東方亡霊侍   作:泥の魅夜行

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亡霊さん、幼き己を知る

 忘却していた記憶の奥底に、私の始まりがあった。

 まだ、私が私では無く、童で在った頃。

 やせ細り、枯れ果てつつある、その村に童は生を受けた。

 父も母も痩せていた。それでも童は受け入れられて、愛されて生まれて来た。

 食べる物は少なく、その中で父と母は己が子に自分たちの分を減らしててでも食べさせてくれた。

 幸福。私は何も理解できぬ童の身でありながら、両親からの愛を貰っていた。

 だが、その幸福も童が自らの足で歩き、言葉も話す様になった頃までだ。

 その年だ。童が見た地獄の始まりと、人をやめて餓鬼と畜生の世界に落ちてまで生き延びる化外となったのは。

 もともと生まれた土地は痩せていた。それでも村は今まで生き抜いてきた、これからもそうである筈だと童である私は思っていた。愚かしい考えだ。いや知らなかったそう思っていたのだ。

 天災は起きたのだ。

 大地は絶え間なく続く日照りで枯れ果て死んだ。

 少ない水と食料を巡り、人々は争った。昨日まで共に居た者が敵として、奪う者として襲い掛かり、己の喉の渇きを癒す為に、友を殺す。

 それは家族すら同じ。食料も無い、水も無い。

 次々に殺し殺される人と天が作る地獄で正気な者など一人もいない。

 人々は気づく、殺した友、家族から溢れる鮮やかで赤い水を。

 昼夜続く殺し合い。

 父が死んだ。殺されて血を飲ん出ていた男は、父とよく話していた優しい男だった。

 最早それに優しさなど無い。目が血走り、人と思えぬ奇声を上げたては吸っていく、一滴すら残さず、大地に落ちれば砂ごと吸ってでも。生きる生きる、生きる為に殺していく。

 

『――――せ』

 

 肉を喰らい、臓物を喰らい、やがては私を抱きしめる母へとその狂気を向けた。

 

『――――ね』

 

 童は突き飛ばされる。母の悲鳴と男の奇声、全てが私の眼へと焼き付き、頭を殴るような衝撃を与えて、童の記憶へ刻み、焼き付け、否が応でも恐怖を叩き付ける。

 

『――――ろ――――――せ』

 

 全ては終わる。幸福が消えていく。動けぬ童を捕える者達。

 

『――――ね――――ね』

 

 皆、知っている。幼い記憶ですら覚えている人達。

 正気な目を持つ者はいない。

 

『――――こ―――――――ろせ』

 

 押さえつけられ、狂乱の群れの中、童もその一つとして叫びを上げる。

 渦巻く恐怖と、意味すら理解できぬ死への恐怖。

 

『――――し――――ね』

 

 死ぬと言う概念すら解らぬ、童を捕える人の目と、父と母の末路に己がどうなるか本能的に理解していたのかもしれない。

 力の限り暴れ、喉が枯れるほど叫び、血が流れるほど泣いて、その果てに、

 

『しね――――――――おまえらころしあってしね』

 

 その言葉の意味を童は知らない。ただ、自身に対して人々が叫ぶ言葉を覚えたから。

 誰が与えた力か、童は己が想い全てを乗せて世界へと言葉を吐き出した。

 何も知らぬ童。初めての憎悪と憤怒から紡がれた言葉の力は、まさしく神代のモノ匹敵した。

 人だった餓鬼と畜生が死ぬ。植物が死ぬ。土地が死ぬ。家が死ぬ。村が死ぬ。

 童の身体より溢れ流れ出る死の色と言葉は、通る場所全てに死を与えていくと言う蝗の群れに他ならない。

 黒が塗りつぶす、紙の上に零れ、侵食する墨の如く万の色を死へと塗り替えた。

 だが、それも終わりが来る。

 死が消える。死すら理解できぬ童に、その力は大き過ぎた。

 死が去った場所に唯一人、死の痕が残った土地に子供一人。

 吐いて、泣いて、慟哭と怨嗟の声が一つ。

 一晩の後、声が途切れて童から涙は消えた。 

 童は歩く。生きる為に。

 既に童は童では無くなっていった。

 生きる為に、己が受けた恐怖を少しでも消す為に。

 腹が減ると恐怖が現れる。食べる為に殺した。

 喉が渇くと恐怖が現れる。潤す為に殺した。

 歩けば、餓狼が現れ、烏が狙う。追い払うために殺した。

 そう、気が付けば童は殺す事が、生きる為の行為と化していた。

 呼吸するように、息をするように、殺していった。

 殺意? 罪悪? ある訳が無い。親が死に、己に群がる全てが敵に映る童が善い、悪いなど覚えるはずもない。

 確実に命を奪わなければ、己が命を落とす場所で見逃す選択肢も無い。

 泣いても殺し、詫びた頭を落とす。

 己が泣いても助けはなかったから。既に餓鬼に等しい童に言葉は通らない。

 血の足跡を作る童の手には何時しか『刀』が握られていた。

 何時、それを手に取ったかは覚えていない。

 何処かの誰かから奪い、その使い方を見た。

 死体のそばの刀を見て、これを使う方が楽だからと思って手にとった気がする。

 最初は上手く斬ることが出来なかった。

 動かなくなった死体を何度も刻み、斬る感覚を覚えた。

 二人目は五太刀で。

 三人目は四太刀で。

 四人、五人、六人と、皮肉にも童の前に現れる敵が童の剣技を洗練していった。

 そして幸か不幸か、童を討伐する者が居なかったことだ。

 その年は、一年を通しての災害が国を襲い、都から離れた場所を彷徨う童一人を気に掛ける余裕など無かった。

 近隣の者は恐れた。しかし、童一人を恐れ殺す、偉い者達は下らぬと言って、恐れる者達の言を無視した。

 結果、童を止める者はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、気が付きましたか?」

 

 青い、水のような青い髪、そして、優しそうな目が私の視界に入った。

 

「主は……」

 

「貴方に助けて貰った者です。自己紹介がまだでしたね。私はわかさぎ姫と言います」

 

 そう言って、わかさぎ姫は微笑んだ。

 

「わかさぎ姫か。私は……名無しの亡霊……そうだ!! 芳香は!? ……っ!」

 

 起き上がりるが、頭に刺すような痛みが走り、思わず唸る。

 

「あ、無茶をしないでください!」

 

 そう言ってわかさぎ姫は、私の肩を掴んでゆっくり横にして、己の膝へ置いた。

 

「……済まぬ」

 

「左腕に、右の脹脛が無いんですよ!? 普通ならとっくに死んでます」

 

「もう、死んでる」

 

 睨まれた。

 

「……でも、休んでください」

 

「芳香、主を襲った者は?」

 

「真っ二つになって、事切れていました」

 

 そうは言っても、元々あの者も私と同じ死人。そしてあの青娥の従者だ。

 鬼ごっこの前に青娥が芳香を可愛がっていたことは知っている。

 あの邪仙ならば、蘇らせることも出来るのではないか。

 

「それともう一つ、ここは何処だ? かなり大きな湖だが」

 

 私とわかさぎ姫が居るのは、霧が深く先が見通せぬ、湖畔。

 

「ここは霧の湖と言って、幻想郷でも結構有名な場所ですよ? まあ、吸血鬼の館が近くにあるのも原因ですが」

 

「亡霊になったばかりで、幻想郷の地理には疎いのだ。此処へ君が運んでくれたのか?」

 

 そう言うとわかさぎ姫は頷いた。

 彼女の話によると、真っ二つになった芳香の傍の木に体を預けていた私は、わかさぎ姫が言うには『暗い目』から涙を流し、そのまま寄りかかっていた木から地面へ倒れて気を失ったそうだ。

 

「二度も助けて貰った恩人をそのままほっとくわけにもいきませんし、そう思って此処に」

 

「ありがとう。治療もしてくれたのか」

 

 肩口に包帯が巻かれて、右足は……包帯が白い塊になっていた。

 

「ごめんなさい。私、治療とかできなくて」

 

「心配は無用だ。そもそも、死人で亡霊だ。これが生きた人間なら既に死んでいる」

 

 その辺り、亡霊のほうが頑丈かもしれない。

 懐から、時計を取り出すと短い針は三を指していた。

 

「一時間は過ぎて……時間は三時間なのか?」

 

 かなり眠っていたらしい。空を見れば陽は西へ傾きつつある。

 そして、脳裏に映るのは、血にまみれた幼き私。

 ……あれが私の生前か。

 幼少の記憶は思い出せた、が、最悪を通り越してした。

 どうやら、思っていた以上に私は救いようの無い存在なのかもしれん。

 罪悪すら感じぬそれはまさしく餓鬼と畜生。何が、美しい魂だ。

 私が忘れていただけ、蓋を開けば血にまみれた怪物の魂だ。

 

「待て……」

 

 今私は何故、後悔をしている? 何故、罪悪で苦しんでいる? 

 少なくとも、幼少で死んだのならば、あの様だ。こんな感情を持つことも無い。

 私は何処で、悔いる感情を、あれを酷い事だと思う感情を手に入れたのだ?

 

「まだ、探さなければいけないな」

 

 あの生前ならば地獄逝きは決まったも同然。

 だが、その前に探さなければ。

 あの女性の影。■■先生。■■■■。まだ私は何もわかっていないのだから。

 

「亡霊さん?」

 

「あ、いや、何でもない。私はそろそろ行かなければ」

 

「怪我してるんですよ!? 駄目です!!」

 

「とは言ってもな……」

 

 わかさぎ姫は本気で心配している。目の端に涙が浮かんでいるので、罪悪感があるが、私に関わると最悪あの邪仙の目にも留まる可能性がある。

 それ以上に私のような者に関わるのべきではないだろう。

 

「では、我が館にいらっしゃいますか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気配は無かった。気が付けばそこに居た。まるで、いきなりそこへ現れたように。

 

「主……は?」

 

「始めまして、紅魔館のメイド長、十六夜咲夜と申します」

 

「初めまして、名無しの亡霊と申す」

 

 取り敢えず、自己紹介されたので返す。

 上を見上げれば、わかさぎ姫が震えていた。

 

「どうされた。わかさぎ姫」

 

「な、何の用ですか? 別に悪い事はしてませんよ?」

 

「いえ、お嬢様が面白い亡霊を見つけたと言われまして、連れてくるように命令を受けただけです」

 

「私か?」

 

「イエス。出来れば素直に着いて来てくれればいいのですが」

 

 十六夜殿はわかさぎ姫を見る。

 

「お、恩人を危険な所に送るなんて事が出来ますか!!」

 

「人も襲わぬ人魚が吠えますね。ですが、その気概は認めます。約束しましょう。危害は加えません」

 

「信用しろと……?」

 

「よい、わかさぎ姫」

 

 体を起こし、片足で立ち上がる。

 

「亡霊さん!!」

 

「十六夜殿。付いて行けばいいのだな?」

 

「ええ、来てもらえるならば何もしません。その人魚にも」

 

「考えはお見通しか」

 

「では、行きましょうか」

 

 いつの間にか肩を支えられていた。

 

「わかさぎ姫、治療していただき感謝する。この恩は忘れぬ。だが、主は忘れてくれ」

 

「え、何ですか! 亡霊さん!!」

 

「私は主が思っているような人物では無い。地獄逝きが相応しい人物だ」

 

 そして、十六夜殿が私を連れて空を飛んだ。

 きゅうけつきか、どのような妖怪かは解らぬが、邪仙よりはまともであることを願うとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら~。予想通り亡霊さんの勝ちの様ね」

 

 しかし、これは凄い。

 

 芳香ちゃんが真っ二つに札ごと斬られている。

 

「ふふふ、どんな戦いをしてたのかしら?」

 

 ああ、亡霊さんに何をしようかしら?

 

「その前に……」

 

 芳香ちゃんの体をくっ付けて、お札を張る。

 

「芳香ちゃんの記憶、少し見せて貰うわよ」

 

 頭に手を入れて、この子が見た記憶を吸い取る。

 記憶を私へ取り込みむと、芳香ちゃんから見た鬼ごっこが再生される。

 逃げる亡霊さん。

 すると、芳香ちゃんが走り出して人魚に襲い掛かる。

 それを助ける亡霊さん。

 

「あら、羨ましい。亡霊さんに助けれらるなんて。でも、蹴られるのもいいわね」

 

 次に亡霊さんの左腕を食べているところ。

 

「つまり、芳香ちゃんのお腹に亡霊さんの腕がある……グッジョブよ、芳香ちゃん」

 

 思わず芳香ちゃんの頭を撫でてしまう。

 そして、亡霊さんに変化が訪れる。

 枝を取った亡霊さんの様子が変わる。

 

「あぁ……」

 

 なんて凄い殺気。

 体験をしていない。見ているだけの私ですら震えてしまうほど。

 芳香ちゃんは、それに気づかず亡霊さんの足を喰い千切った。

 そして、視界が縦にズレる。

 

「喰いちぎった所を、後ろからバッサリってことね」

 

 それが芳香ちゃんのこの姿。

 でも、この子の敗北などどうでもいい。

 私の心を揺さぶり、高鳴らせるのは、やっぱり亡霊さんの殺気。

 

「なんてこと……昨夜の腕に匹敵するわ」

 

 記憶の映像ですら、この腕を斬り落とした時の殺気があった。

 

「これを、直接……ああ!! そんな……!?」

 

 想像するだけで、耐えられない

 交わりたい。

 殺気を向けられながら、愛されたい。

 願望が、強くなっていく。心の奥底から湧き出る欲への抑えが効かない。

 

「ですが、抑えるなどさらさらありませんわ」

 

 私は邪仙。欲を持ち、欲によって行動し、己の赴くままに貪ること、抑えなどいらない。

 でも、もう少し、もう少し、彼の記憶を戻す。

 まだ、実は青い。もっと、記憶を取り戻させて熟成させて落とす。

 熟成しきった所で私が犯して壊して、作り変える。

 私は腐りかけが好きだから。

 殺気を向けられながら――――愛されたい。

 

「ん~? はれ? 青娥だー」

 

「おはよう、芳香ちゃん。ねえ、芳香ちゃん亡霊さん美味しかった?」

 

「あいつか? 美味しかった!!」

 

 無邪気に笑うこの子の頭を撫でる。

 

「ねえ、もっとも食べたくない?」

 

 亡霊ならば、仙術で再生もできる。

 

「うん、食べる!! 食べたい!!」

 

 なら、頑張って貰おう。

 胴体は渡せないけど、手足ならね。

 

「あの殺気に合うのは、絞首プレイがいいかも。絞めるのも、絞められるのも。次は首に噛み付かれながら……ああ、楽しみだわ」

 

 きっと、楽しい。きっと、嬉しい。きっと、私を――――。




「面白い運命が見えそうだわ」

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