東方亡霊侍   作:泥の魅夜行

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加持丸さん、彼女と入道との会合

 食料を包み、懐へ入れる。

 遠出の為の服へ着替え、腰に刀を差す。

 木刀では無い、真剣だ。

 かつて自分が使っていた刀。

 遠出の支度を整え、息を吐いて外へ出た。

 門には寅丸様と聖先生。

 

「行って参ります」

 

 先生が頷いた。

 

「頼みますね、加持丸」

 

 はい、と頷き自分が高揚しているを自覚した。

 初めて、先生に頼まれた仕事だ。

 

「忘れ物は無いですか? 御飯も忘れてませんね? いいですか、危ないならすぐに引くんですよ?」

 

「寅丸様、大丈夫ですって」

 

 かなり心配されているが、不快じゃない。

 正体不明の妖怪を探し、場合によっては退治することになる。

 その妖怪が鬼、もしくは都の鵺、花の大妖怪と言った存在かもしれないのだ。

 

「引き際は心掛けてますよ。それに寅丸様との修行の方が怖いですから」

 

「な! どういうことですか!?」

 

 怒り出した寅丸様の横を走って通り過ぎる。

 眼下の階段を飛び下りながら手を振った。

 

「行ってきまーす!!」

 

 うん、こっちの方がしっくりくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、まずは噂を確かめないといけないが」

 

 視線の先には山の麓の村。

 人と喋る事も出来るようになった。

 だが、村を見る度、その中へ入る度あの狂気と飢えに満ちた目を思い出す。

 夢に怯え泣き出す子供では無い。世間では元服する歳でもある。

 気分が不快になる程度だ。

 それでも、嫌な気分には変わりない。

 噂の出所や妖怪が現れる場所を探す為に我慢しよう。

 それに、先生からの頼みならばこれくらい苦では無い。

 先生のお供でこの村にも来たことがある。

 多少顔見知りの者も居るので、初対面の者よりも大分気が楽だ。 

 村の門番へ一礼して、村へと入る。

 この時期は田植えの時期か。

 水田で田植えをしている者が多い。

 此方に気付いたのか手を振っている人、手を振り返し村の中心進む。

 

「あー、正体不明の妖怪ねぇ。え、この辺りにでるのか?」

 

「噂の妖怪? 何でも山より大きいらしいじゃない」

 

「ありゃ鵺じゃ! 鵺に決まっとる!」

 

 顔見知りや、飯屋でそれと無く聞いたが確固とした話は無かった。

 しかし、鵺か。

 先程、爺さんが騒いでいた。

 都で暴れてるあの妖怪が此処まで来るだろうか?

 妖怪には常識は通用しない。

 最低限、鵺であるかもと考えて置こう。

 

「……じー」

 

「…………なんだ?」

 

 先程から俺の後に付いて来る子供。

 恐らくこの村の子供だろう。

 

「おっちゃん」

 

「お兄ちゃんだ」

 

「鬼ちゃん」

 

「一応、人間なのだが」

 

「兄ちゃん、何してんだ?」

 

 子供の純粋な眼差し、子供に聞いても意味が無いだろうが、まあ休憩ついでに話してみるか。

 

「今、この辺りに出るらしい大きな妖怪を探してるんだ」

 

 すると、子供は、あ、と声を上げた。

 

「知ってる! おら知ってる! あのお山で妖怪みた!」

 

「待て、君は無事だったのか?」

 

「うん、助けてもらった」

 

 助け? この辺には陰陽師も退治の専門家もいなかったはずだ。

 

「きれーなおねーちゃんに助けてもらった! 熊みたいなの追い払った」

 

 情報が増えたな。大きな妖怪にこの近くの山に現れた女か。

 ありがとう、と子供の頭を撫で、山を見る。

 行ってみるか。

 実際に見て確かめるしかないだろう。

 そう思っていたが山へ向かっていると村の者から止められる。

 どうやら夜な夜な山から声が雄叫びが最近、聞こえ始めたらしい。

 村人は皆、異様に怖がって口々にやめろと言ってくる。

 とはいえ、俺が此処へ来たのは噂の妖怪を追い払い、事にとっては退治することだ。

 危険など承知の上。

 村人の声を無視してそのままの足で山中へ入ったが、山の中は驚くほど静かだった。

 否、静かすぎた。

 鳥の無く声すら聞こえない。

 風が靡き、草が揺れる音、一見すれば豊かな森だが、ここまで異様に静まり返っていると不気味だ。

 生きているようで死んでいる。そんな感想を抱いた。

 日は傾き、夜が地下付いて来る。

 人の時間から魑魅魍魎の時間へと変わっていく。

 

「火を焚くか」

 

 その雄叫びが夜に響くなら、今夜この火に元に来るかもしれない。

 薪を集め、俺は日が落ちるのをじっと待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日が暮れた。灯となるのは轟々と燃えている小さな焚火と空の満月と星の僅かな光。

 火に炙られた木が割れる音のみが響く。

 可笑しい。遠吠えすらこの森から聞こえない。

 明らかな異常だと漸く俺は理解する。

 その時、音がした。

 焚火からの音では無い、此方に近づいて来る足音。

 腰に差した刀に手を掛ける。

 音は焚火を挟んで正面から聞こえて来る。

 動く影が燃えて瞬間、刀を鞘ごと影に突きつける。

 

「「何者だ!」」

 

 何? 声が重なった。

 見れば、白く尖った切っ先が自分の胸に突きつけられていた。

 鞘の先に居たのは、女だ。

 青い、空のような髪を持った女。

 その髪の下の瞳は鋭く獣のような目をしていた。

 服もまた汚れた布を被っているだけ、まともな人間とは思えない。

 

「妖怪か?」

 

 俺に問いかけた来た。すぐさまどうこうするようでは無いみたいだ。

 

「人間だ。俺としても主が人間か聞きたいところだ」

 

 ゆっくりと胸に突きつけられた切っ先が降ろされる。

 

「……すぐに山を下りろ、死ぬぞ」

 

 そう言って女は背を向ける。

 

「待て、ならば主はどうなのだ? こんな夜にこんな場所で何をしている。主こそ危険だろう」

 

「……私はいいんだよ」

 

 睨むように吐き捨てる言葉。 

 

「何を言っている。そんな事を言われてほっとけるか」

 

 私は引き止める為に彼女の腕を掴む。

 暗く見えなかったが、触れた箇所に、そして手の甲に傷があるのが分かった。

 

「うるさい! 離せ!!」

 

「貴様こそ五月蠅い!! 傷だらけではないか!」

 

 伊達に先生と暮らしていた訳では無い。

 先生の、仏教の教えもしっかりと習っている。

 

「傷の手当てをさせろ。それが終われば好きにしろ、いいな」

 

「……何だよお前」

 

「人に名前を尋ねるなら自分から……まあ、いいか。加持丸。俺は加持丸だ」

 

「……一輪」

 

「そうか、では一輪そこに座れ。薬をつける」

 

 まだ不満顔の一輪を私の座っていた場所に座らせ、命蓮寺より持って来た包みを開き、水を掛け傷薬を一輪の腕へ付ける。

 

「いた! 痛いぞ、これ。大丈夫なんだろうな」

 

 睨む一輪を無視して傷口に薬を塗る。

 傷は最近出来た物もあればかなり前に出来た物もある。

 手の傷は、恐らく打撃によって出来た傷だ。

 一体彼女にどういう経緯があったのか気にある所だが、詮索はしない。

 

「心配ない、先生の特製の物だ。俺も怪我をしたらこれを塗った。主の様に痛がったりはしてないが」

 

 その言葉に怒ったのかそっぽを向く。

 

「村の子供を救ったのは主か?」

 

「ああ、あの子供か。別に子供の死体が見たくなかっただけだよ」

 

「そうか。でも、主が助けて子供は嬉しそうだったよ。誇らしく助けて貰った、と」

 

 目を逸らす一輪。本人は嫌々やったように言うが、照れ隠しだな。頬が赤い。

 

「さ、出来たぞ。古傷は完全には治らないが、それでも目立たなくなるだろう」

 

「……ありがとう。なあ、お前は何でこんなことをする? こんなのまた傷が出来るだけだ」

 

「四無量心」

 

「はい?」

 

「さてな、ただの俺のおせっかいだ。気にするな」

 

 一輪は不満そうな顔をしながらも、あらがと、と言って暗闇へ歩いていった。

 

「さて……」

 

 追いかけるか。

 どんあ理由があるにせよ。この可笑しな森で女一人と言うのはどうも変だ。なによりも、心配だ。

 瞬間だ、一輪の消えた闇から大きな破壊の音が森に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 松明を持って、一輪のいる方向へと走る。

 火によって見えたのは、木をその拳で砕いた一輪だった。

 

「な、何を一輪!!」

 

「……っ!? お前……! 避けろ!!」

 

 空を切る音が背後から聞こえる。

 反射的に頭を下げたのは正しい判断で、そしてかなりの危機だと理解する。

 頭上を巨大な拳が過った。

 頭を下げ、地面を滑るように前に跳んで、一輪の横に止まる。

 

「馬鹿!! なんで来た!?」

 

「主が心配だからだ」

 

「……っ! このボケ!」

 

 続いて木々を倒しながら、先程の巨碗が真っ直ぐに此方に飛んでくる。

 俺は左に、一輪は右へと跳び避ける。

 木々はまるで紙のように引き裂かれた痕を作る。

 凄まじい破壊力だ。

 

「一輪、こいつは何だ!!」

 

「こいつは敵だ!! 私の!! こいつだけは私が殺す!!」

 

「一輪……?」

 

 彼女から発せられる殺気は尋常では無い。

 あの巨碗と一体何があった。

 考えている暇は無かった。

 松明の明かりに大きな影が出来た。

 上。

 敵がいる。

 あの巨碗の主が、俺達を見下ろしている。

 

「でかいな……」

 

 月と星を隠す様にその巨人はいた。

 全身が蠢いて、その姿は不定型だが、巨碗が二つ、頭が一つのたくましい上半身。

 

「これが、噂の巨大な妖怪か」

 

 俺が呟く横、一輪が妖怪目掛けて走り出した。

 

「待て!! 無茶をするな!!」

 

「ああああああぁぁぁぁ!!!!」

 

 呼びかけの声を無視して彼女は恐ろしい程の速度で走る。

 妖怪が動く。目を凝らして見えると、息を吸っているように見える。

 

「まさか……」

 

 予想が当たる。息を吸った妖怪は一気にため込んだ空気を眼下の自分達に叩き付けて来た。

 

「ぬ……ぐ」

 

 凄まじい風が吹き荒れる。

 松明の火が燃え上がり消える。火の消えた松明を捨てて、体が吹き飛ばぬように体を地面に伏せる。

 

「うっああああ!!」

 

「一輪!!」

 

 暴風によって飛ばされたのだろう。一輪が勢いよく飛んでくる。

 

「ちぃ!」

 

 体を起こし、飛んでくる彼女へ飛びついた。

 風の勢いは強く、二人分の体重すら空へ待った。

 

「がっ!!」

 

 背中を強か打った。恐らく木か何かにぶつけたのだ。

 

「ぐぅ!!」

 

「ぁあ……ごほっ、ごほっ!!」

 

 衝撃が殺せなかったのか、一輪も咳き込んでいる。

 

「大丈、夫か? 一輪……」

 

 声が掠れながらも一輪の安否を問う。

 

「くそぉ、遊びやがってぇ……!」

 

 拳を握り、地面へ叩き付けた。彼女から伝わる尋常では無い怒り。

 

「あいつとはどういう関係だ」

 

 そう質問した。

 

「……あいつが、あの入道が!! 私の村を、母さんを殺した!!」

 

「!!」

 

 声を出そうとしたが出なかった。

 初対面の俺が彼女に何と言えば良い? 慰める事などできやしない。

 なによりも、俺自身は自分の親すら殺したのに。

 

「……」

 

 痛む背中を無視して立ち上がる。

 

「お前、何を、する」

 

「加持丸だ。俺が引きつける。いいな」

 

 返答を聞く前に俺は走り出した。

 暗い。月の光と慣れて来た夜目。そして、直感を頼りに木々の中をすり抜ける。

 速く。一秒よりも速く。

 ふ、っとさらに暗闇が出来た。

 

「見つけたぞ!」

 

 木々の枝を足場に上へ上へと昇る。

 

「……!!」

 

 入道の険しい気配が強くなる。

 木の天辺にてついに入道を見上げた。

 

「待て、なんかさっきより大きなってないか?」

 

「……」

 

 幸い、まだ気が付かれたいないようだ。

 何故、大きなったかは分からぬが先手は打たせて貰う。

 腰の刀の柄を握る。

 これでいいのか。

 ふと、そう思ってしまった。

 自分は怒っている。一輪の、彼女の、家族を奪ったこの入道に。

 だが、怒る権利が俺にはあるのか。

 彼女はこの妖怪を殺すだろう。

 家族の仇。あの傷は、拳の傷は彼女がこれとの戦いか、倒す為の修行で出来たの物だろう。その仇を許せるものでは無い。当たり前だ。

 だが、また殺すのか?

 殺す事を手伝って、それが俺の善行なのか。

 それでいいのか。頭の中に迷いが出た。

 

「糞……」

 

 鈍る。こんな時に、いやこんな時だから。

 視線を感じた。

 見上げればさらに大きなったような入道が此方を見ていた。

 しまった、馬鹿か俺は。自身を叱責して、再び木から木へ飛び移る。

 兎に角攪乱しよう。

 一輪より、俺に意識が向くように。

 

「どうする」

 

 どうするどうするどうするどうするどうする!!

 先生、寅丸様。

 

「っ!」 

 

 また、頼るか。自分でやると言って置いて、また甘えるか加持丸。

 太い木の枝を思いっきり踏み込んだ。

 跳躍。

 下半身は見えない。

 俺がいるのは入道の右のわき腹の下。

 そこで漸く気づいた。この入道の体は雲だ。

 だが、寅丸様との修行、そして、俺自身の力なら雲でも問題ない

 刀を抜き放つが、向きを棟に返す。

 

「峰打ちだ、斬りはしない。『肉体強化』『伸縮・伸』『硬化』」

 

 構え、言葉を紡ぐ、言葉は文字となり、宙を飛んで肉体へ、刀に宿る。

 これが俺の力。言葉を文字し、その意味を肉体や持ち物に宿す力。

 気を付けるべきは、遠くの対象に使えない事だ。飛ばせば十寸も飛ばすことも出来ず力を使い、無理に飛ばせば肉体に激痛が走る。かつての力の暴走で村を殺した時は一日動くことが出来なかった。

 そんな使い方はもうしない。

 体から力が溢れる。

 刀の刀身が伸びて、長さ六十尺。

 伸びた分の重さが手に乗るが、今の俺には少し重い程度。

 

「少し痛いぞ! 我慢しろ」

 

 横へ一閃。空を裂いて勢いよく入道の脇腹へ直撃した。

 

「―――――!!」

 

 入道が大きく左へ仰け反った。

 

「どうだ!?」

 

 刀身を戻し、落ちて行く最中、入道の巨大な肘が右から飛んで来た。

 攻撃の意思を感じ無い。

 恐らく、仰け反って偶々右腕が動いたのだろう。

 偶々でもあろうとその巨体では一つ一つの動作そのものが俺にとっては恐るべき攻撃だ。

 全身に『硬化』と『肉体強化』を纏う。

 

「――――――――っっっ!!!!」

 

 意識が飛んだ。

 凄まじい勢いで飛んでいるのだろう。周りの風景が線にしか見えない。

 木々を体が破壊し、勢いは止まることなく進む。 

 地面を削り体止まる。

 血をくちから吐き出し、刀を支えに立ち上がる。

 やばいな。想像以上に強い妖怪だ。

 

「加持丸!!」

 

「一、輪……何故、来た」 

 

「馬鹿! 自分の心配しろ!!」

 

 一輪が私の体を支えた。

 

「あいつの倒し方を教えてやるから! よく聞けよ!」

 

 耳打ちした私はあの入道の大きさの理由を知る事になった。




「ああ、加持丸は大丈夫でしょうか? 不安です。名付け親として不安です。ああ……」

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