ソードアート・オンライン《三人の勇者》(凍結) 作:ホイコーロー
約半年前に《KoB》を迎えた攻略組は第49層へと突入、つまり現在、攻略は一週間に一層ほどのペースで進んでいた。
結局、第25層のボスがなぜあれほど規格外に強かったのかは謎のままだが、一つの有力な説としてはやはり『全体の四分の一だったから』というものがある。
そうなると当然、第50・第75層もボスは強いだろうという予測が立ち、そこに近づいていく度に攻略組の緊張感は増していった。
ちなみに、すでに《月夜の黒猫団》は攻略組への参加を果たしている。さらに彼らはカイトの提案で《SSK》と合併し、《星月夜の騎士団(SNK)》として活動していた。
現時点でその規模は30人ほどまで増え、文句無しにトップギルドの一つとして君臨している。
第50層ボス戦に対する不安は計り知れないものではあったものの、攻略自体は何の問題もなく進んでいた。
しかし、つい三日前、最前線だった第49層も突破され、いよいよ問題の第50層へと彼らが足を踏み入れた時、ある事件が起こった。いや、そもそもそれは事件か事故かも分からないような不可解な出来事。実態は全く掴めないのに、明らかに”何か”が起こっていた。
《神隠し》
プレイヤーたちが次々と行方をくらませていったのだ。原因は不明、連絡も一切つかないというおまけつきで。
剣の世界というだけあって、他のRPGに比べて魔法などといったファンタジー色が薄かったSAOにおいてそれはまさに不気味だった。
消えたプレイヤーたちは皆、攻略組の高レベルプレイヤーであり、しかも”消えた”のであって”死亡した”のではないというのも奇妙だった。
しかし消えた”後に”死亡したプレイヤーが確認されており、彼らはただ身動きが取れないというわけでもないことは明らかで、今もなお危険にさらされているらしい。
これにより攻略は一時中断を余儀なくされた。解決しない限り、プレイヤーたちは正体不明の不安にさらされ続けることになる上に、主に最前線で戦っていた強者たちがその対象なのだ。既に結構な戦力が欠けていて、攻略にも支障が出てきているのだからどうしようもない。
そして解決に乗り出したところで一般のプレイヤーたちにも協力を仰いだのだが、やはりというか、恐怖から有志はなかなか集まらなかった。
仕方なく攻略組総出で解決にあたることになり、調査チームが組まれ、キリトやカイトはもちろん、あのハチマンですら参加していた。
しかしそこに〈アスナ〉の姿はなかった。
「カイトさん、今回の事どう思いますか?」
「と、言われてもなー、情報が少なすぎるんだよなー…。会議でも言ってたが、連絡が取れないってのがバグじゃなくシステム上成り立ってるんなら、イベントとかに巻き込まれたってのが有力だろ。」
カイトは《SNK》のサチ、ケイタ、ササマルと行動を共にしていた。
その性質上、『攻略組のプレイヤーは常に三人以上のパーティで行動する』ということが先日に開かれた《神隠し》調査会議で取り決められ、おそらく唯一の手がかりである第50層を中心に捜索が行われている。
「早く手がかりだけでも見つけねぇと。」
「はい。」
「…カイトさん、あの人、NPCですよね?」
テツオが指さす先には”いかにも”といった感じの老人が一人、岩に座ってうなだれている。
頭上にカーソルがないのでNPCだろう。
「どうします?」
カイトの言ったことが正解ならば、それに巻き込まれるためのフラグが当然存在する。まだ調査は始まったばかりで、今はそれを探していふ段階だった。
「…声をかけてみる。もし俺に何かあったら本部に伝えてくれ。」
「そ、そんなの危険じゃないですか!一旦、戻りましょうよ!」
「さっきも言っただろ?すでに死亡も確認されてるんだ。悠長にはしてられない。」
カイトは真剣そのものだ。今回のことに一番精力的に動いているのは間違いなくカイトだろう。
サチの懇願も聞かずに、カイトはその老人に声をかけた。
「おい、爺さん。具合でも悪いのか。」
『ワシは大丈夫なんじゃが、ワシの村に怪物が現れての…助けてはくれまいか…?』
(来た…。)
余談だが、SAOはNPCの発言が豊富であるのも一つの大きな特徴だった。
老人が口を閉じると、カイトの視界に『Yes』『No』という二つの選択肢が出現した。
カイトは迷わず『Yes』を選択する。すると、何らかのクエストが発生したことを表す《!》のアイコンがNPCの頭上に現れた。
『おお!それでは早速案内するぞ!』
突然老人はカイトの腕をつかみ歩き出す。
「ハァッ!?」(なんつー力だ、このじいさん!)
抵抗するも、そのまま引きずられてしまう。武器もいつの間にか収納され、斬り離すことも出来ない。
カイトが残りの三人の方をみると、金縛りにあっているかのように固まってしまっていた。
(マジか…。)「おい!頼んだぞ!!」
そしてカイトは森の奥へと消えていった。
(ウソ…、カイトさんが連れて行かれた…?)
そういう仕様だったのか…私は全く身動きできなかった。何もできなかった。
「お、追いかけないと!!」
「ちょっと待て!それじゃあパーティごとに動いてる意味がなくなるだろ、カイトさんにも言われたとおり今のことを本部に伝えに行くんだよ!」
「じゃあカイトさんを見捨てるっていうの!?」
「ちがう!追いかけたところで何も出来ないよ!」
「そんなの分からないじゃない!!早く、早く助けに「落ちつけよ、二人とも…。」でも!」
「落ち着けって!」
「落ち着いてどうするの!?」
「カイトさんを助けるに決まってる。……ササマル、これを使ってお前だけで先にもどってくれ。」
そういってケイタが取り出したのは転移結晶だった。
確かに、ササマル一人だけでは私たちが来た道を戻ることは出来ない。
「え、じゃあ二人は…?」
「さっきの老人に声をかけてみようと思う。」
「だ、ダメだって!死ぬかもしれないんだぞ!?」
「でもサチは何を言っても戻らないだろうし。それなら二人の方がいい、頼む。」
「け、ケイタ…。」
「…分かった。くれぐれも無茶はしないでくれよ、二人とも…。転移!アルゲード!」
そういってササマルは戻っていった。
「あ、ありがとう、ケイタ。」
「俺だってカイトさんを一刻も早く助けたいからな。」
ケイタは照れ臭そうに笑っていた。
すぐにさっきの老人が戻ってきた。
そして初めと同じように岩に座ってうなだれる。
「(フー…)お、おじいさん、どうかしたんですか?」
声が震えていた。
もしかしたらこれから死ぬかもしれないんだ、当然だろう。
でも、起こったのは予想外の事態だった。
『ちょっと気分が悪くての…この薬草を取ってきてはくれんか?』
「え?」(さ、さっきと違う!?)
私の目の前にクエストの内容と、『Yes』『No』の選択肢が表示される。
「ちょ、ちょっと!あなたの村は…、怪物はどうしたの!?」
老人に詰め寄ったけど、もちろん反応はない。
「ウソ…ウソウソ…。ねえ!ウソだって言ってよ!!」
「落ち着け、サチ!」
「だって!!」
「…俺がやってみる。」
そういって試してみるけど、やっぱりカイトさんとは違う内容だった。
「ど、どうして…。」
「たぶん何か条件があるんだ、カイトさんにあって俺たちにない何かが…。」
「そんな…じゃあ、どうしたら…。」
「戻ろう。」
「え?」
「戻ってこのことをみんなに伝えるんだ。少しでも多くのことを。」
「そう…うん…そうだね!戻ろう!」
そして私たちは駆け出した、カイトさんを一刻も早く助けるために。