色々ありまして――遅れましたごめんなさい。
この魅魔という幽霊は一体何なのだろう。
レミリアの魅魔に対する印象はまるで理解の及ばないよくわからない不思議な存在だというものだ。
外見は自分たちと同じく人型で、親友である動かない大図書館こと『パチュリー・ノーレッジ』という魔法使いに匹敵する様な深い魔法の気配を漂わせていながら、その実中身はまるで伴ってはいない。
聞けば最近幻想郷にやってきたばかりで、尚且つ博麗神社で家政婦まがいなことをしていると言う。
何を馬鹿なと最初は大笑いしてしまったが、彼女は少し眉をひそめたぐらいで殆どこちらを咎めなかった。
器が大きいのかそれとも他に何か腹の中に抱えているのかその表情からは読み取れなかったが、少なくとも能力にて彼女には複雑でまるで読み解けない強い運命があり、彼女自身がそれを理解できる頭があるということだけはわかった。
レミリアはため息をついて紅茶を飲み干すと、先程からお茶会と称して自分をここに拘束しているつもりらしい
「ん?」
そしてその肝心の相手はこちらが顔を見つめていることに気づいたのか、話を切り上げてどうしたと言った顔でこちらと視線を合わせてくる。
「な、なんでもないわ」
そう言って慌ててレミリアは、魅魔と視線を直接交わさないように目を逸らす。
魅魔はそれを少しだけ不思議そうに見ていたようだが気にせずすぐに話の続きに入り、レミリアは内心冷や汗をかいた。
どうにもあの瞬間――魅魔が先輩としてのお節介などと言い出した時の、その
まるでゲヘナの縁になってそれを覗きこまされている。そんな気にさせられるのである。
何故そんな目をしているのかと悪魔としては気になるところだが、その時の気配と言い、運命が複雑で見えないことと言い、下手に手を出しては火傷どころではすまないだろう。
レミリアは少なからず感じてしまった嫌なものを紛らわすかのように、テーブルの上にある既に空っぽになってしまったティーカップを見る。
普段ならティーカップが空のままであることは少ない。レミリアが何も言わずとも咲夜が入れ直してくれるからだ。
それが空っぽのままであるということはつまり、咲夜の掃除――即ち侵入者の撃退が終わらないということだ。
「はぁ……」
「そんなに咲夜が心配?」
「あっ」
あまりにもあからさま過ぎたのだろうかとレミリアはちらりと魅魔を伺うように見た。
その魅魔はというとニカッと笑い、立ち上がってティーポットを手に取り自分のとレミリアの空になっていたティーカップに紅茶を入れて差し出してきた。
その様はあまりにも似合っていない。レミリアは溜め息を吐くとただ一言――
「ひどい入れ方ね」
「む、そりゃ咲夜とは違うけどさ」
「まあ折角入れてくれたのはありがたいけど悪いわね。私は私の大事な従者が入れてくれた物しか飲む気はないわ」
差し出されたティーカップを断りながらそう言ったレミリアに、魅魔はきょとんとして言ったことを理解すると笑って「それは悪かったね」とテーブルの上に自分のティーカップも合わせて置いた。
「あら、別に遠慮しないで貴女は飲んでいいのよ」
「いやいや、さすがに一人で飲むのもあれだし――」
その時である。
ドンッとまるで下から突き上げるような衝撃が、部屋全体に走った。
「くっ!」
「あぶっ!」
レミリアはその衝撃で椅子から少しだけ浮き上がった瞬間、魔力で体全体を浮かせて床を――その下の何かを不快そうに睨みつけ、魅魔は元より浮いていたがために衝撃を受けなかったが、代わりに衝撃で倒れたティーカップから飛び散った紅茶を避けるように慌てて天井付近まで逃れた。
そして二人のこの位置関係がこの後の事態を左右することとなった。
※ ※ ※ ※
突然の衝撃とそのせいでこぼれてしまった紅茶から逃れた俺は、天井付近からレミリアの視線の先に視線を向けた。
彼女は床を――その下の地下に目を向けているようで、俺の魅魔様としての感覚にもそちらから吹き上がるように魔力が高まっているのが感じられた。
この魔力は一体誰のものだろうか。
生憎、いまだにこの感覚をモノに出来ていない俺にはそれがパチュリーの物か、魔理沙の物か、それともフランドールの物なのかはわからない。
ただ、その力の本流がこちらに向かっていることだけは理解でき、極光が床をぶち抜いてすぐ傍にいたレミリアがそれに飲み込まれるのを見ながら、俺は急いで目の前に貼った障壁に力を込めたのだった。
その後、極光の魔力に押し流されながらも障壁を維持し続けた俺は、魔力が弱まったのを見てその光の流れより飛び出した。
そして目に飛び込んでくるのは紅魔館に大穴が開き、破壊の限りが尽くされた痕――
「今の魔力は……魔理沙か……」
想定した三人の中でも直線的に破壊をもたらす極光の魔法といえば、魔理沙の恋符『マスタースパーク』だ。
どういうわけだか、彼女はそれを地下から天井をぶち抜くためだけにかなりの魔力を込めて使ったらしい。開いた大穴の向こう側には彼女がパチュリーと
また彼女も俺のことを見つけたらしく、一直線にこちらにやって来た。
「おお、魅魔様じゃないか」
するといきなり魔理沙はニカッと煤けた顔に笑みを浮かべ、Vサインを右手に作って俺に突きつけると――
「本場の
ドヤ顔で勝利宣言をしてきた。
まあそんな煤だらけの顔でドヤ顔をされても苛立つどころか逆に微笑ましいのだが、そんなことは関係なしに魔理沙としては嬉しくて仕方がないのだろう。
記憶違いでなければ、俺みたいな紛い物を除いて彼女が本物の魔法使いと出会ったのはこれが最初となるはずだし、そんな相手にスペルカードルール上と言えど勝利することが出来たのだ。
「さすが魔理沙だね」
「ッ!? み、魅魔様!?」
俺はそんな嬉しそうに笑みを浮かべる魔理沙が何と言うか可愛く感じてしまい、ほっこりするような気分になって思わず頭を撫でていた。
すると撫で始めた途端、彼女は目を見開いて驚いた顔をし、その後は何故か顔を赤くして撫でるたびに「ふぁ……」やら「あうぅ……」などと言って俯いてしまった。
「んー? どうしたんだい魔理沙?」
そうしてしばらく撫で続けた後、おもむろに魔理沙に具合を聞いた。
彼女は撫で続けていた途中から黙って俯いたまま反応しなくなってしまっている。
俺としてはそこまでなるものなのかと言う思いもあったが、彼女の顔を覗いた瞬間にそれは霧散してしまった。
「はうぅ……」
(え、何この可愛い生き物)
蕩けてしまっている。
その言葉がそのまま当てはまると思えるほど魔理沙の顔は弛緩していた。
そして俺はというとそんな彼女の珍しい一面――もとい愛らしい面に一瞬心を奪われかけ、彼女がボソリと呟いていた「お母さん」という言葉に冷静になり目を細めた。
なるほど、そういうことか。
たしか俺が知っている限り、ここでの魔理沙は魔法の森で一人暮らしをしている。
それが原作通りなら、彼女は幼いころに母親と死別しており残った父親からは勘当された身だったはずだ。
そして紛い物であれ、師としたう魅魔である俺から撫でられ褒められたのだ。
嬉しさにこんなになっても――
「仕方ないか」
「ん? どうしたの魅魔様?」
心なしか、なんとなく幼さを感じるような声で魔理沙が聞いてきた。
「いや、なんでもないよ。それよりそろそろ終わりにしていいかい? 一応はまだここは戦場のはずだしね……」
辺りを見渡して警戒しながら魔理沙にそう伝える。
瓦礫がそこら中に積み重なっているし、マスタースパークで吹き飛んだレミリアがどうなったかもわからない。
それに霊夢も咲夜と交戦しているだろうし、サボっているのを見つかると後々怖そうだ。
「う、うん……じゃなくておう!」
魔理沙も名残惜しそうな目をしていたが本調子を取り戻したらしい。
その様子にクスッと笑って、何処かの瓦礫の下にでも居るはずのレミリアを探そうと思った矢先――
ドガガガガッと轟音を立てて七色の大玉が立て続けに紅魔館の壁を突き破って飛び出し、俺と魔理沙のすぐ横を通り抜けて一つにまとまるとそのまま大爆発を起こした。
「くっ……」
「うわっ」
俺と魔理沙は爆風に煽られ飛んでくる塵埃から顔を守るようにしてそれが収まるのを待つ。
今のは霊夢の霊符『夢想封印』だろうがこんな威力重視の使い方はどうにもおかしい。
いい意味で火力馬鹿である魔理沙と違い、的確な攻撃で冷静に相手を追い込んでいくはずの霊夢がこんな破壊をまき散らしている。
何があったのかと俺が不審に思っていると穴だらけになった紅魔館の無事な壁をわざわざ蹴飛ばして霊夢が外に飛び出てきた。
「あー……疲れた……ってあんた達こんな所で何してるの? と言うか魅魔は私の肉壁役のくせにサボってんじゃないわよ」
言いたい放題である。
だが今回ばかりはきっちりとした理由が俺にはあった。
「あ、いや霊夢……私は…ね……」
そしてそれを言おうとしたのだが、俺が言葉を口ずさむごとに霊夢の背後に何か阿修羅めいたものが降臨してその気配が徐々に濃くなっている気がする。
はっきり言おう。今の霊夢はまじで怖い。
俺の隣ではその覇気らしきもののとばっちりを受けた魔理沙が震えて俺と霊夢を見比べている。
このままでは滅ぼされてしまうと何とか霊夢を落ち着かせようと行動を起こした時、ちょうどよく――
「う~なんなのよ~」
そして俺はそれを見つけた瞬間、九死に一生を得た思いで霊夢にあれが異変の元凶で俺が霊夢のためにあれの相手していたことを伝える。
すると霊夢はなんともゾッとするような笑みを浮かべると
「ねえあんた」
「なに、ヒッ!?」
俺と魔理沙の視点からではレミリアを見下ろす霊夢の後頭部しか見えない。
だが今の霊夢がどんな表情を浮かべているかだけはレミリアの様子から察することが出来た。
そして霊夢はこちらが見ているとちょっと広いところでやろうぜと言う意味なのか、建てた親指で背後の空を指すジェスチャーをしてレミリアを誘うとそのまま二人揃って上空に上がっていってしまった。
そういえば霊夢と魔理沙の勝負はこの場合どうなるのだろうか。
それについて俺が気になって隣の魔理沙を顔を見ると、彼女はなんとも言いがたい顔をしてこちらを見ていた。
「まあ魔力もあんまり残ってないしな……」
こちらの言いたいことがわかっているのか魔理沙は悔しそうに帽子を深々と被る。
俺としては実のところ
そして俺が励まそうとした時――
ドカンッと瓦礫とついでにまだ無事だった
俺と魔理沙はすぐさまそちらに注意を向けると、その人影はどうやら霊夢と魔理沙にやられてボロボロになっているパチュリーと咲夜と美鈴の三人であった。
「お嬢様……」
「けほっ……あの素人魔法使い……ごほっ……人が調子悪いってのに……」
「パチュリー様大丈夫ですか?」
「なんとかね……」
何と言うかあの三人、まだ戦うつもりらしい。
ボロボロでありながら上空で戦うレミリアを見つめる目には闘争心が宿っているように見える。
この辺りはやはりゲームとは違うということなのだろうか。徹底的に倒しておかないと何度も戦う羽目になるとか異変の難易度と文句が言いたくなる
「へっ面白くなってきた」
そんな推測を考えて俺がげっそりしてる間に復活したのか、逆に現れた新たな敵に魔理沙が好戦的な笑みを見せている。
だが彼女の魔力は先程に彼女自身が言った通り殆ど残っていない。
これはどうやら俺が霊夢のサポートとして肉壁――いや真面目に倒しに行かねばならないということだろう。
そう思った俺は立ちふさがるように先に三人と対峙して戦おうとしていた魔理沙の前に割り込んだ。
「魅魔様っ!?」
「あら……貴女が咲夜の言っていた魅魔とかいう幽霊の魔法使いね」
割り込んだ俺に魔理沙は驚き、また三人を代表して話していたらしいパチュリーはこちらに敵意を向けてきた。
その後ろで控える咲夜と美鈴も相応に構えをとっているようだ。
それを受けて俺は内心でビクビクしながらもそれをおくびにも出さずに右手に力を込めて握り、後ろにいる魔理沙に声をかける。
「魔理沙、ここは私にやらせてもらえるかい?」
「えっ……でも魅魔様は……」
「何、心配は要らないよ。あれからだいぶ弾幕ごっこに体を慣らしたから十分に戦えるはずさ」
そして魔理沙と会話しながら右手を振るい、欠けた月が先についた一本の杖を顕現させ、それを両手で持って構えをとった。
魔理沙はそれを見て驚いたようだったが、わかっているのだろう。すぐに笑みを浮かべると俺に一言――
「任せたんだぜ」
と言って一気に後ろに下がっていった。
するとそれと入れ替わるようにパチュリーが俺の前に出てくる。
「先にそこの素人魔法使いにも言ったけどまさか三対一でやるつもりなの?」
「ん? 手負いの三人ならなんとかなるさ」
それに魔理沙に頼まれちゃったしね。
と心の中で呟いて俺は霊力を更に高める。
「あまり見くびらないで! 咲夜! 美鈴!」
「はっ!」
「はいっ!」
パチュリーはそれを挑発と受け取ったのかすぐに左右の二人に呼びかけるとスペルカードを取り出し、対する俺も気合を入れる意味も兼ねて力強くスペルカードを懐より取り出した。
そして俺はこの三人を相手に弾幕ごっこを始めるのだった。
次回、遂に魅魔がその能力のベールを脱ぐ!
かもしれない。
ちなみに上空でおぜうさまは霊夢にボコボコにされてます。
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