思ったよりアリナの見せ場が無かった...
エリア8の前まで到達したヴェルデ達は、台車を洞窟の出口に置き、必要な物質をポーチに入れて、エリア8に入る。
そこには、既にイャンクックがいた。
そのイャンクックの体は、その大きな耳が刻まれ、脚の甲殻もボロボロになっていた。
イャンクックは、まだこちらには気付いていないのか、小川の水を飲んでいる。
その姿を見たヴェルデは、アリナに向かって、
「俺が回り込んで注意を引き付ける」
と言う。しかし、その言葉に、
「ダメ、ヴェルデくん、自覚が無くても結構疲れが溜まってるよ。ここは任せて。」
そう言葉を返すアリナ、実際に、彼女の目から見て、いや、もはや誰の目にも、ヴェルデに疲れが溜まっていることは明らかだった。
「ただでさえ疲れが溜まってるのに、こんな足場じゃ、いつ転ぶか分からないんだから。」
畳み掛けるようにして言うアリナ。彼女自身、何か策があるのかと言われれば、そんなことはないのだが、流石にこれ以上ヴェルデに無理をさせるわけにもいかないのだろう、弾丸を装填し、一歩前に踏み出す。
そんなアリナの背中に、「無理すんなよ?」と声を掛け、ポーチから砥石を取り出す。
その言葉に、「任せて。」と言って、ヴェルデとは離れた方へ進む。
そして、イャンクックから適当な距離を取り、かつヴェルデからそれなりに離れた場所に移動したアリナは、スコープを覗き、イャンクックの嘴に照準を定める。
装填した弾丸は、通常弾Lv2。Lv1のように速射こそできないものの、チェーンブリッツの装填可能な弾丸で、最も多く装填できる弾で、威力もある。なかなかリロードできない状況で真価を発揮する弾丸だ。
その通常弾Lv2を装填したチェーンブリッツの引き金に手を掛け、指を引く。
火薬が爆発した勢いで、通常弾Lv2の弾丸が飛翔する。その弾丸は、イャンクックの嘴に着弾し、その欠片を飛び散らす。
死角からの襲撃に、たまらず悲鳴を上げて仰け反るイャンクック。その隙を逃さず、 アリナは、1発、2発と、イャンクックへと、確実に弾丸を当てていく。
だが、流石に黙って弾丸を浴びるイャンクックではなかった。すぐさまアリナの方へ振り向き、炎を吐く。
その攻撃が届かないと見るや、今度は突進を仕掛ける。
しかし、十分に距離を取っていたアリナは、前転すらせずに、それを回避する。
それに対してイャンクックは、振り向いたかと思うと、またもや突進する。
だが、突進を避けたあとに、再び距離を取っていたアリナは、難なくこれも回避する。
その後も何度かその動きを繰り返すイャンクックを見て、ヴェルデは違和感を覚える。
(距離感が縮まってる...?)
そう、何度も執拗に突進を繰り返すことでイャンクックは、アリナとの距離を、少しずつだが、しかし確実に、距離を縮めていた。
イャンクックが突進し、起き上がり、また突進する、その間の時間にまた同じ距離をとることは、ヴェルデでも不可能だろう。まして、足場も悪く、ヴェルデ程のスピード、スタミナを持っていないアリナなら尚更だ。
そして遂に、イャンクックの突進を避けきれずに、アリナが転倒してしまう。
「しまった!?」
悲鳴を上げて、体勢を立て直そうとするアリナだったが、それよりも、イャンクックが炎を吐き出す方が先だった。
無慈悲な炎は、アリナの体を焼き尽くすべく迫っていく。
そして、
ジュワッ!
炎が着弾し、周囲に焦げた匂いが充満する。
しかしそれは、アリナの体からではなく、ヴェルデの足からだった。
「ッッあぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!」
絶叫が辺りに響き渡る。
アリナを庇った彼のハンターグリーヴは溶けかけていて、そこから見える足も、少し黒く焼けていた。
しかし、彼は立ち上がる。
二の足で大地を踏みしめて、イャンクックを睨みつける。
その瞳にはまだ、光が宿っていた。
「ッッッ!!!!」
さらに、その焼けた足で、泥の大地を蹴って、イャンクックに突撃する。それは、今までとは比べ物にならない程の速さだったが、彼は、いつものように冷静な目をしてはおらず、ただ目の前の敵を斬り刻むことしか考えていなかった。
「ヴェルデくんっ!!」
しかし、その叫びは届かない。圧倒的な速さで走るヴェルデは、既にイャンクックの懐に潜り込もうとしていた。
そして、イャンクックの尾が、ヴェルデを薙ぎ払おうとして、体ごと90度回転する。
それは、懐に入りかけていたヴェルデの死角からの攻撃で、回避などする間も無く、尾はヴェルデを襲う。
だが、確実に当たる筈の尾は、空を切った。
追撃をしようと、再び尾を振るが、やはり空を切る。
遠くから見ていたアリナは、ヴェルデの避け方を見て、驚愕していた。
まず、彼から見て右方向から来た1撃目の尾を、無理やり体を動かし、左に沈み込むように避け、体勢を立て直しかけた所で来た2撃目を、高跳びの要領で避けたのだ。
死角からの攻撃を、こうも難なく避けることができるのが、アリナには信じがたいことだった。
そうしている間にも、ヴェルデの反撃は始まる。
二度の尾による攻撃を避けたヴェルデは、そのままイャンクックのボロボロになった脚を狙って攻撃する。
彼は、その双剣を正確無比に振るい、イャンクックの甲殻の、さらにその奥の肉を斬り裂いていく。
ボロボロになったイャンクックの脚の鱗や甲殻の隙間を縫うようにして斬る。イャンクックもただ黙ってはおらず、再び尾を振るが、やはりヴェルデには当たらない。
もはや満身創痍のヴェルデのその戦いを見てハッとし、アリナも立ち上がり、通常弾Lv2を装填したチェーンブリッツを構える。
しかし、そこでアリナは愕然とする。
ヴェルデの動きが予想以上に早く、このまま撃てば、誤射をしてしまう可能性が高いのだ。
しかも、イャンクックの周りを、ほぼ全方位に動き回るので、どこに移動しようと、結果は同じになってしまう。
その結果を予測したアリナは、彼のスタミナと、その運動量に、むしろ感心すら覚えていた。
だが、通常より、あまりにも速く動きすぎたヴェルデにも、すぐその限界が訪れる。
再びイャンクックの尾を避け、反撃をしようとしたヴェルデだが、泥の地面に足をとられ、一瞬の隙ができてしまう。
その隙を見逃す筈もなく、イャンクックは、その大きな嘴を振り上げて、ヴェルデを吹き飛ばさんとする。
しかし、それより速く、チェーンブリッツから発射された、通常弾Lv2がイャンクックに着弾する。
その一発にこそ、致命傷を与える程のダメージは与えられないが、敵を仕留めようとしていたイャンクックが、自らの邪魔をされたことによって、苛立ちを与え、注意を引き付けるには十分だった。
その顔をアリナに向け、数回嘶くイャンクック。どうやら標的をアリナに切り替えたようだ。
疲労しきって満身創痍のヴェルデの為に、できるだけ時間を稼ごうとするアリナ。
しかし、逃げようとするその時、泥の地面にとられ、足がもつれてしまう。
「しまった...っ!!」
一瞬反応が遅れたアリナを、イャンクックが見逃す筈もなく、そのまま突進し、体ごとアリナに突っ込んで来る。その攻撃を、アリナに避ける術は無かった。
――視界に、こちらに手を伸ばして、必死に走るヴェルデの姿が見えた気がした。
あの後、音爆弾で隙を作り、その間にアリナを台車に乗せ、全速力で洞窟に入り、応急薬と回復薬を使い、アリナの手当てをしたヴェルデは、再びイャンクックのいる、エリア8へと進んでいった。
彼は怒っていた。それは、アリナを傷つけたイャンクックにでは無く、この結果を予測もせず、ただ自分の怒りに任せて、アリナの事を何一つ考えなかった自分に対してだ。
エリア8に足を踏み入れたヴェルデは、一度空を見上げる。
雨は、少しずつ止み始めていた。
その空を見て歯噛みしたヴェルデは、正面を睨む。
そこには、同じく敵意に溢れた目で、こちらを睨むイャンクックの姿があった。
そして、睨み合う二つの影が動き出すのに、時間は掛からなかった。
沈黙を突っ切り、イャンクックに突撃するヴェルデ。しかし、その走りには、今までのような速さは無く、疲弊しきっていた。
それでも彼は走り抜ける。
彼が背負っている、カナタ村の命運と、アリナの為に。
「うおあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!」
雄叫びを上げて、イャンクックの懐に突っ込むヴェルデ。イャンクックも近付かせまいと尾を振るが、ヴェルデは身を屈めて避ける。そしてヴェルデは、屈めた身を伸ばす反動で、右手に持った剣を抜きざまに斬り上げる。
ヴェルデは反撃を予測して、イャンクックの両足の間を前転する。直後、ヴェルデがいた地面が、イャンクックの嘴によって抉られた。
「相変わらずえげつねぇな...!」
などと言っている暇もなく、振り向きざまに跳び掛かってきたイャンクックを避け、再び斬撃を繰り出す。
斬っては避け、斬っては避けてを繰り返して、ヴェルデはイャンクックの変化に気付く。
口元からは炎が溢れ、目は血走って興奮している。
――怒り状態だった。
雨は止みかけ、足元は未だ泥。さらにアリナによる遠距離からのサポートも無し、イャンクックは怒り状態で、両者の体からは所々血が流れ、満身創痍だった。
だが、英雄の血を引いた狩人の本能が告げる。
――ここを乗り越えれば、必ず勝てる。
ヴェルデは雨の中、イャンクックとの狩りの、最終局面を迎えようとしていた…
次回でおそらくイャンクック戦は終了です。