ソードアート・オンライン《三人の勇者》(凍結) 作:ホイコーロー
このデスゲームが開始してから一か月が経った。
さすがにここまでくると外部からの救出をあきらめたのか、いままでくすぶっていたプレイヤーたちが一斉にゲーム攻略へと動き出していた。
だがそれは同時に大量の初心者の誕生でもある。
プレイヤーの死亡数は格段に増えてしまった。
これまでで約2000人のプレイヤーが死亡。
しかし、いまだに第一層のボス部屋さえ発見されていない…。
カイトたちは今日、初のボス攻略会議が開かれるという《トールバーナ》にやってきていた。
そこには彼ら以外にも40人強のプレイヤーが集まっている。
「誰かがボス部屋でも見つけたんでしょうかね、
「まあ、そんなとこだろうな。どっちにしろこういう場が開かれるってだけでも今はありがたい。正直に言うと思ってたよりは少なかったけどな。」
「それより俺にはお前が俺らと一緒にここにいるってことがあり得ないけど、
そこにはカイトたちをMPKしようとしたコペルの姿があった。
あの後、カイトは二人の反対も全く聞かず、勝手にコペルを同行させることを決定してしまった。これにはコペル本人もビックリ仰天である。
逃げ出そうとしたことも一度や二度ではない。
しかしその度にカイトに連れ戻されるため、数日でおとなしくなった。
そしてカイトは宣言どおりコペルを一人前に、どころかこうして攻略会議に参加できるようなトッププレイヤーの一人として育て上げてしまったのである。
ちなみにコペルがカイトのことを師匠と呼んでいるのは自主的にであり、決してカイトが強制しているわけではないといっておく。
「ハチマンはコペルが来てからずっと機嫌悪いよな。」
「はあ?絶対お前らの方がおかしいだろ。だってこいつは俺らの事を殺そうとしたんだぞ。」
「もういいじゃないか、あれ以来ホントに更生したんだから。お前は気にしすぎ「いえ、しょうがないんです。僕はあの時決して許されないことをしてしまったんですから。」コペル…。」
「僕はあの時殺されても文句は言えなかったんです、許してほしいだなんて言えません。だからこそ!これからは攻略に精一杯貢献していってみせます!」
「おう、その意気だぜ!」
(あの時こいつらに声をかけたのは早計だったかも…。)
ここだけの話、ハチマン自身もしばらくしたら二人とは別行動するものだと思っていた。しかしそれを切り出そうとするとその度にカイトがさりげなく別の話にすり替えてしまうのだ。
今では彼もコペル同様に諦めている。
「まあ、精々頑張れ。」
そして第一層のボス攻略会議が始まった。
《ディアベル》と名乗ったプレイヤーが広場の中央で話し始める。どうやら彼のパーティがボス部屋を見つけたらしい。それをネタにそこにいるプレイヤーのやる気を盛り上げていく。
「上手いな。」
「あぁ。」
(あいつ、葉山にめちゃくちゃ似てるな…。あいつはこれだけの人数を、それも今日初めて出会ったばかりの連中を焚きつけてるんだからその練度は比べ物にならないけどな。)
彼の演説も佳境に入ってきた頃、突然ギザギザ頭のプレイヤーが飛び出してきた。
《キバオウ》と名乗ったそいつはどうやら初心者を見捨てて保身に走ったβテスターを批判しているらしい。プレイヤー間に不穏な空気が流れ始める。
それに対しキリトは青い顔をしているのが見てとれるが、その隣でカイトは怒りを露わにし、ハチマンは無言でキバオウを睨んでいる。
コペルは二人が何かするんじゃないかと気が気じゃなかったが、その前に一人の黒人の大男が抗議に入った。
《エギル》と名乗ったそいつは懐から一冊の本を取り出す。それは《始まりの街》で無料配布された《攻略本》だった。彼はそれがβテスターたちによって作られたものであると説明する。
つまり情報は誰にでも等しく公開されていて、多くのプレイヤーの死をβテスターに押し付けるのは間違っていると反論する。
おかげでなんとかその場は治まった。
「じゃあとりあえず何人かでパーティを作ってみてくれ。」
(予想はしてたが…どの世界でも班分けからは逃れられない運命なのか…。)
ハチマンはかつてのトラウマを頭に過ぎりながら、カイトたちと共に行動していたことに今更ながら感謝する。
「四人もいればパーティとしては別に問題ないだろ…ってカイト、そいつは誰だ?」
「紹介するぜ、アスナさんだ!」
「…よろしく。」
「お、おぅ、よろしく…ってそうじゃねぇよ。なに勝手に連れてきてんだよ。」
(これ以上面倒を増やすな!しかも女かよ、このリア充が!)
「え、だってまだパーティ組めてないみたいだったから…。」
(しかもぼっちかよおおオォォォ!?)
「僕はコペルです。」
「え、えーと、キリトだ、よろしく。」
(くっ、こいつはコミュ障の癖に一丁前に勇気だけはありやがる…。)
「そう…。あなたは?」
「ひゃ、ヒャチマン…です…。」
(…死にたい…。)
「…プッ…。」
「!?こ、こいつ「よ、よろしくな!」…よろしく…。」
(絶対に許さないリストに追加決定~。)
《アスナ》が仲間(?)になった。
アスナはぼっちなだけってパーティを組む上で必要な知識がごっそり抜けていた。
初めは連れてきたカイト本人でもハズレだったかと考えていたが、それは杞憂に終わる。
アスナの実力は予想以上だったのだ。これならボス戦でも全く問題ないだろう。
しかし、アスナの戦い方には一つ、決して見逃せない問題があった。
「あの~、アスナさん?今まで、ずっとそんな風に戦ってたんですか…?」
「そうよ。それが何か?」
「いや、何かって…アスナは生き残りたくはないのか…?」
キリトがそう言うのも無理はない。
アスナの戦い方には鬼気迫るものがあり、自分の身の安全を顧みているようには見えなかったのだ。今まで無事だったことが信じられないほどに。
「…そんなの、遅いか早いかだけの違いじゃない。どうせ、誰も生き残れやしないわ。だったら私は…少しでも…「そんなことねぇ!!」…?」
「いつか…いつか俺たちの手でこのデスゲームを終わらせる、絶対にだ!俺はその日まで、できる限り多くの人に生き残っててほしい。もちろん、アスナ、お前にもだ。だからもう…二度とそんなことは言わないでくれ、頼むから…。」
カイトの口調は、それこそ、アスナの戦い以上に必死なものだった。
「…何を根拠にそう思うのよ、あなたは。」
「それを今度のボス戦で見せてやる。このゲームはいつか絶対に俺たちの手でクリアできるんだって証拠をな。」
「そう…分かったわ。その時には考え直してあげる。」
二人のやりとりを聞いて、安心した様子のコペルとは違い、キリトは複雑な表情を浮かべていた。
(こいつら…マジかよ…。)
唯一、ハチマンだけが四人についていけていなかったのは想像に難くないだろう。
その日はパーティの連携とボス部屋の確認だけで終わった。
「はあ~!つっかれた!」
「こんなにフィールドに出ずっぱりだったのは久しぶりでしたね。」
「それにしてもハチ君ってほどんどソードスキル使わないんだね。驚いちゃった。」
「使わないんじゃなくて使えないんだよ。俺からしてみればあんたのソードスキルの方があり得ねぇよ。なんだよあれ、ほとんどビームじゃねぇか。それとハチ君って呼ぶのはやめてくれ。」
(俺がエリートボッチじゃなかったら過ちを犯してるところだぞ。)
「だってハチマン君って呼びにくいじゃない。それともヒャチマン君のほうがいいかしら?」
「ハチ君でお願いします。」
アスナの絶対に許さないリストでのランクが急上昇する。
女とは末恐ろしくたくましい生き物である。
「でも今日は本当に疲れた。」
「こんな日にはとっとと家に帰って風呂に入るのが一番だよな!!」
カイトがそう言った途端、アスナの表情が激変した。
カイトたちは自分たちのホームへと戻ってきていた。
「こ、これはどういうことだってばよ…。」
「安心しろ、ハチ。俺も全くわからん。」
なぜか
もちろんお持ち帰りされたわけではなく、カイトたちのホームに風呂があることを聞いたアスナが無理やり押しかけてきたのだ。
「おい、なにさりげなくお前もあだ名で呼んでるんだよ。」
「別にいいだろ、そのくらい。どうせ本名じゃないんだから。」
「…はぁ、わかったよ、もう好きに呼べ。」
ハチマンとしては『一緒に戦う』以上の関係は御免なのだが、本名を知られるよりはマシである。
「それにしても、アスナさんってすごい美人さんですよね。あんな綺麗な人、リアルでもなかなかお目にかかれないですよ。」
「あぁ、もし他のプレイヤーたちが知ったら大変なことになりそうだな。」
「さらに言うとそんなのが俺たちの家に風呂に入りに来てる、なんて知れたら一体俺たちはどうなるんだろうな。」
「そんなの、俺たちが誰かに話しでもしない限りバレるわけないだろ。」
「「「(!!)」」」
キリトがそう言った途端、三人に緊張が走る。
「(カイト、これは…。)」
「(あぁ、何か起きるな。)」
「(ですね。)」
カイトたちはキリトのフラグを建設、回収する運命力が並々ではないことをこの一ヶ月間で嫌という程に知っていた。
『コンコン』
「「「(き、きた!)」」」
そして次の瞬間、何者かがドアをノックした。
しかし予想していた三人は示し合わせたように行動している。カイトはノックの音がしたドアへ、コペルはさりげなく風呂場への道をふさげる場所へ、ハチマンは証拠隠滅へと向かった。キリトだけが突然のことに動けないでいる。
「おいおい、こんな時間に一体どちら様…ってアルゴじゃねぇか。どうしたよ?」
(よりにもよって
「アァ、男だけだとさびしいだろうからオネーサンが餞別を持ってきてやったんダ。」
そこにいたのはSAOの情報屋の一人、《アルゴ》というプレイヤーだった。
頬に描かれている髭から《鼠のアルゴ》の異名を持ち、売れるなら自分のステータスをも売るとまで言われているSAOでも屈指の情報屋。
その人脈は侮れないもので、最も弱みを握られたくないプレイヤーでもある。
実は彼女もβテスターで、カイトとキリトはその頃からの付き合いだった。
「お!サンキュー!ありがたく受け取っておくぜ。」
「ちょっと上がらせてもらうゾ。」
「(!?)いや、やめといたほうがいいんじゃないか?だってほら、男所帯に女一人っていうのは何かと危ないだろ?」
「にゃハハハ!今さらすぎるダロ!…カッちゃん、何か隠してないカ?」
「(!!??)」
今のカイトの動作のどこからそんな気配を感じ取ったのか。
さすがはSAO随一の情報屋と言われるだけはある。
それと、アルゴは誰にでも変なあだ名をつけることでも有名である。
「そんなことないって。な、俺らも今日は疲れてるんだよ。また今度にしようぜ。」
「…分かったヨ。精々ボス戦、頑張るこったナ」
「(よ、よし。)おぅ、じゃあn「とでも言うと思ったカ!」んな!?」
そう言うとカイトの防御を突破し部屋へと侵入する。
しかしそこにはきっちり”整理整頓”された部屋があるだけの
驚くべきはアルゴの洞察力。
彼女はカイト、ハチマン、コペルの陣形を見てある程度の目星をつける。
さらに決定的だったのはキリトの不用意な視線だった。
行く手を阻むコペルをものともせず、一直線に風呂場へと向かう。
コペルの名誉のために言っておくと彼女は《敏捷》極振りの、カイトたちにも引けを取らないトッププレイヤーの一人だったりする。
「このアルゴ様に隠し事をしようだなんて100万年早いヨ!!」
そう言ってドアを勢いよく開けると次の瞬間、
「!?きゃ、きゃああアァァァ!!!!」
青いエフェクトに包まれた洗面器がアルゴの顔面に直撃した。
「ヒドイ目にあったヨ…。」
「いや、自業自得じゃね?」
「アスナがいるならそう言ってくれりゃ良かったじゃないカ。」
「だってお前、絶対ネタにするだろ。」
「当たり前ダ。」
「「「反省しろ!!!」」」
「ところで…あんたたち、まさか見てないでしょうね?」
「「見てない見てない。」」「………。」
二人は否定するものの、コペルが顔を真っ赤にしてうつむいてしまう。
次の瞬間、今度は三人の顔面に衝撃が走った。
え?ハチマン?
彼ならもちろんアルゴと入れ替わりに外へと逃げて行きましたよ。
数日後、何度目かの攻略会議でボスへの対策やプレイヤーの配置などを考え、その翌日にボス部屋へと挑戦することが決まった。
その晩の事。
「いよいよ明日だ、明日ですべてが決まる。」
「心配しすぎですよ、師匠。これだけお膳立てしたんですから、負けるはず無いです!」
「いや、そういうことじゃない、明日がいかに重要かって話だろ。もしこれで失敗でもしてみろ、『攻略出来ない』って意識が高まって一気に攻略が遠のく。明日の勝敗は俺たちだけじゃなくて残された8000人のプレイヤーの命運も握ってる。」
「ハチの言うとおりだ。俺たちは明日、絶対に負けるわけにはいかない。だからこそ、各々覚悟をきめておいてくれ。」
カイトの発言で険しい表情になる三人。
現実のことでも頭をよぎっているのだろう。
「…悪い、明日に備えて早めに寝るわ。」
それを見てカイトは足早に立ち去って行ってしまった。
「?どうかしたんでしょうかね、師匠。キリトさん、何か知ってますか?」
「知ってないことないんだが…本人が話してないのに俺が話すわけにはいかないな。」
キリトの発言を最後に、各々自分の寝床へ向かった。
(小町…絶対に生きて帰ってみせるからな。)
なんかカイトがあからさまに挙動不審な回でした。