東方亡霊侍   作:泥の魅夜行

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亡霊さん、断る

「断る」

 

 私は彼女の願いを拒否した。

 

「あら、振られてしましましたわ。青娥泣いてしまいそう」

 

 私から離れ、手で顔を覆った。

 

「泣いているだけならまだ可愛げがあろうよ。本気ならな」

 

 本気で泣いてなどいない、言葉だけのものだ。

 

「それに、主は涙さえも武器にする。自分さえよければそれでいい。そういう類のモノだろう?」

 

「あらひどい。それでは私が悪女のようではありませんか」

 

ああ、その通りだ。まさしく、――――とは対極だ。

 

「……っ!?」

 

「あら、どうかしましたか?」

 

 私は今、誰を想った? 無意識にこの女と誰かを比較した?

 

「いや、何でもない。できれば、この辺でお開きにしたいのだが」

 

「嫌」

 

 私の提案を両断し、再び身を更に寄せて来た。

 

「私は貴方が気に入ったのよ? 絶対に手に入れるんだもん」

 

「生憎、私は自分の未練を探していて、見つかればすぐさま成仏の予定だ」

 

「なら、簡単な解決法がありますわ。私のモノになって、ずっと私の隣にいる」

 

 何と言うか、私の話を聞いてない。私の意思を全て無視している。

 青娥がさらに身を寄せてくる。妙な匂いに鼻がツンとした。

 

「ああ……甘美な匂い。穢れない魂の濃厚な匂い」

 

 頬をゆっくりとした手つきで触り、首筋に顔を埋めて来る。

 青娥の手が私の腹部を軽く撫で始める。

 何故か離れる事が出来なかった。

 拒否することも出来ず意識が浮いているような浮遊感に襲われた。

 青娥は手の動きを止めない、柔らかく優しい手つきで私の体を触る。

 腹から横腹に進み、足の付け根に、頬を出ていた手は背中へ回される。

 

「あぁ……温かい、美味しい」

 

 首に顔を埋めた青娥が舌を出して、私の首筋を舐めた。 

 私の背筋がゾクリ、と反応した。

 はっ、として私は浮いてるような感覚から、地へと引き戻される。

 思考が動く。私は何をしていた!?

 彼女を拒めず、為すがままにされていた。

 反射的に私は青娥の手を掴み離す。

 

「ああん、意外と乱暴がお好きかしら?」

 

「今、私に何をしようとした。いや、先程の行為もだ。何故、私は主を拒めない? いや、拒もうとする事すら思い浮かばなかった。思考が浮いたような感覚で、複雑な事が考えられなかった。何をした?」

 

「あら、気づいてしまわれましたか。そう怒らないでください。ほら、甘い匂いがしません?」

 

 軽く息を吸うと、確かに不快にならない心地が良くなる匂いがする。

 甘いと言うのは、まだ解らない感覚だがこれが、甘い匂いか。

 

「そして、その効力が全身に回るには十分な時間ですわ」

 

「主……ッ!?」

 

 離れようとしてガクリと力が抜ける。私の意思を無視して膝が折れた。

 地面に無抵抗でうつ伏せに倒れ込んだ。

 力が入らない、何だこの可笑しな感覚は!?

 思考はしっかりしている。だが、体中に力が入らない。

 だが、痛みは感じない。感じるのは、綿で軽く縛れているような感覚。

 体を動かそうとすると倦怠感ですぐに体が地面へ落ちる。

 

「人を癒す香りは効き過ぎると相手から力を奪うのですわ。動きたい、でもこの倦怠に身を置いて置きたいそんな風に」

 

「……ぁ……くぁ……」

 

 言葉も出す事が出来ない私を青娥はうつ伏せから、仰向けにした。

 青娥の表情が見え、その頬は朱色に染まり上気し、笑っている。

 服を着崩し、四つん這いで私に乗りると、顔を近づけて来る。

 

「ん…ぁ……ちゅぅ………ちゅる」

 

 舐める。体を密着させて、私の顔を舐め、啄んでくる。唾液で頬が濡れて気持ちが悪い。

 鼻の頭を吸い、唾液で濡れた私の頬に指を軽く押し付けて揉む。

 

「…………ぁ……せ」

 

 離せと口にしるが、声は殆ど出ていない。

 

「ふふ、離せ、かしら? 大丈夫よ」

 

 何がだ。この邪仙は何がしたい? 

 足を絡ませ、右手を私の腹部に置いた。

 その光景は衝撃的だった。

 私の体に青娥の手が吸い込まれている。

 いや違う、これは青娥の手が体へ入って来ている。

 まず、指が入る。次に手の根本、ゆっくりと手首まで沼に沈める様に私の中に侵入する。

 痛みは無い。抵抗できずただされるがままの自分に苛立ちが募る。

 

「怒らないで、ほら」

 

「くぁ!?」

 

 何だ!? 今青娥の手は何を掴んだ!? 本質を鷲掴みされたような。 

 

「今触れたのは貴方の魂よ、亡霊さん。むき出しの霊だから生身より掴みやすいのよ。ほら、こうやって弄って捏ねて、ふふふ魂を掴まれる気分はどう?」

 

 最悪だっ!

 睨む。声が出せない事をこれ程悔やむことになるとは。

 

「ああ、魂を掴んでいると貴方を支配しているようでとてもいい心地。もしかすると魂に刺激を与えれば名前も分かるのでは無いですか? でも、その前に――――」

 

 青娥が顔を寄せ、顔と顔の距離はゆっくりと縮まり唇に青娥の人差し指が触れる。

 

「私のモノにしませんと」

 

 薄く笑うその表情が、何よりもおぞましい。

 これで、終わりか? こんな一日も経たずに私の旅は終わるのか。

 嫌だ。駄目だ。私は、こんな終わりを認めない。断じて……断じて認めない!!

 ――――とは誰だ。それを知るまでは、私の未練が消えるまでは――――!!!!

 離れろ。触れるな。主は私から、

 

「『離れろ』!!」

 

 力の限りに叫んだ私の声に反応するかのように私の上に居た青娥が飛んだ。

 自分から飛んだようではなかった。まるで、見えない人間に押されたように飛ばされた飛び方だった。

 

「今のは……」

 

 まさか、私の言葉によって起こった出来事なのか? 亡霊の呪術でも使える様になったのか、私は?

 そして僅かだが、体に力が入る。怠惰感はまだある。それ以外に胸が詰まったような息苦しさを感じる。

 

「痛い……な」 

 

 状態を起こして、猫背の格好で青娥を見た。

 飛ばされた青娥は無傷だ。

 先程の『離れろ』と言う言葉通りなら、私から文字通り離れただけなのだろう。

 若干、勢いのある離れ方だったが。

 

「これは貴方の能力? ……ふふふ、あはははは!! 力も持っている何てますます素敵。是が非でも私のモノにしたいですわ」

 

 内心、舌打ちをした。

 これで、一度考え直してくれればよかったものをますますやる気にさせてしまった。まったく、私の力よ、もう少し役に立たずで、この悪女を追い払う力であってくれれば。……自分で言っておいてよくわからん力だな。

 

「帰って貰えぬか? この力、際限が効かずに主を殺してしまうかもしれん」

 

 嘘だ。自分ですら分からない力だ。

 ハッタリ以外の何物でもないが、少しでも警戒してくれれば、今日の所は帰るかも知れぬ。

 

「あら? 私は力が入らず、思考を鈍らせるだけの術を使ったのに、何故貴方はそんなに息をきらしているのかしら? もしかして、その力のせいなのかしら?」

 

「……ッ」

 

 ……無駄か。どうする? 言葉一つでこの息切れと辛さ。しかも、力の全容が把握できない。

 

「ハッタリは無駄ですわ。こう見えて仙人としても実力があるのですよ。私と貴方では実力が違うのです」

 

「だが、主に屈服するわけにもいかんのだ!! 『砕けろ』!!」

 

 先程は青娥が離れろと強く願った。あれが発動の条件ならば、先程と同じように強く願い言葉にすれば力が使えるかもしれぬ。

 私の予想は当たった。だが、その力は青娥の少し横の地面で発動し、地面を砕いた。

 

「あら、怖い。使えることが出来ても、使いこなすことが出来ないようですわね」

 

「次は当てる……失せろ」

 

 掠れた声だった。今、私の胸の内側が殴られているような痛みが発生してる。

 視界がブレて、青娥が二重三重に見える。

 これでもう一度使えば、意識を保つ自信が無い。

 

「ふふふ、なら、当ててみましたら? 殿方からの傷を付けて貰うなんて……とても興奮します」

 

「…………」

 

 顔を上気させた青娥だが、私としては正直これ以上ないくらい距離を取りたい。

 動け!! なんか妙な性癖持ってるぞあの悪女!! 痛い! 体が動かぬ!! 当たり前か!!

 

「来ないならこちらから」

 

 近づいて来る青娥。使えるのは後一度。外せば、私の負けだ。

 

「さあ、どうします? 助けでも求めますか?」

 

 そんな呼べば来る程、都合の良い者がいるか。

 だが、その者は突如現れた。

 風が私と青娥の間を通る。そして、彼女は風と共にやって来た。

 桃色の髪を靡かせ、右腕に包帯を巻いたその女性だった。

 

「貴女は!?」

 

「美しい月に誘われて、邪仙が現れましたか。人を邪淫に誘うその所業、見つけてしまった以上は見過ごす事は出来ません!!」

 

 女性は掌底を勢いよく、青娥に放つ。

 突然の奇襲と近距離だったせいもあり、青娥は真正面から掌底を受けると、後方へと跳ね飛ばされた。

 

「大丈夫ですか!? 貴方は……亡霊!?」

 

 私を人と思い、救ったのだろう。

 だが、彼女は一度目を瞑り、そして開くと私の肩を掴み自身へ抱き寄せた。

 

「事情は後で詳しく聞きます。逃げますよ」

 

「……すまぬ」

 

 女性は口に指を咥えると、笛のような音を鳴らした。

 すると、空からそれは巨大な鳥が降りて来た。

 

「久米!!」

 

 私を抱え、女性は久米と呼んだ、巨鳥の背に乗った。

 

「逃がしませんわ!!」

 

 飛び立とうとする私達の耳に入るのは、青娥の声だ。

 先程の一撃はかなりの威力のはずだ。だが、青娥は既にこちらへと飛んでくる。

 

「茨木華扇、私の邪魔はしないでくださいませんか?」

 

「断る。どういう理由だろうと、邪仙の企みを無視する程落ちぶれてはいない」

 

「そう、なら痛い目に合って貰いますわ」

 

 何かする気だ。青娥が何をするかは皆目見当つかぬが、碌な事では無いだろう。

 まだ、痛みはある。しかし、まだ何もしていない今だからこそ、何かを仕出かす前に止める事が出来る。

 青娥が自身の髪に差していた簪を手に取った。

 今だ!! 今しかない!!

 体から残る力を吐き出す様に、青娥への敵意を込めて私は叫んだ。

 

「『斬れろぉぉぉぉぉぉ!!!!』」

 

「何をッ!?」

 

 華扇の疑問より先に結果は出ていた。

 甲高い金属音のような音が聞こえ、

 

「え……」

 

 簪を持つ青娥の手首が斬れた。

 完全に斬れた訳では無い。だが皮の一枚程で繋がっているか、いないか、そんな腕では簪は持てるはずが無かった。

 コトン、と音を立てて簪が地に落ちる。

 

「は……や……ッ…………く!!」

 

 激痛だ。全身が砕かれるような痛みが断続的に起こり、呼吸が上手くいかない。

 だが、声は届いたようだ。

 

「え、ええ!! 久米飛んで!!」

 

 彼女が命じて、鳥は私達を乗せて大空高く飛び上がった。

 空に浮かぶ月を見ながら、私は痛みに耐えれず目を閉じて、暗闇に飲み込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 血。

 

「……あは」

 

 流血。

 

「…………あはは」

 

 痛い。痛くてしょうがない。

 だけど……良い。

 

「…………あはははははははははははは!!!!」

 

 ああ、なんて甘美な痛み。

 彼が送った殺気と敵意の言葉は私の手を切り裂いた。

 先程まで為すがままの彼が発したあの感情は大きさ、その激しさとうねりに思わず、ゾクリとしてしまった。

 斬られてもいい。この体を切り裂いて。貴方の感情の赴くままに私を切り刻んで。

 そう思ってしまった程、真っ直ぐで純粋で心地の良い殺気だった。

 

「斬られてもいいなんて、心地の良い殺気なんて……初めての思いましたわ」

 

 ああ、もう駄目だ。体の昂りが抑えれない。

 

「欲しい……」

 

 欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しいッッッ!!!!!!!!

 もう一度いえ、何度も何度も何度も!! あの殺気を敵意を私へ向けて!!

 そして、そんな彼から溢れ出す愛情はどれ程のモノなのかしら。

 私に向ける愛憎。私だけに向ける愛憎。

 想像し、打ち震え、不覚にも達してしまった。

 

「必ず……全てを、愛も憎も意思も魂も私だけに向けて、私だけを見て貰いますわ」

 

 ねえ、素敵な亡霊さん♪

 




「この方は一体……」

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