幻想郷戦記ヴァルバトーゼ   作:ととごん

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Stage4 伽藍の弾幕

 日が傾きかけた頃。

 幻想郷のある獣道にて、二つの影と一つの足音があった。

 膝上程度の高さを、ふよふよと宙を進む文。そんな彼女に並ぶ形でヴァルバトーゼは歩いている。

 既にヴァルバトーゼらが妖怪の山を発ってから、半刻が経過していた。

 道中は洪水のように噴き出す文の質問に対応していたのだが、ふと尋ねておきたいことを思い出したヴァルバトーゼはそのことを文に問う。

 

「弾幕ごっこ、ですか?」

「うむ、その弾幕ごっことやらのルールを教えて欲しいのだ」

 

 何故これから故郷へ帰るはずのヴァルバトーゼがそんなことを知りたがっているのか。

 最初こそ理解できないという表情を見せた文だが、何かを思い出したのか表情を崩して頷いた。

 

「ああ、そういえば約束があるとか仰っていましたね。でも一体、どなたとそんな約束をされたんですか?」

「氷を操る妖精だ。確かチルノと名乗っていたな」

「それはまた……」

 

 名を聞いた文は苦く笑った。

 チルノという妖精は存外名を知られているらしい。

 

「知っているのか?」

「ええまあ、彼女は幻想郷で一番有名な妖精だと思いますよ」

「ほう」

 

 文曰く、チルノは『最強の妖精』らしい。そこらの木っ端妖怪程度なら勝てるほどだとか。

 そう言われたところで、妖精と妖怪の力関係を知らないヴァルバトーゼにはいまいちどれほどのことか理解できないのだが。

 興味はあったものの話が逸れるのは望むところではないため、ヴァルバトーゼは疑問をぐっと飲み込んだ。

 

「まあ、教えることは構いませんけど……彼女すぐ忘れちゃうと思いますよ? 下手したらもう覚えてないかもしれません」

 

 妖精とはそういうもので、特にチルノは顕著な方らしい。

 だが、そんなことはヴァルバトーゼにとって何ら関係のある話ではない。

 

「……きっと忘れるから守らなくてもいいなどと、そんな約束は存在しない」

 

 真剣な面持ちで語るヴァルバトーゼに、文は少しばかり目を丸くする。しかしすぐに肩をすくめると、仕方ないですねと薄く笑った。

 不意に文は前方へと加速して、ヴァルバトーゼの前へと躍り出る。そのままくるりと振り返り、器用に微速後退を始めた。

 そして懐から黒縁メガネを取り出してかけると、人差し指を一つ立てる。

 

「ではこれより講義を始めます。準備はよろしいですか? 質問をする際には手を上げてくださいね」

「……それは助かるのだが、なんなのだそのメガネは。それにキサマ何かキャラが変わっていないか?」

「お約束、ってやつです。一度やってみたかったので」

 

 一点の曇りも見せない笑顔で断言されては、ヴァルバトーゼも納得せざるを得ない。

 感心したように小さく頷く。

 

「ふむ。お約束なら仕方あるまい」

「すんなり受け入れられるのもちょっと複雑な気持ちですね……」

「む、何かマズかったか」

「いえいえ、そういうわけじゃないんですけどね。……あー、こほん。それでは気を取り直して。弾幕ごっことは何か。実はこちらの呼び方は俗称でして、正式名称を『スペルカードルール』といいます」

 

 椛もそのようなことを言っていたなと、ヴァルバトーゼは頷いた。

 では何故そのような名前なのか、そう前置きした文は懐から何枚かのカードを取り出した。

 名刺大のそのカードにヴァルバトーゼは見覚えがあった。あの氷精、チルノが使っていたものと酷似している。

 チルノのそれとは異なる紋様が描かれたカードの中から、文は一枚を抜き出して高くかざした。

 

「これをスペルカードといいます。一見何の変哲もないカードに見えますが――『天の八衢(やちまた)』」

 

 文の言霊に応じてヴァルバトーゼの周囲に円錐状の空間を残して、青い球状の弾幕が展開された。

 規則正しく静止するそれらは、一つ一つに確かな威力が秘められているように感じられた。

 しかし脅威とは感じない。それらの密度は薄く、その気になればいくらでも抜けようがあるゆえに。

 

「えい」

 

 だが文のやる気のない掛け声に応じて、状況が一辺した。

 ゆらりと、突如意思が宿ったように好き勝手動く青玉の群れ。そこにはある一つの法則があった。

 

「ぬ、おっ!?」

 

 落ちてきている。右へ左へ、前へ後ろへ。不規則に動くそれらは、しかし必ず下へと進んでいる。

 すなわちそれは殆どがヴァルバトーゼを目掛けているということで、マズいと思ったときには既に逃げ場を塞がれていた。

 不可避を悟ったヴァルバトーゼは、魔力を活性化させて頭上で両腕を交差する。

 直後、幾多の衝撃が彼の体を駆け抜けた。

 降り注いだ幾多の弾丸は、炸裂させた威力で土煙を巻き起こす。

 かつてのヴァルバトーゼなら児戯にも等しい威力だろう。しかし今の彼では傷を負いかねない威力だった。

 そのはずなのに。

 

「……む?」

 

 何度も体を貫いた衝撃が止まり、構えを解いたヴァルバトーゼは自身の違和感に気づく。

 痛みがない。ダメージもない。そしてこの現象には覚えがあった。

 すなわち、チルノの氷弾を受けたその時と同じものである。

 

「驚きましたか?」

 

 晴れた視界の先に、変わらぬ様子で佇む文。しかしその手の中のカードは、黒く染まっていた。

 

「これがスペルカード最大の特徴です。詳しく説明しますと――」

 

 それから文が語った内容を、ヴァルバトーゼは心中で整理する。

 まずスペルカードの発動条件は三つ。

 事前に攻撃をプログラムしておくこと、カードを手に持ちチカラを流し込むこと、発動を宣言をすること。

 プログラムには容量限界が存在するらしく、無限の弾幕やどこまでも追いかける攻撃などは作れない。当然複雑な攻撃にするほど容量を食うため、弾幕を増やせば直線的な攻撃のみに、一発一発に複雑な軌道や特殊な性能を持たせれば同時顕現数は極小数となる。

 ちなみに発動したスペルに攻撃力は存在しないが、衝撃はそれなりに存在する。これはヴァルバトーゼもチルノと文、両名の攻撃で体感していた。

 また攻撃が命中した際、もしくはプログラムの全工程が終了した瞬間に、スペルカードは黒く染まって使用不可となる。再び使うためには勝負が終わった後にプログラムを込めなおさなくてはならない。

 さらにプログラムが込められたスペルカードが持てる枚数は十枚まで。お互いにスペルを発動している場合は半径三メートル以内に近づくことができず、スペルを発動している相手の三メートル以内でスペルを発動することもできない。

 最後に、スペルの併用は不可能。

 

「と、いうわけです。続いてスペルカードルールそのものについて」

 

 まず最初に残機を互いに話し合って決める。例えば三機なら三回攻撃を食らったら敗北となる。

 そして勝負中に許される行動は二つのみ。物理的な移動とカードによる攻撃である。例えば剣による攻撃、例えば転移による回避、それは全て反則行為らしい。ちなみに弾幕による相殺はセーフである。また防御行動は自由であるが、撃墜判定は当然存在する。

 なおスペル一つにつき撃墜判定は一度のみ。たとえ発動したスペルの弾が何発あたろうとも一度の撃墜という形になる。

 ちなみに両者のスペルカードが切れた場合は、その時点での撃墜数が少ない方の勝利となるとのこと。

 ここまで聞いたヴァルバトーゼに一つの疑問が浮かんだ。

 

「……だが、それではただの持久戦になりさがらんか?」

 

 攻撃前に宣言をし、十通りのパターンしかない。組み合わせることも不可能。加えて放つごとにパターン数が減っていく。

 それでは例え三機制でもお互いの実力が伯仲していれば相手のスタミナ切れを待つだけの勝負になってしまう。

 

「はい、いい質問ですねヴァルバトーゼ君」

 

 くい、とメガネを上げて文は質問に応じた。

 

「その問いに対する回答は二つ存在します。まず一つ目はこちらです」

 

 一枚のカードを取り出した文は、そのままヴァルバトーゼに向けてかざしてみせる。

 すると文を中心に放射状に弾幕が射出された。

 既にスペルの特性を理解していたヴァルバトーゼは回避行動を取らずに、その身で受け止める。若干の衝撃は存在したが、やはりダメージはない。

 

「スペルは宣言しないと使えぬのではなかったのか?」

「これは弾幕カードといいます。まあスペルカードの簡易版みたいなものですね。大まかな違いは四つ。一つ、宣言は必要ありません。二つ、容量が少ない。三つ、再利用が可能。四つ、所持限界枚数が存在しない。です」

「ほう」

 

 大技だらけの闘いというのはどうしても大味で単調になりやすい。弾数制ともなればなおさらに。

 しかしまともな牽制手段が存在しているのなら話は変わる。格段に攻撃パターンが増えるのだから当然と言えるが。

 

「そしてもう一つの答えは――『天の八衢』」

 

 文が唱えたのは先程と同じスペル。

 だがヴァルバトーゼの視界には、無数の木の葉が乱れ舞うのみ。無数の青弾などどこにもない。

 

「これはどういうことだ?」

「今発動したスペルの本当の名前は『風神木の葉隠れ』といいます。ですが私は今『天の八衢』と宣言しました。結論を言うとスペルの偽証宣言が可能なんですよ。ただこれにもルールがありまして、手持ちのスペル名でなくては偽証宣言が成立しません」

 

 つまりスペルカードルールとは、弾幕による牽制から本命のスペルをあてることを基本とし、偽証宣言を駆使することで相手の裏をかくこともできるものである、ということになる。

 余談として文がこの後語ったところによると、スペルカードルールとは元来力の差が激しい人間と妖怪の間で比較的安全かつ公平に白黒をつけることができる手段として考えられたものらしい。

 しかし攻撃を回避するという仕組みが基本となる以上、常人では妖怪との身体能力差が著しく勝負にならないのだが。それでも同じ土俵に立てる人間が増えたのは確かである。

 殺し合いではなく、痛みも存在しない勝負。ごっこ遊びと呼ばれるのは、そういう背景があるからなのだろう。

 

「中々面白い仕組みだ」

「ええ、そうですね。ちなみにこのルールが制定されたのは最近のことでして。今幻想郷ではこのスペルカードルールもとい弾幕ごっこが大流行中、というわけです」

「成る程」

「ではヴァルバトーゼ君。早速一つスペルを作ってみましょうか」

 

 はい、と文はヴァルバトーゼに無地のカードを差し出した。

 受け取りながら、どうすればいいのかをヴァルバトーゼは文へ尋ねる。

 

「それでどうすればよいのだ」

「自分が望む攻撃を思い描き、それをカードに込めるようイメージをして下さい。その際に妖力を走らせること。目を瞑るとやりやすいでしょう」

 

 文の指示に従い、ヴァルバトーゼは目を瞑った。

 ついでイメージ。三メートル制限がある以上遠隔攻撃手段である必要がある。

 ならばとヴァルバトーゼは脳裏に描いた光景を妖力とともに流し込む。

 ぽふん、と乾いた音が手元で鳴った。目を開く。

 

「はい、完成です」

「存外簡単だな」

「手軽なのも人気の一つです。早速試し打ちをしてみてはどうでしょう」

「ふむ。では――『カズィクル・ベイ』!」

 

 ヴァルバトーゼの宣言に応じ、彼の周囲からコウモリの群れが出現した。

 そのコウモリたちは並列編成で文へと直進、命中する。

 その後コウモリたちは文の周囲で自らを黒い霧に変えると、瞬く間に幾多の牙へと成り代わった。

 一瞬の間をおいてその顎門が閉じられる。

 本来ならばヴァルバトーゼが自らを変じ、攻撃することで対象の生命力を略奪するという吸血鬼の特性を生かした魔技であった。しかし力を失った今では威力燃費ともに劣悪なモノと化してしまい、使わなくなって久しいものとなっている。

 

「どうだ、今のは?」

 

 過去の技を再現しただけなので、弾幕として優れているかは怪しい。

 ゆえに苦言を呈される可能性も考えていたのだが、何故か文はぽかんと口を開けている。

 どうしたのかと尋ねようと口を開いたヴァルバトーゼを制する形で、文が叫んだ。

 

「あー! そうか、そうでしたか! その黒いマントにタキシード! 病的なまでに色白の肌! 魔的に輝く赤い瞳! 口から覗く鋭い八重歯! モノ凄くひっかかってたんですよね! 今のでようやく合点がいきました! ヴァルバトーゼさん、貴方吸血鬼ですね!?」

 

 ずびし、と名推理を披露する探偵のように文はヴァルバトーゼを指差した。

 特に隠すつもりもなかったヴァルバトーゼはあっさりと頷く。

 

「うむ。そういえば言っていなかったな。確かに、俺は吸血鬼だ」

「ってちょーっと待ったあ!」

 

 何故か文は眉を顰めながら、しきりにヴァルバトーゼと彼の背後を視線を往復させている。既に先程までの教師然としたキャラクターは存在していない。完全に崩壊していた。

 そんな事態を引き起こした何かが己の背後にあるのかと、ヴァルバトーゼは振り返ったもののそこには何も特別なものは存在していなかった。精々が沈みかけた太陽程度である。

 きょとんと首を傾げるヴァルバトーゼに、文は凄まじい勢いで手の平を左右に振り出した。

 

「いやいやいやいや。何で貴方太陽平気なんですか? 普通に、ふっつーに陽が出てたときから活動していましたよね?」

「何を言っているのだキサマは。吸血鬼は太陽が弱点であるなどと、迷信に決まっているではないか」

 

 魔界に生まれる全ての存在は人間を恐怖によって戒めることを使命として存在する。

 であるからして、人間界での活動が阻害されるような弱点をもっていないのは当然なのだ。

 彼の世界において吸血鬼が太陽を苦手といわれるのは、吸血行為によって眷属化させた人間が太陽の光で開放されることから来ている。

 これは彼の魔界においての常識。しかしここ幻想郷においてはそれは常識足りえぬものであった。

 ありえないものを見ている。そんな文の狼狽ぶりは既に見ていて可哀想になる領域にまで達していた。

 

「……え? 貴方本当に別の世界から来たんですか?」

「生憎だが、俺は嘘をつかないことを信条にしている」

 

 言外に本気であると告げたヴァルバトーゼに、文は乾いた笑みを漏らす。

 しばらくそうしていた文であったが、ふいに表情を変えてヴァルバトーゼに詰め寄った。

 

「ヴァルバトーゼさん。一つ、いや二つ、いや三つ……いえ、とにかくたくさん聞きたいことがあるんですけど」

「構わぬ、と言いたいところだが――」

 

 そう答えるヴァルバトーゼの瞳は、文の背後にある何かを捉えていた。

 

「どうやらそうもいかぬらしい。あれが目的地ではないのか?」

 

 ヴァルバトーゼのその言葉に、文は背後へと振り返る。

 彼女の瞳が捉えたのは、生い茂る木々の隙間から、そびえる高き石段と頂点に座す赤い鳥居の存在だった。

 博麗神社――文がヴァルバトーゼに述べた『心当たり』である。


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