Monster Hunter ~失ったもの、手に入れたもの~ 作:小松菜大佐
真上から降る日差しが心地よい。
目の前に広がるのは、その日差しをキラキラと跳ね返ず大海原。
僕は、海を見るのは初めてだ。だが、それよりも目を引くものがある。
「お、おおおぉおおおおぉ~!!」
それは、僕の体の何倍あるかわからないくらい大きな船だ。
どこから切り出してきたのか、と思うくらい大きく、太い木で組まれた船体。それにアクセントを加えるように黒い弓のような形をしたものがぶら下がっている。あれが、錨というものなのだろうか?
船と同じく、とてもおおきな帆が風ではためいている。バタバタという音がここまで届いてきた。
「でかいな……こんなのに乗っていくのか………」
僕はそのスケールにただただ圧倒されていた。
しかし、今日は見学する為に来たのではない。この海の遥か向こう、そこに確かにある大都市、ドンドルマに行くためである。
僕は今、船出の時を迎えていた。
「今日でこことも、一旦お別れかぁ……」
僕は、船に向けていた視線を街に向ける。
改めてあたりを見回してみて、この街は僕が最初に来たときよりさらに発展していた。その事が見るだけで簡単に分かるくらいだ。人の通りが多くなり、忙しそうに動き回っている。店も賑わっていて、一つの店の前では特売でもやっているのだろうか?非常に大きな人だかりができていた。
「なんだかこうなってみると、感慨深く感じるのはなんでだろうな……」
少しの間だったが、この街には結構お世話になった。心情の大半はこれから向かう場所への好奇だが、少し、悲しみもある。できればここの暖かい、いわばぬるま湯のような心地よさのあるこの街から出たくないとも思っている。
しかし、強くなるため、あの人のようになるため、僕はこの街をいつかでなければならない。そのタイミングが早いか遅いかの違いだ。
そう言い聞かせてはみた。
でも、やっぱり哀惜の念が少し残っていて、街の方を振り返って少しの間立ち尽くしてしまう。
「あーあー!考えるな!これからの事、特にこのでかい船についてでも考えていればいいんだ!!」
「……なにやってんだ、少年」
「ッ!?」
頭をブンブン振って、大声を上げているという端から見たら不審者な俺のところに歩み寄ってきたのは、一人の男だった。
「い、いやぁ、船初めて見たし、でっかいなぁって!!」
声を震わせながら誤魔化……せてはないと思うが、まあ適当に言葉を並べ男の方をみる。
背は高く、髪は短髪で髪型はきっちり決めてないのかボサボサである。あと、無精ひげが結構生えていて不潔感たっぷりだ。
さらに、だらしなく着崩している服(with大量の皺)の胸ポケットのところにはギルドナイトの証である紋章が輝いている。普通、ギルドナイトは羽付きの帽子をかぶっているのだが、この人はそれすらかぶっていない。
ホント、こんな人がギルドのエリートであるギルドナイトとは思えない。
しかし、整った鼻筋、綺麗に澄んだ鳶色の瞳によってそれら全て覆し、ちょっとだらしないイケメンという評価にグルンと変わる。ほんとイケメンってなんなんだ……。
俺の送る怨念の視線に対して、気付いていないフリで対応(確実にこの人は気付いている。口元がにやけているからな)したその人は、何食わぬ顔で話を返してきた。
「あぁ?少年、見たことねえのか?」
「……まぁいいけど。そうだよ!僕は……」
「少年」
「え?あ、あぁ……俺が(・・)行くのは近場だったし、通るにしてもセクメーア砂漠を通って行くところだったからな」
「なるほどな、まぁ、経験するこたぁ大事だ。おっさんになる前にいろいろやっとくんだな」
「おっす」
なんかこの人がいうことは説得力があるのはなぜだろうとか意味のないことを考えてみる。
「んじゃ、行くぞ。乗れ」
「はーい」
俺は言われるがまま、船に乗り込むための橋を渡ろうとした。
ギシッ
「うわっ怖っ!?」
そこに乗った瞬間、その板が軋み、音を上げた。思わず、口から勝手に悲鳴が上がる。
いじる材料が見つかった、とあの人はニヤニヤしながら近づいてきた。
「お?なんだ少年ビビってんのか?」
「わ、悪いか!?初めてなんだこれに乗るの!!つーか海自体初めてなんだ!!」
「……いいじゃん、口調。それならまあまあだぜ」
「お、これなら大丈夫か?」
俺はここを出る前に、この人に口調を直すように言われた。前は僕で、ですます調だったが、それは大分舐められやすい。ちょっとうまくいっていい気になってる新人共が、いい気になって使いっぱしりに使ってくるぞ。というのがこの人のコメント。
よって、俺、~だぞ、だぜみたいな口調に切り替えた。うまくいってるか不安だったが、言う限りは大丈夫らしい。
「おう、舐められることはないだろうよ」
「よし、じゃあ行こう!」
「騒ぐな五月蝿い……。でもそろそろ時間だな。そんじゃま、行きますか」
そうして俺は、時々ギシギシと軋みを上げる橋を歩き出した。
いつなるか、いつ崩れるかいつ折れるかとビクビクしながらなんとか渡り切り、船の上にたどり着く。
「ふぅ……ランポスと戦うより怖かったかもな」
「船の上に行くだけなのにどんだけビビってんだ……」
「う、うるせえやい!こちとら泳いだことも水に沈んだこともないんじゃい!!」
「それは似合ってないぞ」
「そう?」
「あぁ、お前がメルホアシリーズをノリノリで着ているくらいな」
「そんなに似合ってないのか…」
「……俺は、むしろなんでその口調を選んだかを問いただしたいがな」
「……さぁ?俺に聞かれてもな」
「言ったのはお前だがな」
そんな、盛り上がりがあるわけでもオチがあるわけでもない、どうでもいいことをだらだら話していると、何か声が聞こえた気がした。雑談ではない、何か目的を持っているような、そんな声だ。
「な、なんだなんだ……?」
俺は何か緊急警報のようなものでも出されたのかと思い、あたりを思わずキョロキョロ見回す。しかし、俺は理解する事ができなかった。
「……人気者なんだな、少年は」
でも、目の前で話しているこの男には何が起きているのか理解できているらしい。なんだなんだなんだ、なんかすごい腹立つぞ。
「なんだよ、なんか俺だけ馬鹿みたいじゃないか!何が起きてんのか、教えてくれよ」
「事実馬鹿じゃないのか?」
「そこには突っ込まなくていいから!」
「……下、見ればわかるぞ」
そう言って、下を指差す。その動作もどこか決まっていて腹立たしい。これぞイケメンの魔力である。
「下?」
俺は言われるがまま、身を乗り出すようにして船体によって隠れているところを見てみる。
そこには……
「坊主―!!頑張ってこいよー!!」 「おばさんが養ってあげてもいいのよー!?」
「怖かったら帰ってきていいからねー!!」 「やったね母さん、家族が「おいやめろ」」
街の皆、俺が最初にきた頃からいた皆のほとんど全員と、お祭り好きなのかただの好奇心によるものかは分からないがほかにも見知らぬ人が数人こちらに手を振っていた。
俺は思わず目を見開き、下に向かって声を張り上げる。
「皆!?どうしたんだよ急に!!」
「どうしたって坊主、今日からミナガルデに行くんだって!?」
「そうそう、私も今日聞いてビックリしたのよ!!」
「えー!?兄ちゃんどっかいくのー!?」
「あぅ…まっ、また遊びに…ぐすっ、くるんだよね……?」
「もー、泣かないの!今日はお兄ちゃんの記念日、おめでたい日なのよ!笑顔で見送っておげなきゃダメでしょ!?」
「でっ、でも、だって、えぐっ」
老若男女勢ぞろい、中には泣いちゃっている子供までいる。
「俺、こんなに人気でるような事したっけな……?」
と思わず呟く。本心である、俺はそんな大した事をした記憶はない。
「そりゃ人気にもなるさ、お前は何度も村を救ってきたんだからな」
「そうかな?俺はその時その時必死で……」
「それだよ、それが皆の心を打つんだ。年端の行かない少年が、ハンターなりたてで戦い続けてきたんだからな」
「……」
その言葉に何も言い返すことができず、俺は恥ずかしくなってうつむいた。
その瞬間、
―――――ボォォォォォォォ
大きな大きな汽笛がなった。出航するのだ。
ゆっくり、ゆっくりと、でも確かに進み始める船。景色も一緒にゆったりと流れ始める。
下にいる皆の手が、さっきより大きく振られるようになったように見えた。
それぞれが皆、声を精一杯張り上げているのではっきり言って何を言っているかは分からない。でも、間に聞こえる
「生きて帰って来い」
「死ぬなよ」
「体に気をつけて」
といった暖かい声援が、確かに俺の耳朶を、そして俺の心を叩いた。
「み、皆……ッ!!」
込上がってくる気持ちに負け、目頭に熱い液体が溜まる。
でも、これは流してはいけない。この別れは、悲しくあっちゃいけない。これは門出なのだ。おめでたい事でなければならないのだ。
言葉を返さないと。確かに時は、景色は今も流れているのだ。
「……っしゃ!」
俺は必死に流れようとするそれを必死にこらえ、無理やり唇を釣り上げる。
そして、一気に肺へと酸素を送り込んだ。
「みんなー、行ってくるー!帰って来れたら、稼いだお金でリュウノテールみたいな美味いもん持って帰ってくるから、楽しみにしててくれよなー!!」
その吸い込んだ酸素全部使い切るくらい、思いっきり叫んでやった。ちょっとスッキリして、気持ちよくなるくらいに。
わぁぁぁぁぁぁぁああぁぁあああ!!
皆から興奮したような声が上がった。
そして船は陸を離れ、海へと出ていく。
どんどんと遠ざかっていく皆に、追いかけてくる子供達に、俺はいつまでも手を振り続けた。
加速を始めた船。波を割って、通ったところは白い泡を立てている。
陸地はもう水平線の彼方へと消え、周りには海しかない。最初はそれも新鮮だったが、時が経つにつれて、だんだんと退屈になってきていた。
「んー……」
俺は子供のように足をぶらぶらさせながら、何かする事が無いかと考えていた。
周りを見回すと、近くに置いたバッグの中に入っている一冊のやたらと分厚い本が目に入った。
「あ、そうだ!これ読まなきゃな!!」
近くにあるその本を手に取り、その重量感に思わず苦笑いしながら、俺はページを繰った。
「ん?なんだ少年。その本は」
ニヤニヤしながら辞書のような本を見ていたらさすがに気になったようで、あの人がズボンを引きずりながら近寄ってきた。だからだらしないって。
「『ハンター初心者に送るギルド公認!ハウトゥ本』だよ」
「……公認なのはいいことだが、胡散臭さが増してるな」
「それは突っ込んじゃいけない……っていうかギルドナイトなのにそんなこと言っていいの?」
「いいの。お堅いイメージらしいけど、実際仕事場はゆるゆるなんだから……で、それ買ったの?結構高かった気がするんだけど」
「いいや、買ってもらったんだ」
そう言うと、あの人は頭に疑問符を浮かべた。
「あれ?お前、親兄弟いたっけ?」
「いないよ、死んだ……てか、そんなことよくザックリ聞くね」
「容赦する意味もないからな。で、誰に買ってもらったんだ?」
「……うーん、話せば長くなるんだけど、それでもいい?」
「あぁ、暇だからな。ついでにお前の昔の事も聞かせてくれよ。特に……それ(・・)のことをな」
そう言ってあの人が指差すのは、俺の体の左側。
手がある部分だ。本来(・・)なら、な。でも俺には今、それがない。
(まぁ……確かに暇だし。いいか)
別に隠すことでもないのだ。暇つぶしになるのであれば丁度いい。
「…………分かった」
俺は話すことをあらかた考えながら、唾液で舌を湿らせた。
「んじゃあ、話すよ。俺の昔の事。この腕の事と、優しくてカッコよかったお姉さんの話を」
そうして、俺は思考の海の中に沈んだ。
もう一個行きます。
11/29 ドンドルマ→ミナガルデ
見た瞬間、血の気が引くほどのミスでした。
この後に関わるレベルだww