東方亡霊侍   作:泥の魅夜行

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亡霊さん、人里へ行く

「すみませんでした」

 

「まさか、人生で同じ人に二度も土下座されるとはね」

 

 私は今、霖之助殿へ土下座している。

 昨日、紅魔館から帰ろうとして、重大な事に気が付いた。

 ここから香霖堂ってどっちだ?

 そう、私は完全に道が分からなくなっていた。

 妖怪に襲われたり、少しばかり不思議な事もあったが、夜通し歩くことで道に迷いながらも漸く、香霖堂へ這う這うの体で辿り着くことが出来たのが明朝だ。

 

「ともかく、別に僕は気にしてないから顔を上げてくれ」

 

「霖之助どの~!!」

 

 ああ、なんと良い方なのだ。朝ご飯も作ってくれて正直、有難い以外の言葉が無い。

 

「いや、それ作ったの僕じゃないよ」

 

「……青娥?」

 

 嫌な経験が蘇る。御飯は美味しかっただけに怒るに怒れない。

 

「いや、八雲紫だ。ほら、置き手紙」

 

 そう言って膳に乗せられた見るからに美味しそうなご飯と共に紙が一枚添えられていた。

 

『暇なので作ってみました。宜しければお食べ下さい。暇だったからですわ、他意はありません。by八雲紫』

 

「なんと、八雲姫が……礼を言わなければ」

 

 何故か霖之助殿が呆れた目で見てくる。

 

「君は本当にどういう縁を持っているんだい? 妖怪賢者がご飯作るなんて明日にでも幻想郷が滅びるんじゃないか戦々恐々だよ。持って来た九尾の式のこの世の終わりみたいな顔は僕でも引かざるを得ない」

 

「何故? そこまで、皆は驚くのだろう? 八雲姫は良い女性ではないか」

 

「ああ、成程。無知ゆえに、か」

 

「??」

 

「いや、それよりも食べながら話でもしようじゃないか。昨日の鬼ごっこから、朝帰りになった事情をね」

 

 うむ、と頷き、私はご飯を頬張った。

 美味い!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「成程、腕を喰われて、記憶を取り戻して、人魚に運ばれ紅魔館で治療か。中々密度の高い経験だ」

 

「酷く疲れた」

 

 そう言うと霖之助殿が笑う。

 全部は話していない。自身の過去も思いだしたしか言っていない。

 微かに自分の体が震えていた。

 ああ、そうか。怖いのだ。霖之助殿や華仙殿、八雲姫、小野塚殿、皆に私は自分の過去を知られるのが怖い。

 情けない。過去に起こった事は取り返しが付かないし、覆ることは無い。

 最悪だ。最低だ。そう言いつつも、ここへ帰る足を止めることは無かった。

 人殺しが、安息を得るか。そんな声が私をせせらと笑っている。

 

「さて、君はこれからどうするのつもりだい?」

 

「……幻想郷を歩いて回ろうと思う。見つかる見つからないにしろ、私にはそれしかない」

 

「なら、その前に僕の用事のついでに人里へ行かないか?」

 

 人里。幻想郷で人が暮らす事が出来る安全圏だと、八雲姫が言っていた。

 そこは妖怪お入ることが出来るが、一度暴れれば八雲姫が地獄を見せるとも言っていた。

 まさに、人の安全圏だ。

 

「行ってもいいのか? 亡霊は人に悪影響を及ぼすらしいが」

 

「長くいた場合はね。短時間なら特に問題は無いよ。それに悪い事する訳でもないだろう」

 

 当たり前だ。幼き私のような事は絶対にしない。

 

「ああ、そうだ。君との約束漸く果たせそうだよ。人里へ行く前に見ておこうか?」

 

 はて? 私との約束? なにかしただろうか?

 首を捻っていると、霖之助殿が、やれやれと首を振る。

 

「忘れたのかい? まあ、仕方ないか。ほら、最初に出会ったとき君が見たいと言ってた魔法だよ」

 

 背後、店のドアが勢いよく開いた。

 

「おーっす!! こーりん遊びに来たぜー!! 全力でもてなす事を許す!!」

 

「はは、本気も大概にしなさい。あれが、僕の知ってる魔法使い、霧雨魔理沙だ」

 

「ん? お前誰だ?」

 

 三角な被り物と金色の髪。黒と白の変わった服が特徴の嬢がそこにた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほうほう、つまりこの私の魔法が見たい訳だ。いやー、亡霊は見る目があるぜ!!」

 

 背中を叩かれる。

 何と言うか、明るい子だ。口を開けて笑う霧雨殿は、男勝りだが一緒にして心地いい。太陽のような少女だな。

 

「良いぜ! 飛び切り派手なの見せてやる!」

 

 香霖堂の外にて、霧雨殿が懐から取り出したのは掌ほどの大きさの八角形状の物体だ。

 

「それは何だ?」

 

「へへん、これはミニ八卦炉と言って小さな火から攻撃にまで使える便利なマジックアイテムさ」

 

「まじっくあいてむ?」

 

「魔法の為の道具って認識でいいぜ」

 

 霧雨殿はそう言って、みに八卦炉を空へと向けた。

 黄色い、星のような輝きが虚空から現れ、みに八卦炉へと集約していく。

 光は渦を描き、みに八卦炉の中心へと続く螺旋を描く。

 

「聞いて驚け、見て震えろ!! これが霧雨魔理沙だけ楽しいスペルカード。恋符『マスタースパーク』だ!!」

 

 まず、空気が揺れた。その揺れに続いたのは七色の帯と爆音だ。

 七色の光。まるで虹が龍になったかの如く、空へ、天上へ登っていく。

 そして、その身から飛び出す、星が帯を彩る様は感嘆のに尽きた。

 私はその光景に見惚れた。

 

「美しい」

 

 口から自然とその言葉が零れた。

 魔法。これがその力の一端。

 自然が作った物では無く人が作りし、魔の技。だが、これ程とは。

 私が魔法に見惚れていると、大きさが小さくなっていく。

 光の帯が徐々に消え、龍の如き身が少しずつ中心へ向かって収縮していき、最期には一本の線となって消えてしまった。

 

「ふう、どうだ?」

 

 此方を振り向く魔理沙殿。

 

「うむ」

 

 この場合率直な感想を言おうと決めた。

 

「綺麗だ!! 魔法がこれ程凄い物だとは思わなかった!!」

 

「そうかそうか。お前は見る目があるな!!」

 

「だが、何も思い出せん」

 

 霧雨殿と隣に居た霖之助殿がずっこけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「痛い……」 

 

 あの後、霧雨殿に箒で叩かれた後頭部を押さえる。

 

「まあ、仕方さないさ」

 

 苦笑しながら霖之助殿が肩を叩かれた。

 

「正直な感想を言っただけなのだが」

 

「ナチュラルにボケる君に対するツッコミだと思えばいいさ」

 

「しかし、ここが人里か」

 

 周りを見回しせばいろんな店や、人がいる。

 

「霖之助殿はどのような用事なのだ?」

 

「食料が無くなって来てるから、買い出しだよ。ついでにこの幻想郷の歴史に詳しい人物の所へ行こうじゃないか」

 

「幻想郷の歴史?」

 

 霖之助殿の話によると、この幻想郷が出来る前から人や妖怪、異変などを記した『幻想郷縁起』なるものを先祖代々編纂している家系があるそうだ。

 

「正確には先祖代々では無く、ある人物がしているんだ」

 

「そのものは人では無いのか?」

 

「いいや、人さ。稗田家は少々特殊でね。幻想郷の記録を任されている」

 

 霖之助殿の話では、初代稗田阿礼が時代に合わせた縁起を作るために、『御阿礼の子』として転生したのが始まりだそうな。稗田家の当主は、死後閻魔の元で百年働くことで、再び『御阿礼の子』として転生し、『幻想郷縁起』を作る。しかし、短命で三十前後しか生きられぬと言う。

 これから会うのは、九代目の当主、稗田阿求。

 

「しかし、転生か。凄い話だな」

 

「本人は前世の事は殆ど覚えていないみたいだけどね。と、ここだ」

 

 着いたのは、人里の民家と比べて大きな屋敷。

 

「大きいな」

 

「これくらい、無いと記録を貯めて置けないだろう?」

 

 それもそうか。そう考えていると何やら中が騒がしい。

 次の瞬間、甲高い音が一度響いた。

 

「ごらぁ!! このボケ妖精!! また悪戯したかぁ!!」

 

 もう一度響く。

 

「逃がすかァ!! 脳天ぶち抜いてやるから逃げんじゃねエエエエ!!」

 

 音が連発した。

 塀の上から、青い髪に青い布を巻いて、背中に透明で青い羽根のようなものを付けた少女が逃げて行く。

 

「逃がすかぁ!! ……あ」

 

 目の前の戸から先端部分から白い煙を吐く筒のような物を持った少女が飛び出した。

 

「……」

 

「…………」

 

「…………………」

 

「ど、ども~」

 

「初めまして」

 

「阿求、相変わらずだね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうぞどうぞこちらへどうぞ」

 

 案内された部屋は、凄まじいものだった。

 まるで熊でも暴れたかのような痕跡がそこら中にある。

 墨が飛び散りる床のを歩き、何故か部屋の隅あった無傷の座布団を三つ置いた。

 

「どうぞ、お座りください」

 

「えっと、もう少しマシな部屋は無いのかな?」

 

「残念ですが、他の部屋は現在、本の整理などで埋まっています」

 

 稗田殿と私達の丁度真ん中に上から、机の脚が落ちて来た。

 

「妖精相手に君は何を使ったんだ」

 

 呆れた様子の霖之助殿に、稗田殿は、舌を出して照れた。

 

「てへ!」

 

「まあ、いいさ。阿求、実は用事があって来たんだ」

 

「はい、何でしょうか? 隣の見知らぬ御仁と関係が有りそうですが」

 

「初めてまして、稗田阿求殿。私は、名無しの亡霊だ」

 

「……亡霊ですか」

 

 私を上から下へと観察するように稗田殿は見る。

 

「用事と言うのは、私の事だ。私は成仏したいのだが、未練がある。そして、その未練を知るには少なくとも私の過去を知らなければならないのだが、記憶が欠如していてな。もしかしたらここに私の手掛かりが無いかと参った次第だ」

 

「成程、事情は分かりました。しかし、貴方個人を特定する。と言うのは、限りなく無理かと思われます。あくまで幻想郷縁起は幻想郷の妖怪と歴史についてなので」

 

「最低限、私の生きた時代が分かればいい。生前の記憶は少し戻っている。飢餓と飢饉が起きた時代は無いか?」

 

 阿求殿が手を組んで考え込む。

 

「そうですね……。そう言う事も記されてはいます。外の世界でもそう言うのは良くありましたから特定は難しいと思いますが」

 

 そうか。やはり見つからぬか。だが、そういう記録はあるのだ。見ないよりは良いだろう。

 

「……探してみても良いだろうか? もしかしたらと言う事もあるかも知れぬ」

 

「分かりました。此方へどうぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋の中、目の前に広がるのは数々の書物。

 これが全て稗田殿が書き連ねたのか。

 

「ここは初代から三代目の阿礼の子が書き連ねた書物です」

 

「恩に着る」

 

「いえいえ、私くらいしか読む者もいませんし、この機会にたっぷり読んでください。本は読んでこそですから」

 

「うむ」

 

 本は部屋の中で一定感覚が置かれている。

 端から置いていある本を手に取って、開いた。

 

「どうだい?」

 

 霖之助殿が聞いて来るが、私にはその声が耳に入って来なかった。

 

「……読める」

 

 紙書かれた文字。私はこの文字を知っている。

 初めて見た文字では無い。

 誰だ。私は誰にこの字を教わった?

 オモイダセ。筆を何時持った。思い出せ。紙を手で押さえた。思い出せ。手を添えて貰い字を教わった。

 いろんな文。いろんな字。丁寧に。何度も。

 誰に? 誰に誰に誰にだれにだれにだれにだれに?

 読む。思い出しながら読む。

 記録に書かれている、災害、飢餓、飢饉。

 私の体験したのはこれでは無い。これでは無い。これでは無い。これでは無い。

 読み、理解し、選別する。

 これでも無い。手を伸ばして、次の書物を見ようとしたが空を切った。

 

「む……?」

 

 無い。

 そこで私は漸く我に返った。

 

「あ、読み終わったんですね」

 

「稗田殿」

 

 先程までいたはずの稗田殿が何故か、廊下から入って来た。

 

「一心不乱に読み始めるから驚きましたよ。何言っても声が届いて無かったので」

 

「……霖之助殿は?」

 

「買い物を済ませてくると言ってましたよ。もう二時間は経ってます」

 

 二時間? 芳香との鬼ごっこが一時間。ふむ、大分長く読んでいたようだ。

 

「どうも没頭してしまったらしいな」

 

「いえいえ、惚れ惚れする読みっぷりでした。まさか二時間でこの本を読んでしまうとは。見つかりましたか?」

 

「いや、無かった。しかし、この文字が読めた。私はこれを誰かに教わっていた。それは思い出す事が出来た」

 

「かな文字や漢文なども結構ありましたが全部読めましたか?」

 

「ああ、読めた」

 

 内容も全て理解できる。

 

「成程。霖之助さんも交えて話し合いましょうか。丁度お昼なので外食へゴー! ですよ」

 

 そんな稗田殿に捕まれて、着いたのは『わっしょい! 定食屋』と書かれた店。

 そこにて途中で捕まった霖之助殿も含めて椅子が四人席に座る。

 

「で、どうだった? 手が掛かりは見つかったのかい?」

 

「文字が読める事だけは分かったのが、これと言ったのは無かった」

 

「ですが、生前に読めたはずの文字が、漢文やかな文字。恐らく初代から三代目辺りの時代だとは予測できますが……」

 

「それでも広すぎないかい? 阿礼の子は転生まで百年。三百年は開きがあるからね」

 

「だが、何も分からぬよりは良い。調べる範囲が分かっただけでも充分だ」

 

「では、午後からも引き続き調べましょう。ですが、今は御飯ですよ!!」

 

 ここの御飯、美味しいですよー、と嬉しそうに語る稗田殿が微笑ましい。

 すると、丁度頼んだ品が運ばれてきたようだ。

 

「定食・壱が二つに、定食・参が一つですわ」

 

 ですわ? 待て、妙に聞き覚えのある声が口調と声がしたのだが……。

 気のせいであってくれ。そうだ、先程まで没頭して書物を読んでいたから疲れているのだ。

 

「お代はいりませんわ。私の奢り。だから代わりに――――」

 

 ああ、天よ。私を見捨てたか。

 

「亡霊さん、ちょーだい!!」

 

 何故貴様が此処に居る、霍青娥ぁ!!!!




「なんだこれは何が起こった? 紫様が料理? この世界滅びるのか? アハハハハ」

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