東方魔法録   作:koth3

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京に聞こえし鬼女の振るまい

 鬼灯のような赤い眼がネギをぎょろりと射貫く。ほの暗いその赤々とした瞳は、ネギが思う怪物のイメージそのもの過ぎて、ネギはただ恐ろしく感じてしまう。紅蓮の(ひとみ)に見られただけで身体がこわばるほどの恐怖。かつて戦った、いや戦うことすらできなかった大鬼神のような圧倒的な存在の重さが、ネギに降り注ぐ。

 意識が向けられただけで、すでにネギの膝は震えていた。恥じることはない。それは当然のことだ。相手は最強の妖怪、鬼。最強であり最凶の暴虐そのもの。鬼を退治するとは、自然災害そのものと戦うようなもの。いくら魔法使いが普通の人間よりも遙かに優れた力を発揮できるといえ、災害を相手にできるほどの力はない。当たり前だ。人には限界が存在する。その限界を超えられるものなど滅多にいない。だからこそその限界を乗り越えたものこそを英雄と人々は讃えるのだ。

 それほどの力を持つ鬼を眼前にし、恐怖を覚えないなど許されざることだ。 

 そしてネギに鬼に退治するだけの力はない。だがそれでも彼は立ち向かった。自身の師匠を守るため。そんな利己的な思い。先程自分自身で反省したその思い。

 だが古来から伝わる英雄とは、そんな利己的な思いを貫いた者たちだった。

 

「ああ、()い。それでこそ、人間じゃ」

 

 呵々(かか)と笑い、紅葉はエヴァンジェリンから注意を逸らし、ネギを見た。

 ネギの息が詰まる。紅葉が意図せず発している覇気に、飲み込まれかけている。自分で気を失えればどれほどよいだろうか。いな、そうすべきなのではと思い始めた。

 

「っ! ~~~っ!」

 

 ガンと音がした。ネギが額を地面へとたたきつけた。額が裂け、血が出てくる。鈍い痛みに視界がゆがむが、身体の震えは止まっていた。

 紅葉は目を丸くしていたが、すぐに口角をつり上げ、より妖艶で、そして欣快(きんかい)に笑う。

 

「良いだろう、おまえだけは殺さぬよう催告(さいこく)されておった。それを破るわけにいかぬが、ぎりぎりまで追い込んでやろう。童よ、目に焼き付けるが良い。これが戸隠紅葉という鬼の力だ!!」

 

 紅葉から解き放たれた力は、広場に倒れていた人々を吹き飛ばし、場所を開けさせる。広場に残ったのは四人。ネギ・エヴァンジェリン・明日菜・紅葉だけ。

 

「馬鹿者! 早く逃げんか!」

 

 ようやく復活を果たしたエヴァンジェリンだが、すぐさま首を踏み抜かれて胴体と頭部が二つに分かれてしまう。

 

「主は邪魔だ」

「ぐっ、貴様っ!」

 

 そして二つに分かれたそれぞれを別々の方向へと紅葉は投げた。投げられたエヴァンジェリンの頭と身体はそれぞれ途中にあった物を粉砕しながら、地平線の彼方にうっすらと見える対極の山へたたきつけられ、再生を阻害された。少なくとも一分や二分で回復できる状況でなくなった。

 

「さあ、邪魔な者は消え去った。これで心置きなく戦えるな。さあ、この私に見せてみろ、貴様の輝きを!」

 

 ネギはかけ出した。プレッシャーに負けたわけでも、破れかぶれになったわけでもない。それしか勝機が見いだせないからだ。カウンターを狙う? そんなことをすれば認識できない速さの拳で殴られ、血だまりを残すだけになるだろう。受けに回れば圧倒的な力でつぶされる。防御などしたらその瞬間すでにネギは敗北するだろう。

 ならば残るはただ一つ。相手に攻撃させないこと。そのためにはネギから猛攻を重ねるしかない。

 瞬動で懐へ潜り込むや迎門鉄臂により蹴りと突きを放つ。無抵抗な紅葉へネギの技が突き刺さる。魔力で強化した攻撃だ。普通ならばそれだけで戦闘不能へ陥るほどの威力がある。少なくとも何の対策もせずに直撃したのならば。しかしネギの前にいるのは普通ではない。伝説だ。戸隠れの貴女という伝説に登場する鬼だ。顔色一つ変えず、それどころか攻撃したネギの手足にダメージが返ってしまう。

 

「ぐっ!?」

 

 だが痛みを覚えた拳と足を止めるなどという愚挙などネギはしない。そんなことをすれば反撃されて動けなくなるだけ。その身が動く限り止まるわけにいかない。

 

「破っ!」

 

 浸透勁。衝撃を内部へ伝えるという中国拳法の得意とする技法の一つ。掌底から繰り出された衝撃は確かに鬼の内部へ沈み込んだ。動かない相手に浸透させる程度、天才とも言われるネギにとって簡単なことだ。

 しかし内側へ衝撃が浸透したというのに、紅葉はいよいよ笑みを深めるばかりで全くこらえた様子を見せない。ネギの背筋に怖気が走り、全力で間合いを突き放す。轟と風が鳴ったかと思えば、ネギは吹き飛ばされた。地面に獣のように四つん這いに近い体制で着地し顔を上げれば、レンガで舗装されていた道が大きくえぐり取られているのが目に入る。巨大な獣が爪を尽きたて力尽くで道路をえぐり取ったような傷跡が深々と残っている。

 

「ネギッ!」

 

 明日菜の悲鳴があたりに響く。そちらへ意識が向かいかけるが、ネギは意思の力で無理矢理押しとどめる。

 直撃こそしなかったが、風圧で吹き飛ばされた身体が痛みを訴える。だがそれでもまだネギに攻撃が当たっていない。ならばまだ戦えると、ネギは冷や汗をぬぐい、再び瞬動を使う。ただ先ほどのように懐へただ潜るのではなく、紅葉の後方へ一度移動してから再び背をとるように二連続で。いくら魔力で強化していようとも、筋肉が限界を迎えミシミシと音を立てて千切れていく。それでも痛みを耐え抜き、瞬動の加速を生かし、紅葉の後頭部へ強烈な肘をたたき込む。生身の人間が食らえばザクロのように割れるどころか木っ端みじんに吹き飛ぶような強烈な一撃だ。

 だが紅葉はゆっくりとネギの方へ振り向くだけで、傷一つ付いていない。

 赤黒い目玉がネギを捉える。

 

「う、うわぁああ!」

 

 連撃。腕を、足を振り回す。紅葉の顔へと我武者羅にたたきつける。

 しかし紅葉がうっとうしそうに振るった手が起こした突風ではじき飛ばされてしまう。

 二転三転と転がされながらも素早く体勢を立て直すネギであったが、その眼前に紅葉がいた。

 

「よし、飛べ」

 

 むんずと紅葉により襟をつかまれたネギは、すさまじい力で投げ飛ばされた。広場にあった時計台へと背中をしたたかに打ち付け止まる。時計台の鉄柱がさび付いた音を立てて大きく曲がり、崩れ落ちる。それだけの力で投げられたネギは、激しく咳き込みながらも紅葉をにらみ続ける。

 屈辱だった。紅葉の力ならば、ネギなどたやすく殺せるだろう。だというのに今生きているのは、ただ紅葉がネギを殺すつもりがないというだけに過ぎない。

 これほどの屈辱があるだろうか。

 ネギは拳を地面に打ち付ける。鈍い痛みが拳を伝う。魔力の強化も先ほどの衝撃で解除されている。ずるむけになった握り拳から血が流れ落ちていく。

 

「どうしてだ! どうして僕を殺さない!」

「言うただろう? 殺さぬようにと催告されたと。鬼が嘘をつくわけにいかぬでな」

 

 歯牙にもかけないといった為体の紅葉は、うっすらと笑い言う。

 

「悔しければ、私を打ち負かしてみよ。出なければ、満足するまで手慰みの道具として扱うだけよ」

 

 ネギは再びかける。今度は小細工もなく、ただまっすぐに走る。その手には魔法の矢が装填されており、拳を叩きつければ今ネギが持つ技の中でも最大級の破壊力を誇る桜華崩拳が紅葉をおそう。

 疾走するネギに対し、紅葉は何もしない。それどころか受け入れるかのように腕を十字に開いた。

 紅葉の腹へネギの拳が突き刺さる。装填されていた雷属性の魔法の矢が一挙に解放される。零距離から貫通力に優れた矢が紅葉を食い破らんと暴れ狂う。

 規模においては雷の暴風が優れているが、貫通力であるならば桜華崩拳が上回る。それこそエヴァンジェリンの障壁でも、クリーンヒットさせれば貫けるほどだ。

 それでも紅葉は傷一つなく、嗤っていた。楽しそうに嗤っていた。


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