Monster Hunter ~失ったもの、手に入れたもの~   作:小松菜大佐

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6話 緊張の連続

次の日の朝。

僕は清々しい気持ちでベッドから跳ね起きた。

鳥たちの羽ばたく声、澄んだ朝の空気。それら全部が僕の感情を高ぶらせる。

(検査は全部クリア。特に目につく後遺症もなし。僕の体、丈夫だな)

昨日、僕はこれからの事で決意したことがあった。そして、それを阻む事は何もない。そして、頭上で煌々と輝く太陽と青空。絶好の門出日和と言えるだろう。

「うっ……んううう~っ……」

体を起こし、腕を上に振り上げ、ぐぐっと伸びをする。

右手にある指の節を伸ばす感覚が左にない事には、なんだかもう慣れた。まぁ、変な感覚を考えないようにすることに、だが。

「……確か、もう朝には退院していいんだっけ」

昨日、検査をしてくれたあの医者さんが糸目をさらに細め、笑みを浮かべながらそう言っていた事を思い出した。

「荷物もないし、さっさと行こう。明日の昼までって言ってたし、多分それは待てる限界の時間ってことだとだろうし」

そう一人で呟きながら、ベッドから下りる。

左手はなくなったけど、こうやって普通に立てるんだ。

これからの事なんて、どうとでもなるはず。そう考えよう。

僕の今の格好は、あの砂漠の時から変わっていない。すぐに退院する事を考えていたのだろうか?僕は本当にすぐに準備を終わらせる事ができた。

ガウシカのコートだけ持って、僕は病室の扉を開けた。

 

 

「親を亡くした子供にお金を取るなんて、非人道的な事はしないし、意味もないよ」

医者はそう言って、代金を取らなかった。その優しさに、ちょっと泣きそうになった。

そうして病院を出て、街に出る。ギルドハウスとやらに行かなければならないんだが……

「道、わかんない」

問題に思いっきりぶつかってしまった。

「てかこの街自体、どこかがわかんないし…」

そしてこれが致命傷。

「……ここは、一体どこなんだ………?」

今最優先すべきなのは情報の取得であると判断、とりあえず周りを見てみる。

「……ふむ」

砂漠の近くであるというシルフィードさんの言う通り、景色の奥の方には砂漠がある。かと言って、反対側には緑がある。ちょうど気候の境目にある街っぽいな。

周りに立っている建築物に大きいものはあまり無く、どこかまだ発展途上であると思わせられる風景であった。

(砂漠の……近く…?)

なんだっけなー、と首を傾げて頭を回す。

「……うーん…………」

むむむ、思い出せないなー……

「ま、人に聞くけばいっかな。どっかにインフォメーションセンターとかあるんだろうし」

そう考えて、僕は人影がまばらな道を歩き出した。

 

 

「助かりました、ありがとうございました」

「いえいえ。坊や、一人だけで大変だね。怪我しないように気をつけるのよー」

「あ、ありがとうございます」

それっぽい場所を探し出し、そこにいたおばさんに話を聞いた所、得た情報がいくつかある。

一つ、ここはラージ村と言うところだということ。どこかに大きいという意味の名前をつけた村が発展してきているらしい。それをあやかって名前を付けた、とのこと。しかし砂漠の近く、反対側は整備されているものの、次の街に行くには大分距離がある。そして、さらにその間には規模の大きい密林まであるらしく、商人はあまり集まりにくい場所と言える。大きくなるのは、ちょっとキツい気がするなあ……。

二つ、ギルドハウスはここから西にいるらしいこと。見れば分かるらしいが……

そう思いながら、町並みを見学しつつ歩を進めていくと、

「こりゃあ……確かに分かるね」

そうするにつれて、いつの間にか大きな建物が見え始めてきていた。その大きさは、今まで見てきたこの街の建物の中で最も大きいと言えるレベルのものだ。

「まあ多分、ハンターを呼び込む為にギルドハウスを快適なものにしようと思ってたんだろうな」

有事の際、頼りになるのはやはりハンターだ。モンスターはただでさえ多い、ハンターが多くて困ることはない。少し、この街も苦労してるんだなあと思ってしまった。

「よっし、んじゃあ入ろうかな」

僕は、素人目にでも分かる程ハイレベルな彫刻が施されている木製のドアに手を掛けた。

(このドアの向こうには、ハンターさんが一杯いるのか……?)

ぽわんぽわんぽわん、と頭の中で思い描く風景は……

(こう、地味な石の壁に剣とかが掛かってて……入口の近くには全身鎧姿で槍を持っている騎士みたいな人がいて……受付さんが強面で……目と目があったら『あぁん!?』とか言われて…それに反応して周りの人も集まってきて……皆武装してて…)

「うっ、怖くて入れない……」

まさかのタイミングで怖気づく僕、でもこのまま立ち尽くしててもシルフィードさんを待たせることになってしまうし……

「行くしか、ないよなあ~……」

浮かび続けるイメージを振り払い、そのついでに迷いも振り払って、ゆっくりと扉を開けた。

「……失礼しま~す」

ギィィィィ、と蝶番が軋む音が耳元で響く。それと同時にカランカラン、と頭上からベルの音が聞こえた。

周りを見回すと意外な光景が。

「あれ?石じゃない?槍の人もいない?」

目の前に広がるのは、石の壁では無く木の壁で、窓から差し込む太陽光で温かみのある感じ。槍を持っている人などおらず、可愛く決めている給仕さんが忙しそうに歩き回っている。そんな中剣が壁にかかっている訳もない。

そして受付には…

「うわぁ……」

思わず声を上げてしまうほどのイケメンがいた。

髪の毛は深い緑に染まり、それがショートに切り揃えられている。瞳の色も同じ緑色。肌は女の人に見えるくらい綺麗で、静かに佇んでいる姿は名画のように様になっている。

ぼーっ、とその風貌に見入っていると、向こう側から声を掛けてきてくれた。

「……すみません、そこのお客様?」

「はっ、はい!」

声も澄んでいて、思わず聞き入りそうになるがなんとかこらえる。

「えっと、あの、その」

しかし、その視線に射抜かれた僕は思考能力を簡単に失ってしまい、出てくる言葉はしどろもどろになってしまう。

その様子を見て微笑ましく思ったのだろうか、イケメンさんはクスッと笑って、こちらに近づいてきた。

「お客様、ギルドハウスは初めてですか?」

「はっ、はい…」

「一度、深呼吸をしてください」

「は、はい」

言い聞かせるように放たれた言葉が、僕に体の芯に染み込むように伝わってくる。その言葉に突き動かされるように、僕は大きく息を吸って、吐いた。

「はぁ~……」

「……落ち着かれましたか?」

にこっ。

(ほんとかっこいいな畜生!)

「……はい。ありがとう、ございます」

「それは良かった」

にこにこ。

そこで一度会話は途切れた。しかし、すぐにそれはイケメンさんによってつながれる。

「では、改めましてお客様。ご用件をどうぞ」

「はい!えっと、人に呼ばれていまして……」

「そのお方がいらっしゃる部屋番号をお教え願えますか?」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

ガウシカのコートを入れたバッグをカウンターの上に置き、一本だけの腕でガサガサ探す。ガウシカの毛皮はなかなかモジャモジャとしており、あの小さい紙を探すのは一苦労だ。

「あ、あった!えーっと、024番です」

「024……シルフィード・エア様がご滞在されておりますが……」

「そうですそこです!」

「分かりました。024番号室はこちらの通路をまっすぐ進んだ突き当たり、左側のお部屋です」

「あ、ありがとうございました!」

「いえいえ、どういたしまして」

「で、では!」

腰から直角に折って礼をして、僕は駆け出した。少しだけ見えたイケメンさんの苦笑も、またどこか様になっていて世の中不公平だなと思った僕は悪くないだろう。

「はっ、はっ、はっ……」

綺麗な手で示された道を小走りで駆ける。

(やっぱりそこそこ広いな)

木の板で床が軋みを上げるが、結構しっかりしていて安心して走る事ができた。

そして一つの扉が僕の目の前に。

そこには木の札がかけられていて『024』という文字が刻まれている。

(やばい、緊張してきた……)

この扉の向こう側に、あのシルフィードさんがいる。その瞬間、脳裏に閃くあの人の姿。

あの人形のような、綺麗に整った顔。キリッと釣り上げられた目に捉えられるかと思うと、顔面に勝手に血液が集まってくる。僕も一応思春期真っ只中。アイドルのような人には弱いんですよ、はい。その人の部屋(仮)に入るとなると、あーやばいやばいやばいって!

「お、落ち着け僕!」

頬を思いっきり叩き、喝を入れる僕。

「誰だ?」

そして目の前で勝手に開くドア。

「うひゃあ!?」

最後に、思いっきり驚く僕。

「あぁ、君か。突然大きな声が聞こえたのでな、誰かと思ったよ」

「こ、ここここんにちは!」

……僕は理解した。僕は、とんでもないあがり症だったんだな。

「あぁ、こんにちは。とりあえず中に入ってくれ」

「はははははっはは、はい!」

シルフィードさんがちょいちょいと手招きをする。

「お、お邪魔します……」

「どうぞ」

部屋は一時の借家という事、後はシルフィードさんの性格もあるのだろうか?ベッドと鞄に武具、必要最低限のものだけが部屋に置かれていた。

「ほ、ほへー……」

「つまらない部屋だろう?もてなす事もできないし……」

「い、いえ!大丈夫です!!」

「それならいいが……取り敢えず、くつろいでいってくれ」

「はい…」

お言葉に甘えて、床に座れせてもらう。当然、正座ですがなんですか?問題ありますか?

「どうかしたか?そんなに緊張しなくていいぞ?」

「お、お構いなくです!そっ、それでお話というのはなんですか!?」

(緊張しない訳ないですよっ……!)

と心の中だけで呟いておく。

「……ああ、その事なんだが。君をここに呼んだのは……そうだな。身勝手にも程があるとは思うが、罪滅ぼしをしたいからといったところ、だろうか」

「罪滅ぼ……し?」

意外な言葉だった。僕は思わず聞き返してしまう。シルフィードさんの表情を見ると、悲しみ、後悔からか、綺麗な顔が歪んでいた。

「ああ……。私は、君のご両親を守ることができなかった。依頼を受けたハンターとして、もう少し急ぐべきだったんだ」

「で、ですから……」

僕は再び病室で話したような内容を話そうとするが、シルフィードさんの辛そうな顔を見て、言葉を発せなくなる。

「……私も、両親を亡くしていてな」

「………」

「君の気持ちが、ある程度なら分かるつもりだ。さらに、それはモンスターによって突然喪われた…私達の違いは場所と、モンスターの種類だけだ」

「……」

言葉が、でてこない。口が開かない、でも開こうと思えない。

「私は、君にどうしても、昔の私を重ねてしまっているのだろうな。むしろ、どこか親近感を覚えてしまうよ……いけないとは、思っているが」

「え、えっと」

「……どうだ、今辛いか?」

シルフィードさんがそう問うてきて、僕は思わず驚いてしまった。

(そういえば、考えた覚えなかったなあ……)

父さんと、母さんとの死別。幸せな生活から転落、家にも帰れない状況。普通なら絶望に打ちひしがれてしまいそうだけど、なぜだかどうして、何も感じない。

「なんで、しょうね。そんなに、悲しみとか、感じないんですよ。どこか別世界にいるような感覚というか。まだしっかりと受け止めきれてないんでしょうか」

「……そうか。まあ、いつかきっと受け止めなければならない日が来る。しっかり身構えておけよ」

「はい」

少し無言のまま、歩を進める。今度はシルフィードさんから話かけてきた。

「すまない、妙な話を振ってしまったな。……えっと、それでだ。こんな事で君の両親は戻ってこないとはわかっているが、無視するのは耐えられないんだ。君の欲しいもの、やりたい事でもなんでもいい。私にできる範囲に限定されるが、言ってくれないだろうか?」

「え、うーん……」

『別にいいですよ!そんなこと気にしないで構いません!!』

(……なーんてな)

そんなこと、言えるはずがなかった。

それはシルフィードさんの悲しみに歪んだ表情をみたから。そして、その胸の中で渦巻いている思いを吐き出すような言葉を、簡単にあしらう訳にはいかないからだ。

きっと、ここで断るとシルフィードさんはずっと罪を背負い続けることになるのだろう。

願いを叶えてくれると言ってくれたのだ。叶えてもらって自分も、そして叶えたことによってシルフィードさんも得をする。何も損な事はない。

……まあ、ちょうど欲しいものもあったしね。

「……一つだけ、お願いがあります」

「あぁ、遠慮しなくていい」

「じゃあ、街に行きませんか?」

これは、あのビジョンが見せてくれた風景につながる第一歩だ。

 


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