ソードアート・オンライン《三人の勇者》(凍結) 作:ホイコーロー
どうかお手柔らかに。
出会い
場所はとあるアパート。
押入れと大量の参考書が詰まった本棚のある部屋以外には、小さな台所と便所があるだけの一室。
(やっとこの時が来た…!)
そこでは短く刈り上げた黒髪に、年の割には無邪気な表情を携える一人の大学生、《
彼の手の中にはヘルメットのような形をした機械が収まっている。
(βテスト以来、あの世界を何度夢に思い描いてきたことか…。それにしても買いに行った時のあの行列はハンパなかった。優先購入チケットがなかったら絶対に買えなかったね。)
その機械の名前は《ナーヴギア》。
これを使うと、脳に直接電子化された五感情報を与えて仮想空間を形成することで目や耳などの感覚器官を介さずに、まるで自分の体そのもので動き回っているかのような体験をすることができる。
今年2022年に”とあるゲーム”と同時発売された。
そのゲームとは《ソードアート・オンライン》、通称SAO。
世界初の、上記のフルダイブ技術を用いたVRMMORPGであり、発売が決まった当初から日本だけでなく世界中でも注目を集めていた。
そんな中、わずか1000人にのみ許された試行運営に参加してからというもの、彼はその魅力にすっかり取り憑かれてしまっているのである。
(あいつとの待ち合わせもあるし、そろそろ準備しないとな。)
そしてここにもSAOを待ちわびた者が二人。
「お兄ちゃん、五時間だよ、絶対五時間たったら交代だからね!そもそも、それ手に入れたの小町なんだよ!本当なら小町が先なんだからね!!」
「あぁ、分かってる。本当に感謝してる。俺の妹は幸運の女神様だな。それよりお前は友達との約束があるんだろ?早く行ってこいって。」
(ぼっち万歳、リア充ざまぁ。)
「あ!今なんかバカにしたでしょ!小町的にポイント超低いよ!」
「なんで分かるんだよ…。」
《比企谷八幡》とその妹の《比企谷小町》はβテストこそ外れたものの、小町が商店街のクジでSAO同梱版のナーヴギアを手に入れることに成功していた。
普通に買えば12万8000円もする上、その人気ゆえにネットなどで見れば倍の値段でも手に入れることは出来ないのだから、確かに女神といっても過言ではないかもしれない。
しかしSAO開始時にその女神様は家にいないため、しぶしぶ兄に先を譲ったのである。
(そろそろだしキャリブレーションだけでも済ませておくか。アバターはどうすっかな…さすがにリアルと全く同じなのはまずいか?…まぁ、いいか。トイレも済ませておかないとな。)
同時刻、《桐ヶ谷和人》もナーヴギアを手にベッドに横になる。
そして彼らは
「「「リンクスタート!」」」
仮想世界へとダイブした。
「ついに!俺は戻ってきたああアアァァァ!!!」
そこには両手でガッツポーズを決める一人の青年。
周囲の視線が一斉に彼へと集まるがそんなのは気にしない。
待ちに待ったこの瞬間、今はじけないでどうしろと言うのか。
(さっそく一狩り!と行きたいが…約束があるからな。確か待ち合わせ場所は一番でかい木の根元だったか。まだ遅れてるわけじゃないし、適当に見て回っちまおう。)
落ち着いて見ると、開始直後だというのにかなりの人数がログインしているようだ。
そしてやはりというか、ゲームの特性上、女性よりも男性プレイヤーの方が圧倒的に多いはずなのに同じぐらい…むしろ女性の方が多いようにも見える。おまけに誰も彼もが美男美女ときた。
(ま、これもSAOの醍醐味の一つだな。俺の方がおかしいんだろう。)
彼自身はというと、βテスト時には多少は見た目を変えたものの、違和感があったので今はリアルとほぼ同じ容姿にしている。
それでも人並み以上にイケメンなので周りとさして変わりはしないが。
しばらく歩いていると一際浮いているプレイヤーを見つけた。
いや、”沈んでいる”とでも言った方がいいのか…目元がすごい。目つきが悪いとか、くまが出来ているわけでもないのにどことなく負のオーラが漂っている。
どう見ても理想を形にしたようには到底見えない。
興味がわいたので話しかけようと手を挙げて合図すると、
「おい、そこのおm「すいません急いでいるので。」
ものすごい勢いで逃げられてしまった。
(なんだありゃ!?つれない奴だなぁ…ってやっべ!)
ふと時計をみると約束の時間をすでに過ぎていた。
〜10分後〜
「遅い。」
「悪かったよ。ちょっと面白い奴を見つけてな。」
(逃げられちまったけど。)
「哲はホントに…。それより見た目そのままじゃないか。」
「こっちの方がしっくりくるんだよ。それとリアルを持ち出すのはマナー違反だろ?ここでの俺の名前は《カイト》だ。早く行こうぜ、《
そのころ、比企谷八幡こと《ハチマン》はフィールドに出てエネミーを狩り始めていた。
考えるのも面倒だったのでプレイヤー名も外見もリアルと全く一緒にしている。
そして一つ、狩りをしていて気付いたことがあった。
彼にはどうも《ソードスキル》というものが合わないらしい。
出せることには出せる(どころかかなり早い段階で習得した)のだが、体が勝手に引っ張られるような感覚にどうも落ち着かない。
どこぞのバンダナのおっさんが聞いたら怒り狂うかもしれない贅沢な悩みである。
(どうしたもんか…。)
そこで彼はあることを思いつく。
ハチマンは今、森の中にいた。
「おらよっと。」
目の前にいたエネミーがポリゴンとなって消滅していく。
(まぁまぁだな。しばらくはこれでやっていくか。)
結果は上々。思いついたやり方が実戦でも通用することに満足げなハチマン。
(そろそろ小町と約束した時間か。早めにログアウトしてしまおう…ってあれ?)
しかし彼はある異変に気付いた。
「~ハックション!!」
「うおっ。大丈夫か、クライン。」
「あぁ、なんか突然、鼻が痒くなってな。」
カイトたちはフィールドに出て狩りをしようとしたところでSAO初心者の《クライン》にレクチャーを頼まれたので、肩慣らしを兼ねて簡単な場所で狩りをしていた。
「それにしてもよ、確かにこれはハマるぜ。サンキューな、キリトにカイト。」
「いや、今教えたのは初歩の初歩だ。細かいシステムとかは体験して慣れるのが一番だから、早いうちにいろいろ試してみるといい。」
「了ー解ッ!」
その後も段階を踏みながら狩りをしていた三人。
クラインが一旦リアルに戻るらしいのでフレンド登録だけ済まして別れようとするが、ログアウトボタンがないことが発覚し三人で頭を悩ませていた。
『リンゴーン、リンゴーン』
その時、大きな鐘の音がアインクラッド中に響き渡った。
『ごきげんよう、SAOプレイヤー諸君。私はこのゲームの
次の瞬間カイトたちは広場へと転送されていた。いや、彼らだけでなくログインしている全プレイヤーが集められているらしい。
普通に考えればGMによる粋なイベント。
しかしそこで起こった出来事は想像を絶するものだった。
「なんだって!!??」
プレイヤーたちがゲームの中に閉じ込められてしまったのである。
しかもここでの”死”は現実世界での死を意味するという。
プレゼントだという《手鏡》を取り出すとカイトの目の前にはよく見知った《桐ヶ谷和人》と、野武士のような外見になったクラインがいた。カイトはもとから《皆藤哲》の姿なので変化はなかったが、次々と周囲の美男美女が冴えない男たちへと姿を変えてゆく。
「カイト、これって…。」
「ああ、早いとこ先に進むべきだな。」
βテスターであるキリトとカイトはこれから起こることを理解し、クラインを連れて街の外に出ようとする。しかし…
「すまねぇ…俺はダメだ。仲間もいっしょに来てるはずなんだよ。あいつら、俺がいなきゃ右も左もわからねぇような奴らなんだ、見捨てては行けねぇ。」
「で、でも!「やめろ、キリト。」え?」
「こいつはこいつでやらなきゃいけねぇことがあるんだ。一旦落ち着け。別に今すぐ死ぬ、って決まったわけじゃあないだろ。」
「…わかった。死ぬなよ、クライン。」
「そんなつもりはさらさらねーよ!!お前らこそ絶対に死ぬんじゃねぇぞ!!!」
そしてクラインと別れた後、街の外に出ようとした二人。
「ちょ、ちょっとそこの二人、俺も一緒に行っていいか?」
するとそこで、”死んだ魚のような眼をした男”に声をかけられた。
(これは…マズイな。)
ハチマンはいたって冷静だった。
現状、打開策があるかと言えば、そういうわけではない。
(落ち着け、よく考えろ…。)
しかしもちろん諦めるわけにもいかなかった。
彼にも帰る場所、帰らなければいけない場所がある。
(恐らくここにいる連中はすぐに混乱状態になる。このままここにいたらこっちまで巻き込まれるな。あのGMが言っていたことが本当かどうかはまだ分からないが…どっちにしろ生き残るためにはいかに早く次の段階に足を進めるかがカギだ。だが、だからと言って俺にはこの街から安全に抜け出せるほどの知識はない…くそっ!!一体どうする…。)
諦めかけたその時、視線の端に広場の外へと向かう影をとらえる。
(あいつは確か、昼間俺に話しかけようとしてきた奴。あいつもリアルと同じ姿だったのか………これが最善策か…。)
そしてハチマンは意を決してその二人組に声をかけた。