東方亡霊侍   作:泥の魅夜行

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亡霊さん、欲しがられる

とくに変わった所は無い。

 結界を潜ったと言ってもそんなに大袈裟な事も無く、唯、三歩程歩いただけだ。

 しかし、下がってみると固い壁に阻まれて戻る事が出来ない。

 

「行きはよいよい帰りはこわい。では無く、帰れないようだな」

 

 そんな事を言いつつ、私は周囲を見る。

 外の世界より、力を感じると言うのだろうか。強い気配や生命力を感じる。

 

「そういえば、亡霊は食べられるのだろうか?」

 

 この幻想郷は八雲姫曰く、妖怪も神もいる、という話だ。

 その中で妖怪は人間を餌にすることは知っている。

 ならば、亡霊を食べるものは居るのだろうか?

 

「食べられる訳にはいかないのだがな」

 

 そんな者と出会わない事を祈りつつ、私は歩くことにした。

 暫く歩いていると森を抜けた。妖怪に出会う事が無くほっと胸を撫で降ろすが、そうもいかないらしい。

 森を超えると見えて来たのは紫の桜。

 不味いな。あれは不味いと私は直感的に理解した。いや、桜だけでは無くこの場所自体に留まるのが私にとって不都合な気がしてならない。

 私はこの桜のある場所を大回りで進むことにした。

 歩きながら観察したのだが、この辺りには人魂のような物が多くいる。

 その全てが皆、奥へと進んでいく。

 

「あの先は……三途の川にでも続いているのかもしれないな」

 

 魂の行く場所。私もいつかは行かなければならないのだろうが、生憎今は逝くわけにはいかない。

 紫の桜の木々とは反対の方向に向かって進む。暫くすると、先程の紫の桜とは、また違った雰囲気の森が現れた。

 

「ここも危ない気がするが」

 

 東の空を見れば太陽が昇っている日中ならば妖怪も活発には動かないだろうと私は予想した。

 

「朝なのに動く亡霊の私が言う事でもないか」

 

 森へと足を進めていると前方から此方へ歩いて来る人影が見えた。

 その影人影は少女だった。

 八雲姫と同じく金色の髪だが、彼女とは違い短く切りそろえてある。服も見た事の無い類の物だがとても似合っている。少女の周りには少女と同じ髪の色をした小さな人形が浮いている。

 

「あら? どちら様? この先に進むのはおススメしないわよ?」

 

「私は……」

 

 そこで私は気づいた。

 私の名前が無いことに。

 何と言う事だ。考えてみれば八雲姫も私の事は亡霊の殿方としか呼んでいない。名前が無いと言うのは些か不便だ。このように誰かと会ったときのように。

 

「どうしたの? と言うか、貴方妖怪……? 可笑しな格好しているし」

 

「いや、亡霊だ。生前の記憶が無く、しかも先程動けるようになったばかりで生憎名乗れる名前が無く、名乗ることが出来ない」

 

「そうなの? じゃあ、自分の姿も確認してないのね?」

 

「済まないが私の格好はそんなに変なのだろうか?」

 

 着ている服は薄汚れてこそいるが、羽織、袴と知識にある一般的な和服で問題は無い気がするが。

 

「服じゃ……少し汚れてるけど違うわ。ちょっと失礼」

 

 そう言って彼女は近づき私の髪の毛に触れた。

 

「はら、これ」

 

 少女が私に見せたのは私の髪の毛に張り付いてる御札だった。

 少女が持っている一束の髪の毛の上から下までどういう原理かは解らぬが、兎に角髪の毛にびっしりと札が付いていた。

 

「呪われてると全力で主張しているように見えるわよ? 巫女に出会ったら問答無用で封印か消滅でも文句は言えないわね」

 

「何と……どうにか出来ないか?」

 

 言いつつ、髪の毛に付いている御札を取ろうとするが結んでいるわけでもなく、髪にくっ付いているだけの御札は取ることは出来なかった。

 

「東洋の術は専門外なの。それに亡霊に効くかもわからないわ」

 

「そうか。いや済まない、初対面の嬢に頼るなど。兎も角助かった。自分の姿が確認できただけ有難いことだ」

 

「別に気にしないでいいわ。私が気になっただけよ。ついでに聞きたいのだけどこれからどこへ行くの?」

 

「自分の未練を探しに。見つからないならそれまでだがね」

 

「呆れた。ヒントも何もないのに探すの?」

 

「ひんと?」

 

「あ、手掛かりよ。それも無いのに自分を探すなんて、そもそも此処にあるの?」

 

 尤もな言葉だ。この幻想郷と言う世界にあるのかもわからない。

 

「その通りだが、こうして動いて世界を見れるだけでも有難いさ。昨日まで動く事すら出来ない身の上だったからね」

 

「私の勝手な意見だから忘れていいわよ。後、私は嬢じゃなくてアリス・マーガトロイド。アリスでは良いわ。後ろの魔法の森に棲んでる魔法使いよ」

 

「魔法……?」

 

 一瞬、だけだが私の体はざわついた。

 何だ? 私は魔法と言う言葉に反応したのか?

 

「そう、この人形を操る魔法を使うのよ」

 

 そう言うと人形が私の周りを回る。

 シャンハーイ!!、ホウラーイ!! と楽しそうに声を叫びながら踊り始めた。

 

「凄いな。初めて見る術だ。生きているのか?」

 

「残念だけど半分は私が操作してるのよ。っと、そろそろ行かないと。ねえ、亡霊さん。良かったら、森の出口まで一緒に行かない?」

 

「いいのか? 私は亡霊だぞ?」

 

「ここじゃ、亡霊は珍しくないわよ。むしろ、こうやって落ち着いて話が出来る事に吃驚してるわ。知人は話を聞かない奴が多いから、あはは」

 

 どこか遠い目で語るアリスの姿は悲しげだった。

 周囲の人形が頭を撫でて慰めているが、あまり効果は無いみたいだ。

 

「分かった。すまないが、道案内を頼む。八雲姫に幻想郷については聞いたが、地理については聞き忘れていた」

 

 アリスが行き成り此方を別の生物でも見るような目で見た。

 

「や、やくもひめ? な、何それ?」

 

「ああ、八雲紫殿の事だ。姫は女性の美称だから、そう呼んでいる。彼女に似合っているし、何も解らない私に親切にしてくれたのでな敬意を込めて……どうした?」

 

「……ッ、ぷ……ぁはは!! い、いやなんでも無いわ……くッ……はは!!」

 

 お腹を押さえて、顔を隠してアリスが答えるるが、どうしたのだろう?

 似たような事を八雲姫もやっていたが、こういうのが幻想郷では流行っているのか。

 

「いいわ。最高よ……ぷっくく!! 魔理沙と霊夢が聞いたら何てリアクション……あははは!!」

 

 アリスは目尻に涙を浮かべ、私の背中を叩きながら魔法の森を案内した。

 時折、思い出すかのように笑っていたのが、そんなに可笑しなことだったのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 魔法の森の出口でアリスと別れ、再び当ても無く歩くいている。

 

「……魔法か。あの時、自分の奥底がざわついた気がしたが」

 

 生前、私は魔法と縁があったと、仮定するならばもう一度何か魔法を見れば思い出すのかも知れない。

 

「まずは魔法使いを訪ねてみるか。それと、名前だな」

 

 何時までも亡霊さんと呼ばれるのも複雑な気分だ。生前の名前が思い出せるまでの名前を考えるとしよう。

 

「さて、何がいいかな? ナナシ……は少し安直過ぎるな。そもそも名前無いと宣言しているような物だ」

 

 周囲の木々や草花からとってみるかと考えるが、草花の名前が解らない。

 どうしたものか、そう考えながら私は歩きながら考える。

 そのやって考えることに集中していたせいか、足が何か固い物にぶつかり躓いてしまった。

 

「おわっ!?」

 

 地面に顔がぶつかる前に手を付いて事なきを得たが、上の方から何やら強い圧迫感を感じた。

 自分の周りが影に隠れ、何事かと私は顔を上げた。

 視界に映ったのはクワだったり用途の解らない大量の道具の数々だった。

 

 

 

 

 

 

「すまぬ」

 

「いやいや、あんなになるまで何もしなかった僕も悪いよ」

 

 魔法の森の近くに建っている『香霖堂』と言う店の店主に謝罪をしていた。

 先程の道具の数々はこの店主の森近霖之助殿が集めた商品で、私はそれに足を引っ掛け転んでしまったのだ。その倒れた振動で積み上げていた商品が崩れて私はさっきまでその商品の山に埋もれていた。

 

「しかし、亡霊と言う者は頭にクワが刺さっても大丈夫なのかい?」

 

「大丈夫だが、痛みはある。大丈夫そうだが、もう一度喰らいたいとは思わないが」

 

「それもそうだね」

 

 森近殿に出されたお茶を飲む。

 美味い。記憶は無いので初めてのお茶、と言うより飲食だ。

 亡霊は食わなくても死ぬことがない、と八雲姫から言われたが、こうやって飲んでみると感動した。同時に食事と言うのもしてみたいと言う、願望も生まれた。

 

「大丈夫かい? 泣いているけど」

 

「……ッ! と、すまん。飲むと言う行為とお茶の味に感動していた。とても美味しいお茶だ。ありがとう」

 

 無意識に泣いてしまったか。これでは食事をしたら号泣するかもしれん。

 

「ははは、それくらいならいくらでもお変わりしてもいいよ」

 

「もう一杯頼む!」

 

「ああ、いいよ。そうだ、君は亡霊だと言ったね。これからどうするんだい? あ、僕を呪うのは勘弁して欲しい。まだ、命は惜しい方でね」

 

 君か、やはり早急に名前を決めた方が良いな。

 

「呪う方法なんて私は知らんよ。私が此処に来たのは自分の未練を、それを無くして成仏したいのだが、その未練が解らなくてな。適当に歩くだけだったが、ひんと、を幸運にもアリスから貰った」

 

「へえ、彼女と知り合っていたのか。で、そのヒントはどんな……っと、失礼だったね。どうも好奇心が強くてね」

 

「別に言いたくない類の話では無い。むしろ、情報を得たい、森近殿。貴殿の知り合いに魔法使いはいるだろうか?」

 

「いるね」

 

 おお、幸運だ。亡霊にも運と言う物があるかは知らないが。

 

「その方の魔法を見せて貰える事は出来るか? 小さな奴でもいい。どうも魔法と言う言葉を聞いた時に心がざわつく感じがしたのだ。もしかしたら、生前魔法と関わっていたのかもしれない」

 

ふむ、と森近殿が顎に手を当てて視線を落とすが、すぐに私の方を見た。

 

「彼女なら喜んで自分の魔法を見せてくれるだろうさ。何分、派手好きな性分でね。しかし、何時ここに来るかは……」

 

「そうか……済まないが来るまで近くで待たせて貰ってもいいだろうか?」

 

「良いけど……何時になるか解らないよ?」

 

「問題は無い。今までの動けなかった時間よりは短いだろう? それなら短い筈だ。なに、地面に埋まっていたから野宿も大丈夫だろう」

 

 どれくらいかは解らないが私が独りだった時間よりは短い、それくらい短い事は解る。

 

「……魔理沙を呼んでこようか?」

 

「? 別に待つのは得意だ。その方にも用事があるだろう? 無理強いは出来ない」

 

「これ程、速く魔理沙が来て欲しいと思ったことは無いよ。」

 

「……?」

 

 何故、肩で息を吐くのだ? 森近殿は?

 

「部屋を貸すから、野宿は勘弁してくれないか? 店の近くで野宿されると流石に胸が痛む」

 

「いいのか? 別に野宿で構わないのだが」

 

「君も中々に変わっているよ」

 

 埋まっていたからな。

 

 

 

 

 

 結局、森近殿の家に魔理沙殿は来ることは無く、私は森近殿の好意に甘えて森近殿の店の一室に泊まる事になった。

 しかし、此処で問題が発生した。

 

「……眠れん」

 

 眠る。生きている者が休息を得るための行為なのだが、睡眠自体初体験の私にはどうすれば眠れるのか解らなかった。眠ると言うのが目を瞑り睡魔に身を任せると言うのは、解るがその睡魔が来ない。

 そもそも、疲労を取る為に睡眠と言う休息をする訳だが、疲労と言うのが解らなかったのだ。そもそも亡霊に疲労があるかも怪しい。

 

「外にでも出るか」

 

 森近殿を起こさぬように物音を立てずに外へ出る。

 夜も初めて見るが、月や星と言った夜景もまた美しかった。

 

「人はこの景色を当たり前に見ているのか。成程、羨ましい限りだ。そうは思わぬか?」

 

 私は周囲に生えた木の一本に寄りかかる人物へと問いかけた。

 

「あらあら、気づかれてましたか」

 

 そう言って木の陰から出て来た者が月明かりに照らされてその姿を見せる。

 

「なんとなくだ」

 

「ふふ、面白い人ですね。初めまして、亡霊さん。私は霍青娥。仙術を少々齧っている者ですわ」

 

 そう言って女性は私に挨拶をしてきた。

 女性は綺麗な青い髪をしていた。後ろ髪を変わった簪で結ったのが特徴的だ。その青い髪の毛に合わせる様に青い服を着ている。全身が青で統一され、彼女が纏うように着ている半透明の羽衣、そして、足が地面より離れ浮いている。まさしく普通では無い事が証明された。

 

「初めまして、霍青娥殿。生憎名乗る名を持っていなくてな。名乗りたくとも名乗れない」

 

 そう言うと、彼女はまるで役者の様に大袈裟に項垂れた。

 

「ああ、何という事でしょう! 貴方のような者が名乗る名を失ってしまうとは!! 可哀想に。とてもとても可哀想……!」

 

 言葉だけなら私に同情しているのだろう。しかし、彼女の目にそんなモノは無い。むしろ、都合が良いとさえ思っているようだ。

 

「……率直に聞くが何用だ? 私に声を掛けたのは共に空を眺める為ではないだろう」

 

「ええ、その通りですわ。この辺りを散歩していましたら、とてもとても上質な魂の気配を見つけまして。気配を辿っていくと、貴方が居たのですわ。その時の私の心情は……この想いをなんと例えましょうか!? 亡霊でありながら恨み辛みを持たぬ無垢なる魂はさながら、穢れを知らぬ乙女のそれ……っ!」

 

 大仰に手を広げ演説の様に彼女は言葉を紡いだ。

 

「まるで、あの子を見つけてた時の様……この霍青娥、久方振りに舞い上がってしまいますわ」

 

「そうか、つまりどういうことだ?」

 

 彼女が喜んでいることは理解できるが、何故喜んでいるのかが不明だ。自らの名すら持っていない亡霊一匹見つけただけではないか。

 そんな私の心情を知ってか知らずか彼女は説明してくれた。

 

「亡霊は基本的に恨み辛みを持っていますわ。何せ、亡霊は死んだことを認めたくない。ある理由で死にきれないから亡霊になるのです。その殆どは、憎しみと言った負の感情によって出来ている。そうでしょう? 世の中、正の感情よりも負の感情の方を持って死ぬ方が多い。貧困、飢餓、戦争、病気その他諸々。その亡霊の中で誰かを護りたい。死してなお護りたい。そんな思いを持って亡霊となる者は本当にごく少数。そして、その魂はとてもとても綺麗で美しいの……」

 

 汚したくなるくらい。

 嗤いながら彼女が呟いた。

 彼女、霍青娥殿と私の距離はいつの間にか無くなっていた。目と鼻の先に顔が触れ合う距離で彼女は真っ直ぐに私の目を見る。彼女の手は、ゆっくりと、逃がさぬように、私を包んでいく。  

 

「ねえ、名無しの亡霊さん。私のモノになってくれませんか? 私ね、貴方の全部が欲しいの」

 

 親に強請る子供の様に彼女は私の胸元で私を欲しがった。 




「なんて綺麗な魂、欲しいわ……」

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