意の籠った瞳を見て、幾度となく立ち上がってきたヴェルデも、遂に死を覚悟し、目を伏せる。
しかし、リオレイアの尾が、ヴェルデの命を絶つことは無かった。
理由は単純――
ズバァッ!!と、空中で滞空していたリオレイアの脚が、何者かに斬りつけられたからだ。
脚から大量の血が撒き散らされ、その人影と、ヴェルデを赤く染めていく。
斬りつけられたリオレイアは、「グオォォォッ!?」と悲鳴をあげ、地に墜ちていく。
何が起こったのか、今一つ状況が把握できなかったヴェルデは、困惑しつつ、リオレイアを一撃で撃墜した人影を見据える。
夕焼けの逆光で、その顔立ちまでは把握できなかったが、自らよりも、更に年下の少女だったという事が、その身長と、髪型からわかった。
「彼女を連れて、早く逃げてください!」
甲高い少女の声が、【平原】に響く。
ハッとしたヴェルデは、回復薬を飲むと、ボロボロの体で何とか立ち上がり、アリナに駆け寄る。
「アリナッ!!」
幸いアリナの意識はあったが、ガンナーの装甲が災いし、ヴェルデよりも多大なダメージを負ってしまっていたようで、歩くことは困難だった。
回復薬をアリナに飲ませ、肩を貸して立ち上がらせる。
ふとヴェルデがリオレイアの方を見ると、
「やあぁぁぁぁッッ!!」
「グオォォォォッッ!?」
少女は、リオレイアを圧倒していた。
少女が剣を振り下ろし、リオレイアの肉を切り裂くと同時、リオレイアの体に電撃が走る。
(雷属性...?それにあの装備は...)
そうヴェルデが思考している間に、リオレイアは翼を大きく羽ばたかせ、飛翔する。
ただし、今回の飛翔は、サマーソルトの為ではなく、そのまま大空へと飛び立ち、エリアを跨いで移動する為だった。
ヴェルデはそれを眺め、リオレイアを圧倒した少女に、ただただ感服するだけだった。
リオレイアを圧倒した、その少女は、舞い上がっていくリオレイアを悔しげに見ることもせず、ヴェルデ達に駆け寄ってきた。
「だ、大丈夫ですか!?」
その少女が、先程までリオレイアを圧倒していたことを忘れてしまいそうな程、その声色は弱弱しかった。
その、リオレイアを単独で圧倒できる少女には似合わない声に、思わずヴェルデは微笑を洩らしながら、
「ああ、大丈夫だ。俺はこれからベースキャンプに戻るが、君は?」
と、そう返答した。
「ぼ、ボクも行きます!後ろは気にしないでください!」
後ろ?とヴェルデが怪訝に思い、周囲を見渡すと、辺りには、リオレイアとの戦いの間に、いつの間にか集まってきていた、イーオスが複数頭いた。
その事に気付かずにいたヴェルデは、(俺もまだまだだな...)と苦笑し、
「ああ、頼む。」
と一言告げた。
相変わらず、夕日の逆光で顔は見えないが、きっと少女は、優しい顔つきをしているんだろうな、と、なんとなくそう思い、ヴェルデはアリナに肩を貸しながら、キャンプへ向かって歩き出した。
「はい!任せてください!」
背後では、少女がヴェルデの声に対して、元気に返事をしていた。