幻想郷戦記ヴァルバトーゼ   作:ととごん

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最終話 エンディング
最初の、最後の


 驚くべきことに、それから数時間――日付が変わる頃にはパーティが始まった。

 紅魔館大広間が広く感じない程度には人影で埋まっており、おそらくは咲夜が時間を止めて幻想郷を駆け回ったのだろう。

 とはいえこんな夜更け、それも突発的に開催されることになったパーティでここまで人数が集まるのは幻想郷ならではだろう。ここの住人がこの手のイベントに慣れており、そして好んでいるからこそ成り立っているのである。

 

 しかしこのパーティの一角では、普段とは異なる奇妙な光景が存在した。

 それはあるテーブルのこと。

 その白いテーブルクロスの上には、いくつもの料理が彩っていた。それは問題ない。

 肝心なのは、それらの料理が全て魚料理――それも全て一種類の魚で調理されている、ということであった。加えて何故か頭の部位がない。

 しかも他のテーブルでは全て洋風料理で統一されているのに対して、何故かそのテーブルだけは刺身、蒲焼、天ぷらなど数多くの和風料理が顔を並べている。

 挙句に異常なほどに妖力が高く黒衣に身を包んだ男が、一心不乱にそれらの料理を食べているともなれば、周囲から人影が消えるのは必然のことであった。

 

 そんな彼に、一つの影が近づいていく。

 だが彼は気づいていないのかそれとも気にもしていないのか、ひたすらにその魚――イワシ料理を食べ続けている。

 そしてついにその影は彼の隣まで歩み寄り、ため息を吐きながら呼びかけた。

 

「……貴方って、本当にイワシ好きよねぇ」

「む?」

 

 黒衣の彼――ヴァルバトーゼはようやく食べる手を止めて、声の主に振り返った。

 パープルドレスを着た、金の長髪を持つ女性。

 その正体はこの大量にあるイワシの提供者であり、今までも割と世話になった妖怪であった。

 

「……おお、紫か。うむ。イワシはそのままでも十二分に美味であるが、調理をしたものとなるとまた格別でな」

「聞いたわ。チカラを取り戻せたんですって? まあ、見ればわかるけれど。随分な変わりようじゃない。イワシを食べていなかったら貴方だって気づけなかったかもしれないわ」

 

 ヴァルバトーゼのイワシ談義に取り合わず、紫は彼の変化に触れる。

 確かに一見した程度では違う人物に見えるかもしれない。些か風貌が変化した上に、妖力が桁違いに増加しているのだから。

 

「とはいえ、完全にとはいっておらぬのだがな」

「……それはまた、恐ろしい話ね」

 

 確かにヴァルバトーゼは血の魔力を己に浸したことで、ほぼ暴君時代の己に立ち返ったといえるだろう。

 それでも足りない。彼の体内に残っている血の魔力は、全盛期の一割にも届いていないのだから。

 

「何にせよ、キサマには世話になったな。この借りは必ず返そう」

「……そうね。何かあったら貴方の力を貸してもらうわ」

 

 

 それからいくか他愛のない雑談を交わすと、紫は軽く別れの挨拶を告げてどこかへ歩いていった。

 それを見送り、ヴァルバトーゼは再びイワシ料理を食べようとしてあることに気づく。

 

「……そういえば、この機会に世話になった相手へと挨拶をするつもりであったな」

 

 それはヴァルバトーゼがパーティへの参加を承諾した理由の一つであった。イワシを食べることに夢中で忘れていたのだが。

 顔を顰めつつも、どうにかヴァルバトーゼは眼前のイワシたちの誘惑を振り切った。イワシの串焼きを一本手に取って、彼は知り合いを探して大広間を歩き始める。

 といっても広間にいる半分は妖精メイドであった。彼女らは服装が統一されているので、外から来た客は結構目立つ。

 そのため一人目の知り合いは呆気なく見つかった。その視線を感じたのか、その相手もヴァルバトーゼの方へと顔を向ける。

 すると途端に彼女は表情を笑顔に変えて、こちらに近づいてきた。ぺこりと一礼して彼女は自己紹介を始める。

 

「どうも、初めまして。わたくし、文々。新聞の記者を務めております射命丸文と――」

「おい」

「あ、なんですか? 私何か気に障ることでも言いました? ……んん? あれ、貴方どこかで見たような……」

 

 冗談かとも思ったが、どうやら本気でわかっていないらしい。

 よくよく考えれば最初の笑顔もどちらかといえば、営業スマイルなどと呼ばれるようなものだった。

 ヴァルバトーゼはため息を漏らしながら訂正する。

 

「……俺だ。ヴァルバトーゼだ」

 

 すると文はぽかんと大口を開けて硬直した。

 そして口をぱくぱく動かして、ヴァルバトーゼを指差すと、叫んだ。

 

「…………はい? え? あああああああああああっ!?」

「そこまで驚くことか」

「いや、だって、え? いや、えぇー……」

 

 どうにか落ち着きを見せ始めた文に、ヴァルバトーゼは軽く事情を説明した。といってもチカラを取り戻したということだけであったが。

 とりあえずそれで彼女は事態を理解できたらしく、納得したように頷いた。

 

「なるほど、帰れるようになったとは聞きましたが……そういうことでしたか」

「まあ、確定したわけではないがな」

 

 これでもなお魔力が足りない、という可能性がある。

 しかしこういう場に参加していることからわかるように、ヴァルバトーゼ自身帰れるだろうと楽観していた。

 

「あ、そういえば椛から一つ伝言を預かってますよ」

「この場に来てはおらぬのか」

「ええ、まあ。あの子は哨戒部隊ですから、中々気軽に山から離れられないんですよ。とはいえ上に言えば許可はすぐ降りるんですけどね。融通のきかない真面目さんですから」

 

 そう言って、文は肩をすくめた。

 おそらくそういうところが合わないのだろう。明らかに目の前の天狗はそういう束縛とは無縁そうである。

 

「まあともあれ、『何か暇つぶしになりそうなテーブルゲームでも持ってきて下さい』と椛は言っていましたよ」

「テーブルゲーム?」

「まあ山に引きこもってるとやっぱ退屈なようでして。よく河童の友人と大将棋というゲームをして暇を潰しているようなのですが――流石に同じゲームばかりだと飽きがくるらしく。異世界ともなれば全く新しいゲームがあるのではないかと」

 

 確かに長い年月をあの山で過ごすには、刺激が足りないように思える。

 少なくともヴァルバトーゼには耐えられなさそうだった。

 

「よかろう。覚えておこう」

「ではまたいつか」

「うむ。今度こちらへ来る時は、でかい異変とともに訪れることを約束しよう」

「ああ、覚えていたんですね」

「無論だ」

 

 かつて大結界から出る際に交わした約束。

 文からしてみれば遊び半分の戯言だったのかもしれないが、ヴァルバトーゼはしかと刻んでいた。

 勿論、時を同じくして交わした巫女との約束も。

 

「では、お待ちしています」

「ああ、任せておけ」

 

 

 それからもヴァルバトーゼは幻想郷で世話になった相手を探して声をかけ続けた。

 そしておおよそそれが終わり、ふとヴァルバトーゼはそれに気づく。

 ぽっかりと、不自然に開けた空間。その中心。

 見覚えのある姿がそこにあった。

 

「フランドール」

「あ、ヴァルバトーゼ」

 

 フランドールは薄く笑って彼を迎える。

 

「そんな場所でどうしたのだ?」

「んーとね、今日はお姉様が大丈夫だってパーティに参加させてくれたんだけど……」

 

 今まで、フランドールは紅魔館のパーティにも参加させてもらったことはなかったらしい。

 けれど今の彼女ならば、とレミリアは参加を許した――というよりも参加すべき、というような態度だったのだが。

 

「みんな怖がって近づいてきてくれないの」

 

 仕方なさそうにフランドールは儚げな笑みを浮かべる。

 確かにそれは道理だ。かつての彼女と相対する、というのは彼女の気まぐれに生殺与奪を委ねることに近い。

 あるいはそうなったものもいるのだろう。それが急に大丈夫だといって安心できるはずがない。

 

「フランド――」

「でも! 続けていけば、いつかみんなわかってくれるはずだから!」

「……そうか」

 

 不屈の意思をその目に湛えて、フランドールは強く語った。

 いい目をするようになったと、ヴァルトバーゼは小さく笑う。

 

「あと……さっきはほんとにごめんなさい」

 

 急にしゅんとした様子で謝り始めたフランドールに、ヴァルバトーゼは苦笑した。

 いい傾向なのだが、どうにも先程までの彼女と違いすぎて対応に困る。

 

「いや、俺がやられたことに関しては気にしておらぬ。所詮俺が未熟者だったというだけだ。何よりも、無意味ではなかったのだからな」

 

 結果として、フランドールは良い方向に変化した。

 なればこそいちいち過去に拘る必要はなどないと、ヴァルバトーゼは思う。

 

「ヴァルバトーゼ……」

「だが、そうだな……フランドールよ。一つ、俺と約束しろ」

「やくそく?」

 

 これが、初めてのことだった。

 ヴァルバトーゼが幻想郷で、自分から約束を持ち出したのは。

 貸し借りを果たすためでもなく、勝負の結果に殉じるわけでもない約束というものは。

 

「そうだ。『姉を大切にしろ』――できるか?」

 

 凄絶とも言えるほどの意思を宿したヴァルバトーゼの瞳が、フランドールを射抜く。

 先の一見とは似て非なる強烈な威圧感。

 しかし彼女は、それに怯むことはなく――

 

「うん! 約束する!」

 

 無垢な笑顔を見せて、それに強く応じてみせた。


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