東方魔法録   作:koth3

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ネギの修行の始まり

 麻帆良学園女子校エリアで、一人の少年が立っていた。そう、女子校エリア(・・・・・・)で。

 その少年はネギ・スプリングフィールド。黒の兄にして、真実魔法使いから望まれる英雄の子だ。今日から麻帆良学園で教師という修行内容を務めるために、こうしてやってきたのだが……。

 子供一人がこんな場所にいるのはまだ、まだ許容できるだろう。しかし、大きな杖を持っているのは余りにも異常すぎる。それが普通の感性だが、彼とこの場所においては違う。

 ネギにとって、魔法の発動媒体である杖はもっていて当然だし、結界の効果が効くこの麻帆良の地では、その程度の事は異常にすらならない。本来ならこの時点で修行は失敗といっても良い。修行の目的の一つは、魔法をばれないように暮らすという内容でもあるからだ。だが、ネギは違う。失敗していても、黙認される。この場所であり、英雄の息子である限り。

 

 「ここが麻帆良か。ユギが先に来て頑張っているんだ! 僕も頑張ろう!」

 

 そう言ってネギは魔力で身体能力を強化して、周りの生徒たちと一緒に走り始める。それが本来ならどれだけの異常なのかを理解しないで。十歳にも満たない子供が、スケボーやその他の道具を使って走る学生と一緒に走っている。それがどれだけの事なのか、ネギは分かっていない。とはいえ、それも仕方がない。今の今まで、ネギは魔法使いのいる場所から出たことが無い。その為に、一般常識というものを知らないのだ。

 だから、諍いを引き起こしてしまう。

 

 「行き成り出てきて、なんていう縁起の悪い事を言うのよ!」

 

 オッドアイが特徴的な少女に、ネギは頬を掴まれて持ち上げられている。それもすべてネギが悪いのだが。

 少女が黒髪の友人と占いの話をしている時に、ネギは話に入ってしまった。これでもし友達だったら、笑い話で済んだかもしれない。しかし、彼女にとってネギは見ず知らずの子供。しかも、その子供が話した内容は彼女にとって、見過ごせるようなものではなかった。

 ネギからしてみれば、縁起が悪いから注意した。それだけだが、生憎ここは日本。ネギの住んでいたイギリスと違って、こういった話は軽々と話すべきではないのだ。それを知らないネギはイギリスと同じ感覚で話してしまった。それが間違いだった。

 だがネギはそれに気が付かない。当り前だ。彼にとって、今の状態は親切に教えたのに理不尽に怒られている。そう思っているのだから。

 

 「如何したのですか、明日菜さん?」

 「ふんぎぎぎぎ!」

 「ああ、ユギ先生。おはようさん」

 「ええ、おはようございます。木乃香さん」

 

 だがそこにネギにとっては救世主、明日菜にとっては苦手なガキンチョがその場を通りかかった。三人での騒ぎは人通りの激しいこの道でも姦しく、あたりの注目を集めきってしまっているため黒が近寄ってきたのだ。

 だがネギを持ち上げている少女、明日菜に話しかけても何も返ってこない事が分かった黒は、隣にいる黒髪の少女、木乃香に話を聞いた。

 

 「これは?」

 「それがなぁ、この子がアスナに失恋の相が出ているって言っちゃたんよ」

 

 それだけ聞くと黒は額に手を当ててため息を付き、明日菜に話しかける。

 

 「申し訳ありません、明日菜さん。貴方の怒りはごもっともですが、愚兄を放してもらっても宜しいでしょうか?」

 「嫌よ! 私はこいつに!」

 「それなのですが、文化の違いという事で理解してくれませんか? 私も兄もイギリスで暮らしていたため、日本の文化とは違った考え方なのです。兄としては、貴方に失恋の相が出ているから注意しないといけませんよ。と言いたかっただけなのです」

 「う! で、でも!」

 「もちろん明日菜さんの怒りは当然です。しかし、ここは私の顔を立ててくれませんか?」

 「わ、分かったわよ!」

 

 そんな話を聞いた木乃香は、隣で降ろされたネギを見ながら「兄弟なん?」「え、はい」と呑気に会話していたが。

 自身の苦手とする“理屈の上手な餓鬼”である黒を相手に、明日菜は渋々怒りを飲み込んだ。ここで何を言ったところで上手く丸め込まれて、怒りを飲み込まされる。そう理解しているのだからこそ、明日菜は怒りをこらえて内に籠めた。

 

 「おーい」

 

 明日菜が怒りを堪え切った時、一人の中年の男性の声が響いた。その声はネギにとって懐かしい友人の声であり、その声に返答した。

 

 「久しぶり、タカミチ!」

 「久しぶりだね、ネギ君」

 

 その様子に明日菜は、自身の担任であり、恋心を秘めている相手との知り合いと驚いている。

 

 「し、知り合い!?」

 「ええ、そうですよ。私の父と高畑さんは知り合いらしいので」

 

 「そういう事は早く言いなさいよ!!」と言っている明日菜を無視して、黒はネギに話しかける。

 

 「先にあいさつを済ませたらどうです? 相手との友好な関係を作るには、まず挨拶からと言いますし」

 「う、うん。分かった。でも、何でさっきからユギは敬語を使っているの?」

 「ここは社会ですからね。兄弟だから、子供だからといった理由で礼儀を失うわけにはいきません。ですから、学校内では私はユギ・スプリングフィールドであっても、ネギ・スプリングフィールドと兄弟ではないと考えてください」

 「そ、そこまでしないといけないの!?」

 「ええ、私はそう思っていますので。貴方は貴方が思った行動をすればよいでしょう。別に誰もそれを否定しませんし、責任は自分で取れば良いのですから」

 

 ネギはそこまで聞くと、少しだけ不満を見せて目の前の少女たちに挨拶を交わす。

 

 「初めまして。今日から先生となります、ネギ・スプリングフィールドです」

 「えっ? ええええーーーーー!!!?」

 

 それを聞いた明日菜は大騒ぎになり、対照的に木乃香は落ち着いて明日菜に説明する。

 

 「忘れたん、明日菜? ユギ先生が来た時、最初にお兄さんが後々来るって言うてたやん」

 「え? 言っていたっけ?」

 「言うてたよ」

 

 そんな様子を眺めていた黒とネギだったが、ここで一つの不幸が巻き起こった。

 

 「それでね、出張の多い僕の代わりにネギ君が君たちの担任になるんだよ」

 

 恋する高畑の言葉にショックを受けた明日菜は、ネギに掴みかかり文句を言う。

 

 「何であんたみたいな餓鬼が私たちの先生なのよ! まだ、ユギ先生なら納得しきれないけど納得するわ! けど、アンタみたいな礼儀も何も出来ない餓鬼が先生なんて納得できる訳が無いでしょう!」

 

 そう言ってネギに掴みかかったのだが、それが不幸の始まりだった。

 明日菜のツインテールにした長髪が、ネギの鼻をくすぐり、くしゃみをさせてしまったのだ。

 それが普通の相手ならまだ良かっただろう。唾が飛んだ程度で済んだ。だが、ネギは違う。魔力の莫大さと引き換えに、魔力コントロールの低いネギはくしゃみで魔法を発動させてしまうのだ。そしてその魔法は『武装解除呪文』と呼ばれる、相手の武装を解除する初歩魔法の一つだ。だが、この魔法一つだけ欠点がある。

 それは、対象者の服まで吹き飛ばしてしまうという効果があるのだ。黒が何度も魔力コントロールを上げたほうが良いと忠告していたのだが、ネギは魔力コントロールを鍛えなかったのか、今も変わらずくしゃみでこの魔法を放ってしまう。

 そしてその魔法の矛先は、

 

 「きゃああああああ!!!!! なによ、これ!!」

 

 目の前にいた明日菜だ。明日菜は来ていた服を武装解除されて、下着姿にされる。しかも、好きな相手の目の前で。

 それは少女とはいえ、女の身にはあまりにも酷すぎる行為だ。なのに、それを行ったネギは、

 

 (失礼な人だ! せっかく、占いだって親切に教えたのに! それにユギができるのなら、僕だってできる!)

 

 そう、自分勝手なことを考えていた。だから、黒は明日菜と木乃香が着替えるために立ち去った後に、ネギの頭をはたいたのだ。

 

 「いた!」

 「いた! ではありません。明日菜さんと比べれば、まだはるかにマシです。彼女は往来で裸にされたんですからね」

 「で、でも」

 「でももしかしもありません。貴方が彼女を裸にさせたというのは変わりありません。そのことを反省するのならまだしも、貴方は自分勝手に彼女が悪いと考えていたでしょう」

 

 言われたことが正論であり、自分が考えていたことを当てられてしまったネギには反論する事が出来ない。

 

 「はぁ。確かに日本に来る前に行ったはずですよ? くしゃみで武装解除しないように魔力コントロールを付けておくようにと。それをしていないでああなったのですから、本来は貴方の責任で、彼女に謝らなければならないのですよ?」

 

 次から次へと出てくるネギを責める言葉に、さすがのネギもどんどんと顔色を悪くして落ち込んでいく。それを見ていたタカミチも、さすがに慌てて黒を止める。

 

 「はいはい、そこでストップ。ネギ君は外に出るのは初めてなんだから、次から気をつければ良いよ。ユギ君もそれ以上は、ね」

 「分かりました」

 「うん」

 

 タカミチはここで間違った選択をしていることに気が付かない。もし本当にネギの為なら、ここで怒るべきだというのに。だが、タカミチはそれを選ばなかった。それは間違いなく、ネギの中にある歪みを増長させてしまうというのに。

 

 「ええ、貴方の愚かさはね」

 「? 何か言ったかい?」

 

 黒は一人、ぽつりと誰にも聞かれないような声でもらす。もう、如何仕様もないほどに腐り切ってしまった英雄の弟子に向けて。


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