わたしゃここにいるよ(うそ)   作:bebebe

2 / 8


 

 はたきを持ってふわりと浮かび上がり、パタパタと柱の梁についた埃をはたき落とす。そうして落ちてきた埃は、畳に落ちる前に霊力によって作られた風に乗って外に運ばれる。

 その様を見て俺は長い溜め息を垂れ流した。

 

 博麗神社に居候して早一週間、俺はその間に霊夢に言いつけられた――というより押し付けられた家事をなんとかこなしていた。

 というのも初めて会ってお茶を振る舞ってもらった後、突如として彼女は悪い笑みを浮かべ逃げられないように俺を結界で拘束すると、箪笥(たんす)の棚からなにやら特別な文書らしき紙を持ってきたのだ。

 

「さぁて魅魔、とりあえずだけどこの契約書に署名してもらっていい?」

「いや……ちょっとまって霊夢、一体何なんだか訳がわからないんだけど……というかその契約書って何!?」

「あんたが私に永久就職する契約書よ」

「いやさらっとひどいことを迫ってくるのね」

 

 その時の霊夢はまさに鬼巫女であった。

 俺はなんとか迫り来るその危機から逃れようとしたが、抵抗はまるで意味がなく、最後には魅魔という署名をその契約書に書かされ、俺はこの博麗神社に住み込みで働く家政婦としてただ働きさせられることとなったのだ。

 

(まあ博麗の巫女の庇護下に入ったことで、右も左も分からないような状況に追い込まれるようなことはまず無くなったといえば……確かにそうかもしれないな)

 

 扱いはかなり悪いが、この幻想郷での命の天秤を考えるなら悪くはない。

 部屋の掃除を終えた俺は内心でそんな考えを抱きながら割烹着を脱いで畳むと、縁側に腰掛けて庭の奥の方に見える池に視線を向けた。

 そういえばあの巨大亀なのだが、霊夢が言うには気づいた時にはすでにあの池に住み着いていたらしい。

 そしてとりあえずは玄爺と名づけて放置しているのだそうだ。

 

「……なんだかなぁ」

 

 そう呟き、一先ず亀のことは置いておいて俺はこの夢について考える。

 実のところ……この一週間、夢が覚めないかと霊夢に内緒でいくつかのことを試していたのだがまるで意味がなかった。

 さすがに一日目や二日目ぐらいならまだ夢であると思えたが、しかし流石に一週間も過ごしているとここが夢であるか微妙になってきてしまう。

 これが本当に俺の夢であるなら、いくらでも自由にできるはずだし、目覚めたいと思えば目覚められるはずだろうが、現状でそれを達成できてはいない。

 それにこの座っている縁側の木の床のリアルな感触も、夏の太陽の暑さも夢でイメージし切ることなんてできないだろう。

 

 そんな俺の心にはよくある二次創作小説のテンプレ、転移や転生、憑依といったものが浮かび上がり、そして今の状況はもしかしたら憑依というやつなのかもしれない――そう考えていると……

 

「よう!」

 

 一週間前と同じように頭上から突然声をかけられた。

 

「魔理沙かい?」

「へへへ、そうだぜ」

 

 縁側に座っている俺の前に黒い三角帽を被ったいかにも魔女といった格好の少女が箒にまたがって降りてくる。

 片側におさげを垂らした金髪、黒いドレスに白いエプロン――彼女こそもう一人の主人公『霧雨魔理沙』であった。

 

「霊夢ならどこかに出かけているよ。大方、掃除を私に任せて魔理沙の住んでる魔法の森のあの古道具屋だろうけどね」

 

 俺は早速自らの雇用主である霊夢の居場所を、目の前の魔理沙に教える。

 彼女がここに来るときはだいたいが霊夢に絡んで遊ぶことが目的だからだ。

 だが今日は違ったらしい。

 

「あーだとしたら行き違いになったかー……まあいいや今日は魅魔様に会いに来たんだしな」

「……魔理沙、何度も言ってるけど私に様付けはいらないよ」

 

 先ほど考えた亀が玄爺と呼ばれていることもそうだが、どういうわけか魔理沙は俺のことをまるで旧作のように魅魔様と呼んでくる。

 たしかに出会った時に魔法についてアドバイスを与え、それにより彼女の魔法がより強力になったらしいがそれよりも……俺には何故か魔法についての知識がある。

 何となく旧作側の設定を新作側に持ってこようとする不思議な力が働いている気がしないでもない。この知識ももしかしたらそれによるものの可能性がある。

 

 俺はそのことに気づいた途端、嫌なものを感じて魔理沙には様付けしないようにと何度も言い聞かせてはいるが、彼女はどうしてもその一線だけは引きたくないらしく、この件に関しては馬耳東風といった有り様であった。

 

「いやいや魅魔様は私の初めての師匠みたいなもんだからな。そんなことはできないぜ」

 

 そうして魔理沙はにっこりと笑みを浮かべて俺に魔法の術式の改善点を求めてくるため、俺はそれに軽く嘆息してほんの少しだけヒントを与えて彼女が自分で解けるように手助けをする。

 これではまるで自らその力に乗って魅魔様へとなろうとしているようなものである。

 

「へぇ……ここがこうしてこうなって……ちょっとわかったぜ! ありがとうな魅魔様! また後で霊夢が帰ってくる頃にくるぜ!」

 

 俺がそんなことを考えて少し鬱になりそうになっていると、傍で与えたヒントを術式に加える暗算をしていたらしい魔理沙は何かを得るものがあったのか嵐のように去っていった。

 そして俺は彼女を見送った後、部屋に戻ってごそごそと急須を出し、魅魔用と書かれた安物の茶葉をそれに入れると一服するだった。

 

 

 ※ ※ ※ ※

 

 

 魔理沙が博麗神社から飛び立った頃、霊夢は色々と道具を漁りながら古道具屋『香霖堂』で店の店主である『森近霖之助』と話していた。

 

「それでその魅魔という幽霊と一緒に暮らしているのか君は」

「ええ、まあ結構色んな事をやってくれて便利よ」

「そうか……だけどあまり無理を押し付けるようなことをしてはいけないよ」

 

 霖之助がそういうと気に障ったのかガチャンと音を立てて霊夢は物色していた道具をその場に置いて、霖之助を一瞥する。

 こちらが住まわせているというのに何故遠慮しなければならない。そんな言葉がありありと含まれた彼女の視線を涼しい顔で霖之助は受け止め、逆に道具は大事に扱ってくれと彼女に忠告する。

 そして霊夢はそれに返答すること無くまた黙々と物色する作業を開始するのだった。

 そうしてしばらく――

 

「霊夢……、君はどうして僕の店を荒らしているんだい?」

 

 香霖堂は霊夢によってその内装、商品の陳列などを大きく変えていた。

 特に大型の外の世界で言う冷蔵庫といった家電が引きづられ、店の床が傷ついているのは見るに耐えない。

 霖之助は椅子に座ったまま両手を顔の前に組んで、半開きの目を彼女に向けた。

 そして彼女も悪いとは思っているのだろう――妙な汗をかきながらこちらと決して目を合わせないようにずっと横を向いている。

 

「はぁ……一体何をお探しだったんだい?」

「…………」

「もしかして僕に聞かれるとまずいというか、僕が怒るようなことかい?」

「あう……」

 

 その問はどうやら霊夢の動揺を誘ったらしい。

 彼女との付き合いが長い霖之助でも久々に見たかのような慌てっぷりを霊夢は披露していた。

 そしてそれに思わず霖之助も少し呆気にとられた後、笑みがこぼれ出た。

 

「フフフ……」

 

 ただしそれは人間の里の子供達が見れば逃げ出し、大人も恐れるような黒い笑みであった。

 そんな霖之助の様子に危機感を感じたのか、霊夢もすぐに白状した。

 

「なるほどね……更に堕落しようと思ったわけか」

 

 どうやら彼女の目的は式神のような道具で、居候となった幽霊に味をしめたのか、もっと生活が楽になるものを探していたらしい。

 その回答にはさすがの霖之助もそれはどうかと思ったが、ここでどう説得するべきか思い悩む……少なくともこの巫女はぐうたらすることにかけてはかなり天才的な気もしないでもない。

 

(こういうことはあの妖怪の賢者にやってもらいたいんだけどなぁ)

 

 内心、どこからともなく現れる神出鬼没の妖怪に愚痴を言って頭を掻きながら霖之助は霊夢の前に立つ。そしておもむろに懐から紙の束を取り出すと彼女に見えるようにそれを持った。

 当然、彼女も怪訝な視線をその紙の束に向けてくる。

 たしかにこれは今の彼女にとってはまさに見過ごせないものとなるだろう。そう考えて霖之助はニヤリと笑うと――

 

「それは……?」

「これは君が今までうちの店でツケにした商品の目録の一部だよ。それでこれを妖怪の賢者のあの娘に見せて博麗の巫女の代わりに請求しようかなと思っているんだけど……」

 

 霖之助の言葉が途中で止まる。

 何故なら霖之助が妖怪の賢者と言った途端、なんと霊夢が目の前で土下座をしてきたのだ。

 

「霖之助さん! それだけは……それだけはどうかご勘弁を!」

「……」

 

 これはどうしたものだろうか。

 霖之助は必死で頭を下げる霊夢を見下ろして考える。

 個人的にはこの大量のツケを無くせるチャンスなんだろうが、あの妖怪の賢者に頼む以上、幻想郷にとって都合のいい事――つまり霊夢が自発的になるように導く方がいいのかもしれない。

 そうしてしばらく彼女の土下座を眺めて思考していると、突然外で突風が起こったのか窓ガラスが揺れ――

 

(あ、まずっ……)

「おーっす香霖、こっちに霊夢がきて…る……か?」

 

 それに気づいて思考を中断したのはいいがすでに遅く……

 

「あっ」

「あっ」

 

 霖之助と霊夢の声が重なる。

 二人はちょうど入口から入ってきた魔理沙の正面でこの寸劇を行っていたため、魔理沙からしてみれば自分の友人が自分の親友を土下座させているをまざまざと見せられたようなものである。

 そして霖之助は彼女の瞳から徐々に光が消えたのを見てまずいと感じ、霊夢も持ち前の勘からこのままだと被害を受けると察知したが、両者とも陳列が変わった店内でいつもの様に逃げ出すことができなかった。

 

「何やってんだぁああーーー!!!」

 

 そしてその後すぐに二人に向けて魔理沙のスペルカード――恋符「マスタースパーク」が炸裂したのだった。

 

 

 ※ ※ ※ ※

 

 

 縁側で日向ぼっこをしながらバリッと音を立てて割った煎餅を口に放り込む。

 魅魔様になってから別段食べる必要も無くなったようなのだが、さすがに三大欲求のうちの二つは容易になくなるものでもないらしい。というより妖怪ですらその欲求に従っているし、幽霊だからと言って同じような冥界のお嬢様も何かと食べ物にこだわっている。

 俺はそんな屁理屈を誰に向かってでもなくこねながら、霊夢の煎餅をまた一枚手にとった。

 

「ふぅ……」

 

 これを俺が食べたら霊夢は怒るのだろう。

 まあそうなったらそうなったであると……俺はその煎餅を口にする。

 

「うん、うまい」

 

 ばりばりと小気味よい食感と口の中に広がる醤油のほのかな甘さ、本当にうまいものだと口の中でよく味わう。

 たしかに霊夢がこれは食べちゃ駄目と独占したくなるような気持ちもわからないものでもない。

 そう思って俺は手に持った最後の一欠片を口の中に放り込んだ。

 

 その後、俺は神社の境内の方に出る。

 萃夢想や緋想天などで戦いの舞台となったこの場所は意外に広く、自分の魔法――弾幕の練習に最適であり、俺は何故か神社の蔵にあった空き缶を空に向かって放り投げると、それに向かって弾幕を打ち出した。

 といっても空き缶を壊すために狙ったものではない。

 これは昔見たことがあるリリカルマジカルなアニメにあった魔法の思念制御の練習法だ。

 そして俺はそれを弾幕に応用できないかと考察し、空き缶が地面に落ちないように、それでいてきちんと予定通りの威力がでるようにコントロールできるようにしたのだ。

 

(まったく魅魔様のスペックは高すぎるんだよなぁ……)

 

 お昼ごろに魔理沙に教えたように知識はある。

 だからこそ感覚的な部分は疎かにしてはまずいと思い、この練習法を思いついたのだが、魅魔様の体はいとも容易くその感覚的な部分を自らのものとしてしまったのだ。

 これがたった練習三日目だというのだから本当に……俺はそう思うと最後に一発だけ大きめの弾を打ち出し左手の掌を上にしてその場で待つ。

 するとカツンと空き缶が空中でその弾とぶつかり回転しながらも、見事に左手に収まった。

 

(まあとりあえず出来ないよりは出来る方がいいか)

 

 俺は踵を返して神社に戻ると霊夢が帰ってくるまで家事の続きをし、その後……夕方になった頃に何故かボロボロになっていた霊夢がようやく帰ってきて、俺が勝手に煎餅を食べたことを追求されたが、俺は今日の神社での家事や境内での掃除といった本来彼女がやるべき事まで全て肩代わりしたことを盾にその追求を押し黙らせたのだった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。