Monster Hunter ~失ったもの、手に入れたもの~ 作:小松菜大佐
どこかから差し込む眩しい日光が、僕のまぶたを焼いている。そりゃあ暖かさもあるけど、ちょっと眩しすぎるな。
それから目を逸らすように体を動かすと、耳元で衣擦れの音が大きく聞こえる。まぁ、まずこの空間に聞こえる音は小鳥のさえずり、人の声しか聞こえないから、近くに聞こえる音がこれしかないからかもしれないが。
「……うーん…」
よく分からないが……僕は今、よく分からない空間に寝っ転がっているようだ。ほんとによくわかんないな。
平和で、暖かくて、心地よくて。いつまでもこの空間に浸っていたい、そう思える。しかし、その中で僅かに匂ってくる消毒液がすごく異彩を放っている。
(なんだ?ここは病院なのか?)
なんとなく、それを理解したとき、僕の意識が急浮上した。
「っ……んぅ…」
これは経験談だ。こういうまどろみの中にいるときは、まぶたを思いっきりカッ!と開くとよい。その後、ベッドから転がり落ちるとなおよいが、今僕のいる空間が分からないのでさすがにできない。
(知らない天井だ……)
眼球のみで周りを見ると、真っ白。カーテンも、壁紙も、僕の転がっていたベッドも。これは僕のいる空間が病院であると判断できる材料になるだろう。
体を起こし、大きく伸び。あくびを一発かまし、瞬き一回。
「ここは……?」
「む?目が覚めたか」
一人でつぶやいたつもりだったが、どこからか声が返ってきた。断じてやまびこなんかじゃない。まず、言葉か違うから。あと声が綺麗な女の人のものだったから。こんな声、男がどう足掻こうと出るわけないから。
周りを見回し、相手の姿(おそらく女。違ったらトラウマ確定)を探す。しかし、その姿は結構早くに捉えることができた。
「………あなたは?」
なぜなら、その姿は病院……と思われる場所では明らかに異質なものだったからだ。その人が纏うものは白衣でも、かといってナース服でもなく、輝きを放つ金属製の鎧である。。
それを一目見て、ハンターであると理解した。その鎧、そして近くに立てかけられている凄まじく大きな剣はそれを確信させる証拠となる。その近くには外された兜が置いてあった。
ハンターなど見たことが無かった。
それすらもう非日常だというのに、それらもかすむほど、僕は彼女自体に目を持って行かれた。
ありえない。
人間離れしている。思わずそう思ってしまうほど、彼女の持つ美貌に僕は心を奪われた。
最早白といってもおかしくない程綺麗な銀髪は、ゴムによって束ねられ、ポニーテールにまとめられている。
そして、人の手によって作られたようにパーツが整った顔。さらにその真っ白な肌がさらに人形のような雰囲気を出していて、その中には思わず見入ってしまいそうになる碧眼が、光によって透き通り、輝きを放っていた。
(綺麗な人だな……モデルさんってこんな感じなのかな…)
僕はポカーンと大口を開けて彼女を見ながら、世界って広いんだなーとか思ったり。遠い、ドンドルマのような都会にはこんな美人さんがたくさんいるのかなー、とかと思いを馳せてみ
「あぁ、もしかして憶えていないか?私はシルフィード・エア。ただのハンターだ」
(てたら話聞いてなかったあああああ!?)
ぼーっと見つめながら広い世界を想像している内に、いつの間にか自己紹介が終わっていて僕は慌てふためく。なんとかあの人の名前がシルフィード、という事だけは覚えていた。
「あ、えと、その、僕は…」
僕が混乱した思考回路そのまま、あうあう言いながら話そうとすると、シルフィードさんは苦笑を浮かべてしまった。おぅ、そんな表情も様になるな。
「ああ、初対面の人と話すのは苦手かい?無理しないでいいぞ」
「そ、そうじゃないんです!お姉さんが、その、美人なので、思わず見とれちゃってて、言葉が出なかったっていうか」
「ははっ、君は若いのに世辞がうまいな。嬉しいぞ」
「世辞じゃないですよ!僕の住んでいた所は田舎ですけど、それでもお姉さんが一番綺麗です!」
「そこまで言ってくれるとは……少し照れるな」
そう言って、シルフィードさんはほん少しだけ赤面した。シルフィードさんの肌は真っ白だから、ちょっと赤くなってもよく分かって面白い。
しかし、これ以上言うのも迷惑だろう。僕は無理やり話を切り替えた。
「じゃあシルフィードさん、ですよね?シルフィードさんが僕を助けてくれたハンターさんですか?」
「……あぁ、君だけ、だがな」
その瞬間、シルフィードさんの表情が陰りに支配された。
そこで、僕はようやくその言葉の意味を理解した。意識を失うその前の景色はやっぱり、現実のものだったのだ。
「あぁ、じゃあやっぱり、父さんも母さんも……」
「……私は商隊の救援を目的とするクエストを街で受けたんだ。私は、あの砂漠に着いてから、私のできる全力で人の姿を捜索したつもりだった……。でもそこにいたのは、君だけだった」
「…………」
「……エリア5にバラバラになった荷車と、ハンターの物と思われる装備があった。そこから唯一伸びていた足跡を頼りに歩いたその先にいたのが、君だったんだ……他のエリアもとは思ったが、君の受けた怪我の事を考えると、見捨てる事しか、できなかった」
「…そう、ですか………」
なんだか、まだ、あの夢の空間にいる感じがするけど、認めるしかないんだろうな……。
僕は顔を上げていようとするが、僕の意思とは別に、勝手に視線が落ちてしまう。
「………」
「すまなかった」
そういって頭を下げるシルフィードさん。
「え、あ、いいですよ!シルフィードさんの戦ってるところは見た記憶はあります。すごい強かったですね、そんなハンターさんが本気で走って間に合わなかったんだったら、きっと誰でも間に合いませんよ」
「……しかし、確かに君のご両親は亡くなったんだ。何を言おうと、ご両親は戻ってこない…」
「………」
場に気まずい沈黙が下りるが、それもすぐに破られた。ドアをノックする音が聞こえたからだ。
「ど、どうぞ……?」
「失礼するよ」
そういって入ってきたのは白衣の男。
背は低く、ひげはボサボサ。歳は見た目からして4,50歳ってところかな?メガネをかけていて、その目は既に閉じられているかのような糸目だった。
ほんとに、医者なのか……?
少し不安を覚えるが、その糸目の奥に見えた鋭い眼光によってその考えは間違いだと理解する。
「調子はどうだい?特に、それだが……」
「それ?」
少し顔をしかめながら指差す医者のその態度に疑問を覚え、その指の先を見る。それは……
(……左腕?……って、あ)
そして、言葉を失った。
「……あ、え」
ない。
そこにあるはずのものが、なかった。
そこにあるはずだった腕を動かすが、動くのは肩だけ。あったものがないって変な感覚だな――。
「え……あれ…どういうこと?」
僕の言葉が、勝手に沈痛な色を帯びる。
それを聞いてから、さらに医者の眉間の皺が深くなった気がした。
「………説明だけ、させてくれないか?」
「……」
茫然自失。何も思考が働いてくれない。
右手を伸ばす、空振る。触れる。根元の方で皮膚の感触がした。確かに存在しない。
沈黙し続ける僕を見てさらに痛々しそうな目をした医者。そして、重たそうに、口を開いた。
「君の腕がドスゲネポスに噛まれたのは、覚えているかな?」
「……はい」
「ゲネポスの牙には、強力な神経系の麻痺毒があるんだ。そして、ドスゲネポスはゲネポスよりさらに強い麻痺毒を持っているんだよ」
「……はい」
「君の体はその麻痺毒に侵されていた。そして、それは君の左腕から侵入していた」
「……はい」
「かなり長い間噛み付かれて、君の左腕は毒を直接受けていた。毒は神経系と言ったね?そう、左腕はその高濃度な毒を受けて、神経がボロボロになっていたんだ」
「……」
「そしてそこで助けられた君は、そこのハンターによってこの病院に運ばれた。僕が診たときにはもう、君の左腕には毒がかなり溜まりもはや他の部位にまで侵蝕しようとしていた。驚いたよ、僕もそこまで損傷を受けている患者は初めてだったんだ」
「……」
「もはや毒の巣のようだったよ、君の左腕は。そこで私は決意した」
「………だから、」
「ああ、君の左腕を切断することに踏み切ったんだ」
「そう……ですか…」
「……悪かった!私の力があれば、医学が進んでいれば!君にこんな重荷を背負わせてしまう事もなかっただろうに!!」
「いえいえ。……どうした所でどうせ戻ってきませんから」
「……ッ!」
「いや、責めてる訳じゃないんですよ!?運が悪かったってだけで!実際、他の所は何も違和感もありませんし、先生も全力だったんですよね?それだけで充分ですよ」
「……君は、強いな。罵倒の一つ、暴力の一つくらい覚悟していたというのに」
「め、滅相もない!父さんに言われた事は果たせたんです!それは確実に僕だけではできなかったことですから、皆さんにむしろ僕がお礼を言って回らなきゃいけないなってと思ってましたし!あと、な……」
「……?あと、なんだい?」
「……いえ、なんでもないです」
「?」
医者は困った顔で首をかしげたが、すぐに顔は柔和なそれに戻った。
「幸い、他の後遺症はほとんど残らなかったから今日一日、検査入院ってところかな。退屈だとは思うが、我慢してくれ」
「はい、本当にありがとうございました!」
そう言うと、医者はとても苦しそうな顔をした。
「……ありがとう、か。腕を取り戻せなかったのに、笑顔で言われると重いな…」
「?今、なんと……」
「いや、くだらない独り言さ。じゃあ、また」
そして、医者は部屋を出て行った。必然的に、シルフィードさんと僕が残る。
どちらも口を動かせず無言のままいると、シルフィードさんが口を開いた。
「……私も、もう行くよ」
「そ、そうですか」
「……これを」
と言って差し出したのは、一枚の紙。
「これは?」
「……私達ハンターは、基本的にギルドハウスという所に寝泊りしている。私もそこで泊まっていて、それに私の部屋の番号を書いた……だから明日の昼までに、出来ればでいい。来てくれないだろうか?」
「べ、別にいいですけど……」
何をするんですか。そう言おうとしたが、
「……ありがとう。では、また明日に」
シルフィードさんのその言葉によってかき消された。
バタン、という音がひとりの空間に虚しく響き、これで僕はひとりきりになった。
耳に届く木のざわめき、鳥の鳴き声、人々の喧騒。
「………」
僕は、何も言えなかった。
◆
茫然と窓の外を眺めている内に時は流れ、顔に当たる太陽光線が朱に染まりはじめてようやく、僕は我を取り戻すことができた。
「……」
とりあえず、今の状況を整理する必要がありそうだ。そう思った僕は思考を開始する。
(思考しろ……僕の位置は、分からない。しかし砂漠からある程度近い街かな?次、これからの事。今、僕には何もない。金も、生きていく手段も、腕も、両親も……ダメだ!ネガティブな思考に走るな……)
首を猛スピードで振り、ネガティブな思考を吹き飛ばしてやった。
そして、ふと思う。
(あれ?さっきなんか変なことを思ってたような……そうだ!)
さっき、医者に言いそうになった言葉。そう、確か―――
(「慣れてますから」―――だっけ)
「おかしい、よね……」
腕がなくなることに慣れているなんて、普通じゃおかしい。だから、僕は言おうとしていたこと
をなんとか止めたんだけど―――――
――――いき………し……れ―――――
「ッ!?!?」
僕の思考にジャミングが入った。なんだ、何が起こってるんだ僕の頭に!?
――――再び……は………にし……――――
なんだなんだなんだってんだ!?僕にはもう何も思考することができない。僕の中で単語が、文章が渦巻いて、飽和して、何もわからなくなって。
――――――世界のふ……悔しい……――――
だんだんとそれはクリアになっていく。
―――お………全てをうしな…手に入れ………―――
最後にこう聞こえた気がした。それは、とてもクリアなものだった。
―――――そこは辛く、厳しい自然の世界。
――――でも、そこで得られるものがあるはずだ。やり直してこい、そこで、幸せになるんだ。お前のここで見つけられなかったものを、見つけてくるんだ――――
そして、一瞬だけ何かが見えて、それは僕の中から消えた。
あまりに一瞬すぎる出来事。
「な、なんだったんだ……?」
僕は首をコテン、と倒して疑問符を浮かべた。しかし、そんな摩訶不思議な現象に心当たりなどあるはずもなく、思考を途中で止めることとなった。
「ま、いいか……なんか、やる気でたし」
しかしなぜか、どこか充足感のある気持ちになった。
それがどうしてかは分からない。
でも、確かに感じた、胸に訪れた暖かな気配。
それはどこか懐かしくて、遠い、遠いどこかの―――
(――――いや、これ以上考えなくていいだろう。もう、僕のやるべきことは見えたんだ。いや、見せてくれたんだ)
僕の中から、言葉は消えた。
でもその代わり、元気と、暖かさと残して、これからのビジョンも見せてくれた。
(ありがとう―――)
希望をくれた言葉達に、僕は心の中で感謝した。
僕はまだ、絶望してなんかいない。
今週はここまで。
では~^^/