突如、彼らの上に響いた、翼が羽ばたく音。
「何の音だッ!?」
その音は、どんどん近づいてくる。
そしてそれは、大きな音を立てて、ヴェルデ達と、ドスファンゴの間に着地する。
「「――――ッ!?」」
言葉が出なかった。
その体の色は、本来密林などの、緑の多い場所での保護色となるだろう。しかし、緑があるといっても、それは地面から生えている背の低い草のみであり、かえってその巨体を目立たたせていた。
その巨体は、緑色の鱗で覆われている。その鱗は、彼らが以前戦ったイャンクックの甲殻よりも遥かに硬い印象を受けた。その鱗は、太陽の光を受けて鈍く輝いている。
一際目を引くのは、その体のおよそ半分を占めている太く長い尾だ。その尾には毒針があり、触れればただでは済まないだろう。
それは、金色の瞳で辺りを見回し、咆哮する。
「ゴアァァァァァァァァァアアアッッッ!!」
辺り一帯の空気が震えている。
いや、震えているのは空気だけではない。
ヴェルデの足も、アリナの足も震えていた。
彼らだけでなく、それを挟んだところにいる、ドスファンゴですら震えていた。
彼らの本能が、逃げろと告げていた。
――雌火竜リオレイア。
陸の女王との異名を持つ、飛竜がそこにはいた。
ヴェルデとアリナが呆然としている内に、ドスファンゴは背を向けて、逃げようとする。
しかし、
リオレイアの放った火球が、ドスファンゴに命中し、その体を灰に変えた。
「なッ!?」
冗談じゃねぇ、とヴェルデは思った。あんな威力の火球が直撃したら、間違いなく即死だ。
「アリナッ!急げ!」
「う、うん!」
我を取り戻した二人は、リオレイアの注意がこちらに向く前に、急いで逃げ始める。
だが、リオレイアは、そう簡単には逃がしてくれなかった。
こちらを向いたリオレイアは、散開して逃げる二人に、先程のように火球を放つのではなく、その巨体を持って突進してきた。
「うおぉっ!?」
ドスファンゴ並みの速さ、いや、それ以上の速さで迫ってきたリオレイアは、イャンクックのように体を投げ出してくる。
しかし、その体の大きさはイャンクックとは比べものにならない。ヴェルデとアリナは、それぞれ左右に向かい、身を投げ出すようにして回避する。
しかし、突進によって二人に接近することが出来たリオレイアは、立ち上がりざまに、その大きな尾で彼らを薙ぎ払う。
リオレイアのような飛竜が相手になると、それはもうガンナーの装甲など、無いに等しい。必死で後退し、回避したアリナだが、ヴェルデはそれを潜り抜けるかの様にして回避する。
更にそのまま、リオレイアの脚に向かって、ランポスクロウズで斬りつける。
「ヴェルデくんっ!?」
アリナが驚いたような声を出した。
当然だ、とヴェルデは思う。未だハンター養成学校を卒業してから1ヶ月が経とうかという、新米ハンターがリオレイアに挑み掛かるなど、無謀極まりない行為だった。
だが、
――仮に、このリオレイアがカナタ村を襲撃するとしたら――
そんな事を見過ごす訳にはいかない。そもそも、この【平原】に、リオレイアのようなモンスターが出現するのは稀なのだ。
大型モンスターが出現するといっても、リオレイアやティガレックスなどの、大型の飛竜が出現するのは極めて稀。来るといっても、せいぜい繁殖期などだろう。
だが、カナタ村の目先に、リオレイアという脅威がある、という事実を、放っておく訳にはいかなかった。
「こいつをカナタ村に行かせる訳には...ッ!!」
暴論かもしれない。リオレイアは、ただ食料を探しにたまたまここに来ただけなのかもしれない。
だが、その可能性が僅かでもあるなら、彼が命を捨てる理由にはなった。
その覚悟が、アリナにも伝わったのか、
「...うん、わかった!」
と言って、クックアンガーを構えた。
――彼らの覚悟は決まった。
接近しているヴェルデと、中距離にいるアリナのどちらかに攻撃しようかと迷っていたのか、しばらくの沈黙が、彼らの間に走る。
下手に動けば、そこに待っているのは、死。
圧倒的な"死"を目の前にして、それでも彼らは一歩も引かない。
彼らは、その背にカナタ村の命運を背負っているからだ。
沈黙を破り、リオレイアがその巨体で突進をしてくる。
その攻撃を避けるも、先程のように接近されたリオレイアの尾が、ヴェルデ達を襲う。
それを、先程と同じようにして避け、ヴェルデはさらに懐に潜り込み、アリナは中~遠距離から狙撃する。
ヴェルデは、ランポスクロウズでリオレイアの脚を斬るが、
ガキィンという、低い金属音と共に、その攻撃は弾かれてしまう。
(ッ...!やっぱりイャンクックとは比べ物にならねえか...ッ!!)
顔をしかめて、体勢を立て直すヴェルデ、しかし、その一瞬の隙に、リオレイアの攻撃が来る。
「ヴェルデくんっ!危ないっ!!」
遠くから、アリナの声が響いた。
(何だ...っ!?)
見ると、リオレイアは、数歩後ずさりしていた。
たったそれだけなのに、ヴェルデは本能的に危機感を覚え、急いで横に転がる。
直後、
ヴェルデがいた場所を、リオレイアの太い尾が、大地ごと引き裂いた。
「「――――ッ!?」」
リオレイアの攻撃の内、剣士が最も恐れる攻撃が、このサマーソルトだ。
尾を用いた近接攻撃なので、ガンナーにはほとんど関係ないが、剣士にはその恐ろしさが十分過ぎる程わかった。
わかってしまった。
万が一にもあの攻撃が直撃すれば、尾のみの直撃だけでも致命的なのに、尾についている毒針によって、毒状態にもなってしまう。
加えて強力な突進。
これが、陸の女王と呼ばれる所以だった。
――勝てるのか――
ふと、そんな疑問が彼らの脳裏によぎった。
いや、とヴェルデは首を横に振る。
――勝たなければいけない――
迷いを振り切って、ヴェルデはリオレイアへと駆ける。しかし、その走りには、いつものような速さは無い。
それは少なくとも、彼の脳裏に"迷い"があったからだろう。
しかし、ヴェルデは、両親が開拓した、カナタ村を思い浮かべる。
それだけで十分だった。
今度こそそんな迷いをを振り切って、彼はリオレイアへと突撃する。
リオレイアの懐に潜り込んだヴェルデは、その強硬な鱗に、ランポスクロウズを叩き付ける。しかし、やはりその攻撃は、リオレイアの鱗に弾かれてしまう。
いくらリオレイアの鱗が硬いからといって、鋭い斬れ味を誇るランポスクロウズが、そう簡単に弾かれるとは思えなかった。不審に思ったヴェルデが手元に目を落とすと、ランポスクロウズは、ドスファンゴ戦の名残なのか、かなり消耗し、斬れ味が落ちていた。
「くッ...!」
退避する為に一旦剣を納め、リオレイアから離れるヴェルデ。しかし、剣を研ごうにも、リオレイアにはその隙が無い。罠も、閃光玉も、本来の目的であるドスファンゴには、必要無いだろうという判断で、持ってきていない。
(せめて閃光玉さえあれば...ッ!)
そう歯噛みするヴェルデだったが、そのチャンスが訪れる。
突如、リオレイアがアリナの方へ走り出した。
「アリナ――ッ!」
そう叫ぶヴェルデだが、
(大丈夫、今のうちに早く!)
アリナの視線は、そう語っていた。
(済まねえ、アリナッ!)
そしてヴェルデが砥石を砥ぎ、立ち上がる。
見ると、アリナはリオレイアに攻撃することが出来ず、防戦一方だった。
そして今、リオレイアの口は、アリナを噛み砕かんとして、その首を伸ばそうとしていた。
「アリナッ!!」
なんとかその攻撃を避けたアリナは、ヴェルデがリオレイアに突撃してきているのを確認して、リロードしていたLv2徹甲榴弾を、リオレイアの脳天目掛けて撃ち込む。
弾丸を撃ち込まれ、僅かに怯んだリオレイアの隙を見逃さず、アリナは退避し、ヴェルデはリオレイアへと突撃する。
懐に潜り込まれたリオレイアは、懐のヴェルデを対処しようとするが、アリナの放ったLv2徹甲榴弾が時間差で爆発する。
「ゴアァアッ!?」
自らの頭に突如起きた爆発に、リオレイアは怯む。その隙にリオレイアの懐に潜り込んだヴェルデは、素早く鬼人化し、乱舞をリオレイアの脚に叩き込む。
乱舞は、モンスターの装甲を無視し、一方的に攻撃できる。しかし、その分隙が大きいのが難点だ。
現在は斬れ味も回復し、普通の攻撃でもリオレイアに有効な攻撃ができるが、敢えてヴェルデは乱舞を選択した。それは、僅かな隙で、最大のダメージを与えるという考えがあったからだ。
しかし、乱舞が終わろうかというその時、リオレイアが動き出す。
そして、
「ゴアァァァァァァァァァァァァァァッッ!!!」
リオレイアが放った咆哮は、明らかな敵意と殺意に満ちていた。
そして、その口からは、溢れ出んばかりの炎が燻っている。
――怒り状態だった。